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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

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2020年5月

2020年5月29日 (金)

銀座

 

 2か月ぶりにもなるのかな、久しぶりに銀座に行ってきました。4丁目交差点の角にある三越と和光が未だ休業中なので、いつもの活気にはまるで欠けていますが、高級ブランドの路面店がいくつかオープンしており、銀座が健在であることを感じました。

 考えてみれば、銀座というのは「不要不急」の街なんですよね。ブランドものがなければ人間は生きていけないわけではなく、高級レストランに行かなくても満腹になれる。百貨店にしても廉価な生活必需品は扱っていません。夜の主役であるホステスクラブやバーやライブハウスなども、言ってみれば法外なカネのかかる遊興ですよね。銀座に何か月何年ご無沙汰になろうが、人間が死ぬことはありません。

 ただし、退屈するんだよな。ボクはお金持ちではないので、彼らの心境は分かりませんが、今回の新型コロナウィルスによる自粛で、最もつまらない想いをしていたのは彼らではないでしょうか。何しろ食料品や出前以外に、カネを使うアテがない。そうしたリッチな人たちを吸収してきた銀座がほとんどゴーストタウンですから、どうしようもないですよね。

 つまり、贅沢や娯楽も人間にとっては不可欠な「必要至急」であり得るわけです。パンデミックはあまたの被害者を生み出しましたが、これまでの生活を見直す機会にもなります。必ずしも会社に行かなければ仕事ができないわけではなく、学校に集まらなければ学習できないこともない。ネットで何でも注文できるのに、どうして店舗まで足を運ばなければならないのか。

 それまで無批判・無意識に継続してきた習慣やライフスタイルを、新型コロナはすっかり洗い流したともいえるかもしれません。それこそが「新しい生活」「新しい日常」の始まりでありまして、銀座をテーマとするなら、贅沢とは何か、娯楽とは何かを問い直した、新しい位置づけが必要になるでしょう。もちろん、古き良きものは残していかなければ、伝統の魅力が失われてしまいます。

 ここまで書いてきて、あまりにも教科書的だと思わざるを得ません。しかしながら、平時には革新=変化球を心がけ、緊急時は直球で対処することが正攻法だとボクは思います。銀座のこれからの行方が、日本のあり方を象徴するといえば言いすぎかな。経済というのは、お金がグルグルと回ることを言うのですから、お金持ちにカネを使ってもらうことが好景気のエンジンになるんですよね。

 

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2020年5月28日 (木)

ZOOM!

 

 このところZOOMの取材が続いています。既知のお相手なら別かもしれませんが、初対面の場合はどうしてもぎこちなさが伴います。

 それ以前に、どんな格好で臨むかというあたりから、ちょいと悩まされました。在宅あるいは事務所で気軽にアクセスできるので、うっかりするとボサボサ髪にトレーナーなど、ラフなままでパソコンに向かってしまいます。コロナ渦に対応した「新しい生活」「新しい日常」が提唱されているので、それでも許されるかなと一瞬は思ったのですが、いやいやそんなはずはなかろうと。リアルな対面取材では(ヘンな言い方ですよね)、ネクタイはないにしても、最低限の礼儀として、肩のしっかりしたジャケットにワイシャツ着用を自分に課してきました。それがパソコンの画面になろうが、取材であれば同じことです。それで慌ててジャケットを着込み、鏡に向かって身だしなみを整えました。とはいっても、やはり緊張感に欠けるんですよね。何ともいえないだらしなさを感じるのは、ボク自身の心のありようが問題なのでしょうか。カメラ映りに慣れていないこともあるんでしょうね。

 もうひとつ注意したのは、背景です。ZOOMでは会話に空気感が伴わない反面で、発信者の環境が案外分かってしまうんですよね。このため「壁紙」みたいなものを設定できるらしい。たとえばパリのエッフェル塔をバックにするとか。それもひとつの方法ではありますが、敢えて話者の環境を見せることも積極的なコミュニケーションのような気もします。ボクの場合は大きな本棚があるので、それを背景にして、何者であるかを意識していただくように留意しております。真っ白な壁なんかより、取材者であることを認識しやすいのではないでしょうか。 

 それよりも大切なのは、会話の切り返しですよね。相手が話している最中にかぶせるように質問するのは失礼だとは思うものの、待っているうちに話題が移って接ぎ穂を失ったり、お互いが遠慮して沈黙したり。でもって、いきなり同時に話を始めるなど、タイミングがなかなか難しい。2人ならまだしも、多数になるといよいよ大変なことになるので、サインや合図が必要かもしれません。 

 そんなこんなで、ある程度の慣れが必要であり、ルールや礼儀みたいなものもこれから形成されていくと思いますが、物理的な空間を軽々と超えられることは大変なメリットです。ある場所まで身体を運ぶ時間も不要になるので、「時空」と言い換えてもいいのかな。 

 固定電話&ファクス世代のボクには、人間が持つ固有の雰囲気が伝わってこないことに大いなるもどかしさを感じますが、リアルに対面しているわけではないので、当然といえば当然。さもなきゃ実際に面談する必要性というか、出会う楽しみがなくなってしまいますよね。 

