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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

心と体

2017年4月 7日 (金)

死に方

 

 犬の福助が病院から戻ってきました。

 

 近頃はエサの食いつきが良くないなぁと感じたので、念のために動物病院で診てもらったら、グラグラの虫歯や歯石などで、かなり口内が悲惨なことになっていたようです。だから大好きなエサを出すと皿までは跳ぶようにやって来るのに、口をつけるのをためらっていたのだと分かりました。

 

 そんなことに気づいたのは、ボク自身が1年あまりも歯医者にかかっており、虫歯の処置やら歯石除去などを経験してきたからです。タコやイカ、エビといった歯応えのあるものが好きなのに、虫歯の進行でロクに噛まずに呑み込んでいた時があったので、もしかして福助も同じではないかと疑ったわけですね。

 

 ボクのほうは順調に義歯化が進み、とはいっても来週は歯茎の皮を剥いて歯石を削り取るという身の毛もよだつようなフラップ手術が予定されています。それをしないと仮歯から解放されないというのだから仕方ないじゃないですか。歯の神経をゴリゴリほじくる処置が完全に済んだというのに、まだこんなことをやらなきゃいけないのは、長年の不摂生の報いではあります。

 

 何しろ歯磨きなんていうのは口臭を防ぐ程度の意味しか感じていなかったので、1日1回の秒速でしたからね。

 

 人間はそうした予防措置が普及していても、犬が毎朝歯磨きするところなんて見たことがありません。このため、飼い主が歯ブラシを使うケースも増えているらしいのですが、福助の口の中に何かを突っ込んだら、ほぼ間違いなく食われます。ということで放置していたら、上記のような状態になってしまいました。

 

 ただ、福助はもう15歳ですからね。昔なら10歳でも長生きとされたので、それを5年もオーバーした爺さんです。だったら歯もグラグラにもなるだろうし、頑固な歯石だってへばりつくってものです。衛生環境と栄養が飛躍的に向上したおかげで、人間の長寿化が進行。それに伴ってペットも長生きするようになったようですが、口内はそれに追いついていないみたいですね。

 

 これは人間もまったく同様で、骨粗鬆症や認知症など、高齢化によってもたらされた新しい病気が問題になっています。ガンにしても老化によって顕著になってきたといわれますから。

 

 赤ん坊が大人になる時に心身の各部位が均等に成長していくわけではないように、老化や死もバラバラで不規則に進行していくということです。それによる生き方の阻害を防ぐためには、冷淡なようですが、身体全体のバランスが崩れてしまわないうちに死んだほうがいいということになります。

 

 つまり、犬も人間も、「死に時」というのがあるのかなぁと。象は自らの死期を察するとどこかに去るといわれますが、人間の行き先なんて病院が精一杯でしょう。かといって、お願いすれば死に神が「あいよっ」と気軽にやってくるわけでもありません。

 

 かくのごとく、長寿は周囲にとっても本人にしても、必ずしもめでたいことではありません。医師は健康維持と病気の治療並びに延命措置が基本的な職責なので、文系がこの問題を扱わなくてどうするとボクは思うんですよね。具体的には安楽死、または自殺です。これらは今の日本では考えることすら禁忌になっているようですが、ボクなんかは「豊かな老後か、しからずんば毒薬を」みたいな精神的過激派でございまして、どうせ自らの意志で生まれたわけではないのだから、死ぬ時くらいは自分自身で決めたいなぁと。

 

 その是非も含めて、高齢化に伴う現代の「死に方」について、文学者や大学の先生はもっと発言すべきではないでしょうか。寡聞で恐縮ですが、上智大学名誉教授で哲学者のアルフォンス・デーケン氏くらいしか思いつかないのです。

 

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2016年12月20日 (火)

そこまでやるか!

