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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

ファッション・アクセサリ

2019年10月15日 (火)

ワイシャツ

 

 これまではカジュアルスタイルが多かったので気づかなかったのですが、白のワイシャツって実に便利ですよね。ワイシャツとはホワイトシャツの略なので、「白の」を付け加えると「馬から落ちて落馬」ですけど、色物や柄物より圧倒的に使い勝手に優れていることが今頃になって分かったのであります。

 そもそもボクの性格は大変にねじくれておりまして、極めつけの凡人のクセに、みんながやっていることには常に背を向けてきました。シャツも、みんなが白を着ているという理由で白を着るのでなく、だからと逆らって色物や柄物を選ぶ。にもかかわらず、ボクはギリギリのVANジャケット世代なので、ボタンダウンばっかりというのがちょっと情けないですけどね。
  いずれにしても、本来的な意味のワイシャツなんて、中高年になっても冠婚葬祭用として1枚しか持っていませんでした。年齢的に結婚式は縁遠く、葬式が2日連チャンで続く確率も相当に低いので、クリーニングに出す余裕はあるはず。とすれば2枚も必要ないじゃんかと。

 ところが近年はバーティやレセプションにご招待されることもあり、ドレスコードがフォーマル系の場合は白いシャツが必須となります。しかも、ボタンダウンは出自がスポーツカジュアルなのでNG。このため白系のシャツが少しばかり増えてきました。

 そんな経緯で白を着慣れるようになると、その便利さが体感できるようになったのです。何しろ白は相手を選びません。ダーク系のスーツやジャケットの場合は、よほどの柄物でない限り、どんな色のシャツでも基本的にフィットしますが、ネクタイはそうはいかない。シャツの反対色を合わせてしまうと眼がチカチカしたりして他人様に迷惑をかけることになります。柄物の重ね、即ちパターン・オン・パターンも相当なファッションセンスが必要。ところが白いシャツなら、何でもドーンと来いなのです。無彩色、つまりモノトーンですから、どんな色や柄のジャケットやネクタイでも、およそ不似合いということがありません。

 しかも、白いシャツは清潔感が抜群なんですよね。ブルーやオレンジなどの色物や柄物と見比べれば一目瞭然。白のほうが誠実で信頼できる印象を与えるじゃないですか。特に夏場はブルー系のジャケットと合わせると抜群の威力を発揮します。白が素晴らしく映えるんですよね。

 ああ、だからビジネスではスタンダードなのか、って、いかにも遅すぎだよなぁ。ファッション雑誌や誰かに教えられたわけではなく、自分で発見したということだけは救いですけどね。

 ただし、白いシャツの利便性に慣れきってしまうと、どんな時でもこれさえ着ておけば問題ないという思考停止に陥る危険が伴います。たとえばデートの時に、ビジネスシーンと同じ白いシャツでいいのでしょうか。さすがに赤とは言いませんが、ちょっとだけ派手目な色や柄のシャツを合わせるのが、彼女に対する敬意であり好意の表明だとボクは考えます。もしも仮にコーディネートを間違えたとしても、彼女との出会いを大切にしているというメッセージにはなるでしょう。いつもの白シャツでは特別感がなさ過ぎで、彼女を失望させると思うんだよな。これはデートに限らず、パーティなどでも同じではないでしょうか。

 だからね、白シャツを着慣れている会社員は、どんな年齢であろうが、独身・既婚も問わず、ロッカーの中に鮮やかな色・柄物のシャツを常備しておくべきです。それを着る機会があるかないかはまったく関係なく、そうしたオシャレの身構えを失った男に魅力を感じる女性はいないんじゃないかな。

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2019年10月 3日 (木)

衣替え(後)

 

 昨日は、ある展覧会のプレビューがあり、その後で催されたパーティのドレスコードが「カクテル」でした。「カクテル・アタイヤ(Attire装い)」という言い方のほうがポピュラーのようですが、ごく簡単に言えば、インフォーマルとスマートエレガンスの間に位置する格好を意味します。

 とはいっても、いよいよワケが分かりませんよね。そのせいか、日本語のネットでは「基本はタキシード」と指摘するウェブサイトもありますが、英語のサイトをいろいろ調べてみると、タキシードやブラックスーツはむしろ畏まりすぎてNG。ネイビーやグレーなどのダークスーツ着用ならノーネクタイでもOKですよ、という解釈が主流でした。

