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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

心と体

2020年4月 9日 (木)

マイブーム(オマケ)体温計

 

 ボクだけのことでなく、ブームと呼ぶのも顰蹙ものですが、体温を測るのが日課となっています。新型コロナは発熱しないケースも珍しくないようですが、味覚が正常なら体温が目安ですから、寝る前や起き抜け、昼間でも思いついたら計測するようにしています。

 それで分かったのは、睡眠というのは一種の「冬眠」なんですよね。というのも、ボクの平熱は35度台ですけど、目覚めてすぐに測定すると33度~34度台まで下がっているからです。つまり、起きている時は35~36度くらい。夜に身体を横たえて就寝準備に入ると、エネルギー代謝が自動的に抑制され、それに伴って体温が次第に低下していくということです。体温は化学的な合成で維持されていますからね。

 フトンの中にこもってしばらくするとポカポカと暖かくなってきますが、これは身体が発熱しているわけではなく、フトンの中の温度が保たれると同時に、体温が低下していくので、相対的に暖かく感じるという仕組みらしい。

 逆に、風邪などで体温が平時より上昇すると、相対的に寒く感じるわけですね。そうなってしまえば、フトンや毛布は保温効果しかないので、いくら積み上げたところで寒気はなくならないのです。

 そして、この体温についてはもっと怖しいことがあります。昔の水銀体温計は42度までしか目盛りがありませんでした。それでは水が沸騰する100度が測れないじゃないかとボクは不思議に思ったのですが、この理由をご存じでしょうか。

 体温が42度にもなったら死ぬほど苦しいだろうと思いますよね。だからといって、43度や44度がないのもおかしい。それで調べてみたら、人間、いや哺乳類にとって42度以上の目盛りが必要ないことがよーく分かりました。

  タンパク質で作られたボクたちの細胞は、42度以上になると茹で上がってしまうのです。つまり、体温が42度を越えたら、人間は確実に死んでしまう。死ねば体温はそれ以上に上昇するはずがないので、42度までの目盛りさえあれば十分ということになります。水銀の柱では長くなってしまうという理由もあるでしょうが、この冷徹な医学データを根拠としているんですよね。

 そして、体温の上昇は細胞が危機に瀕しているシグナルというだけでなく、肉体が自らの死を賭して細菌やウィルスなどを叩き出そうとする壮絶な闘いも意味しています。ああ、だからこんなにも苦しいのかと。それが分かったところで病状が好転するわけでもないのですが、理由を知るだけでも精神的に楽になります。頑張れオレの身体! という感じかな。41度に達すると死は目前なので、アメリカでは氷風呂につけるという強制的な対症療法も行われるようです。この方法なら平清盛も死を免れたかも知れません。

 知識というのは、実にまったくそういうものであるのだと、ボクは深く得心したんですけどね。

 

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2020年3月 6日 (金)

ここまで来たら……

 

 ボクが敢えて指摘しなくても、大多数の人たちには分かりきったことだろうけど、政府の対応はあまりにも遅すぎるよ。今さら中国や韓国からの渡航を制限しても、もはや効果なんてあるはずがない。マスクにしても、ようやく国の買い上げや備蓄の配給、転売禁止の法的措置ですからね。口先ではあれをやるこれもやると言っておきながら、トイレットペーパーの買い溜めすら止められない。これでは「やるやる詐欺」じゃないか。

 それでも首相が弾劾されないのは、モリカケ問題と同じで、美味しい利権を自分の周囲だけにばらまいてきたからでしょう。これって背任に近い特権的地位の私物化じゃねぇかと思うけど、いずれ歴史が彼の所業を断罪するはずなので、この話題は取りあえずやめにします。

 だからといって、新型コロナウィルスはまだまだ収束する気配を見せていないので、そろそろボクたち自身の意識を大転換すべきではないでしょうか。

 猛威をふるうとか世界的に蔓延とか、メディアは毎日おどろおどろしく報道していますが、アンゴルモアの恐怖の大王じゃあるまいし(古いか)、そんなにも震撼すべき病気なのかなぁ。高齢の死亡者が少なくないので、政府は引き続き全力をあげて対策に取り組んで欲しいのですが、ボクたちの意識まで新型コロナに感染させてはいかんと思うんだよね。