 

 虫歯の治療はほぼ片付き、あとは仮歯をセラミックの人工歯に入れ替えるだけだろうと思っていたのですが、おっとどっこいで、大変な難工事が待っていました。

 

 以前から、歯周病で歯の隙間=ポケットが深いところが数か所あり、これを放置しておくと、いずれブリッジの土台が揺らぐことになるとは聞いていたんですよね。それでどうするかというと、歯茎をいったん切って剥がしたうえで、歯の根っ子あたりをこそいで病巣を取るという治療をしなきゃいけないというのです。

 

 これはもう完全な外科治療であって、ボクの知っている昔の歯科医院ではあり得ない、そこまでやるかという「手術」であります。それでも、いつもの治療よりは高価ではあっても、ちゃんと医療保険の対象になっているので、いわゆる標準的な治療のひとつらしい。というより、それをやらないと仮歯を本チャンに取り替えてくれないようなのです。もちろん、そのほうが永続性は高いに決まっていますが、ボクってば、そんな大工事をやったところで、これからいったい何年生きられるのかなぁと。

 

 とはいえ、歯科医と論争できるほどの専門知識はありませんから、これはもう委ねるほかありません。そんな気持ちで予定日を迎えたのですが、麻酔を打ちまくった後に、ゴリゴリ&ギシギシと削られ、ビュイーンと鋭いハイトーンで水も噴射する機械も使用。その途中でピクンと痛みを感じたので、麻酔もさらに盛大に増量してもらいました。

 口のあたりしか開口部のない布を被せられていたので、実は何をやったかは視認していません。むしろそんなものを自分の眼で見たくもありませんから、以上はあくまでもボクの想像に過ぎないので念のため。

 

 こりゃ麻酔が覚めたら痛そうだなと予想していたら、まさにその通りで、ヒリヒリとズキズキが強まってきました。そこで帰宅してすぐに、痛み止めのロキソニンをゴックンです。ボクは度外れた臆病者でございまして、何よりも痛みに弱いのです。若い頃のダスティン・ホフマンが主演した映画『マラソンマン』(1977年日本公開)みたいに、ナチ残党の歯科医が器具をテーブルに用意しただけで、あることはもちろん、ないことだって平気で白状しちゃいます。

 

 そんな大変な手術を経て今朝に至ったのですが、口内は気分爽快とはいえません。ただし、数年前と比べて、前歯も含めて、すべての歯を使ってものを噛めるようにはなったことは事実です。焼肉屋でもサンチュと一緒にカルビを口に入れて、普通に食べられるようになりました。QOLは確かに大幅に改善されたのですが、これまでにおよそ1年がかりって、やっぱ長いですかねぇ。

 

 それもこれも、本人の不健康な生活にすべての要因があるので、皆様も毎日の歯磨きなどを欠かさないよう、くれぐれもご注意ください。

 

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2016年10月19日 (水)

栄養教育

 

 5年ほど前にタバコをやめてから、月に1万円以上の経費だけでなく、塩の消費量が激減したように思います。

 

 タバコの煙が味覚を鈍磨させるせいか、以前は塩だけでなく醤油も盛大に使っていたんじゃないかな。ところが、タバコをやめて半年もすると、そうした後付けの調味料をふりかけなくても、繊細な味の機微が十分に感知できるようになりました。

 そうなると、食事は出されたままの状態で十分に美味しくいただけるわけです。塩気が乏しいなら、それなりにその味を理解できるという感覚かな。もちろん寿司や餃子なんかは別ですよ。あ、でも、餃子はタレなしでも十分にイケるものがありますよね。

 

 これは、喫煙中の人も、タバコなんかこれまでにすったことがないという人も分からないことじゃないかな。経験者だけが事前事後を比較できるのです、って自慢するほどのことでもありませんけどね。

 

 もはやボクは手遅れかもしれませんが、塩分の摂取量が減少すれば、循環器関連の疾患にかかる確率も減少します。血圧が過度に上昇したり、それによる心臓病やら、脳血管障害にかかる可能性も低くなるわけですね。

 

