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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

ファッション・アクセサリ

2017年12月12日 (火)

多様性

 

 先が尖った革靴が流行した時は、みんなイタリアのピノキオになっちまうぞと心配したのですが、どういうわけだか、すっかり定着してしまったようです。ネットでは若い女性の評判は決して良くないんですけどね。

 

 そして今年の夏。激増したのが裸足に革靴であります。どうやら見えない部分に小さな靴下をはいているようですが、このスタイルが知らないうちに若い人たちを浸食。やがてビジネスマンまで素のくるぶしを見せるようになりました。冬になれば寒いのできっとなくなるだろうと思っていたら、おっとどっこいでそうでもないみたいですね。

 

 誤解して欲しくないのですが、ボクはそうしたトレンドを批判する気はまったくありません。今は常識になっているファッションだって、始まりは似たようなものだったんですから。スリーピースを着た時にベストの最下段のボタンを開けておくのは、デブの王侯貴族が閉め忘れたことがきっかけというのは有名な話ですよね。彼に恥をかかせないように、みんなが真似したわけです。ズボンの裾を折り返すダブルにしても、馬車から降りようとしたら道がぬかるみだったので、端を巻き込んだことが流行したといわれます。この出自から、ダブルは今でも正礼装として認められていません。

 

 というわけで、いかに違和感があろうがなかろうが、40~50年も経ってみれば、みんながどんな格好をしているか分からないのです。ここでヘンだよとケチをつけてしまうと、後になって先見性のなさを嘲笑される可能性だって大いにあり得るでしょう。

 

 ただね、だからこそ無意識の「追っかけ」だけはやりたくないないなぁと。たとえば、素足の革靴ですが、くるぶしを見せるとなると、ズボンも短くなきゃダメですよね。これでは夏にしても風がスースー入り込んで涼しすぎる。というのは冗談ですが、ボクには見た目の感覚的にどうしてもできません。けれども逆に、面白そうだし目立つから寒くても率先してやってみる、という感覚も高く評価します。勇気と我慢が必要ですからね。

 最もイヤなのが、みんながやり始めたからやる、という追従&横並びなのです。

 

 とはいえ、ファッションというのは非言語のコミュニケーションなので、ある程度の共通項がなければ、それこそ話になりません。言語にしても、誰かが使った言葉や用法を、それイケてるじゃんかとみんなが流用しまくって現代に至っています。それと同じで、服装も完全なパーソナルメイドでない限りは物真似の集積であり、最大公約数かつ最小公倍数なわけです。

 

 それでもね、だからこそ「意識して為したことはすべて善」という立場を取りたいんですな。なぜそうするのか、と自問するところからしか本当の満足は生まれないだろうとボクは思うのです。そりゃ何から何まで全部を理解することも説明することもできませんが、自分が大切だと思うことくらいは頑固でありたい。そうした頑固も許容するのが多様性だとボクは思うのですが、この国はやっぱり同調圧力がものすごく強いんだなぁと、つくづく感じる今日この頃なのであります。

 

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2017年11月22日 (水)

マフラー

 

 喧嘩を売るつもりはまったくないので誤解しないで欲しいのですが、あくまでも個人的な意見として、マフラーが大っ嫌いです。

 

 毎年11月始めくらいから活発に増殖する、首のところに巻くアレでございます。どんなにカッコいいファッションでも、あのマフラーをつけた瞬間に、石焼き芋屋さんか明星ラーメンチャルメラのオッサンにしか見えないんですけど。グルグル巻きのモコモコ状態で、顔だけポッカリと出している女性も少なくありませんが、可愛いというより、ボクはアザラシなど海棲の鰭脚類(ききゃくるい)やジャバ・ザ・ハットを連想してしまうのです。

 

 暖かいといえば確かに暖かいのは事実でしょうけど、そうした機能性ではなくて、みんながやっているからやっているオシャレ、という感覚がね、年を取ったせいか、最近はいよいよ気持ち悪くなってきたのです。

 

