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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

経済・政治・国際

2019年3月15日 (金)

窮鼠猫を噛む

 

 とうとうセブンイレブンが折れたようですね。大阪で24時間営業をやってられないと悲鳴を上げたフランチャイズ店に対して、契約違反だから1700万円を支払えと迫っていたのに、メディアで大々的に報道された途端に態度を豹変した、ようにボクには感じられます。

 おそらく世間の話題にならなかったら、契約解除に加えて法外な違約金も課されたんじゃないかな。何しろ全国で2万店を超えるマンモスチェーンですから、本部の大奥に鎮座されている方々は「こんなもん認めたら他店にしめしがつかん」とか何とか指示していたのではないでしょうか。それでも、報道が広がっていくと、似たような弱者が少なくないせいか、有言無言の支援と本部への批判が拡大していった、んじゃないかな。

 ボクも抗議の意味で近所のセブンイレブンはやめてファミリーマートに行こうとしたくらいです。でも、直営店でない限りは内ゲバや仲間割れと同じで、無理しながらも終夜営業を続ける無辜のフランチャイジーに迷惑をかけるだけで、何の抗議にもなりません。

 この構造はタクシー業界も似ていて、景気変動などの直撃を受けるのは歩合給の運転手さんだけといっていい。よほど無理した設備投資をしない限りは、この歩合給がクッションとなって会社本体の利益が激減ということはないはずです。だからこそ、経営戦略なんてものは必要なく、横並びでみんなと一緒に国土交通省の沙汰に従っていれば良かった。そうした業界慣習に値下げという波乱を初めて巻き起こしたのが京都のMKタクシーです。このため現地では蛇蝎のように嫌われていました。京都出張の時に、タクシー運転手さんからあることないことをさんざん聞かされて閉口したことがあります。

 だから、もっともっとセブンイレブンに情け容赦のない踏ん張りを続けていただき、社会からの批判をどんどん盛り上げて、燃えさかる大火のようにして欲しかったくらいです。

 コンプライアンスだのCSRだのと口あたりのいいことばかりを言っていても、ひと皮剥けば、資本を背景とした非人間的なごり押しが普通なんですよね。1920世紀初頭の原始的な資本主義&競争社会ならともかく、21世紀になってもこれかよと、ボクは深く絶望しております。ある大学教授に「社会はすぐには変わらないのよ」と慰められましたが、ではいったいいつになったら変わるんですかねぇ。 

 この情報社会では大阪のコンビニのように「窮鼠猫を噛む」ことも不可能ではないので、SNSの活用が唯一の反撃方法なのでしょうか。

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2019年3月 1日 (金)

知らない人に1票?

 

 今年は統一地方選挙と参議院選挙が行われる「選挙イヤー」になるそうです。そうなるとテレビなどのメディアは声を枯らして「選挙に行こう」とか「あなたの1票を大切に」などというキャンペーンを展開しますが、本気で言っているのかなぁ。

 

 選挙のたびに、大きな看板に数多くの候補者の顔が張り出されますが、その中にあなたの知っている人はどれだけいるでしょうか。面識なんかゼロという人のほうが大多数ですよね。仮に知っていたとしても、テレビで見たとかクソうるさい街頭演説やら、パンフレットあるいは知人からの電話による名前だけじゃないですか。

 

 にもかかわらず、そんな見も知らない連中から1人を選んで投票しなきゃいけないというのが現代の選挙であることを、行政もメディアもきちんと認識しているとはとても思えません。通り一遍の討論会や演説で候補者の本質を見抜けというほうが無理です。短期間に候補者全員のことが詳しく分かるはずがない。一般有権者にそんなヒマはありませんよ。

 

 かくて、見た目やイメージだけで選ばれた連中が果たして何をしてきたか。直近では女性問題で議員辞職願いを提出した田端毅衆議院議員。何と準強制性交の告訴状が警察に出されています。彼に投票した人は「そんな奴とは知らなかった」と言うでしょうね。「そもそもよく知らねぇ奴」という投票者も多いんじゃないかな。

 