 そんなわけで、こうしたオンライン・ミーティングが常識化していくことは間違いないと思います。電子メールのように、ルールや礼儀を共有できるようになれば、使い勝手もより向上していくはずです。正直にいえば、ボクはまだ違和感がありますが、新型コロナ以前の世界に戻ることはもはや不可能。海援隊の名曲『思えば遠くへ来たもんだ』(1978年)で過去を懐かしむのも、まだまだ早い中途半端な時期ですけどね。

 

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2020年5月27日 (水)

顔パンツ


 緊急事態宣言の解除はまことに慶賀すべきですが、もう一息、マスクを何とかしてくれないかなぁ。どんな素敵なファッションもダメにするだけでなく、気候が暖かく、いや暑くなるに伴って、どんどん息苦しく感じるではありませんか。

 ひとくちにマスクといっても、いろいろな仕立やカラーがあるようです。その意味では必ずしもファッショナブルではないと断言できませんが、面白いことにエッジィなデザインのものほどパンツあるいはパンティをイメージさせるんですよね。栗本慎一郎は1982年に『パンツをはいたサル』(光文社)という秀逸なタイトルの文明論を上梓しました。それに倣えば、「顔にもパンツをはいたサル」てなことになるんだろうか。

 そうした、一見カッコ良いと思われている“デザイナーズ・マスク”より、昔ながらの使い捨て不織布マスクのほうが、逆説的ですがマスクらしくてずっとマシだとボクは思うんだけどな。顔にぴったり張り付いて、中央にラインが走ったマスクは、見れば見るほど、くどいようですが、性器を隠したパンティあるいはパンツをイメージさせるのです。

 文化・文明を生んだ知恵が裸の下半身を恥ずかしく感じてパンツをはかせたのに対して、マスクは新型コロナという外圧によることが実に悲しい。マスクを好んで着けるのではなく、仕方なく着けなければならなくなったことが、いみじくも未だ克服できない人間の脆弱性を示しています。

 いずれにしても、出かける時にはマスクを着けなきゃいけないのかと思うと、スーツなどのオシャレをしようとする気が萎えてきます。もはや色艶関係の希望が完全消滅したオッサンは別として、若い人たちの男女関係はどうなっていくんだろうか。今後はブランドものが急増して「まぁ素敵ね、そのマスク」なんて会話が交わされるとしたら、さっさと死にたくなります。

  エイズだってインフルエンザにしても、これほどの影響は与えなかったのですから、新型コロナは文化的にも極めて罪深い感染症というほかありません。いずれ学者や研究者が分析して論文などを出版するんだろうな。


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2020年5月26日 (火)

ライブハウスは最後?

 

 自粛っていうのは、為政者の責任逃れじゃないかな。首相が国民の自助努力をあまりにも手放しで称賛するので、次第に腹が立ってきました。そういうお前は何をやったんだよ。少なくともボクには2枚のマスクだけ。10万円の給付申請用紙もまだ届いておりません。それにしても、彼はどうしてあんな無機質な話し方しかできないのでしょうか。各国の首相の演説と比べると、まるで人間味が感じられません。本物に対面したことはないので、実態はよく分かりませんけどね。

 もうひとつ意味が分からないのは、都知事が設定したロードマップです。緊急事態宣言解除後に、どうして段階的な休業要請解除が必要なのでしょうか。しかも各ステップ2〜3週間程度という短期間。その疫学的な効果について、専門家会議は何も説明していません。集団感染に至らないように、そろそろとドアを開けるという感じなのかな。であるなら、2〜3週間というのはあまりにも短か過ぎませんか。

 それはそうとして、クラスターが発生したせいか、ライブハウスはステップ3にも含まれていません。学習塾や劇場がステップ2ではOKになるのに、どうしてライブハウスはダメなのかな。ボクの見聞では、学習塾も相当に濃密だと思うんだけど。適度に席を空けて、換気と消毒をきちんとすれば問題ないはずです。そんなことよりも、これ以上の自粛を強制されたら、ミュージシャンの生活が危機に瀕してしまいます。もうかれこれ3か月ですからね。ライブの出演料は観客が思うほど高価ではないはずですが、それでも日々の現金収入が途絶えたら、完全に干上がってしまいます。ドイツでは音楽や舞台などの芸術活動も生きる上での必需品とみなして、アーティストにも手厚い支援を行っていると聞きましたが、どうやら小池さんにそんな感性はないらしい。何となく冷たい感じがするのは、安倍さんと共通しています。

 ボク自身はライブに過度に適応してしまったせいか、もはやスピーカーを通して音楽を聴くことに興味を感じません。事務所のコンポも30年物で埃まみれだったもんな。はあ、最短でもあと1か月のウェイティングかよ。心が渇いてバリバリにひび割れする前に、休業要請を解除してください。お願いします!

 

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2020年5月25日 (月)

すべてはコロナのせい?