 はっきりいえば、ちょっとばかり伝染性は強いけど、こんなもんただの風邪じゃねぇかと思ったほうがいい。インフルエンザだって毎年多くの人が肺炎で亡くなっていますからね。ウィルスの生存戦略を考えても、宿主を殺したら自分たちも死ぬことになるので、エボラのように悪質化することは稀有じゃないかな。かといって、奴らはRNAしかないので突然変異しやすく、完全に撲滅することは不可能。だとすれば、いずれインフルエンザと同じ季節性の風邪として定着していくことになるでしょう。

 こんなことは流行の当初から有識者が指摘していたことですが、例によって恐怖感をたっぷりとまぶした大量報道によってもみ消されてしまいました。だから、みんな焦りまくってマスクやトイレットペーパーを奪い合う。ただの風邪だったら、こんなパニック的な行動はしないですよね。

 感染ルートを追求することにも限度があり、早い話が、どこで誰が発熱して空咳をしても不思議なことではありません。よってたかって犯人探しをしても、しょせんは後付けですから、予防効果がどこまであるんだろうか。韓国の宗教団体指導者にいくら土下座させても、感染者が減るわけでもないでしょう。このブログを読んでいるあなただって、いつ罹患してもおかしくない段階に突入したことをみんなが自覚すべきです。

 それをきちんと理解した上で、ここまできたら、過度に怖れるのはもうやめようと言いたいのであります。少なくとも心を縮こまらせるのはやめようよ。そのために、新型コロナや新型肺炎と呼ぶとクルーズ船の暗鬱な記憶につながるので、「武漢風邪」と呼ぶのはどうかな。それでは中国との国交に悪影響を及ぼすというなら、いっそ「大陸風邪」と呼びましょうぜ。さもなきゃ「新世紀風邪」とかね。

 決してウィルスを侮るわけではありませんよ。正しい知識を持ち、感染防止を厳しく心がけることを大前提として、「たかが風邪じゃねぇか」と気持ちを強くすることが、生活防衛につながるとボクは信じるのであります。精神的にも健康になると思うぞ。

 

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2020年1月 6日 (月)

連帯を求めて孤立を怖れず

 

あけましておめでとうございます。
本年もご愛読をよろしくお願いいたします。

 にもかかわらず、新年から恐縮ですが、業界の大先輩がうつ病に罹患されたようです。とても賢い人ですが、ボクのように神経質で不安症というタイプではないので、ご本人もそんな自覚はまったくなかったらしい。ただ、体調がどうもおかしく、不眠と食欲不振が続くことから思い切って診察を受けたところ、うつ病と判明したそうです。

 ボクよりちょうど一回り年上ですから、失礼ながらいわゆる老人性うつ症ということになるんでしょうね。そこで抗うつ剤を処方されて服用すると、たちまちのうちに改善。しばらくして「寛解」ですから、ご本人も呆気にとられたのではないでしょうか。いずれにしても、お元気なのは何よりです。

 知らなかったわけではありませんが、うつ病というのは必ずしも暗い顔や呼びかけに無反応といった心的症状だけでなく、身体の不具合としても発現することを改めて認識しました。気持ちは元気で溌剌としているつもりでも、言葉にできない不安と憂鬱が無意識のうちに深く浸潤していたなんてことになるのかな。その意味では文学的な病ともいえそうですが、医学的にはセロトニンなど神経伝達物質の減少によって発症することが明らかにされています。だから、その分泌を刺激する薬を投与すれば治癒は可能。なんて解説したら、芥川龍之介や川端康成は気分を害するんじゃないかな。

 ただし、複雑な要因が絡んだケースも少なくないので、抗うつ剤が効かないこともあるようです。また、短期的には改善しても、神経伝達物質を阻害するストレスなどの要因が解決されない限りは、何度も発症するという理屈になります。それが歯痛のように直接的に表われるわけではなく、体調不良という間接的なカタチで出てくることも、うつ病特有の症状といえそうです。