 休日の繁華街に行けば、誰も彼も似たような格好でございまして、ボクはまるでマフラーの国に迷い込んだアリスって感じになってしまうんだよなぁ。オシャレというよりも、逆に没個性で横並び、自主性や独創性に乏しい感性がモロに露呈されているように思えるから不快になるのであって、マフラーに罪はないので念のため。

 

 ちなみに、ボクはある時から「引き算」を心がけるようになりました。持ち物だけでなく、生き方も、そして服装も同様なので、首にぶら下げるマフラーなんて明らかに余計な「足し算」になってしまうのです。若い娘なら「足し算」が可愛いとなるかもしれませんが、ある年齢を越えたら煩雑で邪魔くさくてみっともなく感じないでしょうかねぇ。だからジャラジャラ系も大嫌いでございます。むしろ「引き算」のほうがシンプル&ベイシックで、それゆえにスッキリと美しく清潔に見えるのではないでしょうか。

 

 そんなわけで、ボクも1本だけマフラーを保有しておりますが、もはや美意識に合致しないので何年も使っていません。そんなのはアンタの勝手な意見だろ、と言われたら、ハイそうですと素直に引き下がりますけどね。

 

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2017年11月17日 (金)

カバンレス

 

 昨日の大阪出張はカバンを持たない手ぶらでした。最近は取材時でも百円ショップで買った網入りの透明バッグの中に筆記具を入れることにしており、カバンを持つことが激減しました。必要なものを突きつめていけば、それで十分なんですよね。

 

 今回も要件は新しい店の内覧会であり、オーナーが挨拶するだけだったので、筆記具と小型のメモ帳、それにICレコーダーだけが基本的な装備。だったら、わざわざ重いカバンを持ち歩く必要なんてないじゃないですか。パーティ用のダークスーツならポケットを膨らませたくないのでカバンに入れた方がいいでしょうが、革のジャケットだったので、それくらいは内ポケットに収納できます。

 

 とはいっても、さすがに東京から600KM近く離れた大阪ですから、不安を感じなかったわけではありません。それで思ったのは、カバンというのはビジネスマンにとっての「習慣」あるいは「常識」になっているだけで、必ずしも「必要」とは限らないということです。何かを持ち運ぶなら、紙のバッグでもいいじゃないですか。それをわざわざ高級な牛革のバッグにするというのは、やはりファッションのひとつということになります。であるなら、夏のクールビズがノーネクタイになったように、カバンレスだってありじゃないかと。

 

 必要性だけでなく、自分の個性を表現することも目的というなら、女性のバッグと同じくらい多彩でなきゃいけません。ところが、メンズのバッグはブラックかブラウンが圧倒的に多く、形も似たようなものばかり。もちろん高価なブランドものはしっかりと作られていますが、それでも男のバッグというカテゴリー的常識の中に収まっていると思います。さもなきゃ売れませんからね。

 

 そうした不文律みたいなものを見直してみようじゃないか、というのがボクのカバンレスなんですよね。みんなが持っているから持っている、みんながやっているからやっている。それでいいのでしょうか。

 

 日本という国はどんな国にも増して同調圧力が強く、常に標準=スタンダードを求めてしまう。優等生ほどその傾向が強いのですが、それを突き破っていくことが、精神的なグローバリゼーションではないかとボクは思うのであります。

 

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2017年9月26日 (火)

『それで自由になったのかい』(前)

 

 9月21日のブログ「コート」で、およそ15年にもわたって愛用してきたコートをリフォームに出したと報告しました。実はこの時に、ズボンというかパンツというかスラックスというか、それともトラウザーズ? のウエストもツメてもらうように依頼しました。子供の頃はズボンという呼び名しかなかったのに、いつの間にかいろいろな言い方が追加されてきたようです。中でもパンツですけど、アクセントの置き方によって下着と誤認される危険な名称にもかかわらず、これを使いたがるファッション関係者が少なくないみたい。ボクのようなオッサンが口に出したら、アクセントがどこにあろうが下着のことになっちゃいそうですけどね。

