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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

映画・テレビ

2018年9月12日 (水)

サミーア・アームストロング

 

 大変に長らくお待たせいたしました。前回のオリヴィア・ウィリアムズから約2年ぶりとなる、美人女優シリーズです。

 

 以前から紹介しようと思っていた女優さんなのですが、なかなか名前を調べるヒマがなく、このほどようやく正体が、って化け物じゃないんですけど、分かったんですよね。名前はサミーア・アームストロング。1980年10月生まれ。スペルはSamaire Armstrongなので、サミーラとかサマイヤと表記されることもあるそうです。父親はスコットランド人の武闘家で、ああ、だからアームストロングなんて強そうな苗字なんだぁ、ってホントかよ。ちなみに母親はイタリア人。しかも彼女は何と東京生まれですって。まんざら、ボクたちと無縁な女優さんではないってことですかね。

 

 さて、ボクが彼女に注目したのは、ハンサム男優のサイモン・ベーカー主演のテレビドラマ『メンタリスト』です。第4シーズンのエピソード7で、情報屋のサマーとして登場しました。韓国系の刑事で、無口な堅物のキンブル・チョウが彼女を担当。事件に絡んでいくことになるのですが、その態度がね、ものすごく魅力的だったのです。

 

「なにさ、あんたのために頑張って情報を持ってきたのに」

「お前のやり方は違法なんだ」

「もしそうだとしても、役に立ったのなら、少しは褒めてくれなきゃ」

「分かったよ。ありがとう」

「ダーメ。心が全然こもってないもん。もう1回ね」

 

 こんな会話があったかどうか忘れてしまいましたが、「何さ」と横を向いて拗ねる表情がものすごく可愛いのであります。左右非対称な笑顔で、正統派の美女とはいえないかもしれませんが、カエル口というかアヒル口と呼ぶべきか、上目づかいで何かをおねだりする顔は、古今東西を見渡しても、ボクにはとても魅力的に感じられます。

 

 不良少年上がりで軍隊経験者の真面目人間、チョウも彼女を無視できず、つかず離れず面倒を見ているうちに、やがてベッドを共にするわけですね。けれども、彼女が隠していたクスリを発見。こうなると、刑事である以上は一緒にいるわけにいかない。その別れの時の泣き笑いの表情がね、いま思い出してもぐっと胸がつまるほど可愛いのであります。若い女性が使うカワイーでなくて、可哀想に近い可愛いなんだよね。可哀想たぁ惚れたってことさ、という有名な言葉がありますが、まさにそういう気持ちを渦のように引き起こす顔つきができる女優さんなのです。

 

 サマーを別れたきりで不幸にしたら、シナリオライターはただじゃおかねぇぞと誰かが投書したのか、しばらく後の回で、彼女は再び登場。シニアのカネ持ちと結婚式をするために戻ってきたという設定でした。ところが、例によって昔の仲間の犯罪に巻き込まれ、チョウは彼女にまんまと騙されたと怒ります。でも、やがて冤罪であったことが証明され、そのカネ持ちも無類のお人好しであることも分かって、ハッピーなエンディングに。真っ白なウェディングドレスを着てリムジンに乗り込むサマーに、チョウは言います。

 

「今度こそ幸せにな」

「うん」

 

 そう頷きながらも、サマーは眼の端の涙を拭うんですよね。チョウへの未練もきっとあったでしょう。そういう複雑な女心がとっても分かりやすい。男にそうした印象を与える女なんてウソつきだ演技じゃねぇかと糾弾する人もいるでしょうが、いいじゃないですか、騙されたって。ケチケチすんなよ。

 

 ということをいくら書いても、分からない人は分からないでしょうから、ネットで画像を調べてみてください。ボクは女優さんならイングリッド・バーグマンがこれまでダントツのトップだったのですが、そんな知的な美女よりも、近頃はサミーアのような豊かな表情ができる女優さんが好きになってきました。悲しい時はひいひい大声で泣き、嬉しい時は顔中を明るくして喜ぶ。笑う時には大口を開けてもらったほうが、こちらも楽しいじゃないですか。

 

 ついでに言えば、怒る時も愛嬌がなきゃいけない。はい、その通りでありまして、今の世の中、男女ともに愛嬌がなさ過ぎ。負けないことや自分を守ることに力を入れ過ぎて、つまりは余裕がないってことかな。

 

 顔かたちなんかより、ハンパな知性より、キャリアや立場なんかより、何はなくても人間は愛嬌こそがかけがえのない財産なのだ、ということを教えてくれた女優さんです。

 

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2018年7月17日 (火)

良心の陰で

 

