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2017年6月16日 (金)

『サン・ジャンの私の恋人』

 

 誰が歌ったとしても、それを聴くたびに胸がキュンと締まって、ひどく切ない思いに襲われるシャンソンがあります。

 

 『サン・ジャンの私の恋人』。哀愁たっぷりのイントロダクションだけで身体が反応するのですが、以下のフレーズ(訳詞:山本雅臣、以下同)で、ボクの過去のもろもろがですね、条件反射のようにぶわっと噴出。走馬燈のように影絵と化した思い出がくるくると回り出すのです。

 

甘い囁きなら、信じてしまうもの

あの腕に抱かれれば、誰だってそれっきりよ

 

 若かったけど貧乏で焦りや怒りばかりを感じていた頃に、ある女性と一緒に暮らしていました。将来に対する漠然たる不安もあって口喧嘩ばっかり。自分の自信のなさの裏返しということはイヤというほど分かっていても、カネもなければ知識も才能もコネもなければ、それを再び裏返すなんて容易なことではありません。結局は1年足らずで別れることになりました。

 

 さらにもうひとつ。吉祥寺にはかつて「ベル・エポック」というシャンソンのライブハウスがありました。なけなしのカネでたまに彼女と一緒に行ったこともあってね。そんな数少ない幸せな時に聴いて、強く印象に残った歌が『サン・ジャンの私の恋人』なのであります。

 

 1942年にリュシエンヌ・ドリールがレコーディングしたのがオリジナルで、フランソワ・トリュフォー監督も好きだったらしく、映画『終電車』(1980年公開)のオープニングで使っています。サン・ジャンとは聖ヨハネのフランス語読みで、彼を記念して6月の夏至の日には火祭りが行われるそうです。そんな特別な日の舞踏会に行った女性がたちまち恋に落ちるという内容です。

 

アコルデオンの流れに さそわれいつの間にか

サン・ジャンの人波に 私は抱かれていた

 

 これが始まりの歌詞。アコーディオンでなくて「アコルデオン」と読むあたりにフランスのシャンソンらしさが強調されていますが、華やかに装った人たちが集まる祭りの中で、若い娘が次第にその雰囲気に酔っていく様子が想像できます。そんな非日常な場でイケメンに甘い言葉で囁かれたら、たいていはコロリとやられてしまうわけですな。

 

あの腕に抱かれれば 誰だってそれっきりよ

あの眼差しに 見つめられた時から

もう私は あの人のものよ

 

 ボクは、そんな羨ましい「あの人」であったことは人生で一度たりともないので、やりきれない嫉妬を覚えますが、これはもう仕方がないんですよね。美しい女性はたいていイケメンの餌食になっちゃうんだよな。

 

何も考えずに みんなあげてしまった

たとえだまされても 愛してしまった私

甘い囁きなら 信じてしまうもの

あの腕に抱かれれば 誰だってそれっきりよ

 

 そんな恋を得た高揚感を経て、「アコルデオンの調べも みんな誘いの罠だった」と失意に至り、「みんな終わって過ぎた夢なのよ」というのがエンディングとなります。年を取ってみれば恋の始まりと終わりなんて、どれも似たようなものであることが分かるようになりますが、この歌に関する思い出を前述のようにダブルで抱えていると、やっぱり切なくなるんですよね。

 

 そうした切なさの本質が、パトリック・ブリュエルのカヴァーを聴いてやっと分かりました。彼は1959年にアルジェリアで生まれた男優&歌手で、オリジナルの歌詞を「私」から「彼女」に変えています。つまり、好きな女性がほかの誰かに惚れていく様子を、心ならずも見守る男の側から歌っているのです。YouTubeにPVがアップされていますが、これがレトロな映像で実に素晴らしく、彼の歌声も渋めのハリがあってなかなかいいんだよなぁ。そのせいか今の時点で約543万ビューが記録されています。

 

 ちょっと屈折していますが、男も女も一度くらいはそんなじれったいというかやるせない思いをしたことがあるはずですよね。ボクも、この歌にかつての彼女をしっかりと投影していたのです。その当時の気持ちを思い出すからこそ、余計に切なくなるわけですね。けれども、今となってみれば酸っぱくて苦いだけでは決してなく、やはり甘さもちゃんとありました。そんな思い出が、まるでないよりはあって良かったのかなぁなんてね、ちょっとだけ顧みたりするわけです。

 

 なお、来週からスイスに短期出張することになり、木曜日に帰国する予定です。よってブログはお休みさせていただき、23日の金曜日から更新いたします。

 

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