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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

映画・テレビ

2019年9月13日 (金)

遊べ!

 

 夏の終わりの恒例となっている某局の24時間チャリティ番組が大嫌いで、ここ10年間を合計しても数秒程度しか視聴していません。だったら意見なんて言えるはずないのですが、悔しいことに番宣というのがあるんですよね。CMの合間に内容の一部を不意打ち的に予告編として放映するので、否が応でも目や耳に入ってきます。それでね、やっぱり嫌いなんだと毎年のように再認識させられるのであります。

 いえね、この番組がもしも仮に視聴率狙いの偽善であってもいいのです。ボクは善も偽善も間に薄紙1枚を挟んだ程度の似たようなものと考えておりまして、むしろ実効に乏しい形而上的な善よりも、大枚の寄付金をドッカンと動かせる偽善のほうがよっぽど皆さんの役に立つではありませんか。

 だから、この番組の主旨そのものに反対するつもりは毛頭ありません。どんどんやっていただいて結構。そもそも日本では寄付の概念が海外より希薄なので、この番組を機に、ボランティアも含めて、他者のために何かをする満足感や充実感を知って欲しいとすら思っています。自分だけの喜びなんて、まるで大したことじゃないんですよね。

 にもかかわらず、どうしてボクはこの番組が大嫌いなんだろうと長く考えてきました。今では生理的なレベルに達しており、番宣だけで肌からブツブツが、って嘘ですけど、それくらい嫌いなのです。

 その理由がね、いくらか年寄りになったせいか、やっと分かってきたのであります。何のことはない、「頑張り」の直接的・間接的な強要に拒否感を覚えるんですよね。あまり文章が長いと飽きられるので結論を急げば、あのチャリティ番組は、みんなの「頑張り」を称賛することが基本的な制作理念なのです。それを過度に演出するあざとさが目立つせいか、ボクは時に「イタさ」として感知してしまう。
 
誤解して欲しくないのですが、頑張りを否定するわけではありませんよ。それで生きがいを得られるなら、どんどん遠慮なくやったほうがいい。でもさ、他者から「強要」されるいわれはありません。しかしながら、あの番組はストーリー的にも、雰囲気的にも、過度に「頑張り」を要求するのです。人気タレントによる意味不明の100キロマラソンが象徴的ではありませんか。

 頑張るのが個人の勝手なら、ダラダラのんきに生きるのも同じく個人の権利ですよね。なのに「頑張り」のほうだけを画一的に臆面もなく賛美してやまないところが大嫌いなんだと、やっと最近になって分かったのです。

 高齢者にしても、近年はアンチエイジングという生物学的には無理目の「頑張り」が求められるようになってきました。「ワタシ何歳に見える?」とか「筋肉増強に年齢は関係ない」といったワードも、ボクにはイタく思えてなりません。

 じゃ、年寄りはどうしたらいいんだ、ワタシはボクはどうすりゃいいの? って思いますよね。これはもう実に簡単です。頑張るのでなく、遊べばいい。遊び自体が社会道徳的に悪と見られてきたせいか、どうもボクたちは遊びが少な過ぎると思いませんか。遊びというのは能動的に自主的に人生を楽しむと言い換えてもいい。求められてやる、強いられてする、期待に応えるための頑張りとは、そこのところが根本的に違うのです。頑張りには心理的物理的な報奨が伴いますが、遊びにそんな利得はありません。だから純粋に、気楽に、何も期待せずに、遊ぶ。

 もっと簡単に言えば、ジーサンになっても必死で頑張らなきゃいけないなんて、ボクはイヤだなぁ。資産や年金の多寡ではなく、年を経た分だけ心に余裕があって然るべきです。そこから生まれるのが遊びとすれば、「年寄りの冷や水」よりはるかにカッコいいのではないでしょうか。

 

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2019年9月 2日 (月)

他人の不幸は蜜の味

 

