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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

旅行・地域

2018年7月 5日 (木)

天気と温度

 

 海外に行く時に最も気を使うのが服装であります。相手への礼儀もさることながら、特に春先なんかは、まだ冬物でもイケるのか、それとも夏物にしておいたほうがいいのかと悩まされるわけです。

 

 何しろ今年のスイス・チューリヒは、3月後半というのに雪が降った日もあったくらいです。こちらも先回りしてインターネットの天気予報でかなり寒い日もあることを直前に把握。だから、空港への出がけにユニクロでヒートテックの「極暖」を購入しようとしたのですが、あれは長袖しかないんですよね。ボクは半袖のワイシャツは一枚もないかわりに、下着のシャツは九分だろうが八分だろうが長袖が大嫌いなのです。何だかもたつくように感じませんか。

 

 それで仕方なく、持ち合わせていた通常の半袖ヒートテックを持参しましたが、ある人に「半袖の極暖ってヘンじゃないですか」と言われて「なるほど」と膝を叩きました。いくら暖かい生地を使っても、腕が出てしまう半袖はそもそも矛盾したスタイルですよね。

 

 そんなわけで、ボクのノートパソコンにはチューリヒとジュネーブ、それに6月半ばに行ったばかりのドイツ・ドレスデンの長期予報のページがリーディングリストに入っています。90日くらい先の天気予報と気温が表示されるので便利この上ないのですが、欠点が1つだけあります。平気で表示内容がコロコロ変わるので、毎日チェックしておかないと、いつの間にか快晴から豪雨、気温20度からマイナスになっていたりすることもあるのです。

 

 考えてみれば、天気なんてものは変動するのが当然で、その予報が外れたからといってテレビで気象予報士が「ごめんなさい」とお詫びするのは、日本特有の実直なメンタリティのようです。というわけで、長期の予報ほどアテにはできません。それでもまぁ参考や指標にはなるので、海外に行かれる方はぜひチェックしておいたほうがいいでしょう。

 

 今回初めて行ったドレスデンも日本並みに暑いと予報されていたので、ワイシャツを1日2枚の計算でスーツケースに入れて出かけました。汗まみれでシワシワのワイシャツで夕食なんて格好悪いですからね。

 

 帰国後は暑い日々が続くので、ヨーロッパも同じかなぁと調べてみたら、7月4日のドレスデンは最高が30度、最低が17度。チューリヒは最高が29度で最低が16度。ジュネーブも最高が30度で最低は16度。昼間の最高気温は日本と似たようなものですが、朝夕は気分良さそうです。悔しいなぁ。といっても仕方ないのですが、何だかね。

 

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2018年6月21日 (木)

ドレスデン(後)

 

 月曜日の午後に帰国したばかりにもかかわらず、火曜日夕方、水曜日朝と取材が続いており、本日の木曜も午後一番のアポで町田まで足を伸ばさないといけません。その間に2本の原稿もアップしました。フリーランスでありますから、基本的に忙しさは大歓迎なのですが、休みなしの立て続けというのはさすがにちょっとへコたれます。

 

 ちなみに、フリーランスは「傭兵」がルーツであり、ランスとは彼らが携えていた「槍」のことです。それに「フリー」が冠されているのは、その槍をどこにでも向けられることを意味していると聞いたことがあります。とはいっても、昔も今も雇用主に逆らうことはできませんが、カッコ良くいえば孤高の精神を表現しているとボクは理解しています。現実には「飢えるのも自由業」と言うほうが妥当なんですけどね。

 

 さて、ドレスデン報告の最後です。今回の海外出張でボクが最も見たかったのは、ゼンパー歌劇場の「5分時計」でした。A.ランゲ&ゾーネの「ランゲ1」という傑作モデルが備えている大型の分割式日付表示「アウトサイズデイト」は、この「5分時計」にインスパイアされて誕生したからです。このブランドはドイツの名門老舗ですが、第2次世界大戦後に東ドイツの国営企業が接収。栄誉ある名称が一度は消えてしまいました。それが1990年のドイツ統合を契機として劇的に復活。94年にファーストモデルとして発表されたのが「ランゲ1」であり、このモデルの際立った特徴のひとつが「アウトサイズデイト」だったのです。

 

 ほかにも数々の独創的な機構を備えていますが、話が長くなるので省略します。とにかく、それまでの時計は小さな1つの窓で日付を表示していたのに対して、「ランゲ1」は大きな窓が2つあり、二ケタに分割された大きな数字があったのです。初めて見た時は本当に驚きました。衝撃を受けたといったほうが適切かな。今では大型の日付表示は珍しくありませんが、「ランゲ1」が腕時計の常識を変えたといっても過言ではないと思います。そして発表当初から、この機構はドレスデンにあるゼンパー歌劇場の「5分時計」をモデルにしたと紹介されていたので、それなら実物をぜひ見たいなぁと。

 

