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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

パソコン・インターネット

2019年2月 6日 (水)

「炎上」で喜ぶ人

 

 テレビとインターネットは似ていないようで似ています。なんて書くと、即座に「どっちやねん!」と関西方面から突っ込まれそうですが、経営的なスタイルはまったく一緒なんですよね。基本的なおカネの入口はスポンサーからの広告料、または視聴者への課金しかないのですから。NHKは国民から強制的に徴収する視聴料だけで運営。民放は広告のみで、WOWOWなんかは両方とバリエーションがあるほか、おそらくは広告代理店と組んで視聴率などを詳細に分析したデータをマーケティング資料として販売しているんじゃないかな。もしやっていないとしたら、是非ボクにご用命ください。やらなきゃみすみす損をしていることになりますぜ。

 

 インターネットも基本的に同じですが、視聴者からの直接的な入金は圧倒的に少なく、広告料金が大きなウェイトを占めています。このため、視聴率=PV(ページビュー)はテレビよりも重要となります。それによって広告の値段も変われば、前述のマーケティングデータなどの価値も高くなるからです。

 

 でね、ここまでは誰でも指摘することなので新味はまったくありません。ボクが問題にしたいのは、番組の制作料なのです。テレビの場合は、スポンサーからの収入の一部をそれに回して、ドラマなりバラエティをこしらえます。時には数千万円を投じた劇場用映画なみの番組もあるようです。

 

 ところが、インターネットのSNSではそうした種類の投資は希有ですよね。このブログが典型的ですが、最初のフレーム=枠組み作りには知恵とカネが必要でも、日々のコストはメンテナンス経費くらいじゃないですか。なぜかといえば、その中身、つまりコンテンツはボクたち視聴者自身が制作しているからです。サイト運営者から見れば、制作経費ゼロでコンテンツがどんどん更新されていくわけですね。こんなにもローコスト&ハイリターンのビジネスは、人類の歴史上かつてなかったんじゃないかな。そのかわりに、気にしなきゃいけないのはPVなので、ユーザーがどんなテーマで何を書こうが結構。とにかく頻繁に、何度も更新してもらうことがサイト側の願いといっていい。

 

 ボクなんか毎日書き続けて10年にもなるので、相当に貢献しているはずですが、原稿料は1円たりとも貰っていません。そうした人たちの膨大な無料の寄稿によってPVが増加し、それによってバナーなどの広告がつくという仕組みなわけです。もうこのあたりでお分かりかと思いますが、タダで何かを見たい読みたいという視聴者にとっては、ボクのような正統派でクソ真面目な論評よりも、奇天烈でヘンな、あるいは超極端な意見や奇妙な写真のほうが面白い。さらに、サイト運営者にとって最も喜ばしいのは、意見が2つに分かれて議論が沸騰するようなテーマです。それによって新たな人たちのPVが集まるので、論争が長引けば長引くほどハッピーこのうえない。その内容や主義主張なんかどうだっていいんですよね。

 

 この構造はTwitterLINEなどもまったく同じ。つまり「炎上」ほどサイト運営者にとって嬉しい出来事はないんじゃないかな。わざと火をつけて知名度を高める「炎上商法」もあるようですが、それによって誰が傷つこうが関係ないわけです。みんなが騒げば騒ぐほど、安全地帯にいる一般視聴者も野次馬となって参加するようになりますが、それによって誰が喜んでいるのかを1秒でも考えたことがあるのかなぁ。

 「炎上」で喜ぶ人たちは、ボクたちには見えないところにいる。それを何とか視野に入れようとすることが、本来的な知性の働きではないでしょうか。2.26事件の青年将校や分派した学生運動の闘士たちも、血気盛んなあまりに、それができなかったんですけどね。

 

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2019年1月31日 (木)

迷惑メール

 

 ネット社会は便利には違いないけど、ムダな仕事も増えましたよね。そのひとつが、迷惑メールの処理です。

 

