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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

経済・政治・国際

2020年7月 3日 (金)

言葉遊び

 

 本日は早朝から取材のための移動があるので、簡単にまとめます。

 連日50人を超えていた都内の感染者が、昨日になってとうとう100人を超えてしまいました。これが第2波なのかどうかという論議もそうですが、国も自治体も対処法がなくなり、言葉を弄ぶだけになってしまったようです。再び緊急事態宣言→休業要請すれば、それを補償する給付金をセットにしないと効力がありませんが、もはや予算がないってことなんでしょうね。でもさ、安倍さんは予備費として10兆円を用意したはずなんだけどな。

 いずれにしても、記者会見で都知事が麗々しく掲げた「感染拡大要警戒」なんて、何か具体的な意味があるのでしょうか。「危ないから気をつけてね」なんて、ボクたちだって言えることです。そんなことより具体的な対策を実施すべきですよね。

 こうなったら、覚悟して「自己責任」で生きるほかないようです。自主的に巣ごもりを復活するのも、混雑した電車で通勤して仕事をするのも、すべて命がけの「自己責任」。こんな放置状態でいいのかと思うけど、都知事選の立候補者も大した人はいないですから、以前に書いた「ジャングルの掟」に従って生きるほかなくなってきたようです。

 今こそ創造的なリーダーが必要なのに、どこにも見当たらないというのは、国家的な悲劇というほかありません。


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2020年6月30日 (火)

クラウドファンディング


 今から10年以上も前になるかな。クラウドファンディングという言葉が上陸したばかりの頃です。ボクはインターネットが草の根民主主義の実現につながると信じていたので、クラウドファンディングも投資の民主化を促すのではないかと大いなる期待を持っていました。

 そんな頃に、ある超有名な経済学者にインタビューする機会があったので、その話題を振ってみたのです。当時はアメリカの投資・金融業がイケイケ&ドンドンの大活況であり、日本はそのはるか後ろで塵や埃を拝していました。ま、いつものことではありますけど。

 クラウドはそんな状態を打開する新しい手段として認識されているのではないかと、ボクは希望を込めて思い込んでいました。ところが彼は、ひどくつまらなそうな顔で「フン」と鼻からひとつ息を吐き、「そのカネをどこに投資するんだね」と斜に構えて嘲笑したのです。「カネをいくら集めても有力な投資先がなきゃ仕方ないだろう」と、驚くほど冷淡な態度だったことを今でもありありと思い出します。

 ところが、彼の予想に反してクラウドファンディングはじわじわと普及。今回の新型コロナ禍では、様々なカタチで飲食やサービス業などをサポートしているようです。たとえば倒産寸前のラーメン店がネットでクラウドを募集。目標を上回る資金を得たと報道されました。寄付ではなく、あくまでも投資ですから、リターンがなければいけません。そこで休業要請解除後に使える未来の飲食券を配布するなど、いろいろと工夫しているみたいですね。

 従来の投資と異なるのは、そこに利回りなどを超えた人情や精神性が絡んでいることです。その店のラーメンが大好きだとか、店主の人柄に惚れるとか、要するにカネ勘定だけでの投資ではないんですよね。オリジナルの時計を限定数だけ製作するというクラウドファンディングもありますが、こちらもマニアックな趣味性が大前提となっています。つまり、儲けることだけが目的で投資するわけではないんですよね。

 そうしたブラスアルファの付加価値のやりとりが、実はクラウドファンディングの本質といっていい。アメリカ発祥のクールで強欲な経済学や財政学に染まっていた高名な学者様には、まるで予測できない要素だったのではないでしょうか。しかしながら、自慢じゃありませんが、理想主義者のボクはちゃんと今のような事態を感知しておりました。

 自慢ではないと言いながらきっちり自慢しているのが恥ずかしいのですが、やはり新しい物事は、教室や図書館などの中ではなく、あちこちの現場で起きているのです。街に出て、他者とかかわらなければ、大切なサインをみすみす見逃してしまう。だからボクは今でも現役のライターであり続けたいと思っているのです。


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2020年6月23日 (火)

フローからストック型経済へ

 

 新型コロナの蔓延によって、世界の経済活動が大きなダメージを受けました。経済活動というのは様々な意味での濃厚接触ですから、感染を防ぐためには、それを停止または極力少なくするのが最も有効な対策となるからです。しかしながら、病気で死ぬか、それとも飢えて死ぬかという究極の選択になりかねないことも事実なので、アメリカやブラジルのように、多数の屍を乗り越えても経済活動を優先するという政策も納得できないわけではありません。