 そんなことより、タバコによるニコチンの害のほうがよほど深刻といえばその通りですが、正直いえば、ボクたちはそんな教育を受けてきませんでした。肺ガンになる怖れがあるかな程度の認識でしたから。さらに塩分に至っては、そんなにも各部位に悪い影響を及ぼすなんて想像もしませんでした。かの田中角栄も、ご飯に醤油をジャブジャブかけて食べていたそうです。そんな無茶を続けなければ、脳梗塞で倒れることもなかったかもしれません。

 

 だからね、ボクが言いたいのは「栄養教育」の必要性ってことです。2005年から「栄養教諭」制度が発足。「食の自己管理」や「望ましい食習慣」を子供たちに指導することになっており、これには大賛成です。歯磨きなども含めて、生活習慣で予防できる病気はかなり多岐に渡るのではないでしょうか。

 

 それで思い出すのは、今ではテレビで活躍中の鎌田實先生です。彼は長野県茅野市の諏訪中央病院に医師として赴任後、地域に密着した「健康づくり運動」を長期に渡って実践。脳卒中死亡率の高かった長野県を長寿日本一にしたといわれます。ボクは先生に取材したこともありますが、要するに住民に対する栄養教育を丹念に、決して諦めることなく粘り強く続けてきたことが、医療費の削減にもつながったのです。

 

 そんな鎌田先生の持論は「ピンピンコロリ」。ピンピンと生きて、コロリと死ぬ。これが自分にとっても他者にとってもベストな死に方ではないかと。そのためには、何よりも知識が必要となります。

 

 どんなことだって知識は必要不可欠ですが、昨日の引き続きでボクが最も言いたいのは、算数や国語や英語なんかよりはるかに大切な勉強があるということなのです。さもなければ社会生活はもちろん生存だって危うくなるのに、テストの点数ばっかり気にしていていいのかなぁと思うわけですね。

 

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2016年9月12日 (月)

口の中

 

「これを挟んで奥歯をかみしめてください」

 

 そう言いながら、歯科衛生士さんは頬を内側から左右に押し開く大型の洗濯バサミみたいなプラスチック製の器具を口の中に入れました。

 

 この器具を奥歯でかみしめるわけ? 

 

 それならもっと口を上下に開けないと無理だよね、と素直にやろうとして、危うくアゴを外しそうになりました。

 そうじゃなくて、器具は歯茎と頬の間に置いておき、そのまま奥歯をかむってことなんですよね。それが理解できるまで、涙が出そうなくらい大口を開けてしまったのです。ちゃんと正しいロジックで説明して欲しいなぁ。

 

 この状態で歯茎と歯と噛み合わせをカメラで撮影して、歯周病などの治療の参考にするからですけど、えーと、歯科衛生士さんはまだ30歳前くらいでしょうか。とにかく妙齢の女性であります。そんな彼女に向けて、汚い口内をあますところなくさらけ出すというのは、ボクとしては死にたくなるほど恥ずかしい。ランニングシャツ一枚だけ着た裸より格好が悪いじゃないですか。

 

 ボクのようなオッサンでもそんな羞恥を感じるのですから、若い男ならなおさらじゃないかなぁ。そんな気分を隠すために右手でピースサインをしましたが、あんまりウケなかったようです。同じことをやった奴が少なからずいるのかもしれません。

 そこで仕方なく、その器具をつけたままで、

「ほのはっほぉうは(この格好は)、へっほう(結構)、はひゅかひいへすね(恥ずかしいですね)」と言うと、やっと笑ってもらえました。

 

 すいません。まるでテーマが見つからないスランプの時もありまして、こんな無駄話になってしまいました。ご寛恕いただければ幸いです。

 

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2016年8月22日 (月)

ブリッジ

 

 年初に歯を抜いてから、月に2~3回程度のペースで歯科医院に行っております。これまでに予約した日時をドタキャンしたことは1度もありません。普通の人なら不思議でも何でもないことでしょうが、ボクにとってこんな皆勤賞というか優等生的な通院は人生で初めての事態です。