 ちなみに、彼は「魔の3回生」と呼ばれる集団に属していました。実はそれ以前に「魔の2回生」と呼ばれる国会議員がいまして、いやまぁ、すごいトラブルを頻発してきたんですよね。とりあえず解説しておくと、「魔の2回生」とは、自民党が圧倒的に大勝した第46回衆議院選挙で初当選し、続く第47回でも当選した人たちを言います。あまりにも問題が多いので、そんな別称が生まれたのですが、第48回にも当選した議員がまたしてもスキャンダルを連発したので、流れから「魔の3回生」とまとめられています。

 

 ちょっと調べただけでも、不倫や路チュー、アルコール中毒疑惑に金銭トラブル、「このハゲー」と叫んだ女性議員も「魔の2回生」でありまして、こいつら、と敢えて呼ばせていただきますが、政治家にあるまじき暴言失言差別発言を取り上げたらキリがありません。どこが選挙の洗礼を受けた選良だよ。

 

 それもこれも、自民党一強の大波にちゃっかりと乗っかり、政治家の資質に大きく欠けるにもかかわらず、そんなことを知らない人たちから1票をかき集めて当選した連中が多いからです。投票した人たちの責任といっても、前述したようにそもそも知らない奴なんだから仕方ないじゃないですか。比例代表ってこともあるしね。ともかく、そんな「間違った1票」を投じさせてしまう制度に問題はないのかなぁ。

 

 こうした政治をナメている奴らに鉄鎚を喰らわせるために、ボクは今年の選挙はみんなが棄権すべきじゃないかと考えています。いや、それでは組織票を有利にしてしまうので、投票用紙に「該当者なし」という項目を作らせる運動をしようよ。先の基地をめぐる沖縄県民投票でも、「どちらでもない」という項目があったのですから、決しておかしなことではないはずです。「該当者なし」に投票する人が3〜4割以上の規模になったら、さすがに大問題になるんじゃないかな。自分の意見を押し通しながら討論を仕切る田原大先生も、何でも知っている博学多識な池上ジャーナリストも、「選挙に行け」とは言うけど、こうした根本的なことをスルーしてきましたからね。

 

 一度でいいから、この問題を真剣に論議しておかないと、ろくでもない地方議員や国会議員がまたぞろ大量生産されますぜ。ということをここに警告しておきます。この予測が当たってもワシャ知らんぞ。

 

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2019年2月25日 (月)

生き良くするヒント

 

 ほんの6〜7年前までは「就職氷河期」と言われていたのに、今では大学新卒者にとって圧倒的な「売り手市場」となり、コンビニなどを始めとする現場も深刻な人手不足と伝えられています。

 

 少子化による労働人口の減少、というのはあくまで公式の見解であって、そんなもん突然に勃発するはずがないと思うんですよね。2025年前から出生率がガクンと下がってきたのであれば納得できますが、実際にはそうではありません。厚生労働省「人口動態統計」によれば、出生数が顕著に減少したのは70年代から80年代初頭なんですよね。その結果として、89年には「合計特殊出生率」が1.57となって各方面にショックを与えましたが、全体として見れば90年代以降は緩やかに減少してきたのです。

 

 就職氷河期の最末期を東日本大震災直後の2012年とすれば、この年に22歳で大学を卒業したなら、1990年生まれとなります。前述したように7080年代は出生数の激減期なので、この時期に生まれた少子化世代が大卒年齢になる90年代後半〜2000年代に「就職氷河期」にぶち当たったのです。

 

 とすれば「就職氷河期」の本当の理由は明らかで、バブル崩壊による不景気が長引いたことから、企業の求人意欲が冷え込んだということに尽きるでしょう。さらに90年代には大学数が急増。進学率も急上昇して新卒者も増加したため、相対的に就職の門戸はますます狭くなったわけです。特に日本は横並び意識が強く、そこに情報革命ですから、隣の某銀行が求人数を減らしたらしいからウチでも、という調子で絞り込みが伝播していったのではないでしょうか。

 

 もとより、不景気になれば求人が減るのは道理なのですが、「就職氷河期」のあおりで心ならずも契約や派遣社員、アルバイトやパートなどの非正規雇用にならざるを得なかった大卒者が気にかかるのです。彼らが今の状況を見たら、もっと遅く生んでくれれば良かったのにと恨みたくなるんじゃないかな。

 