 

 さて、これらのズボンがコートより1週間早く昨日にリフォームが完了しました。腰の背後をツメるだけなので、肩を外して補修するコートやジャケットより手間がかからないのは納得できます。

 

 ボクの体重は5年ほど前から75~76㎏前後で安定して推移しており、データ的には決して痩せてはいないのですが、下腹が引っ込んだせいか、以前に購入したスーツのズボンなどがいささか緩い感じになってきました。そうなると一種のオブセッション=強迫観念のようになってしまい、物理的にではなく、心理的に着用を忌避するようになるんですよね。ボクがカネ持ちで浪費家なら新しく買えば済むことでも、「もったいない」をくどいほど教えられてきた世代なので、そうしたことに抵抗があるわけです。それでグズグズと放置しておいたズボンを、コートのついでにリフォームすることにしたのです。

 

 とはいっても、補正した幅を知ったらきっと笑われるだろうなぁ。個人情報なので取扱いにはくれぐれも注意していただきたいのですが、最も古いコットンパンツの2㎝が修正の最大幅で、スーツのスラックスは1.6㎝、一昨年に購入した黒のスラックスが1㎝です。コットンパンツを除けば、ベルトの穴をひとつズラして締めれば済むような幅ですが、その時にできるシワやたるみがね、これまたボクのオブセッションになってしまうのです。

 

 誓って言いますが、ボクはオシャレではありません。ただ、前述した強迫観念、いや敢えて「美学」と言い直しておきたいことが日常生活のあちこちにございまして、洋服もその一環ということなのです。だから、たった1㎝にしても、自分が想定したフィット感が得られれば、気分が晴れ晴れとして嬉しいわけですな。

 

 思えば若い頃に一世を風靡していたVANジャケットによって、原初的なオブセッションを身に付けたのかもしれません。シャツはボタンダウンでズボンは折り返しが何㎝といった決まりがいろいろあり、それに従うことが当時の流行になっていました。細かいことをいちいち自分で考えて選択する必要がなくなるので、ボクたちにとっても大変に都合が良くて便利でもあったのです。

 

 このため、ボクは5年ほど前まで慶弔用のワイシャツを除いてボタンダウンしか持っていませんでした。その頃にたまたま業界の大先輩の紹介記事を読んだのですが、彼もまたボクのように昔はアメリカントラッドを信奉していたらしい。ところが突然に、そうした決め事にこだわるのはつまらないと感じるようになったというのです。かくて今では相当にぶっ飛んだファッションを着用されていますが、実に個性的で斬新であり、それゆえに非言語のコミュニケーション機能を十全に果たすスタイルなんですよね。

 

 この大先輩の談話記事に強い影響を受けて、ボクも長きにわたるトラッドのお約束という呪縛が一気に解けました。さすがに大先輩ほど極端ではないにしても、流行に囚われることなく、自分が本当に着たい服を自分自身の意思で選ぼうじゃないかと。そのためにはファッションをある程度は知悉しておかなきゃいけない。でね、調べてみると、特にスーツは社会人の制服でもあるので、言外の制約やルールがいろいろとあるわけです。たとえば赤いジャケットはビジネスではNGと明文化されていないものの、戦後の日本で植木等以外に着用したサラリーマンをボクは知りません。逆にネイビーはオールマイティのカラーであり、「ブラックタイ」よりランクの低いドレスコードにすべて対応できます。

 

 こうしたファッションにおける常識は、社会生活を混乱なく円滑に営むために必要な決めごと=ルールともいえるのですが、それに過度に縛られると、信仰に近い排他的な状態にもなりかねません。ちなみに、今に至る様々な服飾の常識を創ってきたのは、逆に「掟破り」な貴族たちだったのです。

 

 ただし、常識を分かっていて敢えて破るのと、無知によって不作法になるのは大違いです。そんなもろもろに思いをめぐらす時にいつも聞こえてくるのが、かの岡林信康が1970年に歌った『それで自由になったのかい』なのです。テーマが拡散した上に長くなってしまったので、明日も続けます。

