キャリアアップのリスク
日本経済新聞の「私の履歴書」は人気のコラムらしく、愛読者も多いそうですが、いろいろと参考になります。
今は、ある情報システム会社の社長の若い頃の話で、彼は高校卒業後に百貨店に入社しました。仕事と並行して夜間大学を苦学して卒業したのですが、その百貨店の待遇はまったく変わらないと言われます。
入社時だろうが、入社後だろうが、夜間であれ昼間であれ、大卒という学位は共通ではないかとボクは思いますが、古い体質の会社は官僚機構とクリソツなんですね。途中から国家公務員Ⅲ種がⅡ種になったり、Ⅱ種からⅠ種への昇格なんてないわけです。
近年では優秀なⅡ種をキャリアに抜擢する動きもあったようですが、Ⅰ種が利権を手放すわけがない。もしそうなら、天下り法人はもっともっと少ないはずですからね。
だから「キャリアアップなんて幻想だ」という人もいるわけですが、決してそうではありません。もちろん「今の段階」では、資格や学位を取っただけで昇給や昇格を望むのはムリがあります。なぜなら、会社は試験の点数だけで判断される学校ではないからです。
つまり、社会に出てからのキャリアアップは、資格も学位もスタートラインに立てたということであり、リスクを取って成功しなければ、その実力は決して評価されないということです。
そこで、「私の履歴書」の書き手は、安泰に過ごせたと思われる大手百貨店を退職。新興の会計機輸入販売会社に転職します。この時に、大卒としての待遇を確認しているところが大変に面白いと感じました。せっかく4年間も、人が酒を呑んだり遊んでいる時に勉強したのだから、それを正当に評価しない会社はおかしいというのはよく分かります。
今で言えば、せっかく大学院を修了したのに、というところでしょうか。
彼はそれに甘んじることなく、決然と退職してしまいました。転職先は誕生したばかりの先行きも分からない中小企業。実際に、時代の変化を受けて、その当時は最先端の機械がやがてコンピュータに駆逐されてしまう、というあたりが今までのお話です。
ボクが注目したのは、「大卒」として認めてくれる会社に転職したということです。会社の安定度からいえば、百貨店のほうがよほど安心です。今は違いますが、おそらく退職するまで倒産する心配はありません。待遇はずっと高卒でも、うまく立ち回れば、定年直前に子会社の役員になれる可能性だってないわけではない。
世間には「せっかく大学院を出たのに」とか「こんな資格を取ったのに会社は少しも評価してくれない」と不平・不満を感じている人も少なくないでしょう。まったくその通りで、その努力と能力を認めて、それにふさわしい仕事なりポジションを与えてくれない会社はおかしい。
すでに同世代の半数以上が大学・短大に進学する時代ですから、もしかして、これからは文系の院卒が欧米みたいに評価されるようになるかも知れません。だから「今の段階」と限定的に表現したわけです。
けれども、待遇を「与えてくれる」のを受動的に待つのも、実はおかしいのです。大学院を修了したり、ある資格を取ったからといって、それだけで会社に余計な利益をもたらすはずがありません。何よりも、その大学院で研究した内容や、その資格でできることを知らない人のほうが多いと考えるべきでしょう。
とすれば、何かをして、その能力を証明することで、会社に利益をもたらさなきゃいけない。その方法は唯一つ、自分から手を挙げて何か新しいことを提案するしかありません。あるいは、前述した「私の履歴書」のように、それにふさわしい待遇が得られる会社に転職する。
どちらもリスクが伴ないます。社内であれば、うまくいかなくて「なんだその程度か」と言われるかもしれません。あるいは、いつまで探しても、その学位や資格を評価してくれる会社に出会わないかもしれません。
ボクは、これまで「キャリアアップ」という言葉を、資格スクールなどがかなり都合よく使ってきたのではないかと考えています。もちろん賢い人は、その裏にあるものをちゃんと理解していますが、要するに自分からリスクを取りにいかなければ、学位も資格も自己啓発のレベルに留まってしまうのです。
だからボクは試験の勉強方法にはほとんど興味を持っていません。取ろうと思えば、大抵の学位や資格は取れるものです。100とか200とかの資格を持つ人だっているじゃないですか。
問題は、取得後の活用法にあるのですから、学位も資格も、何を選択するかが最重要なテーマだと考えて『キャリア・チャレンジ』(日本経済新聞出版社)にまとめたのです。
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