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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

日記・コラム・つぶやき

2019年10月21日 (月)

飲酒と外食

 

 つい最近になって気づいたのですが、酒をあまり飲まなくなってから、外食がめっきりと減りました。これって相関関係にあるのでしょうか。

 酒を鯨飲していた頃は、朝メシはほとんど抜きで、昼はたいてい外食。夜も居酒屋またはワインバーだったので、1日に2回は外食を利用していたことになります。ところが今では、松屋の豚丼ですらテイクアウトですからね。店に行って食事が出てくるのを待つこと自体が面倒くさいと感じるのであります。

 かといって自炊が増えたわけでもありません。大酒飲みだった頃は妙なところにこだわるグルメで、タラコのスパゲティに凝ったこともあります。茹でたスパゲティにほぐした生タラコを絡めるだけでなく、それを炒めるというワザも発明しました。あえるだけの調理に比べて、タラコの生臭さとベタベタ感がなくなり、カラリと乾いた味わいを楽しめるんですよね。梅干しも自作を3年くらい続けました。あれは簡単にいえば「梅の塩漬け」ですから、みんなが思うほど難しいものではありません。紫蘇も自分で塩を擦り込み、鮮やかな赤を発色させてから梅と一緒に漬け込んでいました。

 酒をあまり飲まなくなると、そういうことも次第に縁遠くなったので、要するにグルメではなくなったようです。塩や醤油もあまり使わなくなったかな。これはおそらく煙草の影響だと思います。喫煙していた頃は、田中角栄もかくやというくらいしょっぱさを増量しないと味が分からなかったですからね。

 してみると、煙草と酒はやはり怖しい存在というほかありません。それでもたまに煙草が欲しいなと思う時があるので、よくは知りませんが、どちらも覚醒剤並みの依存性があるんじゃないかな。けれども、そうしたニコ中やアル中に近い状態から離脱してみると、ボクだけに限ったことかもしれませんが、どういうわけか美食に興味がなくなったのです。もちろん旨い拙いは感じても、美味を積極的に追求する気構えというか意欲が乏しい。これでは人生、ちっとも面白くないじゃないですか。

 あ、それでナマの音楽が聴けるライブハウスを行きつけにしているのかな。というわけで、酒と煙草をやめたのに貯金はちっとも増えないんだよな。うーん、残念!

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2019年10月18日 (金)

距離感

 

 一人っ子で育ったせいか、子供の頃から悩みのタネだったのが人との「距離感」です。初対面にもかかわらず、平気で他人の肩に腕を置くなんてことができる人がたまにいますが、ボクには絶対にできない仕種です。ある研究によれば、半径50㎝が「排他域」と呼ばれる一般的な限定空間であり、その中に踏み込まれると人は不快と感じるそうです。

 ボクの場合はもっと広くて、半径70㎝くらいかな。前や左右だけでなく、背後でも近いのはイヤなんですよね。お前はゴルゴ13かと言われそうですけど、このためラッシュアワーが若い頃から大嫌い。それが早くから独立した理由のひとつでもあります。

 こうした物理的な距離感だけでなく、心理的な距離感もありますよね。最近は減ったと思いますが、昔は人の名前を呼び捨てにする人が多く、それが親愛の情とも受けられていました。利害が無関係な学生時代の友人や先生はまさにその意味なのですが、社会に出てから姓名の呼び捨てはないだろうとボクは思うんですよね。特に女性は会社で「おーい順子」などと呼ばれたら、「私はあなたの恋人でも奥さんでもありません」と抗議したくなるはずです。

 そんなことに気づかされたのは、初めて入った会社の先輩でした。みんながボクを呼び捨て、あるいは「クン」付けにする中で、その人だけはボクを「さん」付けで呼んでくれたのです。ひと回りも上の年齢なのに、どうしてですかと訊くと「同じ仕事をしているんだから当然じゃないか」とあっさり。それだけでボクは彼のファンになりました。

 ただ、こうした距離感は関係を冷たくしたり、反発を感じさせることもあるので厄介なんですよね。昔から「つかず離れず」とは言うけど、それってどの程度の距離感なのか、今でもボクは分かりません。取材の場合は初対面の人がほとんどであり、敬意を積極的に示して「あなたの味方ですよ」という印象を与える明確な目標があるので、あまり問題を感じたことはありませんが、それでも馴れ馴れしく感じられたら逆効果になってしまいます。不動産や株などの電話セールスでたまにそうしたタイプの人がいますが、誰か注意しないんですかねぇ。特殊詐欺なんかは、むしろ馴れ馴れしい態度が好ましく感じられるポイントになるのかな。

 というわけで、この距離感に日夜悩まされているといっても過言ではないのに、ピラミッド状に権力が積み上げられた組織社会では、上に昇れば昇るほど、そんな葛藤から解放されるようです。部下をセリフ抜きのアゴで使ったりする人がいますからね。会社内だけならまだしも、そういう態度は、役職や地位とは無関係なはずの社会生活にも滲み出てくるんですよね。

