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福助くん その6

  • D_p1000397_s
    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

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    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
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福助くん その1

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2019年10月16日 (水)

受容

 

 日本経済新聞の名物コラム『私の履歴書』にIIJの鈴木幸一氏が執筆しています。IIJとはインターネット・イニシアティブ・ジャパンの頭文字で、要するにインターネットプロバイダーのハシリですが、同社が1994年3月に郵政省から事業許可を得た頃は、何のことやらよく分からんという人が大多数だったんじゃないかな。

 ボクは1996年に日経BP社から『学んで! 遊んで! 役に立つ! インターネットキャンパス 欧米100大学ホームページ徹底活用法』という単行本を出したので、もちろんIIJの名前は知っていました。プロバイダーに接続しなければウェブサイトが開かないですから。これはNTTを上回る通信インフラに成長するというオボロゲな予感はあったのですが、『私の履歴書』によると想像以上にイバラの道だったようです。可能性や将来性は理解されても、いざ出資を募ると尻込みされてカネが集まらない。会社の運転資金もギリギリでカツカツの低空飛行を続けた後に、晴れて郵政省から「ゴーサイン」が出たのですが、それでも「インターネットは面白いが、なかなかカネにならない技術ですね」と嘲笑されたそうです。「いや、近いうちに御社のシステムもネット上で動く日々が来ます」と言い返すと「そんなの夢物語ですよ。もしそれが現実になったら、銀座を素っ裸で逆立ちして歩きます」と豪語されたというから、呆れるほどの頑迷さなんですよね。そのくせ、今になってもボクは裸で銀座を逆立ちして歩く人を見たことがありません。

 先進的な技術に対する無理解は、ボク自身も体験しました。前述の自著には「インターネットで学位や単位を取る」という章を設けたのですが、「そんなのウソだろ」「あり得ないよ」とまるで信用されなかったのです。ボクは学者でも研究者でもない単なるライターですから、そもそも権威がない。権威がなければ、どんなに新しいことを言っても発見しても、世間は眉唾として捉えてしまうようです。だったらミエミエの詐欺にどうして引っかかるんだよ!

  正直言えば、ボク自身も「ホントかな」と何度も調べ直したくらいですが、現在ではネット経由の通信教育や授業の配信なんて常識になっております。小さな声で謙虚に心の中で「ざまぁみろ」でございます。

 それだけなら個人的な恨み言になってしまいますが、本日の連載では「ネット草創期の90年代以前は、閲覧ソフトや米ヤフーの検索エンジンなど、ネットをめぐる戦略的な技術が次々に登場し、その中からデファクトスタンダード(事実上の標準)が生まれた時期だ。ここで開いた差は簡単には取り戻せなかった。(中略)我が社にとっても日本全体にとっても大きな損失だったと思う」と結ばれています。

 何しろ25年近くも前のことなので、この頃に財務や投資関係を牛耳っていた要職者のほとんどは引退または泉下の人になっており、その責任を問うことができません。かくて、この分野は今もアメリカの後塵を拝しています。こうした頑迷な保守性は少しでも変わったんでしょうかねぇ。

 

 内田樹氏は、そうしたメンタリティを、世界のどこかに中心を求めてやまない辺境の民の特性と位置づけています(『日本辺境論』新潮社)。でもね、それってあまりにもキレイ過ぎる解釈じゃないかなぁ。あくまでも憶測ですが、IIJの鈴木氏にとっては「臆病者の集団」に見えたのではないでしょうか、ボクもちょっと前に書いたように「2番手主義者」ばかりの国に見えます。とにかくね、変化を病的に怖れるんだよな。そのかわりに、これは新しいとお上からお墨付きをいただいた物事には競って飛びつく。だから本当に革新的なことには興味を示しつつも、後ずさりして距離を置くわけです。

 ボクが若い頃に、チーズたっぷりの本格的ピザが日本に上陸しました。それまで日本人が食べたことのない料理です。名古屋の繁華街に専門店ができて話題になっていたので、ボクも試してみようと出かけました。すると店舗の外はまさに黒山の人だかり。これではかなり待たされるだろうと店内を覗いてみれば、何と客はまばらでガラガラではありませんか。黒山の人だかりは、ウィンドーに顔をくっつけるようにしてピザを食べている様子を見ていただけなのです。興味があるなら率先して食えばいいのに、それはやらないんだよな。誰かが食べた感想を丹念にチェックし、やがて本格的に普及し始める頃になって、いかにも自分が先駆けて食べたような顔をする。

 こうした卑怯な態度はピザだけじゃないですよね。最初は怒りにも似た感情を持ちましたが、近年は刀折れ矢が尽きたというのか、「死の受容プロセス」の第5段階に達しております。これはエリザベス・キューブラー=ロスという精神科医の分析によるもので、人間はガンなどによる死の告知を受けると、「否認」「怒り」「取り引き(神仏などにすがる)」「抑うつ」を経て「受容」に至るそうです。

 どうしようもできないことであれば受け入れるほかないので、ボクはそんなプロセス=葛藤の分析に意味があるとは思えません。最終段階となる「受容」が、果たして両腕を広げて迎え入れるようなものなのか、あるいは勝手にしやがれとふて腐れた諦念なのかが大問題なんじゃないかなぁ。ちなみに、日本の臆病な保守性に対するボクの感想は後者です。ああ、またしても愚痴を言ってしまいました。こんな後ろ向きは自分でも愉快ではないので、今後は愚痴めいた結論を厳禁といたします。ちょっとずつにしても、外圧やIIJなどの先駆者、それに孫さんたちのタイムマシンビジネスのおかげにしても、日本は遅ればせながら変わってきました。それを是としなければ、絶望という小道に入り込んでしまいますからね。

 この絶望を回避することが「受容」の大きなポイントだと思うのですが、それってキューブラー女史の理論に含まれているのでしょうか。

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