 ちょっと複雑な話なのですが、あなたがモテモテの若きイケメンで、スタイルも抜群で脚も長いとしましょうか。自信満々で世界的なメンズモデルになるためのオーディションに向かったのですが、不幸なことに交通事故に遭遇して死亡してしまいます。けれども、天国でのちょっとしたアクシデントによって、地上に戻って生まれ変わることになりました。

 

 ところが、ですね。生まれ変わったあなたは、ものすごくデブだったとします。たまたま鏡なんかですっかり変わってしまったオノレの姿を見て、「ギョッエー!」と頬に両手をあててムンク(叫び)することから始まる、アメリカのドラマがあるんですよね。

 

 正しくは女性の話なのですが、仮にあなたが俳優だったとして、この役を「キミにぴったりだよ」とオファーされたらどう思いますか。

 

 いくら前々からデブを自覚していたとしても、そんなあからさまな役をオレにふるなんて、嫌がらせの一種じゃねぇかと不愉快に思いますか。それとも逆に、個性を生かせるチャンスだと思うでしょうか。そんな体形にもかかわらず俳優になるくらいですから、むしろ「こんなオレでも主役が張れる」と大喜びするかもしれません。

 

 アメリカのTVドラマ『私はラブ・リーガル』を観るたびに、そんな複雑な心境になります。生まれ変わった主役はデブな体形にくじけることなく、女弁護士として活躍するんですけどね。

 

 彼女の場合は公称で身長165㎝、体重85㎏ですが、同じ身長で体重が181㎏と倍以上の巨体にもかかわらず、そのことに悩む役でレギュラー出演している女優さんもいます。こちらは『This is Us36歳、これから』というTVドラマです。腹違いの三つ子(?)の1人という設定で、子供の頃から過食に悩み、30代になると飛行機に乗る時は2人分の座席を購入しないと座れないほどの肥満体。様々なダイエットや痩身キャンプなどに参加しながら、やはり巨漢の恋人といろいろあるわけですが、何というかなぁ、こんなにもアケスケで遠慮が一切ないキャスティングってありかなと、デリケートな日本人は思ってしまうわけですよ。

 

 デブなことに悩む役柄を、デブな俳優に演じてもらう。「そりゃちょっとあんまりじゃないの、監督」とプロデューサーが突っ込んでもおかしくないと思うんだよな。

 

 ところがアメリカでは、そんなことは平気みたい。もっとも、前述した巨体の女優さんはいろいろなドラマや舞台で活躍しており、そうした多様性を認めるというより、積極的に活用できる文化風土があるからこそ可能なストーリーとキャスティングのようです。

 

 ということはつまり、むしろボクたちのほうこそ、デブやブスに偏見や差別意識を隠し持っており、アンタッチャブルなものにしているのではないかと。子供の頃はともかく、大人になると、過度に肥満な人の前で体形の話題は避けますよね。傷つけまいという良心の発露にほかならないつもりでも、コンプレックスを持つ側はそのことによって他人の差別意識を感じてしまい、もっと傷ついたりする。

 

 日本ではデリケート過ぎる問題なのに、アメリカのテレビドラマはそのまんまで、テーマにふさわしい俳優さんにやらせてしまう。これはもう感性の大逆転というのでしょうか、ボクたちのほうが、彼女彼らを普通の人間として見てはいなかったことに気づかされます。あなたも、きっとそうではありませんか。たまたま体重が普通より重いだけ、たまたま普通よりキレイでないだけで、つまり、それだけのこと。デブやブサイク以外にも、普通ではない人はもっといろいろいるじゃないですか。

 

 何というのかな、気にし過ぎて気にしない素振りが、かえって差別や偏見を深いところに沈めているのかもしれません。難しい問題なので、これは継続して考えていきたいと思います。

 

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2018年6月19日 (火)

ドレスデン(前)

 

 昨日午後2時過ぎにドイツから帰国。到着直後に大阪で死者が出る大きな地震があったと聞きました。搭乗した航空機はインターネットに接続できるのですが、有料なので利用しなかったんですよね。機内でネットを使う必要性は特段になく、ニュースを早く知ったところで、飛行機の中でやれることなんてないという旧世代的なメンタリティもあるのかな。ケチと思う人もいるでしょうが、いま時ネット接続でカネを取ろうという心根のほうがセコいと思いませんか。舗道を歩くときに、誰も通行料なんて支払いません。インターネットもそれと同じではないのかなぁ。インフラは税金で賄うとして、カネがもっと欲しいなら独自の付加サービスを発明しろよ、って思うわけです。

 