 ボクのメルアドがどこかから漏れたらしく、「私は25歳。あなたは素敵な人だから付き合いたい」とか、そのものズバリで「ファーーーーーック!」なんていう放送禁止用語や、「お前のパスワードを知っているぞ、これだろう!」という脅迫メールを受け取ったこともあります。念のために付け加えると、これらはすべて英語。たまに翻訳ソフトを使ったヘタクソな日本語になっているものもあります。流行みたいなものがあるらしく、似たような怪しいメールが断続的に頻繁にやってくる時期もあるんだよな。

 

 いずれにしても、添付ファイルにウィルスが仕込まれていたり、個人情報を抜き取るサイトへの誘導や、ビットコインを振り込ませることが目的なので、迷惑メールどころかレッキとした違法行為、紛れもなく犯罪ではないかと思うんですけどね。

 

 最初の頃は面白がって英文を最後まで読んでいたのですが、今では速攻でゴミ箱行きです。役に立たないメルマガなども同様に処分。そんなわけで、迷惑メールを仕分けて片っ端からゴミ箱送りにすることが毎朝の仕事になってしまいました。1週間で相当な量が溜まるので、これまた金曜朝には完全消去するようにしています。

 

 マウスをちょいと動かしてクリックするだけですから、大した労働量ではないとはいうものの、ネットがなかった時代に、こんなことはやりませんでした。つまり、明らかにネット社会が生み出したムダということです。全世界の人たちがボクと同じことを毎朝しているとすれば、膨大なエネルギーが迷惑メールの後片付けのために消費されていることになります。

 

 こういう非生産的な仕事がボクは大嫌いなので敏感なのですが、LINEなどのSNSも何の役にも立たないムダなコミュニケーションが多いんじゃないかなぁ。もちろん人助けになったり、重要な情報も流通しているはずですが、大半はお互いの存在を確認して、つながりを維持するための会話に終始しているのではないかと思います。それはそれで情報の意味があるので否定できませんが、要するに現代人はリアルとバーチャルの2つの世界を生きなきゃいけないわけですね。

 

 ゴミ掃除も2倍となり、交流による負担や心労も2倍。現実の社会だけでなく、ネットの中でも他者に気を使わなきゃいけないってことです。かといって、楽しみや喜びも2倍になったかというと、少なくともボクはそうではありません。何だかなぁ、これから人間はどこに行こうとしているのでしょうか。

 

 とにかく、迷惑メールだけやめてくれないかなぁ。誰に頼めばいいのか分からないネット特有の匿名性もボクには不愉快なんですよね。

 

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2018年12月28日 (金)

パソコン時代の終焉

 

 近いうちにパソコンの時代は終わりになるんじゃないかな。だってさ、スマホのほうがハンディで、圧倒的に便利ですからね。

 

 長らくガラケーを偏愛し、超薄型のマックブックエアーを国内外で駆使してきたボクだからこそ、この予感は正しいと確信します。より厳密に言えば、キーボードとマウスと大きなディスプレイを備えたパソコンは、ごく少数の特定の人たちだけが利用するものとなり、大多数はスマホまたはタブレットに移行していくはずです。あのホリエモンだって、もはやパソコンなんか使っていないと思うぞ。

 

 というのも、かなり遅れてきたスマホ・オッサンだからこそ、その利便性が明確に認識できるだけでなく、パソコンの世界は複雑でマニアックになり過ぎだと思うのです。昨日も会社のステーションとして使ってきた大型のマックがなぜだかクラッシュ。サポートセンターに電話したのですが、その対応がさっぱり要領を得ません。挙げ句の果てにアップルはソフトウェアのマイクロソフトに原因があるからそっちに聞いてくれとたらい回し。マイクロソフトにしても、動作環境を根掘り葉掘り確認するだけで、通り一遍のマニュアル的なアドバイスしか言えない。

 

