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2019年10月 9日 (水)

2番手主義

 カルロス・ゴーンが最高執行責任者として日産自動車に入社したのは1999年3月でした。2000年には取締役となり、最高経営責任者にのぼりつめたのは2001年。この頃の彼に対する評価は、情け容赦のない「コストカッター」という批判的な見方がなくもなかったのですが、むしろ「ゴーン流」という言い方で歓迎する意見のほうが大勢のように感じられました。

 当時の日産自動車は2兆円の有利子負債を抱えて破綻寸前でしたから、業績が回復できるなら悪魔とだって契約したかもしれません。それが今では誇張や比喩でなくなりそうですけど、それ以前に、これほどの経営危機をもたらした原因や責任を追及する議論があったのでしょうか。ボクには、女性スキャンダルで失脚した労働組合委員長の権勢にすべてを押しつけて終わったように見えてなりません。彼は「労働貴族」とも呼ばれたように、自家用ヨットを保有し、銀座で毎夜のごとく豪遊していたとマスコミは喧伝。経営にも支配力を及ぼしたといわれています。でもさ、それってホントかなぁ。

 そもそも労働組合の委員長を途方もない権力者にしてしまった周囲の責任はどうよと、ボクなんかは思うわけです。詳しく調べたわけではないので、あくまでも憶測に過ぎませんが、この「労働貴族」がすべての役職から身を退いたのは1986年。その後も負債を解消することはできず、結局は2兆円にまで膨らんだのですから、どう考えても経営陣が無能だったとしか思えません。

 ついにはフランスのルノーと資本提携を結び、意気揚々と乗り込んできたのがゴーンだったのです。彼は大規模なリストラ、要するにクビ切りを実施。工場の閉鎖だけでなく、多くの下請けを切り捨て、余剰資産もバンバン売り飛ばしました。おかげでバランスシートの数字は劇的にV字回復したとされていますが、そんなことはゴーンでなくてもできたことではありませんか。2万人以上に及ぶ従業員の解雇は大変な決断だと思います。けれども、日本は社会主義でも共産主義でもなく、資本主義である限りは株主が最有力なステークホルダーじゃないですか。会社を潰して株式を紙切れにしないために、泣く泣く社員に辞めてもらうなんてことは、規模の大小を問わず、どこにだってあることです。問題なのは、生え抜きの経営幹部がその重大な責務を誰も引き受けなかったということじゃないかな。

 だからこそ「労働貴族」のせいにして、固定費=人件費の削減を先延ばしにしてきたようにボクは思えます。それも限界となった時に、黒船に乗ってゴーンがやってきた。「従業員を解雇しなさい」「あの工場は不採算だから閉鎖」「こんな事業を日産がやる費用はない」という苛烈な指示に、「はいはいごもっとも」と嬉々として経営幹部が従ったように、繰り返すようですが、何の根拠もなく、ボクには想像できてしまうのです。

 早い話が、悪魔を追い出して白馬の騎士と手を組んだかと思ったら、こいつも裏で私腹を肥やす悪魔だったと告発されたわけです。でもさ、それなら日本人の経営幹部はいったい何をしていたのでしょうか。側近といわれる連中が罪に問われることはないのかな。それ以前に、リストラという大ナタを振るうのを怖がって逃げ回っていたのは誰だったのか。

 2番手主義という言葉があります。あれ? ボクの造語だったかな。たとえばマラソンなどでトップを走れば、風圧を一身に受けるだけでなく、路面など環境変化の影響をいち早く受けることになります。ところが、2番手ならそうしたリスクを回避できるので、最後に1番手を追い抜けばいい。どことは言いませんが、スターバックスと似たようなコーヒーチェーン店と同じです。何もかもゼロから始めたスターバックスと同じことをやればいいんだから、開発投資は比較になりません。だけどね、それってパクリと呼びませんか。

 ちょっと話が飛んじゃいましたが、日本の組織社会では、このような2番手主義者が目立つんですよね。現代では「リスクを取らない」と言い換えられたりしますが、とにかく一歩退いて様子を窺うのが賢い生き方とされているようです。大政翼賛会の頃には「勝ち馬に乗る」という言葉も生まれましたけどね。生き延びるためには効果的な方法だろうけど、そんなことでは新しいモノは何も生まれず、イノベーションにもほど遠いですよね。そうした姿勢が逆に「労働貴族」をどんどん増長させ、ゴーンを果てしなく君臨させたのです。頃合いを見計らって後ろからグサリ、ってひどい比喩だけど、ボクがゴーンなら間違いなくそう感じたでしょう。

 ナチスは強権や暴力で政権を掌握したわけではありません。民主的な選挙を経て台頭しました。彼がオープンカーに乗ってパレードする映像を見たことがありますが、驚くほど多くの国民が歓呼して迎えています。

 民主社会では独裁なんて簡単には実現できないはずです。にもかかわらず、ドンやボスと呼ばれる連中があちこちにいて、電力会社や政治家に賄賂を贈ったりする。こうした独裁者は2番手主義者にとって大変に好都合なんですよね。新しいアイデアや政策の実現といった困難なことを押しつけられるだけでなく、数多の批判や失敗の責任はひとえに彼のせいにする一方で、成功の果実はみんなで分け合う。

 そりゃね、誰だって自分が可愛いですから、リスクを負うのは避けたい。けれども、みんながそうした姿勢では、何も変えることはできず、ひたすらジリ貧になっていくだけです。人口増加という追い風によって、パクリが得意な日本がイケイケだったのは大昔の話で、現代は独創性がカネを生み出します。特にウェブ社会では2番手以下は存在しないのと同じ。それがGAFAですよね。

 なのに、いつまでも2番手主義でいいんですかね。もしもホントに自由を希求するのであれば、1番手にならなきゃいけない。少なくとも、トップを走るランナーが直面する様々なリスクを本気で引き受けようとしない限りは、キミは奴隷のままだと思うぞ。

 

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