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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

スポーツ

2018年7月 4日 (水)

大事なことほど正解はない

 

 昨日の午前中は締め切りを控えていたので、夜中の3時くらいからパソコンに向かっていたのですが、聞くともなくスイッチをオンにしていたラジオがやけに賑やかなんですよね。

 

 あまりに静かなのも落ち着かないので、BGMとしていつも同じ局にしていたのでまるで気づかなかったのですが、サッカーのワールドカップで日本対ベルギー戦を生放送していたわけです。渋谷の街頭は論外、スポーツパブやHUBでのバカ騒ぎが大嫌いなので、ワールドカップもはっきり言って大嫌いですが、原稿に没頭しているボクが我に帰るきっかけにはなりました。明け方の世間は日本代表の惜敗で大変なことになっていたようです。

 

 でもさ、ゲームでの敗北を「ナントカの悲劇」と呼ぶのだけはやめようよ。始まりは「ドーハの悲劇」だったと思うのですが、ルールが定められたスポーツの結果に悲劇なんてあるのかなぁ。低気圧の強風にあおられたクルマがガードレールを突き破って谷底に落下するとか、不可抗力がもたらしたアクシデントを「悲劇」と呼ぶわけでね、いくらアディショナルタイムにおける予想外の得点にしても、それを「悲劇」と呼ぶのは思い上がりも甚だしくないですか。

 

 近頃は「神対応」とか何とか、やたらに仰々しい言い回しが流行しているようですが、もしかしたらきっかけは「ドーハの悲劇」だったかもしれません。サッカーでの敗北は、いくらアンラッキーがあろうとも、やはり実力差と理解するほかないはずです。けれども、過剰で壮麗な言葉を使うことで、その本質が隠されてしまう。それでは本当の実力を蓄えることにつながらないじゃないですか。「不思議な勝ちはあるが、不思議な負けはない」という野村克也元野球監督の言葉が分かるサッカーファンなら、「悲劇」なんて言葉は絶対に使わないと思うんですけどね。

 

 それよりもボクの興味をひいたのは、予選の対ポーランド戦での時間稼ぎ戦術です。ルールはよく分かりませんが、1点差で負けであっても、そのままならフェアプレーポイントで同率のセネガルを抜いて決勝トーナメントに出場できる。このため残り10分くらいを戦う気のないパス回しに終始。おかげで昨日の大騒ぎも可能になったのですが、「卑怯じゃないか」というブーイングもすごかったらしい。だからといって果敢に戦っても、逆に点差が開いたら予選で敗退ですから、それでも批判されたでしょうね。

 

 セオリーらしきものはあるだろうけど、こちらが正しいなんて誰にも言えない。学校や先輩が教えてくれることにしても過去のことであって、現在にあてはまるとは限りません。もちろんネットの中にも正解があるはずがない。

 

 つまり、ですね。こういう場合は、自分がやりたいことを決断するほかないんですな。何がなんでもどうしても決勝トーナメントに行きたいなら、批判は無視して、生き残るための最適な手段を選ぶべきです。それよりも名誉や評価を重んじるというのであれば、リスクの高いフェアプレーを続けるべきでしょう。花より団子か、団子より花か。論議はいくらでも高められますが、それを決める指導者は常に1人しかいない。その重責と孤独を引き受けて、逃げ出すことなく決断するのがリーダーの仕事にほかなりません。

 

 それが分かっている人は、監督の采配を簡単には批判しません。どちらに転んでもブーイングを免れないのであれば、自分が後悔しないほうを選ぶしかない。大事なことほど客観的な正解なんてないことを、あの試合から学ぶべきではないでしょうか。

 

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2018年5月31日 (木)

たった1人でも世界を変えられる

 

 捨て身になれば、たった1人でも世界は変えられる。

 

 これが今回のアメフト反則タックル事件でボクが感じたことです。アメリカンフットボールのルールなんて何も知らないので、コトの詳細は評論できませんが、少なくとも20歳の大学3年生が実名と顔出しの記者会見を行ったことで、世論はガラリと変わりました。彼の勇気にはつくづく感服せざるを得ません。そのおかげで責任の所在があぶり出され、クラブや大学の体質なども白日のもとに晒されることになりました。

 

 もしも彼があの記者会見をしなかったらと思うと、背筋がうすら寒くなってきます。個人的なラフプレイとして闇の中に葬られ、スポーツマンシップを捨てた卑怯な行為を強要される選手が何人も続くことになったはずです。それを身体と心を張って立派に食い止めた。ボクも含めて、大人たちは深く恥じ入るべきじゃないかなぁ。

 