 ボク自身は最初から、バージョンアップしたOSと既存のソフトウェアであるオフィス2011の不具合だろうと睨んでいたので、1世代遡ったOSを再インストールするか、オフィス自体を新しいものに変えるしかないと判断していました。そこでインターネットを調べてみると、再インストールは3つほど方法があるので、それぞれトライしてみましたが結局はうまくいかない。もはやこれまでと、オフィスの最新ソフトをダウンロード。その前段階で、昔は1本いくらの売り切りだったものが、毎年の支払いに変更されていたことに仰天しました。プリンターのトナーのように、イニシャルでなくてランニングコストで儲ける方向に転換したわけですな。そのケチくさい商人根性(あきんどこんじょう)に呆れつつも、受け入れなければパソコンが粗大ゴミになってしまうので、仕方なく登録しましたよ。

 

 かくて、ようやく動き始めたのですが、そもそもOSをバージョンアップしなければ良かったんですよね。古いOSに古いソフトで何の問題もなかったのに、機械がしつこく勧めるから、それに従った結果がこのトラブルです。

 

 これではスマホが繁栄するのは当然です。それぞれのバージョンアップやセキュリティのスキャンが自動的に行われているだけでなく、サポートの電話もそれほど待つことなく通じますからね。ドコモの遠隔サポートなら、それぞれのスマホに直接アクセスして教えてくれます。パソコンとは世界観がまるで違うんだよな。スマホは電話から始まっただけに、最初から素人を前提にしており、システムも上げ膳・据え膳のように構築されています。機械がバックグラウンドを丁寧にケアするので、基礎知識ゼロでも楽しく使えるかわりに、もろもろの年間手数料やランニングコストをいただきますぜってことです。だからこそ、ハードもアプリの業者もこぞって群がるわけですな。1回の契約で永続的に儲かりますからね。

 

 一方のパソコンは、もともと電子オタクのオモチャであり、彼らが育ててきたといっても過言ではありません。だからユーザーといえども、ある程度の基礎知識は不可欠。また、これまでは機械1台、ソフト1本から買い切りが常識だったので、ハードが壊れるまで古いシステムを使い倒す、なんてことも可能だったのです。マックであれば、内部のシステムも分かりやすかったので、メモリー増設などでカスタマイズする人も少なくなかったんじゃないかな。それはそれでパソコンならではのメリットだったのですが、前述したようにマイクロソフトは年間支払いに移行。いったん不具合が起きたら面倒極まりなくなるパソコンに、スマホの狡猾で不愉快な仕組みを導入してしまった。これでは、パソコンから人が離れていきますよ。

 

 現実的にも、パソコンはハンドバッグに入りません。ボタン一発で何もかもシームレスに連携していくスマホに比べると、パソコンはサポートの姿勢も含めて、ユーザーフレンドリーにはほど遠いのです。このあたりをメーカーやソフトウェア・エンジニアが認識して抜本的に改善しない限り、早晩、過去の遺物になってしまうでしょう。

 

 最後になりますが、グーグルの音声認識にも感動しました。これまでは事前に発声を録音して機械に慣れさせるタイプが普通でしたが、グーグルはいきなり声をかけても正確に反応して文字化します。テレビを見ながら間違って起動させたことがありますが、アナウンサーが話した言葉まで拾いましたからね。

 試しに「幸せって何?」と訊いたら、ウィキペディアを紹介されました。

 

 というわけで、キーボードやタッチバッドによる文字入力もいずれ必要なくなるはずです。修正はあり得ますけどね。そうなると必然的に文章のあり方も変わってきます。書き言葉が衰退して、よりリアルな口述筆記が常識化していく可能性が高い。ボクたちの書き方だって、明治期に文語を口語にするという言文一致が進展した結果ですからね。

 

 ま、そんなわけで、パソコンに将来性はまったく感じられないのです。優秀なエンジニアがそれに気づかないはずはないので、どんどんスマホ業界に転職しているんじゃないかな。それによって格差はますます広がっていくでしょう。

 これはユーザーインターフェイスというより、哲学や思想の違いであることを知るべきです。やはりスティーブ・ジョブズは凄かった。ビル・ゲイツなんか足元にも及ばない正真正銘の天才、いや革新的な創造主ではなかったかとボクは追悼するのであります。

 

