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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

日記・コラム・つぶやき

2017年4月28日 (金)

デラシネ

 

 この年齢になって今さらなのか、それともこの年齢になったから分かるのか、子供はどうしても親の生き方をなぞってしまうようです。

 

 カエルの子はカエルという身体的な個性はいうまでもなく、感性やら考え方や行動パターンといった、パソコンでいえばOSの部分まで継承するような気がします。生まれた時から自分に最も近しいところに存在する人間の見本ですから、影響を強く受けるのは当然といえば当然ですけどね。

 

 ただ、それが「良かれ悪しかれ」というところがポイントでございまして、親子二代にわたって女性問題でコケたゲスな国会議員が話題になりましたが、むしろ悪い方面のほうが発露しやすいのではないでしょうか。子供の頃から「こんな奴にはなりたくない」と親を嫌悪していても、いつの間にかそっくりなことをやっていたりしてね。OSならバージョンアップは常識ですけど、そのようにバグや不具合の修正やら、代々の発展・発達ということをまったく期待できないことが際立った特徴といえそうです。

 

 それともボクだけのことなのかな。プライバシーなので詳しくは紹介しませんが、父親のいけないところを受け継ぐだけでなく、早い話が失敗の仕方がよく似ているんだよな。もちろん自分のやってきたことを親のせいにする気は毛頭ありませんが、ふと昔を回顧して呆れたり苦笑することがしばしばあります。

 

 もう亡くなったので無理なのですが、その意味で生前に確認しておけばよかったと思うのは「デラシネ」感覚であります。フランス語で「根無し草」という意味で、1969年に五木寛之が発表した『デラシネの旗』によって一世を風靡した言葉です。日本敗戦後の朝鮮半島から命からがらで帰国した経験が、故郷喪失という無常感に結びついたなんて解説されていますが、ボクは当時からホントにみんな分かって使っているのかよと疑っていました。

 

 血族の系譜がそれなりに確かで、少なくとも親子2代が同じ場所または家に住み続けた人に、「デラシネ」としての違和感や不安感が理解できるとはとても思えないのです。「根無し草」といえば、フーテンの寅さんのように気楽な感覚として羨む人もいるでしょうが、彼だって柴又に何とか定着しようと必死でもがいてきました。だからこそ映画『男はつらいよ』の悲喜こもごものエピソードが成立するわけで、そうした意識がなければ、単なる迷惑まき散らし男ではありませんか。

 

 このブログでもちょっと触れたことがありますが、ボクは子供の頃から転居を繰り返してきました。だから広域自治体としての故郷はあっても、目をつむると思い出すあの山や川なんてのはありません。柴又に親戚や妹のいる寅さんよりも孤独かもしれない。

 そうしたボクにとってのデラシネ感覚を最も象徴するのが、「この国」という言い方だと思うのです。もちろん正真正銘の日本人であり、納税など国民の義務もつつながなく果たしてきました。それどころか、日本は世界のどこよりも自分にとって住みやすい国だと思います。けれども、火曜日のブログの繰り返しになりますが、「薄皮一枚」だけ故郷としてのリアリティが実感できないんだよなぁ。

 

 だからねぇ、「わが国」とはなかなか素直に言えなくて、「この国」のほうがよほど言いやすい。ただ、「この国」で文章などを始める時には、客観的かつ批判的な視点にならざるを得ません。政治や社会がヘンテコな方向に傾きかけた時にこそ、この言葉が必要になってくるとボクは思うんですけどね。

 

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2017年4月27日 (木)

ハンバーガー

 

 ボクの事務所のあるマンションの向かいのビルの1階に、って、やたらに「の」ばっかりの文章になってしまいましたが、ハンバーガーショップがオープンして2年ほどにもなるでしょうか。

 

 まさに目と鼻の先ですから、どんな店なのか興味津々ですよね。それで散歩ついでに外からメニューをチェックすると、ハンバーガー1個が、ななななななななな何と、せせせせせせせせ(はぁはぁ)1000円もするではありませんか。もちろんチーズだの何だのといろいろ選べますが、すべてが1000円以上。それ以下のメニューは金輪際ありません。ハンバーガーといえばマクドナルドくらいしか知らないボクにとって、これは衝撃的なプライスです。

 

