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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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2018年12月

2018年12月28日 (金)

パソコン時代の終焉

 

 近いうちにパソコンの時代は終わりになるんじゃないかな。だってさ、スマホのほうがハンディで、圧倒的に便利ですからね。

 

 長らくガラケーを偏愛し、超薄型のマックブックエアーを国内外で駆使してきたボクだからこそ、この予感は正しいと確信します。より厳密に言えば、キーボードとマウスと大きなディスプレイを備えたパソコンは、ごく少数の特定の人たちだけが利用するものとなり、大多数はスマホまたはタブレットに移行していくはずです。あのホリエモンだって、もはやパソコンなんか使っていないと思うぞ。

 

 というのも、かなり遅れてきたスマホ・オッサンだからこそ、その利便性が明確に認識できるだけでなく、パソコンの世界は複雑でマニアックになり過ぎだと思うのです。昨日も会社のステーションとして使ってきた大型のマックがなぜだかクラッシュ。サポートセンターに電話したのですが、その対応がさっぱり要領を得ません。挙げ句の果てにアップルはソフトウェアのマイクロソフトに原因があるからそっちに聞いてくれとたらい回し。マイクロソフトにしても、動作環境を根掘り葉掘り確認するだけで、通り一遍のマニュアル的なアドバイスしか言えない。

 

 ボク自身は最初から、バージョンアップしたOSと既存のソフトウェアであるオフィス2011の不具合だろうと睨んでいたので、1世代遡ったOSを再インストールするか、オフィス自体を新しいものに変えるしかないと判断していました。そこでインターネットを調べてみると、再インストールは3つほど方法があるので、それぞれトライしてみましたが結局はうまくいかない。もはやこれまでと、オフィスの最新ソフトをダウンロード。その前段階で、昔は1本いくらの売り切りだったものが、毎年の支払いに変更されていたことに仰天しました。プリンターのトナーのように、イニシャルでなくてランニングコストで儲ける方向に転換したわけですな。そのケチくさい商人根性(あきんどこんじょう)に呆れつつも、受け入れなければパソコンが粗大ゴミになってしまうので、仕方なく登録しましたよ。

 

 かくて、ようやく動き始めたのですが、そもそもOSをバージョンアップしなければ良かったんですよね。古いOSに古いソフトで何の問題もなかったのに、機械がしつこく勧めるから、それに従った結果がこのトラブルです。

 

 これではスマホが繁栄するのは当然です。それぞれのバージョンアップやセキュリティのスキャンが自動的に行われているだけでなく、サポートの電話もそれほど待つことなく通じますからね。ドコモの遠隔サポートなら、それぞれのスマホに直接アクセスして教えてくれます。パソコンとは世界観がまるで違うんだよな。スマホは電話から始まっただけに、最初から素人を前提にしており、システムも上げ膳・据え膳のように構築されています。機械がバックグラウンドを丁寧にケアするので、基礎知識ゼロでも楽しく使えるかわりに、もろもろの年間手数料やランニングコストをいただきますぜってことです。だからこそ、ハードもアプリの業者もこぞって群がるわけですな。1回の契約で永続的に儲かりますからね。

 

 一方のパソコンは、もともと電子オタクのオモチャであり、彼らが育ててきたといっても過言ではありません。だからユーザーといえども、ある程度の基礎知識は不可欠。また、これまでは機械1台、ソフト1本から買い切りが常識だったので、ハードが壊れるまで古いシステムを使い倒す、なんてことも可能だったのです。マックであれば、内部のシステムも分かりやすかったので、メモリー増設などでカスタマイズする人も少なくなかったんじゃないかな。それはそれでパソコンならではのメリットだったのですが、前述したようにマイクロソフトは年間支払いに移行。いったん不具合が起きたら面倒極まりなくなるパソコンに、スマホの狡猾で不愉快な仕組みを導入してしまった。これでは、パソコンから人が離れていきますよ。

 

 現実的にも、パソコンはハンドバッグに入りません。ボタン一発で何もかもシームレスに連携していくスマホに比べると、パソコンはサポートの姿勢も含めて、ユーザーフレンドリーにはほど遠いのです。このあたりをメーカーやソフトウェア・エンジニアが認識して抜本的に改善しない限り、早晩、過去の遺物になってしまうでしょう。

 

 最後になりますが、グーグルの音声認識にも感動しました。これまでは事前に発声を録音して機械に慣れさせるタイプが普通でしたが、グーグルはいきなり声をかけても正確に反応して文字化します。テレビを見ながら間違って起動させたことがありますが、アナウンサーが話した言葉まで拾いましたからね。

 試しに「幸せって何?」と訊いたら、ウィキペディアを紹介されました。

 

 というわけで、キーボードやタッチバッドによる文字入力もいずれ必要なくなるはずです。修正はあり得ますけどね。そうなると必然的に文章のあり方も変わってきます。書き言葉が衰退して、よりリアルな口述筆記が常識化していく可能性が高い。ボクたちの書き方だって、明治期に文語を口語にするという言文一致が進展した結果ですからね。

 

 ま、そんなわけで、パソコンに将来性はまったく感じられないのです。優秀なエンジニアがそれに気づかないはずはないので、どんどんスマホ業界に転職しているんじゃないかな。それによって格差はますます広がっていくでしょう。

 これはユーザーインターフェイスというより、哲学や思想の違いであることを知るべきです。やはりスティーブ・ジョブズは凄かった。ビル・ゲイツなんか足元にも及ばない正真正銘の天才、いや革新的な創造主ではなかったかとボクは追悼するのであります。

 

【追伸】

 明日から正月休みに入るので、このブログもお休みとさせていただきます。1月7日から再開する予定ですが、興味深い出来事があればアップするので、たまにチェックしてみてください。珍しく新年1日の夜はジャズのライヴを予約しているので、今から楽しみにしています。

 

 それでは皆さま、良い年をお迎えください。

 

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2018年12月27日 (木)

PB寡占

 

 近頃のコンビニはPBばっかじゃねぇか、って思いませんか。

 

 言わずもがなでしょうが、PBとはプライベートブランドの略で「自主企画商品」と訳されています。定義ではコンビニなどの小売業者と食品メーカーなどが共同で企画・生産した商品となっていますが、ホントにそうかなぁ。ただ単にラベルをコンビニのロゴに変えることで納入価格を下げ、店舗側の利益率を高めているだけじゃないかと、ボクなんかは思うわけです。

 

 たとえば、ですよ。業界トップの某フランチャイズチェーンでは、「さけるチーズ」などは別として、一般的なチーズはPBしか置いていません。しかも、クリーミーだの何だのと軟弱なものばかりで、基本中の基本である固めのプロセスチーズが見当たらない。個人的な嗜好で恐縮ですが、ボクは某社の6Pプロセスチーズが何よりも好きなんですよね。昔からお馴染み、アルミ箔の包みで三角形にしたチーズを6個並べて丸いパッケージに収めたアレですが、これに類する商品がないのです。

 

 試しにカマンベール入りと表記されたPBを食べてみましたが、あのデロデロ&タラリ加減とチーズ臭さは、あくまで個人的な感想ですが、許しがたいものがあります。チーズマニアはそのほうが好きかもしれませんが、目下、世界的な課題になっているダイバーシティ=「多様性の確保」はどないなっとんじゃいと思うのです。

 

 かつては物流の風上、または川の上流にあたるメーカーが商品の企画から生産量、価格まで、すべてを支配していました。小売店は供給された商品を並べて売るだけの産業だったといっていい。その意味では、稀代の名経営者といわれる某氏の水道哲学は正鵠を得ており、小売店は等しく製品が消費者に向けて流れ出てくる「蛇口」だったわけですな。

 

