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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

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2020年2月

2020年2月28日 (金)

災い転じて……

 

 始まりは電通じゃなかったかと思います。さすがにあまり大きく報道されなかったのですが、2月24日に50代の社員から新型コロナウィルスが検出され、濃厚接触者は直ちに翌日から在宅勤務。26日からは、汐留本社の社員約5000人に在宅リモートワークが指示されました。電通といえば日本の最大手、世界でも5番目の規模の広告代理店(ウィキペディア)であり、関係会社は膨大で影響力もハンパではありませんから、この措置は当然だろうと思います。 

 さらに、昨日になって安倍首相は全国の学校に臨時休校を要請。これに対応して、大企業も続々と在宅テレワークに切り換えています。 

 このブログでは時事ネタをなるべく避けてきましたが、これだけ大きな騒ぎになると、記録という意味でも扱わないわけにはいきません。日本の政治家ならびに官僚の無策・不作為がどんどん明らかになってくる中で、ボクが唯一の救い、災いを転じる可能性を感じるのが、この「リモートワーク」「テレワーク」なんですよね。 

 前にも書いたように、ITバブルが勃発した2000年前後には、インターネットを活用したテレワークが大いに喧伝されました。もはやラッシュアワーの満員電車に乗る必要はなく、それこそ働き方や雇用形態が革命的に変わる予感を持ったものです。ところが、そんな期待は急速に萎み、今では首輪、じゃなかったIDカードをぶら下げてオフィスを出入りするのが常識になっています。それが今回の新型コロナによって在宅テレワークにどんどん移行しているので、やればできるじゃないかとボクなんかは思うわけです。 

 これだけ情報網が発達したご時世に、わざわざ毎日毎日、会社で顔をつきあわせる必要がどこにあるのかと考えるほうが普通じゃないですか。けれども、日本の会社は保守性が強く、変えることそのものに抵抗する勢力が存在します。それが新型肺炎蔓延の懸念で簡単に吹き飛んでしまった。沈静化がいつになるのか予断を許しませんが、在宅で仕事が進むのであれば、そのまま継続すればいい。それによって、日本の業務慣習やビジネスのスタイルがガラリと変わるはずです。 

 学校にしても、初等教育は社会性を身に付けることも重要な課題なので集合教育は不可欠ですが、高校や大学で生徒や学生を教室に集める必要性がどこまであるのでしょうか。特に大教室での一方的な講義なんて、ネットにビデオを載せておけば十分です。出席しても寝ている学生が珍しくありませんからね。 

 しばしば言われることですが、単純な知識移転はネットに任せておけばいいのです。では教室で何を教えるというのでしょうか。写真が発明された当時の絵画と同じように、これまで漫然と行ってきた授業の内容や方法を見直す契機にもなるんじゃないかな。そのハシリが、PBLを中心としたアクティブ・ラーニングなんですけどね。

 いずれにしても、こんな災厄が日本を襲っているのですから、それを明日の福に転じる発想で立ち向かうのが政治家や知識人であるべきです。それなのに、目先の事態の後追いばっかりだもんな。これを機会に小・中・高校の子供・生徒たちすべてに順次タブレット・パソコンを支給し、トライアルでオンラインの授業を始めてもいいじゃないですか。新型コロナがどうなろうとも、このインフラは確実に未来につながります。そうした発想のもとで様々な対策に取り組むべきではないかと、ボクは言いたいのであります。

 

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2020年2月27日 (木)

公共交通機関を停止せよ

 

 検査難民という言葉もあるようですが、新コロナウィルスの検査が「できない」のでなく、敢えて「しない」のでしょうね。検査をしなければ、感染者の数も必然的に少なくなります。でもって、そのまま東京五輪になだれこんでいく腹じゃないかなぁ。

 太平洋戦争における大本営発表と似たようなものです。開戦して半年後のミッドウェーで虎の子の空母4隻を撃沈されたにもかかわらず、発表では大戦果ですもんね。その嘘がばれないように指揮官は降格どころか南方に栄転です。この海戦から日本は敗北を続け、兵隊や国民がどれだけ死のうが、バンザイ突撃で玉砕しようが、洞窟で指揮官が腹を切ろうが、神国日本が負けるはずがないと言い張ってきました。退却も転進と言い換えてしまう、みごとな卑怯ぶりです。

 あ、岸信介を祖父に持つ安倍さんも、そのやり方を踏襲しているのかなぁ。それはともかくとして、集会やイベントの中止よりも、公共交通機関を停止するべきだと大阪出張でつくづく思い知りました。車両という小さな箱の中ですから、指定席であろうがなかろうが、マスクをしていたって、基本的にクルーズ船と大差ありません。誰かがウィルスの保菌者なら、確実に伝染しますよ。

 だからね、昨日も書きましたが、今こそ公共交通機関を完全停止すべきです。少なくとも1週間。ボクたちの生活や日本経済に大打撃を与えることになりますが、この凶悪なウィルスが蔓延する立ち上がりを叩くには、それしか方法はないんじゃないかな。むしろ世界から称賛され、失いつつある日本の信用も回復できる一発大逆転だと思うんだけど。

 安倍首相は自らの政治生命を賭けて、この大胆な措置を断行すべきです。素直に国民に頭を下げ、官僚の作ったペーパーではなく、自分の言葉で「1週間だけ我慢してください」と協力を依頼する。自分の顔をテレビで大映しにして、国民の1人ひとりに、その決意と理由をきちんと心の奥底まで届くように語りかければ、表だって反対する人なんかいませんよ。それこそが政治家の仕事なんじゃないかな。

 そんな度胸がないのなら、政治家なんかとっととやめろよ。ま、無理だと思うけど。

 

 

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2020年2月26日 (水)

本日は大阪

 

 個人的な情報をネットに晒したくはないのですが、本日は大阪出張です。しかも早朝。まぁね、朝は強いからいいんです。酒もほとんど飲まなくなったから、目覚ましなしで4時起き5時起きも問題ではありません。

 けれども、ああ、けれども。よりによってこんな時期に新幹線で大阪ってありかなぁ。似たようなことを思いながら新幹線のホームで列車を待っている皆さんも多いはずなので、なりかわって言いますが、リスキーですよね。マラソンも、皇居の一般参賀だって中止になっているくらいですから、新幹線の箱の中に数時間いるなんて、いくらマスクで防衛しても感染の危険は否定できません。

 仕事がイヤというわけではありませんよ。こちとらはいつも仕事に命がけでありまして、前のめりならいつでも死ねると。新型コロナなんて屁でもない。しかしながら、政府の無策に殺されるのはイヤなんですよね。昨日になって基本方針が出ましたが、いつものようにまるきり腰がひけております。

 こちらが命がけで新幹線に乗るんですから、政権にいる政治家の皆さんも政治生命を賭けなさいよ。本気で感染のピークをずらしたいなら、1週間くらいは全国の集会などの完全禁止や出社停止、新幹線など公共交通機関はストップするといった緊急立法を打ち出さなきゃ。それだけでは国民は飢えかねないので、コンビニと宅配便を優遇して、食品物流を維持するとかね。それによって拡散を封じ込めてからエラソーな顔をしてほしいな。

 誰も彼も「できない」と簡単に言うけど、こうしよう・ああしようとは絶対に言わない。そんな無責任な連中に殺されてたまるか。

 どや、これくらい元気ならコロナの野郎も吹き飛ぶよるで、って妙な関西弁になりましたが、免疫を総動員して行ってまいりまぁーす。

 

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2020年2月25日 (火)