 だからといって、会社も雇用を増やせば固定費が増大するので、もっと採用しろとは言えません。バブル崩壊という急ブレーキを踏んだ奴には大いなる責任があり、その後の「失われた20年」も政府の無作為と糾弾はできます。けれども、それで現在の状況が変わるわけではないですよね。これをボクは「大状況」と呼んできましたが、子供が親を選べないのと同じく、時期を選んで生まれることもできません。

 

 それでは諦めるほかないのかといえば、ボクは悔しいからそう考えたくはない。大状況に正面から抵抗するのは困難でも、そうなった背景や原因は追求することができます。何も分からないから不安に陥るのであって、敵の正体が分かれば精神的には落ち着くではありませんか。

 

 次に、個人レベルで選択できることだけは、周囲や流行に左右されず、自分の意思を大切にして判断・決定する。自分が決めたことなら失敗しても諦めがつきますが、他人についていって崖から墜ちたら情けないではありませんか。

 

 ボクたちの大多数は、川の流れに浮かんだ小さな木の葉のような存在です。自分の好きなところに自由に行けるわけではありません。でもね、精神まで流されてはいけない。そのために何をすべきかと考えて、前述の2つを思いつきました。大状況の理由を常に探ると同時に、小状況では自分の意思を最優先する。

 

 どちらも、小さな木の葉にとって簡単なことではありませんが、少なくとも自分の力だけでできることですよね。それを大切にすることが、これからを生き良くする方法ではないでしょうか。

 

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2019年1月10日 (木)

さすがフランス

 

 率直に言って、ボクは現代のフランスと、とりわけパリが好きではありません。同国の航空会社に搭乗して、客室乗務員の尊大な態度をはじめとして何度もさんざんな目にあったことが大きな理由ですが、そのほかにもちゃんとした根拠があります。若い女性や女子大生が華の都としてパリに憧れるのを否定しませんが、あんなコンクリートばかりの街に何の用があるのかなぁ。東京やロンドン、ニューヨークと大した違いはないですぜ。ブランド品なら世界中のデューティフリーで買えるしね。ムーラン・ルージュのあるモンマルトルやサンドニなんかも、ボクにとってはかつての浅草のような色褪せた観光地に思えます。

 

 それでも、ウトウトした眼でボーッと見ていた深夜のテレビニュースにはちょっとばかり感心させられました。日本のテレビ局の取材記者が、確かパリのル・モンド紙だと思うのですが、同社の玄関口を出て来た編集者らしき人にマイクを向けて、こんなことを訊いたのです。

 

「ゴーン氏の逮捕が話題になっていますが、彼を長期拘留する司法制度も世界的に問題視されているようです。いかがお考えですか?」

 

 おそらく、このテレビ局は、捜査段階にもかかわらず被疑者を1か月近くも拘置できる先進国では特異な「人質司法」と呼ばれる刑事司法制度への批判を期待していたはずです。警察や裁判を描いたアメリカのテレビドラマを見慣れたボクも、ホントにひどいやり方だと思います。有罪が確定するまでは推定無罪とするのが近代法の原則なのに、当初72時間に加えて、その後の勾留状で20日間もクソ狭い拘置所にぶち込めるというのは、明らかに文明的な法治国家とはいえないでしょう。ゴーン氏の場合は、さらに別件の逮捕を重ねて長期化させていますからね。

 

 ところが、この編集者の意見を聞いて、ボクは大爆笑すると同時に、さすがは市民革命の先進国だと見直したのであります。

 

「司法制度はその国の国民が決めるべきことですから、それがおかしいと日本人が思うなら自分たちで改めればいい。私たちが口を差し挟むような問題ではありません。それにゴーン氏を強欲だと感じているフランス人も少なくないよ」

 

 あははははは。どうです、実にアッパレ至極の理知的回答でしょ。取材者の目論見がすっかり肩すかしになったにもかかわらず、それを堂々と放送したテレビ局も褒めておくべきかな。何かといえば欧米を事例としてご注進に及び、自分独自の考えを持たない、あるいは持っていても具体的に明言しないメディアや評論家諸氏への痛烈な皮肉になっています。要するに、そんなことを外国人であるオレに言わせるより、お前たち自身が考えて自分たちで改革しろよってことです。普通の神経を持つ記者なら、どこかに穴を探して頭を突っ込みたいほど恥ずかしく思ったでしょうね。いつまで「外圧」を利用するつもりなのかなぁ。