 ある事情で、柄にもなく銀座のバーを行きつけにしていたことがありますが、ある常連さんがそんな態度だったのです。何しろ注文する時に「おいっ」ですもんね。オッサンらしいオーバーサイズのグレースーツにネクタイですから、地味すぎて反社会方面の人には見えません。グラスやツマミが運ばれてきたら、黙ってテーブルの所定位置らしいところを指さす。さらに、扉が開いて新しいお客さんが来ると、ママにギョロ目を向けて、「客だぞ」と言うかのようにアゴで示すわけです。もしかして口がないのかなと見てみると、ちゃんと鼻も唇もあるんですけどね。

 もしかしたらオーナー、あるいは出資者かも知れませんが、であればそんな常連面を見せたら客が減ることくらいは分かるはずなので、きっと違うだろうなぁ。言葉抜きのエラそうなジェスチャーだけで指示が理解される関係を、ママとの親愛の証またはディープなコミュニケーションと考えていたのでしょうか。とすると、リアルな意味でママに甘える子供と変わりゃしません。そんなネオテニーな人(ネットで調べてください)が仕事で大成するはずはないので、親から受け継いだ途方もない資産があるのかもしれない。なんてことをあれこれ想像させる人でありました。今もお元気でしょうか。

 えーと、この話に結論がないわけではなく、AI時代が深まれば深まるほど、って秋のことかよと笑われそうな動詞を使っちゃいましたが、人間同士の距離感のみならず、機械と人間との距離感も問われることになると思うのです。機械が作る音声が人間に近ければ近いほどいいとは限らないですよね。すぐにAIだと認知されるような伝達方法の中で、どうやって親近感や安心感、そして信頼関係を構築すべきか。近々にAI心理学という分野が必ず生まれるとボクは予言します。こうした新分野は早い者勝ちですぜと、学者並びに評論家の皆様に言いたいわけですね。

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2019年10月16日 (水)

受容

 

 日本経済新聞の名物コラム『私の履歴書』にIIJの鈴木幸一氏が執筆しています。IIJとはインターネット・イニシアティブ・ジャパンの頭文字で、要するにインターネットプロバイダーのハシリですが、同社が1994年3月に郵政省から事業許可を得た頃は、何のことやらよく分からんという人が大多数だったんじゃないかな。

 ボクは1996年に日経BP社から『学んで! 遊んで! 役に立つ! インターネットキャンパス 欧米100大学ホームページ徹底活用法』という単行本を出したので、もちろんIIJの名前は知っていました。プロバイダーに接続しなければウェブサイトが開かないですから。これはNTTを上回る通信インフラに成長するというオボロゲな予感はあったのですが、『私の履歴書』によると想像以上にイバラの道だったようです。可能性や将来性は理解されても、いざ出資を募ると尻込みされてカネが集まらない。会社の運転資金もギリギリでカツカツの低空飛行を続けた後に、晴れて郵政省から「ゴーサイン」が出たのですが、それでも「インターネットは面白いが、なかなかカネにならない技術ですね」と嘲笑されたそうです。「いや、近いうちに御社のシステムもネット上で動く日々が来ます」と言い返すと「そんなの夢物語ですよ。もしそれが現実になったら、銀座を素っ裸で逆立ちして歩きます」と豪語されたというから、呆れるほどの頑迷さなんですよね。そのくせ、今になってもボクは裸で銀座を逆立ちして歩く人を見たことがありません。

 先進的な技術に対する無理解は、ボク自身も体験しました。前述の自著には「インターネットで学位や単位を取る」という章を設けたのですが、「そんなのウソだろ」「あり得ないよ」とまるで信用されなかったのです。ボクは学者でも研究者でもない単なるライターですから、そもそも権威がない。権威がなければ、どんなに新しいことを言っても発見しても、世間は眉唾として捉えてしまうようです。だったらミエミエの詐欺にどうして引っかかるんだよ!

  正直言えば、ボク自身も「ホントかな」と何度も調べ直したくらいですが、現在ではネット経由の通信教育や授業の配信なんて常識になっております。小さな声で謙虚に心の中で「ざまぁみろ」でございます。

 それだけなら個人的な恨み言になってしまいますが、本日の連載では「ネット草創期の90年代以前は、閲覧ソフトや米ヤフーの検索エンジンなど、ネットをめぐる戦略的な技術が次々に登場し、その中からデファクトスタンダード(事実上の標準)が生まれた時期だ。ここで開いた差は簡単には取り戻せなかった。(中略)我が社にとっても日本全体にとっても大きな損失だったと思う」と結ばれています。

 何しろ25年近くも前のことなので、この頃に財務や投資関係を牛耳っていた要職者のほとんどは引退または泉下の人になっており、その責任を問うことができません。かくて、この分野は今もアメリカの後塵を拝しています。こうした頑迷な保守性は少しでも変わったんでしょうかねぇ。

 

