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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

グルメ・クッキング

2016年6月 9日 (木)

美味の表現

 近頃は月に1回のペースで食べ物の原稿を書いております。

 新しい分野やヘンなテーマが大好きで、逆にルーチンになってしまうと自分でも極端な劣化を自覚するほど飽きるので、活字による「食レポ」を面白がって続けています。

  ただね、この分野は深いなぁと慨嘆することしばしばなんですよね。というのも、専門的な分野になればなるほど専門的なワードが用意されており、それらを自家薬籠中のものにすれば、って、この表現分かりますかねぇ、とにかく専門的なワードを自在に駆使できるようになれば、後は順列組み合わせでもそこそこのレベルにはなるわけです。

 専門用語ではなく、あくまでも専門的なワードなので念のため。業界紙・誌でない限りは、専門用語なんて使っても読者には分かりません。形容詞や形容動詞に、実は業界的な特徴があるのです。

  本当はそれからがオリジナリティのある文章表現や構成になっていくので、ボクも日夜呻吟しているのですが、この言葉も分かりますかねぇ。そんなわけで、専門用語は極力使わず、差別的なので使わないほうがいい表現とか、「こんな熟語は今の人に無理」などと編集者に言われながらも独創的表現を探究しているのですが、食事における美味の表現というのは実に難しいのです。

  というのも、前述した専門的なワードが極端に乏しいわけです。食品産業はあってもグルメ業界ってないじゃないですか。料理業界やレストランビジネスは確かにあっても、食べるほうに業界としてのまとまりなんかありません。現実に「おいしい」「うまい」のほかに、どんなワードがあるでしょうか。あったら教えて欲しいなあ。

 頬が落ちる、舌が喜ぶといったアクロバティックな言い方もないわけではありませんが、こうした比喩で何が伝わるかというと何にも分からないですよね。むしろ酸っぱいとか辛いとかのほうがマシじゃないかとボクは思います。

  食材の説明ならいくらだってできますが、たとえば天ぷらがとっても美味しいことを、あなたなら他人にどう説明しますか。「味の宝石箱やぁ」という名言で有名なレポーターもいますが、それを仮にパクったとしても、活字で読むと、それがどうしたでしょ。

 かくのごとく、美味を表現するというのは文章力、じゃなかった知恵が必要なのです。

  逆に、不味さの表現は結構いろいろあるようです。ボクが感心させられたのは、蚕のサナギについてでした。知る人ぞ知る韓国の名物で、東大門の街頭などで焼き栗のように大鍋に盛って売られています。旨そうな雰囲気なので近づいていくと、サナギ臭としかいえない特徴的な匂いがもわんと漂ってきて、ほとんどの日本人はそれだけで敬遠してしまう食べ物です。

  驚くことに現地の女性が大好きなオヤツらしく、ボクも食べたことはありませんが、きっと小エビに似た食感ではないでしょうか。けれども香りがね、口に入れるのも躊躇するくらいエグいのです。

  これを、確か椎名誠氏だと記憶しますが、「押し入れの隅のホコリの匂い」と表現していました。さすがは作家、これほどみごとな形容をボクはほかに知りません。味はともかく、そんな匂いが熱気を伴ってもわんと顔のまわりを覆ったら、すぐに離れたくなるでしょ。そんな感じなんだよなぁ。

 ちょっと味から離れましたが、それくらいクリエイティビティが要求される世界なのだと実感しているところです。

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2015年11月 9日 (月)

食べる人

 実にくだらない話ですが、食事時のテーブルに複数の総菜が並んでいる場合に、あなたはどのような順番で食べていきますか。

 まずは味噌汁をひと口すすって、それから焼き魚に箸をつけ、ご飯をちょっといただいてから、煮物を味わったり、ポテトサラダを食べたりするのが普通なんでしょうね。以前に、ご飯を食べながら味噌汁も飲むという複合的なことができない子供が増えたというような報道があったように記憶しますが、実はボクもそうした子供たちとあまり変わりません。

 若い頃は別でしたが、1人暮らしが長くなるにつれて、複数の総菜がある時はひと皿ずつやっつけていくようになったのです。たとえばタコの刺身があったら、それを全部食べてから次の皿に行くわけです。メインとなる総菜でご飯を食べきってから、最後に汁物をいただいて喉を潤すというのが習慣のようになってきました。