 

 あまり言いたくはないけど、さすがはフランスというほかありません。ボクもこれくらい切れ味の鋭いコメントができたらいいんですけどね。

 

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2018年12月21日 (金)

情報帝国主義(後)

 

 昨日に報道されたばかりなので、日本のメディアは扱いに苦慮しているのか、それとも「今さら」な話題のせいか、フェイスブックによる多数の企業との個人情報共有はほとんど後追いされていません。

 

 日本経済新聞12月20日付けの記事をもう一度紹介しておくと、フェイスブックではアップルやアマゾン・ドット・コムなど約150社以上の企業と個人情報を共有していました。たとえばマイクロソフトの検索エンジン「ビング」では、これを利用してフェイスブックユーザーの友人の名前も読み込めるようにしていたり、アマゾンでも小売りサイトのレビューを投稿した人の審査に利用していたそうです。

 

 現時点ではほとんどの企業との共有を取りやめているそうですが、ある時期は個人情報がダダ漏れの状態だったといっていい大問題ではありませんか。今頃になって報道の配信元であるアメリカのニューヨークタイムスが問題視したのは、連邦通信委員会(FCC)と2012年にプライバシー管理における合意を行っていたからです。つまり、ユーザーの同意なしで個人データを共有してはいけないってことですね。

 

 それに対してフェイスブックの公共政策担当ディレクター(こんな役職があるんですな)は、提供企業はプライバシーに関する規約を守っているほか、フェイスブックが対応してこなかった端末やプラットフォームでサービスを使えるようにするためと釈明しています。

 

 早い話が、より利便性を高めるためであって、個人情報が外部に流出することはないということですが、それでいいのかなぁ。そんなことに同意した覚えはねぇぞという大合唱があって然るべき事件なのに、抗議の気配はまったく感知できません。フェイスブックがそうなら、LINEの会話記録だってビックデータのひとつとして解析処理され、マーケティングに活用することも考えられるではありませんか。すでにやっていたりしてね。

 

 ボク自身は、フェイスブックに参加していませんが、独特の押しつけがましさを感じませんか。「友達申請」って、若い人には楽しいことかもしれませんが、オッサンには何だかなぁなんですよね。ましてや、そうした個人情報が企業に流れているとしたら、ホントもウソもシャレや冗談だってすべて筒抜けってことじゃないですか。

 

 ああ、またしても話が長くなってしまいました。SNSというのは、囲碁のように、そうした情報インフラが陣地を取り合う戦場といっていい。他の国を侵略して領土を拡大する帝国主義と何ら変わりありません。異なるのは、それが国家の意思ではなく企業が主体になっていることと(中国は別かな)、個人情報が支配すべき領土になっていることです。これを拡大していくのは、軍事力ではなく、個人にとっての利便性や面白さということも違うでしょうね。

 

 それだけに、春秋戦国や群雄割拠のように複数が並び立つことはなく、各分野での覇者は1人または2人程度しか許されません。パソコンの黎明期にOSは何種類もあったのに、今ではマイクロソフトとアップルの2つに収斂されていますからね。

 

 何よりも薄気味悪く感じるのは、ボクたちがネットを検索して得られる情報は限られていますが、ファイアウォールの向こうには秘密の個人データが山のようにあって、その取り合いが陰で活発に行われているということです。オレのことをビジネスのタネにするんじゃねぇと言っても、カードのポイントやら何やらで、もはやボクたちを隠している布は僅かです。それでも便利なほうがいいじゃんという人が多数派でいる限り、どんどん丸裸になって、内臓までも見られることになるでしょう。

 

 そんな戦いを勝ち抜いて唯一神となった「ビッグブラザー」は、情報を武器として、いずれ個人を支配していくことになりかねません。頻繁に「許可」を要請するスマホは、その先駆けにほかならないとボクは思うわけですな。

 

 それでボクたちは果たして幸せになれるのでしょうか。

 

