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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

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    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

音楽

2017年7月13日 (木)

クラシック

 

 ある歌手に聞いたのですが、日本でクラシックの音楽家はなかなか食えないそうです。特に声楽=歌手として自立できるのはほんのひと握りというから、ボクには意外でした。

 

 東京ではクラシックのコンサートがかなり多く、年末ともなればベートーベの交響曲第九番をあちこちでやっていて、どこも満員ですもんね。それでも全体として見れば、クラシックを好む人口は減っているようです。ボクなんかは好きな曲はバロックから西田佐知子にサザンにマンハッタン・トランスファーまでいろいろあるので、クラシックのヘビーユーザーではないけど、たまに聞きたい交響曲もあります。チャイコフスキーとかね。

 

 ただ、レコードとして売れる楽団や指揮者や演奏家は昔から限られていたように思います。かつては「カラヤン」というだけでブランドやトレンドみたいに無闇に信奉して、神棚にレコードを上げちゃうような人もいたんじゃないかな。ボクは天の邪鬼なので、そういう風潮には常に背を向けてきたのですが、いきなり人気のハシゴを外すのもこういう人たちのような気がします。

 

 いずれにしても、もはや音楽は一曲いくらでダウンロードできるため、人気歌手でもCDの売上げは年々低下。クラシックならなおさら売れない、ということになっているかもしれません。

 

 アーティストを目指すなら最高峰とされる東京芸術大学も同様で、二浪三浪しなきゃ合格できない最難関なのに、卒業後は大変みたい。ボク自身はそうした「高等遊民」的な分野があっていいし、あるべきだとも思いますが、好きなことをやって生きていくことのリスクは覚悟しなきゃいかんでしょう。

 

 にもかかわらず、クラシックのトレーニングは譜面通りが基本で、ジャズのようなアドリヴは完全に御法度。だから、そんな人がポップスやジャズの世界に入ると、自分の個性を出すのに一苦労となるようです。

 

 いや、実に興味深い世界ですね。だって、もしもクラシックを継承する人がいなくなったら、たとえばバッハから数えても400年以上にわたる積み重ねがプツンと途切れることになってしまいます。

 厄介なことに、音楽は絵のようにカタチとして残すことはできないんだよな。ハイレゾで記録するといっても、ライヴで演奏したり歌う人がいなければ、ラテン語みたいな骨董品になっちゃいますよね。

 

 何が言いたいのかオボロになってきたけど、そうしたクラシックをきちんと維持できるのが本当の文化ではないのかと。つまりさ、今になって多様性が喧伝されているけど、もともと音楽の世界は多様なわけです。それを「食える・食えない」の二元論で分けたら、どうしたって衰退していくジャンルを作ることにつながります。だから、そういうつまらないことを言わせないように下支えするのが政治の役割だとボクは思うのです。

 

 そのためには、政治家自身がコンサートなんかに足を運ばなきゃいけない。ウィーン古典派を語らせたら止まらないという政治家がいたら、ボクは尊敬してしまいます。そういえば、あの首相は不規則発言以外に何か趣味があるのかな。やっぱさ、少しはカネと関係ないことを身につけましょうよ、ということになるわけです。それが教養とかリベラルアーツと言うなら、日本はまだまだ途上国のような気がしてなりません。

 

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2017年7月12日 (水)

Wonderful World

 

 ルイ・アームストロングが1968年に歌ってヒットしたWhat a Wonderful Worldとよく間違えられるのが、サム・クックのWonderful Worldです。何てったってWhatしか違わないもんね。

 

 前者は『この素晴らしき世界』という邦題が付いているのに対して、サム・クックのほうは1960年発表の先輩にもかかわらず英語のまんまの放置状態も何だか差別的ですよね。しかも、ルイ・アームストロングの歌はベトナム戦争の北爆の映像を背景にして、シニカルな政治的メッセージのように使われることが少なくありません。

 

 どうもね、ボクはそういうインテリぶったあざといやり口は好きじゃないんだよな。それに比べてサム・クックのほうは、アップテンポのスーパー能天気な内容ですけど、若きハリソン・フォードが主演した映画『恵司ジョン・ブック』じゃなかった『刑事ジョン・ブック 目撃者』(1985年)の中で実に上手に使用されているのです。

 

 警察内部の不正に気づいた刑事役のハリソン・フォードは、それを察知した悪徳警官に撃たれて負傷。警官による殺人の唯一の目撃者であるアーミッシュの子供と母親と一緒に彼らの村に身を潜めます。中世のキリスト教原理主義みたいな宗教を信仰している村であり、クルマや電話といった文明の利器が一切ありません。だから、悪い連中が警察の情報ネットワークをフルに活用しても、なかなか探し出せないわけです。

 

 やがて傷が癒えたハリソン・フォードは、納屋に隠していた自分のクルマのところに行きます。カバーを取って動くかなとエンジンキーを回すと、ラジオから、この曲が軽快なリズムで流れてくるんですよね。

 

Don’t know much about history,
don’t know much biology.
Don’t know much about a science book,
don’t know much about the french I took.
But I do know that I love you,
and I know that if you love me, too,
what a wonderful world this would be.