 そんな大金を費やしてハンバーガーを食べるかぁ? というのが第一印象でした。1000円の予算なら、かなり充実した昼の定食がいただけるではありませんか。いくら「こだわり」の素材にしても、ハンバーガー「ごとき」にそんな魅力があるのだろうかと思ったわけです。

 

 だから、いつものようにすぐに閉店か移転するに違いないと予想していたら、あにはからんや(もはや古語かな)、今でも昼時には列ができるくらいの盛況なのであります。だったらライターたるもの1度くらいは食べてみるべきですが、こびり付いてしまった常識みたいなものを払拭するのは案外に困難でありまして、たまに店の前で立ち止まりはしても、「ハンバーガーで1000円ねぇ」と溜息をつきながら通り過ぎることを繰り返してきました。

 

 そうこうするうちに、昨年4月に恵比寿駅前にアトレ西館がオープン。その1階にニューヨーク生まれの「モダンなバーガースタンド」をルーツとする飲食店が誕生しました。当初は50分待ちなんていうディズニーランドのアトラクション並みの大人気。そのメニューがね、やはりハンバーガー1個で680円〜。ダブルなら980円〜と、1000円近辺なのです。

 

 さすがに最近は落ち着いてきたようですが、それでも席はいつもほどほどに埋まっています。どこでもそうですが、若い人が多いですよね。とはいっても年齢制限があるはずもなく、ボクだってウェルカムなはずですが、前述したようにハンバーガーで1000円という価格帯がどうにも抵抗があるのです。

 

 これはどう考えても、マクドナルドで育ってきた感覚というほかありません。つまり、ハンバーガー=安いファストフードという認識が骨の髄まで刷り込まれている。ところが日本の食文化はここにきて大きく変化してきたようです。ハンバーガーは依然としてファストフードではあっても、中に挟まれているのは、ボクたちが馴染んできたペラペラのハムのような牛肉ではありません。何㎝の厚さになるか知りませんが、要するに本格的なビーフであり、その挽肉=ハンバーグなのであります。

 

 語源から考えれば、こちらのほうがどう考えたって本筋ですよね。むしろボクたちのほうがまがいモノとは言わないまでも、原型を相当に簡略化した廉価版ではないでしょうか。にもかかわらず、それに囚われると「ハンバーガーで1000円?」という抵抗感になってしまう。しかも実際に食べないでこんな文章を書くなんて、お恥ずかしい次第です。

 

 その意味では、こうした店で行列をつくる若い人たちはボクよりもはるかに自由な意識を持っていることになります。最近の若い奴は………、と始めるとロクな文章が続かないのが普通ですが、なかなか見どころがあるんだなぁと感心しました。やっぱね、あの店にいちど顔を出して見ようかな。

 

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2017年4月26日 (水)

男の香水

 

 そろそろ男も香水を、と言うだけで「ゲッ」と拒否反応を示す人がいるかもしれません。香水をプンプンさせた男なんてホストか女たらしでロクなもんじゃねぇ、とても娘を嫁にやるわけにはいかんといきまくお父さんもいるだろうなぁ。

 

 でもさぁ、だったら加齢臭って、どうよ。押し入れの隅に長年積もり積もって腐ったホコリみたいな匂いを我慢している人は、案外多いのではないでしょうか。

 

 昔から日本人は無臭と言われており、和服に忍ばせる「匂い袋」という奥ゆかしい小道具はあるものの、香水はまるで発達しませんでした。CSの某番組で英語ネイティブ&日本語も流暢なハーフのタレントが「白人って臭くないですかぁ」と爆弾発言をしておりましたが、まぁそのような認識が一般的ですよね。

 

 女性は化粧の延長線上として香水が自然に着地したのですが、そんなわけで男の場合は前述のように色眼鏡で見られてきました。けれども、腋臭や体臭の強い男がいないわけでは決してなく、汗をかいてそのままなら誰だって臭くなるってものです。若いうちならそれも魅力と感じる女性もいるだろうけど、中高年メタボの汗かきで、さらには加齢臭ともなれば、公害に近いんじゃないかな。

 それでも男の香水を白眼視していたら、自分の匂いに意識的な人たちは著しく不利になります。くんくん、あ、こいつ、もしかしたら、みたいに思われかねないじゃないですか。

 