 内田樹氏は、そうしたメンタリティを、世界のどこかに中心を求めてやまない辺境の民の特性と位置づけています(『日本辺境論』新潮社)。でもね、それってあまりにもキレイ過ぎる解釈じゃないかなぁ。あくまでも憶測ですが、IIJの鈴木氏にとっては「臆病者の集団」に見えたのではないでしょうか、ボクもちょっと前に書いたように「2番手主義者」ばかりの国に見えます。とにかくね、変化を病的に怖れるんだよな。そのかわりに、これは新しいとお上からお墨付きをいただいた物事には競って飛びつく。だから本当に革新的なことには興味を示しつつも、後ずさりして距離を置くわけです。

 ボクが若い頃に、チーズたっぷりの本格的ピザが日本に上陸しました。それまで日本人が食べたことのない料理です。名古屋の繁華街に専門店ができて話題になっていたので、ボクも試してみようと出かけました。すると店舗の外はまさに黒山の人だかり。これではかなり待たされるだろうと店内を覗いてみれば、何と客はまばらでガラガラではありませんか。黒山の人だかりは、ウィンドーに顔をくっつけるようにしてピザを食べている様子を見ていただけなのです。興味があるなら率先して食えばいいのに、それはやらないんだよな。誰かが食べた感想を丹念にチェックし、やがて本格的に普及し始める頃になって、いかにも自分が先駆けて食べたような顔をする。

 こうした卑怯な態度はピザだけじゃないですよね。最初は怒りにも似た感情を持ちましたが、近年は刀折れ矢が尽きたというのか、「死の受容プロセス」の第5段階に達しております。これはエリザベス・キューブラー=ロスという精神科医の分析によるもので、人間はガンなどによる死の告知を受けると、「否認」「怒り」「取り引き(神仏などにすがる)」「抑うつ」を経て「受容」に至るそうです。

 どうしようもできないことであれば受け入れるほかないので、ボクはそんなプロセス=葛藤の分析に意味があるとは思えません。最終段階となる「受容」が、果たして両腕を広げて迎え入れるようなものなのか、あるいは勝手にしやがれとふて腐れた諦念なのかが大問題なんじゃないかなぁ。ちなみに、日本の臆病な保守性に対するボクの感想は後者です。ああ、またしても愚痴を言ってしまいました。こんな後ろ向きは自分でも愉快ではないので、今後は愚痴めいた結論を厳禁といたします。ちょっとずつにしても、外圧やIIJなどの先駆者、それに孫さんたちのタイムマシンビジネスのおかげにしても、日本は遅ればせながら変わってきました。それを是としなければ、絶望という小道に入り込んでしまいますからね。

 この絶望を回避することが「受容」の大きなポイントだと思うのですが、それってキューブラー女史の理論に含まれているのでしょうか。

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2019年10月11日 (金)

LGBT

 

 アメリカは歴史的に若く、トランプ大統領がどんなに排斥しようが、移民で始まった国です。そのせいか、何事も極端な方向に突っ走る傾向が目立つんですよね。古くは禁酒法かな。イスラム圏以外で、酒を飲むなという法律を制定した国なんて、ボクはアメリカ以外に知りません。やめろといっても飲んでしまうのが人のサガってものですから、むしろ反社会勢力を肥え太らせる結果になってしまいました。アル・カポネも、そのおかげで大ボスにのし上がりました。何しろ違法ですから税金を納める必要はなく、代わりに警察官などに賄賂が飛び交ったというのですから、ロクなことはありません。

 続いて、第2次世界大戦直後のマッカーシー旋風。赤狩りといわれたように、共産主義に対する病的な恐怖が生み出した妄想が背景となっています。密告を大歓迎したことから、人間関係はボロボロ。共産主義者ではないけど、むやみな赤狩りに反対したハリウッド・テンと呼ばれる良識人が投獄されたりしました。

 悪いことばかりではなく、1960年代に活発化した公民権運動は、ちょいと遅すぎではありますが、それまでの苛烈な黒人差別に対する反動です。ちなみに、ビリー・ホリディが白人によって木に吊された黒人の死体を『奇妙な果実』と歌ったのは1939年でした。

 こうした流れの中で、近年になって顕著なのがLGBTです。これはレスビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの略で、性的少数者に対する偏見の解消を意味します。ブロードウェイのミュージカルでは、ドラァグクイーンと呼ばれるニューハーフがド派手なシューズづくりで倒産寸前の靴工場を復活させる『キンキーブーツ』を2012年に初演。トニー賞が授与されてロングランとなるだけでなく、今では日本版も上演されています。

 テレビでも、以前に少し紹介したアメリカのテレビドラマ『9-1-1:LA救命最前線』なんてLGBTが満載なんですよね。たとえば長年連れ添った黒人夫婦の旦那が突如としてゲイであることを告白。だったら2人の子供はどうやって作ったのか不思議ですけど、後に彼は恋人を家族に紹介したりするんだよな。もちろん同性で黒人です。一方の奥さんは警察官でありまして、失意の中で泥棒を捕まえたりしているうちに、消防隊の隊長と恋仲になります。この隊長が白人なんですよね。