 ところが戦後になって、価格破壊で知られるダイエーや秋葉原の家電量販店がそうした序列を崩すことに成功。消費者も熱狂的に支持したことで、主導権は市場=小売りの現場が握るようになったのです。そりゃそうです。いかに優れた製品でも、量販店が陳列しなければ、ないのも同然ですから、売れるはずもありません。特別な個性や機能を持たないコモディティ化した製品のメーカーほど、量販店の顔色を窺わざるを得ないわけです。

 

 食品メーカーも同じで、全国に2万店も展開するコンビニチェーンの本部がヘソを曲げたら、倒産だってあり得ますよね。逆にPB化されれば、利益率は下がっても一定の生産・納品数量を確保できるため、経営も安定します。

 そんな力関係で「これさぁ、今度からPBにしてよ」と言われたら、逆らうのは困難じゃないですか。ボクは、このあたりからテレビドラマ『下町ロケット』の食品産業版が書けると思っていますが、6Pプロセスチーズは、その申し出をアッパレなことに拒否したんじゃないかな。

 

「どうしてもできないっていうわけですか」

「こ、この6Pだけは、弊社のルーツであり顔であり、魂といっても過言ではない商品ですから」

「あはははは、失礼ですが、こんなものが顔ですか、魂なんですかねぇ。確かに昔はチーズといえばこの6Pがポピュラーでしたが、今はカマンベールなど消費者の好みは多様化・高度化しています。小学校の給食じゃあるまいし、こんなものは時代遅れになってきたと思うよ。それを魂と呼ぶってことは、御社もそろそろ時代遅れかもね」

 

 あ、すいません。これはボクの根拠なき完全なる創作です。登場する人物・団体・名称等は架空のものであり、「会話も」実在のものとは関係ありません。

 

「しかしながら、だからこそ原型を守っていきたいと思うのです」

「そうですか。では、どうしてもできないと」

「御社に逆らうつもりは毛頭ありませんが、これだけは大変に恐縮ですが、遠慮させていただけませんか」

「そんなことを言っていいのかなぁ。では、うちは納品を拒否させていただきます。それによって御社がどうなろうと、私の知ったことではありませんから、念のため」

 

 安直なテレビドラマのような会話になってしまいましたが、経済産業省や中小企業庁がどう指導しようが、大手企業と納入業者は決して対等ではありません。だから、大なり小なり似たようなことはあると思うんですよね。

 

 それはともかくとして、ボクは近所のコンビニに6Pプロセスチーズがないため、わざわざ徒歩15分のスーパーまで足を運んでいます。それだけでなく、様々なPB商品がどんどんコンビニの棚を占拠しつつあり、ボク個人としては、ちっとも「いい気分」ではありません。こうした寡占によって、6Pのように排除された商品も結構あるんじゃないかな。専門用語では「ガリバー」と呼ぶらしいのですが、市場の過度な支配は決して消費者の利益にならないと思うんだけどね。

 

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2018年12月26日 (水)

エイジング

 

 若い頃に比べて、かなり考え方が変わってきたなぁと感じる時があります。

 

 たとえば安楽死(尊厳死)ですが、医師がそんなことに手を貸すのは大反対でした。医師というのは死の間際まで救命に尽力することが責務であって、本人の意思だろうが、どんな理由があるにせよ、その真逆にあたる自死を幇助すべきではない。その気になれば秘かに簡単に人を殺せる仕事だからこそ、この原則は倫理的にも法的にも厳守しなければならないと考えていました。感情に促された決断はしばしば取り返しのつかない間違いを生み、回復不可能とされた病状が劇的に改善したケースが希有ではあってもないわけではないですからね。

 

 でもねぇ、自分がそれなりの年齢になってくると、意見がコロリと変わってくるんだよな。「死んだ方がマシ」なんてことをみだりに言ってはいけませんが、医療の現場にはそう思わせる辛さや苦しみは山のようにあるはずです。それでも患者が耐えるのは治癒する見込みがあるからで、快方に向かうことがまったく期待できない絶望的な病状にもかかわらず、僅かな時間の延命のために、途方もない苦痛を強いるのはどうなのでしょうか。死はある意味で難行苦行からの解放ですから、厳密なガイドラインは必要ですが、医師が患者を安らかで楽な世界に導いてもいいじゃないかというのが現在の意見です。

 

 そんなことを思い出したのは、本日の日本経済新聞に「終末期がん患者『苦痛ある』3割」という記事が掲載されていたからです。国立がんセンターが遺族を対象に実施した初の全国調査によれば、死亡1週間前の患者の苦痛について25%が「とてもひどい」「ひどい」と回答。このため、介護する家族までうつになるケースがあるようです。想像を絶する苦痛は、本人のみならず近親者にも伝染するんですよね。医師にしても、よほど冷酷な性格でない限り、見ていられなくなるはずです。けれども、効かない薬を打ち続けるだけで、助けられないというのは拷問に等しいんじゃないかな。

 

 国民の2人に1人はがんになるといわれる時代ですから、この調査は決して他人事ではないはずです。

 

 というわけで、と軽くまとめてしまえる問題ではありませんが、要するに若い頃は原則論に固執する傾向が強いのですが、様々なことを体験して年季を経てくると、世の中なんでもありということが分かってきます。机の上やアタマの中だけでこしらえた原則論なんか、やっぱり絵空事なのであります。このようにシャープな原則論のエッジが次第に摩耗していくことが、エイジングの特徴といえるかもしれません。

 

 ただし、理想だけは風化させたくないなぁ。このブログのサブタイトル「生きにくい世の中を、何とか生き良くする方法」を探し求めることを諦めたくはありません。あれ? 何だか年頭所感みたいな文章になってきましたが、こうした「しぶとさ」もエイジングの一種であって欲しいと切に願うんですけどね。

 

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2018年12月25日 (火)

スマホに使われる人

 

 以前に、フェイスブックなどのSNSには「押しつけがましさ」を感じると書きました。利用頻度を高めるためでしょうが、交流をアプリのほうから催促するような機能を備えているんですよね。しかも、フェイスブックはそれによる個人情報を一時期とはいえ企業に提供、じゃなかった共有していたという報道がありました。「タダより高いものはない」という古人の諺は、21世紀のネット時代にも通用するようです。

 

 でね、ボクのスマホです。これまた、押しつけがましい「通知」が頻繁にあるんですな。ショッピング関係はもとより、オススメのアプリから見知らぬ芸能人の結婚情報まで、ピコパコ、ブルブルとうるさくて仕方がない。待機画面の段階で何件もの「お知らせ」が並んでいますからね。ボクにとって役に立つのは天気予報くらいですが、これとても知りたい時には自分でチェックするからオレに構うなと不快に感じるのは、やっぱ天の邪鬼だからかなぁ。

 

 随分と遅れてやってきたスマホ・オッサンにとっては、沈着冷静にお呼びがかかるのをじっと待ち続ける野武士のようなガラケーに比べて、やかましくて軽薄なチャラ男のように思えます。それでも慣れるまではと我慢してきましたが、先日、ついに決心して、デフォルトを大改革することにしました。まずは100以上もあったアプリを厳選して80程度まで削除。もしかして使うことがあるかも、として残したものもマメに機能停止にしました。

 

 次に、電気を食うGPSの接続をオフに。続いて、各アプリをチェックして次々に通知機能を止めていったわけです。

 

 「そこまでしなくても」と思う人もいるかもしれませんが、スマホを使う主体はあくまでも、どこまでいってもワタクシであります。商業ベースでは新時代の強力なマーケティングツールでしょうが、ボクたちが「スマホに使われる」ような存在になってはいけないと思うんですよね。iPhoneが登場して11年にもなるので、個々人がカスタム化して使いこなすのが常識になっているに違いないとは思うものの、歩きスマホや自転車スマホが絶えない現状を鑑みると、やはり「スマホを使う」のでなく「スマホに使われる人」が少なくないと思わざるを得ないのです。ボクたち自身が情報端末になってはいかんでしょう。だからポイントカードも嫌いなんだよな。