ぶら下がり族

 

 ネットで芳しくない口コミを読んではいたのですが、あまりにも傲慢で無礼な態度に驚きました。

  マンションのリフォームを考えており、名前を言えば誰でも知っている大手不動産会社系列のリフォーム会社に見積もりを申し込んだのですが、2日たっても何の返信もない。広告コピーと現実の企業姿勢が一致するほうがレアなので、別の会社に申し込もうと思っていた夕方に珍しく電話があり、「●●不動産だそうです」とスタッフ。最近は何でもメールかケータイなので、固定電話にかかってくること自体が珍しいのですが、それにしても新しく不動産を購入する予定はないので、いったい何の用だろうと受話器を取りました。

「はい」
 するとオッサンらしいダミ声で
「●●不動産ですが」
と言う。
「はい?」
怪訝に感じてボクはしばし沈黙すると、再び
「●●不動産です」
とだけ繰り返す。電話をかけてきたほうが要件を言うのが礼儀ってものじゃないか。このあたりで、ボクの心中はフツフツと沸き立ってきたのですが、ここで喧嘩しても始まらないので、自分を抑えながら、あの件かと思い出して応えました。

「●●不動産リフォームの方ですか」
「はい、●●不動産です」と先方。

 この人は「●●不動産」に強烈なプライドを持っており、「リフォーム」というのがよほどイヤらしい。けれども、そこまで言わなきゃ不動産売買の件かなと思われますよね。親会社から左遷でもされたのでしょうか。それはそれとして、再び相手は沈黙を続ける。

「リフォームの件ですよね」と畳みかけて、ようやく
「はい」というだけ。

 電話をかけてきたんだから、お前から何か言えよとは思ったのですが、取りあえず予定しているリフォームの概要をこちらから伝えました。すると、予想通りに、そのために何が必要なのかも、こちらから問いかけないと言わない。で、結局は室内を見なきゃ分からないとなったので、さすがに温厚なボクもキレました。

「そんなことは分かっていますよ。その前に、リフォームの内容は固まっているので、大体の値段が知りたいと思って電話したのです」
「はい」

「間取りと広さが分かれば、大体の値段は出ますよね。相見積もりを取る前の参考にしたいので、概算で結構ですから」
「はい」
「で、いつ頃になるでしょうか」

 人生経験を十分に積んでいるはずの中年オヤジに、こんなにも細かく指示しなきゃいけないのかなと呆れながら返答を待っていると、再び沈黙を経てからポツリという感じで、
「2週間……くらいかかります」
 大豪邸を改築するんじゃなくて、和室をフローリングにする程度の見積もりを取るのに、2週間! それまでの会話で完全にへこたれていたので、
「じゃ結構です!」
 と、受話器をぶつけるように置きました。ボクの仕事人生はそこそこ長いと思うのですが、その中でもコイツの不愉快さはダントツです。仕事がイヤならイヤと言えばいい。他人をわざわざ怒らせることに快感を覚えるド変態なことはやめて、さっさと転職しろよ。少なくとも給料を貰っているなら、ちゃんとした顧客対応をすべきじゃないか。

 こんなオヤジが大会社の看板にぶら下がっているから日本はダメになったんだと、怒りが飛び散りそうになりました。これでは若い人が固定電話を嫌がるのも当然だよな。とにかく、信じられないほどの対応でした。

 ●●不動産の●●をはっきり書きたいのは山々だけど、この人だけが超例外かも知れないので、武士の情けで匿名にしました。けれども、親会社も含めて、このグループの会社はいっさい2度と利用しないと決心した次第です。そう言えば●●生命もひどいもんね。それについては次の機会にでも。 


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2020年2月21日 (金)

不要不急

 

 クルーズ船の隔離のあり方にようやく批判が集まっていますが、もっと大きな問題は大学受験ですよね。それに大卒予定者の就職活動。新型肺炎は高齢者にとりつきやすく、免疫力の強い若者には感染しにくいようですが、関係人口はクルーズ船なんかと比較にならないので、それこそ大規模な蔓延を引き起こす起爆剤になりかねません。

 にもかかわらず、大学受験は準備が間に合わないという理由から、中止や延期、追試などは行わないようです。マラソンなどのイベントは次々に縮小または中止されているので、どうにも納得できません。大学単独では決めかねる重大事ですから、政府に指示を仰ぎたいところでしょうが、隠蔽や逃げ口上は得意でも、こうしたイザという時には具体的な方針を出さないんだよな。

 かくて、もしも18〜22歳くらいの若者たちに罹患者が激増したら、大学のトップに責任が及ぶ可能性は否定できないと思いますよ。もちろん政権は確実に吹き飛ぶことになるので、そろそろ泥船から逃げ出そうとする「忖度ネズミ」が増えているんじゃないかな。それくらいの破壊力を持つ時限爆弾であるという認識が、まだまだ足りないような気がします。

 数少ないまともな指示といえば「不要不急の外出は控える」ですけど、そもそも不要不急って何だよ。徘徊老人じゃあるまいし、意味や目的もなくフラフラと出歩く人がどれだけいるというのでしょうか。特に都会は、他人を押しのけるようにして先を急ぐ人ばっかり。たまには専用車を降りてエスカレータに乗ってみろよ。ドカドカと昇ったり降りたりする奴らが今も減っていないので、危なくて仕方ないんですから。

 つまり「不要不急」なんてことを言い出したら、政府や責任者の無策がいよいよ露呈されたと判断するべきでしょう。指示にもならない指示、とも言い換えられます。それが断末魔の叫びに変わらなければ何よりなんですけどね。

 

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2020年2月20日 (木)

テレワーク

 

 インターネットが爆発的に普及し、IT企業が相次いで株式を上場したミニバブルの頃に、「テレワーク」の記事を書いたことがあります。 

 この頃の雑誌記事のほとんどと同じように、通勤電車から解放されて在宅で仕事。あるいはノートパソコンを持って「ノマド」なライフスタイルとかね。でもって、これらの予想はことごとく外れてしまいした。その主な理由は、企業秘密の流出です。当時から情報の漏洩が問題になっており、テレワークで仕事を会社から持ち出すのはハイリスクだとなったんですよね。 

 それから20年後の今でも、こうした事情は根本的に変わっていないらしく、通勤電車だけでなく、IDカードまで加わりました。それがないとオフィスに入室できないのは言うまでもなく、エレベータの階数ボタンも押せないことも珍しくありません。ボクの事務所がある老朽マンションでもオートロックにするくらいですから、セキュリティ・コンシャスが21世紀初頭のトレンドになった、なんて教科書に書かれる日がくるんだろうなぁ。 

 えーと、テレワークに話を戻すと、今回の新型コロナウィルスで、テンポラリーではあっても、在宅勤務を導入する大企業が目立ちます。はっきり言えば、テレビ会議でも十分に情報共有や意思疎通できるんですよね。後はそれぞれの仕事をパソコンなんかで仕上げればいいのですから、どうして今までやらなかったのか逆に不思議だと思う人は少なくないんじゃないかな。 

 その答はまったく簡単です。テレワークが不都合なのは管理職なんだよな。部下の業務管理がしにくいというだけなく、エラソーな態度ができない。パワハラも間接的にしかできないし、セクハラは証拠が残ると。つまり、テレワークにおける技術的課題はブロードバンドなどによってほとんど解決されているのに、そのマネジメント手法が確立されていないのです。

