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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

ファッション・アクセサリ

2017年5月11日 (木)

半ズボン

 

 終熄に向かうかと思ったら再燃したりして、例の森友案件は首相も悩みのタネだろうなぁ。もとよりボクは彼らの教育方針も教育者にあるまじき二面性も大っ嫌いですけど、国家権力をバックにした官僚の皆さんは、彼らの「差し違える」「死なばもとろも」「一矢報いる」といった日本の伝統的&民族的な姿勢を許すつもりはまったくないようです。

 

 資料を廃棄したとかの言い訳やら、やっと出て来たけど真っ黒けっけの申請書なんか典型的です。何しろ首相の名前のついた小学校ですから、そりゃ隠したいのは山々でしょうけどね。予想される結果も、せいぜい末端の役人を処分して関の山でしょう。国家ってのは、いちど楯突くと悪魔のような怖い存在に変貌することを、もうちょっとボクたちは知った方がいい。この問題をそういう事例として見直してみると、日本という国の体質は戦前からほとんど変わっていないことが分かります。

 

 さて、大人の半ズボンです。ビーチやリゾート地ならいざ知らず、アスファルト・ジャングルといわれる大都会での半ズボンです。さらにはサンダルであります。

 

 ボクはこれらが、あくまでも個人的に大っ嫌いでありまして、どんな格好をするのも自由ということを認めながらも、目をそむけてしまうんですな。ボクだけでなく、某調査では女子が嫌いなファッションのベストテン上位に入っており、その理由は「毛ずねがイヤ」だそうです。そうだよなぁ、節がデコボコの太めのレンコンのような足も、細ければ細いにしても貧弱ですから、それが美的といえるかよぉぉぉぉと思うんですよね。仮に脱毛してツルツルにしたところで、ナマ足をさらすのは女子だけの特権と心得るべきじゃないかな。

 

 そんな批判を知ってか知らずか、半ズボンにサンダルの男子は年々増加しているように感じます。地球温暖化で蒸し暑いのだから、涼しい格好をしてどこがいけない、という反論が波のように寄せては返していきそうですが、そういう我慢というかこらえ性のない精神性がね、どうにも好きではないのです。誰だって自分が大切なんだから、他人を踏みつけて生き延びても仕方ないじゃんかという気持ちと相通じるものはありませんかね。えっ? ないってか。それならそれでいいんだけどね。

 ただ、もしも本気で涼しい格好になりたいのなら、ランニングシャツとステテコにしたほうがいいんじゃないかな。にもかかわらず、という中途半端な立ち位置こそが嫌いな理由なのです。

 

 以前にも書きましたが、エレガントという言葉はハードボイルドと同じく「痩せ我慢」の別名なんですよね。楽な格好をしたいというのもよく分かりますが、そこのところを忘れると精神性まで醜悪極まりなくなってしまう。これから本格的に始まる恐ろしい季節に向けて、ズブズブ、じゃなくてダラダラのグダグダにならないよう、ボクも含めて、皆さん心を引き締めようではありませんか。

 

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2017年1月23日 (月)

H&Mふたたび

 

 先週末にスイス・ジュネーブから帰国いたしました。

 なぜだか今年はいつもより風が強く、幸いに雪こそ降らなかったものの、「こんなにも寒いところだったかなぁ」と襟もとを締めながら嘆息するほどの体感温度でした。

 

 そんな真冬のジュネーブで、クロークに預けたコートが出てこなかった事件を前回のブログでご紹介しましたよね。そんなのありかよ、と思わせるアクシデントですが、海外ではそうしたことほどあり得るのです。その時に、ちょっとの間にしても救いになったのがジュネーブ駅前のH&Mでした。ファッション量販店にもかかわらず、平日でも午前9時開店ということで、取材直前に慌ててバーゲン中の格安コートを購入できたからです。生地&デザインともにあまりにもショボイので、1度しか腕を通していませんけど。

 

