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福助くん その6

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福助くん その5

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福助くん その4

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福助くん その2

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2015年4月 9日 (木)

教師の人格

 

 いやぁ「千人斬り」というのはちょいちょい聞いたことがありますが、このオッサンはケタ違いの「万人斬り」ですもんね。

 

 私立中学の元校長が児童買春・ポルノ禁止法違反で逮捕されましたが、およそ1万3000人におよぶ女性をフィリピンで買春し、写真を15万枚ほど残していたと報道されています。「26年間」で「延べ人数」としても、凄い話ではありませんか。「鬼畜」なんて言葉がありますが、そんな人が実在するとはね。

 

 さらに、買春した女性は14歳から70歳くらいというのですから、それにも驚かされました。14歳ならまだしも70歳ですぜ。いやボクにはとても無理。「うち1割くらいは18歳未満だと思う」と白状しているそうですけど、それでも約1300人だもんなぁ。度外れた絶倫ではあります。

 

 これが普通の会社役員あたりなら「そういう奴もたまにいるよね」ですけど、彼は教員で元校長という管理職なものですから、「こんな奴が学校で指導的な立場にいたのか」と驚かされるわけです。

 

 えーと、念のために大前提を紹介しておくと、ボクはまるきり聖人君子ではなく、むしろ元小説家志望者として、こうしたインモラルやエロスを無闇に否定する者でもありません。人間の行動は常に本能的な情動がエネルギー源となっているので、それが思いがけず暴走することだってままありますよね。

 しかしながら、他方でそれを抑制する理性ってものがあるわけで、学校における集合教育は、そうした理性や協調心などを子供に身に付けさせることも大切な使命になっているはずです。さもなきゃ世の中、頭がいいだけの野獣ばっかりになりかねじゃないですか。

 

 これは幼稚園や保育園から大学・大学院まで一貫して共通する使命だとボクは思うのです。ところが、教えるほうの先生というのはあくまで「たまたま教育という専門職に就いた労働者」であって聖人君子ではなくていいという論理があります。だからプライベートでは人間丸出しで何が悪いかとなり、労働者の1人として同等の権利を持つはずだと。だからストライキだってしちゃうもんね、ってことになります。

 

 教育がこれまでのような「知識移転」であるなら、それも確かにありだったでしょう。特に教科教育では、教師の専門知識や教育技術は問われても、どんな人格や性格かなんてことは高学年になればなるほど関係なくなってきます。ボク自身も人間的にどうかと疑う教師にたびたび遭遇しましたが、教えられる内容を根本的に疑ったことはありません(今は違いますが)。たとえば化学や数学の教科書の中に倫理や道徳の項目があるほうがおかしいじゃないですか。

 

 ただ、ここまでインターネットと情報環境が高度化してくると、そうした知識移転は学校に限られた特権ではなくなってくるわけです。昔だって本を沢山読んで自分で思考できる人は、実は学校なんかメじゃなかったはずです。

 それが今では高価な百科事典などを自宅に揃える必要はなく、タダであれこれと検索できてしまうのですから、学校に求められる役割が変わって当然ですよね。

 

 ボクは、それが倫理や道徳や使命感を育成する「人格教育」ではないかと前々から指摘してきました。でね、これはある意味で人間のOS(基本ソフト)ですから、アプリケーションソフトのように簡単にインストールできるものではないのです。

 だからこそ、頭はいいけど反社会的な奴とか、頭はいいけど非人情で独善的で冷酷な奴を生み出してきたわけですな。これはまぁ知識移転重視に伴う排除しきれない副作用だったのですが、前述したようにネット環境の充実で学校に期待するものが変わってきたなら、そうしたOS=人格教育が大きな泡のようにぶわっと浮上してきて当然でしょう。では、それをどう教えたらいいのでしょうか。

 

 あはははは、実はそんなもの、人間が人間に言葉だけで教えられるはずがないじゃないですか。倫理や道徳は法律ではないので、すべてを覚えられるわけがない。つまり、倫理や道徳、そして人格というのは「伝染」したり「感染」していくものなのです。ということは、やっぱり教師は人格者でなければいかんということになりませんか。

 

 そういう視点が、戦後ずっと無視されてきたように思います。だからこそ教員試験や面接というチェックの目をくぐり抜けて、冒頭で紹介した途方もないエロジジイや幼児・小児性愛者が頻繁に出てくるとボクは考えています。

 これを避けるためには、入口でのチェックだけでなく、途中での出入りを活発にするしかないでしょう。ダメな奴ならすぐにクビにするかわりに、中途採用ももっと活発化していく。淀んだ空気は風通しを良くすることでしか清涼にはなりません。

 

 そして、これからの教師は、学歴や学力なんかより、もっともっと人間性を重視すべきというのがボクの結論です。でも、保護者のほうは先生の学歴を気にしちゃったりするんですけどね。

 

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