 経済学や経営学など、「学」の付く分野は、以前も指摘しましたが、過去のことしか扱いません。マーケティングは販売促進に直接的な影響を及ぼすので、ワンtoワンとか飛躍的な進歩を遂げても、人材資源管理は相変わらず社内での組織論に留まっているんじゃないかな。寡聞にして「テレワーク時代の業務マネジメント」なんていう本は見たことがありません。あ、ボクが書こうかな。

 ま、そんなわけで、新型コロナウィルスが猛威を振るう中で、あのクルーズ船さながらの通勤電車を強いられるのは、ひとえに経営幹部の怠慢にほかならないと言っておきます。だってさ、名前を聞けば誰でも分かる超有名企業が続々と踏み切っているんですぜ。

 寒風とウィルスが飛び交う中で、どうしても人に面会して話を聞かなきゃいけないのは、ボクのようなライターだけじゃないかな。近頃は営業だってメールなどの交流で顔を出さなくても済みますからね。SARSの時は海外渡航を禁止する会社が多く、今回もそうなりそうですが、ボクは何の保障も期待できないフリーです。肺炎は怖いけど、信用を失うのも怖い。ま、仕事というのはいつでも命がけでやるべきなので、本日も颯爽と街なかに出かけるつもりですけどね。

 

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2020年2月19日 (水)

早っ!

 

 あらかじめ宣言しておきますが、これは断じてステルス・マーケティングの類ではありません。すべてボクが体験した事実てす。

 昨日のブログで、WIMAXのホームルーターをトライアルで使用することにしたと紹介しました。その直後にウェブサイトから申し込んだのですが、なななな何と、本日の午前中に宅配便で送られてきたのです。しかも、スマホのラインで荷物がどこにあるのかを教えてくれるので驚きました。これは宅配便の管轄ですけどね。このラインを利用すれば届く日時も変更できるのですが、「お願いした午前中で結構です」と返信。すると11時前にはドアホンがピンポンッ、ですから、いやぁ早い早い。注文してほぼ24時間後に実物が到着するって、すごいことじゃないかな。

 梱包を開くと、大きめの茶筒サイズの真っ白いホームルーターが出てきました。説明書には、その底の部分のスリットにICカードを押し込めとあるので、それに従ってから、電源ワイヤーのソケットをコンセントに接続。それだけで本体側の作業は終了です。ちなみに、コンセントは英語でエレクトリック・アウトレットと言います。「電気の出口」なんて実に分かりやすいでしょ。じゃコンセントっていったい何語だよ。

 次は接続したいパソコン側の操作ですけど、環境設定でインターネットの画面にすると、数多いWi-Fiプロバイダーのリストの中に、そのホームルーターの識別番号が出てきます。これを選ぶとIDを打ち込む四角い枠が出てくるので、そこにホームルーターの横に貼り付けられていたパスワードを打ち込むだけ。それだけで接続も完全終了。ケーブルをつなげるような作業は一切ありません。

 でもってネットを開いてみると、最初こそ初対面の緊張を感じさせるおずおずした動きでしたが、すぐに本領を発揮。それまではジリジリ、ジリっと画面が開いていたものが、瞬時にパッと出てくる。映像を途中でどんどん先に進めても、ちゃんとついてきますからね。これなら引っ越しの時も、コンセントを外して移転先に持っていくだけ。その日から使用できます。

 ボクの事務所の電話とネット環境は、古手の温泉宿のように増設を繰り返してきたおかげで、どこにどうつながっているのかよく分からないケーブルだらけ。何のためにあるのか不明な装置が3台あって、チカチカと点滅を繰り返しております。このWi-Fiルーターを導入すれば、それらのすべてを処分できるので、トライアル期間の終了を待たずに正式注文するつもりです。机まわりが一気にすっきりするだろうなぁ。

 どうしてこれまで誰も教えてくれなかったのでしょうか。大変なスグレモノだと思うんだけど。

 

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2020年2月18日 (火)

わ、分からん!

 インターネットの速度が以前に比べてひどく遅くなってきたと感じるので、キャリアやプロバイダーなどを見直しているのですが、はっきり言ってワケが分かりません。ボクってホントに日本にいるのかなと疑うほど英語やカタカナが多く、基礎知識を仕入れるだけで数日がかりですよ。

 それでようやく判明したのが、「光回線」のウソです。ウソというのは言い過ぎですが、古い集合住宅は“玄関口”までは確かに光ファイバーでも、そこから先は昔のメタル回線なので、これをデジタルで利用した「VDSL」が少なくないのです(あくまでも簡略化した表現です)。この場合は、光回線で「下りは1ギガの高速!」は事実でも、住戸内では100メガにダウンしてしまう。新しいマンションで光回線が建物内部に敷設されているなら別ですが、年季の入ったマンションでは100メガで我慢するほかありません。加えて構内交換機みたいなもので住戸の人たちと回線を分割することになるので、みんなが一斉に使う時間帯にはどうしても速度が遅くなる。そんなことがようやく分かってきたのです。

 現時点でインターネットの速度だけを比較するなら、やはりNURO光でしょう。この場合も、建物内に光回線が走っていなければ、外の電柱からエイヤっと引っ張り込むことなります。もちろん管理組合の許可なども費用になるので、前例がなければ話が面倒かつ大きくなってしまう。

 というわけで、インターネット回線の超高速化は断念。けれどもノロノロには我慢できないので、いろいろキャリアを調べてみると、フレッツ光のほかにドコモ光もあります。どちらもNTTという冠をくっつけているクセに、ドコモ光に電話して「どこか違うんですか」と訊くと「会社が違います!」というあまりにも投げやりな応対ぶりに深く感動して、即座に遠慮させていただくことにしました。独自に調べてみると、回線や装置は確かに変わりがなく、料金プランだけが異なります。ドコモのスマホ利用者は料金が割引になるというのが、決定的な違いではないでしょうか。

 でね、この料金プランというのが千差万別で、詳しく調べていくと頭がクラクラしてきす。ボクは今もって固定電話はアナログを使用しており、高い料金を支払っている割には月に数本しか電話が来ないので、ひかり電話に換えようと検討。ついでにテレビのサービスもいいかなと比べているうちに、その組み合わせで混乱の極みに突き落とされてしまったのであります。だってさ、いろいろと選択肢があり過ぎなんだもん。

 そこで自分の必要条件を整理。ともかくインターネットの速度アップを第一目的として、WIMAXのホームルーターをトライアル使用することにしました。これなら工事不要でワイヤレスのWi-Fiをいきなり導入でき、下りで400メガ以上を期待できるそうです。ただし、3日間で使用量が10ギガを越えると、翌日は速度が1メガにダウンするらしい。ああ、もはやついていけないと読むのを断念した人もいるんじゃないかな。ボクだって、これだけのことを理解するのに2日はかかりましたから。

 それと、各キャリアの電話応対担当者の言葉づかいが気になりました。とりわけ「工事」と「作業」の使い分けができていないんですよね。ボクの認識では、壁に穴を開けるなど、関係物が何らかの変形を伴う仕事のことを「工事」と呼びます。一方、作業というのはそうした大がかりな加工や処理ではなく、スイッチを切り換えたり、配線をいじるといった細かな操作を言うのではないかと。ところが、前述の担当者の皆さんは押しなべて何もかも「工事」と言うので、ボクなんかは大変なことをやるに違いないと思い込んでしまう。たとえば工事は不要で、使用者による簡単な作業で開通するというケースでも、言葉をきちんと使い分けないと「面倒だなぁ」とか「そんなの無理」と感じる人もいるはずです。

