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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

携帯・デジカメ

2015年3月 9日 (月)

ほらみろ!

 

 このブログでボクは「もっと軽くて小さい携帯電話を作ってほしい」と何度も提案してきました。それだけでなく、近所のドコモショップでも「重量が100グラムを切るガラケーならいつでも買い換えます」と数年にわたって言い続けてきたのですが、今もって希望の携帯電話に出会うことができません。本気でキッズケータイにしようかと思ったこともありますが、海外で使えないですもんね。

 

 爆発的に普及したスマホは、画面の大きさと使い勝手に限れば、薄型モバイルPCに勝てるはずがありません。だから携帯電話はあくまで電話であって欲しいとボクは考えるのですが、当節流行のスマホはやたらデカくて重いのです。

 このことから「スーツやジャケットのポケットに入れるとシルエットが崩れるし負担感も大きいですよね」とドコモショップの担当者に問いかけると、誰でも例外なく頷くことは頷いてくれます。「だからね、機能はガラケーで結構ですから軽量小型の機種を作って欲しい。そんな意見があったことを上の人に伝えてくれませんか」と言い続けて幾星霜ですけど、そうなる気配はついぞありませんでした。

 

 メーカーの開発担当者は白衣や菜っ葉服でも、幹部社員ならゼニアなんかの生地で仕立てたオーダーメイドの高級スーツのはずですから、分かってもらえると思ったボクが浅はかだったようです。こうなったら今のガラケーを壊れるまで使い倒してやるぞと決めたのですが、その前にようやく世間が動き始めたのかもしれません。

 

 IT系のリサーチ・コンサルティング会社、MM総研の調査によれば、2014年のスマホ出荷台数は2770万台で前年比約5.3%減。逆にガラケーは5.7%増の1058万台だったそうです。

 

 このようにガラケーが人気復活してきたのは必ずしもボクが指摘した理由だけではないにしても、「ほらみろ!」と呵々大笑したくなるような結果ではありませんか。大昔のブカブカ・ブランドスーツならいざ知らず、日本の男のファッショントレンドは身体にぴったりイタリアンが主流になってきたので、どう考えたってスマホは型崩れを招きかねない異物なんですけどね。

 

 ある女性店員は「ほとんどの人は大画面で見やすいスマホをお望みなのです」と強弁していましたが、そうした多数決のものづくりは逆に進歩や革新を停滞させてしまうってことを知らないのかなぁ。彼女の論理に従えば、かのウォークマンだって「歩きながらイヤホンで音楽を聞きたい人がどれだけいるでしょうか」となって、世に出ることはなかったでしょうね。

 

 そんな理屈なんかより、ガラケーでもスマホでも構いませんから、とにかく軽くて小さい携帯電話を作ってくれないかなぁ。重量が70グラム以下なら躊躇なく秒速で即買いすることをここにお約束します。

 

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2013年8月28日 (水)

衝動買い

 

 いつの間にか早起きになったので、6時前からTBSのニュース番組を視聴していますが、近頃は「老害」が目立つように感じるのはボクだけでしょうか。若いアナウンサーに思いつきの言葉を無理矢理に挟み込むので、みんなが絶句するなど、迷惑しているように見えるのです。

 彼の名前を冠した番組だから存在感を示したいというのであれば、もっと勉強してから言うべきでしょう。そこらの無知なオヤジと変わりない興味本位の感想を、なんで朝っぱらのテレビから聞かなきゃいけないのかなぁ。ディレクターやプロデューサーは彼より若いはずなので、きっと制止できないのでしょうが、それまでの名誉を惜しむのであれば、そろそろ引退したほうがいいんじゃないでしょうか。実際に彼が夏休みの時のほうが抵抗なく視聴できましたからね。

 

 それはさておき、デジタルカメラを衝動買いしてしまいました。ペンタックスQ7。初めて見てから2日目に購入したので、ボクにとっては異例の早さであります。今使っているMacBook Airなんて軽く2年がかりでしたから。