 Historyは歴史、Biologyは生物学といった具合で、高校あたりの授業科目を英語で何と言うかが全部分かってしまう大変に勉強になる歌でございます。2番になるとGeographyTrigonometryAlgebraですもんね。念のために日本語にしておくと、地理に三角法に代数です。

 

 そういう科目の勉強はちっとも分からないけど、ボクがキミを愛していることだけは分かるし、もしもキミがボクを愛しているなら、何て素敵な世界になるだろうか。と、ここで初めてWhat a wonderful world という言葉が出てくるわけですね。お勉強はあまり得意ではないけど、思春期らしく女の子に恋をした生徒の心情が描かれています。

 

 この刑事は、ラジオから流れてきたイントロをちらりと聴くだけで「おっ」と若い頃を思い出したような嬉しそうな表情をして、自分も小さく口ずさみます。それだけでなく、傍らで見守っていたアーミッシュの母親の手を引いて、簡単なダンスに誘ってしまう。このシーンに、この歌がみごとにマッチしており、まことによろしい雰囲気になるのでありますよ。

 母親役は、後に映画『トップガン』でトム・クルーズの教官に扮するケリー・マクギリス。戒律の厳しい宗教を信仰するシングルマザーらしい貞節心を寡黙な中にうまく表現しています。けれども、次第に顔が優しくほころび、彼と一緒に笑顔になって踊ってしまう。

 

 少年の頃の淡い恋心を描いた歌が、大人の男と亭主を失ったシングルマザーが互いに惹かれ合う気持ちと重なっていくのです。このシーンだけで、何だか胸が一杯になってしまうんですよね。何度もビデオ(当時はね)を借りて観た映画ですが、それ以降の怒濤の展開にはまったく興味がなくて、ほとんど見ないで返却したくらいです。

 

 オールディーズ特有のふんわりした気分になれる歌だとボクは思うんですが、いかがでしょうか。

 

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2017年6月16日 (金)

『サン・ジャンの私の恋人』

 

 誰が歌ったとしても、それを聴くたびに胸がキュンと締まって、ひどく切ない思いに襲われるシャンソンがあります。

 

 『サン・ジャンの私の恋人』。哀愁たっぷりのイントロダクションだけで身体が反応するのですが、以下のフレーズ(訳詞:山本雅臣、以下同)で、ボクの過去のもろもろがですね、条件反射のようにぶわっと噴出。走馬燈のように影絵と化した思い出がくるくると回り出すのです。

 

甘い囁きなら、信じてしまうもの

あの腕に抱かれれば、誰だってそれっきりよ

 

 若かったけど貧乏で焦りや怒りばかりを感じていた頃に、ある女性と一緒に暮らしていました。将来に対する漠然たる不安もあって口喧嘩ばっかり。自分の自信のなさの裏返しということはイヤというほど分かっていても、カネもなければ知識も才能もコネもなければ、それを再び裏返すなんて容易なことではありません。結局は1年足らずで別れることになりました。

 

 さらにもうひとつ。吉祥寺にはかつて「ベル・エポック」というシャンソンのライブハウスがありました。なけなしのカネでたまに彼女と一緒に行ったこともあってね。そんな数少ない幸せな時に聴いて、強く印象に残った歌が『サン・ジャンの私の恋人』なのであります。

 

 1942年にリュシエンヌ・ドリールがレコーディングしたのがオリジナルで、フランソワ・トリュフォー監督も好きだったらしく、映画『終電車』(1980年公開)のオープニングで使っています。サン・ジャンとは聖ヨハネのフランス語読みで、彼を記念して6月の夏至の日には火祭りが行われるそうです。そんな特別な日の舞踏会に行った女性がたちまち恋に落ちるという内容です。

 

アコルデオンの流れに さそわれいつの間にか

サン・ジャンの人波に 私は抱かれていた

 

 これが始まりの歌詞。アコーディオンでなくて「アコルデオン」と読むあたりにフランスのシャンソンらしさが強調されていますが、華やかに装った人たちが集まる祭りの中で、若い娘が次第にその雰囲気に酔っていく様子が想像できます。そんな非日常な場でイケメンに甘い言葉で囁かれたら、たいていはコロリとやられてしまうわけですな。

 

あの腕に抱かれれば 誰だってそれっきりよ

あの眼差しに 見つめられた時から

もう私は あの人のものよ

 