 

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2018年12月21日 (金)

情報帝国主義(後)

 

 昨日に報道されたばかりなので、日本のメディアは扱いに苦慮しているのか、それとも「今さら」な話題のせいか、フェイスブックによる多数の企業との個人情報共有はほとんど後追いされていません。

 

 日本経済新聞12月20日付けの記事をもう一度紹介しておくと、フェイスブックではアップルやアマゾン・ドット・コムなど約150社以上の企業と個人情報を共有していました。たとえばマイクロソフトの検索エンジン「ビング」では、これを利用してフェイスブックユーザーの友人の名前も読み込めるようにしていたり、アマゾンでも小売りサイトのレビューを投稿した人の審査に利用していたそうです。

 

 現時点ではほとんどの企業との共有を取りやめているそうですが、ある時期は個人情報がダダ漏れの状態だったといっていい大問題ではありませんか。今頃になって報道の配信元であるアメリカのニューヨークタイムスが問題視したのは、連邦通信委員会(FCC)と2012年にプライバシー管理における合意を行っていたからです。つまり、ユーザーの同意なしで個人データを共有してはいけないってことですね。

 

 それに対してフェイスブックの公共政策担当ディレクター(こんな役職があるんですな)は、提供企業はプライバシーに関する規約を守っているほか、フェイスブックが対応してこなかった端末やプラットフォームでサービスを使えるようにするためと釈明しています。

 

 早い話が、より利便性を高めるためであって、個人情報が外部に流出することはないということですが、それでいいのかなぁ。そんなことに同意した覚えはねぇぞという大合唱があって然るべき事件なのに、抗議の気配はまったく感知できません。フェイスブックがそうなら、LINEの会話記録だってビックデータのひとつとして解析処理され、マーケティングに活用することも考えられるではありませんか。すでにやっていたりしてね。

 

 ボク自身は、フェイスブックに参加していませんが、独特の押しつけがましさを感じませんか。「友達申請」って、若い人には楽しいことかもしれませんが、オッサンには何だかなぁなんですよね。ましてや、そうした個人情報が企業に流れているとしたら、ホントもウソもシャレや冗談だってすべて筒抜けってことじゃないですか。

 

 ああ、またしても話が長くなってしまいました。SNSというのは、囲碁のように、そうした情報インフラが陣地を取り合う戦場といっていい。他の国を侵略して領土を拡大する帝国主義と何ら変わりありません。異なるのは、それが国家の意思ではなく企業が主体になっていることと(中国は別かな)、個人情報が支配すべき領土になっていることです。これを拡大していくのは、軍事力ではなく、個人にとっての利便性や面白さということも違うでしょうね。

 

 それだけに、春秋戦国や群雄割拠のように複数が並び立つことはなく、各分野での覇者は1人または2人程度しか許されません。パソコンの黎明期にOSは何種類もあったのに、今ではマイクロソフトとアップルの2つに収斂されていますからね。

 

 何よりも薄気味悪く感じるのは、ボクたちがネットを検索して得られる情報は限られていますが、ファイアウォールの向こうには秘密の個人データが山のようにあって、その取り合いが陰で活発に行われているということです。オレのことをビジネスのタネにするんじゃねぇと言っても、カードのポイントやら何やらで、もはやボクたちを隠している布は僅かです。それでも便利なほうがいいじゃんという人が多数派でいる限り、どんどん丸裸になって、内臓までも見られることになるでしょう。

 

 そんな戦いを勝ち抜いて唯一神となった「ビッグブラザー」は、情報を武器として、いずれ個人を支配していくことになりかねません。頻繁に「許可」を要請するスマホは、その先駆けにほかならないとボクは思うわけですな。

 

 それでボクたちは果たして幸せになれるのでしょうか。

 

 この問いを昨日から考え続けてきたのですが、答は見つかりませんでした。幸せに感じる人もいれば、感じない人もきっといる。幸せだと感じない人は、やがてシェルターを作って立てこもることになるんじゃないかな。そこからの話を作ってみたいのですが、どうにもIT系の知識がなさ過ぎで手が出ません。取りあえずは、個人情報やプライバシーがなぜそんなにも大切なのかという文系的な大原則に立ち戻ることから始めてみたいと考えております。これも時間のかかる課題なんだよな。

 

 情報帝国主義なんてたいそうなことを言っておきながら、尻すぼみの結論で申し訳ありません。

 

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2018年12月20日 (木)

情報帝国主義(前)

 

 ソフトバンクが株式を上場しましたが、初日の終値は公開価格を15%下回ったようです。あはははは、やっばりなぁというのがボクの感想です。グループの有利子負債が18兆円にのぼるといった経営的な理由ではなく、上場の1週間ほど前に、なななな何とボクのところに、知らない証券会社から「買いませんか」というセールスの電話があったからです。

 

 株式市場には疎いボクでも、新規上場株は公開価格(売り出し価格)を上回るのが普通であることくらいは知っています。あれからもう30年にもなるのかと感慨深く感じるのですが、NTTが上場した時には買いが殺到。公開前の1株120万円が、たちまち300万円を突破しましたからね。それで瞬時に大金持ちになった人が続出したんじゃないかな。

 

 今回のソフトバンクは通信関係なので、このNTTの再来みたいな見方もあったようですが、そんな金の卵がボクのようなアウトサイダーに転がり込んでくるはずがありません。これまでに株を手がけたのは、ごく少額の投資信託を1回だけ。しかもバブル崩壊直前ですぜ。おかげで半額ほどに大幅下落という大やけどをしたので、もう株なんて一生やるまいと決めたくらいです。そんな奴のところにも絨毯爆撃のように「ソフトバンク株いかがっすか」と売りつけてきたのですから、公開後に値が上がるとはとてもじゃないけど思えません。そんな疑問を電話の向こうのセールスマンにぶつけると、しばらく絶句でしたもんね。

 

 トクしたことはほとんどなく、損するばかりの人生が磨き上げてくれた直感は、自慢じゃないけど決して間違っていないと確信いたしました。ただし、今回の上場でソフトバンクが手にしたのは約2兆6000億円。前述したNTTの上場(1987年)では約2兆3000億円だったので、これを上回る国内では過去最大の規模とされています。

 

 でもね、これほど巨額の資金をいったい何に使おうとしているのでしょうか。IT系に詳しい人には自明のことでしょうが、情報インフラを支配するためなんですよね。ソフトバンクグループの創業者であり筆頭株主の孫正義氏は、かつて自らそのように語っていた記憶があります。ITの世界は栄枯盛衰が激しく、企業の寿命も極端に短命化していますが、そのプラットフォームとなる情報インフラが大きく変化することはないからです。人気が移り変わるアプリよりも、通信料のほうが安定的で莫大な儲けを得られるのは当然ですよね。もっと簡単にいえば、浮き沈みが避けられないギャンブラーよりも、胴元のカジノの経営者になったほうが負け知らずで大金持ちになれるってことです。

 

 実際に、ソフトバンクグループは海外の通信キャリアや半導体企業を買収しまくりといっていい。孫氏にとってもはや日本国内なんて眼中になく、情報インフラで世界の覇権を目指していることは間違いないと思います。

 

 ただし、この分野は既存の大型企業が支配しており、その中で成長・拡大していくためには途方もない資金が必要になります。だからこそ巨額の有利子負債であり、超大型の株式上場ということになるわけですね。

 

 この動きは、19~20世紀の帝国主義を再びなぞっているとしかボクには思えません。そこで「情報帝国主義」という言葉を発案したのですが、個人間で情報を交流するインフラであるSNSも例外ではありません。たまたまでしょうけど、本日の日本経済新聞にはフェイスブックが150社以上の企業と個人情報を共有していたという外電が掲載されていました。

 

 要するに、ボクたちには見えないところで、情報インフラと個人情報をめぐる熾烈な戦いが行われているってことです。長くなったので、この続きは明日にします。でもさ、それによってボクたちは幸せになれるのかなぁ。

 

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2018年12月19日 (水)

許可しますか?