 本革のカバー(とはいっても中国製)も含めて6万円ちょっとで決して安くはありません。でも、羽田・福岡の往復正規航空料金くらいかな。って、それが比較になるのかよと自分でボケ&ツッコミをするくらいの勇気を必要としたのです。

 

 しかしながら、公明正大な理由もちゃんとあります。これまで使ってきたキヤノンのデジタル一眼レフが大きくて重すぎるのです。カバンに入れて持ち運ぶと、時間が経つにつれて鉄の鋳物の塊であることを強く実感するようになります。そう考えていたところに、ミラーレスのカメラが新作としていろいろと登場しました。反射ミラーがない分だけ軽くなっていますが、つまりはコンパクトカメラと同じで、ファインダーを通して被写体を直接に視認することはできません。少しばかり軽くても、そんなことなら一眼レフにこだわりたい。けれども、やっぱ重くて大きいというジレンマに悩んでいました。

 

 そこに颯爽と登場したのが、ペンタックスQ7だったのです。小さくて軽いのはミラーレス一眼なので当然ですが、ボクがファインダー主義を捨てたのは、その秀逸なデザインにありました。要するに、ライカ的な「昔の一眼レフ」をそのまま小さくした感じなのです。それゆえにレトロで、根拠はありませんが、女性なら80%以上が「まぁ可愛い!」と言うんじゃないかな。

 機能はもちろん本格的ですけど、外観も昔の本格的なカメラに見える。それなのに実際は小さくて軽いデジタル一眼。これがボクに衝動買いさせた大きな理由です。

 

 他のコンパクトカメラもデザインに優れたものがないわけではありませんでしたが、やはり機能に縛られており、その中でジタバタと工夫している印象でした。アバンギャルドを感じさせるデザインにしても、あくまでも未来形として、コンパクトカメラという枠を逆に自ら強調する結果になっていました。

 

 ところが、ペンタックスQ7は「昔の一眼レフ」の復刻ですから、発想の立ち位置そのものが異なります。それだけにデザイン的な斬新さはまったくありません。そんなのはむしろ不要であって、そのほうがレトロかつ新鮮に感じるから面白い。異論もあるでしょうから、ヒマがあったら量販店などでご確認ください。

 

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2013年7月10日 (水)

ガラケー再び

 

 たとえば薄型のモバイルパソコンを常に携帯している人にとって、スマホって必要でしょうか。インターネットを見たいのであれば、パソコンのほうが画面は広くて、メールだって打ちやすいですよね。同じように、タブレット端末を持ち歩いている人も、スマホの機能は完全に重複するのではないでしょうか。

 

 けれども、モバイルパソコンをエンヤコラと耳にくっつけて話をする人はいないし、タブレットも電話の代わりにするには大きすぎるサイズです。となると、ですね。モバイルパソコンやタブレットを持ち歩く人にとっては、電話の機能だけを備えた携帯電話が必要ということにならないでしょうか。

 

 であるなら携帯電話のボディはできるだけ小さく、かつ軽いほうがいいに決まっています。そうだなぁ、大きさや厚さは名刺入れ程度のサイズで、重量は50グラム以下。これならスーツやジャケットのポケットに入れてもスタイルを崩さず、違和感がないはずです。機能なんて電話と電話帳と、できればリモートメールが使えればいい程度。そのかわりに最短でも1か月くらいは充電が完全不要という省エネ性能が望ましいですよね。

 

 そんな話を近所のドコモ販売店で話してみました。すると担当者は「その通りですよ。メーカーは市場のニーズを全然分かっていません」というではありませんか。だったらボクに向かって同意するより上司に言えよって思いますけど、どうやらこのように感じているのはボクだけではないようなのです。

 