 しかしながら、新型コロナ対策は隔離か経済かという二者択一しかないのでしょうか。中間的な方法として、検査をどんどん拡大して感染者を早期に隔離。非感染者だけで経済を回すということも考えられるようです。ただし、この方法はみんなが検査を受けることが大前提であって、中には検査なんか嫌いだという潜在感染者もいるんじゃないかな。それに、たとえば東京都に住む1400万人の全員に検査が可能かという規模の問題もありますよね。加えて、感染者がどんどん増加すれば、その分だけ経済に携わる人材が少なくなり、スローダウンは避けられません。

 でね、こんなことになるのは、経済がフロー型だからではないかとボクは考えるのであります。フロー型というのは、みんながモノやサービスを提供し、それを頻繁に売買することでようやく成立する社会を指します。おカネがグルグル回ることで生活が支えられているからこそ、人間は働かなければならない。働く意義はそれだけではないのですが、今回のコロナ禍のように2~3か月も巣ごもりすれば、生活が立ちゆかなくなる人が続出します。

 それもこれも、要するに貯金が貧弱なことが原因ですよね。様々な社会資産も含めて、こうした貯金すなわちストックが潤沢であれば、巣ごもりはいささか窮屈な長期休暇になるだけじゃないですか。ストックが限られているからこそ、緊急事態宣言に伴う休業要請は弱者をどんどん追いつめることになります。

 だったら、ハムスターの回り車のようなフロー型の経済からとっとと降りて、ストック型に変えようとボクは提案したいのであります。最低でも1年くらい経済活動を停止しても食うに困らないストックを持つこと。完全に停止すれば食べ物も供給されなくなるので、生活の維持に直結する活動は別ですよ。みんながブラブラと絵を描いたり楽器を弾いたりして楽しく過ごしても困らない社会。どうしてそこを目指さないのか、ボクは不思議でなりません。あくせく働くことも決して悪くはないのですが、年を取ればたいていの人が辛くなってきます。だからね、全体としての社会資産をもっと潤沢にしておき、たとえばカゴの中から必要なカネを誰でも取り出して使えるような社会は無理なのでしょうか。

 世界的にはカネがありあまっているんですぜ。そのカネが株式市場や石油あるいは金、プラチナなんかを投資先として循環しているのです。いったい誰のカネだよって思いませんか。そこが資本主義の奇怪なところで、特定のご主人様というのはいないのです。ウォーレン・バフェットだって司祭ではあっても神ではありません。年金などのみんなのおカネが、いつの間にか特定の主人を失い、カネそのものが神のようにボクたちの頭上に君臨しているのです。

 そいつを地上に引きずり降ろして、みんなで費消できるようにすれば、1~2年は楽に食えるんじゃないかな。もちろん蕩尽ばかりではたちまち行き詰まるので、フロー型も欠かせません。でも、今のようにフロー型に大きく依存する社会はもうやめたほうがいい。そうした意味でも資本主義はそろそろ大改革が必要なのであって、その際のキーワードがストック型経済、すなわち貯金でも食える社会ということになるのですが、これまたボクの妄想なのかな。

 

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2020年6月22日 (月)

適応

 

「うーん、制度の内容は分かりましたけど、それっておかしくないですか」
「おかしいと言われても」
「立場をちょっと忘れて、あなた個人として考えてみてください。ヘンだと感じませんか」
「いえ、感じませんが」
「無理しないで下さいよ。ボクは逆らうつもりは毛頭なくて、率直な意見が聞きたいだけなんですから」
「私はヘンだと思いません」
「どうしてかなぁ。100人いれば100人がおかしいと思いますよ」
「いえ、そうは思いません」
「じゃ、もうちょっとボクにも分かるように説明してください」
「制度がそうなっているんです」
「では、制度はすべて正しいんですか」
「とにかく、そうなっているんですから、私はヘンだとは思いません」

 ある税務署の相談係との会話です。ボクは以前に親切な税務調査を受けた経験から、税務署には好意を抱いてきたのですが、この相談係の説明はさっぱり理解できませんでした。分からないから、いろいろ突っ込みを入れると、明らかに回答が怪しくなり、なぜだか次第に意固地になっていくんですよね。やがて最後の言葉が、公務員の絶対的なキーワード「制度がそうなっている」です。どうしてそんな制度になっているのか分からないから、わざわざ電話して訊いたんですけどね。