【追伸】

 明日から正月休みに入るので、このブログもお休みとさせていただきます。1月7日から再開する予定ですが、興味深い出来事があればアップするので、たまにチェックしてみてください。珍しく新年1日の夜はジャズのライヴを予約しているので、今から楽しみにしています。

 

 それでは皆さま、良い年をお迎えください。

 

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2018年10月12日 (金)

パスワード地獄

 

 いやもう大変な世の中ですな。

 セキュリティのことを考えて、メインのパスワードを変更したのですが、それからが面倒くさいことになってしまいました。キーチェーンがどうたらこうたらで、どうもすべてに登録済みだったパスワードまでリセットされたらしく、メールがつながらなくなってしまいました。

 

 それやこれやで、朝の7時頃からいろいろと格闘。まず第一に意味がとんと分からないカタカナが頻出するので、もうちょっとでブチキレるところでした。何とかメールがつながってホッと安心なのですが、新しく登録したパスワードなんてすぐに忘れそうだもんね。

 

 そんなこんなで、とりあえずご報告のみ。まともなブログは後でアップするので、しばしお許しください。

 

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2018年8月20日 (月)

遊び感覚だよっ(後)

 

 どうもね、ボクたちは仕事と人生について、あまりにも生真面目に考え過ぎてきたのではないでしょうか。経験がきっちり豊かな識見として蓄積されていくなら、まさに「石の上にも3年」ですから、真面目も価値あるライフスタイルだと思います。

 ところが、ここまで述べてきたように、若い人でもネットさえ参照すればプロ並みの本格的な料理をこしらえることが可能です。都内のややこしい道路でも、カーナビを使えばプロのドライバーと同じ最短ルートを利用できますよね。それと同じように、先輩がコツコツと苦労して身に付けたことを、ネットとAIを利用して新人が易々とやってしまう、なんてことがこれからはどんどん起きてくるはずです。

 

 つまり、指示されたことを真面目にやり続ければ、それなりのベテランになれる社会はもはや過去のものといっていい。だったら、仕事と人生に対する考え方を根底から変える必要があるんじゃないかな。

 

 そこで、いささか飛躍するようですが、そろそろ仕事も人生も実は遊びの一種と考えていいような気がするんですよね。「遊び」というと誤解されるかもしれませんが、不真面目ということではありません。子供の成長が象徴的ですが、知恵や創意工夫を発揮するのは、実は勉強よりも遊びなんですよね。学校の勉強は定型的で範囲も定められていますから、それこそ「真面目」にやるだけである程度は伸びていきます。だから教師に従順な女子の成績が良いということになるんじゃないかな。ところが「遊び」のほうはそうはいきません。ゲームにしても相手に勝つためには自分の頭を使った作戦が必要になってきます。慣れが必要と思われるけん玉にしても、自分なりに工夫しなければ上達できるはずがなく、新しい技だって思いつかないでしょう。

 

 どっちの脳を使っているかは知りませんが、少なくとも「真面目」の蓄積をネットやAIが軽々と乗り越えていく時代であるなら、ボクたちは「遊び感覚」で人間としての能力を発揮したほうがいい。

 

 仕事を大人の遊びの一種だと考えることができれば、通勤も苦痛ではなくなります。会社に行けば面白いことが待っているんですからね。退屈に感じるルーチンワークも、遊びの一種として見直せば、いろいろな発見があり、そこから改善・改革が生まれることだってあるはずです。

 

 考えてみれば、ボクたちは「真面目」という別称の「我慢」を随分長いこと強いられてきたのではないでしょうか。唐突ですが「愛国心」も同じで、時の政府の意思に唯々諾々と従うのでなく、革命の反旗を翻すことも国や郷土に対する愛情の発露といえるではありませんか。

 

 近頃は「働き方改革」が流行語になっていますが、論議されているのは労働時間や就業規則、それに給与体系といった外枠ばっかり。働き方の中身も改革するというなら、ボクは「遊び感覚」を是非オススメしたい。これは労働者を本質的に解放する革命的な概念なんですけどね。

