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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

日記・コラム・つぶやき

2017年6月15日 (木)

悲観と楽観

 

 基本的にはどちらも結果は似たようなことになりますが、悲観と楽観が錯綜しているのが普通の人のアタマの中ではないでしょうか。

 

 若い頃は経験や知識が足りないので、率直にいえば悲観する材料に乏しく、必然的に楽観のほうが大きいはずです。それが年齢を経て、イヤな経験や失敗や期待外れ、失望や絶望なんかを経験すると、悲観論がどんどん幅を効かしていくようになります。ボクなんか今は悲観が9で楽観1くらいの割合だもんなぁ。ごく簡単にいえば、悪い方に悪い方に物事を考えていくってことです。

 

 だったら、そうならないように事前に手を打てるじゃんかと思いますよね。ところが、思考の隙間や落とし穴というのが必ずありまして、そこまで念入りにフォローしようとすると神経が疲れ果ててしまう。よって冒頭で指摘したように、悲観も楽観も、結果的には大した違いがないってことになるわけです。

 

 「だったらさぁ楽観で行こうよ」と、もう1人のボクがいつも語りかけるのですが、「おいおい、それじゃあ何かあったらどうすんのさ」などと悲観論者のボクが答えたりして、「ええい、うるせぇてめーら」と切れそうになることもしばしばなんだよな。精神に甚大な問題を抱えているわけではないので、くれぐれも誤解しないでくださいね。

 

 さて、この問題をアランの有名な著書『幸福論』(1925年)では、以下のように書いているそうです。

 

 悲観主義は気分、楽観主義は意思によるものである。およそなりゆきにまかせる人間は気分が滅入りがちになるものだ。

 

 言ってくれたじゃねーの、という刺激的な意見です。ちなみに、この人の本名はエミール=オーギュスト・シャルティエ。フランス中世の詩人・作家のアラン・シャルティエからペンネームを取ったそうです。ウィキペディアってすごいな。

 

 まるでボクに喧嘩に売るかのような意見ですが、これをひっくり返しても大した違いはありません。「およそなりゆきにまかせる人間は気分が楽観的になりがちだ」としても、違和感なんか全然ないでしょ。さもなきゃ「ケ・セラセラ」という「なるようになるさ」なんて歌はあり得ません。けっ、ザマミロ、アランさんよぉ。

 

 何かね、フーテンの寅さんのような気分になってきましたが、人間は先のことなんて分からないというのが事態の本質ですから、ま、どうだって言えるわけですね。してみると、この人が考える幸福ってのは何なんでしょうか。『幸福論』なんて書名しか知らないし、読む気もないけどね。

 

 そんなわけで、本日も悲観と楽観の狭間で漂う私なのであります。

 

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2017年6月13日 (火)

カリスマ

 

 あまりチェックしたことがないのでよく分かりませんが、食べログの「カリスマレビュアー」なる人が、飲食店から接待を受けた見返りにベタ褒めの評価を行っていたことが問題になっているようです。

 

 天下の「文春砲」にしては射程距離があまりにも短くて、それよりも政権のゴリ押しを追求して欲しいというのがボクの率直な意見ですが、かのレビュアー氏は、この報道を受けて、それまでの評価をすべて削除してしまったようです。まぁね、皆さんが絶大な信頼を寄せるカリスマですから、接待という裏取引で意見や評価を底上げしていたというのは、確かに問題ではあります。

 けれども、コトは食い物ですからねぇ。

 

 たとえば新聞記者が官邸から日常的に接待を受けており、そのかわりに政権に刃向かう官僚に関する私的な裏情報をリークされて、デカデカと書き散らすなんてことがあったら、こりゃいけません。ましてや報道対象がとっくに退職して公人から一般人に戻っていたなら、そんなもん明らかな情報操作で人権無視の大問題じゃないか、って、最近似たようなことがあったような気がするなぁ。

 