 

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2017年9月21日 (木)

コート

 

 もうすぐ10月ということもあって、懸案だったコートを、ついにリフォームに出しました。

 

 15年ほど前のバーゲンで、ボクにはいささか高価だったのですが、エイヤッと購入。長く愛用してきたコートです。ウソかホントかラベルにはカシミヤと表記されており、実際に航空機の荷物棚に無造作に押し込んでヨーロッパまで12時間を経過しても、シワ1本ついたことがありません。スネの半ばまであるロングコートなので、真冬のスイスでも防寒機能はまったく文句なし。預けたクロークで所在不明になり、寒くて心細い思いをしたこともありますが、翌日には無事に返ってきました。そんなわけで、可哀想なくらい粗雑に扱ってきたにもかかわらず、ヘコたれたことが一度もないタフな奴なのです。

 

 ただし、サイズがね、すっごく大きい。購入した当時はそれがトレンドだったらしく、ラベルを見直してみると、信じられないことに「M」とあります。タイトフィット全盛の今から見れば、どうしたって「LL」か「XL」じゃねぇの、というほどデカいんですな。ダニエル・クレイグ主演の007ジェームズ・ボンド最新作では、中のスーツにシワができるんじゃないかと心配するほどキツキツのコートを着用しています。まぁね、映画ですから見た目がすべて。スーツやジャケットも、その格好で1日働いたら間違いなく肩こりになる体形ピッタリの仕立てなんですけどね。

 

 いずれにしても、ボクのコートのダボダボ感は細身の流行と相対的に促進されていき、いかに偏屈で天の邪鬼のアンチ・トレンドなオヤジにしても、そろそろ時代に合わせて買い換え時かなぁと考えてきたのです。価格は特に秘しますが、15年以上も着用したら、たいていの服はモトが取れますよね。ただし、百貨店などでチェックしてみると、近年はものすごく値上がりしているように感じます。とりわけカシミヤなんていったら、そりゃもう超高価でございまして、ボクのようなライターにはめめめめ滅相もないってレベルに達しているのです。

 

 かといってサイズを直すといっても、肩から詰めないとダメなので、これは無理なんじゃないかと思い込んできました。そんな時にたまたま洋服のリフォーム・ショップのチラシを見たので、ダメモトで行ってみたら、左右の肩をそれぞれ2センチずつ詰められるというのです。なぜだか胴まわりは普通らしく、肩だけが異様に大きなデザインだったようです。そういえば、バブルの頃はそんなスーツを着込んだ人たちがディスコで踊ってましたよね。

 

 早速お願いすることにしましたが、「カシミヤですね」ということで特別料金を加算されました。これはボクにとって「おお、やっぱりそうか!」と大変に嬉しい評価でありまして、もしも男の子がいたら遺してやれるのになぁなんて思いながら、仕上がりを待っている日々でございます。

 

 ただ、こうしたリフォームはどうしたってオリジナルのデザインを崩すことになるので、結果的にスタイルがどうなるかはボクには想像できません。トレンドが一巡して再びダボダボが流行することもあるとしたら、あのままでも良かったのかなぁと一抹の後悔もあるんですけどね。

 

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2017年8月25日 (金)

第2ボタンを開ける勇気

 

 猛暑の夏場はホントに着るものに困りますよね。幸いにクールビズが普及したおかげでネクタイからは解放されましたが、今度はシャツの襟が課題になってきました。

 

 というのも、ネクタイなしのシャツの襟って、なかなかカタチが決まらないじゃないですか。ヘタすりゃ求職中の失業者ですからね。このため襟を立てやすいボタンダウンが圧倒的に増えました。それでも膨らみがあり過ぎてヘンな感じになり、夕方ともなればクタクタにヘタったり潰れたりして、カッコ良くないなぁと感じたことはありませんか。

 

