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福助くん その6

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福助くん その5

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福助くん その4

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福助くん その2

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福助くん その1

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2020年11月18日 (水)

枠をはずせ!

 

 日記ではなく、プロのライターが記事を依頼される時には「です、ます」ですか「である、だ」ですかと、基本的な文体を確認するのが普通です。前者はたとえば「坂本電機から画期的なスマホが発売されました。二つ折りできるコンパクトさが特長です」という感じで、文末が「です、ます」になっているわけです。

 一方、「である、だ」で書き直せば「坂本電機から画期的なスマホが発売された。二つ折りできるコンパクトさが特長だ」となります。一般に「です、ます」は丁寧な言い回しですが、文章全体が長くなります。それに比べて「である、だ」は文章を短くできるので、端的で締まった印象を与えます。そのせいか事件を報道する日刊新聞は「である、だ」がほとんどなのですが、日本共産党の機関紙である「しんぶん赤旗」だけは珍しく「です、ます」を使っています。このため「山本さんはかねてから交際中の川口容疑者に包丁で腹を刺され、昨夜11時頃に死亡しました。川口容疑者は直後に埼玉県警に逮捕され、戸田署で取り調べを受けています」なんていう感じの報道になるわけです。どんなに悲惨な殺人事件や交通事故でも「です、ます」で通していたので、初めて読んだ時はびっくりしました。それはそれでユニークな独自路線とはいえますが、やはり事件報道は「である、だ」でないと緊張感が欠けますよね。

 そうした事情から、一般のマスメディアは「である、だ」が圧倒的な主流なので、ボクはこの文体で長く仕事をしてきました。このため、自分の名前を冠したブログくらいは「です、ます」を使おうと思ったのです。そのほうが親密感もあるんじゃないかな。

 ここまでは一般論ですが、では、「です、ます」と「である、だ」を混ぜて使ってはいけないのでしょうか。面白いことに、若い人や優等生、ベテランほど言下に「そんなのダメです」という拒否反応を示します。文体をどちらかに統一しないと読みにくいと教えられてきたのでしょうが、実はそんなこともないんだよな。その証明として、このブログでは敢えて「です、ます」と「である、だ」を混ぜております。たとえば「川口さんは離婚して田舎に帰ることにしました。いつの時代も故郷は傷ついた心を受け止めてくれる存在なのである」という表現に違和感あるでしょうか。文体の視座が動くことで、むしろ事実伝達と解釈部分が際立つとも言えますよね。

 つまり、ですね。教えられた枠組みに従っていたら、そうした新しい試みができなくなってしまうのです。ボクは「である、だ」と「です、ます」の混淆だけでなく、以前から=や×などの数学記号を差し挟むようにしてきました。その方が便利=分かりやすいと思うからです。

 いい年こいたオッサンがこんな実験的なことをしているのに、直されたりするんですよね。アタマが硬いというか、既存の枠組みやレールにおさめることが「いい仕事」だと思われているフシすらあります。これだから優等生は困るんだよな。古今未曾有のパンデミックを経験したのですから、そうした枠組みを取っ払ってもいいんじゃないかな。アフターコロナかウィズコロナか知りませんが、それこそが新しい日常につながると思うのです。いずれAIが文章も自動作成するようになれば、人間は固有の作家性を持たなければ生き残ることはできません。こんなことは写真が発明された時代の画家がとっくに経験したことであります。写実的な肖像画家は軒並み仕事を失いましたが、独自の世界観を伝える絵画は印象派として生き残ったではありませんか。

 ボクたちは機械ではないのですから、仕事も機械的であってはいけない。そんな仕事はすぐにAIに奪われるはずです。というわけで、これからは規範やルールに忠実な優等生ほど仕事を失うことになります。枠をどんどん取っ払う、あるいは飛び越えていく。それができなきゃ人間の仕事とはいえない時代になりつつあることが分かるかなぁ。学校の先生の言うことを無批判に盲信していると、使い物にならなくなるぜ。

 

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