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2015年9月 8日 (火)

だーからコンセプト

 

 先週のブログで、教養というのは間違いなく大切ではあるけど、時代の進化に対応して中身も変わらなきゃおかしいよね、というようなことを書きました。

 

 そんなことを言っていたら膨大な勉強が必要になり、ひょっとしたら死ぬまで勉強になりかねないという意見もきっとありますよね。実にまったくその通りで、トロイア文明だのミノア文明まで遡っていたら、ざっくりと歴史だけでも4000年以上の勉強が必要ということになります。

 いやいや、そこまですべてやる必要はなくて、とりあえずはギリシャ・ローマ時代のリベラルアーツに則って、文法学・修辞学・論理学という3学と、算術・幾何・天文学・音楽の4科をやっとけば十分な教養じゃんかとしたのが中世ヨーロッパの大学だったようです(ウィキペディア)

 

 けれども、その敷衍や集約だけではなぜ飛行機が飛ぶのか、テレビが映る理由も、スマホで遠くの人と会話できたり画像などの情報をやりとりできる理屈も分かりませんよね。現代人にもかかわらず、そんなことでいいのかなぁというのがボクの疑問であり、新時代を作ってきた工学・化学・情報科学なども含めた教養の再構築を今やっておくべきというのがボクの論理でした。

 

 というわけで最初に戻りますが、そんなことをやり出したらキリがないだろうという意見もきっとあるはずです。でも果たしてそうかなぁ。現代にはインターネットという強力な武器があるじゃないですか。つまり、調べようと思えばたった1人でも知識を深めていくことができます。このあたりをきっちり把握しておかないと、新しい教養は構築できないと思うのです。

 

 かつて知識は図書館と学校の「独占的」な専有物でした。だからカネを払って学校に行かなきゃ知識人にはなれず、教養も社会的地位も得られませんでした。時代がいくらか下ると、安価な書物のカタチで知識は購入できるものとなりましたが、百科事典ともなると置き場所も必要になりますからね。

 

 こうした知識を取り巻くエクスクルーシブ(排他的)な特権的環境をぶっ壊しつつあるのがインターネットとSNSとクラウドじゃないですか、というのがボクの見立てであります。これらは基本的に無料であり、いわゆるユニバーサルなアクセスが可能だからです。

 

 ということは、現代における教養をこれまでのような形の「知識」と考えるのは間違いではないかと言いたいわけですね。「じゃなんだよ」とすごまれると、思わず下を向いてしまう気弱なボクですが、たとえば「自立した高度な思考力」という考え方もあるじゃないですか。これまでの勉強が知識蓄積型の演繹ベースとするなら、課題を解くことから知識や思考力を高めていく帰納法にすりゃいいという理屈もあるわけです。昨今の大学が急速に導入しているアクティブラーニング、特にPBLなんかはその典型ですよね。

 

 こんなことを書いていると遠回りの連続になるので、今回の結論を端的に紹介すれば、「だーからコンセプトが必要」となるわけです。それも国家的に統一する必要はなくて、様々な理念や教育手法が混在していたほうがいい。それを保護者または子供が判断して自己責任で進学すりゃいいだけのことです。その選択もまた自らの教養からなされるべきですよね。

 

 中には頑固に昔ながらの知識教育にこだわる学校もあっていいじゃないですか。教育には終わりがないといわれますが、様々な理念に基づくトライアルが活発に行われる環境こそが正解というべきでしょう。

 

 にもかかわらず、日本という国はいつも強い潮の流れがあって、それに従わないと溺れたりするんですよね。近頃は「人文系無用論」かな。「生物多様性」が人類の存続にもかかわるように、コンセプトの多様性が未来を拓くとボクは信じております。

 

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