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2010年11月12日 (金)

嘲笑を怖れるな

 ずいぶん以前ですけど、ある資格の本を出版した頃に、その頃は友人と思っていた同世代の連中と東京・八重洲のブックセンターに行きました。ヒマがあると大型書店に行くというのが、ボクたちの昔からの習慣だったからです。

 たまたま、そこにボクの本が陳列されていたので、「こんな本を出したんだ」と見せたことがあります。ちょっと自慢気だったかもしれません。

 どれどれと手に取った一人がチラリと表紙周りを見てから、「資格ジャーナリストかよっ!」と大笑いを始めて、ボクの高くなりかけていた鼻はヘシ折れました。そいつは高校時代からの友人であり、ほかにも知人がいたせいか、理由もなく何だかひどく恥ずかしい気持ちになってしまったのです。

 この当時は、資格や検定がブームの立ち上がり期で、普通の人は「そんな粋狂なこと」と考えていたかもしれません。しかし、司法試験や公認会計士などは当時から合格者の上位が東京大学や京都大学、それに早稲田や慶應義塾でしたから、むしろ知る人は知っている世界で、官僚の天下り団体も少なくなかったはずです。

 にもかかわらず、大学で高等教育を受けたはずの高校の先生や塾教師(そういう知人が結構いたのです)に、「資格ジャーナリスト」という名称を思いきり無神経に笑い飛ばされたわけですね。

 ボクはほかにも「教育ジャーリスト」や「時計ジャーナリスト」という名称で本を出していますが、何で「資格ジャーナリスト」が笑われなければいけないのか。今でも、この時のことを思い出すと実に不愉快で、苦いものが込み上げてきます。

 今になって問いつめれば「そんなことあったかな?」でしょうけど、笑われたほうは簡単に忘れるなんてできません。

 ちなみに彼は高校の校長先生になりましたが、自分のことをインテリだと思っている人ほど、資格や検定を小バカにする傾向があるようです。これは大学の先生もきっと同じでしょう。もちろん大学は大学での勉強が本筋ですから、資格や検定の合格に必死になるというのは、就活優先でゼミに出ないことくらい本末転倒なことです。

 しかし、工場などに行けばすぐに分かるように、技術系の現場では資格取得者を掲示板で紹介するほど重視しています。もちろんそれが創造性に結び付かないにしても、判断しにくい技能や専門知識の看板、あるいは自己研鑽の目標になっていることは確かです。

 百歩譲って、資格や検定が笑われるほどのものであるなら、それに対して大学の学位が何ほどのものだというのでしょうか。資格や検定が仮に役に立たないものとすれば、では大学の学士号がどれほど役に立つというのでしょうか。

 こういうことを、あの場で反論できなかったことが実に悔しいのです。

 逆にいえば、だからこそボクは大学教育や、社会人のキャリアアップとしての大学院や資格や検定をより客観的に見られるようになったのかもしれません。

 自己実現などと大げさなことは言わないまでも、専門知識や能力を磨けば磨くほど、ボクたちは会社という組織から自由になれるはずです。その会社をやめてもちゃんと食えることができれば、組織の腐敗などを身体を張って食い止めることもできるでしょう。社内だけにしか通用しない人材だからこそ、茶坊主にならざるを得ないのです。

 年齢の割に青臭いですけど、そういう社会正義のためにも社会人は自立しなければならない。そのための手段としては、専門学校も大学も大学院も、資格も検定も基本的には等価ではないでしょうか。

 にもかかわらず、彼らは「教育ジャーナリスト」の本なら笑わなかったに違いありません。

 そういえば、時計の本を出版する時に「ああ、趣味の本ね」と言った人がいます。その趣味の世界は今やデパートでも重視しており、この消費成熟社会で貴重な商材になっています。

 こうした、はっきり言えば無知と不勉強に基づく「嘲笑」や「軽視」の積み重ねが、日本という国家まで不自由にしてきたとボクは考えています。「そんな大仰な」と言う人ほど、固定観念と過去の成功体験に縛られているのではありませんか。

 スイスは「趣味」と言われた時計で世界の大きなシェアを占めており、いわば国家産業です。検定も、以前のブログで書いたように4大検定だけで年間900万人近い受験者がいます。国家資格だって、今や大学院と密接にリンクするようになっています。

 何だか恨み事みたいになりましたが、だからみんなに笑われることなんてちっとも恥ずかしいことではないのだと、若い人たちにお伝えしたいのです。

 

 もちろんボクがそうだとは間違っても言いませんが、電話を発明した人も、空を飛ぼうとした人たちも(ライト兄弟だけではなかったはずです)、当時はきっとみんなに「アホちゃうか」と笑われたに違いありません。

 そんな偉業に比べれば、思いっきりセコい世界に過ぎませんが、これからもボクは嘲笑されるような奇想天外なことを書いていきたい。だからこそ、毎日ブログを続けているのです。

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