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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

グルメ・クッキング

2020年4月 8日 (水)

マイブーム(後)バナナ

 

 そんなトマト、いやバナナ。古くさいギャグでどーもすいません。ボクにとってバナナという言葉を使うのはこれがほぼ唯一であり、長きにわたって大嫌いな果物でした。

 小学校4年の頃に急性腎臓炎となり、医師の指示で夏休みに加えて1か月ほど通学しないで自宅療養したことがあります。塩分が腎臓に負担を与えるというので、食べ物は無塩や減塩の味気ないものばかり。中でも母親が頻繁に買ってきたのがバナナなんですよね。「バナナの叩き売り」という言葉があるように、安くてポピュラーな果物でしたから、家計的に助かったんじゃないかな。病気療養には穏やかで深い甘味のメロンがよく似合うと思うんだけど、価格がとびきりに高くて、とてもじゃないけど庶民の食べ物ではありませんでした。そのかわりに「身体にいいから」と信じた母親のおかげで、ほとんど毎日がバナナの日。2か月の療養期間に一生分を食べ尽くしたんじゃないかな。

 それ以来、バナナは病気の思い出とセットでウマシカ、じゃなくてトラウマとなり、何よりも嫌いな果物となったのです。そもそも果物のくせに爽やかな雰囲気がないですよね。モチモチした食感に加えて、甘味もどんよりと鈍い。それでもトロピカルかよと軽蔑したくなります。すっきりしてオシャレな柑橘系に比べて、言っちゃ悪いけどモタモタでダサダサなんですよね。人間でなく、ジャングルのゴリラに似合うのも不思議ではありません。それに、果物を食べて腹一杯になるなんて、バナナ以外にあり得ますか?

 そんなバナナを見直したのは、つい一昨日のことです。冬をミカン三昧で過ごすボクは、今のシーズンなら苺が好物ですが、決して安くはないですよね。いちいちヘタを剥いて水洗いというのも面倒くさい。そんな苺の味にも飽きてきたかな、という頃に、たまたまスーパーに並んでいたバナナを見つけたのであります。昔とは違って、実にスタイリッシュな雰囲気を纏っているではありませんか。何より透明の袋入りですぜ。

 ボクの知っているバナナは、薄汚い黄色の房に、限りなく黒に近い焦茶色の大きなシミがあちこちにあり、いかにも輸送船の倉庫で長いこと揺られてきましたという風情でした。ところが、そのバナナは薄いシミがあるものの気になるほどではなく、小綺麗な黄色で肌ざわりも滑らか。それまで食べたバナナがランニング姿で鼻水垂らした田舎の悪ガキとすれば(時代感がある比喩ですな)、山の手の豪壮な家で大切に育てられた深窓の令嬢というくらいの違いがあります。

 しかも、価格は苺の半額程度。にもかかわらず、ボリューム感は昔と同じです。んじゃあ超久しぶりにトライしてみるかと、あまり期待しないで購入して食べてみたら、味も段違いなんですよね。もちろんほんのりした控え目な甘味は共通していますが、濁りというか混じりっけがない。雑味がないせいか、果肉の個性がピュアに感じられるのです。かつてのモチモチ感も、どういう栽培方法なのかサクサク感が加わっているため、後味もクールなんですよね。

 おかげで「こりゃうまい」と一気に3本を食べてしまいました。ゴリラかよ。それで翌日は、2束をまとめ買いして冷蔵庫に投入。そこに緊急事態宣言ですから、今後の供給は大丈夫でしょうか。数十年ぶりにバナナと劇的な邂逅を果たしたので、しばらくは濃厚接触を続けていきたいんだけどなぁ。

  

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2020年4月 7日 (火)

マイブーム(前)納豆

 

