笠木恵司の主な著書

  • キャリア・チャレンジ2009-2010
  • 資格試験合格後の本
  • 学費免除・奨学金で行く大学・大学院進学・休学・留学ガイド
  • 価値ある資格厳選200
  • インターネットでMBA・修士号を取る
  • 腕時計雑学ノート
  • 「国際標準」ビジネス資格完全ガイドブック
  • 日本で学べるアメリカ大学遠隔学習プログラム
  • テレビ局完全就職マニュアル
  • 資格の達人
  • MBA入学ガイドブック
  • 学んで! 遊んで! 役に立つ! インターネットキャンパス
  • 日本で学べるアメリカ大学通信教育ガイド

お気に召したら、ポチっと↓

  • 笠木恵司のブログ

福助くん その6

  • D_p1000397_s
    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

  • 5djustice3f5d5575e032a1
    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

« クラプトン | トップページ | 見られる »

2019年9月13日 (金)

遊べ!

 

 夏の終わりの恒例となっている某局の24時間チャリティ番組が大嫌いで、ここ10年間を合計しても数秒程度しか視聴していません。だったら意見なんて言えるはずないのですが、悔しいことに番宣というのがあるんですよね。CMの合間に内容の一部を不意打ち的に予告編として放映するので、否が応でも目や耳に入ってきます。それでね、やっぱり嫌いなんだと毎年のように再認識させられるのであります。

 いえね、この番組がもしも仮に視聴率狙いの偽善であってもいいのです。ボクは善も偽善も間に薄紙1枚を挟んだ程度の似たようなものと考えておりまして、むしろ実効に乏しい形而上的な善よりも、大枚の寄付金をドッカンと動かせる偽善のほうがよっぽど皆さんの役に立つではありませんか。

 だから、この番組の主旨そのものに反対するつもりは毛頭ありません。どんどんやっていただいて結構。そもそも日本では寄付の概念が海外より希薄なので、この番組を機に、ボランティアも含めて、他者のために何かをする満足感や充実感を知って欲しいとすら思っています。自分だけの喜びなんて、まるで大したことじゃないんですよね。

 にもかかわらず、どうしてボクはこの番組が大嫌いなんだろうと長く考えてきました。今では生理的なレベルに達しており、番宣だけで肌からブツブツが、って嘘ですけど、それくらい嫌いなのです。

 その理由がね、いくらか年寄りになったせいか、やっと分かってきたのであります。何のことはない、「頑張り」の直接的・間接的な強要に拒否感を覚えるんですよね。あまり文章が長いと飽きられるので結論を急げば、あのチャリティ番組は、みんなの「頑張り」を称賛することが基本的な制作理念なのです。それを過度に演出するあざとさが目立つせいか、ボクは時に「イタさ」として感知してしまう。
 
誤解して欲しくないのですが、頑張りを否定するわけではありませんよ。それで生きがいを得られるなら、どんどん遠慮なくやったほうがいい。でもさ、他者から「強要」されるいわれはありません。しかしながら、あの番組はストーリー的にも、雰囲気的にも、過度に「頑張り」を要求するのです。人気タレントによる意味不明の100キロマラソンが象徴的ではありませんか。

 頑張るのが個人の勝手なら、ダラダラのんきに生きるのも同じく個人の権利ですよね。なのに「頑張り」のほうだけを画一的に臆面もなく賛美してやまないところが大嫌いなんだと、やっと最近になって分かったのです。

 高齢者にしても、近年はアンチエイジングという生物学的には無理目の「頑張り」が求められるようになってきました。「ワタシ何歳に見える?」とか「筋肉増強に年齢は関係ない」といったワードも、ボクにはイタく思えてなりません。

 じゃ、年寄りはどうしたらいいんだ、ワタシはボクはどうすりゃいいの? って思いますよね。これはもう実に簡単です。頑張るのでなく、遊べばいい。遊び自体が社会道徳的に悪と見られてきたせいか、どうもボクたちは遊びが少な過ぎると思いませんか。遊びというのは能動的に自主的に人生を楽しむと言い換えてもいい。求められてやる、強いられてする、期待に応えるための頑張りとは、そこのところが根本的に違うのです。頑張りには心理的物理的な報奨が伴いますが、遊びにそんな利得はありません。だから純粋に、気楽に、何も期待せずに、遊ぶ。

 もっと簡単に言えば、ジーサンになっても必死で頑張らなきゃいけないなんて、ボクはイヤだなぁ。資産や年金の多寡ではなく、年を経た分だけ心に余裕があって然るべきです。そこから生まれるのが遊びとすれば、「年寄りの冷や水」よりはるかにカッコいいのではないでしょうか。

 

ランキングに参加しています。お気に召したら、ポチッと↓


人気ブログランキング

 

 

 

 

« クラプトン | トップページ | 見られる »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事