ロールモデルのない時代
資格や検定について、昔は持っているだけで価値があったけど、今は使いこなさないと価値は生まれてきません、というようなことを書いてきました。新卒学生は別ですが、社会人であれば、会社や仕事で応用できなければ能力とは見做されませんよね。学校なら世界史の試験で95点取れば十分な価値を持ちますが、社会は仕事をしてナンボ、もっと言えば稼いでナンボですからね。
ところが、ですね。資格や検定を取った後に、それを具体的にどう使うか、なんてことは受験指導スクールでは教えてくれないわけです。短期に合格するための勉強方法を教えてくれるところですから。中には独立開業の指導もするスクールがあるようですけど、それでも事務所運営や専門分野をどうPRして顧客獲得につなげたらいいか、という実務的なことまでは限度があります。
同様に、民間検定も含めて、社内での活用法にしても、持つ人の能力や個性は様々であり、職場だって千差万別なので、こうすればいいという正解なんてないわけです。だからこそ「自己啓発」という何だかよく分からない言葉に置き換えられたように思います。ちなみに、最近ボクは敢えて「自己開発」と言うようにしていますけど。
要するに、資格や検定の取得者が少なかった頃はロールモデル(模範、お手本)があったのかもしれませんが、今では自分で創り出していくしかないわけです。
典型的なのは行政書士で、業務範囲が広いために「私はこうして独立に成功した」なんていう本が沢山出ています。かといって、その通りにする人が増加すれば今度は過当競争のレッドオーシャンになっていくでしょう。
こうした状況は資格や検定に限らず、ボクたちの人生も実は同じですよね。
たとえば大学を出たらそこそこの会社に就職して、人間関係か何かで1~2回は転職はするものの、無理難題に耐えて我慢しながらも、真面目に仕事さえしていれば家1軒と妻と子供2人を持つようになり、60歳を過ぎたら退職して年金暮らし、というパターンが期待できなくなってきました。
大学新卒の就職率は61.6%(2011年度学校基本調査)ですから、前述のライフスタイルの入口に立てる人ですら6割程度。残り約13%は大学院に進学して教員や研究者になるか、あるいは再び就活です。そして、新卒全体の約2割は「一時的な仕事に就いた者」または「進学も就職もしていない者」として統計されています。
この新卒就職だって、近頃は外国人が強力なライバルとなってきたので、それなりの準備が必要になります。でも、フタを開ければ「ターゲット採用」で、結局は高偏差値大学出身者だけが昔のロールモデルを踏襲できると考えられがちですが、おっとどっこいで、人気企業だったはずのソニーもシャープも大赤字を出しました。
そんなわけで、これまでの社会が提供してきたロールモデルはもう崩壊寸前といっていいんじゃないかな。今では「グローバル人材」なんてことも言われていますが、では英語が話せればいいかというと、それだけではないという。学生諸君にとっては、いったいどうすりゃいいんだと文句を言いたくなるでしょう。
大学は以前に比べて豹変したかと思うくらい「いたれり尽くせり」になってきましたが、やはり将来に渡るロールモデルはもはや提供できないはずです。就職後のキャリアパスだって多様化しているので、誰も「こうやって生きなさい」と自信を持って言うことはできません。だからこそ急に教養が重視されるようになったのかな。
つい長くなりましたが、要するに自分のためのロールモデルは自分自身で見つけるか、オリジナルを創り出すしかないのです。じゃ親父のマネでもしようかと考えても、その対象にできる人は限られるでしょう。会社の上司に適切な人がいれば何よりですけど、昔のロールモデルを拠り所にしてきたオジサンは少なくありません。
これは文系だけの話で、理系は違うだろとボクは思っていましたが、『理系思考』(大滝令嗣、ランダムハウス講談社)という本を読んで、文系以上に悩んでいることがよく分かりました。彼らは専門性が高い分だけ、先を読み違えると時代に取り残される可能性があるというのです。「じゃどうすればいいんだ」という人に分かりやすい指針を提供してくれる希有な本なので、エンジニアの皆様に特にお勧めします。
そんなわけで、まったく大変な時代になりました。しがみつける確かなものが何も見当たらないと言い換えることもできます。しかし、逆に考えると、親だってああしろこうしろと自信を持って子供に指示するのが難しいのですから、自由といえばこれほど自由な状態もないでしょう。
もしかしたら、かつてのヒッピーから新しいムーブメントが生まれたように、何かが劇的に変わる前兆なのかもしれません。むしろ、そこに期待しなくてどうするとボクは思うんですけどね。
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