 それに比べてグルメ系は、早い話が自分で食べてみれば、巷間言われている評価が的外れか過剰なのか、なんてことは簡単に確認できますよね。接待があろうがなかろうが、「これがそんなに旨いか!」とか、逆に「こんなに旨いものをどうして不味いって言うのかな?」という感想は案外あるんじゃないかな。食べた本人の好き嫌いだってあるし、その時の体調や店の混み具合なんかも影響するでしょう。かのミシュランだっておかしな品評もありますからね。

 

 ボクは昔からオリコンだのベストテンというものを信頼したことがありません。むしろ眉に唾していたくらいです。ライターという仕事柄でもちろん参考にはしますが、アテにはしないってことです。

 ここで、こうしたランキングの問題点をはっきりさせておきましょう。ある映画や音楽がベストワンになったとします。だからといって、あなたが感動したり好きになる映画や音楽とは限らないということです。特に映画なんかボクは失望ばっかりでしたぜ。

 食べログにしても、誰かが「うまい!」とした料理が、あなたにとっても美味に感じる保証なんかどこにもないのです。もしも仮に、必ずそのように感じるとすれば、ある種の錯覚またはブレインウォッシュということになりませんか。せめて食い物くらいは自分の舌で味わいましょうよ。

 

 だから例のレビュアー氏を免罪しないまでも、そんな人間をカリスマに祭り上げてしまった構造のほうに強い違和感を覚えるのです。似たようなことは世の中にいろいろとあるんですどね。

 

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2017年6月12日 (月)

愚行権(続)

 

 この言葉を初めて知ったのは、元外交官の佐藤優氏のエッセイでした。簡単に言えば、人間はバカなことをやる権利があるということです。しかしながら、仮にも「権」と付いている以上は法律の概念なので、まさかそんなことが規定されているのだろうかと心の隅で疑問に感じてきました。

 

 そんなところに、30歳過ぎのイケメン俳優の淫行事件です。事情はよく分かりませんが、世間に知られた有名人に地雷や時限爆弾が仕掛けられるのはままあることで、今回も金銭的な要求があったみたいですね。「ファンなんですよ」とか何とか言いながら、若くて可愛い娘が膝を重ねるようにすり寄ってきたら、アホバカなこととは心の奥で分かりながらも、ついつい淫らな「愚行」に走るというのは誰も完全には否定できないじゃないですか。だからといって、未成年淫行は違法であることに変わりはないんですけどね。

 

 となると「愚行」は、法律的な「権利」というより、むしろ文学的な「性(サガ)」と呼んだ方が適切だと思うのですが、ウィキペディアにちゃんと紹介されておりました。

 それによれば、ジョン・スチュアート・ミルが1859年に著した『自由論』の中で提示された概念としています。たとえ他人からアホバカな行為だと批判されることでも、個人の領域に関する限りは誰にも邪魔されることのない「自由権」として規定されているようです。

 

 当然のことですが、「個人の領域に関すること」は他者に危害や迷惑が及ばないことが基本的な条件となっており、かつ「愚行権」の行使によって発生した結果のすべては本人の自己責任となります。

 では、個人の「自由権」が最大に発動できるはずの居室内で、マリファナや覚醒剤を使ったらどうなるか。こちらも逮捕された芸能人は枚挙にいとまがありませんけど、要するに見つかったらアウトなんですよね。けれども、合法の酒を飲んで酔って騒いだとしても、逮捕・拘留されることは滅多にありません。

 

 ボクは個人が管理する車内や部屋の中まで公権力は介入すべきでないと思うので、シートベルトすら義務化には反対でしたが、前述した「他者に危害や迷惑が及ばない」というあたりの判断がね、実に曖昧なのです。

 たとえば薬物の所持・使用は、どんな場所であれ、おそらく必然的に「流通」を伴うことから社会に被害を与えると判断されているんじゃないかな。シートベルトにしても、人間がフロントガラスを突き破って飛び出すことで、「もらい事故」を誘発する可能性は否定できないとなっているのでしょう。

 