 

 今回の移転で最も苦労させられたのは、ほかでもない電話連絡でした。退去する時に固定電話や水道、ガスを止めてもらうだけでなく、入居先でこれらを開通させなければなりません。こんなのは電話1本で済む簡単なことじゃんかと思いますよね。いやいや、当節、そんなちょろいものではなかったのであります。 

 まず第一に、どこの会社に電話しても、一発で人間につながることはありませんでした。「新型コロナのために」なんたらかんたらという言い訳のようなメッセージから始まって、とにかく、ひたすら待たされるんですよね。どうやらコロナで出社制限をしており、コールセンターはそもそもリモートワークとはいうものの、3密を避けて乏しい人員で対応しているため、すぐには電話に出られませんということらしい。ついさっきもスマホの調子がおかしいので「あんしん遠隔サポート」に電話したところ、待たせまくったあげくに先方から切断されてしまいました。長く待った場合はいったん切ってから再度電話してくれ、さもなきゃこっちから切るよ、みたいな告知はありましたが、これのどこが「あんしん遠隔サポート」だよ。2回トライして2回ともに先方から切断です。これって逆ギレならぬ逆切りというのかな。だから昔から郵政は大嫌いだったんだけどね。 

 話を元に戻すと、電話の移転をお願いするだけでも半日がかり。受話器を持ち続けると筋肉痛になりかねないので、スピーカーにしてお待たせのメロディを延々と聞いていました。もはや鼻歌にできるくらいです。電話の移転に関しては、最近はインターネットによるひかり電話などいろいろな選択肢があるので、つながった後も話が長くなるのは仕方ありません。でもさ、旧宅の水道とガスを止めて、新しい移転先で開けるという依頼をするだけで、半日がかりですぜ。相手様が出たらすぐに済む話なのに、出るまでが長い長い、ものすごーく長いのです。その間は、前述したようにお待たせメロディを聞くだけですが、ほかの仕事に身が入らなくなってしまう。どんな人員配置にしているんだろうか。 

 でね、時節柄で仕方ないとは思いつつも、ボクが腹立ちまぎれに想像したのは、「この際だから何でもかんでもコロナのせいにしとこうか」と考える管理職もいるんじゃないのってことなのです。もちろん何の証拠もなく、ただの感情的な憶測に過ぎません。けれども、安倍政権だってロクな感染対策を講じていないくせに、検事長の定年延長なんていう筋違いの法案をドサクサ紛れで通そうとしたじゃないですか。日本の最高権力者がこうなんですから、能力不足や非力というだけでなく、手抜きの理由や責任転嫁があっても、ちっとも不思議ではありません。こういう卑劣な態度を、ボクは死ぬほど憎悪するわけです。

 今回の移転では、引越にしてもエアコンなどの取り付けにせよ、日本の現場力は昔と同じく世界一であるとあらためて認識しました。しかしながらデスクワーク、特に管理系の人たちがヘンなんだよな。「私は絶対にそう言いました!」と子供のように片意地を張ってまるで譲らない人もいたくらいです。オッサン声なのに、およそ客商売とは思えない対応でした。だったら、メールやショートメッセージを出すなり電話を録音するなりして、証拠や記録を残すという発想はないのでしょうか。 21世紀にもなって、言った言わないなんてアホですよね。

 それもそれも新型コロナだから仕方がない。この理屈からスタートすることのほとんどすべては、それゆえに長続きしないんじゃないかな。変化を進化や改革に変える発想が今こそ必要だと思うのです。  

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2020年5月22日 (金)

変化をどう捉えるか

 

 ようやく移転のドタバタが静まったものの、まだ荷物が搬入されたというだけで、仮住まい感覚の落ち着かない状態です。おそらく自分なりの生活スタイルが確立できた時に、セトルダウン=定住意識が身に付くのだと思います。 

 でね、まったくのたまたまですけど、これって新型コロナ後の生活に馴染むことと酷似しているのではないでしょうか。仮にウィルスの蔓延が収束したからといって、絶滅するわけではないので、1メートルだか2メートルの社会的距離やマスクがまったく不必要になるはずがありません。在宅業務あるいはリモートワークも、すべての仕事が対象にならないまでも、次第に浸透していくのは間違いないと思います。通勤時の満員電車も相当に緩和されるんじゃないかな。良かれ悪しかれボクたちはみんな、そうした「新しい生活」に慣れていかなきゃいけない。かなり強引ですけど、新しい土地に引っ越したのと似ているんじゃないかな、と感じるのであります。 

 こういう過渡的な状況になると、昨日を懐かしむ人が必ず出てきます。「かつては同僚や上司と連れ立って一緒に昼飯を食い、夜は酒を飲みながら口から泡を飛ばして談論風発したもんだ」とかね。もはや危険極まりない習慣であるだけに、貴重な思い出として都合良く脱色され、それぞれに脚色されていく。かつてのバブル期のように、黄金色の日々として語られる日も来るんじゃないかな。 

 こうした変化を総括するにはまだ早すぎますが、いずれにしても新型コロナ以前の世界に戻ることはできません。頑固に自分流にこだわるのも結構ですが、生活だけは多数決に迎合したほうが楽なんですよね。信念や理念、哲学は死守するとしても、日々のライフスタイルは大勢に従ったほうが便利に決まっています。いたずらに過去を懐かしんだり、不自由を嘆いても仕方ないんだよな。

 つまり、こうなってしまったら、積極的に順応したほうが勝ちってことです。諸行は源平の大昔から無常だったので、変化は今さら始まったことではありません。ボク自身はむしろ、新型コロナという凶悪な外圧のおかげで、濃厚接触という悪習から脱却できるのではないかと解釈しております。学校での集合教育を社会にまで持ち込む人って案外多いですよね。いつも仲間と一緒で、酔っ払っては肩を組んで歩く。それはそれで意味なしとは言いませんが、ボクは子供の頃から強い違和感を持っておりました。 

 だから、あまりにも論理が飛躍していると思われるかもしれませんが、「個の自立」を促すきっかけになるんじゃないかと思うのであります。こうした見込みが当たりか外れなのか、いずれ分かる時が来ますが、少なくともそのように前向きに、建設的に捉えるしかない。 

 まだ新社会人だった頃に、ある先輩から「人間には良い面と悪い面が必ずあるので、良い面だけを見るようにしなさい。悪い面ばかり見続けても何の役にも立たないよ」と言われたことがあります。この「人間」の部分を「社会」に取り換えても成立する話だなと、いま気づいたところです。

 

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2020年5月18日 (月)

漢字は秘密?