 その店に、また行くことになるなんて、夢にも思っていませんでした。H&Mの熱狂的なファンというわけではなく、むしろユニクロのヒートテックなどを愛用しているのですが、いくら入念に準備しても、旅先では予想もつかないことが起きるんですよねぇ。

 

 とはいっても、今回はコート紛失のような重大事件ではありません。往路の飛行機の中で何となく感じてはいたのですが、ホテルに到着して旅装を解き、やれやれと一息ついた時に、それに気づきました。

 ベルトのバックルのところの革がちぎれていたのです。何度も海外取材を経験しているので、たいていのことは事前に察知して準備しておくのですが、まさか革のベルトがちぎれるなんて誰が予想できたでしょうか。布ではなくて、革ですよ、革。しかも、専らスーツ用にスタンバイしてきたベルトなので、使用頻度も著しく低い。今時、ベルトを思い切り締め付けてズボンをはく人がいるはずもなく、近頃になって急に太ったということもありません。

 

 にもかかわらず、腰のあたりがいつもより軽く感じたので、下を見たらバックルがぶらぶらしていたというわけです。

 

 こんなことは予想外でも、充実した裁縫セットは常時携帯しているので、まさか革を縫うなんて素人には無理だろうと思いながらトライしてみたら、驚くことにスカスカと針が入っていくではありませんか。日本の某量販店で購入したベルトですけど、いくら何でも弱すぎるよ。

 数分をかけて我ながらみごとに縫い上げましたが、そもそも革自体が弱いようなので、すぐにダメになるのは見え見えじゃないですか。そこで「あっ、そういえば」とコート紛失事件のことを思い出したわけです。

 

 でもってネットで確認したら、相変わらずの9時開店。もちろん翌朝のオープン直後に入店しました。メンズは2階で、ちゃんとベルトもあったことはあったのですが、残念なことに調整不能なものばかり。ちなみに、ボクのベルトはバックルの付け根が外れるようになっており、革の不要な部分を切って再装着することで微調整できます。ところが、そんなタイプはまったく見当たりません。

 

 念のために自分で縫ったベルトを持参したので、それと合わせて近似のサイズを購入することにしました。旅先ですからワガママは言っていられません。定価は39スイスフラン。約4500円ですけど、日本なら2000円程度が精一杯じゃないかなと感じました。

 

 いずれにしても、今回はベルトレスのツイードスーツを主役にしていた関係で、購入したベルトを使ったのは1日だけ。ないよりはマシですけどね。

 

 それにしても、あの店はなぜ9時開店なのでしょうか。同じH&Mでも他店は10時オープンが普通らしいので、実に不思議です。ジュネーブ駅前だからというなら、では東京駅近辺のファッション店で9時にオープンするショップがあるかといえば、ほとんどないんじゃないかな。

 

 新しい謎も再発見してしまった「H&Mふたたび」なのであります。

 

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2017年1月13日 (金)

行ってきます!

 

 どうしようかなと、ここ数日ずっと悩んでおりました。問題はコートなのであります。

 

 今週末からスイス・ジュネーブで開催される国際時計展示会の取材に出かけるのですが、例年とは寒さが違うみたいなんですよね。天気予報によれば、最高気温がずーーーーーーーっと、マイナスなのです。とはいえ、大きな湖があるせいか、−2度とか−5度くらい。北海道の人に笑われそうですが、ともかく東京よりはずっと寒いのです。

 

 だったら厚手のコートを着ていけばいいじゃんとなりますよね。ところが、ボクの仕事はパレクスポという空港近くの見本市会場の中でブランドの人たちに新作の話を聞くことです。会場内はヒートテックを後悔するくらいの暖かさに感じることもあるので、もちろんコートなんか不要。

 つまり、外に出て氷点下の気温に接するのは、ホテルから会場に向かうバス待ちの時くらいなので、悩んでしまうのです。このため、早くから今回は薄手の軽いコートにしようと決めていたのに、長期予報の気温がどんどん下がっていき、ついにマイナスとなり、ついでに「多少の雪」とか「にわか雪」だってよ。おかげで、ボクの目論見も見直しを余儀なくさせられているわけです。