 それから20年以上を経て、ようやく念願が叶ったわけですね。ボクは劇場内の横の壁に設置されていると思い込んでいたのですが、ステージの高い天井の真上に設置されていました。2つの窓があるのは「ランゲ1」と同じでも、実物のほうは左側がローマ数字で時間を、右側はアラビア数字で5分おきの分を表示します。しばらく凝視していると、たとえば5分から10分へとガチャリ、という音はまさか聞こえませんが、大きなアクションで上から下に表示が動きます。何しろボクは20年越しの悲願成就でありますから、それを見て「おおおおおお、これかぁ!」と心の中で声を挙げてしまいました。ほかにも感嘆する理由はいろいろあるのですが、やはり長くなるのでここでは省略します。

 

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 ガイドさんの解説によれば、昔はオペラを女性だけで見ることは許されなかったそうです。このため旦那もしくは彼氏と同伴せざるを得なかったのですが、紳士の皆さんはオペラの恋物語より競馬なんかに行きたい。そこで懐中時計を何度も取り出しては「まだ終わらないのか」と落胆してフタをカチリ。そんなことをする紳士が1人や2人ではないので、王様は不快に感じて劇場内に時計を設置することにしたそうです。

 

 それだけに観劇の邪魔になってはいけないので、視野に入りにくい最上部に配置するだけでなく、紳士諸君が頻繁に見上げることのないよう5分おきにしか変わらない時計にしたと伝えられています。そもそも時間を忘れて歌なりドラマに没頭する場所なので、ボクが知る限りでは、壁面に時計のある劇場はここしかありませんが、かなり注意深く配慮されているわけです。

 

 さらに、この時計を製作したのが、ブランドを創業したアドルフ・ランゲの師匠にあたる宮廷時計職人、フリードリッヒ・ガトカスだったのです。

 

 かつてのドレスデンの栄耀栄華がA.ランゲ&ゾーネという時計ブランドを生み出しました。アウトサイズデイトは、その豊穣な歴史を凝縮した独創的なアイコンといえるのではないでしょうか。

 

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2018年6月20日 (水)

ドレスデン(中)

 

 一昨日に帰国したばかりなのに、取材が続いております。特に本日は朝一番なので、ブログをゆっくり書いている余裕がありません。なので(中)として、簡単にまとめます。

 

 ドレスデンは、隣のチェコ国境まで約30㎞というドイツの東部に位置する都市です。このロケーションで分かるように、第2次世界大戦後は東ドイツ、正確にはドイツ民主共和国となりました。大戦中は連合軍による徹底した猛爆撃を受け、中心部はほとんど灰燼に帰したそうです。これは日本の大都市も同様ですが、新しい都市計画に基づく近代的な街並みに変貌したのに対して、ドイツでは時間をかけて名所・旧跡を丹念に修復してきたことが違うといえそうです。

 

 この再建の動きは、東西ドイツが統合された1990年から活発になりました。たとえば聖母教会は完全に破壊されたのですが、その瓦礫を漏れなく拾い集めて、できる限り元の位置に組み込むという「ヨーロッパ最大のジグゾーパズル」と評される難事業に挑戦。2005年10月にみごと完成しています。オリジナルの部材は黒ずんでおり、新しいものは白っぽいので、壁がモザイクのようになっているのですが、おかげで新名所になっているそうです。そのために世界中から182億円の寄付が集まったということにも感動しますが、爆弾を落とした側であるイギリスの爆撃手が塔頂部のシンボルを寄贈したというのも、なかなかいい話ではありませんか。

 

 ドレスデンは18世紀の初頭、フリードリヒ・アウグスト1世の頃に最も発展したとされており、歌劇場など歴史的な建築物や、当時の栄耀栄華を想わせる様々な芸術品を収蔵した博物館もあります。旧市街のどこにいっても、ガイドさんがスクラップブックをめくって「昔はこうだったんですよ」と崩れた瓦礫の写真を見せてくれます。それをみごとに復興してきたことが、市民の新しい誇りになっているようです。

 

 エルベ川を挟んで、北側が新市街、南側が旧市街となっていますが、どちらも起伏がほとんどありません。山の上から市街をみたのですが、どこまでも平坦であり、これも日本ではあまり見られない光景ではないでしょうか。

 

 いずれにしても、落ち着いた雰囲気の上品な古都でありまして、ほどの良い規模も含めて、ボクはとても居心地良く感じました。

 歴史や伝統というのは、新しく買ったり売ったりすることは絶対にできません。にもかかわらず、どうもボクたちは進歩や革新ばかりを気にして、過去のことをあまり大切にしないように感じます。ある大学教授はいつも学生に「キミたちの目の前にあるものは突然に出現したものではないよ」と話しているそうです。そんなことを思い出させてくれる古都なのであります。

 

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2018年3月30日 (金)

アブダビの夜は更けて

 

 今回のスイス出張は、初めての中東経由でした。日本からスイス=チューリヒへの直行便もあるのですが、便利なので満席になることが多く、金額的な理由からも乗り継ぎ便ばかりを利用してきました。最初の頃はパリ、ロンドン、ミラノ、フランクフルト、ウィーンなど西ヨーロッパの国際空港が中心でしたが、さすがに何度も行くと飽きるじゃないですか。最近はストックホルムやヘルシンキなど北欧経由にしてきましたが、それにも慣れてつまらなく感じていたところに、新しいルートを教えられたのです。