 ちょっと前なら、黒人と白人の異性が愛し合う映画やドラマは、その設定だけで大騒ぎになったと思うのですが、「ダイバーシティ=多様性重視」となった今ではむしろ積極的に取り上げるのがトレンドになっているようです。この消防隊では黒人女性も隊員として活躍しますが、彼女はレスビアンでありまして、かつて白人女性と同棲。この白人女性がタチの悪いアバズレで、刑期を終えた出所後も彼女につきまとったりするわけです。それを振り切って「妻」にしたのが黒人女性で、養子までいます。

 付け加えれば、前述した消防隊長はかつてアルコール中毒。それが直接的な原因ではないにしても、火災を見逃して妻子を含めた多数の人たちを焼死させた悲惨な過去があります。そんな隊長が警察官の黒人女性と結婚して、いきなり2人の黒人の子持ちですもんね。彼が心底から優しい男というのは分かるけど、実際問題としてやっていけるかなぁとボクなんかは心配してしまいます。

 ここまで紹介するだけで、黒人白人といちいち書き分けるのが面倒くさくなってきました。そういえば若い消防隊員が惚れ込んだ911=緊急通報のオペレーターの女性は結構な年上ですから、この番組は要するに「何でもあり」。ボクはそうした設定があまりにもあざとく感じられて、今では見ていません。シナリオが世間受けを狙い過ぎており、ドラマとして素直に感動できないんですよね。

 日本でもボーイズラブが流行したかと思えば、近頃は映画『おっさんずラブ』が話題になっているので、「怖い物見たさ」という好奇心が背景にあるとしても、偏見をなくすこと自体は大変に結構なことです。ただね、政治的主張や思想だけで優れた芸術は生まれないんですよね。

 かつてプロレタリア文学というジャンルがありました。寡聞ながら、時代の錬磨を経て生き残った作品がどれだけあるでしょうか。ボクが記憶しているのは小林多喜二と濱口国雄の詩『便所掃除』ですが、後者はプロレタリア文学として位置づけられてはいないようです。国鉄詩人連盟第5回国鉄詩人賞を受賞していますけどね。
 プンプンと匂ってくるほどのリアリティと笑いと、そして涙を誘う大傑作だとボクは信ずるので、是非一読をオススメします。

 やっばね、ライター稼業を続けてきて分かるのは、理屈だけで練り上げた文章なんて通じないのです。いきどころのない、けれども熱くて冷たい感性のカタマリに悪戦苦闘して言葉を与え、それをノミで削るように造形していくことが表現という仕事の本来なんですよね。

 にもかかわらず、現代は言葉がちょっと軽すぎるのではないか。というのが実は本稿の趣旨です。間違いなくネットの影響だと思いますが、人の耳目を惹くための派手な形容詞がギラギラの満艦飾。たまにウルセーなぁと叫びたくなるほどです。
 現代人は昔に比べて鈍感になったのでしょうか。『ロウソクの科学』もたちまち売り切れなんて、アホかと思うんですけどね。

 

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2019年10月10日 (木)

ノーベル賞

 

 今年のノーベル化学賞に、リチウムイオン電池を開発した西野彰氏が選出されました。何だかんだ言っても日本人は凄いなぁと素直に感心すると同時に、自分の卑小さを痛感してしまいます。

 ボクは化学者でも物理学者でも経済学者でも文学者でもなく、平和活動家でも政治家でもないので、ノーベル賞なんてそもそも縁遠いところにいるはずなのに、不遜ながらも、つい我が身と引き比べてしまうんだよなぁ。

 若い頃はそんなふうに感じたことは一度もなかったんですよ。羨ましいとか悔しいといった個人的情緒を持てるレベルの話じゃないですからね。未来という甘味な輝きを放つ時間が多く残されていたからかな。いずれ何かいいことがきっとあるんじゃないか、という若者らしい楽観が大きな理由だったようにも思います。

 今でも政府がくれる勲章なんか欲しいと思ったことはありませんが、ノーベル賞は人類に貢献する発明や活動が対象です。かねてからのボクの持論「人間は何かを為すために生まれてきた」ということを客観的に証明する世界的な賞にほかならないので、そこからはるかに隔絶していることを自覚するのは、ちょいと辛いのであります。残された時間はどんどん少なくなっていくのに、「お前はいったい何を為したかのか」と責められているような気がするんですよね。

 ボクが浅学非才の凡人であることは随分前から分かっていたんですよ。もとより持って生まれた天分や能力が違うんですから、ボクごときの人生のどこをどういじったところで、ノーベル賞に至る道筋なんて見つかりません。だったら、そのかわりに何を為すべきか。ここのところで、アイデンティティ・クライシスに陥ってしまうのです。

 やっぱね、人生の目標を「気楽に暮らす」に変えておけば良かったかなぁ。中高年になって「人間は何かを為すために生まれてきた」なんてさ、あまりにも高邁過ぎるし、何よりも遅過ぎるじゃないですか。