 地上波はほとんどニュース番組しか見ないのですが、日本は他国の内情を異常に気にする国ですよね。ヘタすると当該国自身より詳しいかもしれません。国内のニュースはほかにないのかよ。政治とか経済とか、大切なことはほかにいろいろあるはずですよね。特に政権与党が独断できる閣議決定にもっと厳しく目配りする必要があるんじゃないかな。

 たとえば現在は韓国の高官候補に関する醜聞がもっぱらの対象になっており、「他人の不幸は蜜の味」とまでは言わないにしても、その懐を窺うようなことをしていると感じるんだよな。「タマネギ男」なんて日本にもいるはずです。大昔にこれを「疑惑のデパート」と表現した野党議員がいましたけどね。今だって口利き疑惑から逃げて辞任した代議士を放置しておいていいのかなぁ。叩けばホコリがもっと出てくるような気がします。

 あまりにも不愉快なので簡単に終わりますが、日本在住のコメンテーター同士が隣国を巡って激しい口論をするなんて、ホントにバカみたいな話です。そんなことよりも、国益を損なうことなく紛争や摩擦を解決するために、国策として何をしたらいいのかってことを話し合うほうが建設的ですよね。にもかかわらず、あたかも某首相のお先棒を担ぐかのように、国民の憎悪を煽ろうとする。太平洋戦争がどこから始まったのかを知っているのでしょうか。これでは官僚たちの忖度を声高に批判する資格なんてありませんよ。

 日本が大嫌いとは言いませんが、こうした下品で姑息極まりない側面を見てしまうと、ますます好きではなくなってきます。「だったら出て行け」と怒りまくる人たちの狭量さも何だかなぁ。こういう人たちはトランプ大統領の移民排斥にも賛成なのでしょうか。

 ともかく、他人の顔色や懐を窺う以前に、国家も、ボクたち自身も、主体的にやるべきことは一杯あるはずです。それをテレビで討論すべきなのに、隣国の不幸やトラブルに飛びつき、微に入り細を穿つような報道を繰り返す。それこそポピュリズムの極みというべきでしょう。

 そういえば、台風や豪雨などで「もの凄い風と雨です!!」とアナウンサーが絶叫するテレビの災害中継が妙に嬉しそうに見えて仕方ないんだけど、ボクだけの誤解または曲解でしょうか。

 

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2019年8月26日 (月)

歌って踊ろう!

 昨日は日比谷で『ダンスウィズミー』を観てきました。

 大感動の傑作映画『スウィングガールズ』(2004年公開)の矢口史靖監督によるミュージカルコメディなので、行きたいなぁと思いつつも、後でDVDを借りても十分かなと、ためらっていたんですよね。というのも、日本で本格的なミュージカル映画を作るのは相当に困難だからです。昔とはかなり変わってきたとはいえ、国内の舞踊人口は欧米に比べて極端に少なく、しかも体形的な問題が伴います。腕と足が長いだけでなく、スネのあたりがまっすぐな人が少ないので、欧米型のダンスをやらせると見映えが良くないんですよね。しかも歌が上手な人ともなれば、キャスティングの段階で企画がボツになりかねないほど合格者が少ないはずです。ブロードウェイやウェストエンドでは5歳の頃からバレエを踊っていたなんて人が珍しくないですけどね。

 かといって、米倉涼子のように知名度の高い人を今さら起用しても面白くないですよね。そもそもボクは彼女にあまり魅力を感じません。セルロイド製の人形みたいに、情緒をまるで感じさせないのはどうしてでしょうか。
 とにかく、新しい映画なら新しくキラキラ輝くスターが出てこなければ新鮮味がありません。そんなわけで、あまりにも期待し過ぎて失望するのがイヤだったんですよね。

 ただ、こうしたミュージカル映画(と戦争映画)は、劇場の大画面で大きな音響で観なければ迫力が感じられない。自称ミュージカル評論家としては、やはり映画館に足を運ぶべきだろうと、ようやく昨日になって決心したのです。