 あのクラブの独裁的な支配体質は、おそらく関係者みんなが薄々にしても知っていたはずです。けれども、誰も注意や批判などしないで見過ごしてきた。大学はもちろん、関係団体だけでなく、テレビに出て偉そうなことを言っている評論家やコメンテイターも含めて、すべての大人は彼に対して責任を痛感し、頭を下げるべきだと思うのです。

 

 いずれにしても、戦前から続く精神論的な指導や暴力的な制裁をやめる時期がようやく到来したと感じざるを得ません。そんなもん、戦場で神風が吹くのを期待するほど非論理的で非科学的であり、もっと率直にいえば指導者が無能かつ不勉強極まりないという証拠じゃないですか。

 すでに帝京大学のラグビーや青山学院大学の駅伝では、これまでとは正反対の方法で輝かしい実績を積み重ねています。にもかかわらず、あのアメフト部はパワハラもどきの追い込みで選手の闘争心を鍛えてきたという。それで大学日本一になったというけれども、もともと優秀な選手が全国から集まっていたんですからね。

 

 ボクは旧世代に属するせいか、先輩諸氏からことあるごとに「世界は1人では変わらない」「社会はすぐには変わらない」と言われ続けてきました。生意気で性急だったからかな。それでもライターという仕事を通して、何とか変えたいと小さな努力を続けてきたつもりですが、まさに岩盤のような支配構造はどこにだってあるんですよね。ボクたちの心中にも同じものが存在します。おかげで近年は徒労感がものすごく強くなり、この国はしばらく変わらないと諦めていました。

 

 でもね、若者がたった1人でも社会を変えられるじゃないですか。

 ボクはどうやらジーサンたちによる自己保身のための嘘にコロリと騙されていたようです。これから組織や体制が本当に根本から改善されるかどうかは分かりませんよ。けれども、ボクたちの意識だけは確実に昨日とは違います。我慢できないほどの不合理や理不尽があれば、彼のように前に出て声を上げる人たちが続くんじゃないかな。そのことをオッサンだけでなく、奥の院に隠れて絶対に顔を見せないジーサンたちに知らしめただけでも、大きな功績ではないでしょうか。

 

 重ねて言いますが、1人でも革命は可能です。むしろ1人が勇気を持って始めない限り、誰もついてこないということを彼に教えられたのです。

 

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2018年5月23日 (水)

Do the right thing(続)

 

 この国もまだまだ捨てたもんじゃないと感じたのが、昨日の日大アメフト選手による記者会見です。もはや大勢の意見が決しているようなトピックをあまり取り上げたくはないのですが、前回に「Do the right thing」というテーマで書いた以上は、それに対応しておかないとダメですよね。

 

 まだ20歳の大学生が顔を隠すことなく実名で謝罪し、多数のテレビカメラやメディア関係者の前で、それまでの経緯や事実を嘘偽りなく述べたというのは、掛け値なしにものすごく立派な態度です。しかも、明らかに監督やコーチからの卑劣極まりない圧力で追い込まれた結果にもかかわらず、自分以外の誰のせいにもしていません。

 

 あんなに潔い態度は社会人でもなかなかできないはずです。むしろ社会人だからこそ往生際が悪いともいえるんですけどね。それを正々堂々とこなした経験は、彼の将来にとって貴重な糧になるんじゃないかな。

 

 それに比べて、今に至っても逃げ回っている監督やコーチたちの何と情けなくみすぼらしいことか。自分たちに非がないというなら、書面を通してではなく、あの選手と同じように公開の場に出てこいよ。大学側の対応も完全に腰が引けており、選手=学生を守ろうとする気概がまるで感じられない。もはや彼らを擁護する意見なんて、よほどの利害関係者しかあり得ないので、ボクが敢えて後追いする必要はもうないですよね。

 

 ただ、選手がいみじくも語ったように、やはり個人としては「もっと意思を強く持つこと」が大切だと思います。組織と個人の軋轢による葛藤なんてザラにあることですが、自分の内なる声を裏切れば、一生それに苛まれることになるでしょう。であるなら、最初から自分の意思を強く持って理不尽に抵抗したほうがいい。彼の告白によって、様々に勇気付けられた人が相当数いるのではないでしょうか。

 

 人間なら誰だって間違いはするし、ミスも犯します。ヘタすりゃ法に反することに手を染めることだってありますよね。そんな時には、自分の内なる声に素直に従って、起きたことを真正面から受け止め、被害や迷惑をかけた人にできるだけ早く謝罪するほかありません。やっぱね、どんな時にもDo the right thing。これしかないだろうと、ボクは強く再認識したのであります。

 

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2018年5月22日 (火)

Do the right thing

 