 さて、ドレスデンですが、これは明日の話題にするとして、念願の映画『シェイプ・オブ・ウォーター』を観ることができました。以前に海外出張した時にチラリとチェックして、独特の映像世界に興味を持ったのですが、何せ中東の航空会社だったので日本語字幕がなかったんですよね。この映画はセリフを理解しないとダメだろうと勝手に決めて、活劇(古いなぁ)の『ワンダーウーマン』を選びました。これなら英語のセリフも前後関係で理解できますから。

 

 で、『シェイプ・オブ・ウォーター』の感想なのですが、ストーリー自体はそれほどの新味はありません。異質な生物との遭遇譚は宇宙人をはじめとしていろいろあります。ところが、この映画は主人公の女性が決して美人でも若くもないことに特徴があります。むしろ不細工といったほうが適切でしょう。しかも子供の頃のトラウマか何かで、耳は聞こえるのだけど会話はできません。

 

 そんな彼女は、冷戦下のソ連と対抗するための極秘研究所に清掃員として勤務しています。住んでいるのは映画館の上階。ベッドがないのかアイマスクを着けてソファで就寝。毎朝、手を伸ばして目覚ましを止めて起床。卵を3つ茹でてからバスに乗って通勤するという生活です。つまり、掃除のオバサンの男っ気のない退屈な日常が淡々と描かれるのですが、セピアっぽい雰囲気がなかなか良くて、すぐに惹き込まれてしまいます。そんな彼女が、ある時に、研究所に運び込まれた半魚人というのか何というか、エラ呼吸だけでなく肺呼吸もできる異生物と出会い、手話を使いながら交流していきます。しかもプラトニックではない具体的な恋におちてしまうというあたりが、21世紀らしいファンタジーといえるのかな。

 

 けれども、研究所はこの異生物を扱いかねて、生体解剖するらしい。その計画を知って、彼女は海に逃がしてやることを決意します。掃除のオバサンが、何とアメリカ政府を敵に回すわけです。このあたりから映画は大きく動き始めるのですが、異生物への同情が恋心に変わる前後あたりから、このオバサンが魅力的に見えてくるから実に不思議なのです。大きな鼻で不細工であることに変わりはなくても、見え方が違ってくるのかなぁ。昔から「美人は3日で飽きるが、ブスは3日で慣れる」とも言われますが、恋をした女性は誰でも綺麗になれるのだと実感させる映画です。

 

 その脱出計画に協力する隣人の絵描きのオッサンが同性愛者ということもあって、「生物多様性」を読み取ることも可能でしょうが、それは副産物じゃないかな。今でも感想をうまくまとめられないで困っていますが、映画としての完成度はかなり高いと思います。最後にオバサンと異生物が「結ばれる」あたりは蛇足だと思いますが、あれがないと隠された関係性が分からないので、必然性がないわけではありません。

 

 とにかく最初から最後まで不思議な魅力に満ちているのです。アカデミー賞で作品賞、監督賞、作曲賞、美術賞の4冠に輝き、けれども女優賞には縁がなかったのも納得できます。ことさらにヒューマニズムを強調していないことも好感を持てました。日本語にすれば「水の形」となるのかな。そんな雰囲気を楽しむ映画といえるかもしれません。

 

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2018年5月21日 (月)

孤独のショッピング

 

 テレビドラマとしてもシリーズ化されましたが、『孤独のグルメ』という漫画がありました。原作は久住昌之、作画が谷口ジロー。1994年の『月刊PANJA』が初出らしいのですが、ボクは2008年に『SPA!』で復活した読み切りシリーズのほうを愛読していました。

 

 中年のオッサンが1人でランチや晩飯を食べるという、実にまったく単純なストーリーであり、「グルメ」とタイトルされているものの、美味に極端なこだわりはなく、いわゆる3大珍味なんかも出てこなかったと記憶します。とにかく1人で街を歩き、1人で食べ物屋を探して、1人でメシを食いながら、心の中であーだこーだと「独白」する。仮にまずかったとしても、それをむしろ珍しい経験と解釈して、愛想良く「ごちそうさま」と言って勘定を払って立ち去る。

 

 谷口ジローの細い線描による白っぽい画面と痩身の主人公は、そうした心地良い孤独感と絶妙にフィットしていたんですよね。夏の眩しい陽光で白と黒のハイコントラストになった街の光景と似ていて、様々な階調=グラデーションが消し飛んでいる。この透明感に優れた画質が、オッサンが1人でメシを食うという悲哀や貧乏くささを完全に脱色しており、ヘタすりゃオシャレに見えなくもない雰囲気がボクは好きでした。

 