 以前に住んでいた区の役所では、しつこいと思われたのか「文句があったら区議会に出て議題にしてください」と言われたことがあります。これも「そうなっているんだから仕方ない」ということが圧倒的な根拠でした。本当は行政訴訟や行政不服審査制度も利用できるのですが、そうした自分たちに都合の悪い制度はひた隠すんですよね。

 そんな大げさなことにしないまでも、公務員の1人ひとりが個人としてヘンだと思ったら、それを良い方向に是正すればいいだけじゃないですか。どんなに正しく見える制度だって、時代や社会の変化や技術革新などで本来の趣旨とズレていくことはしばしばあります。そこで現場の担当者が「係長、ここちょっと直したほうが良くないですか」と指摘し、それが上長から上長へと伝達され、区長が「確かにヘンだよな。では議会に諮って変えよう」となれば、ボクごときが文句を言うこともないはずです。

 ところが、実態はまったくの逆さま。「おかしいけど仕方がない」が上から下へと指示され、それに従わないと、机ひとつの個室にいじめもどきで隔離されたりするわけですね。こんなのは、3代目の坊ちゃん嬢ちゃんにいい年をしたオッサンたちがヘイコラする半島の国と大して変わりないじゃないですか。きっと前述の相談係は「あの国とは違う」と言うでしょうが、個人の意見を自由に言えなければ、独裁国家における奴隷的な服従と見なされても、それこそ「仕方がない」ってなりませんか。

 そこで図らずも思い出したのが、ダーウィンの進化論です。「進化」という言葉そのものが実は大間違いであることを知る人は今も多くはないんですよね。優れた生物が生き残ってきたわけでは決してなく、環境に適応して変化を果たした生物だけが生存を続けてきたということに過ぎないのです。ですから、環境がこれからどんどん劣悪になれば、人間のように複雑化した多細胞生物は簡単に絶滅して、ゴキブリやアメーバが地球上の覇者になるかもしれない。強いから勝つのでなく、勝ったから強いという論理と似ていますよね。

 進歩は技術革新と同じく一方向への発展を意味していますが、生物の「進化」はあくまでも生き残りのための環境適応であって、そこに進歩や後退といった特定の方向性なんてないのです。

 行政という巨大なピラミッドの中も同じで、優れているから出世するのでなく、環境に適応したからクビにならず、うまくすれば役職の階段を上がっていける。そのためには「おかしい」と思うのはタブーなのでしょうか。かくて、制度はちっとも進歩せず、時には社会変化に逆行することもある。すべては政治という環境に適応するため、てなことになるのかな。

 もちろんボクたちだって、環境への適応は不可欠です。でもねぇ、1人ひとりが個人に立ち返り、気づいた理不尽の解決に本気で乗り出せば、この社会はあっという間に住みやすい方向に進歩すると、ボクは信じているんですけどね。

 

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2020年6月17日 (水)

ジャングルの掟(続)

 

  ライオンキングの話ではありませんので、それを期待した人はこの先を読まないでください。

 今からちょうど10年前に、老朽化したモルタルアパートの一室で、孤独死というより餓死した人が発見されました。そのかたわらに「おにぎりを腹いっぱい食べたかった」と書きつけた紙があり、それが大きな話題になったのです。10年前といってもレッキとした21世紀であり、世界で3番目のGDPを稼ぐような先進国で、こんなにも悲惨なことがあっていいのでしょうか。

 たまたま某雑誌で対談の司会を仰せつかったので、義憤に駆られて、この話題を不作法にもぶつけたんですよね。普通なら「悲しい話ですよね」と情緒方面で再解釈したり、「政府は何をやっとんじゃ」と野党のように社会批判に走ったりします。どっちにしても他人事ですから、何の役にも立ちません。では、あなたはどう考えますか。

 名前を出せばたいていの人が知っている某氏は、さすがにそんなことは言いませんでした。「こんな死に方をしないためにはどうすればいいのでしょうか」というボクの容赦ない突っ込みに、しばらくして「遵守すべき優先順位を変えることじゃないかな」と答えたのです。たとえば今の日本は文明社会と考えられていますが、ひと皮剥けば弱肉強食のジャングルでもあります。そこに街や都会のルールや礼儀を持ち込んでも通用するはずがない。ジャングルにはジャングルの掟があるので、これに従うことが生き延びる秘訣ではないかと。

