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2015年1月16日 (金)

不寛容な時代

 

 漱石や鴎外など近代日本の文学者に共通した精神性を「不機嫌」と表現した著作があります。『不機嫌の時代』(山崎正和著)というタイトルで新潮社から1976年に発刊。1986 年には『不機嫌からの精神史的考察』というサブタイトルが加わって講談社学術文庫になりました。

 

 明治維新を経て文明開化を果たした日本ですが、おかげで近代的な自我をどのように確立すべきかに悩み、それが不安や鬱屈という「不機嫌」として作家の精神性に影響を与えたとボクは理解しています。江戸時代の封建制のほうが不自由で窮屈なだけにすべてを依存しやすく、自我を意識する必要がなかったので、近代という新しい時代性に困惑した知識人ならではの「特権的な感情」ってことでしょう。庶民の多くはちょっとばかり社会が変わっても生活に追われるだけで、自我なんて高級なことを考える余裕はなかったはずですから。このように表現すると文芸評論家から「簡単過ぎる」と叱られそうですけどね。

 

 ともあれ、この「不機嫌」は日本人にとって大変に受け入れやすい概念らしく、1997年にはピーター・タスカという人が『不機嫌な時代-JAPAN2020(講談社)を発表しています。こちらは明治期よりもっと分かりやすく、バブル崩壊後の経済停滞による閉塞感をこのように表現したみたいですね。すいません、読んでいないのでアマゾンの要約です。

 

 21世紀になっても、2008年に講談社現代新書から発刊された『不機嫌な職場-なぜ社員同士で協力できないのか』(河合太介、他著)が大きな話題を呼びました。ビジネス週刊誌がたびたび特集のテーマにしたので、覚えている人も少なくないと思います。

 

 このように概括してみると、明治の頃から「不機嫌」は断続的・定期的に続いており、まるで解消されていないわけですね。機嫌が良かったのは、おそらく日清・日露戦争に勝った頃と、高度成長期というほんの僅かな年月だけだったのではないでしょうか。

 

 前述した『不機嫌な職場』という問題も、近年はいよいよ深く沈潜しているような気がするので、現在進行形と考えるべきでしょう。

 

 まぁ、それでも「不機嫌」というのは、どちらかといえばアッパーでなくダウナー系の感情なので、他人に及ぼす被害は比較的に深刻ではないと思うのです。むしろボクがそれと「比較」して強く心配しているのは、やはり21世紀に入ってから顕著になってきた「不寛容」のほうなんですよね。

 

 批判や反対を理屈や討論抜きで封じ込めてしまう閉鎖的な感情というか、集団的な強圧メンタリティというべきか、とにかくそうした雰囲気が次第に強くなってきたと思わざるを得ないのです。そして、これは日本という極東の島国に留まらず、先日発生したフランスでの悲惨な襲撃事件が象徴するように、世界を覆い始めていると認識すべきではないでしょうか。

 

 この「不寛容」は排他的であるだけでなく、攻撃性も不可分なセットになっているだけに始末に困るわけです。どう考えても「不寛容」な社会より「寛容」な社会のほうが楽に生きられるじゃないかとボクは思うのですが、そうは考えない人たちもいるようです。そうした「不寛容」すら、「寛容」であろうとするなら認めなきゃいけないですよね。

 つまり「不寛容」に比べて、「寛容」のほうが圧倒的に分が悪い=弱いのです。だからヘタすれば、これからは「寛容」から「不寛容」に移行する人の増加も考えられるではありませんか。

 

 そんなこんなで、この課題はとても1回のブログでまとめられるようなことではないので、引き続きブログのテーマにしていくつもりです。

 

 なお、恒例の時計取材でジュネーブに出張するため、来週はお休みしますが、旅先で気づいたことがあればアップするので、時々はチェックしてみてください。でも、ヨーロッパでまた何か起きたらイヤだなぁ。

 いずれにしても、翌週26日からは完全再開する予定です。

 

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