 つまり、うつ病というのは、心=精神と肉体が不可分であることをいみじくも実証する疾患なんですよね。「我思う、ゆえに我あり」というデカルト型の唯心論ではなく、「我あり、ゆえに我思う」ともいうべき(ボクの独自表現です)サルトル的な実存を証明する病なのでありますよ。

 このように小賢しいことを言わなくても、昔の人は「病は気から」と喝破していました。ただね、この「気」という奴が曲者でありまして、試薬のプラセボ効果から手かざしまで、いろいろとあるんだよな。現代はAIの時代であり、だからこそ人間の時代でもあるので、この「気」が昔の軍隊的な精神主義のようにどんどん悪用されていく予感もします。すでに自己啓発やマルチ商法のセミナーはそんな「気配」が濃厚ですもんね。

 こういう怪しげな「気」の洪水から身を守る唯一の方法は、自立した個の維持しかありません。誰にも何にも依存しない自分を守り抜くこと。ボクの好きな言葉「連帯を求めて孤立を怖れず」は全共闘のスローガンでしたが、今こそ再び普及させるべきではないでしょうか。ACジャパンに提案してみようかなぁ。

 

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2019年3月 5日 (火)

洗脳(後)

 

 昨日の続きになりますが、「洗脳」の何が不愉快かというと、他者に責任を転嫁する言い換えに聞こえてしまうからです。

 

 人間から意思を完全に奪ってマインドコントロールすることが、本当に可能だと思いますか。どう考えても催眠術や恋愛と同じで、自らトリコになるというか、それを受け入れる土壌がなければ無理ってものでしょう。

 

 カルト的な宗教が典型的ですが、入信のきっかけは身体的あるいは精神的な苦悩からの逃避だと思うのです。解決不能な大事であればあるほど、個人では対処できなくなります。そこで帰依、すがると言うのかな、自分を放棄して、すべてを委ねてしまう。そのほうが楽になれるからです。

 

 実は「騙された」も洗脳の類語ですけど、ボクはそうした「された」という受け身の表現が大っ嫌いなんですよね。いかに奇妙な教義であれ、違法でない限り人は信じる自由があります。その人権を認めるのであれば、洗脳なんてことを軽々しく言えるはずがない。早い話が、自分の意思で従属・隷属したのであって、それを安易に洗脳と言い換えることに疑問を感じるのです。人間のアタマって、そんなに簡単に塗り替えられるほどヤワで単純なはずがない。

 

 けれども、激しい苦痛や解決不能な苦悩、大変な困難に直面すると、どこかに逃げ出したくなります。そんな時に、美味しそうな餌を付けた釣り針が降りてくるんだよな。我慢できずにパクリとやると、向こう側に釣り上げられてしまう。そこで自由な意思を喪失して、誰かに、あるいは何かに受容されることの快感を知るわけです。

 

 束縛や被支配という自覚さえなければ、これほど甘美で安楽な状態はありません。何よりも、いちいち自分で考え、判断し、選択しなくていいからです。こういう状態を「洗脳」というなら、狂信的な愛国者や会社人間も大きな違いはありませんよね。旦那の言うことには100%賛成で疑問をまるで持たない奥様も同じといえば叱られるかな。

 

 とにかくね、他者のせいにしてはいけない。自分の生き方は、どうひっくり返っても自分だけのものです。それを自ら放棄して他者に完全に依存することを「洗脳」と呼ぶのではないでしょうか。この言葉をどうしても使うとすれば、自分で自分を洗脳したということになります。子供は別ですけどね。なのに、いつも「洗脳された」と被害者のように受動態で語られる。そこのところがね、ボクは限りなく気分が悪くなるのです。同調圧力の正体だって、いじめる奴にしても同じことなんだよな。

 

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2019年3月 4日 (月)

洗脳(前)

 

 風俗業界は新語の宝庫といっていいんじゃないかな。発案者が分からないので、「流行語大賞」に選ばれることはほとんどないですけどね。

 