 であるなら、ですね。ぜひ「孤独のショッピング」という漫画かテレビドラマをやって欲しいなぁ。オリジナルは「独白」のおもしろさが魅力でもあったので、たとえば紳士服のバーゲンなんかに行って、うるさくつきまとうオバサンに要望を言いながら「この人のご亭主はどんな仕事をしているのかな。もしも現場仕事なら作業着だからサイズにこだわるなんてことはないだろう。それに比べて、オレたちはどうしてこんな窮屈な格好をしなきゃいけないのか」とかね。

 

 百貨店や専門店、それにアウトレットまで、販売店だけでなく、ジャンルも広げられるので、いろいろ話は続けられるように思うんですけどね。そこにウンチクをちょっとばかり加味するのはもちろんだけど、中高年の寂しさが込められていることが必要になります。

 

 カナダの精神分析学者が命名したらしいですけど、「ミッドライフ・クライシス」=「中年の危機」。そうした心理的な葛藤への共感こそが、『孤独のグルメ』が人気になった本質的な理由だったのかもしれません。であるならば、ボクにもちょっとは書けそうな気がするんだけどなぁ。

 

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2018年4月27日 (金)

チャーチルとダンケルク

 

 スイス取材の往路の飛行機内で、映画『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』を観ました。原題はもっと簡単で、“Darkest Hour”。「最も暗い時間」という意味になるのかな。このタイトルを見た時に、ボクは1967年公開の映画『日本のいちばん長い日』(岡本喜八監督)を思い出しました。玉音放送をめぐる軍事政権内部の抗争を描いた、かなり見応えのある映画なので、連休でヒマならレンタルしてみてください。

 

 さて、『ウィンストン・チャーチル……』ですが、特殊メイクを担当した日本人がアカデミーを受賞したことで大きな話題になりましたよね。映画のデキも感動的なのですが、ボク自身は第2次世界大戦初期のドイツ軍の圧倒的な強さを再認識しました。

 

 1940年5月10日に、ドイツ軍はオランダ、ベルギー、ルクセンブルグに侵攻。5月17日には北フランスまで蹂躙しています。これに立ち向かったフランスとイギリスによる連合軍はまるきり歯が立たず、約35万人の兵士がドーバー海峡ギリギリまで追いつめられました。彼らを救出する作戦「ダイナモ」をテーマにした映画が、昨年に公開された『ダンケルク』です。

 この映画では撤退の現場が描かれていましたが、『ウィンストン・チャーチル……』は、その作戦を指揮したチャーチルの苦悩と政争が中心になっています。エピソードの積み重ねが巧みで、特殊メイクを施されたゲイリー・オールドマンも愛嬌のあるチャーチルを好演。さらに妻役のクリスティン・スコット・トーマスが素晴らしい。国王のジョージ6世を演じたベン・メンデルゾーンも秀逸です。やはりドイツと講和すべきかと苦悩するチャーチルの弱腰を励ます妻に、「私は不愉快でならない」と吃音でドイツ軍への怒りを吐露するジョージ6世。良い映画は脇役も優れているのです。

 

 ダンケルクからの撤退作戦は奇跡的に成功。ドイツとの単独和平条約を画策していたハリファクス子爵の目論見は崩れますが、この時に彼は「チャーチルは言葉を武器にして戦場に送り届けたのだ」と呟きます。まさに、このセリフこそが映画の基本テーマなんですよね。

 

 ただ、それにしても当時のドイツ軍は強かった。ダンケルクから1か月も経たない6月10日にフランス政府はパリを放棄。同月14日にドイツ軍は無血入城しています。

 

 ちなみにドイツは遅ればせで始まった産業革命が急速に進展。20世紀になった頃の鉄鋼生産量は本家のイギリスを抜く規模に成長していました。その当時に作られた世界最大の飛行船ツェッペリン号が、実はドイツの工業力を象徴していたのです。だから第1次世界大戦での惨めな敗北が国民にはどうにも信じられなかった。そこでユダヤ人などによる「背後からのひと突き」が敗因という説が流布するようになり、次の世界大戦の下地となっていったのです。

 

 ヒトラーは、こうした国民感情をうまく煽り立てて政権につくと同時に、徴兵制と再軍備を進めていきました。という話を続けていくとキリがないのでやめますが、たとえばティーガー戦車は前面の装甲の厚さが何と10センチ。敵弾が当たってもはじいてしまいます。この重量57トンにも達する大型戦車を中心にした機甲部隊が、高速でヨーロッパを走り抜けていったわけです。

 

 そんなドイツ軍が、どうして北アフリカやロシアにまで足を伸ばしたのか。それさえしなければ、ヨーロッパの半分くらいは領土として残ったかもしれません。つまり、指導者によって国家はあっという間に滅びてしまう。その一方で、国民の勇気を鼓舞することさえできれば、いかに劣勢であっても暴虐非道な侵略から国を守ることができる。そんなことを感じさせる映画なのであります。

 

 

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2018年4月18日 (水)

静かにしろよ!