 ボクはある人のアドバイスで、ボタンダウンのシャツを着る前に、襟周辺をアイロンするようになりました。ファッションは専門分野ではないのでうまく説明できませんが、開襟部分の首側とボタンで留める外側の布が離れないように、アイロンで押しつけるわけですね。こうすると不愉快なたるみがなくなって、ビシッと立つようになります。

 

 ところが、ですね。これをコットン100%のシャツでやると、襟はいいんだけど、すぐ後ろのカラーのところに妙なシワが寄るんですよね。ポリエステル混紡の場合、特に形状記憶のシャツではそんなことにならないまでも、今度は襟が外側に向けて過度に広がったりすることもあるじゃないですか。

 

 そういうものだ、と言われれば確かにそういうものでしょうけど、ボクはネクタイがない分だけ首回りはシャッキリ&スッキリ、カッコ良くキメたいと思ってきました。それで苦節ひと夏を経て、ようやく真理を発見するに至ったのです。

 

 どうすればノーネクタイの首回りをカッコ良くできるか。特にボタンダウンのシャツの着方であります。考えてみれば、実に簡単なことだったのですが、分かりますか? 知りたい? ホントに知りたいという人だけにこっそりと教えますから内緒にしてくださいね。

 

 クールビズでは、ネクタイ着用時に締める一番上のボタンを開けますよね。だから開襟と言うわけですが、そのことに問題があったのです。要するに、ここを開けるだけでは、ボタンダウンにしても普通の襟にしても、生地が横方向に向けて広がろうとする動きを止められないのです。だから、午後になるとヘンな格好になってしまう。かといって襟を無理に固めようとすれば、首回りに余計なシワが及ぶことになります。

 

 ここらでもうお分かりかと思いますが、この構造的な問題を解決する最も単純かつ効果的な方法は、ボタンをもうひとつ開けるってことです。こうすれば首元のVゾーンが下に向けて長くなり、引っ張られることになるので、どうしたって襟が立つじゃないですか。つまり、ボタンを開ける位置が上過ぎるから、襟の膨らみが大きくなったり、外側に倒れるという格好悪いことになるんですよね。疑うなら試しにやってみればすぐに理解できます。

 

 このため、第2ボタンを通常よりも下目に配置したクールビズ専用のシャツもあるようですが、普通のシャツで第2ボタンまで開けると、胸をガバッと見せ過ぎのように感じます。これでは歌舞伎町のホストじゃねぇかと思うかもしれません。はい、その通りです。かつて「ちょいワル」なんていう流行語がありましたが、そのようにカッコ良くなることは間違いないのですが、通常の勤務時間には違和感あり過ぎですよね。やはり開けるのは第1ボタンだけにしておいたほうが無難に決まっています。

 

 でもさぁ、平日でも夜は繁華街に遊びに行ったり、週末にオシャレなバーやレストランでデートってことは誰だってあるじゃないですか、そういう時くらいは第2ボタンを開けて、襟を颯爽と立ててもいいんじゃないかなぁ。もちろん年齢とか、胸のあたりの肌の様子にもよりますが、第2ボタンを開ける勇気、っていうのかなぁ、そういうものが今の日本の社会人に必要ではないかと。

 

 シャツの第2ボタンを開けて胸を見せるとなると、下着も変わってくるだろうし、ファッションにも必然的に影響してきます。そのついでに、仕事を終えたらシャツなどを着替えてから退社するという習慣を作ってもいいじゃないですか。そうすれば、生活にメリとハリがバシッと出てきます。ボクの世代は夜も会社の延長で同僚や上司とグダグダと飲み続けましたが、そんなのちっとも面白くないし、ストレス解消にもなるはずがない。仕事は仕事、遊ぶときは大いに遊び人になりましょうよ。

 

 その境目は、シャツのボタンをもう1つ開けるか開けないかということです。それだけで人生はガラリと変わってくると思いますよ。

 

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2017年5月11日 (木)

半ズボン

 

