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2015年9月30日 (水)

何のために勉強するか

 

 若い娘さんが相次いで殺されるという奇妙な事件が起きています。ロクに事実が判明していない段階からテレビのコメンテイターや評論家が意見を開陳するというのも、それに負けずに奇妙な風習だと思いますが、おそらく沈黙を続けているとすぐにクビにされるので、あたり障りのないことを饒舌に語ることがナリワイになっているのでしょうか。

 

 さて、本題に入りますが、テーマは小学生でも年に1回は親や教員に聞くんじゃないかと思われる「何のために勉強するか」です。「何のために勉強しなきゃいけないか」でもいいかな。お父さんやお母さんは、この難しい質問にどう答えているでしょうか。

 

 少なくともボクらが幼い頃は、算数を覚えておくと釣り銭の計算に困らないとか、歴史にしても、社会の成り立ちが分かれば、今の紛争や事情が分かるし、これからの変化だって予測できるとか、いろいろと「役に立つ」ということがキーワードになっていたように思います。

 そのおかげで、高校の頃は純情可憐な大馬鹿野郎だったボクは、「なら高等数学も微分積分も小説家になりたいオレに役立ちそうもない。数学が出題されない私立文系を受験するのであれば、いよいよこんな科目を勉強する必要なんかないじゃんか」と思っていました。

 

 そんなボクより今の受験生はもっと賢いはずですが、このような発想の根本はあんまり変わっていないんじゃないかなぁ。

 

 では、勉強というのはそうした「役に立つ」、つまり「要・不要」で区別できるものでしょうか。大学で教養と呼ばれる分野では「すぐに役立つ知識はすぐに古びる」という名言が継承されています。これはこれで相当な説得力を備えていますが、やっぱり「役に立つ」「要・不要」というクビキに縛られた発想というほかありません。

 

 つまりですね、勉強が「役に立つ」というのは、いったい誰にとってか、ということなのです。このあたりでボクたちが受けてきた戦後教育が、ひょっとすると大変に重要なことを置き忘れてきたのではないか、ということを言いたくなるんですよね。

 

 たいていの親が言うように、勉強が自分「だけ」に役立つものであるなら、すごくアタマが良くて微分積分なんかちょろいぜ、という人が前述したように、高偏差値の私立文系学部を受験するなら、それこそ数学なんか捨てて英語や世界史などの受験科目に集中したほうがいいとなります。

 

 ここでの大きな間違いは、勉強が「自分の役に立つ」ためだけにあると発想していることです。細かい説明抜きで端的にいえば、勉強は共同体、すなわちコミュニティを快適に維持するためにやるのではないでしょうか。

 もちろん「自分のため」を否定するものではありません。でも「みんなのため」にも勉強することが、結果的に自分を豊かにしていくことになるわけです。

前述したように子供の頃から数学が得意なら、建築の構造計算とか飛行機とかロケットの設計者なんかになって、その能力を役立ていればいい。それによってボクたちの生活は、少なくとも昨日よりは快適になるでしょう。スマホだって、それと同じことを続けてきた結果ではありませんか。

 

 そうした「みんなのため」の最高峰がノーベル賞であり、国や地域といった小さな共同体をはるかに超えた、「人類のために役立つ」研究や発明に対するご褒美なのです。

 

 もちろん勉強は「自分のため」でもあるので、数学が得意な人が必ずしも理系に行く必要はありません。でも、少なくともロクに数学ができないボクが行くより、もっと「みんなのため」になることは確実ですよね。

 

 こういうことをきちんと教えていないから、大学生になっても「何のために学ぶか」みたいことで挫折したり悩んだりするんじゃないかなぁ。

 「何のために生きるか」だって同じことで、ちっぽけで取るに足らない自分のためにだけお前は生きているわけじゃない。親やまわりの人たちや共同体や社会にとっても、人類としても必要な存在だからこそ生かされているわけで、だから自殺なんてバカなことを考えてはいかんと、止めなければいけないのです。

 

 ガキの頃は賢かったはずの官僚や政治家が利益のために暴走し、その職責を汚すことがいつまでも絶えないのは、すべてが「自分のため」にあると思い上がっているからではないでしょうか。

 

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