 

 地上波のテレビをほとんど見なくなったということを以前にご報告しました。あまりにも子供じみた内容のバラエティが多くて、5分と見ていられないのです。

 

 それでもニュースのついでにチャンネルをそのままにしていると、クイズ番組の宣伝が流されたりしますが、いま時ですね、東京大学や京都大学出身者を知性のシンボルみたいに祭り上げるのはどういうセンスなのかなぁ。単純な知識や情報はネットで検索すれば一発で分かります。にもかかわらず、些末なことを問いかけて「おおお、さすが東大」なんてね、いつ頃の話だよって思うわけですね。

 

 そうした知識はインターネットによってどんどん大衆化されてきたので、もはや囲い込まれた特権ではなくなっています。本が典型的ですが、かつては特定の知識を得るためには代価が必要でした。ところが今ではスマホやパソコンを動かす電気代さえあれば、ネット経由で簡単に入手できます。広辞苑なんてバカデカい辞書を買って本棚に置いてなくても、難しい言葉を瞬時に調べることができますからね。それと同じように、昔は大学に行かなきゃ触れることのできない知識(知識人も含めて)が厳然とありましたが、誰でもその気になればアプローチできるものになりつつあることを、もっとリアルに認識すべきだとボクは思うのです。

 

 つまり、知識の有無なんぞでなく、その知識を使って何をするか、という方向に行かなきゃおかしい。にもかかわらず、相変わらず旧態依然のクイズ番組ばっかりですから、秒速でCSやBSに戻らざるを得ないじゃないですか。

 

 もうひとつ。たまにはテレビのスイッチをオフにしてみてください。ものすごく静かになることを実感できるでしょう。それで分かるように、地上波の民放はとにかくBGMが過剰でうるさい。もっと静かにしろよ。駅のホームでの大音声のアナウンスも海外では聞いたことがありませんが、あれは警告なども含まれているので許すとして、ニュースくらいはBGMなしのシンプルでピュアなスタイルでやってくれないものでしょうか。悔しいけど、そこのところだけはNHKはエラいと言わざるを得ません。民放に比べて圧倒的に静かなのであります。

 

 こんなことをやっていたらテレビ離れが始まるぞ、と以前に予告したことがありますが、実際にネットTVが普及しつつあります。凋落したのはフジテレビだけだと思っている業界人がいるとしたら、あまりにも甘い。速攻で虫歯になるほど甘過ぎですな。出版業界と同じく、放送業界も存続の危機を迎えていると認識すべきでしょう。大昔に似たようなことを指摘すると、「だったら見なきゃいいでしょ」と豪語したテレビ関係者がいました。「だから見ないんだよ」という人が急増している現実を、もうちょっと深刻に受け止めたほうがいいと思うけどなぁ。

 

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2018年2月20日 (火)

『Major Crimes~重大犯罪課』

 

 出てくるのはベテランというより、ジーサンたちといったほうが早い老練の刑事ばかり。サイドストーリーも養子縁組やらゲイ同士の恋愛や別れ話に加えて、離婚がうまくいったから再婚などなど実に面倒くさいことばっかり。

 にもかかわらず、前述したジーサンたちが実にいい味をナチュラルに醸し出しており、一度でも視聴したらやめられなくなる、不思議な魅力を放つアメリカのテレビドラマがあります。

 

 CS放送のFOXでは、『Major Crimes〜重大犯罪課』とタイトルされています。調べてみるとエミー賞も授与された人気番組『クローザー』からのスピンオフドラマとありますが、そこまで熱心にテレビは見ないので、よく知りません。ほかでは見たことがない俳優さんばかりの中で、唯一、面識があるのは、キャプテン=警部であるシャロン・レイダー役のメアリー・マクドネルだけです。1996年公開の映画『インデペンス・デイ』で重傷を負った大統領夫人の役だったと記憶します。1952年生まれなので、彼女もすでに年齢的にはシニアなのですが、曲者揃いのオッサン刑事たちをまとめる女性リーダーをみごとに演じているんですよね。

 

 決して美人とはいえないのですが、時にはチームを叱咤激励して現場に戻したり、捜査の基本を知らない上司との軋轢の中で悩んだり。いわゆる群像劇なので、彼女を主役にした番組ではありませんが、俗世の横車や凶悪な犯罪にへこたれそうになりながらも、くじけずに正義を貫こうとするオッサン並びにオバサンたちの純情が溢れており、こちらまで漏れてくる番組なのであります。