 ドレスコードというのは、このあたりの判断とセンスと少々の勇気が参加者に求められるわけですね。ボク自身はインフォーマルがややくだけたスタイルと理解しており、具体的にはジャストフィットのスーツに派手目のワイシャツとネクタイを合わせて、真面目な中に遊び心とウィットを演出、みたいなことを考えていました。性格的に硬派ですから、胸をはだけた歌舞伎町のホストみたいな格好は、したくてもできません。

 アクセントとなる胸のチーフは、ネクタイと同じ色柄に合わせるケースが多いようですが、ボクは逆にシャツの色柄のほうに合わせるようにしてきました。

 なんてことを書くと、ワードローブにはスーツやらジャケットがズラリと並び、引き出しには色とりどりのワイシャツが売るほど並んでいるに違いないと想像されるかも知れません。ボク自身もそうありたいとは思いますよ。しかしながら、先立つモノもオシャレする機会も、クローゼットのスペースも限られている身では、そんなにもヒマとカネを費やすことはできません。というわけで、皆さんを幻滅させるのも忍びないので、ここでは敢えて実数を秘しますが、スーツもジャケットも、普通の会社員に比べて格段に少ないはずです。

 だからこそ、スーツに関してはすべて礼装に近い特別な衣装として購入してきました。しかしながら、その絶対数が決定的に少ないので、季節の変わり目は悩まされてしまうのです。

 当夜の10月1日は、午後6時で気温26度。明らかに季節外れの残暑ですが、ボク的にはシャドウストライプの艶あり冬物チャコールグレーでキメたいという欲がありました。最近は着ていないしね。電車にしろタクシーにしても、会場だってエアコンがないはずはないので、理論上は冬物でも耐えられるじゃないですか。いやいや、それでも汗が噴き出てくるんじゃないの、などとさんざん逡巡したわけですな。

 けれども、外に出て数分歩いてみて、あっさりとその野望を捨てました。半袖のポロシャツでも暑いじゃないかぁぁぁぁ。かくて代打は、ダークネイビーのサマースーツ。裏地が背抜きになっており、その分だけ締め付け感に類似したフィット感に欠けるので、あまり好きではなかったのですが、暑いんだから仕方ありません。

 ちなみに、服の裏地は型崩れを防ぎ、生地を傷めない役割があるので、欧米では日本のようにカットすることはほとんどありません。つまり、背抜きや半裏は夏用の日本独自の発明であることから、これを推奨しないテーラーもあります。そりゃボクだって総裏の本格派にしたかったのですが、いくら格好よくても汗びっしょりでは見苦しいじゃないですか。

 それで、くどいようですが背抜きのネイビースーツを選択したのです。結果的にこれが大正解でありまして、心地良い体感でシャンパンをおかわりすることになったのであります。もしも総裏の冬物を着ていたらと想像してゾッとしたことも、汗がひいた理由かな。前述したように、背抜きを本格的ではないと嫌う人もいますが、ボクは日本の知恵もなかなかなものじゃないかと見直しました。これから地球温暖化が続けば、欧米でも普及するかもしれません。

 何事も、常識や定見や慣習を無意識に受け入れるのでなく、自分の体感を信じて主体的に判断すべきなんですよね。意識して為されたことはすべて善、なのであります。

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2019年10月 2日 (水)

衣替え(中)

 

 何よりも自由・独立を希求し、隷属や支配を嫌う、生来の天の邪鬼で偏屈男のクセに、パーティなどのドレスコードにこだわる理由は、そのほうが人生にメリハリが生まれるからです。

 ファッションは専門分野ではありませんが、つらつらと歴史を振り返ってみると、全体としてドレスダウンしてきたんですよね。スーツでも大昔はロングコート並みに裾が長くて、これではリラックスして酒を飲む時にちょっと不便だよねと、尻のギリギリまで短くしたのがラウンジスーツと呼ばれるスタイルです。それが後年になってボクたちお馴染みの服装になったといわれています。つまり、堅苦しくて時には不合理な服装ルールから人類はどんどん自由になってきたのです。そもそもきちんとした服装は、貴族や官僚、軍の指揮官といった上流階級を象徴&誇示するものでした。だからこそ細々とした規則があったわけです。それが革命を経て血族身分制の封建時代が終わり、市民が自由を獲得すれば、服装も民主化されて簡略になっていくのは不思議なことではありません。