 喉が渇き、腹が空くなら、心だって飢えますよね。もう2か月近くもライブハウスに行っていないので、気分はイライラというか乾ききっております。

 ボクは自粛していましたが、かなり頑張って続けてきた行きつけの店も、3月末にとうとうギブアップ。4月一杯は閉店になるそうです。そりゃそうだよね。いくら従業員全員がマスクを着用し、消毒液を振りまきながら30分に1回ほど扉を開けて換気するといっても、客足が遠のくのは避けられません。こうなると人件費や電気代などの固定費や、使わない食材などが大きな負担になってくるので、いっそ閉店したほうが被害は少ないというのはよく分かります。

 客としても、いくらライブが好きといっても、命がけで音楽を聴くこたぁないだろと(タモリっぽい感じで)。けれども、ここまで新型コロナが長引くと、というより、これから感染爆発の本番だというのに、精神的にもうヘトヘト。3連休の時に「自粛疲れ」などといわれましたが、ムベなるかな、ですよね。

 そのうえで、いよいよ緊急事態宣言です。「家にいろ」という理屈は十分に分かりますが、どうにも息がつまってきます。

 そんなこともあってか、近頃のボクは、ひきわり納豆とバナナがマイブームになっております。あまりにも唐突で、いきなりの話題転換になってしまい、恐縮至極です。 

 まずは納豆から。名古屋育ちのボクにとって納豆といえば甘納豆が世界のすべてであり、あんな糸をひく納豆はUFOと同じで存在すら疑ったくらいです。初めて食べたのは20代の終わり頃かな。それも油揚げの中につめた料理であり、ピュアな納豆を経験したのは30代半ばを過ぎてからだと思います。糸を引くような食物を口にして大丈夫かと躊躇しましたが、それにはすぐに慣れました。何だか埃っぽい不思議な味だなぁというのが第一印象であり、ちっともおいしいとは感じませんでしたが、何度か食べつけるうちに、それが次第に魅力に変わってきたから不思議です。

 ただし、苦手なのが豆のゴツゴツ感です。糸ひきのネバネバに対して、豆のゴツゴツはものすごく違和感ありませんか。中にはそれがいいという人もいるんだろうけど、ボクには食感のコントラストが強過ぎてダメなんですよね。それで、できるだけ粒の小さいものを選んできたのですが、ある時に「ひきわり納豆」を発見したのであります。茨城県人に「今さらかい!」とつっこまれそうだけど、ホントに知らなかったんですから。これを考案した人は、まさにボクと同じ違和感を抱いていたことは間違いありません。それで試行錯誤の結果、いっそのこと豆を粉砕してみようと発想したはずです。それによって、ゴツゴツ感が一気に解消され、納豆の薄ら苦い甘味をしっかりと堪能できるようになったのでありますよ。

 けれども、なぜだか近所のコンビニでは「ひきわり納豆」を扱っていません。わざわざ遠くのスーパーまで行くのですが、それが自粛時の散歩の楽しみにもなっているわけですね。ちなみに、最初の頃はタレに醤油を増量していましたが、納豆本来の味を損ねることに気づいたので、袋入りのタレ以外は何も使っていません。カラシも不使用です。

 さらに、ご飯の上からかけるといったオカズにするのでなく、純粋に納豆だけをそのまま食しています。そのほうが旨味というのか、納豆の複雑な味わいがダイレクトに感じられるとボクは思います。最近は青ネギを混ぜることを覚えました。ネバネバにネギのシャリシャリと、細かく砕かれた納豆のモチモチ感が素敵なハーモニーを奏でるんですよね。

 ひきわり納豆に続いて、明日はマイブームの続編としてバナナを紹介します。乞うご期待、って誰も期待なんかしていないよな。

 

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2019年12月25日 (水)

冷凍生活

 

 これまで冷凍食品はどうも好きになれませんでした。味だけでなく、食品を皿に出して、いちいちラップを巻いてからレンジでチンというのが面倒くさかったんですよね。

 普通の食材なら調理も楽しみになりますが、冷凍ものはレディメイドですから、手がかかってはいけないのです。ところが、最近はラップなしでいきなりレンジに放り込める食品が少なくありません。ボクが冬の定番として愛食しているのは、某社の肉饅ですが、袋のままレンジに入れて500Wで1分30秒。これでホカホカの肉饅ができあがります。注意して扱わないとヤケドしそうなくらい熱いのですが、それがまた美味しいんだよな。そこらのコンビニで買う肉饅と遜色ありません。