 それはまぁ大げさとしても、人生も仕事も楽しくて面白いほうがいいじゃないですか。そのために何よりも必要なのが「遊び感覚」ということなのです。大学のキャリア教育は、そこのところをきちんと教えているのかなぁ。

 

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2018年8月17日 (金)

遊び感覚かよっ!(中)

 

 長い期間をかけて積み重ねてきた経験や知見が、もはや新人でも瞬時に共有できる環境になってきた、みたいな意見を昨日のブログで解説しました。つまり、職場では10年選手のベテランだからといって安心することなんてとてもできないわけで、これからは新卒の若手社員とも同じ土俵で勝負していかなきゃいけない。立派な学歴や地位や経験があるからといってエラソーな顔ができたのは大昔の話で、素というか真の能力や実力がより一層求められるようになってきたわけです。

 

 けれども、そんなことはボクのようなフリーランス稼業では常識でありまして、そもそも学歴や年功序列の原稿料なんて聞いたことがありません。名前が知られていなければ、駆け出しのライターも10年選手もギャラは同じ。むしろ、雑誌が大好きな若い人の流行を追いかける場合は、年齢がハンディキャップになってきます。裏原宿のファッショントレンドをオジサンが取材しようとしても、相手が心を開いてくれない可能性が高くなるからです。このあたりの年齢的な感覚ギャップは昔よりも広がっているんじゃないかな。

 

 水商売も同じで、若手もオッサンも給与体系にほとんど変わりはありません。ということは、年を取れば取るほど不利になるといっていい。

 

 つまり、「やがては功成り名を遂げて」なんて気楽なことを言っていられる業界のほうが恵まれているわけです。戦後の一時期は確かに存在した日本型社会主義はとっくに崩壊しており、国際競争の激化と高度情報化がそれに追い打ちをかけたおかげで、ちょっと前までは大企業でも高給中高年のリストラ、即ち「姥棄て」ならぬ「オジ棄て」による人件費圧縮が課題になっていたはずです。幸いに少子化の進行でコンビニなどの働く場所は増えてきたようですが、新聞のスクラップなどをして1日をつぶせば月末に高給を貰えるなんていう組織は、もはや役所くらいしか考えられません。

 

 そんなわけで、いわば「上がり」といえる安楽な状態はどんどんなくなり、引退する直前まで厳しい競争が続くと考えられるんじゃないかな。というより、これまでが楽過ぎたんじゃないかとボクなんかは思いますけどね。

 

 前向きに考えれば、能力や実力さえあれば、いつまでもどこでも活躍できるともいえそうです。学歴や肩書きや地位のパワーが将来的になくなるとは思えませんが、少なくとも現場では「無冠の帝王」みたいな評価が広がるんじゃないかな。ここに至って、ボクの念願であった本来的な能力主義が実現しそうな気配をみせていると解釈するのは不可能ではありません。

 

 ただね、こういう社会が生きやすいとは思えないんだよなぁ。仕事が厳しいのは甘受できても、他者との競争がね、しんどいのであります。誰かを追い落とさなきゃ上に行けない豊かになれないというのは、すごく悲しいじゃないですか。このためウソかホントか、欧米では若い時にメチャメチャ働いて蓄財し、早期の引退を目指す人が少なくないといわれます。それもまた極端な話ですから、もうちょっと生きやすく、働きやすくならないものでしょうか。

 

 ボクは漫画『釣りバカ日誌』の浜崎伝助がかつての理想だったと信じますが、現実的にはちょっと無理ですよね。しかしながら、彼の「遊びの精神」は今でも生き方や仕事で大いに活用できるのではないでしょうか。それこそが、「生きにくい世の中を、何とか生き良くする方法」を生み出すモチベーションにできると思うのです。そうした自己流の働き方改革をみんなが意識的にやらない限り、ますますギスギスした競争社会になっていくのではないでしょうか。

 

 またまた長くなったので、来週に続きます。

 

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2018年8月16日 (木)

遊び感覚かよっ!(前)

 