 この問いを昨日から考え続けてきたのですが、答は見つかりませんでした。幸せに感じる人もいれば、感じない人もきっといる。幸せだと感じない人は、やがてシェルターを作って立てこもることになるんじゃないかな。そこからの話を作ってみたいのですが、どうにもIT系の知識がなさ過ぎで手が出ません。取りあえずは、個人情報やプライバシーがなぜそんなにも大切なのかという文系的な大原則に立ち戻ることから始めてみたいと考えております。これも時間のかかる課題なんだよな。

 

 情報帝国主義なんてたいそうなことを言っておきながら、尻すぼみの結論で申し訳ありません。

 

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2018年12月20日 (木)

情報帝国主義(前)

 

 ソフトバンクが株式を上場しましたが、初日の終値は公開価格を15%下回ったようです。あはははは、やっばりなぁというのがボクの感想です。グループの有利子負債が18兆円にのぼるといった経営的な理由ではなく、上場の1週間ほど前に、なななな何とボクのところに、知らない証券会社から「買いませんか」というセールスの電話があったからです。

 

 株式市場には疎いボクでも、新規上場株は公開価格(売り出し価格)を上回るのが普通であることくらいは知っています。あれからもう30年にもなるのかと感慨深く感じるのですが、NTTが上場した時には買いが殺到。公開前の1株120万円が、たちまち300万円を突破しましたからね。それで瞬時に大金持ちになった人が続出したんじゃないかな。

 

 今回のソフトバンクは通信関係なので、このNTTの再来みたいな見方もあったようですが、そんな金の卵がボクのようなアウトサイダーに転がり込んでくるはずがありません。これまでに株を手がけたのは、ごく少額の投資信託を1回だけ。しかもバブル崩壊直前ですぜ。おかげで半額ほどに大幅下落という大やけどをしたので、もう株なんて一生やるまいと決めたくらいです。そんな奴のところにも絨毯爆撃のように「ソフトバンク株いかがっすか」と売りつけてきたのですから、公開後に値が上がるとはとてもじゃないけど思えません。そんな疑問を電話の向こうのセールスマンにぶつけると、しばらく絶句でしたもんね。

 

 トクしたことはほとんどなく、損するばかりの人生が磨き上げてくれた直感は、自慢じゃないけど決して間違っていないと確信いたしました。ただし、今回の上場でソフトバンクが手にしたのは約2兆6000億円。前述したNTTの上場(1987年)では約2兆3000億円だったので、これを上回る国内では過去最大の規模とされています。

 

 でもね、これほど巨額の資金をいったい何に使おうとしているのでしょうか。IT系に詳しい人には自明のことでしょうが、情報インフラを支配するためなんですよね。ソフトバンクグループの創業者であり筆頭株主の孫正義氏は、かつて自らそのように語っていた記憶があります。ITの世界は栄枯盛衰が激しく、企業の寿命も極端に短命化していますが、そのプラットフォームとなる情報インフラが大きく変化することはないからです。人気が移り変わるアプリよりも、通信料のほうが安定的で莫大な儲けを得られるのは当然ですよね。もっと簡単にいえば、浮き沈みが避けられないギャンブラーよりも、胴元のカジノの経営者になったほうが負け知らずで大金持ちになれるってことです。

 

 実際に、ソフトバンクグループは海外の通信キャリアや半導体企業を買収しまくりといっていい。孫氏にとってもはや日本国内なんて眼中になく、情報インフラで世界の覇権を目指していることは間違いないと思います。

 

 ただし、この分野は既存の大型企業が支配しており、その中で成長・拡大していくためには途方もない資金が必要になります。だからこそ巨額の有利子負債であり、超大型の株式上場ということになるわけですね。

 

 この動きは、19~20世紀の帝国主義を再びなぞっているとしかボクには思えません。そこで「情報帝国主義」という言葉を発案したのですが、個人間で情報を交流するインフラであるSNSも例外ではありません。たまたまでしょうけど、本日の日本経済新聞にはフェイスブックが150社以上の企業と個人情報を共有していたという外電が掲載されていました。

 

 要するに、ボクたちには見えないところで、情報インフラと個人情報をめぐる熾烈な戦いが行われているってことです。長くなったので、この続きは明日にします。でもさ、それによってボクたちは幸せになれるのかなぁ。

 

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2018年12月18日 (火)

勝てば官軍

 

 人間というのは、他人から良い影響を受けるケースは少なく、むしろ悪いことばかりを真似する生き物だと以前にも書きましたが、この性分に学歴も知性もまったく関係ないことがよく分かりました。

