前向きで行こう
数年ほど前に、ある管理職から「近頃の新人はミスをすると携帯電話でこそこそ隠れて処理しようとするので困る」という苦言を聞いたことがあります。叱られるのがイヤだとか格好悪いという気持ちは分かりますが、上司はもちろん、会社としてもそのミスを知らないで済むはずがありません。会社の名刺で仕事をしている以上は組織の責任が問われるのは当然であり、ミスの原因を社会化して明確にすることで、再発を防ぐ対策も可能になってくるはずです。
こんなことを今さらながらに思い出したのは、JR北海道の運転士がATS(自動列車停止装置)のスイッチを故意に壊すという事件が起きたからです。報道によれば、後輩社員が列車に同乗しており、ミスを隠すためにそんなことをしたと話しているようです(時事通信)。真相がすべて報道されるとは限りませんが、これが事実であるなら、そのメンタリティは前述の新人くんとほとんど変わりありません。けれども、この運転士は32歳ですからね。自分の仕事の社会性や責任などを十分に分かっているはずの年齢なのに、なぜこのようなアホなことをしたのでしょうか。
内面的な理由を憶測すればキリがなくなり、金閣寺に火を放った坊さん見習いの心境をあれこれと想像するのと同じで、ボクにはまったく興味ありません。このように言い切ると反論が噴出しそうですけど、彼らにそうさせたと思われる「外的」な管理体制や職場の雰囲気に興味があるのです。
たとえば過剰な減点主義が浸透していないか、あるいは陰湿な弱い者いじめが横行していないか。いずれも上からの管理が厳しければ厳しいほど発生しやすくなり、その一方で仕事のパフォーマンスや創造的な工夫がほとんど評価されなくなってきます。
そうなると、ミスが起きる→罰則の強化=管理・監視の強化→ミスを過剰に怖れる→だからミスを隠す→その原因や問題を発見できない→よってミスが再発、という悪循環になっていくわけですね。かくて2005年の福知山脱線事故とは言いませんが、同じような大惨事に至る可能性だって否定できないではありませんか。
普通の会社ならこんな事故を起こしただけで直ちに破綻・倒産ですけど、JRのような公共性の高い業種・組織では決してそうはなりません。むしろ、だからこそ問題が温存・隠蔽されてきたとも考えられます。
中にはこうした組織風土を逆手に取り、上司にあることないことのご注進を繰り返して実力もないのに出世していく奴も出てきます。そんな奴が管理職になると、さらに職場環境が抑圧されていくわけですね。
このようなマネジメントに陥る根本的な原因は、人間心理に関する洞察力不足であり、より端的にいえば人間不信だろうとボクは思っています。人間を信用しないからこそ、管理を強化したり、減点主義や罰則重視に傾いていく。かといってリーダーが誰でも信用するようなお人好しでは簡単に騙されてしまい、規律も例外だらけとなって崩れていくでしょう。
リーダーシップやマネジメントの本質は、このジレンマをどのように解決していくかということに尽きるのではないでしょうか。その意味では、リーダーは優れた心理学者であると同時に、決してくじけない理想主義者であることが求められているのかもしれません。
そして、どんな苦境に陥っても「前向きで行こう」と考え、これを言葉として公言して、さらに、ここが最も大切なところですが、みんなが納得してそれについていくような人間でなければならない。
これは知識や方法やスキルを学べば身につくというものではありません。本来的な意味での教養を備えた、高潔で無私な人格といえば言い過ぎでしょうか。
そんな人材を養成することが真のリーダー教育であり、現代日本における急務ではないかと愚考するのです。決してキレイゴトや理想論ではなく、そんな人材でなければ、利害が激しく衝突する今日の国際社会をリードしていけないと思いますよ。
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