 それで思い出したのが、過日にインタビューさせていただいた超有名なミュージシャンの言葉です。「納得できない気持ちを無理矢理に片付けてしまうのでなく、そのまま持ち続けていいんじゃないかと思う」。ボクより年長で、音楽業界では世界的に知られた人でも、そんなふうに感じているんだと、ちょっと驚きました。

 それがやがて自分を変えていく秘かな原動力になるとしたら、羨望や失意、劣等感や屈辱感もまた素直に受け入れたほうがいい。とすれば「ネガティブな感情は人生のスパイス」(ボクのオリジナルなので無断使用を禁じます)じゃないか。早い話がコショウや七味や唐辛子にラー油みたいなものといっていい。むやみに前向きで落ち込むことを許さないポジティブシンキング信奉者に、謹んでこの言葉を捧げたいと思います。

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2019年10月 9日 (水)

2番手主義

 カルロス・ゴーンが最高執行責任者として日産自動車に入社したのは1999年3月でした。2000年には取締役となり、最高経営責任者にのぼりつめたのは2001年。この頃の彼に対する評価は、情け容赦のない「コストカッター」という批判的な見方がなくもなかったのですが、むしろ「ゴーン流」という言い方で歓迎する意見のほうが大勢のように感じられました。

 当時の日産自動車は2兆円の有利子負債を抱えて破綻寸前でしたから、業績が回復できるなら悪魔とだって契約したかもしれません。それが今では誇張や比喩でなくなりそうですけど、それ以前に、これほどの経営危機をもたらした原因や責任を追及する議論があったのでしょうか。ボクには、女性スキャンダルで失脚した労働組合委員長の権勢にすべてを押しつけて終わったように見えてなりません。彼は「労働貴族」とも呼ばれたように、自家用ヨットを保有し、銀座で毎夜のごとく豪遊していたとマスコミは喧伝。経営にも支配力を及ぼしたといわれています。でもさ、それってホントかなぁ。

 そもそも労働組合の委員長を途方もない権力者にしてしまった周囲の責任はどうよと、ボクなんかは思うわけです。詳しく調べたわけではないので、あくまでも憶測に過ぎませんが、この「労働貴族」がすべての役職から身を退いたのは1986年。その後も負債を解消することはできず、結局は2兆円にまで膨らんだのですから、どう考えても経営陣が無能だったとしか思えません。

 ついにはフランスのルノーと資本提携を結び、意気揚々と乗り込んできたのがゴーンだったのです。彼は大規模なリストラ、要するにクビ切りを実施。工場の閉鎖だけでなく、多くの下請けを切り捨て、余剰資産もバンバン売り飛ばしました。おかげでバランスシートの数字は劇的にV字回復したとされていますが、そんなことはゴーンでなくてもできたことではありませんか。2万人以上に及ぶ従業員の解雇は大変な決断だと思います。けれども、日本は社会主義でも共産主義でもなく、資本主義である限りは株主が最有力なステークホルダーじゃないですか。会社を潰して株式を紙切れにしないために、泣く泣く社員に辞めてもらうなんてことは、規模の大小を問わず、どこにだってあることです。問題なのは、生え抜きの経営幹部がその重大な責務を誰も引き受けなかったということじゃないかな。

 だからこそ「労働貴族」のせいにして、固定費=人件費の削減を先延ばしにしてきたようにボクは思えます。それも限界となった時に、黒船に乗ってゴーンがやってきた。「従業員を解雇しなさい」「あの工場は不採算だから閉鎖」「こんな事業を日産がやる費用はない」という苛烈な指示に、「はいはいごもっとも」と嬉々として経営幹部が従ったように、繰り返すようですが、何の根拠もなく、ボクには想像できてしまうのです。

 早い話が、悪魔を追い出して白馬の騎士と手を組んだかと思ったら、こいつも裏で私腹を肥やす悪魔だったと告発されたわけです。でもさ、それなら日本人の経営幹部はいったい何をしていたのでしょうか。側近といわれる連中が罪に問われることはないのかな。それ以前に、リストラという大ナタを振るうのを怖がって逃げ回っていたのは誰だったのか。

 2番手主義という言葉があります。あれ? ボクの造語だったかな。たとえばマラソンなどでトップを走れば、風圧を一身に受けるだけでなく、路面など環境変化の影響をいち早く受けることになります。ところが、2番手ならそうしたリスクを回避できるので、最後に1番手を追い抜けばいい。どことは言いませんが、スターバックスと似たようなコーヒーチェーン店と同じです。何もかもゼロから始めたスターバックスと同じことをやればいいんだから、開発投資は比較になりません。だけどね、それってパクリと呼びませんか。

 ちょっと話が飛んじゃいましたが、日本の組織社会では、このような2番手主義者が目立つんですよね。現代では「リスクを取らない」と言い換えられたりしますが、とにかく一歩退いて様子を窺うのが賢い生き方とされているようです。大政翼賛会の頃には「勝ち馬に乗る」という言葉も生まれましたけどね。生き延びるためには効果的な方法だろうけど、そんなことでは新しいモノは何も生まれず、イノベーションにもほど遠いですよね。そうした姿勢が逆に「労働貴族」をどんどん増長させ、ゴーンを果てしなく君臨させたのです。頃合いを見計らって後ろからグサリ、ってひどい比喩だけど、ボクがゴーンなら間違いなくそう感じたでしょう。