 

 テレビ中継もしている記者会見で、日本とロシアに関係する質問を無視して「次の質問をどうぞ」を4回も繰り返した河野太郎外務大臣のことです。そんな傲岸を平気で通せたのは、どう考えたってトランプ大統領の影響ではありませんか。自分を批判するメディアを「フェイクニュース」と断じるだけでなく、気に入らない質問をした記者を出入り禁止にする唯我独尊な言動や態度を知り、「そこまでやってもいいんだぁ」と後押しされた政治家は少なくないんじゃないかな。

 

 安倍政権も不遜極まりない強行採決を続けてきましたが、こちらは戊辰戦争で「勝てば官軍、負ければ賊軍」と標榜された長州閥なので、トランプより150年ほど早い大先輩です。だから納得できるというものではありませんが、国政選挙も戦(いくさ)にほかならないという家訓でもあるんじゃないかな。

 けれども、海外経験が豊富なリベラル派と目していた河野太郎外務大臣までも、このビョーキの例外ではなかったと分かって、ほとほと失望しました。

 

 もっといけないのは、後になって公式サイトのブログで「お詫びして改めます」と言い訳をしたことです。「吐いたツバは呑めぬ」という諺がありますが、言葉だけでなく態度だって、一度やったことを取り消すことは絶対にできません。むしろ自分の浅薄な付和雷同を露呈することになるではありませんか。

 

 日本にはもはやまともな政治家はいないと絶望せざるを得ません。せめて、せめて、ボクたちだけでも悪い猿真似はやめようではありませんか。大学進学率は昔に比べて飛躍的に上昇しましたが、横並び意識を強めただけのような気がします。しばしば言われる「批判的思考」によって少数派として孤立するよりも、大勢に従ったほうがトクじゃんかという理屈も分からなくもないんですけどね。ああ大政翼賛会。もっと昭和史を勉強しないと、同じことの繰り返しになりかねないとオッサンは危惧しちゃうんだよな。

 

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2018年12月14日 (金)

現場仕事の行方

 

 およそ10年以上にも及ぶ懸案だった事務所のトイレを、全面的にリフォームしました。

 

 便器のデザインが悪いのか、それとも水量が足りないのか、流れがめっきり悪くなっていたんですよね。だから当初は便器だけを交換しようと考えていました。温水洗浄便座にはまったく興味がなく、便座が暖かいなんて、むしろ気持ち悪く感じるタチなので、最低限の条件を満たすものを探した結果、ニトリの6万円台に決定。

 

 普通のブツなら購入したら一巻の終わりなのですが、便器はそうはいきません。古いものを撤去して、新しいものを設置しなければならない。水まわりのリフォームを自分でやるというのは無理というか、危険でもあります。ヘタして漏水でもすれば、下階の被害を賠償しなければなりませんからね。不要となった便器もどこに捨てたらいいのやら。

 

 それで「工事」を発注することになったのですが、どうせやるなら床や壁のクロスも取り換えたい。ついでに隣の洗面所も同じものに変えれば、一気に雰囲気がリフレッシュできるじゃんかと発展しちゃったんですよね。費用も納得できるレベルだったのですが、すぐにやってくれるわけではなく、何と1か月ほど先になってしまう。少子化による人手不足の昨今ですから、これはまぁ仕方がないなぁと。

 

 そんなこんなで工事が無事に終了したのは先週です。2人の職人さんにやっていただいたのですが、そのうち若いほうの人の日本語のアクセントがちょっとおかしい。それでアジア系の外国人就労者だと分かりました。近所のコンビニは日本人がレジにいること自体が珍しいので、こうした現場仕事も外国人がいないと回らなくなっているはずです。

 

 だから、安倍政権が衆議院で強行採決した出入国管理法改正案や技能実習制度には様々な問題が大ありとしても、現場系外国人労働者の受け入れは、もはや待ったなしの急務だと思うのです。その意味では、とにかく大きな法律を通過させて、細かいところは省令などで修正・追加していくというのも現実的な方法ではあるんですよね。野党のように原則論にこだわっていると、日常生活はどんどん不便になっていくんじゃないかな。ロボットに任せるといっても、リフォームなどの現場仕事はまだまだ無理ですからね。