 

 人並みにスマホを使うようになって2週間近くになります。過剰ともいえる多数のアプリ(ケーション)に目が眩み、バッテリーに充電した電気があまりにも早く消費されることに驚愕しましたが、何よりも当惑したのが「許可しますか?」という文言です。

 

 自慢じゃありませんが、「許可しますか?」と聞かれたら生理的に「いいえ」と即断する天の邪鬼なもので、この回答を繰り返していくと、あれもできない、この機能もできません、なんていうメッセージが出てしまいます。かといって許可すれば、あれに接続して、これがこうなってと、大変な事態を予感させるような文章が続くではありませんか。ボクの貧弱なプライバシーや友人知人の電話番号が世界中に晒され、他人がスマホを勝手にいじくるようなことになるんじゃないかと心配するあまりに、どうしても許可できないんですよね。

 

 「同意します」「同意しません」も頻出する文言ですけど、こちらは「許可」よりもいささか受動的で、「同意」したことによる直接的な被害はあまり考えられません。それよりも、同意しなければ物事は瞬時に停止してしまうので、たいていの人はさっさとスクロールして「同意します」のボタンを押しているのではないでしょうか。

 

 それに比べて、「許可しますか?」は能動的でヘビーな意思決定が要求されるわけです。使い慣れたパソコンで「許可しますか?」なんて訊かれたことは滅多にありませんが、どういうわけだかスマホではやたらと出てくるんですよね。皆さんは抵抗なく「許可します」を押しているのでしょうか。

 

 こんな重い言葉を使うのであれば、それでいったいどうなるかをきちんと説明しろよと思うのですが、意味不明の短文が続くだけ。どうもねぇ、言葉の世界観が違うとしか言いようがありません。

 

 以前にも詳しく書きましたが「メールがありません」ではなくて、「メールはありません」が正しい日本語ではありませんか。それとね、英語の専門用語をそのままナマでカタカナにしないでいただきたい。オッサンには何が何だかのカタカナが多すぎるんだよな。キャッシュやストレージにテザリングだのと、皆さんホントに意味を理解しているのでしょうか。ちょっとは日本語化する努力をしようよ。そんなこんなで、ボクは安易なカタカナ語の段階から「許可しません」を押したくなるのであります。

 

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2018年12月18日 (火)

勝てば官軍

 

 人間というのは、他人から良い影響を受けるケースは少なく、むしろ悪いことばかりを真似する生き物だと以前にも書きましたが、この性分に学歴も知性もまったく関係ないことがよく分かりました。

 

 テレビ中継もしている記者会見で、日本とロシアに関係する質問を無視して「次の質問をどうぞ」を4回も繰り返した河野太郎外務大臣のことです。そんな傲岸を平気で通せたのは、どう考えたってトランプ大統領の影響ではありませんか。自分を批判するメディアを「フェイクニュース」と断じるだけでなく、気に入らない質問をした記者を出入り禁止にする唯我独尊な言動や態度を知り、「そこまでやってもいいんだぁ」と後押しされた政治家は少なくないんじゃないかな。

 

 安倍政権も不遜極まりない強行採決を続けてきましたが、こちらは戊辰戦争で「勝てば官軍、負ければ賊軍」と標榜された長州閥なので、トランプより150年ほど早い大先輩です。だから納得できるというものではありませんが、国政選挙も戦(いくさ)にほかならないという家訓でもあるんじゃないかな。

 けれども、海外経験が豊富なリベラル派と目していた河野太郎外務大臣までも、このビョーキの例外ではなかったと分かって、ほとほと失望しました。

 

 もっといけないのは、後になって公式サイトのブログで「お詫びして改めます」と言い訳をしたことです。「吐いたツバは呑めぬ」という諺がありますが、言葉だけでなく態度だって、一度やったことを取り消すことは絶対にできません。むしろ自分の浅薄な付和雷同を露呈することになるではありませんか。

 

 日本にはもはやまともな政治家はいないと絶望せざるを得ません。せめて、せめて、ボクたちだけでも悪い猿真似はやめようではありませんか。大学進学率は昔に比べて飛躍的に上昇しましたが、横並び意識を強めただけのような気がします。しばしば言われる「批判的思考」によって少数派として孤立するよりも、大勢に従ったほうがトクじゃんかという理屈も分からなくもないんですけどね。ああ大政翼賛会。もっと昭和史を勉強しないと、同じことの繰り返しになりかねないとオッサンは危惧しちゃうんだよな。

 

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2018年12月17日 (月)

人脈と金脈

 

 今さら気づいたところで手遅れもいいところなので、悔恨を込めてお伝えするのですが、いい年をしたシニアに求められているのは、人脈と金脈に尽きるのではないでしょうか。

 

 昔なら深い思慮や見識、あるいは某大臣が分不相応なほどに国会で力説した判断力という属人的な能力も必要とされていたでしょうが、そんなもんネットやAIを駆使できれば、もはや年齢・経験なんて関係ない時代ですからね。むしろ年寄りの判断力なんて、とてもじゃないけど日進月歩の技術革新に対応できるはずがない。シャープの破綻も、亀山の液晶工場への過剰投資が足を引っ張ったといわれており、近年は古参の大手企業における判断ミスが目立つじゃないですか。

 

 よって、定型的な仕事の多い企業の間接部門や資格ビジネスなどは、これからあっという間に自動化されていくはずです。これは公認会計士や弁護士すら例外ではなく、よほど優秀でないとメシを食っていくのは困難になるでしょうね。そのせいか、企業に所属するサラリーマン弁護士が増加しているそうです。

 

 ところが、人脈や金脈はそうした個人的な能力ではなく、人間関係というインフラストラクチャーですから、簡単には構築できません。さらに、技術革新はその上に乗っかったアプリなので、時代がどう変化しようと影響を受けにくいわけですね。

 

 ビジネスにおける損得ずくの人間関係なら社会に出た瞬間から発生しますが、たいていは仕事が終わったり退職したらそれまでで、その後も継続することは稀です。そうした社会で、何年もかけて相互の信頼を積み重ねた上での関係性を人脈と呼ぶのですから、若い人はもちろん、AIにもまったく手が出ない分野といえるのではないかな。名前を知っているだけのことを人脈とは呼びませんから。

 

 そうした人脈の中で、能力だけでなく運にも恵まれた人が金脈に成長していくことになります。考えてみれば、人間は1人だけで年を取るのでなく、世代、ジェネレーションというカタマリで成長・老化していくんですよね。その中でタテ・ヨコ・ナナメに及ぶつながりの強さこそが、シニアに期待されている実力といえるかもしれません。

 

 ところが、ボク自身はそうした人間関係がひどく苦手で、みんなと一緒にいるより1人でいるほうが楽に感じるタチなんですよね。それで一般的な社会組織から逸脱したフリーランスという立場を選んでしまった。嫌いなことやイヤなことは、意識したり努力してもできないことがあるので、無理といえば無理な話なんですけどね。

 

 けれども、現在はフェィスブックなどのSNSが発達しているので、人脈づくりは昔よりはるかに容易になってきました。その中で、息の合う人も見つけやすくなっているのではないでしょうか。地理的空間的な制約を越えたつながりを作ることも簡単ですよね。

 

 それでも、人間関係の基本は自己中心の利己でなく、利他にほかなりません。それさえきちんと踏まえていれば、豊かな人脈金脈を資産にできるんじゃないかな。情報がネットワークによって価値を飛躍的に高めてきたのですから、今度は人間だよな、と。それが分かっていても、やっぱね、濃密な関係にはへこたれてしまいます。そのあたりをクリアする秘訣は、ボクには見当もつかないのが残念です。