 

 それが、アブダビ空港です。ウィキペディアによれば、「アラビア半島のアラビア湾岸に位置する、アラブ首長国連合を構成する首長国」の都市であり、連邦首都も兼ねているアブダビ市にある国際空港と紹介されています。あははははは、この説明で「なるほど」なんて頷く人は大嘘つきです。分かるはずがありません。

 

 ボクは当初「首長国連邦」なんていうからには、アラビア半島の半分くらいを領土にしている大国かと思いましたが、全然違うんですよね。半島の東側=ペルシャ湾に突き出た靴のつま先のような部分がありますが、そのヒモを結ぶ甲にあたるところが同国なわけです。湾岸沿いが国土なので、ちっとも大きくありません。確認のために地図を見ていたら、ドーハなんていう都市もあるので、昔からのサッカーファンなら知っている人もいるのかな。

 

 空港から外に出なかったのであくまで想像ですが、砂漠ばかりのアラビア半島では海沿いにしか都市や国が発展しなかったのではないでしょうか。

 

 これがアブダビ空港をめぐる概況。ボクはその空港を経由してチューリヒに行ったわけです。往路と復路では所要時間が違うのですが、ざっくりとまとめてしまえば、日本からアブダビが約12時間、アブダビからチューリヒが6時間くらい。北欧経由なら往路はほぼ同じにしても、EU圏内の移動は1時間半から長くて3時間程度。つまりアブダビからヨーロッパまでがかなり遠いわけです。

 

 けれども、イスラムの異国情緒が味わえればそれもまた楽しいかも、という期待を込めて、トランジットも含めて20時間以上という長旅を選んでみました。ただね、成田発が夕刻でアブダビ到着が夜中の3時近く。これは日本時間でなく、まぎれもなく現地時間なのですが、空港がものすごい混雑ぶりなので驚きました。とてもじゃないけど明け方のほうに近い真夜中とは思えません。睡眠不足と人いきれで疲れてしまい、空港内をウロウロするのは早々に諦めて、出発ゲートの椅子でウトウトとしていました。

 

 それから5日間ほどの取材を経て、いよいよ帰路です。今度は空港をきちんとチェックしてやろうと意気揚々で到着したのですが、何だかねぇ、率直な感想を言わせていただけば「ショボイ」んですな。ボクは第一ターミナルしか見ていないので、あくまでもそれに関する見聞に基づきますが、イスラムの異文化がほとんど感じられない。中央の大きなモザイクタイル張りの柱は確かにユニークにしても、ショップがあまりにもありきたり過ぎて、アラビアに来たとは思えなかったのです。だってね、最も混雑していたのがマクドナルドですぜ。

 

 デューティーフリーを始めとするショップの扱い品目についても、最大公約数的なものばっかり。チョコレートではアラビアメイドを見つけましたが、この分野でゴディバやリンツと対抗するのは無理があるってものです。何もそんな競合(=強豪)ブランドがひしめくレッドオーシャンで勝負しなくても、ドライフルーツ、中でも美容に良いと人気のデーツなんかは完全なブルーオーシャン状態なのに、どうしてそこに行かないのか不思議でなりません。もしも他のターミナルで扱っているのなら、なぜ第一ではやらないのかってなりますよね。

 

 キリスト教圏ならびにアジアの宗教圏から見たら、イスラムというのは相当に異文化ですから、それをもっとアピールすればいいのに、なぜだかそうした地域性や独自性が希薄なのです。

 

 国際空港だからといって、デューティーフリーショップが代表するグローバルスタンダードに従うだけでは面白くないと思うんだけどなぁ。国際化すればするほど地域の民族性や独自性が際立つということは、このブログでさんざん指摘してきましたが、まだそれに気づけない人たちもいるようです。

 

 あくまでもボクの個人的見解ですが、日本の開国期にも権勢をふるったであろう西洋かぶれの官僚のせいじゃないかな。どうせ西洋にかぶれるなら、女性の頭部を覆うブルカのデザインや柄をエルメスやブルガリなどに依頼してもいいじゃないですか。そしたら世界的に「かぶれる」ようになって大ヒットするかもしれません。昭和の日本だって「真知子巻き」っていうのがあったじゃないですか。

 

 国際空港に何を求めるかは旅行者によって違うはずですが、少なくともボクのような乗り継ぎ客にとって、アブダビ空港第一ターミナルはあまりにも個性や特徴に欠けているように感じました。

 

 というわけで、あちこち歩き回ったものの何も買うものが見当たらず、お土産ゼロで帰国してしまいました。これは海外に行き始めて2度目です。もっとも1度目は、文庫本一冊だけを手荷物にして税関に行ったらどんな顔をされるかという実験でしたけどね。

 

 ともかく久しぶりに、クレジットカードを一切使わなくて済んだ空港だったのであります。

 

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2018年3月29日 (木)

スロベニア

 