 大変に危ない話になりかねないので、これ以上は詳しく説明しません。けれども、インチキな報告書を強要されて自死した財務書職員の妻が再調査を求めても、「ちゃんと調べたので」と大臣が逃げてしまう国ですよ。総理大臣がモリカケなどの知り合いのために大枚の税金を融通する国ですぜ。国家業務の中抜き再委託というスキャンダルも露見しております。法律や規則なんて上っ面だけで、強い奴や権力者の都合で何もかもが簡単にひっくり返ってしまうという現実を、もっと直視したほうがいい。

 より分かりやすく、過激に言いかえるなら、ボクたちは餓死しないまでも、いつ何時殺されるか分からないのです。けれども、そうした事実は巧妙に隠蔽され、法治国家という美しい建て前がそこら中に蔓延している。学校なんか典型的で、イデアがあたかも実在するかのように子供に教えていますよね。完全な直線や円なんか自然界には存在しないのに、あると仮定して幾何学が成立しているというアレです。普段はそんなことを意識しないでも平和に穏やかに生きていけますが、ひとたびレールから外れたり、貧困に陥ると、ジャングルに暮らすのと同じ状態になってしまいます。あくまでも例えばですが、食べ物を買うカネもロクにないのに、きちんと税金を払っていたら、餓死してもおかしくないですよね。アメリカで暴動や略奪がしばしば発生するのも、自分たちがジャングルに生きていることを実感している人たちが多いからじゃないかな。

 実際には様々な救済手段が設定されているので、それを利用するべきですが、少なくとも法律やルールが自分を十全に守ってくれると考えるべきではありません。何でまた10年も経ってから再びこんなことを書くかといえば、新型コロナによる深刻な貧困がいよいよ表面化してきたからです。政治家の皆さんに、日本をジャングルの掟が支配する国にしていいんですかと問いたいわけですな。それでどうにかなるわけがないと、100人中100人が言うでしょう。だったら、自分で自分を守るしかありません。すべての幻想や思い込みを棄てて、生き延びることを最優先させたほうがいいということです。

 良き人は還らず。悲しい真実にボクたちは直面しつつあることを、もっと厳しく認識すべきではないでしょうか。

 

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2020年6月16日 (火)

グローバリズムは何処へ

 

 新型コロナが収束しない限り、インバウンドに期待することができないため、観光業はこぞって国内需要の開拓に乗り出しているようです。星野リゾートでは、これを「マイクロツーリズム」と呼称。かつていわれていた「安近短」の旅行を刺激するマーケティングを行っているようです。

 昨年までは外国人観光客でどこもかしこも大賑わいでしたから、入国禁止がもたらすダメージは尋常ではないでしょうね。かといって、外国人相手で儲けてきたビジネスがいきなり国内需要を目指せといわれても、簡単にシフトチェンジできるものではありません。例えば、ボクは浅草によく行くのですが、仲見世で売っているようなお土産を購入する日本人がどれだけいるでしょうか。模造の日本刀なんて、もはやツービートの歴史的なギャグですよね。こうした店の品揃えをすべて国内向けに変更といっても、何を並べたらいいのか。地方の人向けの東京土産というなら、スカイツリーの売店のほうがよほど充実しています。

 逆に、海外に出て行くグローバル化のほうも完全に停滞。調べていないのですが、大学生の留学や海外研修はすべて中止になっているはずです。2月頃からのドサクサで、むしろ海外からの帰国者が大変な思いをしたのではないでしょうか。10年以上も前から、どんな業界でもグローバルを合言葉にしてきたので、いきなりの急ブレーキといっていい。かといって、今さら国際化をやめて鎖国的な政策に変更できるはずがない。物資は足りなくなり、物価も上昇。国際的なサプライチェーンに依存してきたメーカーは生産ラインを軒並み停止せざるを得なくなります。

 新型コロナの特効薬やワクチンが普及しない限り、海外との交流は恐る恐るという感じで再開していくことになるでしょうね。感染の第2波、第3波が発生すれば、たちまち国境は閉鎖されるので、以前のように中小企業でもアジアに海外工場を設置なんていう積極的な姿勢は取れません。