 どうせガラケーと揶揄されるような携帯電話を作ったのですから、そのガラパゴス・レベルをもっと国内市場に向けて徹底すべきではなかったのかとも思います。たとえば襟のところに付けた社員章みたいなもので会話できる超小型携帯とかね。それこそ時計型にして流星号を呼べるような機能を付けたっていいじゃないですか。これまで漫画で描かれてきたようなアイデアを、どんどん本気で実現していくというのも面白いですよね。もはやスマホで韓国と勝負したって遅いですから。

 

 世界標準やグローバリズムも結構ですが、どんな分野にしても、ある種の「ガラケー」を究めることがブレイクスルーになるような気がします。

 それに、世の中は大量生産から多品種少量生産へと進化してきたので、もしかすると、これからは「珍品少量生産」になるかもしれませんよね。実はこれはインターネットを介して実現されているのですが、それについては次の機会にでも。

 

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2012年4月 5日 (木)

変人のタワゴト

 使っている携帯電話の充電口のフタが閉まらなくなってしまい、ダラリと垂れ下がるようになりました。そろそろ交換時期かなとドコモ・ショップを覗いてみたのですが、当然のことながらスマートフォンばっかり。一般の携帯電話もないわけではありませんでしたが、圧倒的に数が少ないのです。

 いつかはスマホに換えるかも知れませんが、現行品のサイズと重量はボクにとって携帯に値するレベルではありません。ここから分かるように、固定電話の受話器よりひと周り大きかった時代からの携帯ユーザーであるボクが求めているのは、できるだけ小さく、かつ軽量ということです。だってさ、要するに「携帯」じゃないですか。

 なのに、今のスマホは、機能は別として、より小さく軽量にという流れに逆行しているように見えるのです。

 ボクの望む携帯電話は、重量が70g以下、サイズは名刺以下というものです。付加機能は外から自分のバソコン宛てのメールを確認できるくらいで結構。こんなものは、プラスチックのボディにすれば簡単に実現できるはずです。にもかかわらず、世間はスマホがビッグトレンドとなり、ボクのようなユーザーのささやかな願いはまったく顧慮されていないように思えます。それとも、恵比寿のドコモ・ショップだけのことなのかなあ。

 海外で記事を作り、写真を選んでサイズを縮小して東京にメールするなんてことを仕事として年に2回やってきた関係で、モバイル・パソコンには慣れています。けれども外出先でスマホが必要だと感じたことは一度もありません。必要な資料は最初からプリントアウトして、電車の乗り換え情報や時刻だって記録してあります。出張先で美味しいメシが食べたい時だって同様です。それが、やるべき準備ってものではありませんか。

 いえね、スマホを否定するわけではないのです。とても便利で画期的な機械だと思っていることは、以前のブログを読んでいただければ分かります。けれども、携帯電話は携帯電話としてだけ使いたいということなのです。そうであれば、小さくて軽いほうが良いに決まっているじゃないですか。

 パソコンはネットにつなぐもの、ということが常識となりましたが、まったくのスタンドアローンを前提としたパソコンもあったほうがいい。それならヘンな情報や写真が流出する恐れも完全になくなります。セキュリテイ・ソフトをインストールする経費も面倒もありません。必要な情報があればUSBメモリで移動すればいいのです。そういうパソコンを2~3万円以下で作ってもいいんじゃないですかねえ。

 何だか、すべてがスマホに向かってドドドーッと進んでいることが、ボクには疑問に感じられるのです。いつものことではありますけど。

 経済効率の前では、どうせ変人のタワゴトになるのでしょうが、機器も発想も人材も多様化することが新しい芽を育むとボクは思うんだけどなぁ。できれば新卒採用もそうあって欲しいですよね。

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2011年8月 2日 (火)

何でもスマホ化

 

 先日、あるカメラマンのクルマに同乗して取材に行く時に、彼がカーナビを付けていないことに気づきました。聞くと「これですよ、これ」と見せてくれたのが、iPhoneでした。そこに地図を表示させておけば、「カーナビなんて無駄じゃないですか」というのです。

 