 20数年にわたって、桜の花が咲く時期にはスイスで国際時計展示会の取材をしてきました。おかげで花見の最盛期を逃すのが普通でしたが、スイスも日本と同様に過ごしやすい気候でありまして、ボクは3月から夏前までが西ヨーロッパのベストシーズンだと思っていました。

 

 ところが今年は尋常ではない寒波が居座っていたらしく、夕方には斜めに激しく雪が舞ったくらいです。こんなことはかつて一度も経験したことがありません。ちょうど取材を終えてホテルに到着した頃だったので、仲良くなったホテルのレセプションに思わず「メリー・クリスマス!」と言ってしまいました。

 

 さて、人間は美醜で判断してはいけないとはいうものの、ヨーロッパでは肌が透けるほど白い美人をしばしば見かけます。うなじのほつれ毛が何ともいえない色気を感じさせるブロンドヘアに、彫りの深い骨格とつんと尖った細い鼻、大きな青または翠色の瞳を見れば、男なら誰だって綺麗だなぁと思うではありませんか。

 

 いつものように前置きが長くなりましたが、土曜の夕方にバーゼルから滞在先のホテルが所在するチューリヒに向かう列車のホームで見かけたのは、その真反対ともいえる女性でした。特に鼻がね、ジブリの映画『千と千尋の神隠し』(2001年公開)で夏木マリが声を演じた「湯婆婆」(ゆばーば)そっくりなのです。これで分からなければ、「宅配便」ではないほうの本物、中世あたりに描かれた「魔女」を想像してください。とにかく鼻が大きくて長いので、列車に乗り込む前から気づいていました。日本だって美人は少なからずいるでしょうが、こういうタイプの顔はほとんど見ることがありませんからね。質素な服装でキャリーの付いた大きな旅行カバンとボストンバッグを重そうに抱えながら、両方の手に杖を持った中高年風の男性と一緒にゆっくりと歩いてきたのです。

 

 チューリヒまでノンストップの急行だったので、ボクは出入り口に近いボックス席に。彼女も目的地が同じだったらしく、反対側のボックス席に荷物を置くと、すぐに窓際にへばりつくように寄りかかりました。外のホームには前述した2本の杖を持つ、おそらくは父親が立っています。2人とも何も言わず身じろぎもしないで、じっと見つめあったまま。しばらくすると列車は動き出しました。

 

 見るともなく彼女を見ていると、身体の向きを真っ直ぐに戻した後で、驚くことに手の甲で両眼の端を拭うではありませんか。

 ボクは浅はかにも顔の美醜にとらわれて観察しており、涙するほど悲しい別れを彼女が経験しているなんて、まるで想像もしていませんでした。くすんだ灰色の髪なので年齢もよく分からなかったのですが、よくよく見れば湯婆婆や魔女どころか、まだうら若い女性なんですよね。長い鼻に目が眩んだというか、ボクも間違いなく偏見の虜囚であったことを自覚せざるを得ませんでした。

 

 列車がチューリヒに近づくと、乗降口にみんなが集まってきます。ボクも彼女も荷物と一緒に早めに待機していたのですが、たまたま列車が大きく揺れて彼女に寄りかかった若いブロンド女性が照れ隠しのためか、「私はチューリヒ空港まで行くけど、あなたも?」と英語で問いかけました。

 

 背が高く見るからに幸せそうで華やかなお姉ちゃんだったせいか、小柄な彼女はちょっと怯んだように見えましたが、すぐに「スロベニア」と呟くように答えたのです。

 どこにあるんだよ、それって、と思いますよね。知らないなりにも裕福な国とは思えませんでしたが、チケットをまとめた束を持っていたので、どうやら彼女は鉄路でそこに向かうらしい。

 

 恥ずかしながら、その時のことを思い出しながらネットで「スロベニア」を調べてみたのですが、地域的にはスイスからそれほど遠くないとはいうものの、ものすごくややこしい歴史を持つ国なんですよね。ちょっと前まではユーゴスラビアに属していたといえば分かる人もいるかな。

 

 そりゃもう見かけだけならブロンドヘアのほうが圧倒的な大ファンですけど、あの涙を見た後に「スロベニア」ともなれば、やはり“魔女”のほうを応援したくなります。無事に目的地に着いたかなぁ。

 

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2018年3月16日 (金)

ここではないどこか

 

 昨日の続きになりますが、例年の海外出張で楽しみなのは、行きと帰りの機内です。むしろ、それだけといっても過言ではありません。ボクにとっては。

 

 日本からスイスに行くには、直行便もありますが、あまり利用したことはありません。せいぜい2〜3回かな。ヨーロッパ各地での乗り換えがほとんどですが、どんなルートにしても、日本から1112時間ほどかかるので、その間はずっと機内で過ごすということになるわけですね。

 

 経由地に到着したら、乗り換えでアタフタ、目的地の空港ではタクシー探しでドサクサ。やっとホテルに着いたらパスポートを出してソソクサと宿泊カードに住所なんかを書き込み、室内に入れたら荷ほどきをガソゴソとやって、明日の取材の準備。この段階になると完全にオンビジネスなので、眠っていてもそれなりの緊張感があります。翌日からの仕事となればなおさらじゃないですか。