 特に売春関係では、その実態をオブラートで何重にもくるみまくった造語が頻繁に生み出されてきました。それだけに、時を経てしまうと何のことか理解に苦しむのが特徴です。古いところでは「夕暮れ族」かな。ウィキペディアでは「愛人バンク」とも併記しているように、小金を持ったオッサンの愛人になって定期収入を得る女子大生を意味します。彼女たちを斡旋していたクラブの名前が「ゆうぐれ族」でありまして、それで暴利を得たネーちゃんがマスコミで騒がれるようになった直後に逮捕されています。かなり昔の話だと思い込んで調べてみたら、1980年代の前半。勃興しつつあったバブル経済で成金となった皆様の御用達だったようです。

 

 その後も「援助交際」やら「JKビジネス」などなど、アンダーグラウンドの世界にはプロも裸足で逃げ出すような凄腕のコピーライターがいるらしい。とりわけ「援助交際」なんて、やっていることは完全に売春防止法違反にもかかわらず、そうとは感じさせない実に巧妙な造語だと感心せざるを得ません。

 

 だから今でも死語になっていないはずですが、それをも上回る奇妙な新語が登場しました。いわく「パパ活」。就活ではもちろんなく、終活でもなく、パパ活。足長オジサン的な支援だよという善良な雰囲気が漂っているため、ネットでも「肉体関係はない」なんていう信じられない意見があったりしますが、どうしたって売買春の一種ですよね。ボクほどの聖人君子(あくまで自称)なら別ですが、お茶やお酒から性的方面に発展していくのが普通ではありませんか。

 

 この言葉は、そうした実態を隠すだけでなく、後ろ暗さや罪悪感を綺麗サッパリと洗い流してしまう。何でもカネに換えてしまう資本主義が本当の大問題だとボクは思いますが、性交渉は人権に深く関わる行為なんですよね。レイプが象徴的ですが、暴力で身体を傷つけるだけでなく人権も甚だしく毀損します。だから被害者で自殺する人も珍しくありません。つまるところ売春は、人権の一部をカネで売買するのと同じではないかと、前述・聖人君子のボクは考えるのであります。

 

 そうした本質を押し隠すような言葉や用語をどんどん作ってきたのは、実は政府や行政だったりするのですが、またまた長くなるのでここではやめます。ボクにとっては売春関係以上に不愉快極まりない言葉がありまして、それが「洗脳」なのですが、明日に続けることにします。

 

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2018年5月 2日 (水)

エイジング

 

 10歳の子供も80歳のお爺さんも、誰でも初めて歳を取るんだなぁと実感するようになりました。まだボクはそんな年齢ではありませんが、来たるべき明日はみんなが未経験なんですよね。

 

 そんなことを思ったのは、パソコンに向かっていた時に赤いマーカーが机の上から床に落ちた時でした。椅子に座ったまま、中腰になってマーカーに手を伸ばそうとしたら、グキッというか、ググッというべきか、奇妙な感覚が腰の真ん中あたりに走り、やがて痛みがやってきました。

 

 ああ、これが巷間言われるところの「ギックリ腰」かなとは思ったのですが、別に重い米俵を持ち上げようとしたわけではなく、ただ床のほうに向けて手を伸ばしただけなんですよね。これまでそんな動作は1000回以上してきたはずなのに、どういうわけか今回はグキッでございまして、現在は椅子から立ち上がるにも「エンヤコラ」と自分に掛け声をかけております。

 

 ああ、何と悲しいことでございましょうか。まだまだそんな歳じゃねぇよと信じられない気分ですが、当方はまだ中高年の初心者なので気づけなかったのですが、秘かに、しかし着実に老いは忍び寄ってきていたわけです。

 

 ネットをちょっと調べれば、老化現象なんていくらでも出てきますが、それを知識として分かることと、自分自身で経験することには相当な隔たりがあります。一言でいえば、衝撃であり、打ちのめされるといってもいい。身体のボルトや関節部分が実は赤茶色に錆付いていることを歓迎する人なんていませんからね。

 

 ただ、おかげさまで、自分よりシニアな皆さんの心境というか、哀しみが分かるようになってきました。ああ、だからレナード・コーエンは“Dance me to the end of love”を書いたのかと。人間のことが若い人よりは分かるようになることが、歳を取ることの楽しみだとポジティブに考えられないこともないんですけどね(どっちだ?)。

 

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2018年2月15日 (木)

新型インフルエンザ?