 その流れで、タコ焼きもトライしてみました。こちらもラップなしで、皿の上に凍ったタコ焼きをゴロンと並べるだけ。中身はタコの切り身だけのうどん粉のカタマリですが、ダシが利いていてなかなか旨いのです。

 この経験から、スーパーでは冷凍ものも視野に入れるようになり、今では突発的な空腹に対応できるピラフやチャーハンを冷凍庫に常備しています。

 まだまだ冷凍食品には疎いので、これからいろいろトライしていくつもりですが、昔に比べて飛躍的に進歩しており、食感や味も改良が重ねられていることは確かなようです。こうした冷凍食品を体験的な視点から紹介するウェブサイトはあるのでしょうか。

 もしもまだないのであれば、「冷凍生活」と題してボクが作ってみようかな。もちろん本人が冷凍になるのでなく、冷凍食品だけで過ごす生活をレポートするのも面白いではありませんか。同じ食品ばかりでは飽きるので、そのあたりも詳しく突っ込みを入れてみたい。いわば冷凍食品版の『暮らしの手帖』または『通販生活』を意識して、ステマ抜きの正直サイトを貫けば、ビジネスとしても成立するような気がするのですが、いかがでしょうか。

 

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2019年2月12日 (火)

銀座の焼き餅

 

 昨年あたりから、1月〜2月初旬までの限定的な期間ですが、焼き餅がマイブームになっております。餅を食すなんて、ボクにとっては久々のことなんですよね。

 

 「焼き餅」とはいっても、調理は電子レンジのグリル機能で10分だけ。以前に醤油をつけて2度焼きした時に、大きく膨らんで形を崩すだけでなく、食感もデレデレになってしまったので、それからは10分間だけ1本勝負ということにしています。

 

 餅も普通の大きさではなく、小さな袋に分けられた状態の切り餅をさらに2つにカット。そのほうが焼き上がりも早いように思います。レンジがチンと終了を告げたら、それを小皿に移して醤油をかけた後に海苔で巻きます。海苔はケチケチせず、おにぎり用の1枚を使ってグルグルっといきます。醤油と海苔の相性は抜群なんですよね。海浜の野趣がほんのり漂う中で、海苔がパリパリと鳴りながらも、餅の歯応えはまったり。ちょっとクセになる味わいなんですな。

 

 というのも、ですね。今は見かけませんが、銀座で焼き餅の屋台が流行ったことがあるのです。ボクがまだまだ若い頃に、そんなに頻繁ではありませんが、銀座で飲んだ時には必ずといっていいほど利用していました。冬の寒気が酒で火照った頬に心地良く感じる季節です。醤油の焼ける匂いが、小腹の空いた酔っ払いには実に魅力的なんですよね。

 

 ただし、確か値段は1個300円。何㎝四方か知りませんが、2個続けて食べられるくらいのスモールサイズです。いま思えばかなりのボッタクリですけど、当時はそんなふうに思えませんでした。あれを食べたい! という強い欲求に値段はあまり関係ないようです。

 

 そんな当時を回顧しつつ、海苔で巻いた餅をほくほくと食すのが、ボクの近況なのであります。

 

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2017年12月 6日 (水)

ズワイガニのシーフードサラダ

 

 行きたいのに、なぜだかどうしても行けない場所があると以前に紹介しました。それが沖縄でありまして、何度も取材の話はありましたが、いつも途中で仕切り直しになるとか、ほかにアポの先約があった関係で別の人が行くなど、せっかくのチャンスがことごとく潰れてしまう。何かの祟りや呪いでもかけられているのかと疑いたくなるほどです。

 

 というわけで、この年齢になっても沖縄は未踏の地なのでありますが、同じように、いやちょっと違うかな、ともかく買いたいのにどうしても買えないものがあります。

 