 逆にみんなが普通に香りを身につけるようになれば、臭い消しの目的が強いとしても特段に目立つことがなくなります。

 

 そりゃね、エレベータの中に残り香を置いていくような強烈さや、トイレの芳香剤みたいなチープなものは論外です。しかし、せめてコロンくらいは軽くつけてもいい時代じゃないかなぁ。良い匂いの男が増えるのは、女性にとっても決して悪いことではないでしょう。

 

 ただね、そうした香水のつけ方というか、ノウハウを知らないんですよね。かく言うボクだって、そんなもん分かりゃしません。「男の香水講座」なんていうのがあったら、ぜひとも参加したいくらいです。

 中には、アトマイザーでシュッと上方に吹き出して、その香りのカーテンみたいなところをササッとくぐり抜ける、という方法も読んだことがありますが、そんな冗談みたいなやり方で香りが本当に身につくのかなぁ。香水は高価なので、これでは「歩留まり」がすごく悪いですよね。

 

 上着の襟の裏側にちょいと付けるという方法もあるようですが、ボクはやったことがありません。これは誰かの鼻が襟の直近にくることが大前提であり、すなわち服を着た状態で女性と抱き合う機会がなければ、効果を発揮し得ないからです、残念!

 

 身だしなみとしては、香水より弱いコロンを外出1時間ほど前に軽く素肌につけて、香りが落ち着くのを待つという感じかな。つける部位や方法はともあれ、男の香水は「ほのか」が最重要なキーワードだと思います。さもなきゃ若い女性に「キモい」と言われかねないので、その案配が実にまったく難しい。分量や部位を様々にトライアルして、親しい女性または奥様のご意見を拝聴するというのが最も現実的な方法ではないでしょうか。

 

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2017年4月25日 (火)

違和感(続)

 

 薄皮一枚、というのかなぁ、そんな違和感に子供の頃から悩まされていたように思います。どうにも溶け込めない現実感覚というのか、もしかすると自分だけが遊離しているんじゃないかと。

 

 仕事が忙しい時は紛らわせることもできるのですが、大きな山を越えてホッとしている時なんかに、こういう感覚が蘇ってきます。1年半ほど前にも似たようなことを書いたので、タイトルを()としたくらいです。

 

 だからといって、日常生活などに問題はまったくありません。仕事も含めて、きっちり社会に適応してきたつもりですが、たまにね、不安でどうにも落ち着かない孤独感に襲われるのです。たとえばアポの時間より早く現場に到着して何気に待っていると、ボクが見て体験していると思い込んでいることは、ホントに現実と呼ばれるものなんだろうか、と。

 

 ひょっとすると夢みたいな想像の中に生きているのではないか、なんてことを感じているのはボクだけではないらしくて、中国の唐代には『邯鄲の枕』なんていう小説も書かれました。「邯鄲の夢」ともいわれるように、人生の栄枯盛衰を束の間の夢として見てしまった男の話です。

 

 これをもっと分かりやすく映画にしたのが1999年に公開された『マトリックス』ですよね。主人公のネオは「あれ? 何だかヘンだぞ」という違和感に悩まされており、やがて自分が機械の作り上げた仮想世界に生きていることに気づかされます。

 

 そうした違和感を唐の頃から意識した人がいて、現代でも似たようなことを基本テーマにして映画を撮る人がいるということは、やっぱね、この現実というのは、どこか違和感をもたらすような要素があるってことになります。

 

 特に人間社会ですけど、こんなものは25万年ほど前にホモ・サピエンスが出現するまで存在していなかったわけですから、彼らのイマジネーションを実体化してきたものに過ぎません。だからこそ、世間的な様々な約束事や常識みたいなことが、突然にリアリティを失って見える時があるのです。

 

 では自然のほうは現実感があるかといえば、必ずしもそうではありません。桜の花びらが渦を巻く風の中に舞い散るのを見た時は、息を呑むほど茫然としました。こんなにも美しい光景が現実であるはずがない、なんてね。

 

 ボクのような違和感を持ったことがないという人には、ひどくつまらない話に思えるはずなのでもうやめますが、たかが薄皮一枚なんですよね。その正体が果たして何であるのか、今もって分からないのです。


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2017年4月24日 (月)

バツイト

 