 

 要するに、問題となっているのは、そうした外国人労働者の社会的待遇ですよね。仕事はさせても、国民としての社会保障などが不十分であれば、いずれ誰も来なくなるか、治安に大きな影響を及ぼすことになるのは明白です。

 つまり、問われているのは政策というより、ボクたちがこの国の中で外国人と共生していく覚悟ではないでしょうか。便利だけど習慣や礼儀が異なる外国人を日本人として受け入れるのか、そんなのはどうしてもイヤだから入国障壁をこれまでのように高くして不便を我慢していくのか。たとえばゴミの回収が月1回だけになるなんてこともあり得るでしょうね。

 

 欧米の動きを見る限りでは、移民反対の趨勢が強くなっているようですが、もともとは汚れ仕事を植民地からの奴隷や移民に頼ってきた歴史がありますよね。なのに、何を今さら勝手なことをと思っている人も少なくないんじゃないかな。

 

 難しい問題ではありますが、移民の利益と国民の利益は必ずしも相反するものではないとボクは思うんですよね。そのためには、これをトレードオフの関係とみなすのではなく、より良いコミュニティの維持継続という視点で論点を整理したほうがいい。またまた理想論と誹られるかもしれませんが、そのカギとなるのは、教えること、即ち「教育」のほかにないだろうと、ボクは愚考するのであります。

 

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2018年11月 8日 (木)

生き残り競争?

 

 深夜に年齢別の死亡率を見ながら、エクセルかなんかで年金の総支給額を計算している厚労省の役人、または下請けのシンクタンクの担当者の姿をイメージするんだよなぁ。

 

 年金を貰わず働き続けて70歳まで受給を遅らせると、65歳の場合に比べて、月々の年金が10万円ほど増えるという試算を厚労省が発表しました。これを「繰り下げ受給」と呼ぶらしいのですが、その魂胆は見え見えですよね。高齢化によって、ただでさえ医療費が毎年1兆円ずつ増加しているのに、年金も規定通りに支給していたら、いよいよ国家財政が危なくなる。そこで、年金の支給をできるだけ遅らせようじゃないかと合議したんじゃないかな。

 

 本日は締め切りが1つあるので死亡率を調べる余裕はありませんが、普通に考えれば65歳より70歳のほうが人口は少ないはずです。それを見定めなければ、こんな発表をするはずがない。

 

 国家的な視点では当然のことでしょうが、受給する側にとっては悩みどころです。よぉし70歳まで我慢して10万円アップだぞ、と意気込んでいた人が、直前の69歳までにお亡くなりなんてことが結構あり得るからこそ、おトクな「繰り下げ」をススメるわけでね。つまりは、言っちゃ悪いけど、隣で死んだ人が貰えるはずのカネの一部を上乗せして支給するということです。そんな「生き残り競争」を国家が公言していいのかなぁ。

 

 ボクは、そもそも国家に余計なカネを渡すこと自体が大嫌いです。とりわけ年金なんていうのは、こちらの意志を問わず、むりやりに持っていかれるのに対して、支給する段階になると「仕方ねぇなぁ」と言わんばかりの上から目線と感じませんか。銀行に預けたカネと同じで、ボクたちは正々堂々と貰う「権利」があるはずです。なのに、それを繰り上げだの繰り下げだのと、受給時期を操作しようとする「上から目線」が実に不愉快なんですよね。銀行員が「預けたカネの引き出しは70歳まで待ってください」と言ったら大暴動ですぜ。「そのほうが利息も増えるんですから」と説明されても、「いつ引き出そうが預けた奴の勝手じゃねぇか」とボクなんかは思うんだよな。

 

 それもこれも、ボクの血縁は、親子代々にわたって国家や行政を信用しない傾向が強いのです。特に親父はいつも「国にカネを渡したら何に使うか分からん」と憤慨しておりました。敗戦直後に警察官などの役人が平気で賄賂を受け取っていたことを知っているからです。そんなわけで、ボクは若い頃から「小さな政府」を望んできました。けれども、自由と民主主義を標榜する政権が連綿と続いてきたにもかかわらず、政府ならびに国家予算は「借金」も含めると年々拡大の一途ですもんね。

 