 つまるところ、3密を避けた「新しい生活様式」が求められ、ビジネスでもテレワークを始めとする「新しい働き方」が定着しつつあるように、「新しいグローバリズム」を創案すべき時代になったといえそうです。英語力はもちろん、国内に居ながらにしてZOOMなどのオンラインミーティングで完璧に海外と意思疎通できるスキルとかね。ビジネスならリモート・マネジメントということになるのかな、もしかすると、すでにMBAで教えている可能性もありますよね。

 まだボクも具体的なイメージはないのですが、英語を勉強して海外に行けばいいという簡単な時代でなくなったことは事実でしょう。では、どのようにグローバリズムを維持していくのか。

 これは国家的な課題でもあると思うんですけど、コロナ渦の国会質疑で「グローバリズム」なんて聞いたこともありません。給付や補助による経済刺激も必要ですけど、そろそろ新しい国際戦略を策定しておかないと、日本はどんどん貧困化していくんじゃないかな。

 

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2020年4月 6日 (月)

ジャングルとSNS


 日本ではどういう人が政治家になるのでしょうか。2011年の福島原発事故では、菅首相をはじめとする民主党政権の無能さが露呈。直後に政権を奪い返した自民党は、安倍さんを中心として、当時を「暗黒時代」とあげつらってきました。

 ところが、新型コロナの蔓延という国民的な災厄に直面すると「布製マスクを1世帯2枚ずつ」ですぜ。なーんも変わっちゃいません。医療体制の拡充など、最重要な意思決定を忌避していることは共通していますよね。どちらも政治指導者としての当事者能力が感じられない。緊急事態宣言だって、ようやく「準備」だもんね。そんな醜態を見続けてくると、どんな奴がどんな理由で、何のために政治家になるのか不思議でならないのです。政治家ではなく、メシと利権のタネを漁る“政治屋”ばかりなんだろうね。

 そうした無能な政治屋や、官僚として君臨する学校エリートたちが、解決困難な問題にぶち当たった時の態度が「見て見ぬフリ」なんだよな。PCR検査が象徴的ですが、見て見ぬフリを伝統芸にするんじゃねぇよ。これはもう「作戦」という2文字をくっつけるべき姑息なレベルに達しておりまして、福島原発事故の時もほとんど現場任せ。そのくせ、自分たちに責任が及ぶようなことは阻止するわけです。

 歴史は繰り返すという言葉があるように、今回のパンデミックも、すでに難しいことは医療現場に丸投げという気配が濃厚に漂っています。ウィルス自体は、人工的なものでない限り、誰のせいにもできませんが、その対処には戦争と同じく命がけの責任が求められます。それを正しく背負い込む覚悟と能力がある政治家が、果たしてこの国にはいるんだろうか。台風が来ただけで、すぐに自宅に逃げ帰った県知事がいるくらいですからね。

 ああ、またもや新型コロナと政治の話題かよ。自分ながらほとほと呆れてしまいます。けれども、ほかに話題が見つけられない。大手広告代理店やマスコミでも感染者が発生しているので、ボクのような“百円ライター”の仕事も大打撃を受けております。特にスイスで開催される2大国際時計展示会が史上初の中止となりました。おかげで桜を見られるのは結構でも、この関係での大幅減収は避けられません。ニュース報道以外は不要不急といわれれば否定できないのが残念です。キリギリスの楽団が冬を越せない社会は不幸というほかないんですけどね。

 そういえば、大昔にJRが国鉄と呼ばれた時代に、労働組合が1週間以上のストライキをぶちかましたことがあります。ボクは西武新宿線の鷺宮に住んでいたのですが、私鉄は動いても山手線そのほかは完全にアウト。それまで糊口を凌いでいた大学生向けの日払いバイトが激減したおかげで、それこそ餓死寸前まで追いつめられました。二束三文の文庫本を紙袋2つにかきあつめて沼袋の古書店に売却。1000円少々をゲットしたのに、帰りのパチンコ屋で800円ほども負けるというアホなことも。あの期間をどうやって生き延びることができたのか、今でも不思議です。袋入りラーメンばかり食べていたような記憶があります。

 いずれにしても、ボクたちが生きているのは必ずしも文明社会ではありません。税金をかすめ取って行く連中は、緊急事態になると見て見ぬフリの殻に閉じ篭もるので、都市がいきなりジャングルとなり、ルールも変更されることを常に意識しておいたほうがいい。日本は戦後の安保体制のおかげで「平和ボケ」と称されてきましたが、「文明ボケ」という側面も濃厚なんだよな。