 以前にご紹介したように、歯石を除去するためのフラップ手術を2回ほど経験しました。簡単にいえば、歯茎をメスで切開してからゴリゴリと歯垢や歯石を削り取るという、昔の歯科ではほとんどなかった本格的な外科手術です。

 

 痛いことが大嫌いなボクは、こんな大仰なことが本当に必要なのだろうかと疑ってしまいますが、インプラントのような自費診療ではなく、健康保険の対象になっているので、やはり必要不可欠な処置のようです。全国健康保険協会東京支部のウェブサイトによれば、それをしないで歯周病が進行すると、歯と歯肉の境目=ポケットが深くなり、やがて土台の骨が溶けて歯がポロリと抜け落ちるという恐ろしい事態が写真付きで解説されています。

 

 そんなことになるまで長生きしたくはありませんが、このフラップ手術をしないと仮歯を本格的な入れ歯にできないというのだから仕方ありません。土台が崩れたら、せっかく入れた義歯もダメになってしまうというのは、素人のボクにも分かる理屈です。

 そんなわけで、仕方なくというか、正直いえば泣く泣く4月半ばに2度目の手術を受けました。ちょっとでも痛みを感じると、左手を上げて、口を開けたままで「いはいんへすへど」(痛いんですけど)と麻酔を何度も要請。おかげで処置自体に痛みはそれほど感じないのですが、およそ90分も口を開けっ放しにする関係で、顎の付け根が次第に苦痛になってくるのです。こんなに長いのはボクだけなのかな。

 

 5月下旬に最後の1回が予定されているので、「途中でお休みがあるといいんですけどねぇ」と主治医に要望。インターバルを挟んでいただく予定なので、いくらか気が楽にはなりました。

 

 いつものように違う方向に話題が発展してしまいましたが、このフラップ手術は歯茎を切開する関係で、治療後はそれを縫い合わせることになります。ということは、しばらくすると糸を取らなきゃいけませんよね。

 

 これを「抜糸」と呼ぶのですが、「次回はバッシですよね」と受付に聞くと「はい、バツイトになります」というではありませんか。もしかすると漢字の読み方を知らないのかと確認すると、「歯科ではバツイトと言うんですよ」と逆に教えられてしまいました。歯科で一般的な治療は「抜歯」であり、こちらも「バッシ」ですから、混同を避けるために敢えて“重箱読み”にしているのです。

 

 普通なら「それ違うよ」と突っ込みを入れるところですが、こうした特殊な読み方をしている業界はほかにもあるんじゃないかな。治療後に顎がちゃんと嵌まるだろうかと本気で不安になりましたが、ボクたちの知っている「普通」や「常識」なんて所変われば品変わるということを再認識できて、ちょっと勉強になりました。

 

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2017年4月21日 (金)

だから嫌われる?

 

 自分ながらセンスや感性に乏しいなぁと呆れることがしばしばあります。本日も某テレビで、濃いめのチェックのシャツにストライプのネクタイを組み合わせたゲストコメンテイターを見て、「うっひゃあ」と驚きました。とてもじゃないけど、ボクはこんな格好はできません。

 

 これは、いわゆる「パターン・オン・パターン」というコンビネーションでありまして、ヘタすりゃ見た人に目眩を起こさせる危険なワザなので、オシャレ上級者しかやっちゃいかんとボクは大昔に教えられた記憶があります。簡単にいえば、格好いいとゴチャゴチャが紙一重なんだから、センスや感性の鈍い奴はしないほうが無難ということです。

 

 前述したように、ボクはそんなものの取り置きは親の代からないので、模様ありのシャツには単色のネクタイ、柄物のネクタイをする時はプレーンなシャツを合わせてきました。ああ、にもかかわらず、ボクと似たような年齢のオッサンがパターン・オン・パターンだもんなぁ。それでテレビに出るのですから、自分のセンスに相当な自信があるのだろうと尊敬いたしました。

 

 このように、センスや感性にも必ず言語化された理論はあるはずだとボクは思うんですよね。「これイケてる、これイケてない」だけで理屈がなければ、感性も共有されにくいので、世界が閉じてしまうじゃないですか。

 にもかかわらず、そうしたセンスや感性を言葉にしない人も少なくないんですよね。草間彌生に「どうして水玉なんですか」と聞いたら、「それしか描きたくないのよ」と言われそうですが、彼女のようなアーティストでない限りは、口で説明されなきゃ分かるはずがありません。

