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2014年9月 4日 (木)

洗脳

 

 30代になってしばらく後に、しつこい耳鳴りに悩まされていた時期があります。某医大の付属病院で検査を受け、脳波なども取りましたが、聴力も含めて機能的にはまったく何の異常もありませんでした。帰りがけに「気にしなきゃいいのよ。酒の飲み過ぎのほうがよっぽど危ないわよ」と看護師から警告されたくらいです。あの頃は若さにまかせてメチャクチャに飲んでいましたからね。肝臓を酷使した影響もあったのでしょうか。

 

 こうした耳鳴りはよくあることで原因不明も珍しくないようですが、気にするなと言われても、気になるとどんどん気になってくるんですよね(何だこの文章は!)。仕事や読書など集中することがあればすっかり忘れているのですが、たまに我に帰ったりすると、どんどん大きく聞こえてきて、気になって仕方がなくなるわけです。

 

 おっと、本日のテーマは耳鳴りではなくて、その時にとても優しく聞こえてきた、ある囁きなのです。

 

「神様におすがりなさい。そうしたら楽になれるから」

 

 この時の「神様」は一般名詞ではなく、かといってキリストやマホメットや法然や親鸞や日蓮などでもありません。預言者は神様ではありませんけどね。敢えて詳しくは紹介しませんが、某新興宗教を信じる人がこのようにボクに囁いたのです。憲法でも第20条として「信教の自由」は保障されていますから、イワシの頭でも何でも祈ったり拝んだりするのは個人の勝手で、他人が阻止する権利はないと思っています。それどころか、すべてを人間本位や人間主体で考えるのは傲慢というものであって、それらを超えた大きな存在を仮定する謙虚さが、生きていく上で不可欠だと考えているくらいです。

 

 けれども、これもまぁ一般論であって、布教を拡大していくことが信心の積極証明または生きがいと考える人も少なくないんですよね。

 元気な時なら「アホちゃうか」で片付けられるような文言ですが、ボクのように何か気にすることがあって心身がいささか弱っていると、結構グラリときます。特に世間から隔離された空間が危ない、というか暗示を受けやすい。クルマが頻繁に往来する道路に面したバス停のベンチで聞いても「世間はそんなことねぇじゃん」という客観意識が確保されますが、風の音だけがヒューと吹き抜ける誰もいない丘の上のベンチでは、違う世界に引き込まれやすいのです。

 

 そんなわけで、こうした体験を通して強い信仰にはまった人が後に「洗脳」と表現することもあるわけですが、例の某歌手も含めて、この言葉が妥当かどうか疑問を感じるんですよね。もともと日本語にこんな奇妙な言葉はなかったはずだと調べてみると、Brainwashingという英語の直訳で、さらに興味深いことに語源は中国語だそうです (ウィキペディア)

 

 けれども、そもそも人間を「洗脳」することが本当に可能なんだろうかと。前述したボクの実体験を通して言えば、「洗脳」というのは「される」のでなく、むしろ「受け入れる」ことに近い情動であって、何かを信じたい、何かに「洗脳」されたほうが楽になるんじゃないかという思いがどこかにあったのではないでしょうか。

 

 だからといって、すべてを自己責任に帰するわけではありませんが、そうした思いまで「洗脳」という言葉に含めてしまうと、その原因や理由もウヤムヤとなり、別の機会にまた容易に「洗脳」される可能性が残るんじゃないかなぁ。政治的なキャンペーンもその一種ではあるんですけどね。

 

 再びボクの事例に戻れば、「楽になれる」にもかかわらず信じなかったのは、「すがる」というのがどうにも生理的なレベルでイヤだったのです。そりゃ何かにすがったほうが楽になれるのは確かだけど、強い抵抗感がありました。それが「神は死んだ」とされた後の理性または悟性の基本精神というなら、近代哲学は人間を苦しめる悩みのタネを新しく追加したに過ぎない、てなことになりかねないんですけどね。

 

 かつてオウム事件が起きた時に、この問題をどうして徹底的に追い詰めなかったのかなぁと思います。同じようなことがまた起きなければいいんですけど。

 

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