 

 連休中に寝込んでいた時はただの風邪だろうと自己判断していましたが、どうやら新型インフルエンザの疑いが濃厚になってまいりました。新しいものは決して嫌いではありませんが、感染症だけは勘弁してほしいなぁ。

 

 ネットをかるく調べてみると、インフルエンザの特徴的な症状は38度以上の高熱とあります。ボクの場合は最高でも37度8分でしたから、これには該当しません。ひどい時には体中がガタガタ震えるほどでしたが、それでも体温計では微熱程度ですから、ヘンだなぁとは思っていたんですけどね。

 

 ただ、全身性の関節痛はないものの、腰痛と肋骨痛みたいなものがあったので、いつもの風邪ではないとは分かっていました。念のために、さらにいろいろ調べていくと、最近は高熱が出ない新型インフルエンザも流行しているらしいんですな。

 

 さて、ここで問題です。もしも新型インフルエンザだったとしたら、あなたはどうしますか。悪寒がするくらいになってしまったのですから、自分から医者に行く体力も気力も残っていません。やたらに出歩いて菌をばらまくのも他人迷惑じゃないですか。

 

 次に、悪質な風邪だった場合。こちらも症状は同じなので、ベッドから起き上がって着替えて医者に行くなんてことは無理です。立てるようになるまでひたすら我慢するしかありません。

 

 つまり、ですね。新型インフルであろうがなかろうが、患者としてやれることはまったく同じで、ひたすら寝るだけなんですな。特効薬があるなら別ですが、ワクチンでの予防はともかく、罹患していったん症状が出てしまったら、効き目はあまりないと言われます。気休め程度だと承知している大衆薬と比較しても、それほど極端な違いはないんじゃないかな。

 それより何より、医者が往診してくれるなら別ですが、わざわざ起き上がって、クソ寒い風がビュービュー吹きすさぶ中を歩いて、またはパスやタクシーに乗って病院を目指す価値がどれほどあるのでしょうか。

 

 インフルエンザと風邪の際立った違いなんて、その名称のように強力な感染力しかありませんから、菌をばらまかないのが防疫上最も必要な措置となるので、やっぱ寝ているのが一番となるわけです。

 

 そうこうしているうちに3日で平熱に戻り、翌日には関節痛なども解消しました。今でも鼻水と咳は残っていますが。

 医者もねぇ、とにかく(這ってでも)病院に来い、というのでなく、市販薬ならこういうのが効果的ですよ、とか、食欲はないでしょうが、微熱で舌が鈍感になっているので思い切ってカレーにチャレンジ(あくまで冗談です)とか、もっと患者の側に立ったプラクティカルなアドバイスをして欲しいなぁ。健康保険の点数にはならないまでも、来院者数はぐっと増えると思うぞ。

 

 とにかくネットの記事はコピペだらけで、間違いはないにしても実際にはあまり役には立ちません。このブログで言いたいボクの結論的なアドバイスは、「こりゃあかん」と身体からの最終危険信号が出るまでは、ひたすら寝ているほうがむしろ体力を温存できるってことです。とてもじゃないけど注射1本で快癒するような病気とは思えませんからね。ということは、敢えて病院に行くリスクと引き換えに、どんな効果が得られるかってことです。そのあたりをきちんと自分のアタマで判断して決断できるのが、頼りになる大人ってものではないでしょうか。

 

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2017年6月26日 (月)

元気信仰

 

 人間はいつも元気バリバリじゃないとダメなんでしょうかねぇ。

 

 ボクなんかは、体力的にちょっと疲れめで気分はやや重めというのが、机に向かった時に最も落ち着く状態ですが、夜中のテレビを見ていると、そういうのはまるで歓迎されないみたいです。

 

 元気一杯があるべき姿で、少しでも元気でなくなるとほとんど病気扱いですもんね。さらには「未病」なんてワケの分からない病名もあるから驚きます。厚生労働省は注意しないのかな。そりゃまぁ薬屋さんやサプリメント屋さんにとって病人や元気でない人が多いほど儲かるに決まっていますが、某首相じゃありませんけど、近頃は「印象操作」「情報操作」が行きすぎじゃないかなぁ。