 しかしながら、現代はSNSが普及しているので、スマホを活用して新しい動きが出てくる可能性に期待したい。デマを振りまいて自己満足するのでなく、困窮家庭や高齢者のために救援隊を結成するとか、やれることはいろいろあるんじゃないかな。IT系はボクの得意分野ではないので、この程度の提案しかできないのが残念ですが、本当の改革は国会や行政ではなく、スマホから生まれてくるような気がするんですよね。

 少なくとも、既存の政治に絶対に期待してはいけません。そのように言われることすら奴らの思うツボですから、再び怒りが沸きあがるんだけどね。


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2020年4月 3日 (金)

精神論はもういいよ


「こんな些細なことをいちいち話し合っていたらキリがないので、事前に問題点や意見をまとめておくなどして時間を短縮しませんか。皆さんもお忙しいはずですから」
「なーに言ってるのよ。あなたねぇ、管理組合の役員会は2時間や3時間はあたりまえなんです。それを覚悟しておかなきゃ。まったくもう」

 なり手がいないと管理会社のオジサンから請われて、義侠心からマンションの管理組合役員をしたことがあるのですが、同じ役員のバーサンにこんな無茶苦茶を言われたことがあります。今ならナントカペイのCMのように「じゃいいでーす」と秒速で辞任するところですが、同じ住人同士なので「そんなものですかねぇ」とぐっと堪えました。ちなみに、このバーサンはAEDの設置にも反対。意味も機能も分からないくせに、とにかくカネを遣うことには片っ端から文句をつけるケチでした。管理費や修繕積立金は彼女の老後資金じゃないんですけど。

 役員のなり手がいない理由がよく分かったので、翌日にさっそく電子メールを利用してマンション全体を巻き込みつつも効率的に議題を運営する改革案を理事長に提出。ところが理事長も高齢のせいか、読んだのか読んでいないのか、あるいはデジタル・ディバイドなのか、ほとんど黙殺に近い対応で何も変えようとしない。こんな無駄な会合というか、高齢者の寄り合いに貴重な時間を費やせるほどヒマではないので、理由をこしらえるために欠席を2〜3回続けた後に「これでは皆さんに迷惑をかけるので」と辞任しました。引きとめても留任するつもりは金輪際ないよ、という意思表示でもあります。

 ちなみに、この役員会は後にマンション住人を二分するほどの激しく醜い諍いを経て総退陣。その顛末は以前に紹介したことがあります。やがて新しい役員と理事長が選出されたかと思うと、すぐにエントランスにAEDが設置されました。しばらくするとドアが新しくなり、オートロックも導入されてモニターが設置されるなど、共有設備や施設がたちまちグレードアップ。以前に比べて資産価値もかなり上昇したと思います。

 昨日に国会中継を見ていて、この旧役員会でのエピソードを図らずも思い出しました。衆議院の会議場は大きくて重厚でご立派ですけど、国会議員の皆さんは紙に書かれた文字を読んで質問するだけ。予算委員会と同じく事前に内容が通告されているので、その回答をおそらく徹夜で官僚が作成。首相など閣僚もまたそのペーパーを一字一句違わず読み上げていきます。時に大げさな抑揚が付けられていますが、肝腎の内容は彼らが握りしめている紙を見りゃ分かるよ。

 にもかかわらず、どうして「こんな無駄なことはもうやめようよ」と誰も言わないんですかねぇ。平時は憲政の常道あるいはシキタリを踏襲するのも結構ですけど、会議場の外は新型コロナが蔓延しており、緊急事態宣言を出すか出さないかの瀬戸際なんですぜ。そのほかの議題なんか、それこそ電子メールで野党の質問と政府の回答をまとめておいて、ネットや新聞などに発表すればいいじゃないですか。

 それよりも、この国家的災厄にどう具体的に対応するかですよね。ここに至っても首相は緊急事態宣言を出さないというなら、どうやって政府は感染爆発を阻止するつもりなのか。休業状態を余儀なくされている企業や飲食店、そして職を失った人たちをどうバックアップするつもりなのかを真剣に討論しなさいよ。でね、さっさと政策を決めて、即座に間髪を入れず実行する。この期に及んで「検討中」なんて、よく言えるよなぁ。

