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2010年5月13日 (木)

ナニカある?(その6)

 内田樹さんの『日本辺境論』(新潮新書)を興味深く読み終えました。大変に文章の上手い人なので、難解な内容のはずなのに「なるほど」と納得させられるところばかりでした。

 かつて「KY(空気が読めない)」なる言葉が流行しましたが、なぜ日本人にとって空気が何より大切なのかがよく分かります。

 日本は世界の辺境に位置するため、「状況を変動させる主体的な働きかけはつねに外から到来し、私たちはつねにその受動者である」というのです。だから太平洋戦争にも指導的な綱領はなく、ズルズルと開戦にいたり、戦後に問われるべき明確な責任者もいなかったわけですね。

「幕末の日本人に要求されたのは『世界標準にキャッチアップすること』であり、それに対して明治末年の日本人に要求されたのは『世界標準を追い抜くこと』であったということ」

「日本人は後発者の立場から効率良く先行の成功例を模倣するときには卓越した能力を発揮するけれども、先行者の立場から他国を領導することが問題になると思考停止に陥る。ほとんど脊髄反射的に思考が停止する。あたかも、そのようなことを日本人はしてはならないとでも言うかのように」

 まさに、ご指摘のとおり。敗戦で焼け跡になった日本は必死でアメリカのキャッチアップを行い、ようやく世界第2位のGDPを実現したのに、1990年代初頭のバブル崩壊以降は完全に思考を停止しました。不良債権処理も先送りしたので「空白の10年」などとも言われます。

 仕分け人の某女性議員は、まさに「何で1番にならないといけないのですか」とスパコン予算に噛み付きましたが、日本経済も世界第1位になりかけたのに、あたかもそれを畏怖していたかのように、突如として進歩を止めてしまいました。

 いえね、金融ビッグバンのようにやるべきことはやってはいたのですが、これなども外圧で仕方なくという意思決定であり、よくいわれる「日本をこうする」という戦略的な青写真があったわけではないようです。

 内田先生(神戸女学院大学の教授なので)は、必ずしもそれがいけないわけではなく、歴史的にもそれで凌いだ成功例は少なくないと言います。憲法9条がレッキとしてあるにもかかわらず自衛隊が存続してきたのも「辺境の狡知」ではないかと指摘して、「私は、こうなったらとことん辺境で行こうではないかというご提案をしたいのです」としています。

 日本という国のグランドデザインが描けないのは、自民党や民主党や無能な政治家のせいではなく、辺境という民族意識がそれをさせないとすれば、世界標準の真似をとことんやればいいということになります。大学や大学院の教育分野も実はそうなっていて、昨日紹介したようにビジネススクールは1990年代から急増しました。

 21世紀になって活発化した高校・大学の連携や初年次教育、それにキャリア教育なども欧米をモデルにしており、いわば思考停止の後に、新たな世界標準を持ちこんだといえるかもしれません。本格的な英語教育も同様です。

 こうした教育で果実が得られるのは何年も先ですから、産業としてはやはり中国の影響を大きく受けることになるでしょうね。反面教師になるかもしれませんけど。

 そんな辺境意識から抜け出すことはできないと内田先生は言いますが、果たしてそうかなあとボクは敢えて考えます。

 たとえば介護福祉産業です。高齢化のおかげで介護は大きな課題となっており、保険制度も早々と限界が囁かれてきました。それでも、このような少子高齢化は世界に類例がないといわれるわけで、ツギハギだろうが何だろうが、問題や課題は山のようにあっても、社会の制度としてご老人の面倒を見ていく試みはなされているわけです。

 しかし、この介護系の構造的な問題点は、いくらご老人の面倒を見ても、生産性につながりにくいということです。健康な人が病気になっても、病院に行って治癒すれば再び社会に戻って生産活動に従事できます。ところが、ご老人の場合は、もちろん働く人もいるにしても、介護状態に入れば生産活動は期待できなくなります。

 つまり、多くの人手を要する新産業ではあっても、それによって社会への経済的なリターンを期待しにくいわけです。道路などの社会資本が整備され、乗数効果もどうのという公共投資・公共事業などとはちょと違うわけですね。もちろん福祉や介護は社会全体で支えていくのが基本ですが、少子化でその構成員が減少し、日本という国の体力自体がダウンしていくことも考えておかねばならないでしょう。

 であるなら、違う方法でリターンが得られるような仕組みを作ればいいじゃんとボクは思います。

 

 簡単にいえば、介護保険法や福祉関連法にバリアフリー関連法、それに各種の専門資格といった制度、つまりソフトウェアを輸出して利益を得られないでしょうか。アジアの新興国は、ほとんどが日本の後を追っているわけですから、いずれ都市集中の核家族が構成されていくでしょう。その時に、ご老人の面倒をどうするか。

 こんなことは国を超えて共通の課題になっていくわけですから、日本から制度とノウハウを輸出する。次に、介護用具やら障害者用のクルマといったモノを輸出していけば利益が得られます。国家試験も教育制度も英語化してアジア標準とする。現地に試験センターやら学校を作っていけばいいのになあ。

 日本だけですべてを完結するなんてこれからはムリでしょう。であるなら、辺境の知恵でまとめ上げた介護制度や介護用具を輸出して、おカネに替えることを考えようではありませんか。

 それを前提とすれば、制度も用具のありようも必然的に変わってきます。これが本当のユニバーサルであり、それを指向することで初めて、日本という国が世界標準、いやアジア標準を発想できるようになるのではないかとボクは思うのです。こういう新しい「ナニカ」の創造も21世紀の日本の課題ではないでしょうか。

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