 本来は充実した福祉制度を担うのは社会主義的な政党であり、税収も支出も必然的に規模がデカくなるので「大きな政府」となります。逆に国民から必要以上のカネは取らないから老後のことも自分で面倒みてね、というのが自由民主主義を重視する「小さな政府」なはずです。にもかかわらず日本は、それぞれの「悪いところ取り」といっていい。何かと理由を付けてカネを取ろうとするデカい政府のくせに、国民に対する社会保障が圧倒的に貧弱で、それが問題にされるたびに自己責任を言い出す。

 

 国をあんまり信用すると痛い目をみるぜ、と若い人にはいつも言ってきたのですが、強いものになびく風潮がますます強くなってきたように感じるのは、ボクだけかな。

 

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2018年10月23日 (火)

シアーズ破綻(後)

 

 日本ではとっくに役割を終えたと判断されているせいか、シアーズの破綻はあまり大きく報道されていないように感じます。ボクは80年代にGMS(ジェネラル・マス・マーチャンダイザー)という言葉に随分悩まされたんですけどね。

 

 早い話が、食品スーパーが衣料などを扱うようになり、事業をどんどん多角化していくってことですが、そんなことが実際にできるのかよ、という疑問がボクを悩ませたのです。だってさ、食品スーパーで服を買う人って、かなり少数派ですよね。宝飾ともなれば希有といっていい。ボクなら百貨店あるいはセレクトショップに行きます。

 だから、衆知のように日本ではうまく行きませんでした。ダイエーも派手に失敗しましたからね。かくてGMSは死語となり、おそらく若い人はネットで調べないと意味が分からないんじゃないかな。

 

 そんなわけで、シアーズはアメリカの小売市場に君臨する超大型の恐竜になってしまい、消費者の高級志向やブランド志向、専門的なニーズに対応することができなくなったというのが、90年代の凋落の理由だと思います。

 

 そして、21世紀になると、ご存じネット通販の天下になってきます。シアーズも70~80年代には大きな通販カタログを製作して消費者に配布していたと思いますが、こんなものは電話帳と同じで、重くて邪魔になるばかりですから、いつか消滅することが運命だったといえるでしょう。

 

 結局のところ、シアーズは大きな資本を保有していたにもかかわらず、時代や環境に対応した業態転換ができなかったということに尽きるんじゃないかな。日本でも東芝が会社の存続を揺るがすような粉飾会計で大問題を起こしたほか、詳しくは書きませんが、検査データの改ざんなど大企業の不祥事は頻繁に発生しています。

 

 大きな組織になればなるほど血流が滞り、神経が回らなくなります。しかしながら、人間とカネは紛れもなく事業の資本ですから、大きれば大きいほど安定すると思われています。けれども、本当にそうかなぁ。図体が大きくなればなるほど、ボクは余計な人間が増えて、しなくてもいい派閥抗争や学歴だけを重視した昇進が行われると思うのです。かつての大日本帝国陸軍や海軍とまったく同じです。そうした人事制度の硬直化や現実感覚=リアリティの喪失は、スローガンや理念や社訓や規則やコンセプトで縛ることはできません。

 

 以前に、カルロス・ゴーンが危機的な状況に陥った日産自動車で多数の従業員を解雇した時に、ボクは次のように考えました。日産自動車の従業員と資本と工場を大きく分けて、日産自動車Aと日産自動車Bという2つの会社にする。そして勝ち残ったほうが存続し、負けたほうは潔く解散すると決める。ただし、2つの会社が採算分岐点をかなり上回る実績を挙げたなら、どちらも生き残ることを許す。

 

 フランスから来日したMBAの教授にそのアイデアを話したところ、最初は絶句され、次に「そんなアホな」みたいことを英語で言われ、仕舞いには「銀行はどうすんだよ」と笑われました。だからさ、MBAなんていうのは過去の事例をフレームワークとして覚えるだけであって、絶対といっていいほどオリジナルを生み出せないのです。変化や革新というのは、びっくりするような奇想天外が含まれていなければ、昨日の続きに過ぎないではありませんか。

 

 これからはAI抜きでも、従事者が面白いと興味を感じない仕事は滅びていくはずです。それこそがシアーズから得られる発展的な教訓ではないかと、ボクは思うんですけどね。

 

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