 いわばディナーのコーススタイルといえばいえなくもありませんが、最初にサラダやスープというわけでもないので、順番はボクのオリジナルです。

 こんなことに厳密なルールがあるわけではなく、個人の勝手というものですが、前述の「複合派」の人と一緒に居酒屋なんかに行くと、沢山の料理を一度に頼んでテーブルを皿で一杯にすることが珍しくありません。
 そのほうが「賑やかでいいじゃないか」という理屈は分かりますが、短時間に全部は食べ切れないですよね。中には暖かい料理や冷たい料理もあるので、時の経過で風味などが変わってくることもあります。

 そう考えると、ボクのようにひと皿ずつ片付けていくのも合理的じゃないかなぁ。特に回転しない寿司屋では、できた順にさっさと食べていくのが基本であって、握り寿司がいくつも卓に残っているというのは、あまり見映えがよろしくないですよね。

 ボクが思うに、テーブルにいろいろ料理が並んでないと満足できない人は、自宅での食事もそうだったのではないでしょうか。作り置きとか残り物の総菜があるからこそ、それを並べることができるので、それなりに豊かなご家庭で育ったのではないかと想像できるのです。

 それと旅館の夕食の影響ですよね。ボクはむしろサービスの手抜きだと判断していますが、普通は沢山の料理がいっぺんに出てきます。それがまぁ日本的なホスピタリティといえばそうかも知れませんが、早い時間にはすべて酒のつまみのようになり、夜中に猛烈に腹が減ったという経験はないでしょうか。

 最初の見た目は豪華で素晴らしいとしても、食べ終わった後は数多くの皿や椀が残り、宴の後の光景は相当に悲惨ですよね。

 おそらく食事に対する文化的な背景もあるはずなので、このテーマに結論はありません。ただねぇ、口はひとつということから考えると、手間はかかるけど順番にしたほうが合理性は高いような気がするんですけどね。

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2015年4月22日 (水)

獺祭

 

 スイスで獺祭を飲みました。酒飲みでなければ何のこっちゃであり、それ以前に読み方が分からないでしょうね。ボクだって知りませんでしたから。

 

 これは「だっさい」と読みます。数年前からかな? 巷で噂になっている日本酒の名前であります。詳しいことはネットで調べてください。ボクは近頃あまり酒が飲めなくなったので、ここで詳しく紹介するだけで悔しく感じるからです。

 

 以前からチラホラと名前だけは聞いていたのですが、大前提として、ボクの世代の日本酒経験はかなり悲惨なのです。安酒ばかり飲んでいたせいか、妙に甘ったるい味にもかかわらず、アルコール度数が低いので酔いにくい。どうやら当時は人工的な合成酒が大流行していたらしいのですが、おかげで日本酒を敬遠するようなった人は結構多いんじゃないかな。

 ボクもどうせ安酒なら焼酎のほうが二日酔いになりにくくて健康にもいいじゃんかと考えるようになりました。それからワインの魅力を知り、食後酒にはやっぱコニャックなんてクソ生意気なことも言うようになったわけです。

 

 けれども、近年はめっきり酒量が減りました。それまでは「酒が飲めなくて何の人生かな」と思っていましたが、そうなればなったで、酒を飲まなくても眠ることはできるし、人生の愉しみというのはいろいろあるものだと分かったのです。むしろ酒しか喜びがないというほうが、実は不幸なんですよね。

 

 どうもボクの文章は前置きが異常に長いようで反省しておりますが、とにかく時計取材で行ったスイスで、なぜか「獺祭」を飲む機会をいただいたのです。

 

 それが知る人ぞ知る日本酒であるという以外に何の知識もなく、前述したような理由でまったく期待していなかったのですが、飲んでみると実に旨いんだな、これが。

 というより、ひとくち目はまるで水のようなのです。それも山奥から流れ出てきた透明で清純な湧き水というべきでしょうか。ただし、香りなどにも注意して再び味わってみると、その奥からかすかに酒らしい風味が漂ってきます。こんなにも軽快で爽やかな日本酒は今まで飲んだことがありません。だから、ほいほい飲んでいくうちに心地良く酔いが回ってしまいました。

 

 酒の評論家ではないので、うまく説明できるボキャブラリーはありませんが、これこそ外国人に飲ませたい酒ですよね。あ、これをステマと誤解する人もいるかもしれませんが、誰からも一銭だって貰ってはいません。これも世界に自慢できるクール・ジャパンの1つだよなと感じたので、ご紹介することにした次第です。

 

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2014年12月25日 (木)

忘れていいの?

