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福助くん その6

  • D_p1000397_s
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福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

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福助くん その3

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福助くん その2

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福助くん その1

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2018年2月 9日 (金)

スタイル(前)

 

 以前もご紹介したと思いますが、ボクは何をやっても最初のデキが一番良くて、それからどんどんパフォーマンスが落ちていきます。たとえば、スーパーマリオなんかのゲームが典型的で、1回目は相当な難関もヒョイヒョイとクリアできたのに、2回目、3回目は簡単なところで失敗するなんてことが結構あるんですよね。

 

 逆に、何度も繰り返すことで技能や成績が次第にアップしていく人もいるでしょう。むしろ、ボクのような「初速全開」タイプよりも、後者のほうが圧倒的に多いんじゃないかな。「練習」とか「熟練」という言葉があることから分かるように、そうでなきゃいかんとボクも思います。早い話がウサギとカメですな。

 

 自分がウサギとは思いませんが、その理由というか原因は明らかで、要するに性格的に飽きっぽいのです。特段の才能がないにもかかわらず、すぐに飽きてしまう。メンタルと身体行動は抜きがたく結びついているので、モチベーションが下がればパフォーマンスがアップするはずがありません。でも、そのかわりにね、新しいことやアクシデントへの対応能力は自分ながらあるんじゃないかと。実例を挙げると自慢話になるので紹介は控えますが、「いつもと違うこと」に興奮しやすいんですよね。

 

 そんなわけで、文章についても、何かをテーマに何かを書けと指示されると、たいていの人は前例を探します。ボクもまったく同じですが、問題はそれからなのです。「あ、こういうふうに書けばいいのね」と納得して従う人と、「こういうふうに書けばいいのか。でも、同じことをしても目立たないよな」と感じる人の2種類に分かれていくのです。

 

 飽きっぽいボクはもちろん後者に属しますが、その試みが新しければ新しいほどハイリスクとなり、場合によっては結果が100点か0点ということになりかねません。ところが「こういうふうに書くのね」と納得するタイプは、平均レベルを極端に下回ることはないでしょう。というより、優等生の皆さんは間違いなく80点以上を取るんじゃないかな。だってさ、もともとアタマのいい人たちなので、評価される勘所をすぐに見破ることができるからです。

 

 しかしながら、これは明治以降の「欧米の文明国に追いつけ追い越せ」の時代は大変に効果的であっても、追いついてしまった後は「こういうふうに」というモデルが目の前から消滅してしまいます。となれば、何でもかんでも前例のないところから作り上げていかなきゃいけない。

 

 ボクは、目下のところ文部科学省などが一生懸命進めている教育改革の本質は、そこにあるはずだと推定しています。簡単に言ってしまえば、「想像」重視から「創造」への大転換ではないかと。ペーパーテストで問われるのは、出題者の思惑を見抜く能力です。学習塾でも「この問題はこれに関する学力が問われているんだよ」と解説しますよね。つまり、出題者の意図や仕掛けを推し量る「想像力」が、求められる学力の本質だったのではないでしょうか。その究極ともいえるのが「忖度」ですから、学校優等生出身の「官僚」がそれに長けているのは当然です。

 

 ところが、学校から社会に出てしまえば、そうしたテストを出題してくれる人はいません。けれども、戦前並びに戦後の日本社会は、常に欧米から問題用紙が配られていたといっていい。問題用紙が目の前にあるなら、それに的確に解答すればいいのですが、問題用紙が配布されなくなったら、今度は自分たちで問題を見つけていくほかないじゃないですか。

 

 この時に必要なのは「想像力」でなく、「創造力」ではないかと。実際に、高大接続改革などのややこしい資料を読み込んでいくと、そんな雰囲気を強く感じるのです。ということは、これって文明開化した明治の頃からの教育の大転換といっても過言ではないですよね。ただし、その崇高な改革理念に社会環境が追いついているとは言いがたいのです。

 何だか話が急カーブするだけでなく大きく膨張してきたので、何が言いたいかは来週の休み明けに続けます。

 

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