 

 旅装はできる限り軽いほうがいいというだけでなく、一昨年にはクロークに預けたコートが「見つかりません」なんていうアクシデントも経験したので、持ち歩けないものは避けたいのですが、最高気温が氷点下ではねぇ。

 

 このアクシデントで体感した、コートを着ないでホテルに帰った時の心細さ、ひもじさといったら、そりゃもう情けないくらいでした。だから寒いのはイヤだけど、持ち物は極力軽くしたいというジレンマの中で、ハンガーにかけた2枚のコートを見ながら、どちらにしようかなぁと溜息まじりなわけです。

 

 こんなくだらないことで、よくもまぁこれだけの行数を書いたものだと自分ながら呆れますが、ネタが見つからないから仕方ないじゃないか! 

 

 つい逆ギレ()してしまいましたが、そんなわけで、このブログの再開は基本的に来週24日の火曜日を予定しています。現地で面白いことがあればアップするので、たまにはご訪問ください。

 なんてことを律儀に告知するブログもあまりないんじゃないかな、と思いつつも、では行ってまいりまぁーす。

 

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2016年12月27日 (火)

引き算(続)

 

 昨日のぐるぐる巻きマフラーもそうですが、最近はゴテゴテのファッションがどうにも馴染めなくなってきました。地球環境並びに都市部はどんどん温暖化しているので、何も蓑虫みたいな格好をする必要はないと思うんだけどなぁ。

 

 いえね、これはあくまで個人的な感想であり、ボクごときがファッションを云々できる資格も専門知識もありません。ただ、もしもファッションが生き方を表現するものであるなら、年を取れば取るほど「足し算」でなく「引き算」を心がけるべきではないかと。

 実際問題として、いい年をしたオッサンが頑張って盛ったところで、誰も感心してくれませんよ。それよりも「すっきり」「さっぱり」のほうが好感を持たれやすいのではないでしょうか。

 

 この「引き算」理論については、以前にも2回ほどこのブログで開陳いたしました。それを再度要約しておくと、生まれたばかりの人間は丸裸で何も持っていません。それが成長していくうちに、知識や経験や財産や家族などが次第に「足し算」されていきます。ところが、子供が独立して家を出ることが象徴的ですが、ある時点から「足し算」でなく「引き算」のほうが目立つようになります。定年で退職すれば、仕事や取引先との付き合いも「引き算」されることになりますよね。

 

 ごく稀に、トランプ大統領のように「足し算」しまくりの人生に見える人もいますが、死んだら結局はみんなと一緒。無への回帰を誰も避けることはできません。カネや不動産を残せば親族は喜ぶでしょうが、それにこだわる欲求や執着は、若い頃は「足し算」の強力な原動力になっても、やはりある時点を超えてしまうと、大変に見苦しいものに変質してしまいます。

 

 それに逆らおうとする「あがき」も人間の業として理解すべきですが、ボク自身はきちんと覚悟して「引き算」を適切に実行することが、格好いい年の取り方ではないかと思うのです。その真逆が「ゴミ屋敷」でありまして、いくら本人が私有財産と強弁しようが、どんな思い出が込められているとしても、腐臭がプンプンする粗大ゴミの山なんて、その状態よりもむしろ、精神性を醜く感じませんか。

 

 それとファッションとは何の関係もないように見えるでしょうが、オッサン及びジーサンの格好は、流行を追うよりも必要最小限のほうが潔くて格好良いんじゃないかな。せいぜい許せる添加物は帽子くらい。そのほかは前述したように、色使いも含めて「すっきり」「さっぱり」、それに「清潔」が基本ではないでしょうか。

 

 かといって、ボクは年寄りが枯れるべきだとは思いません。実行するかどうかはまったく別問題として、恋する気持ちを失った人生ほどつまらないものはないじゃないですか。そのためにも、ほどよい「引き算」を意識したオシャレで格好よくなることを心がけたほうがいい。その上で何かワンポイントだけ、ナチュラルに志や個性を表現する「足し算」があれば、すごく目立ちますよね。