 

 というわけで、海外出張で完全にリラックスできるのは往路と帰路の飛行機の中だけなんですよね。ケータイも切らなきゃいけないし、ネットもダメですから、完全に情報隔離状態。それを12時間ほども続けられるなんて、いまどき飛行機の中しかあり得ないじゃないですか。もちろん電話できる飛行機があり、そろそろ国際便でもネット接続が可能になりそうな気配ですけど、ボクにとっては余計なお世話なんだよなぁ。そんなにも多忙なVIPではありませんが、いちいちメールをチェックするとか、いつケータイがブルブルするかも知れないと思い続けること自体に負担を感じませんか。

 

 そりゃね、最初の頃は不安でした。何かがどこかで起きているかも知れないのに連絡を受けられない。映画や音楽などのエンタティンメントがあるといっても、テレビの画面は小さく、音楽も好きなプログラムを期待するほうが無理ってものです。そのあたりの何もなさ具合がね、近頃は好きになってきたのです。かつては文庫本を何冊も持ち込んで片端から読破したこともありますが、今ではイヤフォンを耳の穴に突っ込んでボーッと聴いているだけ。それでも過去のいろいろな出来事がアタマの中で再現されたりするので、退屈することもありません。眠りたければ寝りゃいいだけで、それを妨げるものは何もないという状態がいいんですよね。

 

 こういうことが楽しみになってきたというのは、やはり老化なのか、それともある種の成熟なのでしょうか。ただ、毎日のように報道される政界並びに行政のスキャンダルから、薄汚い腐臭がものすごく鼻につくようになってきたのです。権力を利用した強烈な我欲に触れると、ボクは怒りの次に心がへこたれてしまうんだよな。高貴な精神の者だけが最高権力の座にいて欲しいのに、世の中は真逆といっていい。だったら「ここではないどこか」に行ってしまいたい。そのひとつが長距離便の機内ということなのでしょうか。

 

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2018年3月15日 (木)

カバンと荷物の意外な関係

 

 来週は恒例のスイス出張なので、そろそろ準備を始めています。忘れ物というのは後になってから気づくので、前にもご紹介したように「あ、あれもいる、これも必要だよな」という感じでホイホイと1週間くらい前からスーツケースに放り込んでいくのがボクの習慣です。まとめて短時間に荷造りするよりも、ケアレスで忘れ物が発生する比率をかなり低く抑えられると思います。

 

 ただね、それによって、ものすごい法則を発見してしまったのです。

 

 その前の予備知識として、ボクはリモワのジュラルミンケースを愛用してきました。21世紀になったばかりの頃に購入したので、相当に年季が入っており、ヘコんだ箇所を叩いて修復してもらったことも3回ほどあります。ただ、このカバンは決して大きくなく、1週間レベルの出張ともなると相当に小さい。にもかかわらず、このサイズを購入したのは確固たる理由に基づいていますが、本題とは関係ないので端折ります。とにかく、その大きさではスーツやジャケットの収納にも限度があるので、別にガーメントバッグを持参するようになりました。

 

 けれども、小さいくせに重いリモワとガーメントバッグ、それに手持ちのカバンを携行するのは結構ハードなんですよね。そこで、2年ほど前に思い切って大型のスーツケースを購入しました。これなら荷物を機内預けに1本化でき、あとは手持ちカバンにキャリーを付ければ特段の負荷なしで空港内を楽に移動できるじゃないですか。

 

 そのスーツケースに初めて荷物を入れようとした時は、ホントに感動しました。おおおおおおお、これだけ入れてもガラ空きじゃないかと。それに比べたらリモワの何と小さいことか。よくまぁあんなカバンで2週間近い海外出張をこなしたこともあるもんだと、自分で自分を褒めてやりたくなったくらいです。

 

 ところが、ですね、このスーツケースを2~3回ほど使っているうちに、再び小さく感じるようになってきたのです。出張期間は昔よりぐっと短縮され、今回も1週間プラスアルファ程度ですから、荷物がそんなに増える理由はないはずです。にもかかわらず、小さく感じてしまうのはなぜでしょうか。

 

 しばらく考えてみて、原因がハタと分かりました。つまりですね、入れることができるから、入れる荷物も無意識に増えてきたのです。たとえば「バックアップとしてワイシャツをもう1枚入れておくと安心かな」とかね。ギリギリカツカツで荷造りしていた頃は考えもしなかった荷物が増大してきたらしい。そりゃまぁね、ないよりはあったほうがいいんじゃないの、という荷物がスーツケースの内部をどんどん占めるようになり、相対的に小さく感じるようになったわけですな。

 

 これってパーキンソンの法則に似ていますよね。役人の数は仕事の量に関係なく一方的に増加するというアレです。そこでボクが発見した法則をまとめれば、下記のようになります。

 

 出張時の荷物の量は、旅程や業務にはまったく関係なく、カバンの大きさに比例してひたすら増加する。

 