 だからさ、英語を勉強するのも結構ですけど、日本語の解釈を共有しておかないと、職種や業種によってどんどん変質していくんじゃないかな。ただでさえワケの分からない外国語が溢れているのに、「隣の部署は外国人と同じで会話が通じない」なんてことになりかねない。それでは日本が得意とする集団的な仕事に支障を来たすどころか、故障や事故だって起き得るでしょう。あっ、もうそういう時代に突入しているのかな。せめて大学入学共通テストくらいは、文理共通の出題にしておいたほうがいいと思うぞ。

 

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2020年2月17日 (月)

いつも後手後手

 

 いよいよ新型肺炎が日本に本格上陸したようです。

 どこで感染してもおかしくない緊急事態に突入してから、ようやく具体的な対策を考えるなんて、ちょっと遅すぎじゃないかなぁ。中でも不愉快なのが「専門家の判断を待って」というヤツです。そう言うアンタは専門家でないのかよ。だったら、その席をとっとと専門家に譲りなさいよ。専門家の言うことに従うだけなら、招き猫でも置いておいたほうが、よほど経費削減になるじゃないか。

 そもそも、中国で感染爆発の気配が見えた段階で、こんなことになるのはボクだって予測できました。具体的には1月23日から実施された武漢封鎖です。前にも書きましたが、1100万の人口を持つ中国有数の大都市で流出・流入を完全制限するなんて、タダ事ではありません。しかしながら、インフルエンザだろうが新型肺炎だろうが、どんな病気にも潜伏期というものがあり、その間はウィルスが体内でじっとしている保証なんてどこにもない。ということは、少なからぬ感染者がとっくに域外に出ており、観光だけでなく経済的にも密接な関係にある隣国・日本に渡航していることは十分に考えられます。慌てて空港などで検疫を強化するのも結構ですが、それと並行して事前に国内での対処方法を検討し、迅速に実施するのが厚生労働省や保健所など専門機関の責務じゃないですか。

 たとえば、マンションで隣の住戸のオッサンがコホンとコホンをイヤな咳をし始め、しばらくすると奥さんと子供たちが同じような症状になったら、「こりゃ大変だ、もしかしてウチにも」と慌てない人はいませんよ。最初の咳を聞いてから1週間以上も経過していれば、いくら固くドアを閉めたところで、衣服などにウィルスがへばりついて室内に侵入しているかもしれない。それを家族の誰かが吸い込んでしまった可能性は否定できないのです。

 この「こりゃ大変だ」というあるべき反応が、日本のリーダーたちは遅すぎる。何事も後追いばかりで、責任を持って先回りした政策や指示を出したケースを寡聞ながらボクは知りません。おそらく薬害エイズのように、事態が落ち着いてから関係者の「不作為」が問われるようになるとボクは予言しておきます。すでに中国では湖北省と武漢市のトップが更迭されたそうです。

 そんな先のことを今から言っても仕方がないので、じゃあどうするんだよ、ってことですよね。テレビではマスクの正しいつけ方や消毒方法、手の洗い方などを再三にわたって放送していますが、これはあくまでも防疫的な措置です。あなたが類似の症状になっていたら、子供がコホンコホンとやり始めたら、どうしたらいいのか。そこのところがね、ものすごく曖昧でワケが分からんと思いませんか。

 すぐに病院に行けば処理能力がパンクするだけでなく、院内感染者を増やしかねないから遠慮しろという。では、保健所や関係各所に電話したらどうにかなるかといえば、きちんとした対処マニュアルがないので、お互いに頭を抱えるばっかりじゃないかな。

 ほらね。またぞろインフルエンザやSARSなどの時と同じ混乱や右往左往の繰り返しです。アメリカのCDCのような強権を発動できる防疫組織をとっとと作っておけば良かったんですよ。

 あーあ、何だか猛烈に腹が立ってきた。イヤになってきたので、最後にボクが感心した医師の助言を紹介しておきます。新型肺炎とはいってもインフルエンザほど悪性ではなく、免疫の衰えた老人や持病を持つ人、それに幼児は別として、健康な人が過度に怖れる必要はないというのがひとつ。そして、コロナウィルスは咳などで飛び出たツバの中に存在するので、室内の風通しを良くして、そのシャボン玉みたいな飛沫を外部に飛ばすことを心がける。あのクルーズ船は、それと真逆のことをやってウィルスをむしろ培養してしまったと指摘する人もいます。

 このままでは中国だけでなく、日本の経済活動もアウトになりかねません。肺炎になるのと飢えてひもじいのとどっちがいいか。なんていう究極の選択に至らないために政治家や行政が存在するはずなのに、イザという時に限って深刻な機能不全を起こす。何もかもが後手ばっかりだもんね。今回の感染爆発が、このあまりにも日本的な宿痾を根絶する好機になれば何よりなんだけど、きっと無理だろうなぁ。

 

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2020年2月14日 (金)

適応と反発

 

 優等生ほど「今あること」に適応しようとします。だってさ、テストを前にして、こんな問題おかしいとか、ほかにも答がいろいろあるだろう、などと首を傾げていたら、高得点なんか取れないじゃないですか。だから優等生ほど世の中のルールに従うことに慣れていき、やがては疑問を持つことすら忘れてしまうわけですな。 

 たとえば英語です。昔は「これはペンです」「彼はボーイです」「彼女はガールです」なんてアホな会話が教科書に載っており、教室でみんなが斉唱していたんですよ。誰ひとり「そんなの見りゃ分かるだろうが」とは言わない。「日常生活ではあり得ない会話」と指摘されたのは、ずいぶん経ってからです。 

 こうした奴隷根性、じゃなかった素直なメンタリティは今でも続いており、日本の政治組織のトップである首相の意向を忖度して、ルールをひん曲げる役人が相次いでいます。この前まで「前例がない」とか言っていたくせに、自分のクビがかかると途端に新ルールに恭順する。 

 こんな例をあげたらキリがないのでやめますが、今の日本は危機的な過渡期にあります。簡単にいえば、さっさと変わらなきゃいけない。そんな時代に、学校優等生は前述した奴隷根性、じゃなかった従順で勤勉であるがゆえに、どんどん時代遅れの人材になっていくことを、皆さん分かっているのでしょうか。 

 その一方で、学校時代からのヤンチャ坊主や不良少年は、既存のルールや体制にものすごく反発します。こんなカッコ悪いもの冗談じゃねぇよ、と制服を極めて個性的に改造し、喧嘩上等で大人にも平気で突っかかっていく。彼らをそのまま褒める気はありませんよ。知性に問題があったり、優等生とは真反対のポジションにいるくせに、優等生以上に保守的なことが珍しくないからです。 

 でもさ、少なくとも、「今あるもの」を唯々諾々と受け入れない批判的な思考や態度は真似すべきだと思うのです。それを繰り返す奴がどんどん続いていかないと、社会なんて変わるはずがない。つまり、なるようになるべき進化を遂げられなくなってしまうのです。 

 だから、もうそろそろ優等生礼賛はやめたほうがいい。優等生というのは、実は先生たちや権力者にとってものすごく都合のいい連中であることを知るべきです。 

 コンビニオーナーが24時間営業に反逆したように、ブラックな経営体質が会社員や新卒予定学生に否定されるようになったように、部下が上司のパワハラを告発したり、女性がセクハラやレイプに怒りの声を上げるなんて、遅すぎるんだよな。それが原因で自殺した人だって数多いと思います。でも、しかしながら、やらないよりはずっとマシというものです。

 だぁからね。優等生になろうとするのは、もうやめようよ。いわれのない我慢を子供の頃から強いることで、いったい誰がトクしているのかを本気で突き止めようではありませんか。