 

 あるお客様相談センターに電話した時のことです。参考になるような・ならないような、お役人的答弁で終始されたので、ヘトヘトに疲れて「もういいや」となりました。

「ありがとうございました。お名前をいただけますか?」
「はい。ヒュージョー(仮名にしました)と申します」
「はい? すいません、もう1度お願いします」
「ヒュージョーです」
「ヒョージョーさん?」
「いいえ、ヒュージョーです」
「ちょっと変わったお名前ですね。漢字ではどう書くのでしょうか」

 ここまでの会話はごく普通だと思います。ところが、それから俄然ヘンなことになってきたのです。

「漢字は教えられないんですよ」
「はぁ、どうしてでしょうか」
「個人を特定されてしまうので」
「でもね、これまでの会話の責任を取れる個人を特定したいから、ボクはお名前を聞いたんですけど。後でそれは違いますと言われた時に、この人が言いましたと説明できるじゃないですか」
「そんな場合は、お客様センターのヒュージョーで分かりますから」
「その部署にヒュージョーさんが1人しかいないとすると、いよいよ漢字を教えたって同じことだと思いませんか」
「とにかく、そういう規則ですから」
「そんな摩訶不思議な規則がホントにあるんですかねぇ。何か後ろめたいことがあるから、名前は教えても漢字は教えないということに決めたのかな」
「理由をお知らせする義務はないと思います。ともかく、氏名の漢字は教えないという規則になっているので、お教えすることはできません」

 こうなると、人間ではなくて山や海や空と話をしているのと変わりありません。どんな理屈もガンとして受け付けず、規則規則の一点張りということは何度も経験しているので、「じゃもう結構です」と電話を切りました。ほとほと疲れるんですよ、こういう身のない会話は。

 けれども、不思議に思いませんかねぇ。口頭でいったん名前を伝えているのにもかかわらず、漢字で何と書くかは教えられないという。たとえば山本や鈴木や遠藤に違う漢字ってあるのかなぁ。旧字ってことがあるかもしれないし、齋藤でもいろいろな齋の字があって、それを電話で細かく説明しようとすれば長くなるにしても、似たような漢字は誰だって想起できるじゃありませんか。第一に、そんなポピュラーな名前で漢字を教えてくださいという人はいませんよ。漢字が分からないから想像できないから確認のために聞いているのに、ものすごく頑なに教えられない、規則ですからと強弁する。いったいどんな不都合があるというのか、意味がまったく分かりません。

  まるで役所みたいだなと思ったら、かつては実際にそうだったんですよね。民営化して随分経つのに、お上から下々への「通達」感覚は消えないみたい。高齢者を強引に勧誘して不正・不利益な生保契約を結んでいた会社といえば、こちらはカタカナなしでも漢字は分かりますよね。

  なお、ここ数日は転居のドタバタと締め切りでブログを書く余裕がありません。よって、3日ほどお休みさせていただき、22日から再開するつもりです。面白いことがあると気が変わるかもしれないので、1日に1度はチェックしてみてください。

 

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2020年5月15日 (金)

疎だね

 

 ものすごく久しぶりに秋葉原のヨドバシカメラに行ってきました。エアコンなど生活必需品のフロアに限って時短で営業しているようです。

 いつものように地下鉄の駅からエントランスに向かうと、ロープで入路が仕切られており、店員さんからアルコール消毒液を手に噴霧されました。このあたりで、まだコロナ渦にいることを実感。そのミソギを経て店内に入ったのですが、これまでに見たことのない光景が広がっていたのです。

 2005年に鳴り物入りでオープンした超大型店であり、平日だろうが日祝だろうがおかましいなしで、とにかく客でごった返している印象を持っていたのですが、その記憶に反して店内はガランとしており、人間が極端に少ない。陳列された数多くの電気製品の間から見え隠れする程度なんですよね。体感的な人口密度は、これまでの十分の一程度ではないでしょうか。冷気の流れが肌で実感できるほどです。 

 どこの階でも同じ状況であり、人がそこそこ集まっていたのは1階のiPhone売場くらいかな。お店には申し訳ありませんが、実に快適にショッピングできました。帰路の地下鉄もガランガランでありまして、「首都の人口消滅」といえばあまりにも大げさかもしれませんが、とにかく「疎」なんですよね。首尾良く新型コロナの特効薬やワクチンが完成すれば、こんな雰囲気は2度と味わえないでしょうね。 

 経済的&経営的な問題もあるはずですが、ボクは大好きだなぁ、この空虚な感覚。混雑や行列が生来的に大嫌いなので、気分がせいせいします。以前のブログで書きましたが、小学校の体育館にテントで住むというのがボクの夢なのであります。なのにどうして東京に、とは聞かないでください。 