 このスーツケースを買う時に、もうワンサイズ大きなものにしようかと死ぬほど悩んだのですが、もしそれを選んだところで、余計な荷物がそれだけ増えただけのことでしょうね。

 

 うーん、いろいろと深く考え込んでしまう、貴重な法則ではありませんか。

 

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2018年1月25日 (木)

お、おもしろ過ぎ!(続)

 

 どうしてあんなにセカセカと焦るように急ぐのかなぁ。

 飛行機の着陸後、湾曲した大きな扉が客室乗務員によって開けられると、「さぁレースの始まりです」と言わんばかりに入国審査めがけて競歩ですからね。前に誰かいると追い抜かなきゃ気が済まないかのように歩みが早まるので、列全体がどんどん加速されていきます。杖を持ったボクなんか、いったい何人に追い越されたことでしょうか。ラッシュアワーの品川駅みたいに、杖を蹴飛ばす不愉快な奴はさすがにいませんけどね。

 

 どんなに急いだところで、荷物がベルトコンベアで運ばれてくるのはしばらく過ぎてからなので、結局は同じことではないでしょうか。カートを用意して少しでも有利な場所で待機するってことなのかな。それにしても、もうちょっとスローダウンして、旅の余韻を楽しむほうがエレガントではないかとボクは思いますけどね。とにかくエスカレータの横を駆け抜けていくのだけは危険なので勘弁してください。

 

 というわけで、ボクのスーツケースも無事にベルトに乗って出てきました。これを引き上げて、その上にキャリーホイールから外したバッグを載せればすべて完了です。問題は折りたたんだキャリーホイールなのですが、これが仇となりました。

 

 最後の関所となる税関では申告なしの緑の窓口に並び、別送品はなく買い物や所持品も規定以内ですという黄色い紙とパスポートを提出。パスポートが返却されたら到着ロビーに出ることができます。

 

 その時、なんですよね。税関から渡されたパスポートをジャケットの内ポケットに入れて、ほとんど目と鼻の先にある出口に向けて一歩を踏み出した時に、スーツケースのキャスターが何かに引っかかったように一瞬止まったことで、ボクの想定していた歩行リズムが崩れてしまいました。おかげでバランスを完全に失い、早い話が派手に転倒してしまったのです。

 

 ボクはこれまでに、滑りやすい靴に雨天後の濡れた床面という原因から3度の大転倒を経験しており、左足首を強打して腫れ上がったことや、病院に駆け込んだこともあります。そうした転倒のベテランとして、危ない時には無理して体勢を保持しないことが被害を大きくしないコツだと認識していました。この時も、まるでスローモーションのように壁や天井が傾き始めたので、足を無理してふんばることなく自然な格好にして、背中全体で受け身を取るようにしたんですよね。

 

 おかげで軽い打撲で済み、ひどい痛みはどこにもなかったので、駆けつけた税関や警備の皆さんに「ご心配をかけてしまいましたが大丈夫です」と礼を言ってから外に出ました。けれども、落ち着いてから左の中指に痛みがあることに気づいたのです。ボクの右手は杖で一杯なので、スーツケースを左側にして、キャリーホイールも指を絡めて移動しようとしていた時に転倒したらしく、中指が巻き込まれてしまったようです。

 

 骨折してはいないので被害は軽微ですけど、金曜午後に帰国してから3日目の月曜日になると、腰の左側と後にも痛みを感じるようになってきました。年を取ると打撲や筋肉痛は後日になってから影響が出るようになりますが、ボクも例外ではなかったようです。火曜日になると腰を曲げれば痛い、真っ直ぐ立つ時にも痛いと大変なことになりました。けれども時間の経過にともなって痛みも軽くなっていったので、深刻なダメージではないのが救いです。でもって本日はほぼ完全に回復しました。

 

 吉田兼好の徒然草に「高名の木登り」という項があります。ある木登りの名人は、人が高いところで梢を切っている時は何も注意せず、もうすぐ地面というほどに降りてきた時に初めて「怪我しないように気をつけなさい」と言いました。その理由を兼好が問うと「失敗は、簡単なところになって必ず起きるものでございます」と答えたという逸話です。

 

 えー、恥ずかしながら税関通過直後の転倒は、まさにその典型というほかありません。今さらそんな逸話を思い出しても遅いのですが、皆様はくれぐれもご注意くださいね。

 

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2018年1月24日 (水)

お、おもしろ過ぎ!(後)

 

 今回の海外出張のハイライトは、昨日にご紹介したダイナミックな予定変更に尽きるのですが、ジュネーブから到着したフランクフルト空港はやたらに広くて、乗り継ぎが大変なんですよね。

 

 ボクはこう見えても(どう見えるんだろう?)大変に慎重で、慣れない空港を経由する時は乗り継ぎのイメージトレーニング(!)をするのですが、何しろ突然の予定変更なので、そんな準備をしていません。この空港では随分前に7時間近いトランジットを経験。あまりにもヒマだったので、トルコのイスタンブールに行くという日本人女性を搭乗ゲートまで案内したこともあるのですが、残念ながら人間というのは忘れてしまう生き物なんですよね。空港の地理は頭から完全にすっ飛んでしまいましたが、途方もない規模と感じたことだけは覚えています。