 

 けれども、これまでバックレたり治療途中に逃げたことがみごとにアダとなり、使い物にならないグラグラ歯が抜かれ、20万円もかけたセラミックの貼り歯が容赦なく捨てられて義歯となり、挙げ句のはては歯垢を取るために「歯茎を一度はがさないといけません」などと予告されております。

 

 痛いのが病的に嫌いなタチで、特に細い金属の線を巻いた針みたいなものを神経の中に突き刺して、グリグリ回してガリガリ引き抜くという治療が、と書くだけで腕のあたりにむずむず鳥肌が立ってしまうのですが、いくら麻酔をかけようが苦手なんですよね。だから、そんな事態を迎えそうになると、突然に仕事が忙しくなるという言い訳で逃げてきたわけです。

 

 すべては自己責任であって、ちゃんと歯と歯茎をケアしてこなかった自分に対する報いですから、きっちりと心を入れ替えたのですが、ちょっと手遅れだったかな。保険外の治療も必要になってきたからです。

 

 まだ納得できるほど調べてはいないのですが、義歯を入れてブリッジでつなげるという治療が、どうやら保険の適用外になるらしい。歯の欠損が規定された範囲内に収まっていないため、自費負担は避けられないそうです。

 そんな保険外治療の選択肢の1つとなるインプラントは外科手術になるので、ボクにとっては問答無用で論外。入れ歯という方法もありますが、以前に作った部分入れ歯を放置していることから分かるように、フィット感が問題なんですよね。歯科技工士の技術にもよるのでしょうが、あまりいい思い出になっていません。

 

 となると、やはりブリッジしかないわけです。それで値段をアバウトでもいいからと歯科医に訊いてみると、ななななななななななななーーーーーんと、40万円!!

 ヘタすりゃ中古の軽自動車が買える値段だもんなぁ。歯の治療ごときにそんなカネを支払うなら、ブリオーニかトムフォードに行って服を買うか、青山のベルルッティで靴を誂えたいじゃないですか。

 

 これからボクはどれだけ生きるかということにもかかわってきますよね。たとえば10年後に死んだとすると、年間で4万のコストをかけたことになります。月あたりで3333円。これは果たして高いのか安いのか。20年生きたとすれば、その半額の年間2万円で月に1700円くらい。これなら「勝った!」といえるのかな。もしも5年で寿命を迎えたなら、年間8万円で月あたり約7000円ですもんね。うわぁお、こりゃあもったいない、となりますよね。

 

 とにかく、保険外治療の価格があまりにも衝撃的で、我を忘れそうな月曜日という感じなのです。

 いえね、別にカネがまったくないわけではなく、さりとて腐りそうなほど札束を持っているわけでもありません。要するに歯科医院の治療にそれだけのカネをかける価値がありやなしや、ということなのです。QOLにかかわってくることは事実ですけど、躊躇してしまうのはボクだけなのかなぁ。

 

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2016年7月13日 (水)

前歯

 

 今年1月に虫歯を抜いてから、継続的に歯科医院に通っています。

 

 以前は歯科医の予約なんてバックレまくりでした。おかげで「必ず来られる日を指定してください」と不愉快そうに厳命されるくらいでしたが、今回は一度もキャンセルしたことがありません。

 

 けれども、心を入れ替えるのがあまりにも遅すぎたらしく、口の中が血まみれになるほど歯垢をこそぎ取られ、根っ子までやられている歯が遠慮なく抜かれて、とうとう前歯まで痩せ細ってしまいました。「ダメな部分を削っていくと少ししか残りませんでした」と歯医者。今はそこに仮歯を被せていますが、「次は神経を処置しておかないといけません」と恐ろしい予告をされています。

 

 これは仕方ないとしても、それまで前歯にはセラミックの貼り歯をしていたのです。ボクは痛いのが大嫌いなので、最も手数の少ない処置として貼り歯にしたのですが、保険対象の材料のほかにいろいろ選択肢があるんですよね。