 

 これは男に限らず、女性にも同じことがいえるように思うのです。

 

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2016年12月26日 (月)

マフラー

 

 今年の冬は厚織りのマフラー姿がやたら目立つように感じます。大きくてカラフルなマフラーをややこしいぐるぐる巻きにしたおかげで、顔がぽっかりと浮かんでいるように見える人もいますが、あれで首まわりは重たくないのかなぁ。

 

 どんな格好をするのも個人の好き勝手ですから、それを批判する気はまったくありません。もとよりファッションというのは「みんながやっている」ことに支えられているからです。けれども、オシャレで感性の鋭敏な人たちは、ある程度普及した段階でその流行にさっさと見切りをつけて、別のことを考えているんじゃないかな。

 

 つまり、世の中には「みんながやっているからやる」という人と、「みんながやっているからやらない」という人の2種類がいるわけです。魚釣り禁止の岸壁で釣りをしたり、河川敷で危険なゴルフ練習をやったり、駐車禁止の路地に平気でクルマを停めるなどの迷惑行為をする人も共通して「みんながやっているから」という言い訳をしますけどね。

 

 まさかファッションがそれと同じ迷惑行為とは言いませんが、「みんながやっている」ことが弾みになったり、時には免罪符のようになることは共通していますよね。

 たとえばマフラーを率先してぐるぐる巻きにした人が「石焼き芋屋か、お前は」なんて嘲笑された時期があったと思うのです。ボクも大昔に赤いトレーナーとジーンズを履いたおかげで「2キロ先からもお前と分かる」と言われたことがあります。

赤は流行にならなかったにしても、マフラーぐるぐる巻きは「格好いいじゃん」と感じる人たちが真似をするようになり、それをテレビやファッション雑誌なんかが注目して特集するようになると、爆発的なトレンドになります。かくてマフラー姿を今では石焼き芋屋や夜鳴きソバ屋と誰も嗤わなくなり、こぞって「素敵!私もしてみたい」みたいなことになるわけです。

 

 人間というのは個人としての権利が法律で定められてはいますが、動物としては1つの種ですから、同じように行動するのは当然というだけでなく、太古の昔は身を守る術でもあったと思います。鋭利な牙を持つ捕食者のエサにならないためには、誰かがやってうまく逃げのぴることができた方法は積極的に真似したほうがいい。そんな理由から「みんながやっているからやる」というのは人類に共通した性向ではないでしょうか。

 

 ただし、そのためには「みんながやっているからやる」ことを敢えてやらない人が常に必要となります。凶暴な捕食者だって自分の生存がかかっているのでバカではありません。洞穴に隠れる人間が増加すれば、そこを狙えばいいと考えるようになります。そうした「みんながやっていること」に疑問や反撥を感じたのか、それとも飽きたせいか、とにかく危険を顧みずに洞穴から出て、木に昇ってみた奴もいたんじゃないかな。中には失敗して食われた人もいるでしょう。しかし、そうしたトライアル&エラー&サクセスの継承を繰り返して人類は存続できたとボクは考えています。

 

 であるなら、ですよ。「みんながやっているからやらない」と考える変わり者をもっとリスペクトして大切にしなきゃいけない。いじめたりハラスメントの対象にするなんてもってのほかなのです。

 

 その意味では、1970年に大阪で開催された日本万国博覧会のテーマ「人類の進歩と調和」は秀逸というほかありません。「進歩」とは「みんながやっているからやらない」という変わり者たちの果敢なトライアルを意味しており、それを「みんながやっているからやる」という人たちが広めていくことが即ち「調和」だからです。

 

 そして、どうやら日本人は「みんながやっているからやる」という人の含有率がちょっとばかり高くて、「みんながやっているからやらない」人の割合がかなり低いのではないかとボクは判断していますが、果たしてどうなのでしょうか。

 

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2016年12月21日 (水)

ひと回り

 

 このところは11月並みの暖かさ、というか寒さらしいですが、来週からは本格的な冬の気候に逆戻りなんていわれています。

 