 それでも冠婚葬祭や、大臣就任の際にペンギンみたいな格好をして記念写真を撮るなどのシキタリは根強く残っています。これを堅苦しいと片付けてしまったら、どんなことでもいつもの毎日と同じになってしまい、気楽ではあってもつまらないですよね。

 燕尾服にホワイトタイなんていうスーパーフォーマルを着る機会なんて一生ないだろうけど、それだけにドレスコードには忠実でありたいんですよね。ただし、略礼装=インフォーマルのトップに位置するタキシードは持っておりません。本当は欲しいんだけど、ウィングカラーのシャツに蝶ネクタイ、カマーバンドやオペラパンプスと呼ばれるエナメル靴などの備品を揃えなきゃいけないんだよな。
 にもかかわらず、その着用を直接的に意味する「ブラックタイ」がドレスコードとして指定されるのは日本では稀ですから、現状ではボクのような貧乏人にとってコストとパフォーマンスの天秤がまるきり吊り合わないのです。宝クジにでも当たったら別ですけどね。タキシード姿で電車に乗る勇気は持ち合わせていないので、ハイヤーなどの送迎が必要というのもネックではあります。

 そうした残念な想いがあるだけに、タキシードより格下のドレスコードにはできるだけ従いたいのであります。そんな指定は敢然と無視、あるいは招待状の文言を見過ごす人もいるほか、敢えて個性的なスタイルで臨む人も珍しくありません。それで罰されたり投獄されるはずもないので、基本的に自由といえば自由。半ズボンにTシャツといった目に余る格好でない限りは許されるんですけどね。

 ボクはフリーランスと呼ばれる自由業に属しており、日頃は着古しのカジュアルでグダグダと机に向かっております。ネクタイを着用する機会も限られていますが、だからこそ、イザという時にはきちんとした格好で胸を張りたい。ドレスコードが設定されたハレの場では、服装だけでなく、精神も毅然と装うことが必要となります。それによって快い緊張感を伴う非日常が出現すると思うのです。

 女性にとっても、初めてのデートで男が半ズボンにTシャツ、裸足にサンダル履きでやってきたら幻滅しませんかねぇ。「アタシって、そんなに安めの女?」とか思うんじゃないかな。ビジネスにしても、大きな商談なのにヨレヨレのシワシワでペナペナのスーツでは、本気度や経営実績を疑われることは間違いないでしょう。ドレスコードは、そうしたコンテクストを暗号的に明文化したものですから、決して単純な儀礼ではないとボクは思います。中には「どこかに赤を着用」と色だけを指定されることもありますが、それもまた個々人の教養とセンスが露出するので、面白いではありませんか。

 わぁ、またまた長くなってしまいました。この続きも明日ということで。

 

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2019年10月 1日 (火)

衣替え(前)

 

 10月1日は「衣替え」とされており、薄手の春夏ファッションから厚手の秋冬ものに着替える日です。後述するように温暖化で10月中旬までズレ込んでいるのが現実のようですが、個人的であるはずの服装まで同じ日に全国一斉で切り替わっていたのですから、日本というのはほとほと横並びが好きなんですよね。

 この日からは夏服ですよぉ、この日からは冬服に着替えてくださいね、といちいち指示されるのは、季節の変わり目に悩まなくて済むので便利といえば便利でも、一種の思考停止じゃないかな。ボクも若い頃はそういうシキタリなんだと疑問を持たずに従っていたのですが、20代の半ばに仕事でアメリカに行って目が覚めました。雪が降る厳冬のシカゴでチャーターした観光バスの運転手が、何と半袖のTシャツを着ていたのです。車内はヒーターで暖められているので、何も外を出歩く時と同じ服装である必要はありません。それではむしろ暑いので、車内で待機する時間が長い運転手の服装としてTシャツは極めて合理的です。実際に彼はバスを降りる時には厚手のジャンパーを着込んでいました。そんな姿を見て、ボクは自分が慣習や常識に心底から縛られていることに気づいたのです。

 みんな同じ体格や体質ではないので、暑さ寒さの感覚はそれぞれ違うはずです。にもかかわらず、10月1日に「せーのっ」で全国一斉に着替えるほうがヘンだと思いませんか。軍隊じゃないんですから。日本列島は東西南北に長く弓なりになっているので、桜の開花時期が違うように、気温の変化も地域によって違います。それでも6月1日と10月1日には学校の制服やビジネスマンのスーツなどが切り替わる。大陸の習さんも半島の金さんもびっくりするんじゃないかな。