 ボクは人間の歯に最も近いといわれるセラミックを選んだのですが、これが1枚何と10万円。2枚必要だったので20万円もしました。

 

 そそそそそ、それが、ですね。今回の治療でさっさとゴミ箱行き。虫歯の治療なんかより、はるかに「痛い」結果になってしまったのです。虫歯は生活習慣が原因であり、セラミックの貼り歯にしたのも自己責任だから誰にも文句を言えないじゃないですか。

 

 考えてみれば、「にぃー」っと前歯を丸出しにするような表情をすることは滅多にないので、わざわざセラミックにする必要はなかったかもしれません。今度は保険対象の材料にしようかな。

 

 そういえば、この歯科医院の上階に整形美容のクリニックがあり、ここがかなり繁盛しているらしいのです。1階のエレベータで5人くらい待っていると、うち3人は女性でクリニック行き、1人は歯科医院で、もう1人は別の階という感覚かな。整形美容にもはや抵抗なんか皆無みたいです。『人は見た目が9割』なんていう本が話題になったこともあるように、キレイで整った顔のほうが圧倒的にトクではあるんですけどね。

 

 そうなると、女性をホメる時には注意が必要になります。

 

 ヘタすりゃ整形したところをホメまくる怖れがあるというのは素人の発想で、内面をホメないとインパクトがないのです。キレイな顔を「キレイだね」と言われても、内心では「あれだけカネをかけたんだからと」と当然のことですもんね。そうした容姿をホメることにはそもそもオリジナリティがないので、メンタルや個性やスキル方面にシフトしたほうがいい。

 あっ、そうなると容貌以外に注意が向くようになるので、それが女性たちの本当の狙いだったのかな、なんてね。

 

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2015年7月 1日 (水)

歌声も老化する

 

 肉体の老化が止めることのできない変化であるなら、声帯も例外であるはずがないと考えて、1人の歌手の歌声をデビューの頃から追いかけたことがあります。

 

 昔ならレコードやCDを購入する必要がありましたが、今はYouTubeがあるのでホントに便利です。特に同じ楽曲を好んで歌い続けてきたという人は、それを聴き比べるだけで変化が一発で分かります。

 

 やはり、というべきか、昔は透明感が高く、低音域でも艶と張りを感じた声が、年を経るうちにハスキーというべきか、かすれていくことを確認しました。覚醒剤で再逮捕された韓国人歌手は最初からかすれ声でしたけどね。

 ボクが追いかけた歌手の場合は酒好きで知られていたので、アルコールの影響で声の老化も促進された気配があります(これで誰のことかほとんどバレちゃいますけど)

 

 もちろん容貌と同じく、ほとんど老化を感じさせない声の歌手もいます。やはり肌なんかと同じで、日頃の手入れが違うんだろうなぁと思わざるを得ません。それでも20年間を比べてみれば、やはり年齢を感じさせることは事実でしょう。

 

 けれども、ファンや業界関係者はそれに気づいてないフリをしているように見えます。「往年の歌声」は今も変わらないというのが常套句で、時には「あの頃を想い出させる」というフレーズもあるようですが、それは記憶のウソに過ぎません。歌う方も聴く方も年を取れば、老化していて当然ではありませんか。昔と同じ声だと思い込みたい気持ちはボクも十分に理解できますが、素直に聴き比べたら明らかに違うのですから仕方ありません。

 

 ただし、歌い方は違ってきますよ。ぐっと上手になる人も、クセのあるテクニックを覚える人もいますが、おしなべて感情の込め方がナチュラルになり、技巧の気配を感じさせなくなるようです。ごく簡単に言うなら、若い頃の歌い方が棒読みに近いものだったと分かるわけですね。

 