 ナチスは強権や暴力で政権を掌握したわけではありません。民主的な選挙を経て台頭しました。彼がオープンカーに乗ってパレードする映像を見たことがありますが、驚くほど多くの国民が歓呼して迎えています。

 民主社会では独裁なんて簡単には実現できないはずです。にもかかわらず、ドンやボスと呼ばれる連中があちこちにいて、電力会社や政治家に賄賂を贈ったりする。こうした独裁者は2番手主義者にとって大変に好都合なんですよね。新しいアイデアや政策の実現といった困難なことを押しつけられるだけでなく、数多の批判や失敗の責任はひとえに彼のせいにする一方で、成功の果実はみんなで分け合う。

 そりゃね、誰だって自分が可愛いですから、リスクを負うのは避けたい。けれども、みんながそうした姿勢では、何も変えることはできず、ひたすらジリ貧になっていくだけです。人口増加という追い風によって、パクリが得意な日本がイケイケだったのは大昔の話で、現代は独創性がカネを生み出します。特にウェブ社会では2番手以下は存在しないのと同じ。それがGAFAですよね。

 なのに、いつまでも2番手主義でいいんですかね。もしもホントに自由を希求するのであれば、1番手にならなきゃいけない。少なくとも、トップを走るランナーが直面する様々なリスクを本気で引き受けようとしない限りは、キミは奴隷のままだと思うぞ。

 

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2019年10月 8日 (火)

生きているのはお前たちだけじゃない!

 

 すいません。あまり不愉快なことは書かないようにしてきましたが、今回だけはその禁を破ります。

 昨日は例によって浅草でジャズのライヴを楽しんだ後に、田原町から銀座線に乗車。日比谷線に乗り換えるために、銀座で下車してエスカレーターに向かった時のことです。

 エスカレーターの前に階段があり、ボクが乗ってきた銀座線の扉を目指して数人がドヤドヤとけたたましく降りてきました。そのうちの1人が、ボクにぶつかってきたのであります。このブログで何度も紹介しているように、ボクは杖をついております。そのアタックによって、もうちょっとで杖を手放しそうになっただけでなく、転倒しかけたわけですね。その先には、銀座線の車両があるので、ごく簡単にいえば、もうちょっとで死ぬところだったのです。

 お前なんか死ねばいいと思う人もきっといるでしょうが、地下鉄の電車事故なんてまっぴらゴメンです。にもかかわらず、加害者はとっとと電車の中ですもんね、それで猛烈に腹がたち、「こちらは杖をついているんだぞバカヤロー!」と大声で言ってしまいました。加害者はすでに電車の中にいたのですが、ボクを見ているだけ。そこで「謝ったらどうだ」と畳みかけたのですが、何の反応もありません。

 死にかけたといっても、からくも元気な右脚で支えたおかげで具体的な被害はないので、それ以上は何も言わずに済ませましたが、謝る気持ちはないのでしょうかねぇ。知人に言ったら「相手が逆ギレしなくて良かったですね」だってさ。確かにね、「何だとコノヤロー!」と向かってこられたら、ボクに勝ち目はほとんどありません。

 怒るのもTPOを踏まえて、相手をよく見ておく、というのがつまらない教訓ですけど、その前にさ、周囲に注意しろよ。生きているのはお前たちだけじゃないんだぞ。

 

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2019年10月 7日 (月)

重力との戦い

 

 この年齢でニキビはあり得ないはずですが、唇の右下側に虫に噛まれたような痒みを知覚。ポリポリと軽く掻いているうちに、何だか膨らんできたような気がします。そこで滅多にないことですが、洗面所で鏡を凝視すると、確かに腫れがあります。

 というより、唇の下の膨らみを見て衝撃を受けました。右端は小さなコブのような隆起があるのですが、よくよく見比べてみれば、左端も似たようなものだったからです。

 あまり触りまくると腫れがひどくなるので、敢えてそのまま放置。腫れがひどくなったら取材に行けなくなるという恐怖を感じながらも熟睡し、翌朝チェックしてみると、嬉しいことに膨らみはすっかりひいたようです。しかしですね、唇の下の土手にあたる部分が、左右ともにこんなに盛り上がっていたかなぁと、強い違和感を覚えました。

 もともと鏡で顔を丹念に見ることなんてほとんどないので、変化に気づかなかったらしいのですが、加齢によってハリを失い、たるみ始めた顔の肉を重力が下方に引っ張っているらしい。しかしながら、アゴから喉はオーバーハングの崖になっているため、その手前、つまり唇の直下を最後の砦として、ズリ落ちようとする肉を食い止めているとボクは分析しました。その微妙な膨らみの結果として、唇の両端の下部に、若い頃には断じてなかった小さなシワが出現していたのです。ギョエエエエエエッーー、このまま進行したら薪能の翁の面みたいになっちまうじゃないか!!!!!!!