 

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2018年12月14日 (金)

現場仕事の行方

 

 およそ10年以上にも及ぶ懸案だった事務所のトイレを、全面的にリフォームしました。

 

 便器のデザインが悪いのか、それとも水量が足りないのか、流れがめっきり悪くなっていたんですよね。だから当初は便器だけを交換しようと考えていました。温水洗浄便座にはまったく興味がなく、便座が暖かいなんて、むしろ気持ち悪く感じるタチなので、最低限の条件を満たすものを探した結果、ニトリの6万円台に決定。

 

 普通のブツなら購入したら一巻の終わりなのですが、便器はそうはいきません。古いものを撤去して、新しいものを設置しなければならない。水まわりのリフォームを自分でやるというのは無理というか、危険でもあります。ヘタして漏水でもすれば、下階の被害を賠償しなければなりませんからね。不要となった便器もどこに捨てたらいいのやら。

 

 それで「工事」を発注することになったのですが、どうせやるなら床や壁のクロスも取り換えたい。ついでに隣の洗面所も同じものに変えれば、一気に雰囲気がリフレッシュできるじゃんかと発展しちゃったんですよね。費用も納得できるレベルだったのですが、すぐにやってくれるわけではなく、何と1か月ほど先になってしまう。少子化による人手不足の昨今ですから、これはまぁ仕方がないなぁと。

 

 そんなこんなで工事が無事に終了したのは先週です。2人の職人さんにやっていただいたのですが、そのうち若いほうの人の日本語のアクセントがちょっとおかしい。それでアジア系の外国人就労者だと分かりました。近所のコンビニは日本人がレジにいること自体が珍しいので、こうした現場仕事も外国人がいないと回らなくなっているはずです。

 

 だから、安倍政権が衆議院で強行採決した出入国管理法改正案や技能実習制度には様々な問題が大ありとしても、現場系外国人労働者の受け入れは、もはや待ったなしの急務だと思うのです。その意味では、とにかく大きな法律を通過させて、細かいところは省令などで修正・追加していくというのも現実的な方法ではあるんですよね。野党のように原則論にこだわっていると、日常生活はどんどん不便になっていくんじゃないかな。ロボットに任せるといっても、リフォームなどの現場仕事はまだまだ無理ですからね。

 

 要するに、問題となっているのは、そうした外国人労働者の社会的待遇ですよね。仕事はさせても、国民としての社会保障などが不十分であれば、いずれ誰も来なくなるか、治安に大きな影響を及ぼすことになるのは明白です。

 つまり、問われているのは政策というより、ボクたちがこの国の中で外国人と共生していく覚悟ではないでしょうか。便利だけど習慣や礼儀が異なる外国人を日本人として受け入れるのか、そんなのはどうしてもイヤだから入国障壁をこれまでのように高くして不便を我慢していくのか。たとえばゴミの回収が月1回だけになるなんてこともあり得るでしょうね。

 

 欧米の動きを見る限りでは、移民反対の趨勢が強くなっているようですが、もともとは汚れ仕事を植民地からの奴隷や移民に頼ってきた歴史がありますよね。なのに、何を今さら勝手なことをと思っている人も少なくないんじゃないかな。

 

 難しい問題ではありますが、移民の利益と国民の利益は必ずしも相反するものではないとボクは思うんですよね。そのためには、これをトレードオフの関係とみなすのではなく、より良いコミュニティの維持継続という視点で論点を整理したほうがいい。またまた理想論と誹られるかもしれませんが、そのカギとなるのは、教えること、即ち「教育」のほかにないだろうと、ボクは愚考するのであります。

 

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2018年12月13日 (木)

「不適切入試」

 いやぁ、失礼しました。ボクが昨日に指摘したことが理由のせいか、テレビや新聞では、いつの間にか不正入試ではなく、カギカッコ付きの「不適切入試」になっていたんですね。

 

 迂闊にもそうしたニュースをスルーしていたボクのミスですけど、変わり身があまりにも早いことに感心します。さきほどネットで調べてみたのですが、「医学部 不正入試」で検索すると740万件のヒットがあったので、最初は不正入試で、それが「不適切入試」に改まったことは間違いありません。

 

 東芝の超大型スキャンダルは逆に、当初は「不適切会計」などと尻込みした表現だったのですが、次第に「不正会計」となり、現在では粉飾会計として定着しているようです。どう考えてもそれ以外の表現はあり得ない違法な決算操作だったのですが、訴訟などの法的リスクを考慮すると、司直によって罪状が明らかにされない限りは「容疑者」ということなんでしょうね。

 

 それはそれで納得するとして、問題なのは、不正入試をどうして「不適切入試」に変えたのかという説明があったのでしょうか。しかも、ご丁寧に「いわゆる」を意味するカギカッコまでつけたのはなぜなのか。このように用語を変えた理由をどこかでしっかりと表明するのが筋じゃないかな。それによって、私立大学と国立大学の違いなどが浮き彫りになったと思うのです。違うのは学費やキャンパスの広さだけじゃないんですよね。それこそがメディアの「説明責任」だと思うのですが、戦争責任すらズルズルに曖昧化してきた国ですから、期待するほうがおかしいのかなぁ。


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2018年12月12日 (水)

入試

 

 こういう「そもそも論」は言ってはいけないと思うんだけど、皆さん注意深く避けているようなので、ボクがちょっとだけ指摘してみます。

 

 医学部の「不正入試」がとうとう10校にのぼったなんてことがテレビや新聞で報道されています。ボクも不愉快ではあるのですが、本来的な論点は「不正」ではないんじゃないかな。というのも、税金を基本的な原資とする国公立大学と違って、私立大学は入学者を自由に選ぶことができるからです。誤解を避けるためにきちんと言い直せば、大学独自の入学基準を規定することができるのです。さもなければ、筆記試験によらない推薦やAO入試などがここまで普及するはずがない。今では国立大学もやっていますけどね。

 

 スポーツ推薦なんか典型的でありまして、たとえば「来年から箱根駅伝で名前を売るぞ」として、いきなり持久走に優れた若者を学費不要の特待生として入学させても、それを禁じる法律はないはずです。ただし、あくまでもアマチュアの世界なので、法外な契約金が飛び交うようになったら別問題。こんなことは誰でも知っていることですよね。

 

 現在では、そうした入学者の受け入れ方針を「アドミッション・ポリシー」としてウェブサイトなどで明示するのが義務になっています。だから「うちの医学部は将来“赤ヒゲ”になり得る男子だけ入学させる」と決めてもおかしくないはずです。だからこそ女子大や女子校、男子校もあるわけでね。

 

 ハーバード大学だって、学業成績だけで選抜しているわけではなく、時々の社会情勢によってマイノリティを意識的に増やすなんてこともやっているはずです。もっとも、アメリカはそもそも日本のような大学独自の学力試験がなく、SATなど統一試験の成績+AO入試のようなスタイルだからこそ融通が利くともいえるんですけどね。

 

 ややこしくなったので本題に戻せば、女子や浪人生の入学ハードルを高くするというのも、恣意的でない限りは、大学の自由裁量のはずです。問題なのは、それを予め表明していなかったということではないでしょうか。女子でも入試成績次第で医師になれると期待して受験したら、実は男子だけ秘かに加点されていた。そんなことが判明したら、誰だってアタマにきますよ。この現代で男女の身体能力差が問われる仕事なんて限られており、女子だけが結婚・出産で社会的な影響を受けるのも不公平だと思います。ましてや浪人のどこがいけないのか。にもかかわらず、どうしても女子や浪人生にハンデを加えたいのであれば、その理由や根拠を天下に向けて大っぴらに説明し、その理念をきっちり通せばいいじゃないですか。そんなことをしたら、炎上や大批判を浴びることは間違いなく、一般受験生も逃げてしまうからこそ隠したはずです。そこのところがね、姑息で卑怯なのであって、厳密な意味での不正とは呼び得ない事柄じゃないかな。

