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2015年2月19日 (木)

昨日の解釈

 

 流行や事件をみごとな論理で分析し、なるほどなぁと心から納得できる解釈をする人がいます。そういう人がテレビでやたらと重宝されて人気のようですが、これは当然だろうなと思います。たとえば複雑怪奇な中東における国際関係を分かりやすく短く解説してくれるので、事件や出来事の因果関係や背景が明らかになり、暗い霧がすっきり晴れて雲ひとつない青空に変わったような快感も得られますからね。あまりに単純な理解も実は危険が伴うのですが、それは今回の論点ではありません。

 

 テレビでお馴染みの某氏に限らず、こういう人のほとんどは子供の頃から秀才だったはずですから、そのまま学校に残って教員や研究者になっていることも少なくないでしょう。会社で実業に携わっていても、知恵者として評価されることが多いんじゃないかな。いわば参謀的な人材といえるかもしれません。

 

 しかしながら、そうした分析や解釈はあくまでも過去に起きた事実を相手にしたことなんですよね。直近の出来事にしても昨日のことであって、明日も同じことが続くとは限りません。頭の良い人にとってこんなことは分かりきったことですから、物事を緻密厳密に分析する人であればあるほど、明日のための提案などを躊躇する傾向があるように思います。

 なぜなら、明日はまだやってきていない未来ですから、昨日までの過去のように疑問の余地のない論理を構築するための事実に乏しいからです。そのかわりに不確実な要素は山のようにあるので、天気予報のように外れることがあっても不思議ではありませんが、そうした予測を間違えれば彼らのプライドが傷つくほか、ヘタすりゃ多くの人に迷惑をかけることにもなりかねないので、創造的な発想を遠慮する人が少なくないのだろうとボクは考えてきました。

 

 たとえば戦争における軍事作戦が典型的ですが、昔の軍略に詳しいからといって、明日の戦いで勝てる作戦には直結しません。もちろん、歴史に学ぶことの大切さは百も二百も承知していますが、過去の戦況と明日のそれは厳密には決して同じではないからです。

 それに、こちらがそれだけ過去の軍事作戦を分析しているなら、敵もバカでない限りは同じように研究しているはずです。とすれば、同じ作戦をやれば予定の行動として裏をかかれることもあり得るではありませんか。

 

 事実かどうかは別にして、織田信長による桶狭間の戦いの要点を、少数精鋭による常識破りの奇襲作戦としましょう。過去に事例のない時代は成功したかも知れませんが、追い詰められた軍隊が敵の寝込みを狙う夜襲や悪天候下での急襲で状況を打開しようとするのは、太平洋戦争時の日本軍もそうだったように、もはや意外性のない常識的行動になってしまいました。だったら、それを織り込んだ態勢で敵を待ち受けるということも軍略の常識になっているはずです。

 

 つまり、過去の非常識は、分析・解釈の対象になった途端にどんどん常識化していくわけです。「そんな屁理屈はいいから、要するにどうすりゃいいんだ」と追いつめられた将軍が参謀に問いかけて、「過去に適切な類例が見当たらないので」と答えたら降格あるいは解任、昔なら打ち首ですよね。仮に「こういう作戦で勝った事例を見つけました」と答えても、「では敵はそれを知らないんだな」と問われて「ネットで紹介されているので知られている可能性は否定できません」てなことになるじゃないですか。

 求められているのは「非常識」なのに、「常識」を学び、それにこだわってきたおかげで、斬新な作戦提案ができないわけです。

 

 これはあくまで冗談としても、学校における勉強というのは、「過去の専門家」とも言い換えられる、このような参謀タイプを大量に生み出してきたのではないでしょうか。先日のテレビで文部科学大臣が新学習指導要領に関して「これまでのような暗記中心の教育を根本的に改める」と説明していましたが、ボクは今の教育が必ずしも暗記中心とは思っていません。私立中学や大学の入試問題にしても、暗記だけでクリアできるなら誰も高いカネを払って学習塾に行かないですよね。

 

 ただし、前述したような状況における創造性がほとんど学校では問われないということも否定できないと思うのです。教科的には数学と美術・音楽系を除くべきでしょうが、いずれにしても創造性を育成する教育は相当な手抜きでやり過ごしてきたのではないでしょうか。ボク自身も、小学校6年の時に新聞掲載予定の作文を物言わぬ圧力で優等生的なありがちの内容に変えさせられたことがあるくらいです。

 

 かくて頭はいいけど、スティーブ・ジョブズ的な創造力を備えた人材が極めて乏しかった。それでは厳しいグローバル社会=国際競争社会を生き抜くことは困難なので、文部科学省では英語教育の強化だけでなく、自ら考え自ら学ぶアクティブ・ラーニングも提唱していますが、果たして現場の先生がどこまでやり切れるでしょうか。だって「総合学習の時間」も似たようなことですからね。

 

 いずれにしても、昨日の分析や解釈も重要だけど、それは明日に向けた創造的な提案のためにあるのだというコンセンサス=共通理解が、年齢・職業を問わず全国的に必要になってきたのではないかと思うのです。

 そして、突拍子もなく見える非常識な提案ほど創造性は高く、明後日の常識になる可能性もあるのですから、そうした発想ができる奇人や変人は共同体の異物では決してなく、むしろ環境変化の中でも共同体を存続させるために必要不可欠な人材であることを理解させなきゃいけません。

 

 そうした意識が学校教育に浸透すれば、つまらんいじめもなくなるような気がするんですけどね。

 

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