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福助くん その4

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2019年7月25日 (木)

良い文章は論理的?

 

 つまらんなぁ。近頃のCMやデザインは、あまりにもオシャレ過ぎて、ちっとも面白くないと感じませんか。ビッグデータを解析して、入念なマーケティング戦略を練り上げ、その上で計算され尽くしたビジュアルと、狙いをきっちり絞り込んだコピーを並べる。ビジネスですから当然のこととは言えるのですが、ボクにはどうにもつまらなく感じのです。あまりにも上手過ぎて、むしろあざとく見えませんか。

 ボクも売文業者ですから、カッコ良さはそれなりに意識しています。たとえば語尾を重ねない。である、である、である、だ、だ、だ、では文章に動きがなくなります。同語の重複もうるさくてスムーズに読み通せません。一応の禁忌とそれなりのテクニックはあるんだけど、それを遵守すれば良い文章になるかというと、学校ではハナマルをもらえても、現実は違うんですよね

 たとえば村上龍の文章なんて、点で区切った長文が延々と続いて、丸がなかなか出て来ません。ハードボイルドの文章ともなれば、彼は拳銃を取り出した。間髪を入れずに俺は腕を蹴り上げた。痛みに耐えかねて歪んだ奴の頬に、渾身のストレートを放った。なんて、「た」ばっかりです。語尾の繰り返しもいいところだけど、ブッキラボーなハードボイルドの雰囲気が感じられるではありませんか。タフだけど優しいんだからさ。

 その一方で、ライターが売文業者の規則や流儀に従えば従うほど、文章から個性が失われていきます。ま、普通のライターに個性なんて求められていないので、それはそれでいいとしても、これからはAIに負けるんじゃないかな。アメリカでは5W1Hで構成されたニュースリリースはとっくに機械化されているらしいので、ちょっと高級な禁則処理をかませば、プロのライターも顔負けの文章を作れるようになるでしょう。

 このブログで何度も指摘しましたが、こうした状況は写真が登場した頃の絵画業界とまったく同じなのです。本人そっくりに描写できる器用で上手な肖像画家から失業していきました。やがて生き残ったのは、むしろ不器用にも見える、独自の世界観を表現できる画家たちだったのです。写実だけなら、人間の表現力が写真に勝てるはずないじゃないですか。

 それと同じことが、そろそろ勃発するんじゃないかな。AIでも作成できるような文章やデザインやイラストなどは、AIにやらせたほうが格安で済みます。では、人間はどうしたらいいか。絵画と同じで、独自の世界観を表現した語彙や論理や文脈が必要ということです。

 こうなってくると、学校優等生はいよいよ不要となってきます。「お前の文章なんかより機械のほうが早くて上手だぞ」と言われるのは、そんなに遠いことではないはずです。

 だーからさ、どんなに教育改革をしようが、「横並び」が最も危険なことなんだよと、ボクは警告したいのです。時には武骨でゴツゴツ感たっぷりの文章。あるいはウナギのようにツルツルだけど、独特のぬめり感があるとか、文章だけでも人それぞれに際立ったものがなきゃいけない。けれども、そうした個性を一生懸命に奪って標準化してきたのは教育にほかならないのです。

 しかしながら、共通の試験で学力や能力を評価しようとする今の教育体系では、どんなに改革しようとも、上見て隣見てせーのって感じの横並びにならざるを得ません。試験で好成績を取らないと、上位の学歴を得られないからです。教員自身もそのように成長してきたので、そもそも個性的な才能を見出す感性を身につけていない。もちろん例外もあるはずですが、良識の塊ではあっても創造性に著しく欠けているってことです。

 文章の基本的な構造は「起承転結」ではなく、「序破急」であることくらいは知っていますよね。ボクなんかは職場で「最初の3行が勝負だぞ」とイヤというほど躾けられてきました。結局は、基本的なルールさえ覚えたら、それを創造的に破壊し続けることが機械に負けない唯一の秘訣なのです。けれども、それを正しく理解して、ヘンに見える奇妙な文章を面白がる人は極端に少ない。

 先のことなんてボクにはどうでもいいけど、たまにはデコボコでガタガタ、時には論理が宇宙空間をワープするような文章が書きたい。これまでの枠を破って、空まで火柱が立つほど爆発したいんだよな。にもかかわらず、どこの文章指導でも「良い文章は論理的」ですって? あははははは、ちゃんちゃらおかしいや、そんなもん。

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