  

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2020年2月13日 (木)

福助、その後

 

 本日は締め切りを控えており、そそくさと終わります。

 犬の福助ですが、口の左脇にできたメラノーマ(悪性黒色腫)を大学病院(!)の外科手術で切除。退院したのはいいけど、徘徊を繰り返した挙げ句に四肢を痙攣させるてんかん発作を2回も繰り返して、今度は都心の病院(!!)に入院したことまではお伝えしたかな。

 でね、奴の近況です。左脚が衰弱しており、しばらくは前脚だけで這いずるようにしていました。可哀想なので、小さな板に車輪を付けて犬用の車椅子を自作しようかなと思っていましたが、今ではヨタヨタにしても四つ足で歩行するようになり、水もエサも補助不要でガブガブ&バクバクとやっております。大きく成長していたコブ状のガンがなくなることで楽になったらしく、むしろ以前より食欲などが増しているように思えます。今年で18歳の老人なのに、なかなか死なないんだよな(コラコラ!)。

 いざという時にペットロスにならないよう、心の準備はしていても、足もとにすり寄られると、それが普通の状態と知覚してしまうんですよね。奴がいなくなれば、いきなり寂しくなるので、生き物は必ず死ぬんだぞと自分に言い聞かせてはいるのですが、やっぱり忘れてしまう。 

 実は人間のほうの状況も、春に向けて大きく変わってくるので、後々にご報告いたしますが、諸行は無常なのだと感じ入っております。時間という大きな川にゆるゆると流されている感じかな。たまには思考停止して、その流れに身を任せることも、ひとつの処世ではあるとようやく分かったところです。

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2020年2月12日 (水)

4億円!

 

 ちょっとした打ち合わせで、六本木1丁目に行ってきました。窓外に真新しいマンションらしき高層ビルがあったので、帰り際に立ち上がって見つめていると、それに気づいて、

 「あそこは4億円らしいですよ」

と教えてくれる人がいました。1棟でなく、あくまでも1室です。おそらく40坪くらいはあるでしょうね。バルコニーも広くて、さぞかし眺めも素敵だと思います。しかし、それでも、4億円ですぜ。

  ジャンボ宝くじの一等に当選しても届かない値段のマンションを眼前にして、ボクはちょいと頭がクラクラしました。脳梗塞や脳溢血ではないので念のため。一生に1度あるかないか、たいていの人は死んでも出会うことができない大幸運を得ても購入できない価格のマンションがあっていいのかなぁ。世界に1つしかない芸術作品というわけでもないですよね。 

 子供の頃から一生懸命に勉強して、東京大学を卒業しても無理ですよね。次官レベルの高級官僚になって、天下りを繰り返せばなんとかなるのかな。あるいはIT系のベンチャーを起業して上場に成功すれば、何十億単位の資産は形成できそうです。それにしたって、本人の努力だけで叶うものではありませんよね。

 幸運だけでも足りない、学力や努力だけならもっと足りない。両方がうまく相乗するだけでなく、時代という追い風やタイミングも必要でしょう。プロスポーツマンやアーティストではなく、親の財産にも期待できないのであれば、奇跡の1つや2つが連続しない限り、マンション1室に4億円なんていう金額は費やせないですよね。インターネットが発達したおかげで、世界では所得や資産による格差が大きな問題になっています。この4億円マンションは、ボクにその具体的な姿のひとつを垣間見せてくれたのです。

 ただし、いま時の建築費なんて、いくら豪勢なつくりにしたところで極端な違いはないはずです。普通はリノリュームのところを大理石にするなど贅沢を尽くしても、限界があるんじゃないかな。つまり、建築材料などの経費積算で1戸あたりが4億円になるはずがない。東京在住の人なら分かるはずですが。六本木という場所代が大きな割合を占めているんですよね。

 多数の人が集まる商業地なら、そこに店を出せば多額の売上げが期待でき、早い話が儲かります。だから土地代も必然的に高価になる。経済学では土地は工場などと同じ生産手段なのです。ところがマンションは基本的に住居なので、直接的な経済活動は前提になっていません。デイトレーダーがシコシコと高速ネットで荒稼ぎしている可能性はあっても、飲食店や物販店なんか不可能。経済価値が極めて高い超都心部に、敢えて個人の住まいを持つことが、4億円という価格の本質といっていいかもしれない。 

 しかしながら、土地にそもそも値札なんてついていません。それどころか、太古の昔はタダだったんですよね。土地の経済価値にしても、店を出せば誰でも成功するような場所なんてあり得ません。もうそろそろ分かってきたと思いますが、土地代なんて「多数の人が集まる「人気が高い」から「儲かるかもしれない」といった幻想に裏打ちされた価値なのでありますよ。足回りの利便性があるとはいっても、そうした幻想がいつか消えてしまうこともあるわけです。 

 実際に、東京の東部に位置する下町はかつて繁華街でした。浅草なんか典型的ですよね。ところが戦後になって、時計の針を逆回転させるように東から北へ西へと地域が開発され、近年は新宿、渋谷などの土地が高騰してきました。かつての六本木なんて、一部の芸能人などのトレンドセッターが隠れ遊びする場所であって、夜の明かりは乏しく足回りも不便でした。ボクも若い頃は頻繁に通ったこともありますが、日比谷線1本しかないこんな辺鄙な街のどこが魅力なのか不思議で仕方ありませんでした。

 結局のところ、土地の価格なんて「人気」という正体不明で不安定なイメージに支えられているんですよね。それに4億円かぁ、とボクは再び嘆息します。羨ましいのは事実ですけど、それだけの格差が生まれてしまう社会って、どこかヘンじゃないですか。

 たとえば、アフガニスタンで灌漑用水路を建設し、難民の帰還に貢献してきた中村哲医師が超高級マンションに住んでいたなんて聞いたことがありません。ボクが取材した時には「日本で医師のアルバイトをして稼いだ資金をアフガニスタンで使っている」と笑っていたほどです。砂漠のように荒れ果てた土地に水を供給する用水路を、ほとんど手弁当で建設していた中村さんは昨年末に銃撃されて亡くなりました。

 その一方で、資本主義における経済活動は極端な格差を生み出してきました。それを埋めるのは利他的で崇高な志なのですが、そんな理想論は学校で教えてくれませんからね。

 勉強は自分のためにやるものと思い込んでいる子供たちに、「お前は1人だけで生きているのではないよ」と語れる先生が果たしてどれだけいるでしょうか。このままなら早晩、人類は破滅的な逆襲を受けるんじゃないかな。

 

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2020年2月10日 (月)

分析から提案へ

 

 神様は人間に乗り越えられない試練は与えない、と言われます。だったら最初から試練なんか与えるんじゃねぇよ。神様というのは相当に心がねじ曲がったいじめっ子らしい。

 それは冗談として、新型肺炎・新コロナウィルスです。毎日毎日、新しい情報が溢れているように見えても、すべては事実の報道ばかりで、つまりは過去のことなんですよね。先の見通しを語る人はほとんどいません。マスクひとつにしても、大して役には立たないけど、ないよりはしたほうがいいという、腰がひけたワケの分からない意見がほとんどですからね。ものすごい勢いでマスクに殺到している中国でそう言ってみたらいい。日本も負けずにマスク不足ですけど。
 例のクルーズ船も典型的で、テレビ報道によれば、武漢で新型肺炎が大騒ぎになった3日後まで通常の公演やショーなどを行っていたらしい。感染が問題になると、一転して船室に軟禁状態。現在の悲惨な状況はテレビでこれでもかと放映されています。感染の情報を得た段階で、取りあえず人が集まるようなイベントは自粛するといった判断も可能だったはずなのに、それができなかった。