 でもさ、そんなことを言ったら、「自由権」であるはずの「愚行権」は恣意的に制限されることになっちゃいませんかね。そもそも愚行をする前に、「これは女房にも地域社会にも迷惑や被害を与えない自由権の一種の発動だよな」と考えるような奴がアホバカなことをするはずがない。

 

 えーと、だんだん面倒くさい方向に話が進んでしまいましたが、要は個人と社会=共同体との関係が、近代の法律では消化しきれていないというなんでしょうね。そんなところに「共謀罪」ですよ。総理から「またしてもレッテル貼り!」と非難されないように、正式名称を出しておきますね。「組織的犯罪処罰法改正案」、略称が「テロ等準備罪」となっております。

 

 この法律の問題点は、「実行」ではなく「準備」の段階で法律が適用され、警察などの公権力を発動できるということです。対象を「組織的犯罪集団」に絞っているとはいっても、そんなラベルを頭にくっつけて歩いている人はいません。だから誰だって「準備」とみなされて逮捕される可能性が出てくる。こんなのは戦前の治安維持法と同じではないか、というのが野党などの反対理由ですよね。

 

 かといって個人の権利を最大限に優先すれば、「組織的犯罪集団」が暗躍することを許してしまう。東京オリンピックがえらいことになってしまうぞ、と。

 前述したように、個人と共同体の権利が衝突することなんて封建時代ではあり得ませんから、その軋轢は近代になって発生したものです。歴史的な根拠が乏しいだけに、いつも論議がぐちゃぐちゃになり、結局は国家=政権や行政に都合のいい法律が施行されてきました。21世紀になってしばらく過ぎた今こそ、誰でも納得できる、筋の通った、例外が希少な、しっかりした論拠に基づく規定を作るべきだと思うんだけどなぁ。憲法9条論議もそうだけど、いつまでたっても解釈や分析ばっかりだもんね。これでは前に進めないだろうとボクは思うわけです、はい。

 

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2017年6月 9日 (金)

エイジング

 

 若い頃から、自分の若さ、正確にはバカさなのですが、それにほとほと呆れ果てておりまして、早く年を取る方法はないものかと考えてきました。3日3晩寝続けたら40歳になっていた、とかね。浦島太郎の玉手箱は行きすぎてしまうのでNGです。

 

 高貴な一族や大金持ちの子孫ならいざ知らず、20代あたりまでの男というのは、特別なイケメン以外は何の取り柄もないのが普通です。どこで何をしようが新参者のビギナーであり、経験や実績はもちろんなく、ついでに知識もカネもコネもない。ないない尽くしの未熟者が唯一持っているのが若さという時間ですが、それに大いに起因するバカや無鉄砲や無茶を回避するのも困難。こんなのはもういやだぁぁぁぁぁと早く逃げ出したかったわけです。

 

 ただし、女性は違うんだよなぁ。若ければ若いほど価値があるとされているようです。昔のテレビでは女子大生がもてはやされましたが、今ではJK=女子高校生、ヘタすりゃ中学女子を狙う奴もいるというのですから変態っす。

 大変に失礼ながら、女性は太古の昔から商品化されていたので、クルマと同じように新品の価値が最も高く、次第に減損していくのは否定できないですよね。さらに旬やら賞味期限みたいなものが設定されるのも資本主義では避けられません。その意味では若い女子の団体が乱立して学芸会をやり、選挙と呼称される人気投票にわぁっと男が群がるのも不思議ではないということになります。

 

 けれども、相手はモノでなく、あくまでも人間ですから。ちなみにですけど、欧米と比べれば、日本の年齢重視、すなわち若さの珍重は異常といっても過言ではないと思います。だってね、テレビ界では「女子アナ30 歳定年説」というのがあったくらいですぜ。ボクの知人もそれを意識してか、該当年齢直前にとっとと結婚退職してしまいました。これからようやくアナウンス技術が円熟するという矢先に、お肌の曲がり角を過ぎたのか知りませんが、とにかく年齢でもってお引き取り願うというのは、まるで金利が付く直前に定期預金を解約するようなものではありませんか。って、ちょっと違うかな。