 その感想ですが、冒頭の2つのシーンは絶品で、日本の映画でもここまでやれるんだと感動しました。主演の三吉彩花という女優さんをボクは知りませんでしたが、身長もそこそこ高く、手も足も長くて、スネも真っ直ぐと、前述した条件に合致します。まだ歌は上手とはいえず、ダンスもキレに欠ける部分はありますが、そんなことよりアーモンド型の大きな眼に不思議な力がある女優さんなんですよね。

 そんな彼女がオフィスと高級レストランで歌って踊って「暴れ回る」シーンが実によくできているのです。群舞も大きな動きでみごとにアンサンブルしており、ボクが期待するミュージカルに仕上がっておりました。あれだけの人数が彼女のダンスに合わせて踊るのは大変だと思いますよ。リハーサルだけで何日もかかったのではないでしょうか。

 しかしながら、この2つのシーンで疲れ果ててしまったのか、それからの展開がいささかダレ気味。ロードムービー的な展開は結構ですが、無駄な描写が多く、笑わせる場面もタイミングがズレているように感じました。これを切り詰めてもう2〜3曲、群舞を含めて背後の抜け感が高いダンスシーンがあってもいいと思うけどな。それに画面がチープなことも否めません。映画はリアルではなく夢の世界ですから、大都会と対比する地方の場面とはいっても、もうちょっとリッチに作り込んで欲しい。いくら何でも現実そのまんまの借景では、安っぽく感じられるだけでなく、綺麗ではありません。せっかく往年のミュージカルスターである宝田明を起用したんだから、いくら落ちぶれた役とはいえ、もっと彩度が明快なシーンにできたんじゃないかな。

 とか何とか文句はいろいろ言えるけど、ボクはミュージカルコメディの大ファンなので、それを支援する加点を込めて、まぁまぁ良く出来た映画としてオススメいたします。何だか奥歯にモノがはさまったようですけど、前述した日本の舞踊環境を考えると、頑張ったほうだと思います。

 この映画を観て、オレもワタシも歌って踊りたいという人が沢山出てくるといいのになぁ。踊りや構成にしても、何も『ラ・ラ・ランド』(2016年公開)みたいな欧米型のミュージカルを追いかけなくてもいいじゃないですか。次回は「オペレッタ喜劇」といわれる『狸御殿』を真似た和製スタイルにチャレンジしてみたらどうだろう。そんな映画にも三吉彩花は似合うと思うけどなぁ。いずれ大女優に成長していく可能性を感じさせる新人です。

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2019年8月21日 (水)

SVU

 

「イヤよイヤよもイイのうち」なんていう艶っぽさを感じさせる文言がありますが、こんなものは日本の男社会だけの大きな勘違いで、アメリカでは牢獄にぶち込まれかねない危険な認識であることを教えてくれるテレビドラマがあります。

 ディック・ウルフ製作の“Law Order”からスピンオフした“SVU, Special Victims Unit”。日本では『性犯罪特別捜査班』と訳されています。強姦などの性犯罪から幼児虐待、人身売買などを担当する市警専門チームの活躍を息苦しくなるほどのリアリティで描いたドラマです。卑劣で凄惨な事件が多いにもにもかかわらず、1999年から始まってシーズン21を数える長寿番組になっているのは、これらの犯罪がアメリカでは決して他人事と感じられないからでしょう。

 刑事が犯人を追い詰めていくだけでなく、“Law Order”つまり「法と秩序」というタイトルらしく陪審員が評決を下す法廷場面まで継続。そこで暴力的で悪質な連続強姦なら懲役20年以上、ヘタすれば刑務所から一生出られないほどの厳罰が科されることが示唆されます。幼児性交なら一生にわたって記録が消えないほか、地域にも常に所在が告知されることに。強姦は魂の殺人といわれますが、有罪が確定すれば犯人の人生も一瞬で崩壊することになるわけですね。