 つまりね、すべては起きたことの分析ばっかりで、起き得ることを予見して、ああしたほうがいい、こうしたらいいと提案する人なんていないのです。そうした発想習慣がないと言いかえてもいいんじゃないかな。 

 そりゃさ、誰だって責任は取りたくないっすよ。不用意に何かを公言して間違っていたらボコボコの袋叩きにされるでしょう。逆に武漢で最初に警告した医師なんて、悪質なデマ扱いで警察に摘発されたくらいですからね。だから、なるべく安全確実なことしか言わない。かくて、感染者がまた増えた何人になったという報道ばかりが飽きるほど何度も繰り返され、それとセットになった手垢のつきまくった分析しか出てこないわけです。 

 民間はね、仕方がありません。得られる情報が限られているので、むしろ誤解を招く危ないことは言わない方がいい。しかしながら、厚生労働省を始めとする行政や役所、政治家並びに権威ある病院の先生方は違うはずです。詳細で迅速な情報開示はもちろんとして、その分析に基づいた予見と予防方法を常に発表して、素早く積極的に対応していくべきじゃないかな。それができない担当者は無能と認定すべきだと思うのです。そうした官僚や行政、有識者や研究者たちの不作為が露呈したのが薬害エイズ事件なんだけど、もはや誰も覚えていないのかな。

 HIVに汚染された血液製剤を使い続けた結果、エイズの発症で多数の死者を出した事件です。国際的な知見はまだ定まっていなかったなどとして、責任者はすべて無罪または免責されましたが、最高裁では「非加熱製剤の継続使用によってエイズを発症させて死亡させる恐れがあることを予見できた」と認定しています(ウィキペディア)。だったら無罪にするなよと法律の素人は思いますが、お偉い方々はお互い様として自己保身に走るみたいですね。

 今回の新型肺炎も同じことで、幸いにも日本国内ではまだ感染者が2ケタですが、中国ではいずれ不作為が厳しく断罪されることになるはずです。日本の官僚が得意とする「見て見ぬフリ」が露見したら、再び革命が燎原の火のように広がる可能性もありますからね。昔と違ってSNSも発達しているので、誰かの一言が政府に対する反逆や蜂起の導火線になることも十分に考えられるじゃないですか。 

 いずれにしても、前述した関係省庁の官僚や政治家は“洞ヶ峠”で様子を見るだけでなく、どんどん先手を打っていくべきですよ。研究者と一緒になって、命がけで新コロナウィルスに対峙している人がどれだけいるんだろうか。

 ボクは、調べればすぐに分かるこの国の不作為の歴史を根拠として、またしても後追いの対処や政策に終始するだろうという哀しい「予見」を持っています。クルーズ船や、武漢からの避難者の処遇を見ればすでに明らかじゃないですか。 

 詳しく論拠を説明すると長くなるので省略しますが、もう学校教育の優等生は不要なんだよな。正しい答が見当たらない難しい問題に直面した時に、「根拠がないから」「前例がないから」などと尻込みするような人がリーダーになってはいけない。起きたことの分析なんて、人間よりAIのほうが早くて優秀な時代ですぜ。人間は果敢に判断し、迅速に意思決定しなきゃいけない。その責任から逃げてしまう奴の何と多いことか。蛮勇、無謀、独走とされる方策が多数の人間を救うこともあるという覚悟が決定的に欠けているんじゃないかな。 

 そうした意味では、1100万人の人口を持つ有数の大都市を完全封鎖した中国共産党指導部の判断は間違ってはいません。遅きに失したという批判もありますが、隠蔽と強弁と言い逃れが得意な日本の首相が同じように東京を封鎖できるかといえば、絶対に無理だとボクは断言します。何か大変なことが起きるとあちこちで不作為が連鎖し、大きな被害が出た後に、ようやく何らかの方策を打ち出すことで免責をはかるんでしょうね。

 とにかく、分析なんてもう聞き飽きた。これからどうすべきなのか、どうなりそうなのかを語れよ。こんな旧態依然のありさまで高度情報化時代とはよく言ったものだと、オールドファッションのオッサンは嘆くのであります。

 

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2020年2月 7日 (金)

経済活動

 

 新型肺炎で、世の中は大変なことになっております。せっかくのクルーズ旅行がいきなり暗転して、狭い船室に隔離されるなんて誰が想像したでしょうか。もしかすると、乗船前にインフルエンザなどに罹患して発熱。泣く泣く旅行を諦めたという人がいるかもしれません。そんな自分の不運を呪っていた人が、今では乗らなくて良かったと思っているはずですから、まさに「人生万事塞翁が馬」。幸運が不運のタネになったかと思えば、それが再び幸運をもたらす。どちらも走馬燈のようにクルクルと繰り返されるので、何が幸運で不運なのか、死ぬまで分からないというのが人生なんですよね。 

 不謹慎ながら、ボクが今回のことをテーマに小説を書くとすれば、離婚寸前で最後の旅行に出かけた老夫婦が、船室に閉じ込められたおかげで昔話をするようになり、やがて互いの間にあった深い溝を埋め始めるなんていうストーリーを書くかな。でなけりゃ、あまりにも哀しい。小説くらいはハッピーエンドにしたいのであります。 

 それはさておき、新型肺炎の蔓延で気づかされたのは、いかなる人も経済活動を行っているということです。1000万都市の武漢が完全封鎖され、外出がままならなくなっても、人間は飲食物を購入しなければ死んでしまう。畑だろうが工場にしても、何かを栽培し、製造し、それが流通することで社会生活は成立しています。それを入手するためには、おカネが必要ですから、人間の活動にカネは必ずついて回る。そうしたカネの動きを追いかければ、暮らしや社会の仕組みが明らかになります。それが経済学の本質ですから、文系のみならず理系にも不可欠な学問なんですよね。 

 現在の世界人口は77億人ですが、そうした貨幣経済とまったく関係なく暮らしている人はほとんどいません。病気になろうが、隔離されようが、貨幣が紙や硬貨からデジタルの数字になっても、ボクたちはカネから逃れることは決してできない。いやあ、これってすごいことではないかと。 

 にもかかわらず、時間とは何かと問いかける学者や書物は少なくないのに、おカネとは何かを突き詰めた本は、寡聞ながらあまりないじゃないですか。そんなことより経済の動きや家計や財政などがテーマになるからでしょうね。株式市場や為替相場が象徴的ですが、その動きは毎日のように報道されても、カネ単体になるとただの数字になってしまうという不思議な性質を持っているようです。こんなことを分析・研究しても、ノーベル経済学賞はちょっと無理だろうなぁ。 

 数字に疎い文系として思うのは、ボクたちは果たしてカネの奴隷なのか、それとも主人なのかってことです。カネに追い立てられるなら奴隷、ちょびヒゲのアイツのようにプライベートジェットを所有すれば主人ということでもないですよね。カネがなければ困るけど、あればあったで失わないように苦労するなんて実にバカバカしいではありませんか。

 死んでも火葬や埋葬、葬式にカネがかかるのですから、やはり奴隷なのかな。だとすれば、そんなボクたちをカネの主人に変えるような哲学や理念が、今こそ求められているんじゃないかな。

 

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2020年2月 6日 (木)

プレゼンで伝わること(後)

 