 であるなら、コートが欲しいなぁと。いえ、まともな防寒具がないというほど極貧ではありませんが、愛用しているコートがね、大昔に購入したものなのです。おそらく10年以上も前なので、ワタクシ、かなり物持ちの良いほうではないでしょうか。

 

 でね、このコートが、自慢ではありませんがカシミアでございまして、へへへへへへ、高級品、の「はず」なんだよなぁ。というのも、たまたま連れて行かれたバーゲンでエイヤッと衝動買いしたので、タグには「毛100%、カシミア」とちゃんと書いてはあるものの、出自が今ひとつ明らかではありません。「いったいどこのブランドだよ」って感じなんですよね。

 

 それでも、カシミアらしい、のではないかと感じさせる柔らかな肌触りで、ヒザ下までのロング丈なので大変に暖かいのです。それに飛行機の荷物棚に荒っぽく長時間放り込んでおいても驚くほどシワにならない。これはヘタすりゃ本物のカシミアかも知れないと思ってきたのですが、実は最近になって気づいた難点がひとつだけあります。

 

 大きいのです。近頃はテレビドラマ『下町ロケット』(TBS系)で吉川晃司が「パッツンパッツン」と評されるほどのスリーピースを着ていたように、タイトフィットがトレンドであり、昨年に公開された映画『007 スペクター』のダニエル・クレイグなんかも身体にぴったりのコートを着用しておりました。ところが、これにまったく逆行する「サイズ感」なのです。

 

 いかにもダブダブでトレンドを外した大仰なデザイン。こんなことはそれまで考えたこともなかったので、念のためサイズを調べてみました。もしかしてLLかXLだったのかなぁとコートをひっくり返して見てみると、何とMではありませんか。ちなみにボクの下着のシャツはLなので、まったく適正というか、サイズ表記としては小さいくらい。

 

 こんなのウソだろと思いながらも時は経過。しばらくして何気にテレビを見ていて、その理由がやっと分かりました。たまたまヒラリーの旦那であるクリントンが大統領だった頃の記録映像を見たのですが、肩が大きくはみ出たデカいコートを着ていたのです。彼の在任期間は1993~2001年なので、20年くらい前はオーバーサイズが普通だったと考えられます。してみると、ボクのコートはその当時の流行を反映していたわけですね。

 

 もっと面白いことに、ウェブをチェックしてみると、2016/17年秋冬のメンズのアウターは「XL」が注目されているらしいのです。まだまだ一般的なトレンドになっているとは思えませんが、来年あたりからみんなが競ってオーバーサイズのコートを着るようになるかもしれません。

 

 すると、ワッハッハッハなことに、流行は「ひと回り」して、ボクの大型コートも「オシャレ」と見直される可能性があります。デザインまで回帰するとは限りませんが、それまでもうちょっとの辛抱なので、当分は「親父のお下がり」という言い訳で着ていこうかな。それはそれで「いい話」に感じられるではありませんか。

 

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2016年12月15日 (木)

スーツ

 

 スーツは軍服がルーツと言われますが、あの格好で敵と戦っていたとはとても思えません。ライフルを撃つたびにネクタイは緩み、ボタンだって簡単に外れてしまう。そもそも、あんな窮屈な姿で突撃なんかできるはずがない。20世紀に勃発した2つの世界大戦の映像を見ても、戦場ではいわゆる工場の菜っ葉服に近い戦闘服で銃を構えています。現代でもアメリカの海兵隊は迷彩服で腕まくりですよね。

 

 ではスーツの起源とは何だったのでしょうか。ボクはファッション評論家ではないので詳しく調べていませんが、こうした戦闘現場で敵と直接的に命のやりとりをしない人たち、つまり指揮官や将兵たちの制服だったんじゃないかな。あるいは戦時でなく平時の制服ですよね。下士官クラスはシングルで、将軍になるとダブルブレステッド。これが現代ではサラリーマンの制服となり、社長など経営幹部の皆さんはボタンが2列のダブルで、若者がそれを着ると生意気だと顰蹙をかったりします。