 それに比べて、日本では輪姦でも執行猶予がつくほど刑罰は軽く、明らかな証拠があるのに政府高官への忖度から不起訴というケースすらあります。どうして彼我でこれほど違うのだろうと考えますよね。それでようやく、恥ずかしくも遅ればせながらボクが気づいたのは、同意を得ない性行為は人権侵害にほかならないということです。つまり、いかなる性犯罪もすべては人権を毀損する犯罪であり、だからこそ厳罰に処される。このあたりの認識や感覚がアメリカと日本ではまるで違うんですよね。

 そのせいか殺人と同じく時効がないらしく、20年も前のレイプが蒸し返されたりする。この「蒸し返す」というのも、やった方の感覚であって、された方は心に一生忘れられない深い傷を負います。そんなこともしっかりと分からせてくれる、大変に教育効果の高い番組なので、若い人並びに教育関係者に視聴をオススメする次第です。

 

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2019年7月11日 (木)

横並び

 

 そりゃもうジャニー氏の業績は偉大で、勲章ものだろうと心底思いますが、この横並びの大量報道は何だよ、って思いませんか。

 しかも、事務所のタレントの映像を垂れ流し状態といっていい。だぁからね、ボクは地上波を見ないのであります。どのチャンネルを見ているのか、すっかり忘れてしまうほどみごとな横並び。商業放送ですから、視聴率を稼ぎ、それにもとづく広告費でいろいろとまかなっているのはガッテン承知の上でも、ちょっとなぁ。訃報といえども芸能ニュースですよね。しかも、内容が各局ほとんど同じで、上っ面をサラリと流しているだけ。最後に、お世話になったタレントの追悼コメントでまとめるというのは安易に過ぎるんじゃないかな。

 新聞社には亡くなりそうな人の予定稿があるといわれるのですが、入院されてからほど良く時間があり、失礼ながら容態もまったく予測できないものではありませんから、準備する期間はあったと思うんですけどね。にもかかわらず、ほとんど構成を投げているのではないかと思うほど工夫がありません。

 かと思えば、BPOが放送倫理違反と認定した海外の祭りのデッチ上げなど、日本のテレビは末期状態といっていい。これまでエンタティンメントとしての大ウソがなかったとはいいませんが、いかにもドキュメンタリーの顔をしたヤラセは大問題ですよ。これではネットにどんどん視聴者が流れても何の不思議もありません。衛星放送は受信費用がかかりますからね。

 それもこれも、業態が安定して人気業種になったからでしょう。昔のテレビ局は、いまのネットと同じく新興産業であり、混沌としたエネルギーに満ちていました。それがいつの間にか役所のような組織主義となり、横や上ばかりを見るようになってきたんじゃないかな。これは古今東西のいかなる産業にも共通している病理なので、もう少し深く考察したいのですが、本日は時間がないので、このへんで。ああ、それにしてもなぁ。。。

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2019年7月 2日 (火)

寅さんはホントに面白いか

 

 たまに衛星放送で映画『男はつらいよ』を見ますが、やっぱり面白いとは思えないんだよなぁ。こうした指摘はボクの若い頃にもあって、あの映画は東大卒のエスタブリッシュメントが夢想した架空の庶民の物語に過ぎないと、階級闘争史観で批判する人もいたように記憶します。

 フィクションですから、そもそも架空に決まっているわけでね。映画で描かれている生活や人間たちが、それほどまでに現実離れしているとは思えません。登場人物も皆さんそれなりに魅力的なのですが、とにかく何しろボクには笑えなかった。2~3本はちゃんと最後まで見通したように思いますが、ニコリとかニヤリはあっても、1度として声をあげてワッハッハとなったことがありません。正月の風物詩のひとつであり、偉大なるマンネリ感で安心して見られるとはいっても、あの映画は絶対に喜劇ではないですよね。

