やさしくなりたい
ほとんど衝動買いですけど、メガネを新調しました。新調なんてもはや古語かな。用例は「スーツを新調する」など、モノを新しく買ったり仕立てることを意味しています。近視用のメガネは、衣服の袖や裾直しと同じく、レンズの屈折率などを視力に合わせなきゃいけないので、単純に「買う」というより、新調という言葉のほうが適切ではないかと。
いま使用しているチタンフレームのメガネが合わなくなってきたわけではありません。寝た時に誤って身体の下に敷いてしまい、歪めたこともありますが、かなり長期にわたって使い込んできました。まだまだ古びていないので、これからも十分に現役で活躍できるはずですが、それを使うボクのほうの気分を切り換えたくなったのであります。
自分の顔をしげしげと眺める習慣なんかないのですが、たまたま洗顔した直後ですけど、鏡の向こうに実にイヤな目つきを発見したんですよね。ボクは新しいことが好きな割に古くさい規範意識が染みついており、年を経たらそれなりに円満になっていくべきだと考えてきました。『クリスマス・キャロル』の守銭奴スクルージが好きなんて人は滅多にいませんからね。そんな嫌われ者より「好々爺」を最終的なゴールに設定しているのに、どう表情を変えても眼に険しさがあるんだよな。それだけ苦労してきた証とはいえても、これではいよいよ好かれなくなってしまう。いえね、孤高がボクのコンセプトですから、他人に積極的に好意を持って貰おうとは思いません。斉藤和義の歌じゃないけど、『やさしくなりたい』(2011年発表)のであります。
思い返してみれば、フィジカルなファイトはまったくないにしても、仕事を真剣にやっていれば摩擦や軋轢はいろいろ生まれるわけで、すさんだ気持ちになったことも珍しくありません。そんな積み重ねもあってか、慈悲深い温厚な性格(あくまでも自称)が変わってきたかもしれない。だったら、そろそろ軌道修正して、やさしい自分に戻りたいと思ったんですよね。
そのためにはどうすればいいか。人間の外側と内側は不可分に密着しており、相互に影響を与え合っています。本来は内側から変えるべきですが、メンタルを思うようにコントロールするのは容易なことではありません。ところが外側なら比較的簡単にいじったり変えることができるじゃないですか。
そんなわけで、チタンフレームよりもやさしく感じられる素材とデザインのメガネを購入したのでありますよ。イメージチェンジ、と一言で済ませられるのに、こんなにも長い言い訳もどきを書いたのは、ちょっとね、軽い後悔が伴うほど高価だったのです。しかも衝動買いだもんなぁ。そんな葛藤を宥めるための理屈と言われれば否定しません。でもさ、やっぱりボクはやさしくなりたいんだよぉ。
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