 いずれにしても、やはり東京は度外れた「3密」だったんですよ。かつての流行語をもじって、「疎だねぇー」と言い交わしている人たちが少なくないんじゃないかな。

 

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2020年5月14日 (木)

この2か月

 

 長かったなぁ。この2か月ほど長く感じた時間は、これまでにありませんでした。

 もちろん東京は依然として特定警戒都道府県であり、緊急事態が解除されたわけではありません。今月末までは自粛を続けなきゃいけないみたいですが、そんなことにはまったく関係なく、ボクの重苦しい緊張感は5月11日をもって完璧に解放されたのであります。

 ここで個人的事情を詳しく開陳するほど阿呆ではありませんが、かといって説明しなきゃ何のことか分からないので、ちょっとだけ紹介しますね。ボクの人生で1、2位を争うほど重要なイベントがあったのです。とはいっても、2月末にはすべてが決まっていたので、平時であればのんびりと待つだけの話です。ところが、新型コロナがあれよあれよという間に中国からヨーロッパ、アジア、アメリカへと伝搬。20世紀初頭のスペイン風邪を上回るような空前絶後のパンデミックに拡大してしまいました。

 当初言われていたような「ちょっと重篤な風邪」程度ならまだしも、若い人でもたちまち病状が悪化して呼吸困難で死に至るという恐るべき感染症です。ボク自身はもちろん、そのイベントの関係者に何かあれば、すべてが一気に頓挫してしまいます。少なくとも2週間は完全隔離ですもんね。繰り返すようですが、ボクの人生で最上位といっても過言ではないほど重要なことなので、祈りたい気分になるではありませんか。

 毎日発表される感染者や死亡者数だけでなく、関係者が所在する地域の状況もチェック。クラスターが出たといえば慌てて発生場所と人数、原因を調べるなど、ほとんど一喜一憂です。新型コロナに正面から対抗することなど不可能ですから、ボクにできることといえば衛生管理だけ。そこで外出は徹底的に控え、スーパーやコンビニの買い物も1日に1回のみという引きこもりを続けてきたのです。おそらく食料品の買い占めが始まるだろうと予測して、3月のアタマくらいから缶詰やらレトルトなどの保存食を徐々に備蓄。4月になると、小池都知事に言われる前からスーパーなどに行く頻度も減少していきました。

 ゴミ出しだけでも、外から帰ったら必ずハンドソープで手洗い。そんなことを繰り返しているうちに、ふわふわと浮遊し、あちこちにへばりついているウィルスが見えるようになったのです。眼などの粘膜に付着すると、そこから強引に体内に侵入しようとするイガイガの毛玉みたいな連中が、なんてね、そんなはずあるわっきゃありません。光学顕微鏡では見られないほど微細なんですから。けれども、あたかもそのように感じられるようになったことは事実です。

 こんなことを2か月も続けたら、さすがに憂鬱になりますよね。もしかするとノイローゼあるいは心身症もどきになっていたかもしれません。次第に表情が乏しくなり、洗面の時に気づいたのですが、笑い方がひどくぎこちないないんだよな。微笑ってこんな感じだっけかと繰り返しているうちに、ワケが分からない泣き笑いになってしまったり。SKYPEを使ったミーティングもありましたが、そうした雰囲気や空気感までは映らないですからね。

 ボクは無宗教ですけど、神様仏様お願いだから関係者にウィルスが取り憑かないようにしてください、心の底からお願いいたします、聞き入れてくれたら何でもするからさ、みたいな祈りを、毎日どころか、折りあらばいつも捧げていたわけですな。

 それが通じたのか、何事もなく5月11日を迎えることができました。ものすごく重い荷物を肩から降ろしたかのように、身体が浮かび上がりそうになりました。とはいえ、世間的にはまだ自粛が続いているので、ほいほいと外を出歩くことはできません。そうしたところで、営業している飲食店は少ないですからね。

 おかげで、すぐに感動は雲散霧消し、普通の日々となりました。いや決してまだまだ普通ではありませんが、皆さまと同じ程度の普通さに戻ったということです。イガイガのウィルスもいつしか見えなくなったので、我慢していた床屋に行こうかな。月に1回が定例なので、野放図に伸びた髪が耳を覆うようになっております。中高年は清潔が一番。んじゃ二番は何だろうと。そんなことを想えるほど、気分的にも回復してきたってことかな。

 惜しくも亡くなられた方には合掌。まだ病床の人たちには快癒を。元気に生きているだけでも奇跡的であることを忘れてはいけませんよね。感謝です。

 

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2020年5月13日 (水)

東京一極集中の終焉

 

 新型コロナ後の世界がどうなるか、ボクごときには予測もつきませんが、このところのテレワークなどを通して、ようやく東京一極集中が終わるのではないかという予感を強めました。

 ボクのようなライター商売は、人に会って話を聞いて文章にするということがメインです。このため、出版産業の9割は東京に集まっており、テレビのキー局も同様です。政治家や省庁は霞ヶ関の周辺に蝟集しており、情報とカネはここから発信されるため、地方にいては商売にならないんですよね。国内のいかなる産業も同じであり、要するに霞ヶ関をキャップストーンとして、ピラミッドのような中央集権が構成されているわけです。もちろん大学だって例外ではありません。こんな構造にしておいて、都内の大学の入学者を抑制するのは矛盾というか無理がありますよね。