 

 そんなわけで、デザインやイラストなんかも「ここがこうだからこのように良い」とか「ここがこうだからこのようにイケてない」と論理的に言わなきゃいけないとボクは信じてきました。さもなきゃ適切に修正できないし、将来に向けての進歩もないですよね。けれども、そこで言葉を失ってしまう人もいるのです。

 

 ここに2人の人間がいるとすると、犬や火星人から見れば同じホモ・サピエンスかも知れませんが、同じ景色を見ていても、心に映る風景はそれぞれ違います。遺伝子が異なり、生育史も違えば、世界観だって相当な隔たりがあって当然です。だからこそ人間は言葉を発明したのですが、こんなものは発想を引き出すキーワードに過ぎないことをご理解いただけるでしょうか。たとえば「明るい」という一言だって「眩しいくらい」のレベルから、「暗くはなくなった」というところまで感じる段階はいろいろあります。

 

 だからね、言葉っていうのは、数学における数字や公式のような確固たるコミュニケーションにはほど遠い伝達手段なのです。それゆえに「言葉を尽くす」みたいなことをしないと、正しく通じません。それどころか意図的にねじ曲げて理解しようとする「曲解」というワザもあるから怖いんだよな。

 

 だから、うまく言語化できないものにぶち当たった時は、黙るというのも確かに有力な方法です。何よりバカがバレない、とはあくまで冗談なので気を悪くしないでいただきたいのですが、「いいね」「うん、いいね」「すごくいいね」「うん。ものすごくいいよ」だけでは何も話が進まないじゃないですか。

 

 というわけで、ボクは仕事柄もありますが、何でもかんでも言葉にしようと努力します。けれども、そのプロセスで批判めいたことも含まれることが少なくありません。そんな危惧もあって、近頃は黙りがちになる時もしばしばあります。

 

 前述したように、人間1人ひとりの世界観は、いかに似たように感じられても絶対的に異なると思うのです。その一方で、同じ人間であることは共通しているのですから、はるかな昔の原記憶や、基本的な感性に極端な違いがあるはずがない。だからこそ言葉を発しなきゃいかんだろうと。さもなきゃ人間は、知恵があるだけに、恐ろしく孤独な存在になってしまう。

 

 えーと、何だか愚痴めいてきましたが、言葉をうまく使う人は、キーワードとしての機能を熟知しているんだろうなと。「それではダメなんですよ」では相手の気分を悪くさせるけど、「もう一息ですよね」なら受ける印象は180度違います。それに気づいたのは、恥ずかしながらつい最近ですから、まだまだうまく言い換えられません。
 だから、嫌われるんだろうなぁ。

 

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2017年4月20日 (木)

GINZA SIX

 

 先週の金曜日に、銀座の松坂屋跡地に誕生したGINZA SIXに行ってきました。

 

 とはっても、全部で241のテナントが入居する銀座最大の複合商業施設であり、ボクは杖というハンデキャップを持つオッサンなので、全部を見て回る体力はとてもじゃないけどありませんでした。よって、詳しいことは他のネットを参照してください。

 

 ただ、建物の感想としては、実にシンプルというか、店舗などの配置がとても見やすく分かりやすい設計になっていると思います。ごく簡単に説明すると、中央に吹き抜けのある「ロ」の字型になっており、見通しも大変によろしいのです。

 

 それに比べて、と瞬間的に思い出したのが六本木ヒルズなんですよね。調べてみたら開業は2003年。はや14年も経過したのかと、時の流れの慌ただしさに愕然とします。

 仕事や映画観賞などで何度も行ったことがありますが、今もって全貌を把握したとはいえません。テナントも変わりますから、まさに迷路みたいなものです。実際に、隣のホテルに宿泊した外国人が軽い買い物に出かけて帰り道が分からなくなり、寒さと飢えで遭難しかけたと聞いたことがあります。って、そんなのウソぴょーんですけど、迷ったことは事実だそうですよ。

 

 そんな六本木ヒルズとGINZA SIXを比較することにまったく意味はありませんが、時代が求めるものが変わってきたのかなという感じはします。面倒くさい謎解きなんかより、もっと分かりやすく、より利用しやすい商業施設が求められるようになったのかもしれません。日本全国、いや世界中から老若男女が集まる銀座という土地柄もあるでしょうね。

