ベテランたちの危機
富士フィルムの劇的な「構造転換」については、このブログで以前に書きました。デジタル技術の革新で光学式写真フィルムの需要は激減。そのままなら深刻な経営危機に陥るところですが、莫大な投資による果敢なM&Aを展開して脱フィルムによる多角化を実現しました。
みごとな経営改革であることに疑いはありませんが、その陰で行われていた人員整理をボクは書きもらしていました。2005~06年度に写真事業で約5000人を削減したほか、09~10年度にかけても間接部門や研究開発部門などから約5000人。さらに現在でも、光学デバイス事業部などで約1000人の希望退職を募っているそうです(J−CASTニュース)。
つまり、構造転換の途上で約1万人を解雇し、好決算が続く中でも約1000人が退社しなければなりません。この理由は明らかで、今後はまったく期待できない光学式写真フィルム関係の従業者が余剰になったからです。こうした人たちの賃金は、資産に対する利益効率を下げることになるため、株主や銀行のためにも整理せざるを得ません。さもなければ、経営責任を問われかねないでしょう。
資本主義における企業経営ではやむを得ないことでも、解雇された従業員はどうなるでしょうか。今やフィルムを使うカメラなんてマニアだけの趣味ですから、その化学知識や職人技をデジタルの世界で応用することなんてできないでしょう。だからこそ富士フィルムはリストラに踏み切ったわけですが、高齢者ならいざ知らず、いくら高額の退職金をもらっても、正確な意味での「転職」を決意しない限り、再就職は困難です。つまり、長年かけて蓄積した知識や経験が、技術革新で完全に不要になってしまったわけです。
これは出版・印刷業界も同様で、とっくに活版関係の職人はいなくなり、写植だって不要のオールデジタルとなって、中間的な職人仕事は完全に消滅しています。
こうした時代の変化は、技術革新だけではありません。あるタクシーの運転手さんは、かなり腕のいい旋盤職人だったのですが、中国での加工費は10分の1以下ということで会社は倒産。ほかに腕を生かせる職場が乏しいことから、仕方なくタクシーを選んだそうです。10年~20年もの歳月をかけて蓄積してきた熟練技能が、あっという間に無駄になってしまったわけです。
後になってから、そうした職人がやはり必要となっても、短期間で養成することはできません。国の無策は以前からですが、特に中小の工場経営は危機的な状況が続いており、前述のタクシー運転手さんのように、ムザムザと他の職業に転職せざるを得ない人が増えているはずです。
将来にしても、これから原子力発電のエンジニアになろうという人がどれだけいるでしょうか。今のところは「減原発」という口あたりのいい折衷策が取られており、自然エネルギーの開発を進めながら、すべての原発が耐用年数を迎える20~30年後に完全廃炉による「脱原発」となりそうです。ところが、その時に日本の原発エンジニアがどれだけ現職で残っているでしょうか。
このように、職人も含めた技術系の専門職は、専門的であればあるほど、時代の変化によって突然に切り捨てられる可能性があるわけです。もちろん、それを他に転用する方法もあるはずですが、過剰適応した現場のベテランほど他の世界を知らないと思うのです。
これはかなり難しい問題で、ボクの手にあまるのですが、最も望ましいのは、そうした技能の他分野への転用でしょう。たとえば光学式フィルムの理屈はよく知りませんが、要するに光と化学の組み合わせと考えれば、太陽光パネルに応用できないものでしょうか。あるいは紫外線対策とか。
簡単な事ではないにしても、そこには新たな商機があるわけですから、経営者や起業家はもちろんとして、専門職や職人自身も常に自分の技術の応用や転用を意識しておく必要があると思うのです。
また、管理職であるなら、いくら専門分野にしても、人材や資材マネジメント、あるいはプロジェクト管理などの経験はどこでも通用するはずです。
さもなければ、誰も専門職や職人を目指さなくなるとボクは危惧しています。経営者やマネジャーばかりが多いレストランが繁盛するはずがないので、これは国家としての課題ではないかとも思うのですけどね。
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