 終熄に向かうかと思ったら再燃したりして、例の森友案件は首相も悩みのタネだろうなぁ。もとよりボクは彼らの教育方針も教育者にあるまじき二面性も大っ嫌いですけど、国家権力をバックにした官僚の皆さんは、彼らの「差し違える」「死なばもとろも」「一矢報いる」といった日本の伝統的&民族的な姿勢を許すつもりはまったくないようです。

 

 資料を廃棄したとかの言い訳やら、やっと出て来たけど真っ黒けっけの申請書なんか典型的です。何しろ首相の名前のついた小学校ですから、そりゃ隠したいのは山々でしょうけどね。予想される結果も、せいぜい末端の役人を処分して関の山でしょう。国家ってのは、いちど楯突くと悪魔のような怖い存在に変貌することを、もうちょっとボクたちは知った方がいい。この問題をそういう事例として見直してみると、日本という国の体質は戦前からほとんど変わっていないことが分かります。

 

 さて、大人の半ズボンです。ビーチやリゾート地ならいざ知らず、アスファルト・ジャングルといわれる大都会での半ズボンです。さらにはサンダルであります。

 

 ボクはこれらが、あくまでも個人的に大っ嫌いでありまして、どんな格好をするのも自由ということを認めながらも、目をそむけてしまうんですな。ボクだけでなく、某調査では女子が嫌いなファッションのベストテン上位に入っており、その理由は「毛ずねがイヤ」だそうです。そうだよなぁ、節がデコボコの太めのレンコンのような足も、細ければ細いにしても貧弱ですから、それが美的といえるかよぉぉぉぉと思うんですよね。仮に脱毛してツルツルにしたところで、ナマ足をさらすのは女子だけの特権と心得るべきじゃないかな。

 

 そんな批判を知ってか知らずか、半ズボンにサンダルの男子は年々増加しているように感じます。地球温暖化で蒸し暑いのだから、涼しい格好をしてどこがいけない、という反論が波のように寄せては返していきそうですが、そういう我慢というかこらえ性のない精神性がね、どうにも好きではないのです。誰だって自分が大切なんだから、他人を踏みつけて生き延びても仕方ないじゃんかという気持ちと相通じるものはありませんかね。えっ? ないってか。それならそれでいいんだけどね。

 ただ、もしも本気で涼しい格好になりたいのなら、ランニングシャツとステテコにしたほうがいいんじゃないかな。にもかかわらず、という中途半端な立ち位置こそが嫌いな理由なのです。

 

 以前にも書きましたが、エレガントという言葉はハードボイルドと同じく「痩せ我慢」の別名なんですよね。楽な格好をしたいというのもよく分かりますが、そこのところを忘れると精神性まで醜悪極まりなくなってしまう。これから本格的に始まる恐ろしい季節に向けて、ズブズブ、じゃなくてダラダラのグダグダにならないよう、ボクも含めて、皆さん心を引き締めようではありませんか。

 

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2017年1月23日 (月)

H&Mふたたび

 

 先週末にスイス・ジュネーブから帰国いたしました。

 なぜだか今年はいつもより風が強く、幸いに雪こそ降らなかったものの、「こんなにも寒いところだったかなぁ」と襟もとを締めながら嘆息するほどの体感温度でした。

 

 そんな真冬のジュネーブで、クロークに預けたコートが出てこなかった事件を前回のブログでご紹介しましたよね。そんなのありかよ、と思わせるアクシデントですが、海外ではそうしたことほどあり得るのです。その時に、ちょっとの間にしても救いになったのがジュネーブ駅前のH&Mでした。ファッション量販店にもかかわらず、平日でも午前9時開店ということで、取材直前に慌ててバーゲン中の格安コートを購入できたからです。生地&デザインともにあまりにもショボイので、1度しか腕を通していませんけど。

 

 その店に、また行くことになるなんて、夢にも思っていませんでした。H&Mの熱狂的なファンというわけではなく、むしろユニクロのヒートテックなどを愛用しているのですが、いくら入念に準備しても、旅先では予想もつかないことが起きるんですよねぇ。

 