 そんなわけで、ボクは自分の体感を頼りとして勝手に判断してきましたが、近年はクソ暑い夏日が秋口まで延々と続くようになったので、衣替えの時期もかなりグズグズになってきました。学校の制服も一律ではなく、2週間くらいの幅があるらしい。ビジネススーツの場合は10月半ばを衣替えのメドとする意見がネットの多数派になっていました。

 ちなみに、環境省が提唱するクールビズは、本年は5月1日から9月30日までとなっていますが、10月も「各自の判断による軽装などの取り組みを引き続き呼び掛けてまいります」(環境省HP)だってさ。独自に期間を延長する企業も珍しくないようです。
 でもさ、ノーネクタイまでお役所が主導するというのは、ちょっとおかしくないかなぁ。環境省が言い出さなければ、今でも大多数の人たちは夏真日にネクタイを締めていたのでしょうか。それでは主体性があまりにも欠如しており、悪い言い方を敢えてすれば、ゾンビや奴隷と同じってことになりませんか。

 ビジネス社会には暗黙の礼儀やルールがあり、スーツなどの服装も非言語のコミュニケーションツールですから、ある程度の常識や共通化は必要です。けれども、汗まみれになるほど暑い日が続くのにネクタイとスーツにこだわるのは不合理ですよね。欧米ではワイシャツは下着と見なされているので、スーツの上着を脱ぐのは失礼と言われますが、そんなもん涼しいヨーロッパで生まれた常識であって、アジアの夏はそうはいきません。だからボクも、汗ばむ時にはためらうことなく上着を脱いで抱えることにしました。さもなきゃ上着の脇がこすれて傷むんですよね。

 というわけで、服装や着こなしはすべて自分感覚優先でやってきたつもりですが、それを通用させにくい状況があります。ドレスコードが定められたパーティやレセプションで勝手な格好をすると、雰囲気を壊すことになって参加者に迷惑をかけてしまうのです。他人に感心される独創的なファッション感覚を持っていない限りは、ドレスコードというお約束に従うべきですよね。ところが今はまだ暑いじゃないですか。そこで、いろいろ悩まされることになるんだよな。念のために補足すれば、ボクはドレスコードは決して嫌いではありません。決められた枠内で、あれこれと服装の組み合わせを工夫するのはむしろ好きといっていい。でもさ、10月1日とはいえ、最低気温は23度くらい。背抜きのスーツにするか、それども総裏の冬物か。今日はどっちだ、という感じなんですよね。

 またまた長くなったので、明日に続きます

 

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2019年9月18日 (水)

歴史は繰り返す?

 

 ネクタイとスーツのラペル幅は、広くなったり細くなったりを繰り返してきました。ちなみにラペルとは、スーツなどで折り返されている部分の下襟のことで、上襟のほうをカラーと呼びます。ネクタイの幅(大剣)は、このラペル幅に合わせるのがバランス的に最も美しいとされるので、ごく簡単にまとめてしまえば、上着の襟幅に伴ってネクタイの幅も変遷してきたわけです。

 ボクが知る限りでは、第2次世界大戦の直前・直後はネクタイがすごく細かったと思います。1959年製作の映画『北北西に進路を取れ』に主演したケーリー・グラントは、細いネクタイを肩の上でなびかせながら複葉機から逃げ回っていました。日本でも、同時期に製作された人気喜劇映画『社長漫遊記』(社長シリーズとして1956年~70年まで)などを見ると、森繁久弥をはじめとする出演者は細めのネクタイを締めています。

 ところが、その後はどんどん幅が広くなっていき、70~80年代にテレビで大活躍した大橋巨泉は、幅広というより太いと形容したくなるサイズの派手なネクタイがトレードマークでした。バブル期には肩が余るラージサイズのブランドスーツが流行。それに合わせて幅広のネクタイが常識となったのです。

 それが2000年頃になると、今度は一転して「ナローネクタイ」と呼ばれる超細身が出現。それまでと比べたらまるでヒモのようなネクタイは、やがてビジネスファッションにも影響を与えるようになり、つい最近まで比較的に細目のネクタイが主流だったと思います。もちろんラペルが細くなるだけでなく、上襟と下襟のつなぎ目であるゴージラインも肩のほうに上昇。全体的にアクティブでシャープなイメージを与えるスタイルに変わってきました。これはスーツそのものがジャストフィットのスリムになってきたことが大きな理由だと思います。

