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2017年3月 1日 (水)

自由からの逃走

 

 教育というのは、国家の命令に素直に従う兵隊さんを量産することなのかなぁ。ボクは逆に、何にでも疑問を持ち、自分自身で自分なりにモノを考えられる知性を育てることだと思ってきたんですけどね。さもなきゃ生きたロボットと同じではありませんか。「上からの指示」「上からの命令」を伝言ゲームで下達するだけの人間が大多数を占める社会は、権力者には都合がいいだろうけど、自分の幸福を自分自身で追求することができなくなりますよね。

 

 エーリッヒ・フロム(1900~1980年)という社会心理学者が1941年に『自由からの逃走』を発表しました。読んだことはありませんが、名著というのはタイトルからして画期的で分かりやすいんですよね。この『自由からの逃走』も、それだけで内容をある程度予想できるはずです。さらに、ナチスによるファシズムが最高潮となって戦争に突進していった時代性を加えれば、「人間はどうしてせっかく勝ち取った自由を捨てるのか」とも言い換えられるでしょう。

 

 近代までの歴史は、奴隷が個人としての自由を獲得するための戦いだったとボクは理解しています。そのクライマックスとなったのが18世紀のフランス革命であり、貴族や王侯が支配する封建社会が崩壊する契機となりました。反動やクーデターや王政復古があったものの、やがて市民が主体となった社会が確立していったわけです。

 

 そのために膨大な血を流した闘争を経て、ようやく獲得したのが自由にほかならないのに、どうして20世紀にもなって「全体主義」=ファシズムに人々が熱狂し、1人の独裁者に無批判に従うのかと、フロムは考えたはずです。

 

 理由は簡単で、フロムの意見と同じかどうかは知りませんが、ボクの私見を表明すれば、自由というのは不安が伴うからです。檻の中で長くエサを与えられて、馴らされてきた動物または囚人を想定すれば分かりやすいですよね。檻が開いて「今日からお前は自由だ」と言われても、どうしていいかと途方に暮れるでしょう。その日からエサの取り方も自分で考えなきゃいけない。もはや看守や管理者の指示や命令はないので、何もかも自分の責任で決断していくことが求められるからです。

 

 それでも温暖で自然豊かな生活環境なら、エサ=食糧を自分で得るのはそれほど困難ではありません。ところが過酷な厳冬を迎えて、エサがどこにもない状態で養うべき家族がいるとします。そうなれば、不安どころか、何もかもを自分で決めなきゃいけない自由を大きな負担と感じる人もいるでしょう。敢えて過激に言うなら、飢えるのも個人の自由となるからです。

 そこに「オレに黙ってついてきたらハッピーになれるぜ。そのかわりに文句や不平は一切なし。とにかく従え」と言われたら、せっかく手に入れた自由を捨てて隷属したくなる気持ちも分かります。

 

 その中には、アドルフ・アイヒマンのように「命令されたから」という理由でユダヤ人を大量虐殺した人物もいます。極めて事務的に効率的にホロコーストを進めたとされていますが、彼にとって個人の良心など業務遂行に不要なものだったようです。人権や慈悲を考えることもできる自由を捨てたからこそ、膨大な数の殺人を繰り返しながらも安寧が得られたのではないでしょうか。

 

 過度な帰依を強制する宗教はそれと似たところがあって、不安や怯懦を感じて自由から逃げ出したい人たちを誘うのです。しかも、縛り=制約が多いほど安心するという、奇妙な心理的メカニズムもあります。

 

 このように自由が必然的にもたらす不安を解消するのが、ボクは教育のひとつの目的であり意義だろうと考えてきました。自由には、何よりも教養と知恵が必要なのです。教養は自分が目指すべき道標を示し、知恵は自立を大いに助けることになります。

 

 にもかかわらず、特定の理念を幼児に押しつける教育を行う人がいるということに、いささか驚かざるを得ません。フロムが生きていたら、何て言うかなぁ。

 

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