 衛星放送の再映でも、すぐに落ち着かない気分になってチャンネルを替えてしまいます。だってさ、面白く感じないだけでなく、いたたまれない時だってあるもんね。人気シリーズのはずなのに、どうしてだろうとずっと考えてきたのですが、先が読めるお決まりのストーリー展開もさることながら、やはり主人公の寅さんに原因があるんじゃないかと思うようになりました。渥美清の演技や語りはさすがに上手です。表情の作り方も、誰にも真似できない巧みさがある。けれども、最も肝腎な精神性というか、メンタルの部分が主人公の設定とは一致しないように感じるのです。

 寅さんに近づくマドンナたちも、わざとらしさがありありなんだよな。「まーた寅さんたらぁ」と肩を叩いて笑ったりするんだけど、そのあたりから無理しているように見えませんか。寅さんにしても、心底から惚れている風情が感じられない。なのに、結局は我慢できず関係性をぶち壊すような行動に出てしまう。妹のさくらをはじめとする家族や周囲がそれなりの現実感を持っているのに対して、寅さんとマドンナだけが宙に浮いた存在のように感じるのです。寅さんは女にふられるブサイクで甲斐性なしの風来坊のはずなのに、2枚目の雰囲気がどこかに必ず漂っています。最初の頃の作品は知りませんが、寅さんの内面と外面が次第に乖離してきたことが、ボクを居心地悪くさせている原因ではないでしょうか。渥美清もそれに苦しんでいたのか、たまに哲学者のような相貌を見せるんだよな。

 亡くなった人の悪口を言うつもりはなく、あくまでもボクの仮説に過ぎないので、事実とは大違いの映画論と嘲笑する人もいるでしょう。もしかすると「みんなが面白いといっているから面白いに違いない」という人たちがよってたかって寅さんを神格化。結果的に全48作品という途方もない「国民的映画」に祭り上げてしまったことに、何よりも不愉快を感じているのかもしれません。

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2019年6月24日 (月)

逃亡者

 

 実刑が確定していた窃盗犯が逃走して大騒ぎになりましたが、昨日早朝に横須賀で確保されたようです。以前から警察官が「事なかれ」の木っ端役人体質を強めているように感じてきましたが、検察関係者もあまり変わらないみたい。両者ともに、市民生活の安寧秩序を維持・保全する刑事司法の専門家であるはずなんですけどね。有罪で実刑まで告知されている犯罪者を、いくら保釈中とはいえ、むざむざと取り逃がすなんて大失態ではありませんか。

 といっておきながら、矛盾するようですが、日本はホントに狭い国だなぁと感じてしまいます。面積という意味だけでなく、人の眼や口から逃げ切ることはできないんですよね。密告社会ではないにしても、「あそこで見かけた」とか「ここにいたよ」なんてね。子供の虐待なども含めて、警察など公安関係者に連絡するのは市民の義務ですけど、隠微な喜びもきっとあるんじゃないかな。太平洋戦争の前から戦中は「あの家の身内にはアカがいる」「西洋の楽器を毎晩弾いているからスパイじゃないか」とか、「英語を話していたんですよ!」などと特高警察に告発する人も珍しくなかったらしい。当時はそれもまた法律に則った正義でしたからね。

 大昔に『逃亡者』というアメリカのテレビドラマがありました。リチャード・キンブルという主人公の名前は今でも覚えています。妻殺しで死刑判決を受けた元医師が逃亡して濡れ衣を晴らそうとする物語で、ハリソン・フォード主演で劇場用映画にリメイクされたこともあります。

 アメリカは日本の25倍の面積があり、誰も足を踏み入れない荒々しい自然も残されているので、そこでキャンプすれば逃げ切れそうな気もします。けれども、そんな手つかずの大自然で食糧を自給自足するのは困難であり、完全に孤立した状態で人間は生存できません。というわけで、人間社会に潜みながら、真犯人を探し出すというドラマも成立するのですが、毎回必ず、彼を助けようとする人が出てくるんですよね。もちろん当局に通報する人もいるのですが、助けようとする人たちの葛藤が本当のテーマだったんじゃないかな。逃亡者の心情は自分の冤罪を証明するという一直線ですが、彼に好意を感じたり、無実だと信じて助ける人たちは大変に複雑です。犯人隠匿や逃亡幇助は違法ですから、ヘタすりゃ自分が逮捕されることもあり得る。にもかかわらず、いつしか心の天秤が本来的な正義のほうに傾き、リチャード・キンプルは司直の手を逃れて別の町へと去っていく(ちょっと言い方が古いかな)