 こうした移り変わりを振り返れば、次は再び広くなるんじゃないかと誰だって予測しますよね。実際に、数年前から某スーツブランドでは上襟も下襟も「ヒラヒラ」と形容したいくらい幅広の新コレクションを投入しています。これを購入したら、それに合わせて幅広のネクタイも新しく揃えなきゃいけないので、この段階でボクのスーツ・ショッピングは停止することにしました。もとより毎日スーツを着用しなきゃいけない仕事ではないので、いちいち流行を追っかけていたら、ボクの極小クローゼットでは間に合いません。

 しかしながら、襟やネクタイの幅は単純に細く・広くを繰り返しているわけではありません。現代の技術革新は布地などの素材や縫製も例外ではなく、それを背景としたファッションデザインも不断に進化・発展してきたと考えるべきでしょう。というわけで、歴史は必ずしも過去と同じように繰り返されるわけではなく、ざっくりひとまとめに俯瞰していたら大切な変化を見逃しますよ、と言いたいのであります。

 それにしても、人間という生き物は実に興味深いですよね。商学的な観点では、流行という目先を変えて消費を刺激すると説明されているはずですが、それだけではないような気がします。そもそも人間は「飽き性」なのではないでしょうか。だからこそ海や山を越えて地球全体に広がっていった。これを生存をめぐる闘争の結果と理解するのでなく、つまらない日常より死を賭した冒険を求めたと考えたいですよね。そうしたDNAを継承する人たちが先頭になって、ファッションを変えてきたのではないでしょうか。あ、月や火星を目指すのもそれと同じかな。常識を打ち破る勇気が必要なことも共通しています。

 だとすれば、やはり歴史は決して繰り返すことはなく、むしろ常に新しい地平線を目指してきたと解釈すべきだと思うのですが、いかがでしょうか。

 

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2019年7月19日 (金)

婦女子が嫌うもの

 

 あくまでも一般論ですが、婦女子は生理的に嫌いなものがあるようです。ゴキブリやクモやムカデなどを除いて人間に限るなら、第一に不潔ってことになるでしょう。むさ苦しいとか汚らしいのは、よほどのことがなければアウト。この「よほどのこと」というのは、好意または愛情あるいは尊敬ということかな。ただし、こうした内面を理解した感情を持つためには、ある程度の期間をそれなりの近さで交流することが必要です。その入口段階で拒否されたら、内面の精神性もへったくれもないので、敗者復活は無理でしょうね。

 次に、脚の毛です。何てったって毛嫌いという言葉があるもんね。あれ? 念のために調べてみたら、毛嫌いの毛って、すね毛ではなく「毛並み」のことだそうです。相手の毛並み、すなわち家柄や血筋によって好き嫌いすることが転じて、「これという理由もなく嫌うこと」と解釈されています。「良い毛並み」なら見境なく好きになるというなら、やっぱ打算的としか言いようがありません。

 毛深い男が好きという女性もいるので、必ずしも毛が嫌いとはいえないのですが、ごく平均的には、夏の半ズボンからワラワラとはみ出したスネ毛が大嫌いという婦女子は圧倒的に多いんじゃないかな。

 それで終わりではなくて、もう1つ。どうやら婦女子は、男の乳首も嫌いだそうです。服の上から乳首の形が分かると「ゲゲゲッ」と鳥肌が立つほどの嫌悪を感じるらしい。この季節ですから、シャツなしで薄手の白のポロシャツ1枚になると、汗とか雨で乳首が透ける状態も想定されます。これがね、まさに蛇蝎のように嫌われるらしい。

 男にどうして乳首があって何の役に立つのか皆目分かりませんが、婦女子が嫌いといえば、とにかく嫌いなものは嫌いとなります。そうなると、欧米のように下着なしで薄手のワイシャツを着るのもかなりヤバイということになるじゃないですか。上着を脱がない限りはセーフですけどね。あ、そうかぁ。だからジャケットはちょうど乳首のあたりをギリで隠すようにデザインされているわけです。昔の服飾デザイナーの鋭いセンスに感心させられました。

 このようにオッサンと婦女子の美意識は相当に違います。だからといって「これどうかな?」と訊いても、彼女たちは「いいんじゃないですかぁ」と平気でウソをつくので要注意です。自分が好きな男子以外はすべて圏外ですから、感想もテキトー極まりないと心得たほうがいい。

 結婚を完全に諦め、婦女子に好かれてもカネが減るだけでロクなことがないと考えていない限りは、くれぐれもご注意ください。ボクなんか相当な数の女性に嫌われてきたんじゃないかという自覚があるんですけどね。