 

 あれ? そうすると戦場で兵隊さんが着用してきた戦闘服はどこに行ったのでしょうか。ボクは工場などの製造現場で働く人たちの制服になったと思っています。エンジニアも含めて、前述した菜っ葉色やグレーなど汚れが目立たないカラーリングが一般的みたいですが、そのスタイルは戦前からほとんど変わっていないんじゃないかな。

 

 一方、スーツのほうはブリティッシュだのイタリアンだとのスタイルがいろいろあり、ゼニアいやロロピアーナだと生地にうるさい人もいます。それに流行も加わるので、ビジネスマンのオシャレは百家争鳴なわけです。

 エアコンの効いた社内で知恵を絞る内勤や幹部の皆さんはスーツにこだわることができても、くそ暑い夏の真っ昼間に、汗をだらだら流しながら取引先回りをしたり、セールスなどで外勤する人たちはそうはいきません。着ている服だけは指揮官に昇格しても、やっていることは兵隊さんと同じではありませんか。ボクは尊敬を込めて「兵隊さん」と呼ぶのですが、それでも現代の戦いではスーツを着なきゃいけない。

 

 もっぱら省エネの観点からノーネクタイのクールビズが定着しましたが、それでもスーツが外勤の営業系にふさわしい制服かといえば、決してそうは思えないのです。現場の兵隊さんにとってスーツはまさに戦闘服であり、日々着倒して消費することになるので、やたらにカネをかけても勿体ない。そんなわけで2~3万円でスーツが購入できるファッション量販店が増加。くたびれやすいズボンは2本つけますぜという販売方法も常識化しています。

 

 だったら、ですね。前述した工場の菜っ葉服や研究所の白衣なんかを含めて、亜熱帯になりつつある日本の現場仕事にふさわしいユニフォームを新しく創造するべきではないかと、ボクはかねがね思ってきました。

 動きやすくて機能的であるのはもちろんとして、個性を反映できる余地がきっちりあって、何よりもカッコいいこと。指揮官や将校がスーツから着替えたくなるほどオシャレでなきゃいけません。言下に「そんなの無理!」と言われそうですが、かつてジーンズはそこらのスーツ姿より格好良く感じられことで、爆発的に普及したんですぜ。それと同じような新しいスタイルの創造は絶対に可能だと思います。それをやろうとしないからできないだけでね。

 

 ファッションというのは定期的に循環しており、リーインカーネーション=転生を繰り返しているような気がします。しかしながら、そのサイクルから抜け出したファッションが奇跡的に誕生することがあるのです。それがココ・シャネル(1883〜1971年)であり、VANジャケットを倒産に追い込んだジーンズだったのではないでしょうか。

 であるなら、21世紀も20年近くを過ぎた今こそ、ファッションの慣例を破った新しいスタイルを生み出すべき時期ではないかと思うんですけどね。

 

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2016年11月14日 (月)

背中

 

 気にし過ぎといえばそうかもしれませんが、最近は背中が気になって仕方ありません。

 

 背骨が痛いとか肩が凝るといった肉体的疾患ではないので、「後ろ姿」というべきかな。ジャケットはともかく、スーツなんかを着た時に、最近は後ろからどう見えているのかと考えるようになりました。

 

 だってね、ネットでは「スーツは背中が勝負」とか「後ろ姿が大切」などと頻繁に書いてあるではありませんか。ファッションに素人のボクは、クルマの運転だってバックミラーに注意しろと教習所で教えられたのだから、「そうか背中か。後ろ姿もチェックしなきゃいけないんだな」と素直に信じますよね。

 

 そこで自分の後ろ姿を見ようとするのですが、これがね、容易なことではないのです。少なくとも鏡が2枚必要ですもんね。そもそも自分の顔が期待から大幅に外れており、まったく希望通りではないことから、鏡を見るのが大嫌いだったので、そんなもん洗面所にしかありませんでした。50歳を過ぎてから姿見をプレゼントされて、初めて自分の体形の全貌をまじまじと見たくらいです。