 

 年を取れば誰だって血圧や血糖値が上がったり、腰や膝が痛くて階段が辛くなったりします。こんなのは加齢に伴う普通の現象ではありませんか。精神的にも、いろいろ苦労した経験があるなら、屈託や不安がまったくないというほうがむしろヘンでしょう。というかバカじゃなかろうかとボクは判断します。それをね、80歳過ぎても矍鑠とエベレストに登ってしまう人と比べるほうが不自然なわけです。

 

 「何歳に見えますか?」というのも根っ子は同じで、見た目が若いほど「ええーっ」とか何とか羨ましそうに驚かれたりしますが、70歳を越えた老人が40代くらいに見られるというのは、美容整形で知られる何とか姉妹じゃあるまいし、こちらも不自然極まりないことじゃないですかねぇ。

 

 こうした風潮は、必ずしも前述したサプリメントなどの健康産業が一方的に仕掛けたわけではなく、市場の側もそれを強く望んでいたことは事実でしょう。だから、卵が先かニワトリが先かという不毛な話になってしまいますが、それにしても近頃の日本はナイーブ過ぎますよね。「健康にはあまり興味がない」とか「オレはちょっとくらい元気がないほうが元気なの」と言う人がいてもおかしくないと思うんだけどね。

 

 とにかく最近の「元気信仰」「若さ信仰」にはさすがに辟易とさせられます。これもボクが年取った証拠なのかなぁ。

 

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2017年4月 7日 (金)

死に方

 

 犬の福助が病院から戻ってきました。

 

 近頃はエサの食いつきが良くないなぁと感じたので、念のために動物病院で診てもらったら、グラグラの虫歯や歯石などで、かなり口内が悲惨なことになっていたようです。だから大好きなエサを出すと皿までは跳ぶようにやって来るのに、口をつけるのをためらっていたのだと分かりました。

 

 そんなことに気づいたのは、ボク自身が1年あまりも歯医者にかかっており、虫歯の処置やら歯石除去などを経験してきたからです。タコやイカ、エビといった歯応えのあるものが好きなのに、虫歯の進行でロクに噛まずに呑み込んでいた時があったので、もしかして福助も同じではないかと疑ったわけですね。

 

 ボクのほうは順調に義歯化が進み、とはいっても来週は歯茎の皮を剥いて歯石を削り取るという身の毛もよだつようなフラップ手術が予定されています。それをしないと仮歯から解放されないというのだから仕方ないじゃないですか。歯の神経をゴリゴリほじくる処置が完全に済んだというのに、まだこんなことをやらなきゃいけないのは、長年の不摂生の報いではあります。

 

 何しろ歯磨きなんていうのは口臭を防ぐ程度の意味しか感じていなかったので、1日1回の秒速でしたからね。

 

 人間はそうした予防措置が普及していても、犬が毎朝歯磨きするところなんて見たことがありません。このため、飼い主が歯ブラシを使うケースも増えているらしいのですが、福助の口の中に何かを突っ込んだら、ほぼ間違いなく食われます。ということで放置していたら、上記のような状態になってしまいました。

 

 ただ、福助はもう15歳ですからね。昔なら10歳でも長生きとされたので、それを5年もオーバーした爺さんです。だったら歯もグラグラにもなるだろうし、頑固な歯石だってへばりつくってものです。衛生環境と栄養が飛躍的に向上したおかげで、人間の長寿化が進行。それに伴ってペットも長生きするようになったようですが、口内はそれに追いついていないみたいですね。

 

 これは人間もまったく同様で、骨粗鬆症や認知症など、高齢化によってもたらされた新しい病気が問題になっています。ガンにしても老化によって顕著になってきたといわれますから。

 

 赤ん坊が大人になる時に心身の各部位が均等に成長していくわけではないように、老化や死もバラバラで不規則に進行していくということです。それによる生き方の阻害を防ぐためには、冷淡なようですが、身体全体のバランスが崩れてしまわないうちに死んだほうがいいということになります。

