笠木恵司の主な著書

  • キャリア・チャレンジ2009-2010
  • 資格試験合格後の本
  • 学費免除・奨学金で行く大学・大学院進学・休学・留学ガイド
  • 価値ある資格厳選200
  • インターネットでMBA・修士号を取る
  • 腕時計雑学ノート
  • 「国際標準」ビジネス資格完全ガイドブック
  • 日本で学べるアメリカ大学遠隔学習プログラム
  • テレビ局完全就職マニュアル
  • 資格の達人
  • MBA入学ガイドブック
  • 学んで! 遊んで! 役に立つ! インターネットキャンパス
  • 日本で学べるアメリカ大学通信教育ガイド

お気に召したら、ポチっと↓

  • 笠木恵司のブログ

福助くん その6

  • D_p1000397_s
    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

  • 5djustice3f5d5575e032a1
    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

« 暗黙知 | トップページ | 経営のプロの出番 »

2011年5月12日 (木)

分かりやすい?

 ボクもマスコミのハシクレではあるので、いつもなるべく分かりやすく書くように努めています。文章は発信であり、相手に届いてナンボですからね。けれども、最近の「分かりやすさ」のブームというか大合唱は何だろうと思うのです。

 おそらく発端は池上彰氏のテレビ解説でしょうね。事象や事件を分かりやすく説明してくれて、「なるほど」ってみんなが思う。それじゃさ、シーベルトって何よ、ベクレルとどこが違うの、などと分かりやすさの欲求はどんどん肥大化していきます。

 その結果として、自分自身で分かろうとする努力をしなくなり、分かるものだけを選ぶようになります。そして、「分かった」ということが、実は「分からされた」に過ぎないことが分からなくなります。「分かった」ことに懐疑をはさまなくなるのです。「そういうことか」の理解の裏には、「分かりやすさ」のために排除された事実や真実があるはずなんですけどね。

 これはモノカキであるボクの文章も同様で、疑問を持たれない論理展開を進めていくうちに、「あ、これを書くと説明が必要になり、主題が分かりにくくなる」として書かないことはいくらだってあります。むしろ書くということは、書かないことを決めていく作業でもあるわけです。

 いえね、ベストセラーの人気者を羨望しているわけではなく、万人すべてが分かりやすいことなんて、ホントは微々たることではなかろうかと。たとえば、お笑いですけど、小学生の笑いのツボと、大人の笑いのツボは違うじゃないですか。小島よしおの「オッパッピー」で子供たちは騒いでも、大人なら「何でそんなに」って思いませんか。逆に、古典落語を子供に聴かせても、その機微まで理解はできないので、大人とおなじように苦笑したり、時には涙を浮かべることは難しいですよね。

 つまり、文章や会話というのは、言語という抽象を媒介として成立しているので、それを理解するための知的なバックグラウンドが要求されるわけです。これは学習経験や生活体験などによって異なりますから、実は千差万別といっていい。「綺麗な水」という表現で想像する「水」は、人間すべて共通ではないのです。

 となれば、その最大公約数を狙って表現するのが「分かりやすい」ということになり、新聞では義務教育終了の中学3年生レベルを基本としています。しかし、それでは「存在の不安」とか「自由からの逃走」をどうやって「分かりやすく」説明できるでしょうか。

 デカルトやカントなどの古典的な哲学からの流れを専門用語は抽象しているわけですから、本当に分かりやすさを追求するなら、その思索の歴史を解説した百科事典のようなぶ厚い本になるでしょう。

 しかも、思想や哲学は、数学と同じで基礎から応用へと展開していくので、四則演算がまともにできない子供に微分・積分をいきなり理解させることはできないのです。

 言葉というレゴブロックのようなものを慎重に積み上げることを思想というのなら、その高みを見る前に、「分かりやすさ」という横やりがそれを崩してしまわないかとボクは思うのです。

 ある文章や説明が分かりにくいのは、その文章や説明がヘタクソなのか、それともこちらの知的レベルが低いからなのでしょうか。大人に「ここにリンゴが3つ、こちらにミカンが2個。それを加えると5個ですよね」と説明したら「バカにするな!」と激怒されるでしょう。にもかかわらず、ニュースや事象では、それと似たような「分かりやすさ」が要求されます。

 では、どんな人に、誰に対してですか。ここで訴求対象が明確になればなるほど、逆にその他の人たちには「分かりにくい」もの、あるいは凡庸でつまらないものになっていくわけです。

 要するに、難解な文章は難しい内容を持っているわけで、勉強中の学生の皆さんは、その難しくて「分かりにくい」ことを何とか理解していくことが勉強の本質なのです。にもかかわらず、そこで分かりやすさを追求したら、勉強とはいえないですよね。

 1回や2回読んだところでほとんど分からず、中高年になって読み返してみて、ようやく何となく「分かった」という文章や本も必要なのです。しかし、「分かりやすさ」が今のように全体主義化していくと、そうした文章は排除されるようになっていきます。

 かくて日本では哲学や思想が滅びつつあると思うのは、ボクだけなのでしょうか。

ランキングに参加しています。お気に召したら、ポチッと↓

笠木恵司のブログ

« 暗黙知 | トップページ | 経営のプロの出番 »

学問・資格」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事