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福助くん その6

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福助くん その5

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福助くん その4

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福助くん その2

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福助くん その1

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2013年2月 6日 (水)

ああ勘違い

 

 公務員や官僚に対する給与や待遇批判が高まってくると、テレビの匿名インタビューで、バカなんだか正直過ぎるのか、「難関の(公務員)試験に受かったのですから……」と口を滑らせる人が出てきます。テレビ局の嫌がらせかとすら思いますが、公務員の給料が公務員試験の合格に対する報酬であるはずがないですよね。公務員試験は従業者の選抜試験であり、給料はあくまでも仕事に対して支払われるものです。だから本来は仕事ができなければ他に比べて減給しなきゃいけない。それができないからこそ、前述のようなとんでもない勘違いもまかり通るわけです。

 

 さて、第2問。あなたは、人間の賢さは生まれつき=先天的なものだと思いますか。そういえば知り合いの家族は東京大学ばかりだから、遺伝的な要素が強いのかなと考えるかもしれません。でもね、それが本当だとすれば、学校教育は意味を失うことになりませんか。

 もちろん社会生活などの規範や、生き方の基本的なスキルを学ぶという価値は残るにしても、今みんなが必死になっている学科のお勉強は先天的な要素が強いのだから、いくらやっても限度があるとなりますよね。カエルの子はカエルなのだから、学校の勉強なんかテキトーにして、とっととどこかの職人の弟子に入れなんてことになるではありませんか(ちょっと古いか)

 

 そうではなくて、人間の賢さは後天的な要素が大きいとするなら、正しい方法で勉強を重ねれば、時間はかかっても、いつか東京大学出身者(あくまで象徴としての存在です)に追いつけるとなりますよね。だから国民の能力を底上げする意味でも学校教育の充実が必要であり、社会人に対する生涯教育も必要なんだよとなって、こちらは取りあえず文部科学省の政策と符合いたします。

 

 でも、そうなるとですね、東京大学がナンボのもんじゃい、その気になればオレだって合格可能ってことだろ(ワイルドです)、となって、現行の大学偏差値ピラミッドに対する畏怖や敬意や幻想がガラガラと崩れてしまいます。そんなもの、人生の一瞬における差異に過ぎないとなるわけですね。それはそれで説得力はあるんですけど。

 

 ふふふふふ、要するに、どちらにしても現行の学校制度を支えられる完璧な理屈にはならないのです。頭の良さが先天的なら、みんな勉強する理由を失います。後天的なものであるなら、入学試験などによる序列に意味がなくなるじゃないですか。実際にそうなりかけている部分もあるんですけどね。

 

 言うまでもなく、このロジックにはウソがあります。素質があっても、それを開花させられなければ、ないのと同じですからね。頭の良い人が集まる空間と、デキの悪い人が集まる環境での教育効果はかなり異なるほか、何よりも人間には寿命があって、時間的に有限な存在だからです。また、頭の良さってどういうことだという定義も必要になるでしょう。

 

 それでも、数多の夾雑物を取り除いた裸の論理として、先天的か後天的かと問いかけた時には、教育の意味に少しばかり懐疑的になってしまうのです。でも、たまにはそこに立ち戻るのも必要なことではないでしょうか。

 答は簡単でね、「だってさ、動物は学校に行かないだろ」です。しかし、先生も子供たちも、時々それを忘れてしまうんだよな。

 

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