 

 シーズン5では、部下からプロポーズされて、それを素直に喜ぶ彼女が描かれていました。どうひいき目に見ても50代後半以降、どちらも白髪混じりの刑事と警部ですぜ。そんな年配にもかかわらず、「職場では親しくしない」という約束事を決めているらしいのですが、フィアンセの刑事が悪党のクルマから振り落とされて怪我をした時には、さすがに心配と不安を隠さず、いくつになっても変わらない可愛い女心を垣間見せるなど、リアリティがね、ハンパではないのです。

 

 CM中に日本の刑事ドラマをザッピングしたのですが、カメラが固定されていることもあって、ものすごく作り物くさく見えてしまいました。セリフも舞台みたいな大仰な節回しで、カメラに向けて飛ばした目線がね、わざとらしくて仕方ないのです。Kさん、あんたのことだよ。

 

 それに比べて、平均年齢がかなり高いので雰囲気はそれなりに重厚なんだけど、巧まざるユーモアがあり、愛すべきシニアの皆さんが重大事件の解決に奔走する。こういうテレビドラマは、まだ日本では見たことがありません。いいところはどんどん真似すりゃいいのにね。

 

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2018年1月31日 (水)

自己犠牲(後)

 

 昨日の続きですが、新作映画『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』でも、自己犠牲の精神性が発揮される場面がありました。レイアたちの乗った貨物船を逃がすために、副官らしき女性が1人で戦艦に残り、壮絶な最後を遂げます。

 

 このあたりで『ローグ・ワン』がまだ鮮明な印象を残しているボクなんかは、「またかよ」とイヤな予感がしました。これが当たらずとも大違いなのですが、ここからはネタバレになるのでご注意ください。

 

 ある星で洞窟を要塞にして立てこもったレジスタンスを、ハン・ソロの息子ベン・ソロが最高指揮官となった帝国軍が攻撃。物量や兵器力に劣るレジスタンスはじりじりと敗色を強めていき、やがて帝国軍はデス・スターを小型にしたスーパーレーザー砲で、要塞を守る厚い扉を一気に破壊しようとします。

 

 この時に、かつて帝国軍の兵士だったフィンが死を覚悟してレーザー砲に突撃していくのですが、その直前に整備士のローズが操縦する機が体当たりして助けてしまうわけです。確か「レジスタンスの仲間も大切だけど、アンタはもっと大切なんだ」みたいなことを言うんですよね。

 調べてみると彼女はベトナム系の女優さんで、美人揃いのこのシリーズにはあまり似つかわしくない容貌なのですが、それは枝葉末節として、この展開は『ローグ・ワン』の基調をなしていた自己犠牲に対するアンチ・メッセージのような気がするのです。

 

 ネットでは彼女の行動をあまりにも自分勝手じゃないかと批判する人もいるのですが、助けられたフィンは前回『フォースの覚醒』で次世代のジェダイであるレイと一緒に活躍してきた準主役。にもかかわらずカミカゼアタックで死んでもらっては困る、という作劇上の都合もあるでしょうね。でも、やっぱりボクは自分の死を賭した特攻を安易に選ぶべきではないと思ってしまうのです。

 

 その反面で、自分だけが大切で他人を踏みつけても痛痒を感じない人たちには猛烈な義憤を感じます。てめぇらが(たとえばですが)政治家や官僚やカネ持ちとして幸せを追求できるのは、みんなが支える社会があってこそじゃないかと腹が立って仕方ないのです。歴史を遡れば、それこそ太平洋戦争で死を余儀なくされた無数の英霊たちのおかげではありませんか。

 

 人間というのは何か使命を持って生まれてきたはずだと信じるボクは、自己犠牲こそ最も崇高で尊敬すべき行動だと思うからこそ、理不尽な命令や周りの雰囲気などに流されず、慎重に決断していただきたいわけです。

 

 このあたりはぜひNHKのEテレあたりで若者たちに討論してもらいたいのですが、とにかく再度繰り返して指摘しておきますが、自己犠牲は自らの意思でするものであって、何者かに強制されることではありません。だから、仮にみんなが決死の特攻に出撃して、ただ1人だけ居残ることになったとしても、彼を卑怯者などと絶対に糾弾してはいけない。

 

 そんな風土や社会環境やメンタリティがきっちりと確立されているなら、イザという時にボクは喜んで生命を差し出すでしょう。でもさぁ、昨今の日本が、いやかつての日本だって、そんな状況にはほど遠いと判断せざるを得ません。小狡くて意地汚く、すばしこい連中にどうこう言われる筋合いじゃねぇやと、啖呵を切ってやりたくなるんですよね。