 ボクは、そんな羨ましい「あの人」であったことは人生で一度たりともないので、やりきれない嫉妬を覚えますが、これはもう仕方がないんですよね。美しい女性はたいていイケメンの餌食になっちゃうんだよな。

 

何も考えずに みんなあげてしまった

たとえだまされても 愛してしまった私

甘い囁きなら 信じてしまうもの

あの腕に抱かれれば 誰だってそれっきりよ

 

 そんな恋を得た高揚感を経て、「アコルデオンの調べも みんな誘いの罠だった」と失意に至り、「みんな終わって過ぎた夢なのよ」というのがエンディングとなります。年を取ってみれば恋の始まりと終わりなんて、どれも似たようなものであることが分かるようになりますが、この歌に関する思い出を前述のようにダブルで抱えていると、やっぱり切なくなるんですよね。

 

 そうした切なさの本質が、パトリック・ブリュエルのカヴァーを聴いてやっと分かりました。彼は1959年にアルジェリアで生まれた男優&歌手で、オリジナルの歌詞を「私」から「彼女」に変えています。つまり、好きな女性がほかの誰かに惚れていく様子を、心ならずも見守る男の側から歌っているのです。YouTubeにPVがアップされていますが、これがレトロな映像で実に素晴らしく、彼の歌声も渋めのハリがあってなかなかいいんだよなぁ。そのせいか今の時点で約543万ビューが記録されています。

 

 ちょっと屈折していますが、男も女も一度くらいはそんなじれったいというかやるせない思いをしたことがあるはずですよね。ボクも、この歌にかつての彼女をしっかりと投影していたのです。その当時の気持ちを思い出すからこそ、余計に切なくなるわけですね。けれども、今となってみれば酸っぱくて苦いだけでは決してなく、やはり甘さもちゃんとありました。そんな思い出が、まるでないよりはあって良かったのかなぁなんてね、ちょっとだけ顧みたりするわけです。

 

 なお、来週からスイスに短期出張することになり、木曜日に帰国する予定です。よってブログはお休みさせていただき、23日の金曜日から更新いたします。

 

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2017年5月26日 (金)

ロシア語

 

 このところご紹介してきたロシア人歌手、エカテリーナさんのステージを赤坂のライブハウスで楽しませていただきました。

 

 彼女の豊かな歌唱力や奥ゆきのある表現力は、ワンフレーズ聴いただけでも並外れたハイレベルであることを納得できるはずです。しかも、蓄えられた声量のすべてを使うことなく、敢えて控え目に歌い上げることで、深い情緒を感じさせるんですよね。

 その一方で、プッチーニの『誰も寝てはならぬ』なんかマイク不要で声が響き渡ります。ミュージカルの原型とされるオペラの楽曲ですが、少なくともボクがこれまでに聴いた中ではダントツに感動的で、本当はこんな歌だったのかと再認識したくらいです。

 

 でね、たまたま開店直後に席に座ったせいか、ちょっとだけ彼女からロシア語を教えてもらう機会を得たのです。前回のブログで書いたように『モスクワ郊外の夕べ』はカタカナなら2番まで完全に暗唱できるので、それなりに自信を持っていたのですが、いやはや発音がまるで駄目なことが分かりました。何しろ「こんばんわ」という最初の挨拶「ドープルイ・ヴィエーチル」からして、「何を言ってんの?」という怪訝な顔ですもんね。いきなりカルチュア・ショックですよ。

 

「ポド・モスコー、じゃないよ。パッドなの、パッド。モスコーもマスコーだから、パッド・マスコーね」

 

 Oに聞こえる発音が実はAであったのはボクのロシア語ヒアリングが拙いだけですが、彼女が「パッド」と破裂音を発声するたびに一陣の風が吹き、決して冗談や比喩ではなく、ボクのまわりの空気が震えるのです。音は振動波によって伝達されるという物理学を実感いたしました。それほどの発声と呼吸法を身につけているわけで、やはりプロフェッショナルは違うなぁと大いに感心した次第です。

 

 しかもピアノの弾き語り()までこなしてしまうから凄いじゃないですか。そんな人の歌を身近に聴けるのはまったく望外の幸運というほかはなく、もっともっと有名になって然るべき歌手だとボクは思います。

 

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2017年5月23日 (火)

『君にありがとう』by Ekaterina

 

 昨日の続きになりますが、ロシア人歌手のエカテリーナさんは2014年にキングレコードから『君にありがとう』というCDを出しています。

 

 YouTubeにアップされているので簡単に視聴できますが、これを紹介しようと思って参考までにネットを調べてみたら、同じ曲名の歌がものすごく多いんですよね。もちろんカヴァーではなく、それぞれ作詞・作曲者が異なる、まったくの別ものだから驚きました。