 世の中、何でもありになってきました。

 その理由をごく簡単に説明すれば、やはりインターネットとAIということになります。この2つの技術革新が、これまではシリアルに積み重ねられてきた経験則をフラットで平等なものにするため、時には原因と結果が逆転するようなこともあり得るということです。

 

 えっ、よく分からない? そうですよね、うまく説明するのは大変に難しいのですが、たとえば幼児は様々な知識や経験を獲得しながら大人になるため、これからこうなる、そこからはああなるといった予測がある程度は可能ですよね。ところが、情報化の進展とビッグデータ解析技術などの発達によって、そんな知識や経験則を瞬時に得られるようになってきました。たとえばタクシーのベテランドライバーが10年かけて覚えた都内の最短距離や抜け道も、カーナビを使えば新人だってすぐに同じルートを走れるじゃないですか。

 

 ボクはインターネットが始まった初期の頃は、本格的な「情報民主主義」が到来すると予測していました。かつては王侯貴族、近代なら大学や高学歴のインテリが書物や資料として囲い込むことで階級的な利権としてきた知識が、無料で民衆に解放されるのですから、これこそフランス革命に次ぐ第2の民主革命ではないかと。ついでにいえば、誰もが自由に意見を表明できる公平な場も得たことになるではありませんか。しかしなから、実態はそれどころではなく、前述のように年齢=経験という蓄積も無になってきたわけです。

 

 というわけで、世の中は経験則も含めた知識と情報に関して完全にフラットになりつつあります。おかげで、萌芽→普及→発達→終焉という流行のプロセスも極端に短縮化されるため、見た目には「何でもあり」という状態になってきたとボクは理解しています。

 

 このあたりの解釈や理論化は学者や研究者にお任せしますが、要するに昨日入社してきた新人と、20年も業界で働いてきたベテランとの間に大きな違いはなくなってきたといえるんじゃないかな。

 

 ここのところが、オジサンたちにとってはシンギュラリティよりずっと早い時期から具体的な脅威になってくると思われるのです。20歳そこそこの新人が、AIなどを使えばシニアと同じ経験則を利用できる。だったら、オレの数十年間は何だったんだとなるでしょ。現実のビジネス社会では、AIそのものよりも怖ろしい事態がすでに進行しているとボクは考えています。

 

 だったら、オジサンたちはどうすりゃいいんだと心配になりませんかねぇ。というわけで、このテーマは明日も続けたいと思います。

 

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2018年7月26日 (木)

Macが死んだ

 

 すいません、人間のことではないので誤解しないでください。

 

 そろそろラフデザインを作らないと期日に間に合わないと、デスクトップパソコンのMacのスイッチを入れたのですが、ウンともスンとも言わない。静かなまんま。春先に一度使った時には、ギュウィーンと元気に動き始めたのに、この暑さにやられてしまったのか、まるで反応がないのです。

 

 とはいっても、何しろ1999年あたりのPowerMacですから、およそ20年。耐用年数はとっくに過ぎており、しかも当時のデスクトップモデルはやたら重いので、直そうという気にもなりません。

 

 日進月歩のパソコン界では骨董品ともいえるモデルをどうして持ち続けたかというと、その中のソフトウェアに用があったのです。アドビのPageMakerといっても、もう分かる人はいないかなぁ。現在では同じ会社のInDesignがDTPでは主流になっており、PageMakerは最終バージョンが2001年ということで、とっくに販売停止されたソフトなのです。

 

 編集業務では、デザイナーに誌面構成の指示を出す時などにラフデザインを作ります。広告系でもクライアントに掲載素材などを説明するラフを作ることは頻繁にあります。内容が分かりさえすればいいので、手書きでこしらえるのが普通です。これをいちいちデザイナーにお願いしていたら時間も手間もかかるだけでなく、仕事にならない時には出費になりますからね。

 