 それがアトレの某店で販売している「ズワイガニのシーフードサラダ」なんですよね。茹でた蟹の滋味深い美味はもちろん、それがマヨネーズなどとスパゲティに絡んで、絶妙な旨味が素晴らしい広がりと奥ゆきのある交響曲を奏でる冷製総菜です。こんなことを書くくらいですから、もちろん食べたことはあります。ただね、量なんですよ、問題は。

 

 このシーフードサラダは、ショーケースの中に小さな山となって並んでおり、このひと山を買いたい。けれども、どうしても決断できないのです。100グラムで確か400円くらいかな。100グラムなら1人暮らしのボクにとって適切な量であり、価格も納得できるので何度も買ったことがあります。ところが、ひと山となると200グラム以上。価格も1000円近くになります。

 

 そこのところがね、ボクに躊躇させるんだよなぁ。大好きな総菜ですから、エイヤっとひと山を買いたいのだけど、食べるのは1人だからと、ついついそれを100グラムに小分けしてもらうことを続けてきました。この心境、分かってもらえるでしょうか。

 

 ボクは誓って異常なケチンボではありませんが、サラダに1000円という価格が贅沢に感じてしまうのかな。サラダごときで1000円! という差別的なコスパ感覚もあるかもしれません。ショーケースの前で立ちすくみ、こうした屈折した心情がグジャグジャ&ゴニョゴニョと錯綜した結果、いつも「100グラムください」となってしまうのです。

 

 男なら思い切って「ひと山ください」と言わんかい。と、心の中で叱咤激励していながらも、口から出てくる言葉は「100グラム」。そういうヘンなこだわりって、ないですかねぇ。

 

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2017年11月24日 (金)

もう駅弁は買わない

 

 先般の大阪出張で帰りの新幹線が午後5時頃だったので、駅弁でも買おうかと構内を見て歩いたのですが、価格と内容がどうにもボクには納得できず、空腹にもかかわらず断念しました。

 

 何しろ、どんな店でも、どんな弁当でも1000円以上ですからね。それ以下の価格の弁当も希少ではありますが、ないわけではありません。けれども、ほとんどオニギリみたいなもので、だったらコンビニのほうがよほど安いじゃないですか。

 

 では、1000円レベルの弁当はどうかといえば、あくまでも私見ですけど、たっぷりのご飯の上または横にオカズを置いただけで、とても価格に見合う内容とは思えなかったのです。考えてもみてください。昼のランチで1000円といえば、相当に豪華ですぜ。その証拠に、この価格帯のランチを出す店は昼時でもほとんど混雑していません。にもかかわらず、新幹線の中で食べるテイクアウェイの弁当がこんなに高額でいいのかなぁ。内容よりも何よりも、価格にまるでバラエティがないことが不愉快の原因でありまして、これはもう場所に依存した特権商売じゃないかといえば言い過ぎでしょうか。

 

 あのですね、世界的な高級繁華街・銀座でボクが行きつけにしている立ち飲み屋は、グラスに大盛りのワイン2杯に簡単なオカズが2品で1500円程度ですよ。それに比べて、ご飯のカタマリにちょいちょいと具を乗っけて1000円というのは(あくまでも個人的な感想です)、あまりにも高過ぎやしませんか。

 

 もちろん、万円単位の高級ディナーを食べたこともあるし、生意気な姉ちゃんたちの機嫌を取るだけで数万円というキャバクラに行ったこともあります。その金額に比べれば1000円なんて安いかというと、そうではないんですよね。費用対効果=コストパフォーマンスに納得できなければ、1000円だって法外な価格に感じるのです、ボクはね。

 

 とにかく、協定料金だか不文律だかカルテルでもあるかのように同じ価格帯の弁当ばっかり。そうした、いわば1000円の壁を破るような市場競争がない限りは、きっと中身も期待できないだろうなぁ。と、嘆息してピーナッツをかじりながら、ひもじい思いを抱えて帰京したのであります。

 

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2016年6月 9日 (木)