 

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2018年1月30日 (火)

自己犠牲(前)

 

 大変に遅ればせながら、映画『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』を観てきました。ついでなので、席を話題のMX4Dにしてみましたが、うーむ、どちらも複雑な印象が残ってしまい、今でもうまく集約できないでいます。

 

 まず3Dの立体映像を超えて、映画を「体感」できるというMX4Dでしたが、まだ未完成というのがボクの率直な感想です。映画に合わせて席がガタガタと揺れたり傾いたりするだけでなく、風が吹いて霧やら水しぶきまで飛んでくるのですが、逆に映画に集中できないんですよね。年齢のせいもあるかもしれませんが、立体映像だけのほうがいいんじゃないかと。特に背中のあたりを後の席から蹴られるような刺激は不要というほかありません。

 

 それ以前に、たとえばラヴロマンスで席がドカドカ揺れるようなシーンはそれほどないはずですから、この仕掛けを最初から前提とした映画でなければメリットが生きないと思います。ということで、どちらも発展途上なので、今後の技術革新と専用の映画づくりに期待して批判は避けますが、映画が遊園地のアトラクションみたいになっていいのかなぁと考え込んでしまいました。

 もともと映画は言葉だけの文学などに対して、音楽や動きも伴った映像による「総合芸術」とされています。それでも鑑賞者が様々なイマジネーションを追加することで、それぞれの作品世界が完成するんじゃないかな。ドカドカやゴトゴトやビューっと吹く風をわざわざ再現するのは、むしろそうした想像性を奪うことにならないでしょうか。宇宙船が衝突したり、破壊されるなら、座席が揺れ動くどころの騒ぎではないはずなので、こりゃもう鑑賞者がアタマの中で想像したほうが衝撃は大きいに違いないということです。MX4Dはそれを矮小化するだけじゃないかなと。

 

 こういう批判は3D=立体映像の時もあったと思うので、あくまで個人的な感想と注釈しておきますが、ボクにとって当分の間は利用しないだろうなぁという仕組みです。

 

 映画のほうも感想がなかなか複雑で、初期の頃に比べて作風が大きく変わったような印象を受けました。ここからは一部ネタバレも含むので、予め注意しておきます。

 

 この感想は、昨年に観た『スター・ウォーズ/ローグ・ワン』の影響が大きいかもしれません。1977年(!)に公開された『スター・ウォーズ』の第1回にまつわるサイドストーリーとして製作された映画です。怖ろしい威力を持つ兵器を備えたデススターをルーク・スカイウォーカーたちが破壊するのが本編のラストでしたが、『ローグ・ワン』ではその攻撃目標が明示された設計図のデータを入手して、レジスタンスに送信するまでのエピソードが描かれています。

 

 これがまた、全編にわたって「自己犠牲」の連続なんですよね。凶悪で強大な帝国軍が相手であり、ジェダイも出てこないので当然といえば仕方ないのでありますが、ぶっちゃけて言えば、主要な登場人物はみんな死んでしまいます。それもこれもすべて、ピンポイントのアタックでデススターを自爆させられる設計図の入手が目的です。その大任を果たした主役の男女2人ですら、最後の大爆発に巻き込まれることで死を予感させるエンディングなんですよね。アメリカ人って、そんなメンタリティだったっけと面食らうようなストーリー展開なのです。

 

 いえね、戦争であれ日常生活であれ、多かれ少なかれ、人生は自己犠牲を伴うものだとボクは思います。部下を親身になって指導することも、子育てだって、軽度の自己犠牲と言えなくもありませんからね。さらに、たとえば悪質なテロリストにハイジャックされた航空機が大都市を目指して飛んできて、どうしても阻止できないとなれば、大統領が空軍に当該航空機の破壊命令を出しても仕方ないという側面はあります。目標とされる大都市に墜落すれば、かつての9.11と同じく何千人にも及ぶ死者や被害者が発生すると想定できるからです。

 

 生命はそうした「数」とは比較できないとはいっても、死亡や被害を金銭以外で保障できないように、たとえば航空機の乗員200人の犠牲で数千人を救うのは妥当な判断となるかもしれません。

 そんな局面はおそらく戦場では普通にあることで、1つの作戦が成功した背後には自己犠牲が必ず隠されているといっても過言ではないでしょう。問題は、それが自発的な行動なのかどうかってことです。太平洋戦争で日本軍は、Suicide Attack=自殺攻撃を組織的に指揮しました。出撃したら帰還しないことが鉄則の特攻は、軍略では「外道の作戦」とされていることを指揮官も承知していたのですが、日本を守るためには仕方ないとなったわけです。

 

