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2011年6月30日 (木)

スローリーディング

 高校時代の3年間を費やして一つの小説を読み通す、スローリーディングが一部で話題になっているようです。その成果として、というより、それで東京大学に合格する学生の数が劇的に増加したからこそ脚光を浴びたといっていいでしょう。

 ちょっと前にはスピードリーディングがもてはやされていたのですから、世相というのは振子のように節操なく移り変わるわけですね。

 ただ、このスローリーディングが広く普及していくことはないだろうと思います。第一に、教える側にそれだけの力量がなければ、とても一つの小説を3年がかりで勉強させることなどできないからです。

 次に、生徒の側も、それなりの基礎的な学力が必要になってきます。それが具体的な成果につながったのは、入試で入学者をきっちり選抜できる私立だったからで、どんな学校でも成果を出せる方法とは考えられません。

 つまり、スローリーディングは、誰でも指導できる百マス計算のような教育ノウハウやテクニックとは異なる手法なのです。

 しかし、このスローリーディングが教えてくれることは、いろいろとあります。

 たとえば現在の教育環境が、目先の成績向上だけにとらわれた試験教育になっており、本来的に必要な思考力を育成しているといえるでしょうか。試験はある意味でゲームなので、得点するテクニックが必要となります。このテクニックが的確であり、かつ教え方が上手であれば、成果は目に見えて出てくるでしょう。

 学習塾は、こうしたテクニックを専門的に教えてくれるところですが、実は学校側でも似たようなことやっており、その結果として、試験で子供たちが何点取ったかで評価される効率主義や成果主義が蔓延しているとすれば、スローリーディングはそれに対するアンチテーゼと考えることができます。

 今度の大震災では、いわゆるエリートで構成されている政府や官僚、そして優良企業だった東京電力の対応は、あまりにも非人間的だと思いませんか。あれこれ列挙しても繰り返しになるのでやめますが、被災者は今もってほとんどおいてきぼりです。どこにもリーダーシップはなく、説明責任もロクに果たしてはいません。

 こういう人たちを育成したのが教育だとすれば、ボクは何度も指摘してきましたが、やはり深く反省するべき時なのではないかと思うのです。もしかしたら、試験をゲームのように考える、ノウハウやテクニック重視の教育に欠けたところはなかったのか、学力や能力判断に間違ったところはなかったのでしょうか。

 ボクがスローリーディングを特に優れていると感じたのは、人間性であり情緒の教育です。一つの小説が教えてくれるのは、問題の解き方では決してなく、生きるとは何か、人間として何をすべきかといった思考であり、思想でしょう。

 それを今の学校では、本当にちゃんと教えているのかなあと思ってしまいます。学校で教えることではなく、むしろ家庭や社会が教えるべきことだという考え方もあります。

 答なんか容易に見つかる課題ではありませんが、少なくとも中学・高校という多感な時代に、何か教え損なったものが必ずあるはずだとボクは考えています。強いていえば、昔の旧制高校のような教養教育が、スッポリ抜け落ちているのではないか。おそらく、ですけど、「総合学習の時間」はそれを志向したはずなんですけどね。

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