 とにかくね、世界に比べて日本政府の行動はあまりにも遅すぎる。左右を見て、後ろを見て、さらに地面を見て空を見ても、なお空虚な方針論と精神論を繰り返すばかり。少しは前を見ろよ。緊急事態宣言にしても「必要であれば躊躇なく決断する」と口だけの予告編ですぜ。100人中100人が今こそ必要と言うんじゃないかな。

 布製のアベノマスクなんかいらないですから、やるべきことをさっさと直ちにやれよ。日本の政治に期待したことは今まで1㎜だってありませんでしたが、これほどまでに失望、いや絶望したのは生まれて初めてです。言っちゃ悪いけど、日本はもうダメだな。

 

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2020年3月31日 (火)

自己防衛(後)


 感染者がいきなり激増するだけでなく、テレビのワイドショーも急におどろおどろしい雰囲気になってきました。外出自粛を要請されているにもかかわらず、学生たちが駅前で酒飲んで無神経に騒ぎまくっているから仕方ないですけどね。ボクの知っているカウンターバーでも、金曜日の深夜に尻や肩を窮屈そうに隣り合わせて、マスクなしで濃厚接触している人たちがいたので、危機感はほど遠いみたい。廊下みたいな空間で換気も悪そうなので、集団感染も十分にあり得るんだけどなぁ。

 そうかと思えば、テレビでは学校再開に向けて「ちゃんとした基準を示して貰わないと困る」とこぼしている先生がいました。この先生は、文科省と教育委員会の指示になれきってしまい、自分で考える習慣をなくしたのでしょうか。新型コロナが壇蜜、じゃなかった「3密」で感染することは衆知されています。基準が示されないということは逆に、それさえ守れば何をしてもいいってことですよね。だったら、運動場とか近くの公園で授業をやってもいいじゃないですか。防寒対策さえしておけば、広くて換気もこれ以上ないほど抜群です。何も狭苦しい教室の中でしか授業ができないってことはないはずです。むしろ、そうした創意工夫を子供たちに見せることも教育の一貫ではないでしょうか。

 自己防衛もそれと同じで、想像力に基づく創意と工夫が必要というのが、ボクの結論なのです。すでに起きたことや誰かに言われたことに受動的に反応するのでなく、できるだけ先回りして考える主体的な想像力が欠かせません。そのための発想のヒントは過去にあります。今さら新聞記事をひっくり返せというのではなく、大きな傾向だけを掴んでおけばいい。ボクにとっての第一は、日本の政治家でまともな展望と指導力を備えた人は皆無ということ。第2に、太平洋戦争敗北後の日本はアメリカの従順な奴隷、じゃなかった忠実な子分であり、何から何まで追随してきました。近頃なら相次ぐ規制緩和や国際化にインターネットが象徴的じゃないですか。

 この2つを知っておくだけで、いろいろ先行きが想像できます。アメリカで新型コロナが蔓延していたら、日本だけパラダイスでいられるはずがない。そして、このまま感染者が倍々で激増したら、凡庸な政治指導者の手に負えなくなるってことです。

 だからといって、焦って買い占めに奔るのは、ただの神経反射であって、想像力とはいえません。昨日も指摘したように、いくら生鮮食品を買い占めても3日くらいしか保たないからです。そして、1人が過度に買い占めれば、トイレットペーパーと同じく流通システムに大きなダメージを与えます。空いた棚やケースがみんなの買い占め心理に拍車をかけることになり、円滑な供給体制が瞬時に壊れてしまうんですよね。電気がショートしてブレーカーが落ちてしまい、家全体が停電するようなものです。

 そうならないためには、どうするか。首都封鎖にならないまでも、外出自粛が続くと想定すれば、ある程度の買い置きは必要不可欠です。そのほうが安心できますから。ただし、まとめていっぺんにというのがいけないんだよな。他人に迷惑をかけるので恥ずかしいだけでなく、前述したように供給体制、サプライチェーンに異常な負荷をかけることになるので、結果として生鮮食品も入手しにくくなってしまいます。

 それを回避するためには、ちょっとずつ保存食品などを買い置きすればいいのです。これなら、ほかの人に迷惑が及ぶことはないはずです。今さら遅すぎる提案かもしれませんが、日々の買い物のついでに、パスタや缶詰やレトルト食品などを少しずつ買い足していくという感じかな。