 

 とにかく、もっと大人の国にしようというのがボクの主張であります。そのためには「エイジング」の価値を理解しなきゃいけません。この言葉はヘタすりゃ「老化」「加齢」などと訳されますが、本来的には「円熟」または「味が出る」ってことを意味しています。腕時計でも、ステンレススチールでなくブロンズをケースやベゼルにして、その経年変化を個性として楽しむモデルがあることをご存じでしょうか。

 

 いずれにしても、ボクのようなオッサンにとって、若い女子団体のユニゾンはとてもじゃないけど聴いていられません。そんな彼女たちによって、どんどん場所を奪われているのが、中高年女性の演歌歌手ではないでしょうか。昔ながらのスローな演歌はどうかと思いますが、彼女たちの歌唱力や表現力はずば抜けており、それを巷に埋もれさせておくのは財産の放棄に等しい。若い娘が人生を嘆いてもちゃんちゃらおかしいけど、過去を悔いる中高年女性は迫力が違いますぜ。

 

 そういうバルバラや金子由香利みたいな歌をね、ボクは聞きたいんだけど、マーケット側の意向として、やはり若い女性がチヤホヤされるわけです。新人の育成はどんな業界も必要なので、それがいけないというわけではありません。ただ、もうちょっとエイジングを楽しむことを覚えて欲しいなぁと、オッサンは愚痴りたくなるのであります。

 

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2017年6月 8日 (木)

たまにはね

 

 最近は「たまにはね」ということが続いています。中でもパーティなんかがあると、飲み過ぎてしまうんだよなぁ。それじゃ「たまにはね」ではないじゃないかと思われるでしょうが、ええ、その通りではあります。

 

 とはいっても、昔のように「浴びる」ほど飲むわけではなく、シャンバンを2~3杯、加えてワインも2~3杯程度ですけど、それがね、翌朝まで後をひいたりするんですよね。肝臓の解毒作用が低下しているか、そもそも酒に弱い体質だったのかは知りませんが、身体全体が熱っぽくなり、深く物事が考えられなくなってしまう。でもまぁ、そういうこともあっていい、「たまにはね」と自己肯定しなきゃ仕方ないではありませんか。

 

 何でまた人間は酒なんぞを発明したのかなと思っていたら、本日の日本経済新聞によれば、人類が発生したのは30万年ほど前のアフリカらしいですよね。恐竜が絶滅したのは6600万年ほど前と言われているので、つい最近のことではありませんか。

 

 ボクの自虐的歴史観を紹介すれば、それからバクテリアが急速に広がるように地球を覆っていったことになります。「生きていて良かった」とか「生きていることは素晴らしい」という人間賛歌的な表現もありますが、どうにもね、人間でない側にとっては、実にまったく迷惑千万な生き物という気がするんだよな。だから、視点をずらして考えるってことも「たまにはね」必要なことなのです。

 

 こんなしょうもないテーマでしょうもない論理展開に呻吟しているのも、実はしなきゃいけないことが立て込んでおり、ブログを書く余裕なんてないのです。それでも、これだけは「たまにはね」と逃げたくない。もしも事前の予告なしですっぽかしてしまったら、おそらく死ぬまで後悔を引きずることになるでしょう。

 

 そんなふうに律儀に自分を決めつけず、ダラダラ、グズグズと生きていきたいなぁ。時間を秒単位、分単位で認識しないで、太陽の位置だけで判断するという生活もいいですよね。そうしたら見える世界も少しは変わってくるような気もします。すいません、まともな結論がないときも「たまにはね」あるということで。。。。

 

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2017年6月 7日 (水)

「人にやさしい会社」が生き残る

 

 本日の日本経済新聞朝刊に、興味深い記事が掲載されておりました。「後追いアップル、看板頼み」「秘密主義、技術に遅れ」というタイトルだけで、分かる人にはすべてが分かるでしょう。