 ここからはボクの個人的感想なのですが、どうもアメリカ人は法律を信用していないフシがあります。小説やドラマでも、法律を敢然と無視する決断や行動がしばしば描かれているのです。コンプライアンスよりも、自らが信ずる正義や理念のほうを大切にする。つい最近に見たテレビドラマでは、何と現役の検察官が脳死した子供の呼吸器のスイッチを切るなんていう場面がありました。もちろん殺人であり、日本ならどうしたって有罪ですが、このドラマでは無罪。言うまでもなく、アメリカの法廷は12人の陪審員の評決で結審するからです。彼らの全員一致が原則ですが、殺人=有罪とは限りません。近代法では復讐は罪として禁じられており、それを認める国はごく一部ですが、アメリカの法廷で陪審員の同情を得ることができれば、無罪になることも可能なのです。陪審員の有罪評決が期待できない事件はそもそも起訴しないということもあるようですね。

 となれば、法律なんていうのは単なる目安、スタンダードに過ぎないのです。ここのところの理解がね、日本人は著しく欠如していると思うのであります。さすがに奴隷とは言いませんが、法律や体制に盲従するばかりで、自分のアタマで物事を考え、判断し、行動することを放棄しているのではないでしょうか。法律で決められることには限界があり、その網からこぼれる正義や悪はいくらだってあります。さもなければ裁判なんてやる必要はないですよね。法治国家の法律は、倫理や道徳における最高度の金科玉条ではなく、誰かが案を提出して国会の多数決を通過しただけのことじゃないですか。

 本当に大切なことはボクたち自身の心の中にしかない。それをきちんと認識することが、少しでも生きやすい社会を創っていくバックボーンになると思うのですが、いかがでしょうか。

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2019年6月13日 (木)

『マダム・セクレタリー』

 

 またパクリかなと思っていたら、シナリオが結構な完成度であり、俳優さんも第一線級が揃っているので、ついついファンになってしまいました。CS放送FOXチャンネルの『マダム・セクレタリー』です。

 3人の子持ちの女性大学教授が、突然に大統領から国務長官に指名されるという設定は、キーファー・サザーランド主演の『サバイバー:宿命の大統領』(スーパー!ドラマTV)にそっくりなんですよね。こちらはテロリストによる爆破事件で閣僚全員が死亡。現役を外れて「指定生存者」に左遷されていた彼が大統領を継承することになります。9.11があったので、そんな役割を作ったのかも知れませんが、キーファー・サザーランドといえば、何といっても世界的に大ヒットした『24-TWENTY FOUR-』です。アクの強い名優、ドナルド・サザーランドの子供という七光りからみごと自立したのは大変に結構ですが、暑苦しくて息が詰まるジャック・バウアーの印象が強すぎるんですよね。この人が本日から大統領どえーすといわれても、いつ拳銃をぶっ放すか分かりません。ホワイトハウスなら核ミサイルもありなので、危なくて仕方ないじゃないですか。

 それに比べて、『マダム・セクレタリー』のほうは、そもそも女性でミセス、しかも日本でいえば外務大臣ですから、ドンパチのアクションシーンはほとんどないかわりに、外交的な裏取引やら権謀術数を背景とする静かな緊張感が漂ってきます。というより、ボクは主演のティア・レオーニが好きなんだよな。1966年生まれですから、もはや相当な熟女ですけど、アメリカ女優にしては小さめの眼が知的で、時にはコケティッシュなのであります。近頃はエマ・ストーンやアン・ハサウェイといった、眼が漫画もどきに大きな女優ばかり目立ったので、逆に安心できるのかな。

