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2014年12月11日 (木)

良識

 

 情報や意見というデータは世の中にあふれんばかりになってきたので、これを分析・判断する脳内OS=オペレーティング・システムの充実というか高度化が急務になってきたような気がします。

 

 このように表現すると何やらメンドーくさくて、それゆえに大変にエラソーですけど、要するにボクは「良識」を持つことが必要になってきたと思うのです。似たような言葉で「常識」というのがありますが、これは集団としての社会が最大公約数的な共通利益のために機能させているOSですよね。それと重複する部分も少なくありませんが、「良識」のほうは個人として分析・判断する際に依って立つ独自のOSではないかと考えているのです。

 

 大げさな話で恐縮ですが、たとえば軍隊は上官の命令が絶対的な権力を持つ組織ですよね。近代の戦争は集団戦闘ですから、兵士が個々バラバラの意思で勝手に動けば戦力が分散して負けてしまいます。つまり「上官の命令は絶対」ということが、みんなの生命=共通利益を守るための「常識」ともいえるわけです。

 

 では、捕虜や無抵抗な人たちへの非人道的な拷問や虐殺命令にも「常識」として従わなければならないでしょうか。たとえば隊長が「あの子供はテロリストの家族で危険だから殺せ」と命令したとすると、あなたはどうしますか。ごく一般的な「良識」に従うなら、それはできないことです。けれども、軍隊の「常識」のもとでは上官の命令に反抗することはできません。

 そこで、隊長の命令や作戦の是非は別のところで裁かれるはずだからと従えば、後にその命令が違法で狂気の沙汰だったと分かったところで、一度失われた生命がもとに戻ることはありません。その逆に、自分自身の「良識」に従って銃の引き金を絞らなかったおかげで、その子供が自爆攻撃して仲間を失うこともあり得ないことではありませんよね。

 

 「常識」はもともとみんなのものなので、仮に判断ミスがあっても結果責任は免除されるというお約束になっています。ところが「良識」のほうは基本的に個人のものですから、その判断ミスで他人に危害が及べば断罪されることもあるはずです。だったら「常識」に従っていたほうが楽ってものではありませんか。

 

 ところが、昨今はマスメディアに加えて、独自の意見を発表できるSNSが普及してきたので、ある事象に対して肯定論から反対論までがグラデーションのように集まるようになりました。どれもそれなりに説得力があるとすれば、「常識」というのは相当に希薄化してきたわけです。

 

 前述した隊長の命令にしても、ネットで相談すれば「軍隊だから従うべき」から「軍隊とはいえ人道に反する」という意見までいろいろ出てくるでしょうね。そこで、やっぱり自分の根拠にできるのは「良識」しかないではないかとボクは思うわけです。もちろん戦闘現場では「良識」なんか捨てるべき局面が多々あるにしても、せめて危険のない日常生活では自分自身の「良識」を磨いておくべきではないでしょうか。

 

 では、どうすりゃ「良識」を磨けるのか。哲学なんかも役立ちそうですが、ボクは「常識を疑え」ということだと考えています。「良識」が「常識」によって磨かれ、逆に「常識」はそうした「良識」によって高められていく。理想論と大笑いする人もいるでしょうけど、そうした社会がボクには望ましく感じられるのです。

 

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