 

 記事を要約すれば、人工知能で音声に反応するスピーカー端末でアマゾンやグーグルに遅れを取っていたアップルが新機種を発売したが、かなりの高額なので、果たしてそれで巻き返せるかということです。

 

 問題はそのバックボーンとなる音声認識ですが、ある調査によれば、廉価なアマゾンと比べてもアップルの精度はかなり低いとされています。それだけなら技術革新を急ぐべきとなりますが、このように後塵を拝した理由は、「アップルの秘密主義」にあるというのがキモなんですよね。

 

 アップルでは開発者の論文発表やイベントなどへの参加を原則として認めていなかったようです。そうなると学会などの研究共同体から隔離されることになり、最先端の情報も入手しにくくなります。ところが、グーグルなどは外部を巻き込む戦略で技術を磨いてきたようです。

 

 これはおそらくスティーブ・ジョブズの性格に起因すると思われるアップルの負の遺産ではないでしょうか。つまり、技術と研究者を「囲い込む」ことで最先端の製品開発を進めてきたのですが、そうした環境を窮屈だとか、限界を感じる人もいるわけです。誰もがジョブズのように並外れた識見や才能を持っているわけではなく、むしろ現代の技術はあまりにも高度化しており、1人だけで完結できるものではなくなっています。であるなら、外部と積極的に交流したほうがブレークスルーのきっかけにもなりますよね。

 

 かつてイギリスの時計産業は一子相伝で高度な技術を秘匿しようとしました。逆にスイスでは早期から特許制度を整備。独自の技術を権利として一定期間保護することを条件に、広く情報開示してきました。どちらが正しい、というより、どちらが勝者となったかは明らかですよね。いくら優秀で独自性の高い技術でも、一子相伝では適切な継承者がいなければ簡単に途絶えてしまう。ところがスイスでは「産業」として継承・発展を続けることができたのです。

 

 というわけで「囲い込み」には限度があります。けれども、それでは技術や研究者の流出を招くと危惧する経営者もいるでしょう。まったくその通りです。だったら、優秀な研究者や技術者が別の会社に転職したくなくなるような会社にすればいい。

 

 技術や発明、発見はどうしたって人間と一体のものですから、その人間が好きになる会社、いつまでもやめたくない会社にすればいいだけのことではありませんか。ボクはこれを「人にやさしい会社」と表現しますが、そんな会社にこそ優秀な人材があつまり、外部と活発に交流しても逃げられることはないと思うのです。

 

 誰でもすぐに分かる、まったく簡単な理屈ですが、これを実現する方法は給与や福利厚生以外に多種多様です。いずれにしても、そうした「居心地の良い」社内風土や環境づくりこそが経営者の本来的な仕事なのに、気づいている人は案外少なくないんですよね。

 

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2017年6月 6日 (火)

国が壊れる時

 

 先週もロシア人の女性歌手、エカテリーナさんのライブに行ってきました。残念ながら、ボクの大好きな『モスクワ郊外の夕べ』は聴けなかったのですが、これはまぁある意味で仕方ないんですよね。

 

 というのも、彼女が言うには、ソ連の頃は毎朝6時くらいからこの歌が流れており、早起きが苦手な彼女は大嫌いだったそうです。だから歌うことがあっても、スローな民謡風でなく、アップテンポのジャズにアレンジしていました。日本なら朝っぱらから「夕焼け小焼けで日が暮れて」を流すのと同じではないですか。『モスクワ郊外の夕べ』は1957年の世界青年学生祭典のコンクールで第1位となったので、その内容はともかく、当時のソ連は官僚国家だったので、皆さんが上層部の意向を「忖度」して朝からせっせと聴くことを強制したのかもしれません。とすれば、今の日本と大して違っていないじゃないですか。

 

 それはともかく、ステージの合間にかわした短い会話で、日本に来た大きな理由が分かったのです。

 