美味の表現

 近頃は月に1回のペースで食べ物の原稿を書いております。

 新しい分野やヘンなテーマが大好きで、逆にルーチンになってしまうと自分でも極端な劣化を自覚するほど飽きるので、活字による「食レポ」を面白がって続けています。

  ただね、この分野は深いなぁと慨嘆することしばしばなんですよね。というのも、専門的な分野になればなるほど専門的なワードが用意されており、それらを自家薬籠中のものにすれば、って、この表現分かりますかねぇ、とにかく専門的なワードを自在に駆使できるようになれば、後は順列組み合わせでもそこそこのレベルにはなるわけです。

 専門用語ではなく、あくまでも専門的なワードなので念のため。業界紙・誌でない限りは、専門用語なんて使っても読者には分かりません。形容詞や形容動詞に、実は業界的な特徴があるのです。

  本当はそれからがオリジナリティのある文章表現や構成になっていくので、ボクも日夜呻吟しているのですが、この言葉も分かりますかねぇ。そんなわけで、専門用語は極力使わず、差別的なので使わないほうがいい表現とか、「こんな熟語は今の人に無理」などと編集者に言われながらも独創的表現を探究しているのですが、食事における美味の表現というのは実に難しいのです。

  というのも、前述した専門的なワードが極端に乏しいわけです。食品産業はあってもグルメ業界ってないじゃないですか。料理業界やレストランビジネスは確かにあっても、食べるほうに業界としてのまとまりなんかありません。現実に「おいしい」「うまい」のほかに、どんなワードがあるでしょうか。あったら教えて欲しいなあ。

 頬が落ちる、舌が喜ぶといったアクロバティックな言い方もないわけではありませんが、こうした比喩で何が伝わるかというと何にも分からないですよね。むしろ酸っぱいとか辛いとかのほうがマシじゃないかとボクは思います。

  食材の説明ならいくらだってできますが、たとえば天ぷらがとっても美味しいことを、あなたなら他人にどう説明しますか。「味の宝石箱やぁ」という名言で有名なレポーターもいますが、それを仮にパクったとしても、活字で読むと、それがどうしたでしょ。

 かくのごとく、美味を表現するというのは文章力、じゃなかった知恵が必要なのです。

  逆に、不味さの表現は結構いろいろあるようです。ボクが感心させられたのは、蚕のサナギについてでした。知る人ぞ知る韓国の名物で、東大門の街頭などで焼き栗のように大鍋に盛って売られています。旨そうな雰囲気なので近づいていくと、サナギ臭としかいえない特徴的な匂いがもわんと漂ってきて、ほとんどの日本人はそれだけで敬遠してしまう食べ物です。

  驚くことに現地の女性が大好きなオヤツらしく、ボクも食べたことはありませんが、きっと小エビに似た食感ではないでしょうか。けれども香りがね、口に入れるのも躊躇するくらいエグいのです。

  これを、確か椎名誠氏だと記憶しますが、「押し入れの隅のホコリの匂い」と表現していました。さすがは作家、これほどみごとな形容をボクはほかに知りません。味はともかく、そんな匂いが熱気を伴ってもわんと顔のまわりを覆ったら、すぐに離れたくなるでしょ。そんな感じなんだよなぁ。

 ちょっと味から離れましたが、それくらいクリエイティビティが要求される世界なのだと実感しているところです。

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2015年11月 9日 (月)

食べる人

 実にくだらない話ですが、食事時のテーブルに複数の総菜が並んでいる場合に、あなたはどのような順番で食べていきますか。

 まずは味噌汁をひと口すすって、それから焼き魚に箸をつけ、ご飯をちょっといただいてから、煮物を味わったり、ポテトサラダを食べたりするのが普通なんでしょうね。以前に、ご飯を食べながら味噌汁も飲むという複合的なことができない子供が増えたというような報道があったように記憶しますが、実はボクもそうした子供たちとあまり変わりません。