 

 ちなみに、エカテリーナさんの場合は作詞・作曲が梅垣達志さんですが、以下に『君にありがとう』という同名のCDを出している歌手と作詞・作曲者を新しい順に列記してみました(以下、敬称略)。

 

●つるの剛士2017/4

作詞・作曲:都倉俊一

 

●奧華子2013/3

●豊崎愛生2011/6

いずれも作詞・作曲:奧華子

 

●福山潤2011/5

作詞・作曲:春行

 

●三田明2009/5

作詞・作曲:明煌

 

●岡本真夜2008/10

作詞・作曲:岡本真夜

 

nobuko2008/3

作詞・保志彼方、作曲・ZERODECIBEL

 

●森山良子2008/2

作詞・作曲:森山良子

 

●チン☆パラ2003/5

作詞:橋口耕太、作曲:加藤ひさし

 

●つじあやの2001/3

作詞・作曲:つじあやの

 

 ほらね、すごいもんでしょ。この中で唯一の重複が2011年の豊崎愛生で、作詞・作曲した奥華子も2013年に自ら歌ったCDを出されています。こういうケースもカヴァーっていうのかなぁ。本人ですもんね。

 これらはボクが簡単に調べた限りなので、まだまだほかに存在する可能性を否定できないほか、平仮名で『きみにありがとう』や、これをひっくり返した『ありがとうきみに』という歌だってあります。

 

 誰かに感謝する気持ちはとても大切なことでも、さすがにこれだけあると、お目当ての歌を探す時に迷ったりしないのかなぁ。中でも岡本真夜と森山良子は両者ともにビッグネームなのに、同年の発表ですからね。まさか歌手を間違えてCDを買う人がいるはずないと思いますが、歌のタイトルに著作権とか版権とか意匠権などの特許的な要素はないのでしょうか。

 

 全部を聴き比べてここでご報告できればいいのですが、ボクは音楽評論家ではないので、そんな気力はありません。ただ、心のスネにキズを持つ人は案外多くて、「いろいろ感謝しているよ」とパートナーや知り合いに言いたい気分の時はありますよね。ボクの場合は取り返しのつかない反省や後悔などにもとづく謝罪や懺悔に酷似していますが……。いずれにせよ、そうした「ありがとう」が世間に溢れるとうるさくて困るってことはありませんよね。

 

 こうしたスローバラードは、正直言えば、ボク個人としては必ずしも好きな分野ではありません。やはりアップテンポのマイナーに心惹かれます。けれども、エカテリーナさんはとても丁寧に、愛情を込めて慈しむように歌いあげており、歌詞も曲想も素敵に仕上がっているので、ぜひ聴いてみてください。

 

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2017年5月22日 (月)

『モスクワ郊外の夕べ』

 

ペースニヤ スリーシッツァイ ニエ スリーシッツァイ

ヴェテ チーヒエ ヴェーチェラ

 

 あははははは、何のこっちゃでしょ。あれから、といっても、いつのことか分からない人のためにご紹介しておくと、5月10日のブログでエカテリーナEkaterinaさんというロシア人歌手をご紹介しました。歌が素晴らしく上手というだけでなく、相当な美人ですが、彼女のウェブサイトに添付されていた『モスクワ郊外の夕べ』Evening in the suburbs of Moscow(Moscow Nightとも表記されます)にすっかり惚れ込んでしまったのが、「あれから」の始まりに該当します。

 

 オリジナルをなぞった民謡風ではなく、ビッグバンドによるジャズィで軽快かつ哀愁も漂う洒落たサウンドに仕上がっているのですが、1番と2番をエカテリーナさんは原語=ロシア語で歌っております。それでね、ついでにボクもロシア語で愛唱できるくらいになりたいな、と。でもってネットを探しまくり、カタカナで発音を覚えようとしているわけです、はい。

 

 というのも、ロシア語はスラブ系の言語なので、英語のアルファベットにあたる基礎的な文字からして馴染みがありません。しかも、ABCなら26個で済むのに、7個も多い。今さら語学の勉強なんて面倒臭くて時間的な余裕もないので、ややこしい文法抜きでいきなり発音を真似しようとしたのですが、いやはや、意味がちゃんと分からないとまるで頭に入ってこないんですよね。

 

 それで日本語の直訳と対応させて歌詞をなぞってみたら、これがハンパでなく良く出来た完成度の高い詩になっていることが分かったのです。

 

 この『モスクワ郊外の夕べ』における歌詞のポイントは、「ニエ」という否定語にあります。つまり、英語で言えばNotを中心に歌詞が構成されているのです。冒頭のカタカナは2番の最後で繰り返されるリフレインですが、真ん中に「ニエ」が入っております。「ペースニア」は「歌」の意味で、「スリーシッツァイ」は聞こえるという意味。つまり、「歌が」「聞こえるかのように、聞こえないかのように」という上等な表現が構成されているのです。