 

 とはいえ、どんな国際空港でも乗り継ぎは基本的に同じで、サインボードさえ見逃さなければ間違えることはありません。到着したら、ArrivalではなくてConnecting Flightsが示す方向に行けばいいだけのことです。その時に、できるだけ早めに出発便のスケジュールボードを見て搭乗ゲートを確認しておく。ボクが乗る日本航空408便は「2D」とあったので、とにかくひたすらターミナル2のDゾーンに向かえばいいってことです。その途中で関所のようにパスポートコントロールやセキュリティチェック=保安検査が登場するので、列に並んでそれをクリアしていけば自然に目的のゲートにたどり着きます。ヨーロッパあたりなら、乗り換えがあっても機内預けの荷物は最終地まで直行となり、搭乗券も一緒に発行されるのが普通なので、ほかに面倒はありません。

 

 ただ、ボクはターミナル1に到着したらしく、延々と歩かされることになりました。だからいつも航空券を予約する際に乗り継ぎ時間に神経質になるわけです。前述した2つの関所でものすごく長い列に出っくわすこともあるので、到着から出発まで2時間くらいあったほうが焦らなくて済みます。空港の規模によって最短乗り継ぎ時間が決められているので、無理なスケジュールでは発券されないはずですが、それでも1時間程度というのはできるだけ避けてきました。そうはいかない時もしばしばあるんですけどね。個人的な経験で乗り継ぎが最も楽だったと思うのは、オーストリアのウィーン空港かな。小さな空港なので移動距離も大変に短いのです。

 

 てなことを思い出しながら2Dを目指してひたすら歩いていくと、どうやらターミナル1から2に行くにはSkylineという無人運転の電車に乗らなきゃいけないらしい。これがまた、エレベータでいったん下に降りてから再びエスカレータで上がるという京都の住所みたいなアップダウンがあり、ようやくホームにたどりついても、どちら側がターミナル2のD行きなのか分かりません。サインボードをチェックすれば分かるのでしょうが、こういう時にボクはすぐに誰かに訊いてしまうんですよね。勝手に思い込んで慌てて乗車すると、エラく遠回りになるとか簡単には帰ってこられないところに連れて行かれるなんてこともあり得るじゃないですか。

 

 そこで、すでに電車に乗り込んでいたドイツ人らしい中年女性に、扉口から「この電車はターミナル2のDに行きますか」と英語で聞いてみると、「あたしもそこに行くからついてらっしゃい」と心強いお返事。走り出してから聞いてみると、この電車は環状ではなく、ターミナル1のAからB、Cを経て、ターミナル2のD・Eゾーンを順番に往復するシャトルになっているそうです。

 

「とってもロジカルなのよ」

「それってドイツ的といえませんか」

「そうね。でも、いつもドイツがロジカルだったとは限らないけど」

「それは歴史的に、ということですか?」

 

 ボクはオカルティズムに心酔していたヒムラーと狂信的なナチズムが念頭にあったのですが、彼女は曖昧な笑みを浮かべるだけで明確には答えず、かつてデュッセルドルフで日本企業と一緒に仕事をしていたことがあると話してくれました。

 

「だから英語がお上手なんですね」

「本気で勉強したのは結構年をとってからなの。でもね、何かを学ぶのに遅すぎるということはないのよ」

 

 ケラケラ笑いながら深いことをサラリと言ってのける、アッパレなオバサンなのであります。

 

 そんなわけで、何事もなくDゾーンに到着。その後のことはつまらないのでカットします。帰国便の機内ではさすがに疲れていたせいか、ワインのグラス一杯を空けることもできず、すぐに爆睡してしまいました。はっと気がつくと成田まで残り3時間程度。睡眠は貯金できないと言いますが、借金取りはちゃんとやってくるようです。

 

 キュッキュッと車輪が接地する大きな音をたてて飛行機が着陸すれば、もう心配はありません。例のベルトコンベアでスーツケースをピックアップして税関を抜けるだけなのですが、あまりにも気を緩め過ぎたせいか、最後の最後の最後で、戦慄すべきアクシデントがボクを待っていたのです。この続きも明日ということで、乞うご期待!

 

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2018年1月23日 (火)

お、おもしろ過ぎ!(中)

 

 大幅な予定変更を経てようやく帰国したら、スイスより寒いうえに、昨日は都心でも大雪ですからね。天気の精霊ならぬ悪霊が、ボクを深情けして追いかけてきたのでしょうか。それにしても、大雪が降るたびに帰宅困難者の続出を繰り返して懲りないのかなぁ。分かりきったことなのですから、どうして平時から準備・改善しておかないのでしょうか。

 

 それに比べて、というのもナニですけど、KLMの地上職員はかなりテキパキと難事を処理していました。行列を作った搭乗予定客の最終目的地はそれぞれ異なるので、世界各地のフライトスケジュールを睨みながら最適な乗り換えルートを瞬時に見つけていくのは熟練が必要なはずです。ボクはそれまで空港の地上職員を搭乗前の整理係に過ぎないとナメていましたが、今回のことですっかり見直しました。