 ところが近年はICTが急速に発達。情報に関しては地域差がほぼ完全に解消されたといっていいでしょう。インターネットに接続さえできれば、日本全国津々浦々までタイムラグもありません。さらに、今回の新型コロナによって対面で話ができるテレビ会議が一気に普及。ボクごときの事務所でも、SKYPEで取材したり、ZOOMで対談していただくようになったので、東京にいる必要なんてもはやないといっていい。省庁に日参しなきゃいけない仕事なんて、実のところ銀行の「MOF担」(今は名称が違うかな)くらいでしょうから、必要な時に上京すれば充分という時代なのです。

 こうしたテクノロジーの進歩だけでなく、東京一極集中は早い話が「3密」の巣窟といって過言ではありません。テレビでは何かというとラッシュアワーの東京駅や品川駅を映し出しますが、通勤する人をいくら削減しようとしても、主要企業の本社は東京都内ですから、限度があるに決まっているじゃないですか。下請け、じゃなかった取引先も近隣に立地しており、かくて多数の人たちが1時間ほどかけて郊外から密状態でやってくるわけです。だから、このままでは新型コロナを完全に封じることは無理。都知事が「密です、密です」と呼びかけるのであれば、地方に散るのが最も即効的かつ根本的な解決策となります。

 マスクを着けて混雑した電車で通勤している人たちだって、内心はほとんど命がけの覚悟ですよね。何かの都合で、いつどこから感染しても不思議ではありません。だったら散ろうよ。自分は無理にしても、せめて子供にはこんな危ないことをさせたくない。そんなに簡単に社会や産業構造は変わりませんが、おそらく徐々に次第に、しかし確実に、そうした拡散の動きが顕著になっていくはずです。

 さらに、太平洋側は大規模地震の怖れが強まっています。南海トラフがどうたらこうたらに加えて、東京だって大地震のはっきりした予測が出ていますよね。このため、大企業では研究開発や重要な生産拠点などを分散していると聞いたことがあります。

 明治の頃から東京一極集中は様々な批判を浴びてきました。早稲田大学総長だった高田早苗は、卒業生に「出世を望むな、地方に行け」と訓辞したくらいです。首都移転、なんていう構想も華々しく発表されたことがありますが、ボクの感覚では1㎜も前も進んだことがありません。それが、ようやく新型コロナで劇的に変貌しそうな気配を感じるんだよな。若い人たちも敏感に反応するのではないでしょうか。

 いいじゃないですか。もっと散ろうよ。食べ物が旨くて、澄んだ空気と、美しい風景が見られる地域は日本全国いたるところにあります。新型コロナは、いずれ人生観まで変えるに違いないとボクは睨んでいるのです。

 

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2020年5月11日 (月)

またかよ!!


 ビオレUのハンドソープを2本とも使い切ったので、ドラッグストアでリフィルを購入することにしました。ありそうな棚に見当たらないので、店員さんに聞くと「ビオレUならこっちです」と言う。そこで2本を購入して自宅に戻り、さっそく1本を詰め替えてポンプを押してみると、すごく固くて、いつものふわふわな泡が出てこない。あららららヘンだなとパッケージを確認すると、このリフィルはボディソープであって、泡ハンドソープとは違うんだよな。洗う対象は手でなくて身体ですから、粘りもそれなりに違うのだと深く納得。そうと分かれば、開封した1本は勉強のための貴重な犠牲として、もう1本を返品して、新しく2本を買い直せばいいですよね。

 再び気を取り直してドラッグストアへ。レジで説明すると、「あ、そうですか」と返品自体は問題なかったのですが、「ハンドソープの在庫はありません」と突き放すような言い方をする。それでボクも超遅ればせに気づいたのですが、テレビで毎日「手を洗え」とうるさいほど言うおかげで、かつてのトイレットペーパーやティッシュ、そして現在も品薄が続くマスクやアルコール消毒剤の仲間入りをしてしまったらしい。

 このドラッグストアだけかもしれないので、念のために別の店に行ってみると、やはり「ありません」という。「似たようなモノならありますよね」と畳みかけても、「液体のハンドソープはすべて売り切れ。固形の石鹸しかありません」と実に無慈悲なお答え。諦めて帰ってきました。

 かつてのオイルショックでもトイレットペーパーが買い占められましたが、今回の新型コロナは何かと組織的な在庫切れが相次いでいるように感じます。とにかく、必要なモノが店頭からどんどん消えていく。ハンドソープがなければ、ボディウォッシュでも石鹸にしても、とにかく手は洗えます。ボクもプランBとして石鹸にするつもりですが、問題はそんなことじゃないんですよね。客がちょっと押し寄せると、すぐに商品がなくなり、それが連鎖して飢餓的なパニック心理を加速させるだけでなく、抜け目のない転売ヤーもゴキブリのように出現。たちまちネットで戦後の闇市のような無法な高額売買が行われる。知人の情報では1本3000円近いものも少なくないそうです。こんなことを何度も繰り返していいんですか、ということなのです。