 

 実は1番のドアタマから「ニエ」が使われており、この歌の基本的な構成観=世界観を暗示しております。直訳すれば「庭園では葉ずれの音もなく」で始まり、「モスクワ郊外の夕べが、私にとってどんなに大切かを分かっていてくれたら」と続くわけですね。ほらね、かなり深い含蓄が込められた歌詞ではありませんか。もと詩人志望者としても、「Not」つまり「ではない」という言葉をコアにして歌詞を作るなんていうのは、文学的に高度なテクニックと言わざるを得ません。構文的なスタイルとしてはボブ・ディランの『風に吹かれて』に似た発想ですけど、『モスクワ……』のほうが8年ほど早く発表されております。

 

 ところが、曲に対応させた日本語の歌用の訳詞となると、ボクが知る限りでは「ニエ」がほとんど反映されていません。そりゃそうです、内容を忠実に直訳したらメロディからはみ出てしまいますから。

 

 この歌を作詞したのは、ミハイル・リヴォヴィッチ・マトゥソフスキー。ロシアのウィキペディアには略歴や業績などが紹介されているのですが、何しろ表記も原語なので、まるで読めません。ロシア革命直前の1915年に生まれて、奇しくもソビエト連邦が崩壊する前年の90年に亡くなられていますが、この歌詞から察するところ、おそらく著名な文学者だったのではないでしょうか。

 

 もう一度、冒頭のカタカナによるロシア語をボクなりに日本語に直訳すると、以下のようになります。

 

歌が聞こえるかのような、聞こえないかのような

この静寂の夕べに

 

 ソ連時代の1955年にヴァシリー・パヴロヴィッチ・ソロヴィヨフ=セドイが作曲。57年の世界青年学生祭典のコンクールで第1位に選ばれたことで、世界的に有名になったそうです。

 この歌詞のスタイルをボクなりに真似れば、

 

文学と社会体制は、関係あるようで、関係ないかのように

この自由なる思索のもとで

 

 ということになるでしょうか。ちょと稚拙ですよね、ああ恥ずかしい。

 

 つい長くなってしまい、もっと大切なことが後回しになってしまいました。明日に続くということで。

 

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2017年5月10日 (水)

エカテリーナ(Ekaterina)さん

 

 テレビなどのマスメディアはまったく無視していますが、今からちょうど100年前の1917年にロシア革命が勃発しました。ウラジーミル・レーニン率いる左派勢力のボルシェヴィキがロシア社会主義連邦ソビエト共和国を樹立。赤軍と白軍の激しい内戦を経て、22年にはウクライナなどのロシア帝国領を統合。ソビエト連邦が誕生しました。

 

 ところが、この「史上初の社会主義国家」は衆知のように91年に崩壊。わずか70年足らずで地球上から消滅しました。この国が果たしてマルクスが想定した社会主義あるいは共産主義なのか、異論はいろいろありますが、ボクたちは「西側」にいたせいか、ソ連にあまり良い印象を持っていなかったことは事実でしょう。冷戦下のプロパガンダもあったはずですが、粛清が続いたスターリニズムに始まり、KGBによる監視・密告社会や薬漬けのスポーツ選手などから、ソルジェニーツイン著『収容所群島』が大きな話題になったこともありますよね。

 

 このソ連崩壊に先立つ89年11月に、ベルリンの壁を若者たちがハンマーで叩き壊す映像が全世界に配信されました。おかげで東側は暗くて不自由極まりない悪の帝国が支配。それに比べて西側は明るく自由で善=正義というイメージが決定的になりました。社会主義による計画経済も完全に敗北。自由な資本主義社会の勝利こそが歴史的必然だと豪語する人もいたくらいです。

 

 けれども、果たして本当にそうかなぁ。マルクスが指摘したように、資本主義における自由競争は、昔のような大恐慌には至らないまでも景気循環は避けられないですよね。それに大きな資本を持つ強者はますます強く、弱者はどんどん弱い立場に追い込まれるという構造的な欠陥もあります。ソ連は確かに失敗したけど、それをもって社会主義や共産主義が完全に否定されたともボクには思えないのです。

 

 ロシア人歌手のエカテリーナさんは、そんなソ連の時代にシベリアのチタで生まれました。幼少の頃からピアノと声楽を習い、20歳でチタ音楽協会の専属歌手に採用されています。サハリンなどを経て95年に来日。以来、全国各地のライブハウスやコンサートで活躍してきたほか、NHK「みんなのうた」にも出演したことがあります。

 