 

 焼き肉を食べる時には、必ず産地を確かめるようにしています。スーパーで牛肉を買う場合は、いささか高くても国産を選び、その理由から時々はオーストラリアまたはニュージーランド産で妥協することもあります。ビーフカレーに加工されてしまうと、そうした産地確認がほとんど不可能なので、外食でカレーを注文したことはありません。

 

 このあたりで理由はご理解いただけると思いますが、狂牛病=BSE=牛海綿状脳症を心配しているからです。2000年の初め頃に、牛がヨタヨタ立とうとして結局は崩れるように倒れてしまった映像が大きなインパクトを与えました。解剖してみると脳の中がスポンジ状になっていたことから海綿状脳症と命名されたのですが、人間でもクロイツフェルト・ヤコブ病として同様の症状が発生。たとえば眠りたいのにどうしても眠ることができず、やがて精神に異常をきたして死に至るという記述を読んだことがあります。

 

 ボクはこの頃にたまたまイギリスに滞在しており、駅前の有名なステーキ・チェーン店が夕方の食事時にもかかわらずガラガラの閑古鳥という事態を目撃しました。その後、原因は異常プリオンと判明。通常ではない形で組成されたタンパク質ということですが、このため細菌やウィルスと違って煮ても焼いても駆除することができません。前述のクロイツフェルト・ヤコブ病を発症するまでの正確なプロセスはまだ解明されていないようですけど、厚生労働省のウェブサイトでは「かつて、BSEに感染した牛の脳や脊(せき)髄などを原料としたえさが、他の牛に与えられたことが原因で、英国などを中心に、牛へのBSEの感染が広がり……」と紹介されています。

 

 ちなみに、このウェプサイトでは「日本や海外で、牛の脳や脊髄などの組織を家畜のえさに混ぜないといった規制が行われた結果、世界中でBSEの発生は激減しました。日本では、平成15年(2003年)以降に出生した牛からは、BSEは確認されていない」とあるので、心配しすぎと笑う人もいるでしょう。

 

 しかしながら、草食動物の牛に肉骨粉を食べさせて育成したアメリカ牛を輸入禁止にした時期は結構長く、再開された途端にルール無視の牛肉が発見されてまた禁輸という悪印象はボクの中から消えていません。円安のおかげで牛丼の価格がハネ上がったと報道されましたが、そんなわけでボクは安い頃でも牛丼はほとんど食べなかったのです。

 

 繰り返しますが、原因は異常なタンパク質なのですから、防疫的に撲滅することは不可能です。それどころか、牛肉のエッセンスはコンソメスープなど様々に加工されているので、いくら意識しようが、食べないでいられることはできないと覚悟はしています。

 

 だから、他人様に牛肉を食べるなと指示しているわけではないので誤解のないように。何を食べるのも基本的には自己責任ですから、国がレバー刺しまで規制するのはいかがなものかと疑問に感じるくらいです。ただし、HIVにしてもワーッと騒ぐだけ騒いでいつの間にか沈静化しましたが、罹患者が増加している希有な先進国というデータもありますからね。

 日本人は昔からこんなにも都合よく物事をコロコロ忘れる国民性だったのでしょうか。いずれにしても再度問いかけます、それって忘れていいの?