 でね、日本では『マダム……』が『サバイバー……』のパクリのように感じられますが、これは放送時期の関係でありまして、アメリカでの公開は前者が2014年で、後者が20016年と逆なのです。つまり、ジャック・バウアー、じゃなくて『サバイバー……』の大統領のほうが後追いで設定をパクった疑いが強い。そのせいでもないでしょうが、2018年に打ち切りになっているのに対して、『マダム……』はシーズン5まで続いています。

 決して派手なドラマではないのですが、脇役にボクも知っている実力派俳優を揃えていることもあって、ついつい見続けてしまうんだよな。役職が国際的なので、毎回のテーマもボクたちにとってリアリティがあります。結局はアメリカのテレビドラマや映画らしく、個人を大切にする民主主義やら平和主義といった、ホントかよと思わせる理想を追求したエンディングになるのが常なのですが、ティア・レオーニの派手さやケレン味のないナチュラルな演技が嘘っぽさを脱色しているように感じます。

 それともう1人。彼女の補佐官役のビービー・ニューワースが素晴らしく魅力的なんだよな。調べてみたら、エミー賞コメディ部門の助演女優賞を2回も受賞。トニー賞ミュージカル部門でも助演女優賞を受賞するなど、ブロードウェイでも活躍している女優さんらしい。年齢的にはティア・レオーニより上ですが、とてもじゃないけどバーサンの雰囲気は皆無。むしろ華やかな色気がそこはかとなく漂ってきます。中年太りの陰もカタチもなく、背中から肩出しのパーティドレスが実に良く似合うんだよな。こういう女性が近所にいたら、声をかけるのが男としての礼儀やマナーというものです。やはりね、人間は若いだけでは魅力も不完全なのであります。円熟することで多彩な光を放つんだよな。そのためにも、主体的に失敗と成功を重ねていかなきゃダメなのです。若さばかりがもてはやされる文化なんて、つまりは未成熟に過ぎないとボクは思います。

 

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2019年5月23日 (木)

壮絶ってかぁ?

 そりゃね、ボクだってたまにはクソ大げさな表現をする時がありますが、とりわけ大嫌いなのが「壮絶」という言葉です。どういうわけかテレビのスタッフはこういう激しい言葉が大好きらしく、TBSの金曜日午後7時頃からは「!!」付きで、壮絶だけでなく、苛烈、凄惨、凄絶から悲惨に惨憺、それに悶絶って、これは違うか。とにかくボクにはとても手書きできない難しい漢字が、テレビの画面にどーんと大きく斜めにかぶさってくるんですな。

 テレビは見世物小屋的な要素が少なからずあるので、視聴率を高めてナンボというのは分かります。でもさぁ、恥知らずになってしまうのはどうでしょうか。テレビだって、というのも失礼な言い方ですが、ニッポンの文化のひとつなんですけどね。

 でね、そうした中でも、ボクが最も嫌悪するのが「壮絶な闘病」とか「壮絶な死」という組み合わせです。壮絶な生い立ちも、壮絶な恋愛も、壮絶な結婚や壮絶な中高年の浮気や壮絶な離婚も、生きている限りはコミカルな要素がなくもないのですが、「壮絶な闘病」というのは、刀が折れ矢尽きた悲劇的な結末を予感させるせいか、どうにも救いが感じられず、胸苦しくなってくるのです。

 言葉は常に新陳代謝しており、新しく生まれては淘汰されていきます。だから言葉そのものに責任はありません。希望を失うことなく、死をもたらす病と闘う姿勢は、時に崇高ですらあるとも思います。

 けれども、それを臆面もなく平気で「壮絶」と形容する連中から透けて見える興味本位で他人事的な感性、もっと簡単に言えば、人を踏みつけても気にすることのない冷淡なエゴイズムが、不愉快極まりないのであります。これって、ボクだけの考えすぎなのでしょうか。

 

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2019年5月 7日 (火)

『シカゴ・ファイア』

 