 行きつけのシャンソニエで初めて彼女の歌を聴いたのですが、声量豊かな素晴らしい歌唱を耳にして、息をするのを忘れそうになったくらいです。上質なビロードのような美声というだけでなく、何ともいえない哀愁が漂ってくるのです。歌い方も、ボクがこのブログでたびたび書いてきた「引き算」をまさに体現。楽曲に込められた情念を、強弱と緩急をつけて歌詞と旋律に織り込み、ボクたちの心の深奥にまで伝えてくれます。

 

 ちなみに、彼女が生まれたチタを地図で見ると、中国北部の国境近く。ウィキペディアによれば、かつて日本軍がシベリア出兵の時に占領したこともあり、日本とまったく関係がないわけでもなさそうです。ただし、彼女が来日したきっかけはソ連の崩壊だったみたいですね。詳しい事情は聞いていませんが、「日本人は真面目で勤勉でウソをつかないから」と冗談めかして話してくれました。おそらくですけど、政治体制の激変で大混乱していた頃に、彼女を感動させた日本人がいたのかもしれません。

 

 ステージの合間の切れ切れの短い会話でしたが、とにかく日本と日本人が大好きということはよく分かりました。さもなければ、異邦人の彼女がこんなにも長く住み続けられないですよね。

 

 また今度ライブに行くつもりですが、例によって惚れ込んだ楽曲があります。彼女のウェブサイトEkaterinanouta.comのトップページと、「ディスコグラフィー」の最下段に添付されている『モスクワ郊外の夕べ』です。

 

 かつてザ・ピーナッツなども歌っていた『モスクワの夜はふけて』が原曲といえば思い出す人もいるはずですが、ロシア民謡風(1955年の歌で土着的とは言えないので)のオリジナルとはまったくの大違いなのです。Hiroki Inoue Big Band Friends Ekaterinaとタイトルされているように、管楽器も勢揃いしたフルバンドらしい厚みのある重層的な演奏によって、都会的で洒脱なジャズにアレンジされています。ノリの良い軽快なサウンドの中で、奥ゆきのある彼女の歌唱がそこはかとない愁いを感じさせるんですよね。ロシア語の歌詞では夏の夜とされていますが、曲想としては冷涼な秋の夜に感じられます。誰かとの別れを惜しみながら1人でモスクワ川のほとりを歩く感じかな。

 

 最初はロシア語で歌っていますが、ピアニカ(かな?)からクラリネットのアドリブを挟んだ後で、

 

短い夜の空に 

白さがただよう

いつまでも 忘れない

ああ モスクワ郊外

 

 と日本語になってエンディングに至ります(訳詞:穂高五郎)。この時の声がね、あたかも可愛い幼児を慈しむように、かつての愛しい恋人を慕う切なさのように、とても優しくて魅力的なのです。メロディやリズムも大切だけど、やはりナマの声音を通して様々な想いを届けるのが歌の本質なのだと再認識しました。

 

 4分ばかりの曲ですが、もう何回聴き直したことか。ボクがここ数年にわたってライブハウスやコンサートを彷徨していたのは、こういう歌に出会いたかったからです。

 

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2017年4月17日 (月)

『小指の思い出』

 

 立場が人を作る、とか人を育てる、なんていわれます。ボクは逆に、立場が人を歪めるとも言えるのではないかと。北朝鮮なんかもそんな気がするなぁ。普通に暮らしていたらとてもいい人なのに、様々な疑心暗鬼が絶えず心を脅かすような立場になったら、粛清とか暗殺とか戦争準備を指示してしまうのではないでしょうか。だーからね、指導者には確固たる崇高な理想が必要なのであります。

 

 それはさておき、「あなたが噛んだ、小指が痛い」で始まる『小指の思い出』です。1967年に伊東ゆかりがシングルレコードとして発表。たちまち大ヒットして、同年の第9回レコード大賞で歌唱賞が授与されています。ボクは子供ながら、このイントロをすぐに覚えてしまいました。当時は演歌のほかにジャンルはなく、いわゆるポップスは流行歌=はやり歌と表記されており、年齢を問わず愛唱されていたのです。

 

 それにしても、ただならぬ内容の歌だよなと思ったことを覚えています。

 

あなたが噛んだ 小指が痛い

きのうの夜の 小指が痛い

そっとくちびる 押しあてて

あなたのことを しのんでみるの

私をどうぞ ひとりにしてね

きのうの夜の小指が痛い

 

 昨晩に何があったかは一言だって表現されていませんが、あーしたり、こーしたり、いろいろあったんじゃないのと想像しないでいられるでしょうか(いやいられない)。女性の小指を恋人の男性が噛む(それすら歌詞ではきちんと説明されていません)という状況は、小さな子供にも普通のことじゃないよなと気づかせます。

 

あなたが噛んだ 小指がもえる

ひとりでいると 小指がもえる

 