 世間で大騒ぎになっていることはなるべくテーマにしないと決めてきたのですが、日本もアメリカナイズされてきたなぁと呆れざるを得ません。アメリカンフットボールで起きた事件ですから当然ともいえるのですが、日大の監督が指示したとされるルール無視のラフプレーなんて、それこそアメリカの映画やドラマで何度となく描かれているんですよね。

 

 ゲームが終わった後にしても、ミスした選手がチームメイトから凄絶ないじめを受け、悪質な感染症で死んでしまうドラマがありました。それを刑事が調べていくうちに、どうやらコーチが指示したと分かるんですよね。勝利至上主義のアメリカでは、おそらく試合中も観客席から「殺せ」ではないにしても「壊せ」くらいの物騒な掛け声が飛ぶことも珍しくないんじゃないかな。

 

 その反面で、仮にタテマエだけとしてもキリスト教がブレーキになっているせいか、良心との葛藤に悩む選手が必ず登場してきます。チームなんだから監督やコーチの指示に従わなければならない。さもなければ総力を効果的に集約できないので、それに抵抗することは即ちチームみんなへの裏切りになってしまう。けれども、その指示にはどうにも納得できないし、そんなことはしたくない……。

 

 セットが終わって無防備になったクォーターバックの背後から強烈なタックルを行った日大の選手も、そうした葛藤があったはずです。しかしながら、日本には個人の倫理や道徳を支えてくれる宗教が普及しているとはいえません。このことからキリスト教圏の欧米を「罪の文化」として、日本は「恥の文化」ともいわれます。つまり、自分の内側に罪があるのでなく、その外側にある他人の眼や会社など組織の判断や評価が強い影響力を持つということです。いかに理不尽な指示だと思っても、組織内で誹りを受けたり孤立しないために、敢えて間違ったことをしなきゃいけない時もあるでしょう。そんな時の便利な言い訳として「上司が」あるいは「組織としての」みたいな言葉が準備されているのですが、自分を捨て切った歯車のような人材が優秀とされてきたのは20世紀までじゃないかなぁ。

 

 現在の大学教育は、アクティブラーニングが象徴的ですが、講義を黙って聴くのでなく、主体的な思考力や行動力を育成しようとしています。もはや追いかけるべき先進国なんて世界のどこにもないので、日本自身が新しい産業や社会モデルを創っていくほかありません。そのためには、指示待ちの歯車ではなく、自分から問題を発見して解決していく人材が必要なのです。言い換えれば、出力は小さいにしても、1人ひとりがエンジンであることが求められているのではないでしょうか。

 

 そうはいっても、ピラミッド的な組織社会ではまだまだ通用しないこともあるはずです。だからこそ、より生き良い未来を創ろうというなら、学内にそんな理不尽や不条理を持ち込んではいけない。スポーツだって、フェアプレイのサンクチュアリ(聖域)であるべきです。プロになれば、いろいろと大人の事情があって、なかなか理想を追求しにくいですからね。

 

 にもかかわらず、あのような事件が起きてしまった。まだ明らかにはなっていませんが、仮に監督が極悪非道な指示をしたとしたら、選手の側の葛藤にもボクは注目してしまうんですよね。そんな命令に従う前に、彼だけでなくみんなが「監督、そんなのおかしいですよ」と抵抗すればいいのに、どうしてできなかったのでしょうか。社会に出たらなかなかできないことでも、大学スポーツだからこそ、そうした反発があって然るべきじゃないかな。封建社会にだって「逆命利君」という言葉がありました。自ら考えて発言することができなければ、それは奴隷に等しいではありませんか。

 

 だから、どうせアメリカナイズするなら、“Do the right thing”という合言葉も真似しようよ。「正しいことを為せ」という呪文をみんなが心の中で呟くことが、このような悲しい事件を再発させない最も有効な対策だとボクは信じるのであります。

 

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2017年11月30日 (木)

人格・能力・財力

 

 つくづく思うのですが、人格と能力と財力、これはまったく別個でバラバラの要素であって、いかなる相関関係も見られないんですよね。

 

 能力を教養と読み換えても同じですけど、尊敬すべき高潔な人格で能力も頗る優秀なのに貧乏というボクみたいな人がいる一方で(異論や反論はありそうですけど)、差別主義で排他的で利己的の極みともいえる性格にもかかわらず大統領になった大金持ちもいるくらいです。大富豪なのに好ましい性格という人はあまりいなさそうですが、いい人だからカネ持ちになるとは絶対的にいえないわけですね。

 

