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2013年12月 2日 (月)

取り違え事件

 

 赤ん坊の時に病院で取り違えられ、よその家族の子供として60 年間を過ごした事件が明るみに出ました。相続トラブルがもとで発覚したという経緯も大変に興味深く、「あり得ない=信じられない」という意味において、まさに「小説より奇なり」というほかありません。

 

 取り違えられた2人の生育プロセスによる性格への影響などを調べていくと様々なことが分かるはずですが、ボクが注目したのは学歴との関係です。

 一方は、母親が生活保護という貧困家庭であったため、中学卒業後は工場に就職。仕事を終えた後に通学していた夜間高校が最終学歴で、現在の仕事はトラック運転手だそうです。もう一方の家庭は対照的に経済的な余裕があったので、兄弟全員が私立大学に進学。取り違えられた人は一部上場企業を経て、今では不動産会社社長と伝えられています。

 たったの一例ですから、これをもって普遍化はできませんが、少なくとも取り違えられた2人に関しては、大卒までの学歴は学力や知能といった個人差ではなく、明らかに家計の問題だったといえるでしょう。

 

 実際問題としても、生活保護を受けている家庭が円満で仲が良かったとは考えにくいですよね。進学も兄弟たちへの遠慮があるだろうし、早く働いて母親を楽にしてあげたいという気持ちもあったはずです。そんな環境では、いかに知能が高くて学力があろうとも勉強に身が入るはずがありません。

 

 この駄文で何が言いたいかというと、学歴は学力と必ずしもイコールではなく、学力と知能もまたイコールではないということです。よって学歴も知能を必ずしも保証するものではありません。むしろ家庭の経済力との相関関係が極めて強いということは東京大学入学者の調査でも明らかになっています。

 にもかかわらず、学歴=学力=知能という教条的な認識を持つ人たちが、この国を動かしてきたのではないかと疑っているのです。

 

 そうした学歴のレールを途中で踏み外すと、復帰は相当に困難になってきます。貧しい家庭に取り違えられた人も、たとえば働きながら自費で大学に社会人入学するなど挽回の方法があったはずです。しかしながら、このブログで何度も指摘してきたように、日本の企業のほとんどは、MBAも含めて、社会に出てから得た学歴や資格を正統に評価した処遇を提供してはいないのです。

 ましてや官僚社会ともなれば、いかに優秀だろうが、ノンキャリアがキャリアになったり、途中から入省してキャリアになるなんてほとんど不可能ではありませんか。

 

 また、大学は「高校までの勉強の精算」と表現する人がいます。そうした側面も否定できませんが、小学校6年、中学3年、高校3年の12年間をつつがなく何事もなく勉強を続けてこられたという人は、豊かで恵まれた家庭に育ったといえるのではないでしょうか。親が病気で長期入院したとか解雇されたとか、離婚したとか自分自身が入院したとか、アクシデントはいくらだって考えられます。それでも自分はいつものように勉強を続けられたというのなら、学力は優秀でも、人間性にかなり問題があるとボクは思います。

 

 つまり、学歴≠学力≠知能というだけでなく、学歴と家庭や生育環境はかなり密接に相関しているのです。にもかかわらず、社会は結果だけしか見ていないので、学歴=学力=知力と錯覚されているわけですね。それを覆したのが、今度の取り違え事件ではないだろうかと思うのです。たった2人の話ではありますけどね。

 もちろん学歴=学力=知力が該当するケースも多いはずですが、自分1人では抵抗できないことによって、その図式からやむなくこぼれ落ちた知能の高い人たちも少なからず存在するということです。そんな彼らを救済する有効な制度がどこにあるのでしょうか。

 

 それと同じで、公的年金にしても、受給するための基本要件は40年以上の保険料納付ですが、およそ40 年間にも渡って「つつがなく何事もなく」保険料を納付できたという人はむしろ幸福というべきではありませんか。景気悪化によるリストラで解雇されることもなく、重病で入院を余儀なくされるような不幸もなく、仕事がなくてホームレスになることもなかったわけですから。

 年金を満額きっちり貰えるという人は、40年以上も保険料を支払えるほど安定した給与を得てきたのですから、貯金だって普通は相当な額になるはずです。不動産だってないほうがおかしいでしょう。

 その一方で、職探しなどで苦労の連続だったという人は貯金もないはずですから、こうした人ほど年金が必要なのに、それを受け取れないことも十分にあり得るわけです。

 

 こんなにも片寄った制度が本当に社会保障かよ、という文句はさておき、それがまかり通ってきたのは、繰り返すようですが「つつがなく何事もなく」人生を送っていける立場の人たちが行政や組織を管理しているからでしょう。特に公務員はよほどのことがなければ解雇されないのです。そうした異常とも思える強固な安定性を前提に社会保障を制度化すれば、このように現実と乖離していくのは当然ではありませんか。

 

 すべての人が救済されるような制度は、現実として難しいのはよく分かります。であるなら、最低限の目標として、いかなる家庭に育ってもフェアに高学歴を目指せる環境と、やり直しや復帰がいつでも可能な社会を作りましょうよ。仮に取り違えが再び起きても、そうした環境であるなら、人生に甚大な影響を与えないで済むじゃないですか。

 

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