 痛い、だけでなく、燃えちゃうんですよ。萌える、にしても、どんだけ気持ちのいいことをしたのでしょうか。というのはあくまでも冗談で、こんなにも深い含みのある歌詞はとてもボクなんぞには書けません。

 

 有馬三重子による余韻たっぷりの歌詞に、鈴木淳のスローでロマンチックな曲想がぴたりと合致するだけでなく、清楚な可憐さと大人の情感を融合した伊東ゆかりの歌唱が実に素晴らしい。スタンダードになった名曲のほとんどは、こうした奇跡的または運命的ともいえる出会いがあるんですよね。

 

 ちなみに、カラオケで歌ってみてください。伊東ゆかりのようには絶対に歌えないことが分かります。歌詞と歌詞の微妙な間がね、素人には決して埋められないのです。だから歌を敢えてメロディから遅らせたりするのですが、それをすると情感が損なわれてしまうんだよな。昨晩のあれこれを含羞も込めて思う歌ですから、秘かにポツリポツリと語らなきゃいけない。つまり足し算ではなく、「引き算」ができないとダメなのです。

 

 後にサザンの桑田佳祐がカヴァーしていますが、これはもう別の歌といっていいんじゃないかな。いずれにしても、昔の歌と歌手はすごいなぁと改めて感心せざるを得ません。そして、それまで抑えられてきた熱い恋心と情愛が、最後となる3番で奔流のように歌われるのです。

 

あなたが噛んだ 小指が好きよ

隠していたい 小指が好きよ

誰でもいいの 何もかも

私の恋を おしえてみたい

ほんとにだけど 言えないものね

隠していたい 小指が好きよ

 

 じっと目を見つめながらこれを歌われたら、どんなにいけない関係であろうとも、ボクならさっさと垣根も平気で越えて、小指を噛みたいほど惚れるだろうなぁ。

 ちなみに、の2回目ですが、こういう歌を上手に歌おうと思ってはいけません。ヘタでも音程がずれても構わないので、特定の人を思い出しながら心を込めて歌うことがコツです。今の歌手はこういう歌がヘタクソになったのではないでしょうか。

 

 さて、どうしてボクがこんな昔の歌を思い出したかというと、先日に久しぶりに本格的な革靴を履いたんですよね。そしたら、右足の小指が痛くて痛くて。その隣の薬指(足でもそう呼ぶのでしょうか)の関節にあたるところに白いタコができてしまいました。今でもそれが痛いので、「小指の思い出」。色気のカケラもないオチで恐縮です。

 

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2017年4月12日 (水)

『オルガ』

 

 日本のシャンソンは、オリジナルは確かにフランスにしても、歌手によっては本場よりも優れているのではないかと思わせる楽曲があります。

 

 たとえば金子由香利の『再会』は、もともとはニコレッタという歌手が1969年に発表したのですが、原曲はフラットなポップス調というか、抑揚に乏しく感じられます。そのせいか、フランスではほとんど人気がなかったようです。ところが、これを故・矢田部道一氏が訳して金子由香利が歌い、日本では一気にポピュラーとなりました。今ではシャンソンのスタンダードな名曲であり、多くの歌手がカヴァーしています。

 

あら! ボンジュール

ひさしぶりね

その後 おかわりなくて

 

あれから どれくらいかしら

あなたは 元気そうね

 

 これだけで内容を想像できるのが歌詞の優れたところですが、この歌を金子由香利は、かつての恋人がまるでそこにいるかのように情感を込めて語りかけます。豊かな声量を持つ人なのですが、敢えてそれを抑えながら呟くように歌うからこそ、心中を往来する過去の甘い生活や悲しい別れを想わせるのです。

 「あら! ボンジュール」だけは、日本語でそれはないだろうと最初は笑いましたが、よくよく考えてみれば「フランス(やはりパリかな)の街頭で出会った」ことを強調しているんですよね。「あら、こんにちは」では銀座か浅草それとも新宿ということになって、シャンソンのお洒落な風味が著しく減退していたはずです。

 

 いずれにしても、金子由香利はニコレッタの原曲を再解釈し、独自の歌い方でシャンソンの新しい名曲にしてしまいました。それくらい素晴らしい歌手ですから、オリジナルに忠実な楽曲でも、やはり情感に満ちた彼女特有の世界が展開されています。飽きるほど聴き続けた前述の『再会』にかわって、ボクが最近特に気に入っているのが『オルガ』です。

 

古びたショールを肩に

真っ赤に酔いしれて

酒場の扉を開けて

オルガは入ってきた

 

 訳詞がなかにし礼だけに、どうです、これからいったい何が始まるんだろうとワクワクするようなイントロでしょ。シャンソンは哀愁に満ちた曲想はもちろん、歌詞=言葉の世界がね、奥ゆきのあるドラマになっているのです。それに比べて、と言うのは爺の繰り言の定番的な前ふりですが、近頃の日本の歌は底があまりにも浅いなぁと。