 

 おそらく、ですけど、医療業界そのものが女性医師の永続性について懸念を抱いており、それが言葉として明文化されないカタチで医大入試にまで浸透してきたんじゃないかな。「あ・うん」の呼吸というか、「忖度」というべきか。そうした「大人の内緒話」が、この国を歪めてきたとボクは思います。

 

 そして、点数だけで選抜されるので公正平等される現行の入試制度そのものも、大きな問題を内包しています。というのも、大学入試の最高峰とされる東京大学の学生の世帯年収は、7割以上が750万円以上ですからね(2016年「学生生活実態調査」)。950万円以上に絞っても60%以上。入試の段階でカネ持ち優遇はどこにもないとしても、私立の進学校や学習塾に通わせられる経済力がなければ、東大合格は無理ってことになりませんか。

 

 もちろん年収が450万円以下という世帯も10.9%あるので、経済的に豊かでなければ合格できないとは言い切れません。けれども、ごく一般的には、世帯の所得が子供の学力に大きく影響することは否定できないはずです。

 

 入試の点数は、そうしたモロモロの状況を積み重ねた結果にほかならないので、本人の能力や努力だけで得たものではないでしょう。それでもフェアといえるのかなぁ。このように考えていけば、およそ公正平等な試験なんてあり得ないといったほうが早い。だったら、入試をいくら改革したところで、効果なんてそれほど期待できないはずですから、むしろ出口=卒業率を絞ったほうが現実的だとなりませんか。

 文部科学省でも「学士力」を標榜しているくせに、留年があまりにも多いと問題視したりするんですよね。

 

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2018年12月11日 (火)

料金体系が分からん!(後)

 

 筒井康隆の小説で『五郎八航空』という短編があります。大昔に読んだので細かいことは忘れてしまいましたが、台風に襲われた島から東京にどうしても戻らなければいけない新聞記者が、それでも飛んでくれるという地元の航空会社を探し出します。それが「五郎八航空」。もはやウロ覚えなので、これから紹介する内容に錯誤があるかもしれませんが、確か孫を背負ったお婆ちゃんがパイロットとキャビンアテンダントを兼ねている設定だったと思います。

 

 でね、いざ搭乗してみると、その飛行機には座席がありません。予約で一杯という比喩ではなく、まさに座席そのものが設置されていないのです。そこで記者がパイロット兼キャビンアテンダントに抗議すると、格安航空なので、フェリーなんかの下層デッキと同じで床に座るほかないという。ただし、追加料金は必要だけど、オプション(!)として椅子も注文できるというんですよね。悪天候で床座りはいかにも危険ですから、記者は「仕方ねぇなぁ」と渋々カネを支払います。

 

 ところが、お婆ちゃんが後ろの貨物室からエンヤコラと運んできたのは、何と折畳みのパイプ椅子。それでもないよりはマシと座りますが、当然ながら尻がふわふわして落ち着かない。しばらくすると、お婆ちゃんが今度は「シートベルトはいかがっすかぁ?」と言いながら横を通り過ぎていくわけです。もちろん追加料金ですが、ケガしたり命を失うよりはマシなので、それもお願いすることにします。「まいどありがとうございますね」と、お婆ちゃんが恭しく手渡してくれたのは、何と荒縄だったという大爆笑の珍道中が続く内容です。機内の飲み物はやかんの水だったんじゃないかな。

 

 それと同じとはさすがに言いませんが、ドコモの機種変更では、この小説を彷彿とさせるようなことが起きるんですよね。本体だけは、毎月の分割払いにすると、不可解なほどの「割引」によって驚くほど安い。ところが途中でやめると高額の解約料が発生するので、要するに他社に移行しない縛りとして大幅にディスカウントしているようです。そんなわけでハードの基本料金は大した負担ではないにもかかわらず、その後で説明される細かなオプションがいろいろとあるんだよな。

 

 ガラスの保護フィルムに始まり、ケータイお探しサービスやあんしんパックなどなど、その度に内容を理解して加入するかどうかの意思決定をしなければなりません。それだけでなく、「これだけは強くオススメします」と担当者がイチオシする真打ちが、ノートンのセキュリティソフト。パソコンでもお馴染みの会社ですが、ボクのスマホでは3年間で1万6000円なり。ドコモの責任範囲ではないにしても、人件費も含めた開発原価と利益などなど、この価格の根拠をきちんと説明できる人はあまりいないんじゃないかな。

 

 そんなこんなで結構な時間がかかり、それに比例して、気づかないうちに結構な金額に積み上がってしまったのです。「んじゃこれとこれはやめます」なんて後戻りする気力も残っていなかったので、「仕方ないですよね」と受け入れたのですが、これらはイニシャルコストにしても、毎月の経費として請求されるランニングコストが、それに輪を掛けてよく分からないんですよね。

 

 まず「基本使用料」からして3段階。データ通信料は「使った分だけ」の従量制で4段階に、定額制でも3段階が設定されています。それだけでなく「ずっとドコモ割プラス」というディスカウントがあるほか、「光通信」と組み合わせた割引プランも。ボクは海外での使用も前提としているので、そちらの何とかパックも選ばなきゃいけません。

 

 どうして、こんなにも細かく料金設定を分けるのかなぁ。

 

 総務省では世界主要6都市のスマホ通信料金を比較したデータを発表していますが、東京は悲しいことに高い方のトップでした。1か月のデータ利用料が20ギガバイトの場合、パリが最安で月額2460円。お隣の韓国でも5009円。ところが東京は7022円ですぜ。それに次ぐニューヨークでも6000円台。この世界一高い料金を気づかせないように細分化しているといえば、考え過ぎかなぁ。

 

 ノートパソコンのWi-Fiルーターは月にナンボの定額制なのに、どうしてスマホになると定額制と従量制が混在しているのかもよく分かりません。それに加えて各種の割引設定ですから、体系的に理解しようとするとアタマが壊れそうになります。そもそもは電電公社という国民のための役所がルーツなのですから、こんな姑息な商売はもうやめようよ。分かりやすいシンプルな料金制にして、堂々と他社と勝負すべきじゃないかな。そのほうが顧客は増えると思うんだけど。

 

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2018年12月10日 (月)

料金体系が分からん!(前)

 

 先週の金曜日に、思い立って近所のドコモショップでスマホを購入しました。それだけでなく、子機となるワンナンバーフォンとのセットです。

 

 親機となるのは、現行品で最小と考えられるソニーのエクスペリアXZ2コンパクト。“コンパクト”と自称するくせに、重量は168グラムもあります。2011年に発売されたエクスペリアRAYが100グラムちょっとなので、これがボクにとってベストだったのですが、あっという間に生産中止になったらしく、時すでに遅し。かつて「小さな画面のモデルは売れないんですよね」と担当者が語ったように、スマホは年々大判化してきました。

 

 早い話がスマホは、電話というより超小型の携帯パソコンなんですよね。であれば、ゲームをやるにしても、画面は大きいほうがいい。そんな携帯パソコンに加えてノートパソコンまで保有する意味も希薄になるため、今ではスマホ・オンリーが常識化。パソコンが売れないのはもちろん、キーボードやマウスを使えない若者が激増しているそうです。固定電話を携帯電話が凌駕したようなことが、パソコン界で起きているわけですね。

 

 ボクのようなライター仕事にはキーボードが不可欠だけど、それ以外の一般的な仕事であれば、確かにスマホ1台あれば十分ですもんね。そんな事情から、もはや超小型スマホの発売は当分望めないだろうと観念して、エイヤッと購入することにしたのです。けれども、以前から主張していた「できるだけ軽く小さく」というモバイルに関する信念まで譲る気はありません。約55グラムのワンナンバーフォンが10月から発売されていたので、こちらを念頭にボクのスマホ戦略を再構築したわけですな。