 

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2014年3月 3日 (月)

賞味期限

 

 今ではタラコのスパゲティなんて珍しい食べ物ではないでしょうが、ウィキペディアによると1967年頃にスパゲティ専門店「壁の穴」の店主が考案したとしているので、決して昔からあるメニューではありません。ボクが初めて食べたのも20代前半で、やはり「壁の穴」でした。

 

 自分で見つけたわけではなく、知り合いの女性に「美味しいみたいよ」と半ば強引に渋谷まで連れていかれたのですが、タラコは大好物でも、それをナマでスパゲティと和えるのはいかがなものかと最初は懐疑的でした。どうやら男性は食べ物について保守的な傾向が強く、女性のほうが革新的で好奇心が強いように思えます。ということは逆に、女性の人気がグルメ関係のビジネスにおける成否を決めるといっても過言ではないわけです。ひょっとしたらナマコを初めて食べた人類は女性だったかもしれません。

 

 それはともかく、このタラコスパは急速に全国に普及し、自宅でも簡単にできるインスタントな調理材料も登場しています。スパゲティを茹でて、そのソースと混ぜ合わせれば一丁上がりになるヤツです。昼飯に何を食べたいのかまったく展望がなかった某日に「ああそういえば」と在庫があったことを思いだして、ちゃちゃっとスパを茹でて作ったわけですよ。

 それでテレビの「いいとも!」なんかを見ながら食べてみると、何だかホコリっぽい妙な味がするではありませんか。気のせいかもしれないと、二口目は意識して味わってみてもやっぱりおかしい。「もしや!」ということで慌ててゴミ箱を探してパッケージを確認すると、賞味期限を3か月ほど過ぎているではありませんか。そんな期限切れを二口も食っちまったわけですね。

 

 翌日は取材の予定があったので、急激な腹痛や止まらない下痢とか、ヘタすりゃ入院かも知れないとビビりまくって代行も考えていたのですが、幸いに何の変化もありませんでした。

 

 さて、ここからが今回の本筋となります。

 その取材を終えた昼食時に、冗談めかして女性カメラマンにそんな話をしてみたわけです。すぐに異常を察知したボクの動物的感性及び生存本能を褒めて貰えるかと思いきや、意外にも「それくらいなら大丈夫よ」とあっさり言うではありませんか。

「それまでは開封してなかったんでしょ。なら大丈夫よ」

「でも、味がね、いつもと違ったんですよ」

「私だったら気づかずに全部食べちゃったかもしれない」

「賞味期限をはるかに過ぎていますけどね」

「賞味期限は過ぎたとしても、消費期限はまた別なのよ」

 この反応は、驚くことに前日に話した事務所の女性スタッフとまったく同じでした。彼女たちはボクの知らない特別な教育でも受けてきたのでしょうか。

「じゃあさ、ついでに訊くけど、タマゴの賞味期限はどうよ。消費期限は表示されていないよね」

「そんなの過ぎても、ちゃんと焼けば大丈夫」

「ちゃんと焼くって、いい加減にタマゴを焼くほうが難しいと思うけど」

「とにかくタマゴを割ってみて黄身が盛り上がっていればOKなのよ」

「そんな情緒的な判断でいいのかなぁ」

「じゃあさ、この日を境にして前の日なら絶対に大丈夫で、夜中の12時を過ぎた翌日からは確実に腹痛や下痢になるなんて言えるのかしら」

「賞味期限はもちろん、消費期限でもそうはきちんと言えないよね。人によっても違うだろうし」

「ほらね」

 このタマゴに関する論理展開も事務所の女性とみごとに一致しており、理屈でも多数決でもボクの完敗は明らかです。2人とも奇しくも東北出身でボクは西のほうの名古屋ですけど、地域というよりやっぱ性別の差でしょうね。この会話だけでも、女性が生物的に男性を凌駕していることが理解できるではありませんか。

 

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2014年1月 8日 (水)

灰汁おそるべし

 

 夫婦共働きの一人っ子として育ったので、炒めもの程度なら小学校の頃から作っていました。今でも簡単な料理を自作することは珍しくありません。しかも、我ながら実に手際が良くて、卵の薄焼きなんか向こうが透けて見えるほどです(自称)。料理をしながら洗い物も並行するので、使った容器などが積み重なることもありません。ちゃんと洗剤も使っているので、指でこすればキュピキュピのピカピカ、って、おいおい何だよこの文章は。

 

 さて、そんなにも長い料理歴がありながら、一度も使ったことがない調味料が「みりん」なのです。

 

 昔から1人暮らしの男の台所にみりんがあったら要注意といわれてきました。みりんを使いこなせる男なんて、最近ではもこみち君くらいですよね。このことから、醤油などの調味料が置かれた中にみりんを見つけたら、100万%の確率で親しい彼女が過去完了または現在進行形ということになるわけです。さらに焼き肉店のカップルと同程度の確率で身体の関係もあった・あると考えて間違いないでしょう。子離れできない母親が買ってきたとも考えられますが、それはそれでちょっとね。