 以前から重力が肉体に及ぼす影響は気づいていました。中高年と呼ばれる年齢になって、特に大食していないのに、腹部がどうにもだらしなくなってきたと感じ始めたからです。腹が出たわけではないので、簡単に凹ませることができるのに、プルンという感じですぐに元に戻ってしまう。巷間言われる内臓脂肪もあるでしょうが、ある知人からその理由を明解に指摘されました。

「腹筋が弱っているんだよ。だから内臓を抑えることができない。しかも人間は直立しているので、腹のたるみを支えきれず、下方へと引っ張られるわけさ」

 という理屈によって、タレントの山崎邦正みたいな体形が出来上がってしまうのです。かなり強度の希望的観測として、ボクはまだそこまでは行っていないと信じますが、筋力の衰弱によって腹部が地球の重力に対抗できなくなってきたことは間違いありません。腹に貼り付けて電気信号で腹筋を収縮させる例の機械を買おうかなと一瞬は思ったのですが、元水泳部キャプテン(小、中、高校)としては、そんな機械に頼るのは潔くない。かといって今さら腹筋運動なんかするかぁ?

 いずれにしても、見かけの老化の背後に重力が大きく影響していることだけは認識できました。腹だけではなく、顔も例外ではないんですよね。だからといって顔の筋肉を鍛える方法はありません、と書きかけて、口で噛んだブレードをビュンビュン上下振動させる美容器具のことを思い出しました。あれなら何とかなるのかなぁ。それにしても、ちょっと他人には見せたくない姿ですよね。

 いやあ、重力って凄いね。年齢と同じく、人間が戦って勝てる相手とはとても思えません。さりとて無理した若づくりはボク的にはイタく感じられるので、様々な変化を進化のごとく甘んじて受け入れることにしようかな。それもまたエイジングの味わいといえば言えなくもないじゃないですか。シワの1本1本に、2度と経験できない喜怒哀楽の記憶が刻まれているんだぜ、と。

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2019年10月 4日 (金)

高潔

 

 倫理や道徳というのは、いくら教えても身につく人とつかない人がいるんでしょうかねぇ。少なくとも学力や知性、あるいは役職や地位とは、まったく何の関係もないらしい。だぁからさ、日本は人格教育を本気でやらなきゃいかんよと、このブログで口を酸っぱくして、いや、キーボードを叩く指が痛くなるほど主張してきたのです。

 もちろん感電、じゃなかった関電のことであります。

 賄賂と呼ぶにはおこがましいですが、過度な謝礼のようなことは、ボクごとき非才な貧乏ライターでも稀にあります。初めて経験したのは記者職になって2年目くらいかな。取材が終わって退出しようとすると「ちょっと待ってね」と呼び止められ、「これ車代」と封筒が机の上に置かれたのです。まだ紅顔の新人だったので意味が分からず、訝しく感じて封筒の中をチラリと見たら何と万札じゃありませんか。ここで「どうも」と素直にフトコロに入れて帰るか、それとも「これはちょっと」と辞退するか。

 どちらが正しい態度かなんて、学校では教えてくれませんよね。コンプライアンスがうるさくなったのは近年のことなので、ボクの若い頃は会社でも話題になったことがありません。まるでいつものことのように自然に封筒が置かれたので、おそらく貰う奴は貰っていたはずです。それこそ関電の稚拙な釈明のように、受け取りを拒否して相手の気分を害したくないという配慮があったかもしれない。
 いずれにしても、その封筒をどうするかは、現場にいる自分自身が判断するほかありません。こんな実例を紹介するくらいですから、もちろんボクは受け取りませんでした。社会経験の乏しい新人だったので、もしかすると掟破りだったかなと不安になりましたよ。それでもね、取材後に過分な車代を貰うというのは気分が悪い。理屈を超えて、バカにされているように感じられて不快だったのです。ということは、不快にならない人もいるわけですな。

 実際に、後年に似たようなことがあった直後に「遠慮せず貰っておけば良かったのに」と言われたこともあります。関電では万札どころか億のカネを貰っても、記者会見では「法的に問題ない」と居直っておりました。法的に問題があろうがなかろうが、イワレのない大金を外部の人から貰うのは尻が浮き上がるほどの違和感を覚えるはずですが、そうは感じない人が原発を作っていたわけです。副社長か役員か知りませんが、大組織のエライ人で、おそらく立派な学歴をお持ちの方でも、それなりの倫理や道徳を持っているとは限らないという明白な証拠じゃないですか。ついでに言えば、恥の意識もね。「恥知らず」と誹られるのは、ものすごく恥ずかしいことだと認識されていないらしい。