 

 以前にも指摘しましたが、このワンナンバーフォンは今のところアンドロイドにしか対応していないので、アップルのiPhoneは自動的に圏外。スマホの中で最小と思われる前述のエクスペリアに行き着いたのです。外出時にワンナンバーフォンを持ち歩くつもりなら、スマホは大きくてもいいじゃないかと思われるかもしれません。ところが、やはり以前に指摘したように、このワンナンバーフォンは国内専用。そうなると、海外ではスマホを携帯することになるので、やはり小型・軽量が望ましいのです。

 

 このワンナンバーフォンは、期待したようにサイズ的には文句なしですけど、それだけに、安っぽさは否めません。「これで本当に電話できるんですか?」と確認したくなるほど頼りない風情。しかしながら、4G=第4世代の無線通信システムを利用しているせいか、音質が圧倒的にクリアなので驚きました。さすがにインターネットのメールチェックは無理にしても、SMSにアラームも使えるので、1万円以下という廉価も含めて、満足すべき水準ではないでしょうか。

 

 もはや公衆電話はどこにでもあるという時代ではないので、緊急時を考えれば、ケータイは必需品ですもんね。それまで使っていた100グラム程度のガラケーと比べても、フトコロの解放感は抜群。持っていることをすぐに忘れるほど存在感がありません。ちなみに、親機の方もポケットに入れてみましたが、いやはや重くてデカいので、すぐに断念しました。こんなものを持ち歩いて電車の中でLINEやらゲームをやる人の気持ちが今も分かりません。

 

 ということで、ハード的には何とかボクの信念と折り合いをつけられたのですが、怪奇といっても過言ではないほど不可解に感じたのが料金システムだったのです。いささか長くなったので、続きは明日ということで。。。。

 

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2018年12月 7日 (金)

所作が喧しい人

 

 ジーサンたちは、どうしてあんなに大きな声でクシャミや咳払いをするのか、という疑問をどこかの雑誌の投書で読んだことがあります。確かにそうだよなぁと共感できたので、この疑問だけは覚えていますが、回答はコロリと忘れてしまいました。

 

 考えられるのは、年齢を経ると、嚥下など喉の筋力も衰弱してくるので、痰を排出するにも大きなアクションが必要になるということです。若い頃はゴホンという小さな咳の一発で十分な効果をあげていたのに、そうはいかなくなってきます。それで咳の声量をアップすることで、勢いをつけている、ということじゃないかな。

 

 こうした医学的な理由に加えて、「もう他人のことなんか気にしていられるか」という高齢者特有の傲慢な心理もあるのではないでしょうか。若い頃はいろいろなことにさんざん気を使ってきたけれども、退職して年金暮らしともなれば、もはや他人のために神経を磨り減らす意味も価値もない。そうなると、咳やクシャミどころではなく、所作全体のノイズも上昇していきます。歯磨き後のうがいなんて、プリミティブな音楽かと思うくらい賑やかで、しかも長い。歩く時もドカドカと大きな音をたてる。椅子に座る時も、重力にまかせてドスン。ボクは直接的に知りませんが、隣の部屋にいても、ベッドに寝る、起きる、などの気配が明瞭に分かったりするはずです。時には大きな声で独り言をいうとかね。

 

 ボクも年をとってきたせいか、前述の他人迷惑な心理だけでなく、おそらくは自己確認の意味もあるのではないかと考えるようになってきました。社会の第一線から身をひいて現実感が希薄になってくると、ノイズなどを通して自分の行為を客観的に認識したくなります。もっといえば、生きていることの自覚といってもいい。

 

 このあたりのことを、老年学ではどう解釈しているのでしょうか。男女ともに平均寿命が80歳を超えているのですから、年金などの経済問題だけでなく、心理ももっと深く研究すべきだと思うんだけどなぁ。

 

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2018年12月 6日 (木)

『ぬけまいる』

 

 たびたび書いてきたように、ボクはほとんど地上波のテレビは見ません。ましてや土曜日の午後6時なんて、テレビを視聴するような時間帯ではないだろうと思うのですが、たまたまNHKの『ぬけまいる〜女3人伊勢参り』に見入ってしまいました。田中麗奈の女っぷりが格段に艶っぽくなっていたからです。

 

 ボクが彼女に注目したのは1998年公開の映画『がんばっていきまっしょい』でした。切れ長の眼に、鼻とアゴが尖った細面という、おそらく親父の代からの遺伝的な好みに合致しており、一発でファンになったわけです。痩せた身体にもかかわらず、ボートを1人でかついで海辺まで運ぶなんていう勝ち気と健気さも好感が持てました。

 

 それからしばらくはあまり気に止めていなかったのですが、実は外国人で田中麗奈にそっくりの女優さんがいるのです。アラナ・デ・ラ・ガーザ。どこまで名前で姓なのかよく分かりませんが、『CSIマイアミ』や『クリミナルマインド国際捜査班』などCS放送のアメリカドラマに頻繁に出演しています。父親はメキシコ系で母親はアイルランド系ということで、このような名前になったようですが、本人はオハイオ州コロンバスで生まれました。肖像権などを意識してここでは写真を出しませんが、本当によく似ているのです。外国人なので、彫りの深さや顔の面積こそ違いますが、ネットで調べてみてください。ボクの説が正しいことが分かるはずです。

 

 さて、『ぬけまいる』に戻ると、朝井まかての長編時代小説が原作。江戸女の3人組が、手形もカネもない「抜け詣り」で伊勢神宮を目指すというストーリーです。原作は知りませんが、テレビドラマ自体は他愛のない内容で、とりたてて紹介するほどの新味はありません。しかし、だからこそ、田中麗奈の美貌と演技が際立っているんですよね。悔しいことに彼女は2016年に医師と結婚したのですが、そのせいか、若い頃のヤンチャな子供っぽさがうまく消えて、人妻らしい色っぽさが磨き上げられたといっていい。

 

 前述したように、ストーリー自体はまるきり面白くないのですが、そんな田中麗奈に加えて、セットがものすごいのです。背景やディテールの造り込みが民放とは格段に違います。大道具や小道具を作る手間暇やカネのかけ方が半端ではありません。時代考証も相当に突き詰めていると思われます。

 

 この『ぬけまいる』のついでに、大河ドラマ『西郷どん』も初めてみましたが、やはりセットの仕立てが素晴らしい。俳優の演技ばかりでなく、たまには背景も念入りに見渡して民放の時代劇などと比較すると、その凄さが実感できると思います。

 

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2018年12月 5日 (水)

そろそろかなぁ

 

 このところ、福助のエサの食いつきがめっきりと悪くなりました。

 以前は秒速で食らいつき、あっという間にエサ皿を空にしていたんですよね。ところが、今ではのろのろと鼻先で匂いをかぐようにするだけで、すぐにエサ皿から離れてしまう。

 

 虚空に向けてやたらに吠える時もあり、そんな場合は、しばらくするとエサを食べたので、もしかするとレビー小体型認知症なのかと疑いました。見えないものが見える幻視が特徴的な認知症ですが、人間がそうなるのであれば、犬も同じ哺乳類なのであり得るよなと思っているうちに、この「儀式」もなくなって、昨日からはエサを変えてもほとんど見向きしなくなりました。

 

 そのかわりに、玄関口をずっと見続けるなど、忠犬ハチ公的な行動を取るようになり、それにくたびれると座布団の上でごろりと横たわってしまう。もう17歳で、人間なら完全に超後期高齢者ですから、食欲も減退するのは当然なのかな。それにしても、昨日から本日まで2日にわたって何も食べていません。不思議なことに水だけはがぶがぶ飲むので、すぐに大変な事態にはならないにしても、やはり心配です。

