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2010年6月11日 (金)

おカネは後からついてくる

 今回も、例の突然に閉鎖されたサイトで失われたブログを再録します。

 「私は幸せだよ。今までこんなに広い部屋に住んだことないから」

 亡くなる1年ほど前に、母はそう言いました。住んでいたのは豪邸どころか、家賃2万円ほどの市営住宅ですから、それを聞いてボクは泣きそうになりました。郷里の名古屋に放っておいて、年に一度もロクに帰らなかった責任もあるのですが、とにかく母の生活はずっと貧しく、今でいうワーキングプアでした。

 何しろ、ボク自身も「廊下がある家」というのを初めて知ったのが小学校4年生の時ですから。この頃、同級生が誕生祝いをしてくれるというので家に招いたら、みんなが妙な顔をしているのです。掘っ立て小屋のようなボロ家が普通だと思いこんでいたボクは、友達の家に招待されて初めて廊下というものを知り、みんなが妙な顔をしていた理由がやっと分かりました。子供ながら、顔から火が出るほど恥ずかしく感じたことを今でも覚えています。

 今になって「格差社会」と言いますが、昔はそうした貧困家庭は珍しくありませんでした。もちろん金持ちもいたはずですが、貧乏人のほうが圧倒的に多く、だからボクも自分の家が「普通」だと思いこんでいたのですが、当時でもかなり下のレベルだったようです。しかも親父が旋盤工でケンカっ早く、頻繁に会社を辞める。それで新しい会社を見つけるたびに引越しという連続だったので、小・中学校も転校ばかりでした。

 高度経済成長を経て、日本は世界第2位の経済大国になりましたが、両親は結局その恩恵を受けることはできませんでした。いくら働いても低賃金の貧乏暮らし。そのせいか母は某宗教にハマったこともあり、大きな神棚を買わされました。カネもないのに神棚ですから、親父は激怒してそれを外に蹴り飛ばしました。

 そんなわけで、母親は宗教から無事に抜け出したものの、今度は親父が競輪にハマってしまい、あり金全部をスッて帰るたびに「オレはバカだ」と柱に頭をぶつける。母もアタマにきて「そうよ、あんたはバカよ」と言うと、「なにい、亭主に何てこと言うんだ!」と逆ギレです。貧乏は悲劇だけでなく、喜劇でもあるのです。

 そんな夫婦喧嘩を見て分かったのは、喧嘩の原因は明らかにカネなのだから、どうやって稼ぐかを前向きに考えろよということです。方法論のない感情だけでは、どれだけ喧嘩したところで問題解決できるわけがありません。

 そんな母の唯一の救いは、親父が労働災害で死んだため、遺族年金を生涯に渡って得られたことでしょう。乏しい金額でしたが、年金を払えるような生活ではなかったので、それがなければ「広い」市営住宅も難しかったかもしれません。 

 そうした貧乏生活でも、昔は助け合い精神がありました。たとえば醤油やミソが切れると、何と隣の家に借りにいくわけです。今なら変人扱いでしょうが、共同体というものがきちんと成立していたように思います。名古屋でもかなりの田舎に引っ越したことがありますが、そこの悪ガキたちに栗の葉の見分け方や、家の囲いからはみ出した柿は黙って取っても良い(もちろんいけないことですが)など、いろいろと教えられることがありました。

 だから狭い二間が精一杯の暮らしの中でも、自分がそれほど貧乏とは思ったことがありません。ボク自身の社会認識が乏しくて、のんびりした一人っ子だったということもあるでしょう。時には給食費が払えない時もあり、恥ずかしい思いもしたのですが、無邪気に将来を信じていたことは確かです。

 ただ、当時は学習塾なんてものは「できない子供」が行くところであり、一部を除いて、私立高校の多くも県立などの不合格者が行くところでした(名古屋だけだったかもしれませんが)。小学校も中学校も、そして高校も、教室の中には貧乏人から小金持ちの子供まで揃っており、とても平等で公平だったのです。貧乏だから成績が悪いということもなければ、金持ちの子供だから勉強ができるということもなかった。早い話が勉強というスタートラインはみごとに同じだったのです。誰でもちゃんと勉強すれば、いい学校に行くことができ、未来が開けると信じていたのです。

 でも、今ではそうはいかない。「お受験」雑誌がいろいろと出ているほか、一般週刊誌でも親と子供の合格体験記が掲載される時代です。学習塾に行ったり家庭教師を雇えば、それなりの費用がかかるほか、私立ともなれば相当な授業料が必要になります。そうなってくると、親の収入によって、受けられる教育が違ってくるわけです。

 昔も今も、実は格差社会だったのですが、ここのところが決定的に違います。かつては均質な人材が必要だったからと指摘する人もいます。社会が高度化したので、今度は特別なエリートや超優秀なリーダーを育成する教育が必要だという人もいますが、では貧乏人の子供はその資格が「生まれながらに」ないということになるわけでしょうか。確かにトンビがタカを産むわけはありませんが、人間としての能力や個体差など大した違いはないとボクは信じています。でなければ最初から教育の意味なんてないではありませんか。

 いずれにしても、親の収入によって、教育の機会が閉ざされるというのは何とも理不尽です。そんな動機から、奨学金の本を作ったこともありますが、家計にかかわらず、成績優秀であれば学費免除されたり、大型奨学金を得ることもできます。要するに、「勉強すれば、学費は後からついてくる」ことを広く知って欲しいなと思うのです。

 ボク個人でいえば、家計的には間違いなく免除の対象でしたが、奨学金などで規定される「学業、人物共に優秀」ではありませんでした。その頃に、こんな制度があることを知っていたらもう少し勉強したかもしれませんが、とにかく無知で、早い話がバカだったもので、別の方向にばかり関心がいくのを止めることができませんでした。

 けれども、「勉強すれば、学費は後からついてくる」のであれば、一生懸命に仕事をすれば収入も後からついてくるということになります。ただし、ここが肝心ですが、創意工夫を常に考えなければなりません。

 

 単純労働であれば、一生懸命だけでも通用しますが、そうした仕事はコンピュータや機械が行う時代になりました。だから、身体だけでなく、「アタマの中で汗を流す」努力が必要ということなのです。一生懸命に考えて、工夫するということがカネをもたらす秘訣といえるでしょう。

 言われたことを言われたように一生懸命やっても、評価はされません。言われたことを言われた以上にこなすこと。そして言われないことも手を挙げて積極的にやってみるという姿勢が、そのスタートとなります。

 それを続ければ、おそらく、きっと、「後からおカネはついてくる」のではないでしょうか。ボクに関しては、今のところは沢山のおカネがついてきたとはいえません。でもまあ、好きなことして暮らしていけるのだから、それなりかな、という感想ではあります。

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