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福助くん その6

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福助くん その5

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福助くん その4

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福助くん その2

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福助くん その1

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2015年5月11日 (月)

文系のスキル

  就職環境は絶好調で、企業は内定学生の引き留めに躍起になっているといわれます。一方で、そんなのは偏差値上位大学に限った話であって、実際には望む就職にたどりつけない学生が大多数なんていう報道もあるようです。景気動向が典型的で、最近はあまりにも情報過多で要するにどっちやねんということが少なくありませんが、ごくごく簡単に言ってしまえば、大手&有名企業に群がる学生が年々歳々増加するものの、結局は一部の有名大学しか採用してねぇじゃん、というようなことではないでしょうか。

  だったら小さな企業に就職して、それを大企業あるいは好調企業にすればいいとボクは思いますけどね。採用した新卒学生のほとんどが「寄れば大樹」の「ぶら下がり」タイプばかりだったら、いかに大企業でも10年は保たないでしょう。しかしながら、高偏差値大学→安定した大企業と直線的に考えて勉強を続けてきた学生も少なくないはずなので、そこのところを見極める面接官の判断もどんどん難しくなってきたに違いないとボクなんかは想像しています。

 それはともかく、就職環境が好転すると、すぐに忘れられてしまうのが文系のスキル問題です。「すぐに使える知識はすぐに古びる」という言葉をボクは今でも信奉していますが、それにしても文系の勉強って何の役に立つのでしょうか。近年は「ノースキル文系」なる言葉もあるくらいですから、もっと大学の先生たちはきちんとした自己規定をするべきじゃないかなぁ。「10年、20年たってから教養としての価値が分かる」みたいなことを言われても、就活の時には「そういう勉強は自宅に帰ってからやってください」となって、何の役にも立ちませんよね。

 だったら、たとえば英語検定でハイスコアを取れば「スキル」かというと、それなら大学なんか行かないで英語スクールとか専門学校に行ったほうが効率的ではありませんか。

 つまり、特に人文系ですけど、たとえば小説などの研究と、大学の学問としてのスキル養成が乖離し過ぎているとボクは思うのです。では、スキルとは何かというややこしい論議にすりかわることも珍しくないのですが、ここでは敢えて無視します。

 誤解のないように付け加えておきますが、ボクは何も源氏物語などの文学研究が無駄だと言っているわけではありません。けれども、大学の先生は好きな小説の研究と教育で食っていくことができても、学生のほとんどはそうはいかないですよね。一般企業に就職して結婚して子供を育てていかなきゃいけません。

 ということは、たとえば文学なら、その専門的な研究を通して普遍的かつ汎用に使えるスキルを身に付けることができなければ、教育の意味や価値を喪失していくのではないでしょうか。もっと簡単に言えば、カルチャースクールとどこが違うのかということです。そうした現実性と教育における方向性の抜本的な調整が、アメリカの歴史学なんかで行われたチューニングじゃないかなとボクは思います。

 さて、もう1度問いかけますが、たとえば源氏物語の研究に関する学部の勉強で学生たちはどんなスキルを得られるでしょうか。もしもこれが学問に対する冒涜と言われるなら、就活の面接担当者にも同じことを言うべきでしょう。かといって「雅な日本語が上手になる」とか「コミュニケーション能力」みたいなことに矮小化する気もありません。だからこそ、先生たちが人文系の勉強の意味を自分自身で社会的に分かりやすく定義しておかないと、不景気になるたびに「役に立たない」という誹りを受けることになると思うのです。

  ボク自身は笑われることは承知で、たとえば文学部というのは「人間通」になるための学問だと考えています。だったら、法則性または公式の発見なんかも必要になりますよね。さもなければ「人文科学」と称してはいけないんじゃないかな。

 いずれにしても、小説がもともと好きで文学部に入学したにせよ、卒業する頃にはある程度の知識に基づいたスキルを他人に語れるようになっておく必要があります。その時に学生に何を言わせるかということに、先生たちはあまりにも無頓着だったような気がしてならないのです。

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