 ところがボクは衆知のように字が猛烈に下手くそなので、手書きのラフとなると、ピカソレベルの天才的なデッサン、あるいは小学校低学年くらいの知能しかないと誤認される可能性が相当に高い。そこで、PageMakerを活用してきたのです。けれども、前述したように、このソフトは販売停止となり、OSもバージョンアップしたことで、使えるパソコンもなくなってしまいました。そんなわけで、前世代のPowerMacPageMakerを温存。年に何度か使ってきたのですが、とうとうご臨終ということです。

 

 ボクの時代感覚では、2000年頃なんて先々週あたりなのですが、その時に生まれた子供は高校を卒業して大学に入学する年齢です。気づいてみれば浦島太郎の玉手箱ですな。これまで動いていたほうが不思議なくらいですから、冥福を祈るしかありません。

 

 それにしても20年かぁ。過ぎゆく歳月の早さを感じながらも、いったい自分は何をやって、果たして何を残してきたというのでしょうか。浅学非才というだけでなく、思慮分別も今もって十分とはいえない。PowerMacの死がボクに伝えることはいろいろあるのですが、明るい話題には決してならないので、このへんでやめましょう。それにしてもデジタル系IT系は無常ですな。もう少しスローダウンしたほうが健康にいいような気がします。

 

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2017年9月22日 (金)

英語力

 

 ランサムウェアというのでしょうか、毎日毎日呆れるほどのウィルスメールが送られてきます。

 

 その出所はともかく、最近は手の込んだメールが多くて、内容的にリアリティをもたせたり、Scanというタイトルだけで暗に「画像を見ろ」と、こちらの疑念や興味を惹くような文面や構成に進化してきました。たとえて言えば「インターネット版オレオレ詐欺」みたいなものです。中にはZIPの拡張子を隠してWORDDOCX体裁にした添付ファイルもあるらしいので、その悪知恵をもっと前向きに使えよって腹が立ってくるくらいです。

 

 ボクの場合は英語のウィルスメールが多いのですが、たまに日本語の文面があっても機械翻訳だと明白に分かるヘボい直訳なので、すぐに見破ることができます。けれども、英語のメールは内容が分からないので不安を感じる人もいるんじゃないかな。

 でも、ご安心ください。こうしたインチキ英文メールは共通して具体的な宛先が明記されていないのです。つまり、ヘッダーがなかったり、あっても Dear Customerとか何とか、宛先に固有名詞が一切ありません。相手のアドレスにまるで心当たりがなく、宛先が抽象的で曖昧または不明のメールは直ちに削除して廃棄したほうが安全だと思います。

 

 さて、それで何が言いたいかというと、世間的にはグローバル化で、およそすべての教育機関が英語力の養成を強化しております。もちろん児童・生徒並びに学生諸君は英語の勉強をしないよりしたほうがいいに決まっています。でも、果たして社会人にとってはどうなのでしょうか。ボクの乏しい経験ですが、英語を使う必要に迫られたら、これは誓って断言しますが、誰だって短期間に読んだり書いたり話したり聞いたりできるようになりますよ。

 

 たとえば、たった1人で深夜にアメリカ南部アラバマ州のモービル空港に到着。ホテルの予約はあるにしても、客があらかたはけた後の閑散とした空港でタクシーを探したことがあります。やっと着いたホテルもルームサービスがなく、フロントで「夕食は出前しかない」ですからね。机の上に重ねられていたビニールパウチのメニューをいろいろ調べて、「なるべく早く持ってきてね」と電話をかけて注文しました。そんな経験は初めてでしたが、腹が減ったら何とか通じるようになるものです。

 ちなみに、ボクは社会に出てから英語の勉強なんか一切したことがありません。翌日もたった1人でアメリカ人の大学教授に取材しましたが、要するに本気で話を聞く気持ちがあるのかってことを相手は判断するのです。これはボクたちだって同じですよね。

 

 その時は体育大学の通信教育カリキュラムを日本で紹介することが目的だったので、それさえきちんと意思疎通できれば、多少の発音や単語や文法の間違いなんて、むしろ相手が笑いながら修正してくれます。そんなわけで、ボクは英語力を云々する以前に、相手に対する心からの誠意と、コミュニケーションしようとする意欲がなきゃダメだろうと体験的に信じているのです。