 無駄を徹底的に削ぎ落とし、利益を最大限に追い求める現在の商品流通は、どうやら供給を需要ギリギリの数量でセットしているらしい。製品であれ材料にしても、余計な在庫は利益を圧迫するので、平時はそれで正解なんでしょうね。けれども、ちょっと状況が変わって需要が急増すると、すぐに欠品状態。特に近年は原価を圧縮できる国際的なサプライチェーンに依存しているので、予定外の緊急発注には対応できないわけです。その陥穽を狙って転売ヤーが次々に買い占めていくため、少しばかり増産してもまるで間に合わないわけですね。要するに、平時の需給は綱渡りのように危ういバランスで均衡しているってことです。

 トヨタのカンバン方式=ジャスト・イン・タイムの普及によって、在庫はあたかも悪のように捉えられてきました。この方式が考案された当初は、豊田市にある本社工場の周囲を部品を積んだトラックがグルグル走りながら、納品指示を待っていたと聞いたことがあります。それが悪意のある噂だったとしても、下請け企業との緊密な関係が、在庫ロスの解消に寄与していたことは間違いないはずです。

 ところが今では、そのサプライチェーンの重要な部分を中国が占めています。このため、新型コロナの蔓延という予想外の事態が発生すると、マスクは言うまでもなく、トイレなど水まわりの部品や機器が納品されなくなり、日本国内の生産活動自体も停滞してしまう。繰り返すようですが、こうした国際的な物流は平時ならローコストで高い利益を生み出します。けれども、緊急時には現地の需要が優先されるため、発注者のほうが不便を強いられることになるのです。

 パンデミックなんて誰も予想できないことですから、これまでは仕方ないとしましょう。けれども、第二波や第三波の感染爆発が到来した時も、同じように我慢するんですかねぇ。PCR検査だって、まだまだ1万件にも達していないですから、心配になるじゃないですか。ちなみに韓国では1人の女性医官に全権を委任。彼女がドライブスルー方式を開発したほか、全自動で人間はノータッチの検査体制を確立して、世界からモデルケースと絶賛されています。

 それに比べて日本は「船頭多くして、船は山を登る」といっても過言ではありません。国と自治体の軋轢が象徴的ですよね。問題の原因が分かったなら、それを解決すればいいだけのことなのに、どういうわけだか手をつけない。たとえば前述の液体ハンドソープなど必要物資は、常に一定量を備蓄しておくことを供給者に義務化する。あるいは生産拠点を国内にも確保しておくとか、リスク回避の方法はいくらでも思いつきます。それによって少しばかり定価が高くなっても、店頭から消滅するよりマシってものじゃないですか。もちろん家庭内でも災害時などを想定した備蓄を用意しておくべきです。実際に、ボクは地震用の緊急セットに助けられました。

 現場の皆さんは頑張っていると思いますよ。しかしながら、率直に言わせていただければ、言い訳と後付けの解釈ばっかり上手な人たちがあちこちで権力を牛耳っているように感じられるのです。

 なお、明日は早朝から案件があるため、ブログをお休みいたします。翌13日水曜日に更新する予定です。


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2020年5月 8日 (金)

言霊

 

 大切なことは、誰にも言わないで心にしっかりとしまいこみ、ひた隠しにしてきました。だってさ、口に出して言った瞬間に、その大切なものがガラガラと崩れてしまうかもしれないじゃないですか。

 日本には「言霊」と呼ばれる信仰があります。言葉は現実化する魔力を秘めていると信じられてきたんですよね。だから「忌み言葉」なるものがあるように、不幸につながるようなことは間接的に表現します。会合や祝宴の「終わり」を、真逆な意味の「お開き」と言い換えるじゃないですか。不吉な言葉を使ったら、それが本当のことになってしまうという怖れがあるからです。逆に魔物から守る効果もあると信じられているからこそ、祈りを込めた「御札」なんてものが21世紀にもなって存在し続けているわけですね。車内にぶら下げられた「交通安全」という文字で事故が起きなきゃ救急車や警察は不要ですけど、ついでに「家内安全」も買っておこうかな、と。 

 それと同じように、ボクは大切な想いはもちろん、とりわけ人生にかかわる重要な願いや希望は他人に言わないようにしてきました。公言した瞬間に、嫉妬深い神様に邪魔されるような気がするからです。学校の教室に耳ざとい悪童がいて、すぐに先回りして先生に言いつけるという感じかな。そろそろ加齢臭の心配もあるオッサンがアホかと思うのは勝手ですが、ライターという職業にもかかわらず、そうした子供じみた気持ちは今でも消えていません。

 しかしながら、心の中にどうしても収めきれないほど大きなことや、我慢しきれない状況もありますよね。そんな時は、こっそりとただ1人にだけ打ち明けるようにしてきました。考えてみれば、聞かされたほうはいい迷惑です。ボクの秘められた強い想いまで他人に届くはずがない。だから、何度も「だよね」みたいに念を押されて、面倒くさい奴だなぁと煩わしく思われていたかもしれません。

 言葉は表現手段のひとつに過ぎないと割り切れる人は、バカバカしいと一笑するだろうな。でもさ、言葉を大切にしない人は、人の心も大切にしない人だと、ボクは随分前に教わったのでありますよ。あ、また安倍さんに話題が戻りそうになっちゃった。すいません。

 

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2020年5月 7日 (木)

貧しい国

 