 こういう状態を「ハマった」というのかな。連休の半ばからずっと、夜中の2時頃から昼前までCS放送AXNのテレビドラマ『シカゴ・ファイア』を見続けてきました。新しいシーズンが始まる直前ということで、1〜4までを一挙放送していたからです。

 何しろ史上最長の連休なので、中盤から気分と知能のリハビリをしておかないと役立たずになるだけでなく、現実にやるべき仕事だって目の前にあるにもかかわらず、ぐいぐい引き込まれて時間を忘れさせるテレビドラマなんですよね。展開がスピーディなので、トイレに行く時も油断できないんだよな。いわば釘付けってやつです。

 以前から日本にもコアなファンがいることは知ってはいたのですが、タイトルと番組宣伝だけでシカゴの消防署が舞台の物語と分かりますから、それまでボクはずっと避けてきました。消防署といえば、火災や事故などで消防士や救急救命士が出動。命がけで大火災の中に飛び込んだり、多数の人を救助するという献身的な仕事です。そもそも感動的なストーリーを作りやすい設定であり、イケメンでマッチョな若者でも出演すれば、それだけで女性の視聴率も稼げるじゃないですか。実際にアメリカでは消防士の人気がすこぶる高く、大判のポスターカレンダーが毎年作られると聞いたことがあります。であるなら、シナリオやセット、それに役者などにカネと知恵と手間をわざわざ費やす必要があるでしょうか。多少の無理があってもご都合主義を通しやすい設定なので、見なくてもいいかなと侮ってしまったのです。

 この理屈は、『シカゴ・ファイア』のパクリ、というか追っかけで始まったように見えるFOXの『9-1-1:LA救命最前線』にはあてはまるんじゃないかな。番組としての差別化も大きな理由でしょうが、漫画的で荒唐無稽なストーリーに加えて、道具立てもかなり陳腐なんですよね。新番組であることから、ボクはこちらのほうから視聴してしまったおかげで、違いが余計に分かるのです。

 この『9-1-1 ……』に比べて、『シカゴ・ファイア』は緊張感とリアリティが半端ではありません。ちょっと視聴するだけでも、映画並みの製作費を投入していることが感じられるはずです。レンガ造りのビルの窓から煙や炎が吹き出てくる火事や爆発が毎回のように起きますからね。大きな消防車同士がライバルとして競ったあげくに激突・転倒する事故もありましたが、現場にはパンパーなどの残骸が飛び散っており、日本のテレビドラマとはケタ違いの圧倒的な臨場感があります。

 2人の小隊長が一応の主役級ではあっても、それぞれの登場人物がそれなりの個性とサイドストーリーを持つ奥ゆき豊かな群像劇になっていることも魅力なんですよね。ほどよいところで卑怯で底意地の悪い上司などが登場。消防署をかき回して混乱に陥れるなんていう作劇自体はそれほど複雑ではありませんが、登場人物に親近感を持ち始めた視聴者に与える心理的な影響は映画よりも大きいんじゃないかな。劇場用映画はせいぜい2時間程度ですから、テレビドラマのように息の長い物語を通した深い感情移入は困難なんですよね。

 ストーリーを紹介するのも野暮なので、興味を持ったらネットで調べていただきたいのですが、黒人と白人が結婚したり、救急救命士の1人が同性愛者など、LGBTにも配慮したキャスティングになっています。こうしたテレビドラマの後で日本の地上波を視聴すると、何もかもチープに感じてしまうんですよね。カメラワークも静的で動きがまるで感じられません。

 世界の25%を占める英語人口が視聴者として見込めるハリウッド製テレビドラマと、1億3000万人の日本では規模からして段違いなのは分かりますが、黒澤明はもっと条件が不利な戦争直後に伝説的な映画を次々と生み出しました。 

 カネがないからテレビもチープになると言うのは簡単ですけど、これを逆転して、海外にも輸出できる人気ドラマを作るからカネをもっと出せと要求できないものでしょうか。英語の字幕や吹き替えにそれほどカネがかかるとは思えないんですけど。

 

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