 もちろん「300メートル先を右折です」なんて人工音声で親切にガイドしてくれるわけではありませんが、ある程度は土地勘のある都内なら、それで十分かもしれません。いずれ、そんな機能を付けたカーナビ・アプリも出てくるでしょうから、深夜の通販番組で格安のカーナビを売っている理由もよく分かります。いずれ、据付型の専用カーナビはスマホに吸収されていく可能性があるからです。

 

 考えてみれば、すでにコンパクトカメラはケータイで代替されています。解像度も普通のデジカメと変わらないほか、映像をケーブルでケータイに送る必要がないので、転送が目的なら、コンパクトカメラよりよほど便利です。つまり、特別な目的がある人以外は、カメラを購入する必要がなくなったのです。

 

 このように、今後は様々な既存商品やサービスが次第にスマホに吸収されていくと推定できます。ということは、そうした製品を作るメーカーの売上も減少していくことになるではありませんか。今のところはカメラメーカーとカーナビメーカーですが、CDプレイヤーだって必要がなくなり、車載用のテレビも不要となります。

 家庭内にしても、スマホでレシピ・アプリを呼び出して、その指示で料理を作るなんてことだってあるでしょう。簡単な表計算機能も付ければ、パソコンだって不要になりかねません。一般家庭のパソコンの場合、どれだけ多機能でも、現実にはインターネットとメールと表計算(家計簿)とワードくらいしか使っていないでしょうからね。

 

 ボクはまだiPadもスマホも入手していませんが、こうした流れを前提にすると、実はiPadのほうが過渡的な製品であり、最終的には小型のスマホにすべての機能が集約されていくような気がします。だって、常に携帯するのであれば小さいほうがいいに決まっているからです。

 

 その一方で家庭内のテレビは大きいほうが楽しいですから、これは残ると。オーディオも音質の関係で、やはり出力装置のスピーカーは残るでしょう。でも、チューナーは不要かな。1人の人間に携帯と固定電話の2台は無駄なので、固定電話も次第になくなっていくとすると、果たして家の中に何が残るのでしょうか。

 

 お財布ケータイがあるくらいですから、おカネもスマホで完全デジタル化されれば、沢山ある銀行の支店も整理統合に迫られるようになります。選挙だって、まだ抵抗勢力は多いようですが、スマホで投票可能にすれば、小学校なんかを借りて監視員が投票箱を一日中じっと見つめ、後は手作業で集計などという莫大なコストをかけなくて済みます。

 

 スマホでできる機能やサービスはかくごとく数多いので、農業革命、産業革命、そしてインターネットによる情報革命に次ぐ、大きな変化を生み出していくでしょう。

 

 ただ、そうやって集約すればするほど、紛失や盗難によるダメージも深刻化していくはずです。バスワードで保護することも考えられますが、今のケータイでそこまでやっている人はどれだけいるでしょうか。また、ハッカーによる被害も広範囲で深刻なものになっていくでしょう。

 

 ここから先の世界は利便性とリスクのバランスによって変わるので、必ずしも一方的に集約化の方向に行くとはいえませんが、少なくとも家庭用のパソコンは、画期的な新製品が出ない限り頭打ちになると思います。

 

 ボク自身は逆に、集約化すればするほど「スタンド・アローン」の必要性も見直されるだろうなと感じています。実際に、ボクの事務所には、たった1台だけネットに接続していないパソコンがあります。この中に会社の経理関係のデータと、絶対に他人に見せられない裏ブログが、ってウソですけど、何だかんだと入っています。

 

 これが意外に安心で、気を使わないんですね。

 

 つながるのはとても便利ですけど、つながらないことも大切なこと。それを考えたり、教えるのが必要な時代になったのかもしれません。

 

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2011年6月28日 (火)

独創性

 以前にも、いずれiPhoneのモノマネが登場しますと書きました。特に日本のメーカーは戦争直後から二番煎じが得意だったので、価格も安くて優秀な日本製品が市場を制圧していくだろうと。