 そうした意味でも、デビュー当時から低音で迫力ある女声だった山口百恵を比較してみたかったのですが、ご存じのように21歳という若さで引退して、ボクの知る限りでは2度と公衆の面前で歌ったことはないはずです。あの年齢であのレベルだったのですから、歌い続けていればどれほど変化したのか想像もつきません。

 

 だからどうのってことではありませんが、人間というのはライブコンサートでも、昔の歌声を幻影ならぬ「幻声」として、リアルな歌声に重ねて聴いてしまうんだなぁとしみじみ思うわけです。

 

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2015年6月18日 (木)

想像力という厄介モノ

 

 包丁というのは、美味しい料理を作ることもできれば、人を切ったり刺すこともできます。ダイナマイトは山にトンネルを穿つこともできれば、戦争で多数の人を一度に殺す武器にもなります。

 

 核は……、と似たような話はどんどん続けることができますが、では世の中で最も強力な「両刃の剣」とは何でしょうか。ボクはそれが「想像力」=イマジネーションだと考えてきました。

 

 学校では、想像力は学力向上に直結するため、大いに称賛される能力となっています。問題文から出題者の意図を探って、適切な解答を導き出していく原動力は、何てったって想像力にほかなりません。その意味では知性=想像力と位置づけても反対する先生はいないはずです。

 ところが、弱者に対するいじめや、自殺の原因もまた想像力といえるのではないでしょうか。長くなるので詳しい説明は省略しますが、「こいつならいじめても反抗しないだろう」という嘲りが陰に陽に虐待をエスカレートさせ、「みんなに嫌われているから生きている資格がない」といった絶望が自殺につながるとしたら、根っ子はやはり想像力ではありませんか。

 

 社会でも同様に、彼女に嫌われたのではないか、上司に疎まれているのではないかといったことから始まって、自分にはまともな能力がないかも、人間として失格ではないかとかなんとか、あらゆる種類の自己卑下や劣等感はすべて想像力のなせるワザでございましょう。根拠不明の過剰な自尊心も同じですけどね。

 

 もちろん人類に想像力がなければ、クルマも走らず、飛行機だって発明されなかったはずです。優れた想像力は知識の源となり、人間の生活をどんどん豊かにしたことは事実ですが、その反面で人間を苦しめる厄介モノでもあるのです。この想像力さえなければ、嫉妬や羨望といった、あらゆるネガティブな感情と無縁になれるのに、そうはいかないんですよね。

 

 願わくば、アインシュタインのようなノーベル賞級の天才だけに想像力が宿ればいいのに、ボクたちのような凡人にも等しく存在しているから困ったものなのです。

 

 この始末の悪い、核並みに迷惑な感情から自由になるには、第一に「殺す」という方法が考えられます。物騒な表現ですけど、要するに他者や未来のことなんかまったく考えないようにするってことです。「明日は明日の風が吹く」「隣は何をする人ぞ」と決め込むことができれば、どんなに楽になれるでしょうか。

 ボクも数回チャレンジしてみたことがありますが、ええ、なかなかいいもんですよ。ただし、ダイエットと同じで続かないんだよな、1日2日はまぁまぁ快適でも、必ずリバウンドがやってきます。不安や怖れや後悔なんかがどどーんとまとめてやってきて、いてもたってもいられない状態に追い込まれることもあります。

 

 というわけで、どうも想像力を殺すのは大変に困難な作業らしい。ならば、想像力をこちらの都合で自己管理できるようになりゃいいわけです。では、どうすれば、この猛獣のような厄介モノをうまく手なづけることができるでしょうか。しばらく考えてみてください。

 

 ボクはとっくの昔に答を出していました。とはいっても、それを知りたいという人がどれだけいるかなぁ。苦節数十年にわたるボクの血みどろの成果(ちょっと大げさか)をタダでお知らせするのも勿体ないような気がします。

 

 えー、そんなわけで、答はとりあえず明日にしておきましょう。それまでご自分で考えてみてください。心を苦しめる元凶と考えられる想像力を、どうやったら飼い慣らすことができるでしょうか。