 若い頃は別でしたが、1人暮らしが長くなるにつれて、複数の総菜がある時はひと皿ずつやっつけていくようになったのです。たとえばタコの刺身があったら、それを全部食べてから次の皿に行くわけです。メインとなる総菜でご飯を食べきってから、最後に汁物をいただいて喉を潤すというのが習慣のようになってきました。

 いわばディナーのコーススタイルといえばいえなくもありませんが、最初にサラダやスープというわけでもないので、順番はボクのオリジナルです。

 こんなことに厳密なルールがあるわけではなく、個人の勝手というものですが、前述の「複合派」の人と一緒に居酒屋なんかに行くと、沢山の料理を一度に頼んでテーブルを皿で一杯にすることが珍しくありません。
 そのほうが「賑やかでいいじゃないか」という理屈は分かりますが、短時間に全部は食べ切れないですよね。中には暖かい料理や冷たい料理もあるので、時の経過で風味などが変わってくることもあります。

 そう考えると、ボクのようにひと皿ずつ片付けていくのも合理的じゃないかなぁ。特に回転しない寿司屋では、できた順にさっさと食べていくのが基本であって、握り寿司がいくつも卓に残っているというのは、あまり見映えがよろしくないですよね。

 ボクが思うに、テーブルにいろいろ料理が並んでないと満足できない人は、自宅での食事もそうだったのではないでしょうか。作り置きとか残り物の総菜があるからこそ、それを並べることができるので、それなりに豊かなご家庭で育ったのではないかと想像できるのです。

 それと旅館の夕食の影響ですよね。ボクはむしろサービスの手抜きだと判断していますが、普通は沢山の料理がいっぺんに出てきます。それがまぁ日本的なホスピタリティといえばそうかも知れませんが、早い時間にはすべて酒のつまみのようになり、夜中に猛烈に腹が減ったという経験はないでしょうか。

 最初の見た目は豪華で素晴らしいとしても、食べ終わった後は数多くの皿や椀が残り、宴の後の光景は相当に悲惨ですよね。

 おそらく食事に対する文化的な背景もあるはずなので、このテーマに結論はありません。ただねぇ、口はひとつということから考えると、手間はかかるけど順番にしたほうが合理性は高いような気がするんですけどね。

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2015年4月22日 (水)

獺祭

 

 スイスで獺祭を飲みました。酒飲みでなければ何のこっちゃであり、それ以前に読み方が分からないでしょうね。ボクだって知りませんでしたから。

 

 これは「だっさい」と読みます。数年前からかな? 巷で噂になっている日本酒の名前であります。詳しいことはネットで調べてください。ボクは近頃あまり酒が飲めなくなったので、ここで詳しく紹介するだけで悔しく感じるからです。

 

 以前からチラホラと名前だけは聞いていたのですが、大前提として、ボクの世代の日本酒経験はかなり悲惨なのです。安酒ばかり飲んでいたせいか、妙に甘ったるい味にもかかわらず、アルコール度数が低いので酔いにくい。どうやら当時は人工的な合成酒が大流行していたらしいのですが、おかげで日本酒を敬遠するようなった人は結構多いんじゃないかな。

 ボクもどうせ安酒なら焼酎のほうが二日酔いになりにくくて健康にもいいじゃんかと考えるようになりました。それからワインの魅力を知り、食後酒にはやっぱコニャックなんてクソ生意気なことも言うようになったわけです。

 

 けれども、近年はめっきり酒量が減りました。それまでは「酒が飲めなくて何の人生かな」と思っていましたが、そうなればなったで、酒を飲まなくても眠ることはできるし、人生の愉しみというのはいろいろあるものだと分かったのです。むしろ酒しか喜びがないというほうが、実は不幸なんですよね。

 

 どうもボクの文章は前置きが異常に長いようで反省しておりますが、とにかく時計取材で行ったスイスで、なぜか「獺祭」を飲む機会をいただいたのです。

 