 プレゼンテーションで何をどう話しても、聴衆に伝わるのは印象であり、感情であり、情緒=モチベーションだと昨日は書きました。つまりね、どんなに工夫しようが話の内容なんか聴いてくれないと考えたほうがいい。

 これはあくまでもプレゼンーション用に誇張した表現でありまして、人類が高度な文明を築いたのは言葉があるからです。しかしながら、口から発した言葉は内容だけでなく、話し手の感情も読み取ることができます。会話やプレゼンでは、それを強く意識しないと聴き手に伝わらないってことなんですよね。とすれば、紙に書かれた原稿を、いかに間違いがないにしても、棒読みすることがいかに危険なことか分かりますよね。官僚が作ったペーパーをそのまま繰り返すだけの無能な大臣じゃないんですから。某総理のように投げやりだったり、攻撃的、あるいは突き放したように話すなんて論外もいいところです。政権は説明責任があるはずなのにね。

 そんなことにならない秘訣は、不特定多数を決して相手にしないということです。そもそも不特定多数なんていう人たちは存在しません。雑草という草がないように、山田さんや鈴木さんなど、それぞれが名前を持ち、様々なバックグラウンドを持つ多数の個人の集まりなのです。だったら、そのうちの誰かに向けて話せばいい。テーマによりますが、それにふさわしい相手を選ぶわけです。たとえばビジネス提案なら、最もエラソーな50〜60代のオッサンを見つけて、彼に向けて話す。アイコンタクトも必要ですよね。

 このように聴かせる相手がはっきりすれば、「であります」なんて杓子定規な文語的言い方は絶対にできないじゃないですか。2人だけで話すように、親しみを感じさせる言い方が最初の課題です。「社長、こんなことに困っていませんか?」という始まりもありですよね。ボク自身は社長や組織の長ほど孤独な役職はないと思っています。だって、相談するにも自分より上の役職はないですからね(会長という意味不明の役職もありますが)。そんな孤独や不安に刺さるようなスタートであれば、少しは聴く態度が変わってくるはずです。

 そうなると、上から目線の説明は論外となり、なるべく平易で分かりやすい表現を探すようになります。このあたりで、そろりそろりと言葉に感情が乗り移ってくるわけですね。

 こうした手法は、テーマや相手によってバリエーションも変わってくるので、最適なプレゼンテーションという教科書はありません。複数の話者がいるプレゼンなら、スピーチに慣れた手練れが登場することもあり得るので、それを上回る“変化球”も考えておかねばならない。いっそ落語のように「何だい熊さん」「いえねご隠居、実は……」などと自ら複数の人の掛け合いを演じてもいいじゃないですか。現実の社会には学校の試験のような正解なんてどこにもないのですから、敢えて優等生になろうとしないほうが、共感を得られると思います。

 それ以前に、ボクが最も大切だと考えているのは、心を奪うようなキャッチフレーズやコンセプトです。言葉なんて伝わらないとはいうものの、頭が理解できるのは言葉しかありません。その言葉に個性や創造性がなければ、どんなにテクニックを工夫しようとも、ダメなものはダメなんだよな。そこのところを間違えている人も少なくありません。ジョブズの真似をして黒いセーター姿で登壇したところで、手垢にまみれたありきたりの理念や方針を聞かされたら、聴衆の注意は一気に拡散してしまいます。むしろジョブズの劣化コピーと判断されて逆効果になるだけです。

 近年は英語のコンセプトやキャッチコピーが常識化していますが、こんなもん、ボクに言わせれば、頭でこしらえた綺麗事に過ぎません。ビューティフルと言うより「美しい」と言えよ。サスティナブルと言いたいのなら「子供たちの未来のために」と正しく言い換えようよ。やたらに英語を使いたがる人は、一種の思考停止みたいなもので、みんなに分からせようという努力を放棄しているのではないでしょうか。新味はあっても、心の底に残るとはとても思えません。

 そして、こうしたキャッチフレーズを、より分かりやすく伝達するためには、すべての理屈や論理や解説をただ記憶するのでなく、いったん自分の腹の中におさめなきゃいけない。それを養分として消化した上で、頭の中に定着させる。それについて、どんな方面からのいかなる質問にも、自分なりの言葉で対応できるように熟知しておく。

 この「自分なりの言葉」というのが、論理と情緒を違和感なく接着させた最終解とも言えるわけです。さらに付け加えなら、プレゼンテーションなどのテーマが、そうした工夫に果たして値するのかと自問することも大切じゃないかな。テクニックだけ先走って内容を無視すれば、マルチ商法や詐欺にも悪用できますからね。

 複数の人たちに感動と元気を提供する。これまでの論理を裏切るようなありきたりの表現で恐縮ですが、いかなるプレゼンテーションの目的もそこにあるように思います。さもなければ、わざわざ多数の人を集めるなよ。

 

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2020年2月 5日 (水)

プレゼンで伝わること(前)

 

 以前は著書の関係で講演を依頼されることもあったのですが、3~4回ほどやってから、映像や音声(ラジオなど)も含めたすべてを遠慮させていただくようになりました。ボクの話がよほどつまらないのか、途中で1人2人と立ち上がって出口に行かれると、ショックですもんね。出て行かないまでも、明らかに我慢して座っている人を壇上から認識できたので、だったら2度とやるもんかと決心したのであります。

 そんな悲惨な経験を通して確信したのは、スピーチやブレゼンテーションで伝わるのは話の内容なんかじゃないってことです。おそらく皆さんは、企画や提案などをいかに適切に伝達するかということに腐心しているのではないでしょうか。いわゆる「起承転結」の展開ではピークに持って行くまでに退屈されるので、最初のつかみで興味を惹いてから聴衆を引っ張っていく「序破急」で行こうとかね。そんな工夫はまったく無駄とは言わないまでも、話す側が期待するほどの効果はないと思ったほうがいい。

 そもそもプレゼンテーションやスピーチで、具体的な情報を伝えようとするほうが間違っているのです。詳しい内容なんて紙の資料やメール、ネットのウェブサイトを使ったほうがよほど適切であり、何より間違いがなく正確じゃないですか。だからといって予め配ったペーパーを口頭で読み上げるなんて愚の骨頂ですけど、それをやる人もまだ少なくないんだよな。某県知事を取材した時も、役所の側近が作ったと思われる想定問答の一字一句をそのまま繰り返したので、呆れるというより驚きました。だったら面会する必要なんかないですよね。

 また、特定少数で行うミーティングは別として、プレゼンが長く続けば、どんな内容であっても聴衆のほとんどは集中力を失います。このため、経営コンサルタントのビジネス提案などは15分以内を限度としていると聞きました。

 こんな短い時間で、しかも飽きっぽい聴衆を相手に、すべてを伝えようとするほうが無理なんですよね。まとまった内容の講演にしても、聴衆は15分単位で集中と倦怠を繰り返します。それを意識して、小さなクライマックスを設定したり、それまでの内容を簡単にまとめておかないと、すぐに退屈されるんじゃないかな。それどころか、話した内容すら忘れられてしまう。つまらなかったという印象だけが残るのがオチです。

 では、そんなプレゼンテーションでいったい何が伝わるのか。それを情報と考えるから間違いが拡大再生産されるんですよね、

 伝達またはコミュニケートされるのは、言葉では決してありません。印象であり、感情であり、情緒すなわちエモーションなのです。かのスティーブ・ジョブズはそのことを正確に理解しており、だからこそ畏まったスーツにネクタイではなく、黒いタートルネックのセーターで登壇しました。ラフでカジュアルな服装を見せることで会場の緊張感を解きほぐし、親しみを感じさたところで、A4サイズの茶封筒から超薄型のマックエアーを取り出す。こんなに薄くて軽い板がパソコンですぜ。その驚きだけで、プレゼンは完全に成功したといえるでしょう。細かいスペックなんて紙の資料やデジタルデータを配ればいいんですよ。アップルが再び世界に革命を起こすという強い情熱と、それによる新しい生活イメージの喚起が目的だったのですから。