 そのiPhoneの別名が、スマートフォンなわけです。特許がどうなっているか知りませんが、タッチパネル方式もそのままですから、オリジナリティなんてほとんど見られません。ユーザーにとっても、メーカーによって使い方が変わったら不便ですから、そのほうがいいんですけどね。

 でもね、これでいいのでしょうか。

 日本の技術力は、東日本大震災の影響を世界が受けたことから分かるように、依然としてトップクラスです。けれども、最終製品では独創性がほとんど見られません。ダイソンの掃除機も、羽根のない扇風機も、日本のメーカーなら余裕で開発できる技術力を持っています。しかし、それが出てこない。これって、実は大問題なのではないでしょうか。

 最終製品は人件費の安い新興国に負けるから、むしろ基幹技術や中枢技術で勝負するという考え方もあるでしょうね。しかし、そうなると大きな工場も不要になるので、国内の雇用はますます減少することになります。

 さらに、エンジニアだってiPhoneと同じモノを作れといわれたら、クサってしまうのではないでしょうか。

 強いていえば、今のスマートフォンは大き過ぎてスーツやジャケットの形を崩してしまいます。もっと小型にして、映像はどこかにプロジェクターのように投影させるようにするとか、進歩の方向はいろいろあると思うのです。

 やっぱり独創性なんですよね。かつて日本はこれまでになかった新製品、ウォークマンを生み出したのに、今ではiPhoneのおっかけですか。

 何だかなあ。日本のメーカーは冒険を怖がっているようにしか思えないのですけど。

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2010年11月18日 (木)

天邪鬼の繰り言(2)

 日本製のスマートフォンが活発化しています。

 経営者としては「売れるに決まっている」次世代の携帯電話ですけど、ボクがもしエンジニアだったとしたら、コンセプト的に、というよりスタイルも似たようなもので、結局はアップルの後追いに過ぎませんから、きっと悔しく思うだろうなあ。

 もともと日本は欧米のモノマネで始まりました。

 昔の軽自動車なんて、ホンダのN360がミニクーパー、スバルがワーゲン・ビートルのミニ版というように、はっきりいえばパクリに近いものでした。でも、これはキャッチアップする段階では不可避なことであり、そういう意味では中国のパクリをあまり責めることもできないでしょう。

 しかし、それでも高品質だったので、後追いのほうが本家をはるかに追い抜く結果になりました。今ではハイブリッドなんて、世界をリードする立場になっています。

 そう考えると、スマートフォンでも、アップルはいずれ日本製に負けることになるかもしれません。けれども、iTUNEもiPHONEも彼らのオリジナルであり、もし仮にボクがエンジニアだったら、勝ったなんて絶対に思わないでしょう。

 日本の今のモノづくりは何かヘンです。いえ、研究開発力や現場の技術が世界最高峰であることは疑いません。問題はクリエイティビティにあります。

 大企業は失敗を恐れるので、今の状況でトンでもないユニークなものなんて作るはずがない。そんな会社に安定を求めて入りたいのは文科系だけにして、意欲ある理系は小さな会社を目指したほうがいいのではないでしょうか。

 そして、研究・開発の合言葉は「ハイコンセプト」です。

 誰が提唱したか忘れましたけど、モノでなく、コトを最初に考える。このコトは文化だったり生活だったりします。

 とすれば、エンジニアこそ都会の街中で人々の行為や動きを観察する必要があるのに、研究所ってたいていは山の中など人里離れたヘンピなところにあるわけですね。

 失敗を恐れる横並びの精神こそがガラパゴス化の元凶なのに、またぞろスマートフォンですか、そうですか。ボクはしばらく今のケータイで我慢することにします。

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2010年10月 5日 (火)

行動経済学

 アップルが初めてiPhoneをアメリカで発売した時、価格は600ドルだったそうです。しかし、すぐに400ドルに値下げして爆発的に売れました。

 これだけを聞くと、凡庸な経営者は「アメリカ人はバカだなあ、価格設定のミスなんて論外だよ」と笑うでしょう。逆に、「なるほどねえ」と深く納得するのは本当に優秀な経営者です。

 この違いを、アナタは分かりますか?