 

 さて、ボクの予定変更を整理しておくと、当初のKLM便は以下のようになっていました。

●ジュネーブ9時5分発KL1926→アムステルダム1430分発KL861→成田着9時45

 

 これがアムステルダムの悪天候で最初の便が大幅に遅延。乗り換え便も間に合わず取り消しとなり、地上職員から渡された新しいEチケットは次のようになっていました。

●ジュネーブ1455分発LH1219→フランクフルト1930分発JL408→成田着翌日1430

 

 経由地がオランダ・アムステルダムからドイツ・フランクフルトとなり、航空会社も KLMからルフトハンザ、そして日本航空に変更。日本の航空会社は海外のエアラインとはホスピタリティがまるで違うので大歓迎ですが、問題は荷物です。

 出発ゲートに待機中の航空機にすでに積み込まれているので、これは果たしてどうなるのか。すると、ですね、地上職員は「ここに行け」と言いながらチケットに「S belt」と書きました。そんなところがあったっけ?

 

 で、訊き直してみると、渡されたEチケットは搭乗券ではないので、要するに最初からもう一度やり直しなんですよね。つまり、出発フロアのルフトハンザ航空カウンターでチェックインして、荷物を預けて搭乗券を貰ってから、セキュリティチェックを抜け、搭乗ゲートに向かうわけです。

 

 そのためには、いったん機内預けにした荷物を再び入手する必要があります。こちらも到着時と同じで、いくつものベルトコンベアが並んだバゲージクレームBaggage Claimで荷物をピックアップするのですが、飛行機に乗っていないボクの場合は、特別な「S belt」から出てくるらしい。

 

 「ありがとう」と礼を言いながらも、初めての経験なので怪訝に感じながら歩き始めたボクを地上職員が追いかけてきました。「ミールチケットを忘れていました。3時間以上遅延した場合は出すことになっているので、これをどうぞ。空港内のすべてのレストランで通用します」と渡されたチケットと同じ厚紙には35CHFの手書き。これを見せれば、35スイスフランまでの食事が無料になるそうです。

 

 ちなみに、ボクは学校以外で特別に英語を勉強したことは一切なく、読み書きなら辞書で何とかなっても(実際に翻訳書をいくつか出版しました)、スピーキングとヒアリングは自信がありません。にもかかわらず、こうしたことが理解できたのは、ちょっとしたコツがあります。とはいっても決して難しいことではなく、相手が英語で言ったことを解釈したら、それを自分なりの英語にして必ず「確認」するということです。この時には文法なんか無視して単語だけで結構。先の例なら「S belt, where?」だけでいいのです。すると先方はいろいろ言うので、「Go to baggage claim?」と再び訊き直す。どんなことでも相手が「Yes!」と言うまでしつこく確認することが最有力なコツだとボクは考えてきました。おそらくこうだろうと勝手に判断して決めつけると、いよいよ迷ったり混乱するので、突発事や重要なことほど自分の言葉にして「確認」を取っておく。そのやりとりで先方はこちらの英語レベルを判断するので、客商売であるなら、次第に分かりやすく話してくれるようになります。

 

 というわけで、到着フロアに行き、Baggage Claimで「S belt」を探すことに。成田や羽田空港と同じように、便によって異なるいくつかのベルトコンベアが並んでいますが、その背後にひっそりとした感じで「Special Baggage」と表示されたところが確かにありました。長さ3メートル程度で「ベルト」と呼ぶには拍子抜けするほど短いので、Informationに行って「確認」しましたが、ここに間違いありません。よく見るとKLMのゲートで見かけた搭乗予定客もいるではありませんか。しばらくして荷物がゴットンゴットンと吐き出され、その中にボクのスーツケースもありました。

 

 これを転がしながら再び出発フロアに上がり、ルフトハンザ航空のチェックインカウンターで搭乗手続きです。「天候トラブルでもう1回やり直しっすよ」と話すと、係員はハハハと明るく笑いました。念のために「またセキュリティチェックだよね」と訊くと、「Oh Yes!」と肩をすくめながら腕を広げてさらに大笑いですから、陽気というか何というか。こちらの気分も楽になりましたけどね。

 

 このセキュリティチェックで、前回は珍しく靴を脱げと言われました。ボクは左膝に故障があって杖を利用しているので、脱いだ左側の靴のヒモを結び直すのは簡単なことではありません。今度も同じことを指示されたら拒否するつもりでしたが、予想通りだったので、杖と膝を指さしながら「No」と首を振ってやりました。すると、係員は仕方ねぇなぁという感じで黙認。これには驚きました。何でも言ってみるもんです。

 

 でね、もうひとつ驚くことに、行き先も出発時間も違うのに、搭乗ゲートは前と同じA8。最初からやり直して、まったく同じ場所に戻ってきたことになります。早朝6時過ぎからここまででおよそ8時間。まる1日がかりで、ようやく日本への接続空港となるフランクフルトに向かうことができます。

 そんなこんなで、またまた長くなったので明日も続けることにします。

 

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