 その是非は別に置くとして、そうした歴史を直近に知るボクとしては、映画とはいえ「自己犠牲」の連続にちょっと辟易としてしまうんですよね。もちろん、その分だけ印象深い映画なのです。伝送装置を起動させるために、ジェダイでもないのに「フォースは我とともにあり」と何度も唱えながら激しい銃撃の嵐の中を決然と歩いて行く盲目の戦士には涙すら誘われました。このため、シリーズ中の最高傑作と評価する人もいます。

 

 でもね、こうした自己犠牲や愛国心なんてものは決して強いられるものではないはずです。ところが、太平洋戦争の頃の世論や雰囲気は、国のために死んであたりまえ、それができなければ卑怯な非国民として扱われました。だから出征時には本音を隠して「死んでこい」なんて言いながら息子や学生たちを送り出したわけです。本来は自発的であるべき自己犠牲と、そうした全体主義は、紙一重程度の違いしかありません。ちょっと時代や社会が動けば、再びそうなってしまうでしょう。

 

 ボクの考え過ぎなら結構なことですが、近年はそうした危惧をどうしても強く感じてしまうのです。最新作の『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』も帝国軍とレジスタンスの熾烈な戦いがテーマなので、やはり自己犠牲が描かれています。『ローグ・ワン』の影響なのか、ちょっとだけ違うのですが、長くなったのでこの続きは明日ということで。

 

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2017年12月15日 (金)

神対応

 

 やっぱ、この国はちょっとヘンだよな。浮気沙汰が週刊誌にバレたからって、いったい誰に謝っているのでしょうか。旦那への言い訳なら閨(ネヤ=寝室)でやっとけよってことです。まるきり赤の他人の全国の皆様に「ご迷惑をおかけました」って、少なくともボクは迷惑も騒がせられたとも思っていませんが。

 まぁね、みんなに見られてナンボのタレントだか俳優だか歌手かは知りませんが、こんな会見は何だかおかしいと感じませんか。泣いているフリなのに涙が見えないしさ。

 

 ついでに言えば、「神対応」という言葉も気持ちが悪いといったらジジー扱いされちゃうかな。実用日本語表現辞典によれば、「驚き感心するほど行き届いた対応に対して用いられる表現」だって。もともとは企業のクレーム対応から始まったらしいのですが、近頃はタレントのファン対応や、先の浮気妻の旦那のコメントなんかにも使われたりします。朝まで一緒にいてマッサージだけなんて、ボクなら100万%あり得ないので、あまりにも物分かりが良すぎだと感じましたが、よその夫婦のことなんで、どうでもいいんですけどね。

 

 この「驚き感心するほど」の神対応に対して、素っ気なくて冷たい場合は「塩対応」と呼ぶらしい。しょっぱい、というのはネガティブな形容でたまに使われるので納得できますが、望ましい対応に「神」なんて畏れ多いワードをくっつけるのが日本的かつ現代なんでしょうね。そんなことに神を持ち出すなよ。

 そういえば、大したことを言っていないのに、「すご過ぎる!」とバカにされたんだかホメられたのかよく分からんことを言われたことがあります。しばらく聞いていると、何でもかんでも「過ぎる!」を口癖のように「つけ過ぎる」人だったんですけどね。

 

 こういう仕事をやっている関係で、どうしてもテレビなどのメディアで使われる現代語に敏感になってしまうのですが、その軽さというか安っぽさに辟易することがあります。ちなみに、辟易=ヘキエキとは「うんざりすること、嫌気がさすこと」であります。今ではあまり使われないようですが、大変に便利な言葉ではないでしょうか。

 

 というわけで、仕事の関係でちょっとの間だけ地上波を見ていましたが、再び衛星放送に戻ることにしました。随分前に見たテレビドラマの再放送ですが、『ハリーズ・ロー 裏通り法律事務所』がなかなかいいデキなんですよね。アメリカでは2011年に放送されたのですが、キャシー・ベイツが慣れない刑事弁護に当惑と不安を感じながらも、奇想天外な弁論で正義を貫くというユニークな役をうまく演じています。1990年公開の映画『ミザリー』の狂気に満ちた恐ろしい演技でアカデミー賞を授与された女優さんで、今ではメタボ系のオバサンですが、眼にハンパでない強い表情があるんですよね。

 

 ボクがファンになるテレビドラマはほとんど長続きしないので、これもシーズン2で終わったみたい。あ、そうだ、でね、日本語のサブタイトル付きの英語なので、ヘンテコな流行語や造語が出てこないから安心だと言いたかったわけです。変化や刺激に弱いのは、ジジーになった証拠という説もありますが。。。。

 

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