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福助くん その6

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福助くん その5

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    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

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福助くん その2

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福助くん その1

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2019年10月18日 (金)

距離感

 

 一人っ子で育ったせいか、子供の頃から悩みのタネだったのが人との「距離感」です。初対面にもかかわらず、平気で他人の肩に腕を置くなんてことができる人がたまにいますが、ボクには絶対にできない仕種です。ある研究によれば、半径50㎝が「排他域」と呼ばれる一般的な限定空間であり、その中に踏み込まれると人は不快と感じるそうです。

 ボクの場合はもっと広くて、半径70㎝くらいかな。前や左右だけでなく、背後でも近いのはイヤなんですよね。お前はゴルゴ13かと言われそうですけど、このためラッシュアワーが若い頃から大嫌い。それが早くから独立した理由のひとつでもあります。

 こうした物理的な距離感だけでなく、心理的な距離感もありますよね。最近は減ったと思いますが、昔は人の名前を呼び捨てにする人が多く、それが親愛の情とも受けられていました。利害が無関係な学生時代の友人や先生はまさにその意味なのですが、社会に出てから姓名の呼び捨てはないだろうとボクは思うんですよね。特に女性は会社で「おーい順子」などと呼ばれたら、「私はあなたの恋人でも奥さんでもありません」と抗議したくなるはずです。

 そんなことに気づかされたのは、初めて入った会社の先輩でした。みんながボクを呼び捨て、あるいは「クン」付けにする中で、その人だけはボクを「さん」付けで呼んでくれたのです。ひと回りも上の年齢なのに、どうしてですかと訊くと「同じ仕事をしているんだから当然じゃないか」とあっさり。それだけでボクは彼のファンになりました。

 ただ、こうした距離感は関係を冷たくしたり、反発を感じさせることもあるので厄介なんですよね。昔から「つかず離れず」とは言うけど、それってどの程度の距離感なのか、今でもボクは分かりません。取材の場合は初対面の人がほとんどであり、敬意を積極的に示して「あなたの味方ですよ」という印象を与える明確な目標があるので、あまり問題を感じたことはありませんが、それでも馴れ馴れしく感じられたら逆効果になってしまいます。不動産や株などの電話セールスでたまにそうしたタイプの人がいますが、誰か注意しないんですかねぇ。特殊詐欺なんかは、むしろ馴れ馴れしい態度が好ましく感じられるポイントになるのかな。

 というわけで、この距離感に日夜悩まされているといっても過言ではないのに、ピラミッド状に権力が積み上げられた組織社会では、上に昇れば昇るほど、そんな葛藤から解放されるようです。部下をセリフ抜きのアゴで使ったりする人がいますからね。会社内だけならまだしも、そういう態度は、役職や地位とは無関係なはずの社会生活にも滲み出てくるんですよね。

 ある事情で、柄にもなく銀座のバーを行きつけにしていたことがありますが、ある常連さんがそんな態度だったのです。何しろ注文する時に「おいっ」ですもんね。オッサンらしいオーバーサイズのグレースーツにネクタイですから、地味すぎて反社会方面の人には見えません。グラスやツマミが運ばれてきたら、黙ってテーブルの所定位置らしいところを指さす。さらに、扉が開いて新しいお客さんが来ると、ママにギョロ目を向けて、「客だぞ」と言うかのようにアゴで示すわけです。もしかして口がないのかなと見てみると、ちゃんと鼻も唇もあるんですけどね。

 もしかしたらオーナー、あるいは出資者かも知れませんが、であればそんな常連面を見せたら客が減ることくらいは分かるはずなので、きっと違うだろうなぁ。言葉抜きのエラそうなジェスチャーだけで指示が理解される関係を、ママとの親愛の証またはディープなコミュニケーションと考えていたのでしょうか。とすると、リアルな意味でママに甘える子供と変わりゃしません。そんなネオテニーな人(ネットで調べてください)が仕事で大成するはずはないので、親から受け継いだ途方もない資産があるのかもしれない。なんてことをあれこれ想像させる人でありました。今もお元気でしょうか。

 えーと、この話に結論がないわけではなく、AI時代が深まれば深まるほど、って秋のことかよと笑われそうな動詞を使っちゃいましたが、人間同士の距離感のみならず、機械と人間との距離感も問われることになると思うのです。機械が作る音声が人間に近ければ近いほどいいとは限らないですよね。すぐにAIだと認知されるような伝達方法の中で、どうやって親近感や安心感、そして信頼関係を構築すべきか。近々にAI心理学という分野が必ず生まれるとボクは予言します。こうした新分野は早い者勝ちですぜと、学者並びに評論家の皆様に言いたいわけですね。

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