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2019年6月19日 (水)

トレンド

 どんなものを食べようが、どんな格好をしようが、それは個人の自由にほかなりません。ということを、まずは大前提にしておきますが、個人的には不快感や気持ち良くないと感じる格好もあるんですよね。

 否定するわけではなく、あくまでもボクの個人的な感想を述べさせていただけば、靴下を履かない(ように見える)革靴、並びに半ズボンはどうにも馴染めないのです。政府が主導したせいか、ネクタイを外したクールビズがたちまち普及したように、ファッションのトレンドなんて日々移ろっていきます。個人の好き嫌いなんか関係なく、あたかも大潮が静かに浜辺を浸すように、何もかも変えていくんですよね。

 だから、それ以前の流行、というかトレンドに慣れた人ほど違和感を持つようになります。ズボンの幅なんか典型的で、30年くらい前は袴みたいに太かったのに、今ではどうやって足先を出すんだよ、と悩むくらい細くなってきました。椅子に座った瞬間にケツが破れるんじゃないかと心配するほど細いズボンも見かけますよね。裾丈もどんどん短くなり、今ではくるぶしをくっきりと見せるほどになっています。

 こうなってくると、靴下が重苦しく過剰な存在感を持つようになるので、それを履いていないように見せかけて、風が吹き抜けるような「抜け感」を演出するようになったわけですな。もちろん超短い靴下を履いているので、革靴の内部が超臭くなることもないようですが、ぼくはそんな子供じみた格好が涼しそうとは思えず、ましてやビジネスの場ではNGだろうと考えていたのですが、大波はジャブジャブとオフィスにもやってきたらしく、少なくとも都心では必ずしも珍しいスタイルではなくなってきました。

 それどころか、昨日はスーツで半ズボンというファッションを見かけてショックを受けました。東インド会社のイギリス人が着用していたような、コロニアルスタイルというのでしょうか。実はボク、男の半ズボンが、やはり個人的にはあまり好きではないのです。肌が白かろうが黒かろうが、毛ずねがね、とてもじゃないけど美しくは見えない。そりゃさ、ズボンなんて短い方が涼しいに決まっているので、機能的なことは否定しません。しかしながら、エレガントとハードボイルドは痩せ我慢の別名なんですけどね。

 ちなみに、ボクはいわゆるカタギの会社員経験がなく、ヤクザなフリーランスのモノカキ稼業を続けてきました。だから、グレーまたはネイビーのスーツにホワイトのシャツを着て、ネクタイで個性を表現するという暗黙のルールから自由に生きてきました。けれども、被取材者への礼儀と敬意は絶対的に必要です。そこで、日頃はホームレスまがいの格好でも、取材時には新しいシャツと肩がしっかりしたジャケットを自分に義務づけてきました。たまにネクタイも着用します。夏場は喉元が汗でびしょびしょになり、むしろ汚らしいのでやめましたけどね。

 そうした自分流みたいなものは、トレンドなんか関係ありません。自分が決心した時が変わる時なのです。だから当分は、いやおそらく死ぬまで、裸足のくるぶしを見せるような格好はしないだろうなぁ。でもさ、それが流儀という人もいるでしょう。このように様々な感性と哲学が混淆しているのが多様性ある社会ですから、逆に自分自身の美意識やこだわりが、より大切になってくると思うんですよね。いちいちトレンドに流されていたら服飾費にカネがかかって仕方ないじゃないですか。
 著しく増殖中の短パンやくるぶし見せスタイルを駅のホームなんかで横目で見ながら、そんなことを自分に言い聞かせているわけですな、はぁ。

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2019年1月11日 (金)

ウルトラスリム

 

 女性に目立つのですが、足にぴったりと貼り付いたウルトラスリムのジーンズが人気になっているようです。それを見るたびにボクは、大変に失礼ながら、まるでジャグラーの足芸のように苦労して爪先から脚を突っ込む奇天烈な格好を想像してしまいます。伸縮性の高いストレッチ素材を使っているはずなので、まさかそんなことはないと思いますけどね。いずれにしても、要するにお尻から脚のカタチを、薄皮1枚だけを隔てて、まるまるそのまんまで見せつけるスタイルなわけです。

 

 ボク自身もジーパンやスラックスはスリムです。その密着感に慣れてしまうと、生地と肌の間にスキがある緩いズボンでは落ち着かなくなるのですが、最近はシルエットとして必ずしも美しいスタイルではないと思うようになりました。