 

 では、料理にみりんが使えないと不便かというと、決してそうではありません。醤油だけでも十分に食えるものになるのですが、ちょっと分量を間違えるとひどく濃い味になるのが難点です。これでは料亭並みのデリケートな味は不可能であり、塩分過多になる怖れもあるので、ずっとみりんを使ってみようかなと考えてきたのですが、なかなか勇気というか、ふんぎりがつかなくて現在に至ってしまいました。みりんというのは要するにアルコールを飛ばした酒ですよね。であるなら料理酒はどういう位置づけになるのでしょうか。実際に使う前に、こういうところで悩んじゃうわけです。

 

 ネットでレシピを見ろよって言われそうですが、男の料理というプライドまたはジッチャンの名にかけて、そんなものを参考にしてはいけないとボクの中の誰かが言うのです(誰だよ?)。そのかわりに、以前から顆粒状のダシの素を利用しています。肉野菜炒めなんかは、これと醤油だけでも結構イケる味になるので、ぜひお試しください。

 

 そんなわけで、ボクにとってみりんはワケの分からない調味料として聖域に位置するのですが、その反面で大いにバカにしてきたのが「灰汁」です。みんなで囲んだ鍋ものでヒマつぶしのように一生懸命に灰汁を取る人がいますが、「バカやってんじゃないよ。灰汁も味のうちだろ」と思ってきました。ですから煮物でも灰汁取りなんぞは一切したことがありません。そもそも灰汁がどんな姿形なのかを知らなかったくらいです。

 

 そんな灰汁の怖さをイヤというほど体験したのは、ある日に作った白菜の味噌汁でした。白菜は野菜嫌いのボクにとって数少ない好物であり、たまたま安かったので、ガシガシと刻んであふれんばかりの量を湯の中に投入。もちろん灰汁なんぞは気にせず、ほどよくしんなりしたところで味噌をシャカシャカと溶かし入れて完成しました。

 それで食べてみたら、なななななななな何と、口の中がくっつきそうな渋みというかエグミがあるではありませんか。恥ずかしながら、これが灰汁の正体なのかと生まれて初めて知ったのです。泣く泣く味噌汁を捨てましたが、それが昨年のことですから、年齢=経験とは必ずしもいえないんですよね。

 

 それまでも白菜の味噌汁を作ったことがあるのに、このような事態は発生しませんでした。おそらく量の関係か、あるいは白菜の種類や収穫時期によるのかもしれません。

 

 というわけで、全国の1人暮らし男性に警告いたしますが、灰汁をバカにしてはいけません。むしろ、おそるべしなのであります。面倒でも灰色の汚い泡みたいなものをしっかり取っておかないと、ボクのように渋さとエグミを追体験することになりますぜ。

 

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2013年11月20日 (水)

寿司の食べ方

 

 日曜日の昼過ぎに、若い一般女性に料理を作らせて勘違いぶりを嗤い嘆くという番組があります。特に彼女たちにとって片栗粉はどうやら魔法の調理材料らしく、トロトロ系の料理でうまくいかないと、数秒考えた後に「あっ!」と気づいたように鍋などにぶちまけるのが恒例となっております。こちらも分かってきたので「そろそろ片栗粉だな」と予測しますが、ほぼ100%の確率で的中するから怖いですね。

 

 怖いといえば、以前はこうした料理ベタの娘さんたちは母親が教えなかったことが理由だと考えてきました。家事なんかするより、その時間を勉強に振り向けて有名大学や授業料が安い国公立に進学して欲しいと考えるのも無理はないなんてね。

 けれども、どうやら最近は違うらしい。そもそも母親自身が料理が苦手で教えることができなかったというケースが増加しているようです。理由はいろいろでしょうが、とにかく料理ベタは第2世代に突入してしまいました。これはちょっと怖いことではありませんか。こうなると「母娘仲良く台所に立つことも大切」なんて牧歌的な提案は無意味となります。むしろ仲良く料理教室に行ったほうがいい。