 

 その意味では、GINZA SIXは誰もが気軽にショッピングを楽しめるようになっていると思います。田舎から出てきた人を六本木ヒルズで一人ぼっちにするのは心配ですが、ここなら待ち合わせ場所さえ決めておけば大丈夫じゃないかな。

 

 その中の店舗については、241のすべてを見たわけではないので何も言えませんが、ボクが最も興味を持ったのは、アバンギャルドなデザインの着物を展示した和装屋さんでした。大胆な色彩と絵柄が美しいだけでなく、デニム地などを使ったものもあるそうです。商売柄で、どうしてもこうした新しいものに目を惹かれてしまいますが、何しろ和装といえば上から下まで揃えたら何十万円もかかりますよね。それだけに長く着られるものを選ぼうとする傾向が強くなるため、伝統的なデザインのほうが圧倒的に売りやすいんじゃないかな。だからこそ、こうしたチャレンジングな試みに肩入れしたくなるわけです。

 

 いずれにしても、週末の新しい散歩先として、しばらくは銀座6丁目に通ってみようと思います。

 

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2017年4月19日 (水)

ファクス

 

 ファクスが壊れました。コピーとの複合機でありまして、そちらの機能は正常だったので、どうやらPBX(社内交換機)に問題があるようです。

 

 昔なら大慌てで業者を呼んで修理してもらうところですが、「その日は予定が一杯なので」という返事に「じゃ空いている日でいいです」と切迫感はまったくありません。ファクスを使う頻度が激減しているからです。今年はマンション管理組合に総会欠席の紙を送ったのが1回。受け取るほうも、昨年にどこからかDMみたいなものが来ただけ。

 

 今や電子メールのほうがよっぽど便利ですからね。カラーで送受信でき、プリントする紙だって不要。大量のデータも圧縮してファイル便に乗せれば瞬時なので、コストを大幅に削減できます。そんなわけで、ボクの事務所でファクスを使うことは滅多にありません。受け取る方も同様なので、大慌てで修理する必要はなく、いっそのこと解約しちゃおうかなとも考えたくらいです。

 

 かつてはオフィスの必需品で、そういえば女性のスタッフに「これ、ファック、スしといて」と妙な間を空けて発音する奴がいたなぁ。ジョークというよりセクハラまがいですけど、当時は許されていたのです。

 

 そんなわけで、もはや世間様もファクスなんてとっくに用済みだろうと思っていたら、修理担当者によれば意外にも違うらしい。

 

「頻繁に利用されるお客様はまだまだ多いですよ。だから通信不能になると大至急で修理を要請されるので大変なんです。個人的には電子メールのほうがよほど便利なのにと思いますけどね」

 

 ネットを検索してみると、実際にファクス利用者は依然として少なくないことが分かりました。海外では博物館に展示されるくらいの骨董品になっており、ほぼ絶滅状態にもかかわらず、日本だけ生き残った理由は、電子メールなどをうまく扱えないデジタルディバイドだけでなく、紙として残せることを重視する傾向も強いみたいですね。

 

 電子メールのテキストデータは後から変更や消去も可能ですけど、いったんファクスで送って印刷された紙はそうはいきません。たとえば商品発注伝票などは、日付も記載されるので、それが契約書と同じような証拠能力を持つということもメリットになっているようです。

 

 だったら発注伝票をスキャンしてJPEGにすりゃいいじゃんとボクは思いますが、そんな手間をかけるんだったら、そのままファクスしたほうが手早いじゃないかと反論されそうだなぁ。

 

 海外に比べて日本が異質というより、時代や社会なんて急には変わらないと考えるべきでしょうね。特にファクスは送り手と受け手が存在するので、余計に変化するのに時間がかかるのかもしれません。

 ボクのような急進派はじれったく感じてきましたが、こだわる人にはそれなりの理由があるわけで、ちょっと勉強になりました。

 

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2017年4月18日 (火)

宝クジに当たったら

 

 もしも、奇跡的に、たまたま買った宝くじが高額当選したら、あなたはどうしますか。

 