 

 それで、何とか背中を見ようとするのですが、あり合わせの小さな手鏡を使っても、どうしても身体をねじ曲げることになるので、普通ではない状態になってしまいます。みなさんはどうやって自分の後ろ姿をチェックしているのでしょうか。まぁね、気にしなきゃしないでも生きてはいけるし、ボクも何十年間をそうやって過ごしてきましたから。

 

 ちなみに、ネットではどうなんだろうと検索してみました。これがまた、実にワハハハでございまして、いかなるファッション関係のサイトでも、背中や後ろ姿の画像なんて極めて僅かなのです。ボクの調べ方が悪いのかも知れませんが、あのピンタレストですら出現率はコンマ以下のパーセンテージです。

 

 スーツは背中だ後ろ姿だと文章では言っても、まともな画像はほとんどありません。やっぱネットというのは、言い方は悪いかもしれませんが、素人のコピペ・メディアであって、誰かが言った分かったふうなことが複写されて拡散しているだけなんですよね。異なった視点や深掘りした情報蓄積がほとんどないのです。

 

 だから前方から撮影した、ありきたりの写真ばかりが並ぶことになるわけで、そんなネットのどこがニューメディアなのでしょうか。

 むしろ、オールドメディアである紙媒体のほうがよほど工夫しており、だからこそ有料なのですが、衆知のように目下の形勢はとても不利です。前述してきたようなネットの不備をもっと指摘すべきではないでしょうか。これまでネット万能論みたいなことが言われ過ぎてきたのであって、クラウドにしても絶対に限界があります。「3人寄れば文殊の知恵」と言われても、3人ともが同じ意見や感想だったら「文殊の知恵」にはならないからです。特に日本固有の強烈な同調圧力は単純な二元論しか生まないので、いよいよネット過信はあかんよな、と再認識した次第です。みなさん、そのあたりを本当に分かっているのかなぁ。

 

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2016年10月21日 (金)

ツイード

 

 とうとうツイードのスーツを注文しちゃいました。

 

 注文といっても、本格的なビスポークではなく、既製品のパターンオーダーです。正確には既製の型紙がベースということになるのかな。その細部の寸法を調整しただけですが、ボク的にサイズ感がジャストフィットのブランドだったので、冬のスーツに続いてスラックスだけ単独で作り、翌年には夏のスーツまで揃えることになりました。

 だったら今度は違うブランドにすりゃいいのにと自分ながら思うのですが、服を試着して合わせながら採寸するというのが大の苦手で、ジーパンですらひどく疲労してしまうのです。

 

 あんな電話ボックスみたいな狭いところで、店によっては大きな部屋だったりしますが、「着せ替え人形」をやるのが好きという男子はあまり多くないはずです。スラックスの履き替えなんて、ストレッチやエアロビクスの新メニューにできるんじゃないかな。

 

 ところがパターンオーダーなら1回採寸すればデータが残っているので、同型の服であれば、いちいち試着しなくてもいいから楽なんですよね。特にボクの場合は、膝を故障している関係で、脚の長さが5ミリほど違います。さらに、右足を軸として使うので筋肉がつき、かわりに左脚がやや退化して細いので、太さをそれぞれ調整してやらないとヘンなたるみが出てくるのです。

 

 こういう細かいことを、いちいち服を買うたびに合わせるというのはボクにとって大変な負担です。だから夏冬で生地は違いますが、スタイルはまったくそっくりのスーツが並んでいます。そこに厚手のツイードが加わることになったわけです。

 

 例によって来年早々には海外出張があるので、最初はスーツでなく、冬のジャケットを購入するつもりでした。それにも理由があるので大前提から説明すると、スーツを旅行カバンに入れて長時間運ぶ場合は、どうやってもシワを免れることはできません。昔の貴族のように大型の衣装箱を数人の召使いが運搬するというなら別ですが、専用のガーメントバッグにしても必ず折りジワがついてしまいます。そこでスーツを風呂場に吊して高湿度の中で回復させるなど、皆さんいろいろと工夫されていると思いますが、どんな方法にせよ、荷ほどき後の1日は休ませたほうがいいとボクは考えています。