 

 悲しいことですが、もうそろそろという覚悟を持たなきゃいけない時期がきたのでしょうか。

 

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2018年12月 4日 (火)

原理主義の暴走

 

 どうもねぇ、ヘンテコな雰囲気が強くなってきたなぁと感じることがままあります。中でも「ガンバレ!」と連呼されるのが、ボクにとっては実に暑苦しくてウザいのであります。

 

 東京オリンビックを控えているので、アスリートの皆様はそれぞれに頑張っていただきたいとは思うものの、ボク個人としてはノンビリムードな生き方がしたいなぁと。もちろん頑張りたい人は頑張ればいいんですよ。ボクだって仕事で頑張らなかったことは一度としてありません。でもさ、プライベートなんかズルズルのユルユルでもいいんじゃないかと思ってきました。にもかかわらず、テレビなんかで頻繁に流されているのは、誰もが頑張らなきゃいけないという偏執的な強迫観念ではないかと感じるのはボクだけかなぁ。そういえば大震災後の「絆」というのも違和感がありました。

 

 つまり、ですね。絆を感じたい人は感じればいいのであって、頑張りたい人もいくらでも頑張ればいい。しかしながら、それを他者にまで強制または義務あるいは常識として押しつけないでいただきたいということなのです。

 

 自慢じゃないけど、ボクは高校の水泳部の合宿では1日に12キロ以上を泳ぎ込んでいました。もちろん苦しいけど、それが楽しくて面白かったからです。けれども、大学時代のアルバイトで小学校の水泳指導を手伝っていた時に、水を恐怖してプールに足もつけられない男子児童がいました。参観していたお母さんは見るに見かねて、無理矢理に手や足を引っ張ってプールにいれようとする。それに逆らって、子供は必死で金網にしがみついて大きな悲鳴を上げるなんてことがしばらく続きました。プールに放り込めば一発で解消するという乱暴な意見もありますが、その時にボクは、みんなが泳げるようにならなきゃいけない理由がどこにあるのだろうと考えてしまったのです。実際問題として、泳げなければ生きていけないなんてことはあり得ないですよね。ましてや隔離されたプールで身につけた水泳なんて、荒波の海では通用しません。要するに、お母さんにとっては、みんなができることは自分の子供もできなければいけない、できれば人よりも上手に、という願いが強迫観念となり、愛すべき子供を苦しめていたということになります。

 

 ボクは「水に慣れるまでもうちょっと待ってあげましょう」と助言したのですが、それに類したことは水泳に限らずいくらだってあるはずです。そんなことがね、学校を越えて社会にまで浸潤してきたような気がするのです。ごく簡単にいえば、「ねばならない」という原理原則が、どんどん人間関係をギスギスしたものにしているんじゃないかな。

 

 少し違うかもしれないけど、観劇中に膝に置いたジャケットの袖が無意識に隣にはみ出していたことがあります。それを隣席の人は鬼のような形相で、汚いボロ布のように激しく振り払いました。そこまで邪険にすることはないだろうと強い怒りを感じましたが、悪いのはボクのほうなので心を鎮めて「すいません」と小声でいうと、「ふん!」てな感じです。その次はお決まりの肘掛け争奪戦。2人の間に1つしかない肘掛けの国境線は定かではないので、ボクもここは譲れないと身構えたのですが、すぐにバカバカしくなってやめました。

 

 こんなトラブルは、最初から「袖がこちらにはみ出てますけど」くらいの声をかければ済んだことなのです。それをまるで自分の権利が侵害されたかのように感じるから、意地の張り合いみたいなことに発展していく。こういう態度をボクは敢えて「原理主義」と呼びますが、そうした余裕のない頑な姿勢がどんどん暴走しているような気がするわけです。

 

 こんなことを続けていけば、隣近所から世間まで喧嘩や闘争ばっかりになってしまう。もっと寛容になって、お互いを赦しあおうよ。こういうことをいえば、それに乗じてズルを決め込み、ワガママや横車を押す連中が出てくるから厄介なんですけどね。そんな強い者勝ちの雰囲気を作ったのも安倍政権といえば、言いすぎかなぁ。モリカケ問題はいったいどうなったんだよ。

 

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2018年12月 3日 (月)

分かりにくいっ!

 

 みなさま、「ただいま!」でございます。

 

 2週間ほどお休みをいただきましたが、何事もなく復帰することができました。その間にNTTドコモが待望の超小型ケータイを新発売したので、さっそくショップに行ってみたのですが、いやはやボクにとっては「帯に短し」の中途半端。かといってスマホは「タスキに長し」または「ウドの大木」に近いんですけどね。

 

 そうしたホントに知りたいことが、ネットやパンフには表示されていないので、消費者が自ら能動的に調べないと分からないことにも問題を感じます。この資本主義社会で、デメリットや欠点を敢えて公言する会社なんかどこにもあり得ないことは承知の上ですが、せめて既存のスマホやiModeガラケーとスペックを比較した対照表くらい付けておくのが、日本最大の通信キャリアが担うべき社会的責任じゃないのかなぁ。

 

 ということで、新製品の「カードケータイ」を紹介すると、名刺サイズで重量が約47グラム。まさにボクが以前から熱望してやまなかったコンパクトモデルです。にもかかわらず購入を断念したのが悔しいので、その他のスペックは自分で調べてください。

 

 ボクがモバイルフォンに期待する必須要件は、つきつめれば電話とメール機能の2つしかありません。これはクリアしているらしいので大いに期待しました。ところが、ですね。このカードケータイは海外では使えないのです。ワールドウィングという国際電話ネット()に接続できないらしく、国内のみの対応。ボクの時代遅れのガラケーでも海外で電話はもちろんメールチェックも可能でした。けれども、ああ何ということでしょう、このグローバル社会にもかかわらず、しかも新製品のクセに、国際通話や海外でのメールアクセスは不可というのです。ボクほどの頻度ではないにしても、いまどき外国には絶対に行かないという人は希有でしょう。だったら、1台のケータイをボーダーレスに使えたほうがいいじゃないですか。どうしてそうしないのかなぁ。

 

 ボクにとって国際通話はあまりにも常識的なことだったので、ケータイに求める要件には含めていなかったのですが、「意外にも」欠落していたので、さっさと諦めました。

 

 仕方がないので、10月に発売されたもう1つのコンパクトモデル「ワンナンバーフォン」もチェック。こちらは簡単にいえば、スマホの「子機」です。ベースとなるスマホを会社や自宅に置いておき、軽量・薄型・小型の「ワンナンバーフォン」だけポケットに入れて外出できるという新発想の製品。だったら、いっそのことスマホも買っとくかなぁと思うじゃないですか。けれども、この機械はAndroidスマホを前提としており、アップルのiPhoneには接続できないんですよね。

 

 アップルに特別な義理なんかないので、ソニーのExperiaでもいいかなぁとは思ったものの、この子機はショートメールの受発信は可能でも、インターネットのメールはアウトなんですよね。つまり、早い話が、要するに電話機能だけの子機。これでは出先でメールをチェックできないではありませんか。「子機で電話しながら親機でメールチェック」なんていう使い方もあると紹介されていましたが、そんな機械を2台も持ち歩くなんて、ボクの主義主張に反します。

 

 というわけで、またしてもスマホ関係の通信機器の購入は断念せざるを得ませんでした。それにしても、上記のことですらネットをいろいろ検索したり、ショップで訊いてみないと分かりませんでした。これでも高度情報社会なのかなぁ。情報漏洩も大きな問題だけど、メーカーなどからの情報発信にもきっちりした「公開義務」を規定したほうがいいんじゃないかな。さもなきゃ安倍政権や生命保険と同じで、不都合や問題点などを巧妙にひた隠すことが常態化していき、情報格差による不利益がますます増大するとボクは危惧します。

 

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