 とはいっても、今回はコート紛失のような重大事件ではありません。往路の飛行機の中で何となく感じてはいたのですが、ホテルに到着して旅装を解き、やれやれと一息ついた時に、それに気づきました。

 ベルトのバックルのところの革がちぎれていたのです。何度も海外取材を経験しているので、たいていのことは事前に察知して準備しておくのですが、まさか革のベルトがちぎれるなんて誰が予想できたでしょうか。布ではなくて、革ですよ、革。しかも、専らスーツ用にスタンバイしてきたベルトなので、使用頻度も著しく低い。今時、ベルトを思い切り締め付けてズボンをはく人がいるはずもなく、近頃になって急に太ったということもありません。

 

 にもかかわらず、腰のあたりがいつもより軽く感じたので、下を見たらバックルがぶらぶらしていたというわけです。

 

 こんなことは予想外でも、充実した裁縫セットは常時携帯しているので、まさか革を縫うなんて素人には無理だろうと思いながらトライしてみたら、驚くことにスカスカと針が入っていくではありませんか。日本の某量販店で購入したベルトですけど、いくら何でも弱すぎるよ。

 数分をかけて我ながらみごとに縫い上げましたが、そもそも革自体が弱いようなので、すぐにダメになるのは見え見えじゃないですか。そこで「あっ、そういえば」とコート紛失事件のことを思い出したわけです。

 

 でもってネットで確認したら、相変わらずの9時開店。もちろん翌朝のオープン直後に入店しました。メンズは2階で、ちゃんとベルトもあったことはあったのですが、残念なことに調整不能なものばかり。ちなみに、ボクのベルトはバックルの付け根が外れるようになっており、革の不要な部分を切って再装着することで微調整できます。ところが、そんなタイプはまったく見当たりません。

 

 念のために自分で縫ったベルトを持参したので、それと合わせて近似のサイズを購入することにしました。旅先ですからワガママは言っていられません。定価は39スイスフラン。約4500円ですけど、日本なら2000円程度が精一杯じゃないかなと感じました。

 

 いずれにしても、今回はベルトレスのツイードスーツを主役にしていた関係で、購入したベルトを使ったのは1日だけ。ないよりはマシですけどね。

 

 それにしても、あの店はなぜ9時開店なのでしょうか。同じH&Mでも他店は10時オープンが普通らしいので、実に不思議です。ジュネーブ駅前だからというなら、では東京駅近辺のファッション店で9時にオープンするショップがあるかといえば、ほとんどないんじゃないかな。

 

 新しい謎も再発見してしまった「H&Mふたたび」なのであります。

 

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2017年1月13日 (金)

行ってきます!

 

 どうしようかなと、ここ数日ずっと悩んでおりました。問題はコートなのであります。

 

 今週末からスイス・ジュネーブで開催される国際時計展示会の取材に出かけるのですが、例年とは寒さが違うみたいなんですよね。天気予報によれば、最高気温がずーーーーーーーっと、マイナスなのです。とはいえ、大きな湖があるせいか、−2度とか−5度くらい。北海道の人に笑われそうですが、ともかく東京よりはずっと寒いのです。

 

 だったら厚手のコートを着ていけばいいじゃんとなりますよね。ところが、ボクの仕事はパレクスポという空港近くの見本市会場の中でブランドの人たちに新作の話を聞くことです。会場内はヒートテックを後悔するくらいの暖かさに感じることもあるので、もちろんコートなんか不要。

 つまり、外に出て氷点下の気温に接するのは、ホテルから会場に向かうバス待ちの時くらいなので、悩んでしまうのです。このため、早くから今回は薄手の軽いコートにしようと決めていたのに、長期予報の気温がどんどん下がっていき、ついにマイナスとなり、ついでに「多少の雪」とか「にわか雪」だってよ。おかげで、ボクの目論見も見直しを余儀なくさせられているわけです。

 

 旅装はできる限り軽いほうがいいというだけでなく、一昨年にはクロークに預けたコートが「見つかりません」なんていうアクシデントも経験したので、持ち歩けないものは避けたいのですが、最高気温が氷点下ではねぇ。