 

 つまり、犬も人間も、「死に時」というのがあるのかなぁと。象は自らの死期を察するとどこかに去るといわれますが、人間の行き先なんて病院が精一杯でしょう。かといって、お願いすれば死に神が「あいよっ」と気軽にやってくるわけでもありません。

 

 かくのごとく、長寿は周囲にとっても本人にしても、必ずしもめでたいことではありません。医師は健康維持と病気の治療並びに延命措置が基本的な職責なので、文系がこの問題を扱わなくてどうするとボクは思うんですよね。具体的には安楽死、または自殺です。これらは今の日本では考えることすら禁忌になっているようですが、ボクなんかは「豊かな老後か、しからずんば毒薬を」みたいな精神的過激派でございまして、どうせ自らの意志で生まれたわけではないのだから、死ぬ時くらいは自分自身で決めたいなぁと。

 

 その是非も含めて、高齢化に伴う現代の「死に方」について、文学者や大学の先生はもっと発言すべきではないでしょうか。寡聞で恐縮ですが、上智大学名誉教授で哲学者のアルフォンス・デーケン氏くらいしか思いつかないのです。

 

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2016年12月20日 (火)

そこまでやるか!

 

 虫歯の治療はほぼ片付き、あとは仮歯をセラミックの人工歯に入れ替えるだけだろうと思っていたのですが、おっとどっこいで、大変な難工事が待っていました。

 

 以前から、歯周病で歯の隙間=ポケットが深いところが数か所あり、これを放置しておくと、いずれブリッジの土台が揺らぐことになるとは聞いていたんですよね。それでどうするかというと、歯茎をいったん切って剥がしたうえで、歯の根っ子あたりをこそいで病巣を取るという治療をしなきゃいけないというのです。

 

 これはもう完全な外科治療であって、ボクの知っている昔の歯科医院ではあり得ない、そこまでやるかという「手術」であります。それでも、いつもの治療よりは高価ではあっても、ちゃんと医療保険の対象になっているので、いわゆる標準的な治療のひとつらしい。というより、それをやらないと仮歯を本チャンに取り替えてくれないようなのです。もちろん、そのほうが永続性は高いに決まっていますが、ボクってば、そんな大工事をやったところで、これからいったい何年生きられるのかなぁと。

 

 とはいえ、歯科医と論争できるほどの専門知識はありませんから、これはもう委ねるほかありません。そんな気持ちで予定日を迎えたのですが、麻酔を打ちまくった後に、ゴリゴリ&ギシギシと削られ、ビュイーンと鋭いハイトーンで水も噴射する機械も使用。その途中でピクンと痛みを感じたので、麻酔もさらに盛大に増量してもらいました。

 口のあたりしか開口部のない布を被せられていたので、実は何をやったかは視認していません。むしろそんなものを自分の眼で見たくもありませんから、以上はあくまでもボクの想像に過ぎないので念のため。

 

 こりゃ麻酔が覚めたら痛そうだなと予想していたら、まさにその通りで、ヒリヒリとズキズキが強まってきました。そこで帰宅してすぐに、痛み止めのロキソニンをゴックンです。ボクは度外れた臆病者でございまして、何よりも痛みに弱いのです。若い頃のダスティン・ホフマンが主演した映画『マラソンマン』(1977年日本公開)みたいに、ナチ残党の歯科医が器具をテーブルに用意しただけで、あることはもちろん、ないことだって平気で白状しちゃいます。

 

 そんな大変な手術を経て今朝に至ったのですが、口内は気分爽快とはいえません。ただし、数年前と比べて、前歯も含めて、すべての歯を使ってものを噛めるようにはなったことは事実です。焼肉屋でもサンチュと一緒にカルビを口に入れて、普通に食べられるようになりました。QOLは確かに大幅に改善されたのですが、これまでにおよそ1年がかりって、やっぱ長いですかねぇ。

 

 それもこれも、本人の不健康な生活にすべての要因があるので、皆様も毎日の歯磨きなどを欠かさないよう、くれぐれもご注意ください。

 

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