 それが知る人ぞ知る日本酒であるという以外に何の知識もなく、前述したような理由でまったく期待していなかったのですが、飲んでみると実に旨いんだな、これが。

 というより、ひとくち目はまるで水のようなのです。それも山奥から流れ出てきた透明で清純な湧き水というべきでしょうか。ただし、香りなどにも注意して再び味わってみると、その奥からかすかに酒らしい風味が漂ってきます。こんなにも軽快で爽やかな日本酒は今まで飲んだことがありません。だから、ほいほい飲んでいくうちに心地良く酔いが回ってしまいました。

 

 酒の評論家ではないので、うまく説明できるボキャブラリーはありませんが、これこそ外国人に飲ませたい酒ですよね。あ、これをステマと誤解する人もいるかもしれませんが、誰からも一銭だって貰ってはいません。これも世界に自慢できるクール・ジャパンの1つだよなと感じたので、ご紹介することにした次第です。

 

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2014年12月25日 (木)

忘れていいの?

 

 焼き肉を食べる時には、必ず産地を確かめるようにしています。スーパーで牛肉を買う場合は、いささか高くても国産を選び、その理由から時々はオーストラリアまたはニュージーランド産で妥協することもあります。ビーフカレーに加工されてしまうと、そうした産地確認がほとんど不可能なので、外食でカレーを注文したことはありません。

 

 このあたりで理由はご理解いただけると思いますが、狂牛病=BSE=牛海綿状脳症を心配しているからです。2000年の初め頃に、牛がヨタヨタ立とうとして結局は崩れるように倒れてしまった映像が大きなインパクトを与えました。解剖してみると脳の中がスポンジ状になっていたことから海綿状脳症と命名されたのですが、人間でもクロイツフェルト・ヤコブ病として同様の症状が発生。たとえば眠りたいのにどうしても眠ることができず、やがて精神に異常をきたして死に至るという記述を読んだことがあります。

 

 ボクはこの頃にたまたまイギリスに滞在しており、駅前の有名なステーキ・チェーン店が夕方の食事時にもかかわらずガラガラの閑古鳥という事態を目撃しました。その後、原因は異常プリオンと判明。通常ではない形で組成されたタンパク質ということですが、このため細菌やウィルスと違って煮ても焼いても駆除することができません。前述のクロイツフェルト・ヤコブ病を発症するまでの正確なプロセスはまだ解明されていないようですけど、厚生労働省のウェブサイトでは「かつて、BSEに感染した牛の脳や脊(せき)髄などを原料としたえさが、他の牛に与えられたことが原因で、英国などを中心に、牛へのBSEの感染が広がり……」と紹介されています。

 

 ちなみに、このウェプサイトでは「日本や海外で、牛の脳や脊髄などの組織を家畜のえさに混ぜないといった規制が行われた結果、世界中でBSEの発生は激減しました。日本では、平成15年(2003年)以降に出生した牛からは、BSEは確認されていない」とあるので、心配しすぎと笑う人もいるでしょう。

 

 しかしながら、草食動物の牛に肉骨粉を食べさせて育成したアメリカ牛を輸入禁止にした時期は結構長く、再開された途端にルール無視の牛肉が発見されてまた禁輸という悪印象はボクの中から消えていません。円安のおかげで牛丼の価格がハネ上がったと報道されましたが、そんなわけでボクは安い頃でも牛丼はほとんど食べなかったのです。

 

 繰り返しますが、原因は異常なタンパク質なのですから、防疫的に撲滅することは不可能です。それどころか、牛肉のエッセンスはコンソメスープなど様々に加工されているので、いくら意識しようが、食べないでいられることはできないと覚悟はしています。

 

 だから、他人様に牛肉を食べるなと指示しているわけではないので誤解のないように。何を食べるのも基本的には自己責任ですから、国がレバー刺しまで規制するのはいかがなものかと疑問に感じるくらいです。ただし、HIVにしてもワーッと騒ぐだけ騒いでいつの間にか沈静化しましたが、罹患者が増加している希有な先進国というデータもありますからね。

 日本人は昔からこんなにも都合よく物事をコロコロ忘れる国民性だったのでしょうか。いずれにしても再度問いかけます、それって忘れていいの?

 

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