 もっとも、清く正しく高潔であれば人生が明るく楽しくなるかといえば真逆でありまして、むしろ苦しい時があります。清濁併せ呑むというのも、太い大人の要件かもしれない。それでもイヤなことや嫌いなことはどうしてもできません。正義感うんぬんを越えて、生理的にダメ。だから貧乏なんだと言われれば「はいそうです」と秒速で肯定しますが、組織や軍隊のリーダーほどそうしたプリンシプルが必要なんじゃないかなぁ。さもなければ部下の信頼を得られません。昨今はSNSが普及しており、リーダーの資質や悪業なんてすぐにバレる時代だからこそ、尊敬される人格を鍛えておかなきゃいかんでしょう。ボクは人に頼られることも嫌いなので、そもそも論外ですけどね。

 またまた指が痛くなってきたけど、そろそろ本気で幼児期から人格教育をやろうよ。江戸時代じゃあるまいし、「お主もワルじゃのう」みたいなことを大名屋敷の奥でやっている場合じゃないでしょう。しかも今回は、ヘタすりゃ大規模な被害が発生する原発をめぐる収賄なんですぜ。

 かといって、どうしたら高潔な人格を形成できるかボクには分かりません。入試制度をいくら変えたところでダメなことだけは分かりますけどね。新渡戸稲造が1900年にアメリカで刊行した『武士道』は、やはり彼の頭の中で創作されたファンタジーに過ぎなかった。そこから始める必要があるのかもしれません。

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2019年9月27日 (金)

年俸制

 

 社会に出た直後は出版社に在籍していましたが、5年目に思い切ってエイヤっと退職。半年ほどの失業期間を経て、ある週刊誌の創刊に伴う編集スタッフに応募。幸いに採用されたのですが、給与はそれまでの月給制から年俸制となりました。

 その週刊誌は大手新聞社の発行でしたが、編集も含めた制作スタッフは専属の広告代理店が派遣することになっていたらしく、ボクはその1人だったんですよね。いま思えば、いつ廃刊になっても親会社に雇用リスクなどが及ばないように、テンポラリーな体制になっていたのです。誰が考えたか知りませんが、これは実に慧眼というか用意周到、あるいは深謀遠慮であり、イザという時にはトカゲの尻尾にするつもりだったのかな。

 実際に5年ほどしてからイザという時がやってきました。その週刊誌は隔週刊に変更されてしばらく後に休刊となり、もちろん編集部は解散です。本社からやってきた管理職の方々は元の職場に復帰したかといえば、そうはいきません。休刊の責任を取らされる格好で他部門に異動、あるいは子会社や関係会社などに転籍となり、早い話が散り散りでバラバラ。企業組織の非情さを30代初めに間近に見ることになったのです。

 どうもボクの文章は寄り道が多いのですが、本題は年俸のほうです。ボクはまだ20代後半で世間知らずのアホだったので、最初に年俸制と聞かされた時には、瞬間的に1年分の給料をまとめて貰えるのかなぁと考えてしまいました。アタマの中で新車の姿が浮かんでは消えて、そんなものをキャッシュで買ったら後の生活はどうすんだよ、とかね。

 はい。もろちん決められた年俸を12回に分けて毎月支給される制度です。見た目は月給と同じでも、ボーナスという楽しみはありません。けれども、自由で解放されたような気がしたんですよね。いちいち何時間の残業がどーのこーので、今年のボーナスは何か月分でナンボなどと気にする月給制より、はるかにボクの気質にあっていました。金額そのものはケタがいくつも違いますが、基本的にプロ野球選手と同じです。年に一度の契約更改が終われば、後は何も気にせず仕事に打ち込むだけ。どれだけ会社で残業しようが、とっとと帰ろうが、こちらの勝手ですもんね。

 発行サイクルの早い週刊誌であり、ボクはデスクだったので、さすがに自由気ままにも限度はありますが、それまでのサラリーマン生活で感じた束縛感はまったくありません。ボクはホントに偏屈な天の邪鬼なのか、とにかく縛られることが大嫌いでしたから、個人事業主として会社と契約して年俸を決めるというのは、とても素敵な関係に感じられたのです。

 にもかかわらず、それからかなりの歳月を経ても、年俸制があまり普及していないのはなぜなのでしょうか。「ナレッジワーカー」や「自己責任」あるいは「働き改革」と言うなら、年俸制にするのが最も早道だと思うんだけどなぁ。月給制にしても、年間の経営計画の中に人件費の総額は織り込まれているはずですから、実質的に年俸と大きな違いはないはずなんですけどね。それでも年俸といえば反対する人が少なくないようです。タイムカードがあれば、労働基準法に基づく従業者の勤務時間を守れるかといえば、そんなはずありません。隠れ残業などの過重労働で自殺する人が絶えないじゃないですか。

 だぁからさ、一昨日に紹介したナレッジマネジメントを本気でやろうとするなら、社員をプロ野球選手のような待遇にするほかないと思うのです。個人事業主としての年俸契約。変化の早いIT時代の経営は、それによる雇用の機動性が不可欠だと思うんだけどな。さらに、最も大切なのは従業者の自発性・自主性・主体性を促すということではないでしょうか。

 こんなことはおそらく誰だって気づいていることなのに、ちっとも変わらないんだよなぁ。ホントに不思議な国だとつくづく呆れてしまいます。

 

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