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2009年12月15日 (火)

行政の誤謬と「ゆとり教育」

 TBS系列で『官僚たちの夏』というテレビドラマが放映されました。ボクは基本的に行政を信じていないせいか、どうにも「ご都合主義」で「お手盛り」の印象を拭えませんでした。

 このドラマでは、通産省(現・経済産業省)がコンピュータの開発を後押ししたことになっています。

 この政策のおかげで、国内のパソコン市場では一時期、NECなどの日本製が大多数を占めていましたが、今ではどうでしょうか。結局は、携帯電話も含めて、世界市場に出ていくことができなかったではないですか。

 一方、自動車産業は、特にトヨタは経営危機の時に融資を銀行から断られたそうです。それでアタマにきて、無借金経営を推進したといわれています。初期のクルマづくりはどうやら「政策金融」の対象ではなかったらしい。そんな自動車産業が、今では世界的なシェアを占めています。行政が保護した産業はほどんど世界的な競争力を持ち得なかったといえば言い過ぎでしょうか。

 テレビのハイビジョンにしても、旧・通産省はアナログで実現しようとしてデジタルに敗北し、巨額の開発資金をムダにしたといわれます。ボクも東京・世田谷区砧のNHKの研究所で走査線を2倍に増やしたハイビジョンのテスト機の映像を見たことがあります。しかし、今では格安のデジタル薄型ハイビジョンが急速に普及しているではありませんか。

 文部科学省と厚生労働省は、医学部の入学総定員抑制によって医師が決定的に足りない社会を作り上げました。その一方で歯科医の数は過剰だといわれています。

 旧・大蔵省も、景気の過熱に慌てて急ブレーキを踏んだために、10年以上にも渡るバブル崩壊後の不況を生み出しました。これは日本銀行にも責任があるかもしれません。

 まだまだ、あります。

 外務省は、移民政策で農民を石コロだらけの土地(中央アメリカなど)に送り出して、悲惨な犠牲者を出した実績があります。その後の太平洋戦争も軍部という官僚機構の政策ミスであり、民間人と国家に大規模な被害を与えたではありませんか。

 戦後の薬害の多くにしても、旧・厚生省の不作為だと指摘する人が少なくありません。

 要するに、官僚たちは、私たちと同様に間違いを何度も犯してきたのです。しかし、その影響力は民間企業よりもはるかに広域で甚大でした。ところが、彼らが責任を取ったことは一度としてありません。その政策の担当者すら明らかにされていないではありませんか。

 その責任者を血祭りにしたいからでは決してありません。その政策が何を根拠に、どう判断してそうなったかを総括しておかないと、同じことが再発するからです。戦後になって何度も薬害が発生したのは、何をすべきだったかがきちんと検証されていないからです。原因のもみ消しは将来に禍根を残すからこそ、責任者を突き止め、原因を明確にしなければなりません。

 悪評の高い「ゆとり教育」に関してだけは、珍しく寺脇研という担当者の名前が明らかにされています。しかし、新学習指導要領で見直された「ゆとり教育」の何がどう間違いだったかは寡聞にして判然としません。

 個人的には「ゆとり教育」がまったくの間違いだとはボクは考えていないのです。むしろ、この馬鹿げたネーミングが誤解の原因であり温床といえるでしょう。「ゆとり教育」の本質は、円周率を「およそ3」にしたことではなくて、「総合学習の時間」ではないかと思います。しかし、この新しい教育を、現場でうまく活用することができなかった。この理由は、文部科学省や各地の教育委員会による現場教員の活動に対する理不尽な縛りや、頻繁な調査による多忙があげられると思います。

 それと進学率だけを最優先する保護者にも責任の一端はあるはずです。

 つまり、「ゆとり教育」が批判され始めた段階が、こうした教育現場の抱える問題を浮彫りにする唯一のチャンスでもあったわけです。にもかかわらず、文部科学省はあたかも個人の政策ミスだったかのようにスリ替えてしまいました。お役所は、逃げ切れなくなると人身御供を差し出すことで延命を図るということでしょうか。

 こんなことを今さら指摘するのは、若い人たちの「自主的な思考力」に衰えが見られるからです。教育は一方的な知識移転だけでは完結しません。教育を受ける側の学習に結び付いて初めて、個人の能力を高めていくことができます。

 この学習部分を本質的に自発的に高めていくことが「総合学習の時間」ではなかったかと愚考します。

 であるなら、このインターネット情報氾濫時代には必要不可欠な教育であり、従来型の知識移転にはなかった考え方じゃないですか。だから成績が悪くなったと批判するのは、近視眼的です。なぜなら、そのテストは果たして妥当な内容だったのでしょうか。知識だけを問うのであれば、詰め込み式で覚えればいいわけで、後で調べれば答なんて簡単に分かるようなテストに意味があるとは思えないのです。

 これから必要とされるのは、インターネットであれ何であれ、何をどう調べても答の見つからない「問題に取り組む習慣」と、より良い回答・解決法を見いだす「粘り強い思考」ができる人材だと思います。

 いわば教科書も参考書もまるで役に立たないことを、「総合学習の時間」で教え、学ばせようとしたのではないか。そのために、知識偏重の授業時間を敢えて減らした。それがマスメディアで強調され、批判されるようになったわけです。

 これがボクの個人的で単純な理想論であるならそれで結構。では、なぜ教育はその愚直で単純な理想に向かうことができないのかと問いかけたいのです。

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