 

 ただし、英語をこのように現場で応用していくためには、少なくとも現行の中学卒業までの英語の勉強が基礎になってきます。ということで、ボクは実のところ、これまでの英語教育に特段の問題があるとは思えないのです。

 けれども、前述してきたように、問題は「英語を使う必要性」にあるのですから、それを主体的に引き受ける心構えや習慣がなきゃいけない。そのためには、小学校の早い時期から日本語で積極的に発言するディスカッションやプレゼンなどに慣れておく必要があると思うのです。にもかかわらず教室では先生の話を静かに聞くだけで、そうした応答的な発言機会にまるきり欠けていたことが、日本人が英語を苦手とする本当の理由ではないでしょうか。

 

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2017年6月14日 (水)

ショッピングモールの衰退

 

 予想通りと言うべきか、アメリカでは小売店舗が建ち並んだショッピングモールが危機的状況のようです。詳しくは本日の日本経済新聞を読んでいただきたいのですが、クレディ・スイスでは「アメリカでは今後5年で最大4分の1のモールが消える」と予測しているほどです。記者が現地取材したのはアメリカ・ニュージャージー州のモールで、かつて100あった店舗で現在も営業しているのは約1割。ほとんどシャッター商店街ではありませんか。

 

 この原因は明らかで、誰が考えてもネット通販となるでしょう。もともと国土の広いアメリカでは日本よりも通信販売が発達していたので、インターネットでモノを購入することにも抵抗はないはずです。ボクなんかは実物を確認しないで買えるモノなんてお茶とか水とか冷凍食品くらいですけど、今では服だって着てみて合わなければ平気で返品する消費者も育っているので、遅かれ早かれ日本のモールも同じ運命を辿ることになるんじゃないかな。

 

 ちょっと歴史を振り返ってみると、まずは家庭用ビデオの普及によって映画館に足を運ぶ人が激減しました。次にインターネット。音楽配信&ダウンロード購入のおかげで、CDの売れ行きは大幅に減少。それと同時並行で書店もどんどん消滅しています。さらにショッピングモールも集客不振というのですから、これは近い将来に物品の種類を問わず「小売り店」という業態そのものがなくなることを意味しているのかもしれません。

 

 実際に、わざわざ外に買い物に行かなきゃいけないものなんて、あまり考えられないですよね。ボクは生協の宅配も利用しているので、好き嫌いさえ言わなければ、1週間ずっと家の中としても不便はまるでないわけです。

 

 では、そんな生活が楽しいかといえば、どんな豪邸に住んでいても退屈するに決まっています。だから、ネット通販の普及は「外出」の意味を変えていくことになるんじゃないかな。外で買い物はかつて「日常」でしたが、それが必要なくなれば、外出は「非日常」ということになります。

 ボクは常々、日本はあまりにもパーティが少なく、着飾る機会に乏しいと指摘してきましたが、そうした「非日常」を仕掛けることで、家にこもった人たちを引っ張り出すのが新しいビジネスになっていくように思います。

 

 まだ考え始めたばかりでまとまりはありませんが、斜陽と言われる映画館だって、つきあい始めた男女のデートの場という機能まで失ってはいないはずです。お互いをよく知らないのに、いきなり自宅でビデオ鑑賞なんて女性には危険極まりないじゃないですか。ただ、それを意識した環境づくりをしている映画館が少ないから行かないというだけのことです。

 

 ショッピングモールにしても、ただの商業集積だから疲れてしまうんですよね。ディズニーランドは広くて疲れるから行きたくないなんて誰も言わないように(お年寄りは別です)、そうした魅力をショッピングモールに持たせれば、みんなが寄り集まってくるはずです。

 

 要するに、ボクたちの持っているフレームワークやテンプレートがインターネット時代に合わなくなってきただけのことであり、逆にいえばそれに依存し過ぎていたような気もします。ということは、教育もまた旧来のフレームワークやテンプレートを取り替えなきゃいけないってことですけど、それに気づいている人がどれだけいるかなぁ。

 

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