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福助くん その6

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2012年8月 7日 (火)

何かがおかしい

 7~8年ほど前に、ある大学のキャリア教育担当者から「もう悪者や犯人探しの時代ではないんですよ」と聞いたことがあります。

 この大学は他に先駆けてキャリア教育を積極化しており、以前に新聞記者から「大学生にもなってそんなことをするのか」と揶揄されたことがあるそうです。今では大学生のアホバカぶりを叩く雑誌や書物は珍しくありませんが、その当時は「最高学府」という認識がまだ根強く残っていたわけです。

 決して入試偏差値の低い大学ではなかったので、その新聞記者の気持ちを勝手に代弁すると「大学生にもなれば、社会的な自立や職業意識は自然に身についていくのが普通。ましてやバカ大学ではないのだから、本当に嘆かわしい」ということになるでしょう。

 ボクだって当初は同じように感じましたが、そのキャリア担当者によれば「学力の低下も含めて、その責任を問い詰めていけば、高校、中学、小学校、そして家庭内の教育までさかのぼっていくじゃないですか」と言うのです。

 学力の低下にしても、高校でちゃんと教えておけよ、となります。しかし、高校では中学卒業時から問題じゃないか、中学では小学校、小学校では家庭内の教育などと責任転嫁を続けることができます。

 しかし、大学は実質的にそうした学校教育の最終段階であり、大学院を除けば、卒業したら否応なく社会に出ていかなきゃいけない学校です。つまり、これまでの学校教育で積み上げられてきた問題や課題がすべて大学で露出して明らかになるにもかかわらず、もはや先送りはできない立場にあるのです。

 だからこそ、この担当者は悪者探しで終わりにするのでなく、本腰を入れて学生の意識を鍛えておかないとダメだと認識したのです。これはリメディアルと呼ばれる学力補習も同じで、学生に「高校に戻ってやり直せ」と言えない以上は、大学でやらざるを得ないじゃないですか。

 経済学部で1年次に徹底的に数学を教える大学は珍しくないでしょう。さもなければ経済学に必要な定理や公式を理解・応用できないからです。中には、大学の先生が教えるとレベルが違い過ぎるので、補習を高校の先生に依頼する大学もあると聞いたことがあります。

 大昔の大学であれば、進学率も20%程度で、入試によって選別されますから、多少の問題を放置していても、自分で考え、勝手に成長していくと考えられました。ところが、今や50%を超えていますから、各段階の教育におけるあらゆる問題が大学で噴出するのは当然といえるわけです。

 大学が多すぎる、という指摘はあまりに安易です。これを減らしたところで、何の問題解決にもなりません。仮に大学に行かない若者が増えれば、これまでの責任転嫁が逆戻りとなって、この問題が高校に差し戻しになるだけだからです。

 やはり、小・中・高校の各段階で、それぞれに落とし物や忘れ物があるとしか思えません。そうした「手抜きの連鎖」が結果的に大学に集約されている現実を踏まえると、軽々に「今の大学は」と批判することなんてできないわけです。むしろ、前述した担当者のように、大学はかなり努力しているとボクは取材を通じて感じました。そうでない大学もないわけではありませんけどね。

 こうした構造が理解できれば、すべての学校教育で「もう悪者探しの時代は終わった」という共通認識を持って改善に動くべきです。けれども現実は中学の段階ですでに「いじめ隠蔽」や「見て見ぬフリ」ですからね。

 何かがおかしいとしか思えないのです。

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