 

 というのも、日本人、いやアジア人とまとめるべきかもしれませんが、脚が欧米やアフリカ系の人たちのように真っ直ぐではないんですよね。畳に正座が良くないとか、理由はいろいろあるようですが、特にスネのあたりが外側に大きく湾曲しているのです。ヒザが竹の節のようになっているのは欧米人と共通にしても、そこから足首に至るスネの骨格がまるで違います。前述したように、ウルトラあるいはスーパースリムなジーンズやズボンは、ジャストフィットなだけに、それを強調するシルエットにならざるを得ないのです。

 

 太っていようが痩せていようが、このことに変わりはありません。逆にいえば、太モモからヒザ下のスネまで真っ直ぐなラインであるなら、メタボでも肥満だろうが、それなりのスマート感を与えます。ところが、ヒザからスネが湾曲していれば、いくらスレンダーの体型でもウルトラスリムは「く」の字のように曲折した不格好な脚をさらけ出すことになり、逆効果になってしまうわけです。

 

 日本人すべてがスネが曲がっているわけではなく、最近の若い人たちや、モデルの一部やハーフのタレントなどで膝頭が小さく、真っ直ぐな美脚の持ち主を見かけますが、残念ながら大多数の人はそうではないと自覚したほうがいいですよね。

 

 にもかかわらず、脚を綺麗に見せるにはどうしたらいいか、すでに商品化されていますが、お尻の頂上からカカトに向けてナチュラルなテーパーを施したズボンしかないだろうとボクは考えています。それによってできた生地の余裕部分が、繰り返すようで恐縮ですが、スネの不愉快な歪みを隠して格好を良く見せてくれるんじゃないかな。

 

 それ以前に、何でもかんでも流行なら我を忘れて一目散に飛びついてしまうという、無思慮で浅はかな態度を見直したほうがいいようにも思います。あ、これはファッションに限らないですけどね。

 

 なお、来週から恒例のスイス・ジュネーブ取材に出張するので、年末・正月に続いて、ブログをお休みさせていただきます。再開は帰国後の21日を予定していますが、例によって気まぐれで投稿することもあるので、たまにチェックしてみてください。

 

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2018年10月22日 (月)

今年はホワイト

 

 シアーズ破綻の続編を書く予定だったのですが、いろいろと調べているヒマがありません。締め切りが小さなさざ波から大波になってザッパンザッパンと打ち寄せており、本日も1本を控えているので、根拠なしで気分だけで書ける内容に変更させていただきます。すいません。

 

 さて、ボクの今季ウィンター・ファッションのテーマは「ホワイト」であります。ファッションなどと言えるほど服は持っておらず、むしろ必要最低限のミニマルで通してきたので、呵々大笑したいくらいの過度な表現ですけど、要するにね、冬のファッションというのは何であんなに暗い色ばかりなのかという不満が発端でした。

 

 空が曇りがちで暗くて寒いからダークカラーという、発想そのものがおかしい。寒いからこそ、日が短いからこそ、元気な明るい色にすべきなのであって、真冬の陰鬱な空の下でブラックやグレーを着たら、メンタルまで縮こまってしまいます。

 

 ボクはシーズンを問わず、どんな色にも合わせられるブラックをファッションのベースにしてきたのですが、インナーまでダークでは、まるで影や煙が歩いているようなものじゃないですか。なので、今年はパァッと鮮やかな赤とか黄色をフィーチャーしたいと思っていました。それなら手持ちのブラックのアウターにも似合うはずです。

 しかしながら、ボクの年齢を考慮すると、これでは悪目立ちの印象を免れません。ファッションは目立つことも必要ですが(存在が分かりやすくて何かと便利なんですよね)、ただ派手な格好のオッサンというだけでは知性を疑われてしまいます。

 

 それともうひとつ。年を取れば取るほど、こざっぱりした格好を心がける必要があります。何しろ身体の中身並びに露出した肌が老朽化して薄汚くなっているのですから、そこにマフラーなんかをネジネジしたり、派手なスカーフをアレンジしたところで無駄な抵抗でありまして、いよいようっとうしく見えるだけじゃないかと。かくてオッサンに最も似合うファッションは、第一に清潔で、次にシンプル&ピュア。そしてモノトーンではないかと以前から思っていました。

 