 すぐに「貯金!」とか「投資!」と叫ぶような、思慮や想像力に著しく欠けるつまらない回答はNGです。銀行や証券会社を儲けさせると嬉しいことや楽しいことでもあるのでしょうか。

 

 ついでに不動産もアウトです。都心の高額物件なら2億や3億は秒速ですぜ(契約や登記などの手続きはありますが)。だったら伊豆あたりの大型別荘なんて、どうにも発想自体が貧困というほかありません。老後に備えて高級老人ホームの権利を買っておくなんていうのも、もってのほかです。

 

 もちろんワタクシ、そんなものを買えるほどの財力も才能も、宝クジにみごと当選するほどの強運も持ち合わせておりません。だからさぁ、ひとときの思考的娯楽として、仮に当たったならば、何に使おうかなぁと。

 

 ちなみに、ボクの場合は、と書きかけて、根が貧乏性で贅沢をした経験がないせいか、あまりにもつまらないことばかりなので呆れ果てました。もっと「夢」を感じられる使い途はないのでしょうか。

 

 けれども、「夢」を感じられるカネの使い途っていったい何だろうと、しばらく考えてみました。皆さんも、ちょっと考えてみませんか。

 

 では、答あわせです、って、学校の試験じゃないのでもちろん正解なんてありません。ボクなりに考えたところによれば、自分のためのカネの使い途なんて、どうあがいても限界があり、とてもじゃないけど「夢」があるとは思えないのです。

 

 では、どうすりゃいいか。むしろ逆に、他人や社会のために使うというのが、最も「夢」を感じられる方法ではないでしょうか。

 

 知人や恋人などが喜ぶ何かを買ってあげるというのはもちろん、ボクなんかは学校や病院を作りたくなるなぁ。宝クジの当選金なんぞでは間に合いそうもありませんが、それだけにどんな学校や病院を作ろうかと考えるだけでも、半日くらいはヒマつぶしになります。

 

 日々の仕事に追われるだけでなく、たまにはそんな「夢」と遊んでもいいのではないかという提案でございます。

 

 

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2017年4月14日 (金)

国家の本質は政権?


 ある程度の仕事経験を持つ人にはご理解いただけると思うのですが、いったんケチが付いた仕事って、まるで呪われたようにうまくいかないことが続きますよね。おかげで本日は早朝から定期検診があることもすっかり忘却。慌ててブログに取り組んでいます。

 

 取りあえずの話題として、緊迫する朝鮮半島情勢ですが、あの国を見ていると、いろいろなことに気づかされます。

 

 まず、以前にも指摘したように、国家というのは必ずしも地理的や民族的に自然発生したものではなく、政権が作ったものだということを再認識させられるのです。だってね、戦前までは日本の植民地だったにせよ、北も南もなかったんですよ。

 それが日本の敗北で、重い蓋がなくなったかのようにいきなり2つの国家に分断され、それぞれ大国を背後にした悲惨な戦争で同じ民族が殺し合うことになったのです。こりゃもう国家というのはどう考えても政権そのものということになるではありませんか。ということは「愛国心」というのは、つまり「愛政権心」ってことになるのかな。今なら「愛自民党心」でしょうか。ならば国旗掲揚や国歌斉唱は、いったいどんな意味を持つのかと考えてしまいますよね。

 

 戦争にしても、やはり政権が強力に推し進めた結果の事態であることが分かります。生活を切りつめてまで戦車や戦闘機やミサイルや核開発を進めるなんていうのは、やはり国民の総意とは考えられません。ご家庭で財布をはたいてナイフやライフルを何本も買うより、美味しいものをもっと沢山食べたいって思いませんか。

 

 おっと、もう時間がありません。そろそろ病院行きのバスに乗らなきゃいけませんが、東西に分断されたドイツだって1990年に再統合されたのですから、そろそろ一緒になれないのかなぁと。それを阻んでいるのもやっぱり政権だとしたら、そんな制度なんかさっさとやめて、むしろ大昔のように小さな領主たちが小さな権力を持って寄り集まっていたほうが平和だったのかなとも思ってしまうんですよね。

 とするなら、近代国家は戦争をやって勝つために生まれてきたのでしょうか。帝国主義の論理も分かるんですけどね。いずれにしても、20世紀の歴史をもう一度しっかり見直すべきではないかと本気で思う今日この頃なのであります。

 

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