 おかげで彼女に美味しい弁当を作ってもらった経験を持つ男子が激減しているとしたら、へへへへ、ザマミロですけどね。ボクたちの青春は食い物に関してだけは何とハッピーだったのでしょうか。フィレオフィッシュやピザやフライドチキンなど、生まれて初めて食べる料理も少なくなかったですから。

 

 しかしながら、家庭で料理を作るのは女性の義務ではないとボクは思っています。このあたりは196070年代までの戦後理想主義の影響を強く受けているわけです。口では男女同権を分かったように言うクセに、家庭では夜食の用意がないと途端にヘソを曲げる矛盾した人も少なくないですけどね。

 

 たまに軟派なテーマにすると途中で何が言いたかったのかコロリと忘れてしまいますが、そうした料理に関する生活背景が変わってきたせいか、テレビのレポーターと称する人たちの食べ方に悲憤慷慨させられるということを言いたかったわけです。

 

 秘密保護法に比べたらゴミみたいなことですけど、「うまーい」「美味しーい」の頻発ですから語彙の貧しさからして致命的といっていい。たとえば職業的なモノカキが文章で「旨い」としか形容していなかったら、読者の皆さんはカネ返せと言いたくなるでしょう。本当は不味かったけど正直にそれを書けない事情が裏にあったりもするのですが、そんな時には嘘を書かずにインテリアとか主人の人柄なんかを褒めとけよと言う人もいました。

 

 いずれにしても、彼らはテレビに出てギャラを貰っているのですから、どのように旨いのか、なぜ美味しいのかを説明する係じゃないのかと腹が立つわけです。テレビでは匂いも味も伝わらないですからね。にもかかわらず、子供でも言えるようことを言ってギャラを貰って恥ずかしくないのかなぁ。マグロのトロを食べて「本当にトロトロでーすっ」だって。おーい、誰だよこんな奴呼んできたのは。

 

 マグロといえば寿司です。今回は「といえば」つながりになりましたが、寿司の食べ方もヘタクソ極まりないのです。回転寿司の流行で板前さんに気を使わなくてよくなったのは結構ですが、おかげで寿司の「合理的」な食べ方を知らないようです。箸でなく指でつまむのがホントという人もいるようですが、そんな本格的なマナーではなく、握り寿司をそのまま醤油につけたらゴハンがしょっぱくなってボロボロになるだけだとなぜ気がつかないのでしょうか。醤油はネタに付けなきゃダメでしょう。

 

 そのために、回転しない高級寿司屋では煮切りと呼ばれる醤油や甘ダレなどを最初からネタの上に刷毛で塗って出すのが常識です。数寄屋橋の某店でも、客が醤油を使うことはありません。

 ただし、ちょいと庶民的な非回転系寿司屋ではそこまでやりません。回転寿司にしても、ゴハンが醤油でボロボロでは汚いことに変わりないじゃないですか。ましてやテレビにもかかわらず、あの食べ方はないよなぁ。ディレクターは何も監督しないのでしょうか。少なくともネタを舌の上に載せて食べなきゃ味が分からんでしょうが。

 

 えっ、ボクですか? もちろん醤油は底部のゴハンではなくネタの上に付けて食べますよ。中にはネタを剥がして醤油に付けてからゴハンの上に戻すという奇想天外なことをやる人もいましたが、みっともない上に面倒くさいですよね。けれども、ボクの「合理的」な食べ方は敢えてこのブログではお教えしません。親に訊くなり、ネットを探してみてください。

 それが分かると、とても一口では食べられない大きなネタを載せた寿司が自慢できるものではないと理解できるはずです。これまたレポーターは「わぁすっごーい、ネタがこんなに大きいんですよ!」と賞賛しますが、それを「お女郎寿司」と蔑む人もいることを知らないのでしょうか。

 

 いずれにせよ、食べ方もネタの大小も基本的には個人の好き好きですから勝手にやってください。ただ、くどいようですけどゴハンがボロボロでは一緒にいて不快じゃないですか。そう感じさせないことがマナーの基本でありすべてですよね。だから粗相やみっともない間違いは冗談で笑わせて誤魔化すとか、その人なりのオリジナリティがあってもいいと思うのですが、これはちょっと高度かな。

 

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