 

 そうなると、到着翌日の格好をどうするってことになりますよね。最も安全なのは、カバンの中に入れない服です。カバンに入れるからシワになるわけでね。けれども、スーツ姿で10時間以上も飛行機に乗ることはできません。ファーストクラスは知りませんが、ビジネスにしてもスラックスをはいたまま寝るというのは辛いんじゃないかな。

 

 そうした長時間の移動は、やはりジーパンがベストだと思います。ただし、上着だけはそれなりのジャケットにしておき、翌日はカバンに入れてもシワになりにくいスラックスと合わせてネクタイを着用するというパターンを最近は繰り返してきました。

 

 この目的で新しいジャケットを探していたのですが、どうやらツイードのスーツなら上着だけの着回しも可能らしいのです。ストライプなどのスーツ然とした上着では片割れとバレてしまいますが、ツイードならジャケットでもあり得るので大丈夫かなと。念のためにネットで調べてみましたが、異論反論はあるものの、そうした着回しはアリだと判断できました。これなら翌日からいきなりスーツ姿も可能になるではありませんか。

 

 ここまで考えるのも正直言って面倒くさい話ですが、「人は見た目が9割」なんてことが言われるご時勢なので、これくらいは心を砕かなきゃいかんってことでしょう。それが正解かどうかは別ですけどね。

 

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2016年7月12日 (火)

男と女

 

 暑くなるのに比例して服が薄くなるせいか、女性はどんどん美しくなっていきます。特に若い女性は、うなじあたりに浮かんだ汗の滴すら魅力的な輝きを放つんですよね。ボクだけの感想ではなく、アーウィン・ショーの『夏服を着た女たち』でも似たようなことが書かれています。

 

 でも、これは残念ながら年齢が大きく関係しています。人間も動物ですから、「繁殖期」にとりわけ魅力的になるのは当然です。まさにそのことを「番茶も出花」というわけですね。

 

 そんな若い女性にとっては、同年代の男の子も似たように見えるに違いありません。それで種が無事に存続していくという仕掛けなのですが、人間社会は自然界に比べて相当に異常なので、ヘンテコなことが起きてきます。本来なら繁殖真っ盛りの時期に大学受験があるので自分の本能を抑えて勉強しなきゃいけない。なぜだか発情期がなくなって、年がら年中することができるので、痴漢やら変態やらストーカーみたいな歪んだことも起きてしまう。そんな迷惑を社会にまき散らさないように、自分の猛々しい動物性をきちんと律していくことが、あるべき人間の態度ということになるわけです。

 

 遠回りをしましたが、ファッションはそれを如実に反映しています。というのも、女性の服は体形を強調するようにデザインされており、特に上着の丈なんか、お尻が出るくらいの短さになっていますよね。パーティドレスの中には、息を呑むほど胸や肌を露出したデザインもあるくらいです。

 その一方で、男性のスーツの着丈は尻を隠すのが常識です。女性は自分の魅力を振りまくようにファッションをまとうのに対して、男は自分の獣性をコントロールできる理性と知性=優しさを表現しているとも理解できます。その背景には、選ぶ性と選ばれる性という違いがあるのではないでしょうか。

 

 この選ぶと選ばれるという違いは、現代ではフィジカルな差異に基づくものではなく、経済力が理由になっていると思うのです。

 

 その証拠に、最近は男のスーツの着丈がどんどん短くなって、中には尻が見えるくらいのデザインもあるんですよね。これは女性が活発に社会進出して、男なみというか、それをしのぐような経済力を持ち始めてきたことが影響しているように思います。歌舞伎町のホストとどこが違うんだよという何とか事務所のタレントや韓流なんかが象徴的で、女性に選ばれることを望む男性が増えてきたのではないかとボクは解釈しています。

 

 まぁね、こんなことはすべて仮説で根拠なんぞありゃしませんが、夏になるとそんなことを考えたりするわけです。

 

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