 これはあくまでも例であって、正解というわけでは決してありません。むしろサバイバルに正解なんてあるはずがない。自分自身で臨機応変に工夫していくほかないんですよね。これこそが学校で本来教えるべきことであり、ボクたちが久しく忘れていた思考習慣、すなわち知恵ではないかと思うのであります。


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2020年3月30日 (月)

自己防衛(前)

 

 パニック的な買い占めを煽るわけでは決してありませんよ。けれども、この国の政府はホントに信用できません。東京オリンピックの延期が正式決定されたのは3月24日ですが、その直後から新型コロナ検査の陽性者がいきなり激増ですからね。これまで少なかったのは、厚生労働省をはじめとする行政幹部の「忖度」による検査数抑制のおかげだったのかと、誰だって疑うではありませんか。

 国によって検査体制が異なるので、ボクは感染者数でなく死亡者数を新型コロナ蔓延の基本的な指標としてきました。それでもこうなると、死亡原因を肺炎ではなく、既往症など別の理由でカウントしていた可能性も否定できなくなってきました。さすがに何を信用していいのか分からなくなりますよね。

 以前も書きましたが、このやり口は太平洋戦争時の大本営発表からまったく変わっていない「悪弊」なのです。歴史を振り返れば、というより過去の新聞やネットをチェックするだけで、そんな事例は山のように列挙できます。水俣病などの各種公害から薬害エイズ、近年でも原発事故そのほか、見て見ぬフリの不作為と情報隠蔽のオンパレードですぜ。 

 こんな国の公式発表なんか、とてもじゃないけどボクは信じられません。かといって、国民はあまりにも従順過ぎて、政府や行政をひっくり返そうとする覇気すら感じられない。というより、自分と家族を守ることに精一杯で、他人のことまで考える余裕がないんだろうね。スーパーのカートにトイレットペーパーや保存食を山のように積み込むオバサンも、傍目には意地汚く見えるけど、必死で生き残ろうとしているわけです。素直に純真に政府を信用していたら、いつ餓死に追いやられるか分からないもんね。

 この意見はちっとも過激ではなく、普通の社会人なら異論はないはずです。そもそもSNSとネットの時代に隠蔽が通用すると思っているのは、アメリカと中国と北朝鮮と日本くらいなものじゃないかな。結構多いけど。イランなんか、あの惨状では隠しきれないですもんね。その中でも、日本は特別に往生際が悪いとしか言いようがない。

 これ以上の評論や分析は賢い大学の先生や識者にお任せするとして、本気で自己防衛を考えるなら、やはり家の中にいるのが一番ですよね。これだけは都知事と意見が一致します。しかしながら、じっとしていても腹は減るし、心まで病んできます。少なくとも前者に対応するためには、ある程度の食料を買い溜めしておくことが必要です。ところが、生鮮食料品は3日もすれば傷んでくるので、長期の買い溜めはできません。冷凍食品なら消費期限は1年程度らしいのですが、一般的な冷凍庫は小さくて、収容能力は限られていますからね。 

 ここで気づかなきゃいけないのは、もはや現代に「ノアの箱舟」はあり得ないということです。旧約聖書が記した7日7晩という期間は持ちこたえられても、それ以上を耐え忍ぶのは現実的に厳しいですよね。マスク不足が象徴するように、高度に発達した国際分業に依存しているため、国家もボクたち自身にしても、自給自足するには限度があるじゃないですか。つがいで乗せた動物たちは再び繁殖しても、人間の生活水準が簡単に元に戻るはずがない。

 若い頃に核シェルターを庭に埋めた人を取材したことがあります。いざという時にまわりの人たちが殺到する怖れがあるというので、場所も名前も匿名で記事化しましたが、仮に核戦争を生き延びたとして、いったい何ができると思いますか。どれだけ食糧を保存していようが、大多数が死に絶えてなお放射能が残る環境では、死期がちょっとばかり延びるだけのことですよね。電池ひとつ自力では作れないんですから。

 それまでの生活を維持するためには、みんな一緒に生き残っていかなければならない。これをきちんと理解すれば、自分勝手な行動が社会を殺し、それが連鎖して自分自身の生活も殺すことが分かってきますよね。それを踏まえた上で、正しい自己防衛とは何かをもうちょっと考えてみたいと思います。

 

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