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2019年9月11日 (水)

「べき論」を捨てよう

 

 一昨日に書いたメタル回線による固定電話の補遺ですが、電話機によっては停電時に使えなくなるものがあります。また、電話線自体が断線すれば、当然のことながら通話不能になります。電話線は電線と同じ電柱を共用していることが多いので、断線による停電時には電話もダメになることが少なくないようです。とすれば、やっぱワイヤレスの携帯やスマホかなとなりますが、災害時にはアクセスが殺到するので、やはり限度があります。

 何だよ、ちっとも便利ではないじゃないか。はい、その通りです。これまでに台風がどれだけ到来したと思いますか? そのたびに電柱が倒れて停電が発生。電話も使えなくなり、家屋が倒壊したり浸水したりする。それを嬉しそうに(とボクは感じますが)テレビは何度も何度も繰り返して報道する。さすがに昔のように大規模な被害はなくなったと思いますが、それでも生活インフラは相変わらず脆弱です。この21世紀に、成田空港で1万人以上が足止めなんてことがあっていいのかなぁ。それを強力な台風だけのせいにするのは、あまりにも無策だと思うんですけどね。

 ちょっと長すぎる余談でした。今回は「べき論」について書きたかったのであります。「こうあるべき」「こうすべき」という「べき」です。数学でも「冪」という言葉がありますが、ちょっとネットを調べるだけでアタマがクラクラしてきました。あくまでも文系の意味での「べき論」ですが、これこそが人間から自主性=自由を奪う元凶なんですよね。

 そもそも「べき論」は、思考や行動の指針であり、ノウハウでもあると同時に、社会規範の一種ともいえます。普通に考えても、こんな時はこうあるべき、あんな場合はこうするべきと規定したら、自分自身でいちいち意思決定する必要がなくなるので、ものすごく楽に生きていくことができます。
 あまりにも便利なので、それに慣れると、仕事などの手法やルール、礼儀やマナーなどはもちろん、個人的な生活スタイルまで「べき論」で固めるようになります。ファッションと同じで、たとえば靴は黒、ズボンも黒と決めてしまえば、選択に悩むことはほとんどありません。ボトムが黒なら上着はどんな色柄でも合うので、コーディネートを考え込まなくても済むわけです。

 それを続けていくと、「真面目人間」「堅物」あるいは「あの人はああいう人」などと呼ばれるようになります。それだけならまだしも、親や管理職など社会的な立場が強くなるに従って、他者にも同じ「べき論」を要求するようになるんだよな。これが様々な悲劇を生み出していくのであります。『ロメオとジュリエット』も、それを現代に翻案した『ウェストサイドストーリー』なんか典型的ではありませんか。

 そもそも「ぺき論」は社会や時代、世代や属性によって変わるはずですから、すべて一律に適用できるはずがない。そんなものがあったら改善・改革や進歩なんて不可能です。こんなことは誰でも客観的には理解できる道理ですが、無意識に「べき論」を強要していることに気づかないことがしばしばあるのです。

 ボクも例外ではないので敢えて言いますが、「べき論」の本質は思考放棄なのです。人間から思考力を奪ったら、機械や奴隷と同じですよね。だからさ、そろそろAIが幅を効かせる時代だからこそ、人間は「何でもあり」に転向したほうがいい。オッサンにとって若者は常に無軌道な「何でもあり」に見えるだろうけど、そんなことはありません。彼らにも彼らなりの「べき論」があるのです。

 この「ベき論」に囚われて自分を厳しく縛るようになると、世の中はどんどん窮屈になり、つまらなくなってしまいます。それに比べて「何でもあり」の明るさは地中海の陽光のように格別です。肩の荷をすっかり降ろしたような解放感が得られるんじゃないかな。

 これこそが、以前に紹介したスタンダードの名曲“Down by the river side”の真髄なんですよね。「川のほとりに行って重い荷物を捨てよう」。その荷物はかつて武器と弾薬でしたが、現代は「べき論」といっていい。

 息苦しいほど生きにくく感じて、時には死にたいと思うようになった時は、間違いなく「べき論」が自分の首を絞めているのです。「こうあるべき」と決めたのはほかならない自分自身なのですから、そんな規範は簡単に捨てられるじゃないですか。そして「何でもあり」の信者になりましょう。「何でもあり」なんだから、それまでの「べき論」に基づく公式や定理は利用できません。いちいち何でもかんでも自分で考えて判断しなきゃいけない。頼れるのは自分だけですから、不安や孤独に苛まれることもあるでしょう

 しかしながら、それこそが「自由」であり、そこからしか本当の幸福は始まらないと、ボクは思うんですけどね。

 

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