 

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2014年11月14日 (金)

喜怒哀楽

 

 4年前のブログにもちょっと書きましたが、ボクは人間の感情を憎んできました。感情を憎む感情というのは、蛇が自分の尻尾を呑み込もうとするみたいで、なかなかの屈折ぶりではありますが、とにかく気持ちを持てあましていたわけですな。こんなのは別にボクに限った話ではなく、「感情的」という言葉が肯定的に使われることなんてないではありませんか。

 

 このことから「人間的」という言葉も大っ嫌いで、って、これまた感情的な言い方になるから面白いのですが、この2つの言葉を完全に抹殺できた社会こそがユートピアではないかと考えていました。

 

 だから、これまでにやったアルバイトで最も快適だったのは、データセンターのキーパンチャーでした。大型コンピュータに読み取らせるためのデータづくりで、販売伝票の記号と数字をカードに穿孔するのが仕事ですから、「人間的」にも「感情的」にもなりようがありません。朝から昼までタイプライターみたいな卓上機をパチパチ、メシを食ってちょっと休んでまたパチパチ。無駄話をする余裕もなく、これで時給ナンボというのは気持ち良かったなぁ。しかも、成果が極めて分かりやすい。最初は1分間で10枚程度なら、翌日は12枚、その翌日は15枚という感じでどんどん上達していくことが明確に理解できます。それによって時給も上がるのですが、数字が根拠ですから「あいつが何で」という嫉妬やねたみも生まれようがないわけですね。

 人によっては「機械のような仕事だ」と否定的に形容するでしょうが、まさにその理由からボクはこの仕事が好きだったのです。

 

 しかし、当然のことながら、人間はどう頑張っても機械にはなれません。原因不明で調子が良くないこともあります。だからこそ機械を発明したのですから、機械が完全に人間のようになっては困るんだよな。もし人間がもっと必要なら、人間同士がああしてこうすりゃそれほどの困難なく再生産できます。ちなみに、英語では子どもを作ることを容赦なくReproductionと表現するので驚いたことがあります。

 

 でね、人工知能がどんどん発達していく過程で、人間の良さとはいったい何かとなるわけです。何もかもが機械に代替可能になっていく中で、パンドラの箱の底に残るのは、「希望」なんぞでは決してなく、ボクは「感情」ではないかと思うのです。情動とかモチベーションとも言われるように、神経系に効くホルモンというかビタミンというか、覚醒剤やマリファナ的な効能(経験ないのであくまで想像)も実はあるじゃないですか。こうした「感情」を前向きに評価しないでどうするのって社会に、これからなっていくと思うんですよね。

 

 同じ機能で同じ価格なら、美しい製品が汚い製品よりも売れるように、人間は快を感じるほうに動くようになっています。前述したReproductionという行為も、快を感じるから人間も動物も存続してきました。そもそも感情は極めて大切な要素として本能に組み込まれているわけです。

 

 それを嫌ったり憎んでいては、それこそ高度に発達した機械に負けてしまいますよね。とするなら、この感情の「良さ」を積極的に認めていくことが必要ではないかと。具体的には、喜怒哀楽はいいぞぉ、感情的って何て素敵なんだぁ、と考えるようにすればいい。

 

 ボクの現在の仕事も、実は極めて感情的なことがベースにあります。事実を伝えることがノンフィクションのライターの基本的な任務ですが、事実だけなら新聞やネットのニュースを見ればいい。大切なのは、その事実をどう理解・解釈するか、です。ここで道は2つに分かれて、「人間も社会も何てバカでイヤな存在だ」という否定的な方向と、「こう考えると参考になって役立つから気持ち良いじゃんか」という肯定的な方向があります。前者をどんどん深めていくのが小説で、後者がボクの仕事ですが、最後は結局同じところに行き着くことになります。その最後についてはいつかお話するとして、こんなのは完全に感情に結びついた評価・判断であり、いつの間にかボクは自分が最も嫌っていたものと密接に付き合う仕事をやっていたことになるのです。