 199112 25日午後7時に行われた記者会見で、ミハイル・ゴルバチョフはソ連邦大統領の辞任を表明。翌26日にはソ連最高会議・共和国会議でソ連の消滅が公式に確認されました。ここから先がボクたち日本人にはとても想像できないところでありまして、国は大混乱に陥るとともに、原始社会のような弱肉強食状態に突入したんじゃないかな。確かに当時はロシアンマフィアの暗躍が噂されましたよね。宝飾の世界でも彼らを意識した超高額品が盛んに作られたことがあります。

 

 そんな状態を彼女は日本語で「すごく怖かった」と表現しました。このためアメリカに逃げた友人や知人もいるらしい。あまり根掘り葉掘り訊ねるのも失礼なので途中でやめましたが、「ああそうか、あの国は壊れたんだよな」と再認識できたのです。

 

 壊れたというより崩れたというほうが近いかもしれませんが、実は似たようなことが1917年に起きています。ロシア革命が勃発すると、貴族や要職に就いていた軍人たちはこぞって各国に亡命。かの横綱・大鵬の父も、樺太に亡命したウクライナ人のコサック騎兵隊将校でした。

 

 歴史は繰り返すというか、因果はめぐるというべきか、およそ70年を経過して同じような社会の激変が起きたわけですね。日本も2度にわたって原爆を落とされ、太平洋戦争に敗北しましたが、少なくとも本土にいる限りは国を捨てなきゃいけない状況にはなかったと思います。

 

 どちらにしても遠い昔に遠い国のことですから、ボクが勝手に想像しているだけのことですが、こういう話を身近で聞けるのは刺激になりますよね。

 

 でもさぁ、そういうことをボクなんかより現実的に考えるのが政治家の役割じゃないですか。そのために外遊するというならどんどん行くのを許しますが、東京にいても聞く気さえあればこれくらいの話は聞けるんだけどなぁ。

 とにかく国を壊してはいかんのですよ、絶対に。そのしわ寄せは必ず弱い者から及んでいくことになるからです。

 

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2017年6月 2日 (金)

しなきゃいけないこと

 

 世の中には「しなきゃいけないこと」と「やりたいこと」の2種類があります。厳密には「してもしなくてもいい」、つまりどうでもいいことも少なくないのですが、大きく見れば「しなきゃいけないこと」が圧倒的に多いんじゃないかな。学校の勉強も会社の仕事も、「しなきゃいけないこと」の仲間ですからね。

 

 ボクは初めて正社員として就職する段階で、スーツという窮屈な服装を強いられるのが死ぬほどイヤでした。何しろ親父は旋盤工で、作業服以外の格好を見たことはほとんどありませんからね。かといって自分が親父ほど器用だとは思えず、当時は機械化全盛で職人技がどんどん過去のものになっていたので、そっちの方向が将来性ありとも思えない。

 

 そんな時に「雑誌編集」という仕事があることを教えられ、これならアルバイトも多く、カジュアルな格好でも叱られないかなと見当をつけたのです。とはいえ、就職活動ではやはりスーツが不可欠。でね、仕方なく某月賦百貨店でグレーのスーツを買ったわけですな。

 

 首尾良く会社には潜り込めたものの、それまで下駄を履いていた人間に、スーツと革靴は辛いのです。このため、せっかく買ったのに扱いが粗雑となり、じきにズボンに大きなカギ裂きを作ってしまいました。どうやって補修しても、見た人に絶対にバレますから、即座にゴミ箱へ。その時からボクは今で言うジャケパン、正確にはジャケットとジーンズが常態となったのです。

 

 ただ、時には偉い人も取材するので特別に「スーツ着用」指令が出たりします。この時にね、何とか回避できないものかと煩悶を続けてきました。

 

 さて、あなたは、こうした「しなきゃいけないこと」に、どのように立ち向かっていますか。素直に従うというのがおとなの態度かもしれませんが、ボクはどうにも承服できなかったのです。スーツどころではない過大な重荷を背負っている人もいるはずですが、そのことを従容として受け入れるとしても限度があるんじゃないかな。