 

 このアクシデントで体感した、コートを着ないでホテルに帰った時の心細さ、ひもじさといったら、そりゃもう情けないくらいでした。だから寒いのはイヤだけど、持ち物は極力軽くしたいというジレンマの中で、ハンガーにかけた2枚のコートを見ながら、どちらにしようかなぁと溜息まじりなわけです。

 

 こんなくだらないことで、よくもまぁこれだけの行数を書いたものだと自分ながら呆れますが、ネタが見つからないから仕方ないじゃないか! 

 

 つい逆ギレ()してしまいましたが、そんなわけで、このブログの再開は基本的に来週24日の火曜日を予定しています。現地で面白いことがあればアップするので、たまにはご訪問ください。

 なんてことを律儀に告知するブログもあまりないんじゃないかな、と思いつつも、では行ってまいりまぁーす。

 

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2016年12月27日 (火)

引き算(続)

 

 昨日のぐるぐる巻きマフラーもそうですが、最近はゴテゴテのファッションがどうにも馴染めなくなってきました。地球環境並びに都市部はどんどん温暖化しているので、何も蓑虫みたいな格好をする必要はないと思うんだけどなぁ。

 

 いえね、これはあくまで個人的な感想であり、ボクごときがファッションを云々できる資格も専門知識もありません。ただ、もしもファッションが生き方を表現するものであるなら、年を取れば取るほど「足し算」でなく「引き算」を心がけるべきではないかと。

 実際問題として、いい年をしたオッサンが頑張って盛ったところで、誰も感心してくれませんよ。それよりも「すっきり」「さっぱり」のほうが好感を持たれやすいのではないでしょうか。

 

 この「引き算」理論については、以前にも2回ほどこのブログで開陳いたしました。それを再度要約しておくと、生まれたばかりの人間は丸裸で何も持っていません。それが成長していくうちに、知識や経験や財産や家族などが次第に「足し算」されていきます。ところが、子供が独立して家を出ることが象徴的ですが、ある時点から「足し算」でなく「引き算」のほうが目立つようになります。定年で退職すれば、仕事や取引先との付き合いも「引き算」されることになりますよね。

 

 ごく稀に、トランプ大統領のように「足し算」しまくりの人生に見える人もいますが、死んだら結局はみんなと一緒。無への回帰を誰も避けることはできません。カネや不動産を残せば親族は喜ぶでしょうが、それにこだわる欲求や執着は、若い頃は「足し算」の強力な原動力になっても、やはりある時点を超えてしまうと、大変に見苦しいものに変質してしまいます。

 

 それに逆らおうとする「あがき」も人間の業として理解すべきですが、ボク自身はきちんと覚悟して「引き算」を適切に実行することが、格好いい年の取り方ではないかと思うのです。その真逆が「ゴミ屋敷」でありまして、いくら本人が私有財産と強弁しようが、どんな思い出が込められているとしても、腐臭がプンプンする粗大ゴミの山なんて、その状態よりもむしろ、精神性を醜く感じませんか。

 

 それとファッションとは何の関係もないように見えるでしょうが、オッサン及びジーサンの格好は、流行を追うよりも必要最小限のほうが潔くて格好良いんじゃないかな。せいぜい許せる添加物は帽子くらい。そのほかは前述したように、色使いも含めて「すっきり」「さっぱり」、それに「清潔」が基本ではないでしょうか。

 

 かといって、ボクは年寄りが枯れるべきだとは思いません。実行するかどうかはまったく別問題として、恋する気持ちを失った人生ほどつまらないものはないじゃないですか。そのためにも、ほどよい「引き算」を意識したオシャレで格好よくなることを心がけたほうがいい。その上で何かワンポイントだけ、ナチュラルに志や個性を表現する「足し算」があれば、すごく目立ちますよね。

 

 これは男に限らず、女性にも同じことがいえるように思うのです。

 

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