 

 どうやっても逃げられないことなら、ネガティブな感情も前向きに使い倒すほかありません。高度な人工知能を備えたロボットに「どうだ、お前はこんなことを感じられるか」と問いかけることが、奴らに勝つ秘訣になっていくでしょう。

 だからこそボクは、このブログでは常に前向きな感情で考え、いつも提案を忘れないことを自分に課しています。ネガティブな感情もコインの裏表のようにセットであることは承知の上で言いますが、愚痴や批判や悪口や悲嘆だけなら、ロボットから「やっぱ人間だもの」と嘲笑されるぜ、と今から思っているのです。

 

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2014年10月16日 (木)

ボール投げ

 

 文部科学省の調査によれば、子供の運動能力は「ボール投げ」だけが目立って低下しているそうです(1016日付け日本経済新聞朝刊「春秋」)。走力や俊敏性など、ほとんどの要素が向上しているにもかかわらず、たとえば10歳男児の遠投では東京オリンピックの頃に比べて距離が20%、6メートルほど縮んだとされています。これはテレビでも報道され、「適切な投げ方を知らないのではないか」と指摘する識者もいました。

 

 えー、ワタクシゴトで恐縮ですが、実はボクもボール投げが苦手というか、まったく飛ばなくてみんなに笑われた記憶があります。普通の子供より身長は少しだけ高く、小学校低学年の頃から水泳をやってきた体格だというのに、ボールを投げさせるとまるでダメ。もしかすると女子よりも距離が短かったかもしれません。これでは誰だって笑っちゃいますよね。

 

 前述の識者による解説に加えて、ネットでも紹介されていたので、やっと今になって分かったのですが、そもそもボールの握り方からして違っていたようです。人差し指と中指、それに親指を中心としてボールを挟むように掴むのが正解のようですが、その握り方を小学生のボクは知らなかったわけではありません。けれども、それを変化球や魔球の握り方だと信じており、遠投の試験では猿のように指全部を使って投げていたのです。これではボールの手離れが良くないので、遠くに飛ぶはずがありません。

 

 なんでまたそんな間違ったことを信じていたかというと、当時は巨人軍の長嶋&王選手が国民的なヒーローで、野球漫画も圧倒的に高い人気を集めていました。しかしながら、ボク自身は野球というスポーツをほとんどやったことがなく、キャッチボールの経験もありません。子供会のチームの員数合わせで呼ばれた時に、借りたグローブを利き手の右につけようとして注意されたことがあるくらいです。

 

 つまり、野球なんてロクにやったことがないのに、漫画だけは熱心に見ていた関係で、消える魔球だとか何とか過剰にデフォルメされたフィクショナルな知識だけはあったわけです。それで、正しい握り方を魔球用に違いないと信じ込んでしまったらしい。この魔球用で投げればもっと飛んだはずですが、それでも「投げる」という動作自体に慣れていなければ、距離が伸びるはずがありません。

 

 何が言いたいかといえば、ボール投げの距離低下は、東京オリンピックの頃に比べて、ボクのように野球に馴染んでいない子供が増えた結果ではないかということです。かつては野球がスポーツの王様で唯一無二の存在だったのですが、子供が憧れるスポーツはサッカーを始めとしてどんどん多様化してきました。その中でボールを投げる動作が必要不可欠というのは、およそ野球かソフトボール、ハンドボールくらいしか見当たらないじゃないですか。

 球技に限っても、ボール投げなんてむしろ特殊な動作にもかかわらず、子供の体力測定のひとつとされてきたのは、やはり野球の人気が背景にあったとしか考えられません。

 

 そうした特殊な動作を体力測定の中に含めて、過去と定点的に比較してアップしたダウンしたと判断することのほうがおかしいってことなのです。大人は時として頭が固いんだよなぁと子供たちは呆れているかもしれませんね。

 

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