 

 だから、最も有効な手段は、その「しなきゃいけないこと」から逃げることです。会社でパワハラに遭遇したら、行かなきゃいい。家族を負担に感じたら、家出する。ほらね、簡単でしょ。

 

 ただ、こうしたドラスティックな方法は原状復帰が不可能です。その「しなきゃいけないこと」から確かに解放されますが、もう一度何らかの社会に新しく帰属しなければ人間は生きていけません。

 

 このように考えると逃走は、必ずしも優れた方法とはいえなくなってきます。もちろん自殺に至るようなイジメやパワハラは論外なので、直ちに逃走することをオススメします。


 でね、おそらく皆さんはとっくに意識しないでやっているはずですが、「しなきゃけいけないこと」を「やりたいこと」に変えるのが最も合理的で有効な方法だろうとボクは思っています。

 

 原稿が辛いのは、「書かなきゃいけない」からであって、「書きたい」と感じるようにすればいい。スーツも同じことで、「着なきゃいけない」から「着てみたい」に変えればいいのです。

 

 もちろん少々のお金は必要になりますが、みんなに見せたい格好いいスーツを入手すれば、翌日から着てみたくなるじゃないですか。

 

 人生を「生き続けなきゃいけないこと」と考えている限り、定期的に死にたくなります。だったら「生きたい」と感じることを率先して見つければいい。そして、そのことは先生などの他人から教えられることではないのです。あくまでも自分自身で見つけていくしかないわけですね。

 そうした習慣を子供の頃から作っていれば、もっとリッチで魅力的な人間になれたのになぁと、大変に残念に思うのです。

 

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2017年6月 1日 (木)

飲み過ぎじゃね?

 

「権力は腐敗する、絶対的に腐敗する」と言ったのは、イギリスの歴史家、思想家、政治家で、アクトン卿と呼ばれたジョン・エメリク・エドワード・ダルバーグ=アクトン。何てことはウィキペディアに出ていますが、19世紀末、つまり100年以上も前に活躍した人なんですよね。そんな大昔の人が喝破した格言を、21世紀にもなってきっちり地で行く連中がいるというのは、ああ人間って何の進歩もしないのね、と嬉しいやら哀しいやら、激しく絶望的な気分になってきます。旦那も女房も、テレビでチラリと見るだけで吐き気を感じるのはボクだけかなぁ。

 

 さて、本題です。本日は締め切りが2本あるので、そそくさと終えますが、ボクたちはちょっと酒を飲み過ぎていないでしようか。「お前に言われたくはない!」という大合唱が聞こえてきそうですけど、アルコール依存症に近いような気がします。だってさ、何かというと「飲み会」でしょ。

 

 若い人はそれで恋人を作って結婚という、極めて生産的なエンディングに至りますが、オッサンたちはそうじゃないですよね。ひたすらグダグダと飲みまくって、フラフラと帰宅してガァガァと寝てしまう。前夜の記憶なんて1㎜程度しか残っていない。仮に残っていたとしても、それで翌日がどうにかなるような建設的なことなんてあり得ないじゃないですか。

 

 そりゃね、たまにボクだって酔い痴れて、記憶を失うほど飲みたいなと思う時がありますよ。振られた時とかね、って冗談ですけど、この年になったら、酔って忘れられるような艱難辛苦はこの世に存在しないことくらい骨身にしみて分かっております。

 

 にもかかわらず、毎晩に等しい宴会騒ぎってさ、いったい何だろうねと思うわけですよ。特に週末なんて恵比寿は阿鼻叫喚だもんなぁ。

 

 ボクはたまたま酒があまり飲めなくなってしまいました。それまではほとんどウワバミでしたから、こうなると退屈で仕方がない。テレビなんかまるで面白くないですから。それで再発見したのが音楽であります。実はその効用はアルコールに近いんですけど、やがて心の中に日常的に音楽が流れている状態となり、豊かで安寧な気分になるんですよね。そのうちに機械的な再生では満足できなくなり、ナマの音楽やステージを求めてライブハウスなんかに行くようになったのです。