 であるなら、前述の屁理屈から敷衍した冬のイチオシカラーは、「ホワイト」しかないじゃないですか。今のところは、クルーネックとモックネックの長袖Tシャツだけですが(安かったので)、いずれセーターあたりまで展開していく予定です。たとえばブラックのブルゾンを脱いだら、眩しいコントラストで純白のTシャツあるいはセーターが表れるというイメージかな。できればジェームス・ディーンを彷彿とさせる半袖姿が望ましいのですが(映画『理由なき反抗』1955年公開)、他人に堂々と見せられるほど若くて逞しい腕でもなく、さすがに冬は寒いですからね。

 

 ただし、着てみて心底から分かったのですが、ホワイトは想像以上に汚れやすい。特に首のあたりなんか、すぐに黄ばんでしまいます。洗濯機でちゃんと原状回復するのだろうかと心配しております。洗剤に何か特別な添加剤でも加えるんでしょうかねぇ。コスパはあんまり良くなさそうだなぁ。

 

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2018年10月10日 (水)

ワイシャツの問題(後)

 

 2回に分けてご紹介するようなテーマでもないので、何だか意欲がすっかり萎えてしまいましたが、中途半端ではなお気分が悪くなるので、続けることにします。それにしても、輪島が亡くなったんですよね。1981年に引退してから37年かぁ。長いよね。第2の人生といっても、スポーツ選手はやはり現役時代が華ですから。そのせいか、悲運な雰囲気が常につきまとう人だったようにボクは感じます。合掌。

 

 さて、ワイシャツの問題ですが、いろいろと熟慮した結果、リフォームを利用することにしました。要するに直し、補修です。ジャケットなどで世話になった店があるので、電話で確認したらワイシャツもできるというのです。それでトライアルとして、まず2枚を依頼。胴まわりを両側から2㎝ずつ詰めてもらうことにしました。もちろん脇の付け根から腹部に向けて次第に詰めていき、裾に向けて再び戻していくということです。前回にオーダーシャツの下胴が93㎝+14㎝という極秘であるべき個人情報を恥ずかしげもなくバラしてしまいましたが、合計107㎝から4㎝のマイナスなので、つまり103㎝の腹回りにしようとする目論見です。

 

 ただし、ワイシャツのリフォームは意外に高いのでびっくりしました。両側の縫い目のところが生地を巻き込んだようになっており、これを広げてカットした後に再び同じように縫製するので、特に手間がかかるらしい。いずれにしても、現状では着用する気になれないので、いわゆる「タンスの肥やし」にするよりマシじゃないですか。

 

 そして、どんな感じに仕上がるかなと待つこと1週間。このトライアルがうまく行けば、6~7枚続けて出そうと考えていたので、待ちかねていたといっても過言ではありません。

 

 予定日に引き取りに行き、合わせてみると、1枚はほぼOK。しかしながら、もう1枚はちっとも絞られていないではありませんか。すぐにクレームを入れて担当者と話した結果、確かに約1㎝程度の端切れが4枚くっついていたので、合計で4㎝を詰めたことは間違いないのですが、どうもワイシャツの作り方が違うらしい。トライアルとしてお願いしたのは既製品とオーダーの2枚ですが、このうち既製品はほぼ予測した通りの仕上がり。オーダーシャツのほうが前とあまり変わりがなかったのです。

 

 だったら最初から「仕上がり寸法」を指定するほうが確実ではないかとなり、「どうしますか」と。当初の計算では103㎝になるはずなので、それで問題の1枚をやり直すだけでなく、追加で6枚を依頼することにしました。けれども、ですよ。支払いを終えたギリギリの段階で、何を血迷ったのか「102㎝に変えてください」と口走ってしまったんだよなぁ。

 

 どうやらライアン・ゴズリングのピッタリした白シャツ姿が脳内にフラッシュバックした結果と考えられますが、あのサイズ感で上がってきたら大変なことになります。あまりにもキツくて腹部が割れたり、ボタンがちぎれることもあり得ます。かくて「やっぱり103㎝にしておくべきだったかなぁ」と前回冒頭の述懐に戻るわけです。

 

 たかだか1㎝のことですから、現実には大した違いがあるはずもないのですが、ボクの頭の中では妄想がどんどん膨らみ、今では1㎝が5㎝くらいに感じられるのであります。

 

 では、結果はどうだったのか。大多数の皆様にはとっては、どうでもいいことの極みでしょうね。ちなみに、本日がその引き取り予定日なのです。

 

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