 ボクなんかはみごとに楽天家で未来志向だったものですから、人格と能力を磨けば、それが即ち地位を築くことになり、やがては財力に結びつくはずだと素朴に信じてきました。それがほぼ完全に裏切られてしまったことから、他人を羨む、じゃなかった分析するようになり、人格と能力と財力は、まったく何の関係もないことを確信するに至ったのであります。

 

 ということは、ですね。先週から大きな話題になってきた相撲だって、もしもホントにガチンコであるなら、人格と身体能力が一致するはずがないということです。実際に酒席での狼藉は今に始まったことではなく、後輩どころか一般人を殴って引退した横綱もいるじゃないですか。そういう乱暴者だからこそ、相撲が強いわけでね。逆に人格に優れているからといって横綱になった例が過去にあるのでしょうか。

 

 なのに、何か事件が起きるとやたらに品格だの何だのを持ち出す。それなら最初から人格だけで選んでおくべきでしょう。国技と冠されるせいか、相撲ほど建前と本質が乖離しているスポーツはほかにないんじゃないかな。

 

 そして、昨日のブログでちょっと触れた「売り手市場」の女の子たちにも同じことを言いたい。人格(優しさ)と能力(個性)と財力(収入並びに所属企業)は何の関係もないので注意してください。ご立派な大企業の名刺を持っていても夜になるとエロオオカミに豹変する奴もいるだろうし、こいつなら優しくしてくれると結婚したら、誰にでも優しくて浮気沙汰が絶えず、生活力もなかったりする。

 

 数年前までは、この3つの要素に何とか関連性を見つけようと奮闘してきたのですが、もはや諦めました。結果的に言えることは、人格と能力と財力をまったく個別に評価しなさいということです。その後で求める要素に順序を付けて、得点を評価しましょう。

 

 たとえば「優しさ」や結婚における「安定性」を重視するなら、人格評価を3割増しにするとかね。今の財力はどうでも、将来の安定性も大切というのであれば、能力は2割増しにする。となると財力は10割−(3割+2割)で5割減点しないとバランスが取れません。その総合得点に従って、恋人なり結婚相手を選べばいい。

 

 と、ここまで来て気がつきましたが、こんなことは大抵の女の子たちが感覚的に理解していることなんですよね。にもかかわらず恋人選びや結婚で失敗するケースが珍しくないのはなぜなのだろうと、新しい謎を見つけてしまったのです。

 

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2016年7月11日 (月)

脱力選挙

 

 バタフライの池江璃花子選手、凄いですね。ボクも小学校4年から水泳部だったので分かりますが、あんなに肩の柔らかい水泳選手はこれまでに見たことがありません。

 

 彼女が出場したレースを見ればすぐに分かりますが、両手が誰よりも高いところから水をキャッチにいきます。初めて彼女の泳ぎを見た時は、この両手の動きがまるで背中に生えた羽根のようだったので、本当にびっくりしました。

 

 バタフライというのは、両手で水をかき、フィニッシュを経て両手を空中に抜き出してから、前方に水をつかまえにいきます。常に両手を一緒に動かすため、理論的にはクロールよりも速いとされていますが、自分でやってみれば分かるように、どうしたって肩胛骨が邪魔するので、背中側での腕の角度はかなり制限されます。

 

 このため、選手のほとんどは両手を低いところから前に出すことしかできません。それでは水をキャッチするポイントを遠くすることができないので、手前で着水することになります。それによってストロークが短くなれば、回数を増やすしか速度を上げる方法はありません。ところが、バタフライは前述したように両腕を一緒に大きく動かすので、ピッチ泳法が困難なのです。

 

 それに対して、池江選手の両手は誰よりも高いところに出せるので、必然的にキャッチポイントも遠くなり、大きなストロークで身体を前に引っ張っていけるのです。さらに肩が柔らかいことから、ノーブレスで頭が水中にあっても両腕を高くして両手を前に出すことができます。現在の泳法には疎いのですが、頭部が推進力の最大の抵抗になるので、その上下動がないほうが速くなるんじゃないかな。

 すでに自由形とバタフライの50mと100mで日本記録を出しているようですが、まだ16歳ですから、もっと速くなることは間違いありません。ちなみに、中学から高校あたりまでが筋力と体重のベストバランスともいわれているので、これからが大変に楽しみな選手です。

 

 それに比べて、と比較するのが無茶なことは承知ですが、参院選、ひどかったですね。特に野党が論点を見失っており、あれでは政権与党に勝てるはずがない。ボクは「脱力選挙」と命名しました。

 党名をコロコロ変えるのもやめたほうがいい。世の中が悪くなるのは必ずしも与党のせいだけでなく、野党にも大きな責任があることをなぜ分からないのかなぁ。

 

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