 マックエアー本体だけでなく、このプレゼンスタイルも強烈なインパクトがあったため、ジョブズのようにカジュアルな格好を真似する人が激増したようです。けれども、成功した例は稀有じゃないかな。その本質をきちんと把握していないからです。長くなりそうなので、明日も続けます。

 

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2020年2月 4日 (火)

男も女も愛嬌

 

 日曜日に中腰になって不用意に力を入れた瞬間、背中の付け根あたりに激痛が走りました。巷間いわれるグッキリ、じゃかったギックリ腰です。

 シニアの方なら実感されていると思いますが、年を取ると筋肉痛は時間差でやってくるんですよね。たとえば室内の片付けなどで重いモノを持って頑張ると、その日は何でもなくても、2日くらい後に痛みが襲ってきます。なかでも腰は二足歩行を可能にする重要な部位なので、ヘタすりゃ寝たきりになるかも、という恐怖すら感じたのであります。

 それより月曜日に取材があるじゃんかと気づき、ラインでスタッフに「もしかして」とバックアップの依頼。ベッドから起き上がれなかった時には、代わりに取材してもらうように因果を含めました。って、ジジーだよな、こういうレトロな言い方は。でも、今では個性的ともいえるから文章は面白いのであります。

 この対応そのものは社会人として極めて妥当だとは思いますが、要するに心配症なんですよね。妙な知識と想像力があるせいか、どんなことでも過剰に発展させて考えてしまう。ちょっと歯茎が痛ければ骨肉腫かなと心配したり、誰かにいつもと違う対応をされると嫌われたのかな、なんてね。

 そのうち99%以上は何でもないので、クルマのアクセルを全力で空ぶかししているのと同じです。ガソリンの無駄使いであって、ちっともエコじゃない。

 それに、こういう心配はまわりの人たちにも感染していきます。杞憂とは言わないまでも、みんなが「水道締めたかなカギはかけたかなガスの元栓は大丈夫だよな漏電はしないかな」と言い出したら実に不愉快ですよね。先回りして考えたり、常にオプションを用意することは大切でも、行きすぎたら雰囲気が重くなります。

 だぁからね、これからの人たちは、能力なんかより笑顔を大切にしようではありませんか。専門的な仕事や難しい判断は、近いうちにAIがやるようになりますって。渋野という女子プロゴルファーも、ホントの実力は知りませんが、どんな苦境に陥ってもヘラヘラと笑える人ですよね。女子やり投げで日本記録を持つ北口選手も、お母さんから「笑顔は幸せを呼び込む」と教えられて育ったそうです。

 男の場合は、西郷隆盛のように寡黙で無表情が大物を印象付けるアイコンでしたが、もうそんな真似はやめたほうがいい。オフィスがドヨーンと暗くなります。男は度胸、女は愛嬌なんて言われてきましたが、今は両性ともに愛嬌と笑顔じゃないかな。機械に好かれたって仕方ないんですから、他人とのコミュニケーションのベースとなる好感度をアップするべきです。

 そのためには、眉間にみだりにシワを寄せないこと。ゴルゴ13じゃないんですから、どんな時でも明るい笑顔を忘れずに。でもなぁ、腰が痛くて真っ直ぐ立つのにエンヤコラだもんね。額にシワも寄りますぜ。とはいっても死ぬわけじゃあるまいし、いちいち大げさだと思われているだろうなぁ。そんなわけで、やはり笑顔のほうがコスパは圧倒的に高いんですよね。

 

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2020年2月 3日 (月)

靴脱ぎの文化

 

 住宅雑誌の編集者だった大昔に、「洋風のマンションでも和室は絶対に必要。さもなきゃ売れない」と不動産業者から聞いたことがあります。畳敷きの和室に馴染んだ世代が少なくないので、3LDKなら洋室2部屋に和室が1部屋、2LDKなら洋室が減っても和室は必ず1つというのが常識でした。

 それ以前は和室が複数で洋室は1部屋だけだったので、このまま時代が進めば、いずれ和室は滅びて洋室ばかりになるだろうと見込んでいました。子供の頃からの長い貧乏暮らしで、ボク自身も和室が大嫌いだったからです。真新しい畳は確かに若草の息吹と上品な風情がありますが、古びてくると、あれほど貧乏くさいものはありません。カビくさい湿った匂いも漂ってきますからね。政治も生活もアメリカの子分として無批判に追随してきた日本だけに、しばらくすれば畳は完全消滅し、みんなが靴を履いたまま生活するに違いないと思っていました。

 その予測に従って、ボクは30代の頃から住まいはフローリングにして和室と完全に決別。さらに、ベッドに横になるまで靴を脱ぐことがない生活に突入しました。浴室の往復には足が濡れたままでもいいサンダルですけど、面倒くさい時は裸足ということもあるかな。

 ところが、ですね。21世紀に入ってしばらく経ちますが、畳敷きの和室は衰退するどころか、きっちり残っております。渋谷の若者向け飲み屋なんて、座敷ばっかりといっても過言ではありません。ボクは左脚の故障で車座になれないので、入口で席を確認して「じゃ結構です」とほかをあたることが少なくないのですが、何であんなだらしない格好で酒を飲みたがるのか不思議でなりません。酒を飲めば誰だってだらしなくなるので、足元くらいちゃんとしとけよって思うんだけど。それに、他人の臭そうな靴下なんて見たくないじゃないですか。オフィスでも、デスクの奥でハイヒールから足を出している女子をよく見かけるので、靴がキツいのかな。そんなにリラックスしたいなら家に帰れよって考えるボクのほうがヘンなのでしょうか。

 どんな格好で酒を飲んだり仕事をしようが他人様の勝手ですけど、伝統的な習俗の存続パワーは侮れないと素直に感心させられます。新築マンションでは予測通りに和室がどんどん減少してきましたが、玄関口には必ず段差があり、靴を脱ぐ習慣は絶えることなく続いております。玄関口の下駄箱は便利に見えますが、扉を開けると香ばしい匂いがプーンということも珍しくないんだけどな。

 都心のスタジオタイプと呼ばれるワンルームや外国人向けは別ですが、ファミリータイプで最初から靴履きを前提として設計されたマンションは見たことがほとんどありません。

 前述したように、自宅では窮屈な靴から解放されてリラックスしたいからでしょうが、だったら飲み屋で靴を脱がなくてもいいじゃないですか。せめて、どちらかにしようよ。言いにくいんだけど、ボクたちはあまりにも楽を求め過ぎではないかと。電車に乗ったら座らなきゃ損ということもないはずです。

 スーツやネクタイと縁遠い仕事もあるので、社会生活は靴を履くことからスタートするのではないでしょうか。それがベッドを降りて寝室から出る瞬間から始まるのか、玄関口で靴の紐を締める時なのかは人によりますが、ひとたび履いた靴は簡単に脱いではいけない。靴底の埃が悪影響を及ぼす理系の研究室なんかは別ですけどね。

 そのあたりのメリハリというか心構えが、この国は何だかグズグズな気がするのであります。収賄や汚職はそんなスキから忍び寄ると言えば、大げさ過ぎるでしょうか。

 

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