 ボクは文学部出身なので、逆に科学や経済学や経営学に興味を持ってきたのですが、大変に勉強になる本に出会いました。『大前研一の新しい資本主義の論点』(ダイヤモンド社、本体1600円)です。「大前研一の」、とはいっても「序・ポスト金融危機の経営戦略」だけを執筆しており、そのほかはアメリカの『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌に掲載された論文で注目できるものをまとめています。

 論文とはいうものの、すごく分かりやすい翻訳と内容なので、まずは講読をオススメしておきます。

 さて、大前研一氏の論考については、成長著しいアジア・インド・アフリカのマーケットに本腰で挑まないと日本は完全にダメになっていくという主旨で、かつて日本のクルマがアメリカに進出した時のように、10年20年がかりで堅固な足場を構築せよ、と指摘しています。確かに経済成長がなければ、豊かさも維持できませんからね。

 ところが、この本では「経済回復でなく、新しい経済を発明する」という正反対の考え方も紹介されているのです。つまり「脱成長社会への転換」。どんな新興国だろうが、永遠に経済成長が続くはずがない。人口がこのまま増え続けていいわけがないように、経済の成長だけに依存した社会はやがて限界が来る。先進国こそ、その時のために「脱成長社会」を模索しなければならないというわけです。

 ボクの本意は、この「脱成長社会」にあるのですが、日本のメディアは、やれ中国の権益だとか、次はBRICSを狙えなどなど、帝国主義とはいわないまでも、経済の成長を前面にした報道に満ちています。そんな中で、アメリカの経済学者でも、こういう志向を持つ人がいるんだと、やや安心しました。

 さて、冒頭の解釈です。

 この当時、iPhoneは画期的な新製品でした。しかし、消費者はそんな新製品の価格をきちんと評価できるでしょうか。単なる新機能を備えたケータイなら、価格の高低は自分なりに判断できます。この程度なら高い、とかね。ところが、相手はiPhoneですから、何も比較対照するものがありません。

 そこで、最初は600ドルにして、すぐに400ドルに下げた。消費者はその段階で初めて判断材料を得たわけです。「あ、それなら安いかも」と。スーパーの安売り値札と良く似ていますよね。

 こういう人間の行動を分析して理論化するのが、「行動経済学」なわけです。ボクはかねてから心理学が経営学や経済学でも有用な学問分野になっていくと考えていましたが、やっぱりそうでした。

 それによれば、市場は必ずしも合理的な行動を取るわけではないそうです。そうなると既存の政策学や経済学も見直しが要求されることになりませんか。

 自然科学の対象物は意思を持たないことが大前提ですから、定理や公式が覆ることはありません。ニュートンの引力の法則も、たとえば地球や物質が意思を持って質量を変えられるとしたら成立しません。

 それと同じように、社会科学も起きた現象を自然科学の手法で分析することが基本です。特に、経済学はおカネの動きで人間社会を解明する分野ですから、数式や公式が沢山あります。けれども、それは対象物つまり人間が常に合理的に判断して行動することが前提となっています。

 簡単にいえば、突然に不合理な行動を取り、ワザワザ損になる方を選ぶ奴なんているはずがないとしなければ理論にできませんからね。

 しかし、人間は違うんだなあ。

 アダム・スミスの言う「神の見えざる手」は非合理的であると、著者のダン・アリー教授(デューク大学)は冒頭から指摘しています。

 これは明らかに経済学をニュートン力学から量子論に置き換えるのと同じで、ボクは画期的なアプローチではないかと感じました。

 こういうことを、もうやっているかもしれませんが、ぜひ日本のビジネススクールでも教えていただきたい。それにしても、アメリカの経営学・経済学は進んでおるなあというのがボクの感想です。その認識がもし間違っていたら、遠慮なくご指摘ください

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