 

 このように書くと贅沢だと思われるかも知れませんが、普通のライブハウスは1人5000円程度。ワイン一杯を加えてもせいぜい6~7000円程度です。皆さん、1週間にこれくらいの金額は飲んでいるんじゃないかな。だから決して過大な消費ではなく、むしろ酒浸りに比べて安いくらいだと思うのです。自宅で一升瓶とかボトル1本を抱きかかえている人には勝てませんけど。

 

 だから、ちょっと飲み過ぎじゃね? と。ほかにも時間の有効な使い方はあるはずです。恋をするとかさ。リアルなストーカーになったら危ないけど、映画の中の女優に本気で惚れたって誰にも迷惑はかかりませんぜ。とにかく、もうちょっと愉快に面白く上機嫌で生きていけないかなぁと、ボクなんかはいつも考えていますけどね。

 

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2017年5月31日 (水)

パスワード

 

 取材をして記事を書くという仕事柄で、そんなにも時代遅れの人間ではないと思い込んでいたのですが、とてもじゃないけど、ついていけないなぁと感じることがひとつだけあります。

 

 決して大げさなことではないのですが、皆さんよくまぁ不便だと感じないものだと感心してしまうんですよね。あ、またクセでタメを作ってしまいましたが、要するにIDなのであります。特にパスワードね。

 

 ボクの個人史の中で初めてパスワードが登場したのは、銀行のATMです。大型コンピュータの分散処理が可能になり、銀行の金銭自動引き出し機が急速に普及。この時にカードとパスワードがセットになりました。4ケタの数字は電話番号の後ろ4ケタと同じですから、覚えておくのに何の負担もありません。

 

 だけどね、それから数十年を経て、デジタル社会が進歩して便利になったかと思いきや、パスワードがどんどんややこしくなっています。6ケタだか8ケタ以上でアルファベットと数字を必ず組み合わせて、しかもアルファベットは大文字と小文字を混在しろ、って、ふざけんなコノヤロー! ですよ。そんなややこしいパスワードが覚えられるはずがない。だからしばしば忘れる、というより最初から覚える気もありませんが、メモなんかをひっくり返してトライするものの、まるでダメ。それで再登録を申請して、eメールを受け取ってやり直しなんてことを何度やったことか。

 

 しかもですよ、「パスワードは定期的に変えることをお勧めします」だってよ。いい加減にしろコノヤローと、夜中にパソコン画面に切れたこともしばしばあります。

 

 あのー、皆さんは不便を感じたことがないのでしょうかねぇ。以前からIT系の文章は日本語とは呼べないと感じてきましたが、このパスワードもボクの概念としては「何とかしろよ!」レベルの大きな問題です。なのに、やはり何年も続いており、改善される気配はまったくありません。ことここに至って、もしかしてボクのほうが時代遅れなのかなぁと。

 

 しかしながら断固として言いますが、こんなバカバカしいことはそろそろやめようよ。要するに個人認証をどうするかってことですよね。だったら何も長くてややこしいパスワードしか方法がないってことはないじゃないですか。

 

 数字とアルファベットの組み合わせがまるで覚えられないのは「客観認証」だからであって、それなら「主観認証」もあり得ますよね。たとえば個人のビッグデータに基づいてAIが判断するわけです。誰かの写真が出てきて「彼女は美人と思いますか?」、カボチャの煮付けが出て来て「この食べ物は好きですか?」と問うわけです。ボクなら前者はYesで、後者はNo。その回答によって「本人様でございますね」とか「お前ニセ者だろう!」とか判定するってのはいかがでしょうか。

 

 こんなシステム、今ならすぐに作れるだろうと思うんですけどね。とにかく、現今の「パスワード地獄」みたいな状況を何とかして欲しいのです。

 

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