 日本がこんなにも貧しい国だったなんて、大多数の人たちは知らなかったでしょうね。5月4日夜に行われた緊急事態宣言の延長に関する安倍さんの虚しい演説を聞いて、改めて絶望しました。テレビのワイドショーや評論家の皆さんが酷評しているはずなので、詳しいことは略します。ボク自身もずいぶん前から批判してきましたが、あれほど重大な国政に関することを、安倍さんほど機械的に、冷たい眼差しで無感情に、官僚がこしらえた無内容のクソ作文を読み上げられる人は滅多にいないと思います。 滑舌が悪いことを自覚しているせいか、文節の頭を強調するクセがあるので、余計に不快な耳障りになるんですよね。

 いずれにしても、数多の言い訳や、抽象的なあるべき論、口先ばかりの理想論に加えて、カネを給付します万全に支援しますと何べん唱えたところで、渋谷区在住のボクのところにアベノマスクも10万円給付申請用紙もまだ来てねぇぞ。ボクの何倍も国と皇室を愛しているはずの右翼や民族主義の皆さんが、どうして怒り狂わないのか不思議でなりません。

 とにかく、すべてを見放しました。もうこれっきりこれっきりですね、一切合切&金輪際、ブログの俎上にこの国の政治を載せないことを誓います。心から願わくば、医療従事者の皆さんに必要十分な用具や器具並びに資材が迅速に届けられんことを。それすら叶わないとしたら、この国は間違いなく極東の最貧国に堕したとしか言いようがありません。韓国が大規模に組織的にやったPCR検査を、ヘンなプライドがあるせいか、見習う気すらサラサラないんだから救いようがない。

 追伸。5月2日に、ボクが知っている男性シャンソン歌手が新型コロナとの闘病の末に亡くなられたそうです。詳しい経緯は分かりませんが、悲しさよりも、やりきれない怒りが沸いてきます。今ごろになって体温37.5度×4日以上という縛りを修正するなんて、ふざけんな! この国は平気で国民を死に追いやることを絶対に忘れてはいけません。太平洋戦争という拭い切れない前科があるじゃないですか。

 

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2020年5月 1日 (金)

路上のマスク売り

 

 こんなところに隠れていやがったのか、と何だか腹が立って仕方がありません。恵比寿の某スーパーと駅を結ぶ通りに、突如としてマスクの屋台が2つも出現したからです。

 そこから目と鼻の先にあるドラッグストアには「本日はマスクの入荷がありません」という張り紙。入荷がある日には早朝から長い列ができる店です。およそ2か月にもわたって品薄というより欠乏状態だったマスクが、扱っているべき専門店にはなく、路上の屋台で売られている。これって、いったいどういうことなんだよって思いませんか。

 テレビでも報道されていたので、恵比寿だけの現象ではないようですが、マスクは転売禁止だったはずです。そのせいか、ウソかマコトか売っている側は転売ではなく、直接に仕入れた商品だと主張しております。だったら、ちゃんとしたルートでドラッグストアに卸すべきなのに、急ごしらえの屋台で売るというのはどういう料簡なのでしょうか。

  ちなみに50枚入り1箱で3500円から5000円程度。高い方は医療用のサージカルマスクと書かれていました。だったら恵比寿の路上でゲリラ的に売るのでなく、医療用品が逼迫している病院に売ってきなさいよ。それが社会正義ってものじゃないか。

 マスクが欲しくないわけではありませんが、こういう小狡いやり方は無性に腹が立つので、ボクは横目で見て通り過ぎることにしました。どうせ法外な高値で大儲けするために、どこかの倉庫にため込んでいたんじゃないかな。あるいはマスクは品薄だから儲かると異業種から飛びついたものの、中国が復活して市況が急にだぶついてきたので、正規ルートで安く売るのでなく、路上で少しでも高く直販しようと考えたのでしょうか。

 昔から商品流通には「闇」の部分が抜きがたくあるので、本当の理由や背景はよく分かりません。いずれにしても、そうしたマスクの値崩れが近いことは間違いないと思います。安倍さんはずいぶん前に「月産6億枚にする」と豪語していましたが、それって実現したのでしょうか。悪評ふんぷんの布製マスクも、ボクのところにはまだ来ていません。10万円の給付申請用紙もまだまだ先の話のようです。どうにもね、この政権は「やるやる」と威勢の良い数字を派手にぶちあげながら、ちっとも実行に至っていない。ほとんど詐欺的ではないかとボクは訝しく感じてきました。

 そうした言行不一致の陥穽を小狡い連中は見逃さず、人の不幸につけこむような商売をしてきたわけです。このように解説するだけで、再び胸がムカムカします。21世紀にもなって、こんな不愉快なことが堂々とまかり通るのは、やはり政治と政治家の貧困としか言いようがないと思うんですよね。PCR検査もそうだけど、何かにつけて遅すぎる。にもかかわらず死者数がこの程度というのは、実にまったく奇跡的というべきではないでしょうか。やはり現場の医療関係者の皆さんがものすごく頑張っているというほかありません。だったら、政府も国会も厚生労働省だって不要とはいわないまでも、十分の一くらいに縮小したほうがいい。

 ついでに言えば、文部科学省も教育に口を出し過ぎです。「総合学習」から今度は「探究学習」だってよ。自分たちの利権と延命のために、わざわざ仕事を増やしているとしかボクには思えません。

 

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