 

 この『オルガ』は作曲がシャルル・アズナブール、作詞が『ラ・ボエーム』のジャック・プラント。さらに歌手はジュリエット・グレコですから、シャンソン界の大御所が揃っています。でもね、ボクはグレコよりも金子由香利のほうがしっくりと心に刺さるんだよな。

 

オルガは口ずさむ

古びた恋の唄を

本当よ わたし 歌手だったの

本当よ 大スターだったのよ

誰もがわたしに よくしてくれたわ

 

 酒場で語られる、酔った老婆のウソとも本当ともつかない昔話をみんなが面白がってはやし立てる様子を、金子由香利はあたかも演劇の一場面のように表現します。転調を繰り返す難しい歌なのですが、それに合わせてみごとに声音を使い分けているのです。

 

 そして、オルガの奇矯な思い出話をからかうみんなも、この歌を聴く人自身も、やがて年老いて、彼女のようになってしまうかもしれないと感じさせるところがね、すごいんだよなぁ。

 

 イタリアにそんな料理はないといわれるナポリタンのように、といえばあまりにも下世話な比喩ですが、決してフランスの真似事ではなく、日本には日本のシャンソンがあり得ることを金子由香利はいみじくも実証しました。

 行きつけになってしまった銀座のシャンソニエから、彼女に続く歌手が育っていくことを切に期待する今日この頃なのであります。

 

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2017年3月30日 (木)

『エリカの花散るとき』

 

 昨日夕方に、何事もなく帰国いたしました。

 

 正確には接続便の関係で、約7時間という久々に長いトランジットを我慢したんですけどね。おかげさまで、初めて国際便で成田ではなく羽田空港に到着できたのですが、これほど長い待機時間は7〜8年前のフランクフルト空港以来です。

 

 電車の駅ならいっそ市内観光でもするかという気になりますが、空港ではパスポートコントロールやセキュリティチェックなどもあって、そう簡単にはいきません。ましてや帰路は心身ともに激しく疲れていて、そんなエネルギーがあるはずもない。

 かといって7時間はほぼ1日の仕事時間に匹敵するので、結構な長さではあります。空港内をいくら丹念に歩き回っても2時間が限度。そんな時の暇つぶしに威力を発揮するのがインターネットなんですよね。

 

 おかげでマイブーム絶賛継続中の西田佐知子の動画をYouTubeでいくつかチェックできました。とはいってもカラーが1本、モノクロが2本程度。その中に大昔のNHK紅白歌合戦の映像があり、司会の江利チエミに促されて舞台に登場した彼女は和服姿でした。にもかかわらず大きなストライドでスタスタと高速でマイクまで歩いていくのが印象的です。それともタイミングを間違えたのかな。

 

 それで歌ったのが『エリカの花散るとき』。1963年2月にシングルが発売されているので、おそらく同年の紅白でしょう。であるなら彼女は24歳。後年の優しく大人っぽいイメージはまだなく、清楚ながらも若い女性にありがちな強気の雰囲気が漂っています。加賀まりこから悪女とコケティッシュを脱色した美人といっても、もう分かる人は少ないかな。

 

 この『エリカの花散るとき』は作詞:水木かおる、作曲:藤原秀行。彼女の代表作『アカシアの雨がやむとき』のコンビですが、ボクにはありきたりなメロディとリズムに感じられます。なのに、ここで紹介したのは、最後に以下のフレーズがあるからです。

 

逢えなくなって なおさらに

はげしく燃える 恋ごころ

エリカ エリカの花が散るときは

恋にわたしが

死ぬときよ

 

 『アカシア……』でも「冷たくなった私」など剣呑な言葉が使われているので、当時は今ほど「死」がタブーではなかったようです。恋するたびに死なれたらたまらんですけどね。もっとも、現代だって「鬼」やら「神」とか過剰な形容句が流行しているので、メンタリティはあまり変わっていません。

 

 いずれにしても、今回の旅行では西田佐知子を聴きまくりましたが、やはり海外より国内のほうがしっくりと似合います。当然といえば当然ですけど、湿度というか空気感が違うんですよね。現下のグローバル社会では、そうした違いが貴重な観光資源になっていくように思います。どこもかしこもデューティフリーショップのようになったらつまらないですもんね。

 

 ああああああっと、前回のブログでお約束した映画『ラ・ラ・ランド』の感想を忘れておりました。これは明日のテーマにさせていただきます。

 そのかわりに、機内で観た昨年公開の映画『シン・ゴジラ』について。ゴジラそのものの造形は確かに素晴らしい出来映えだと思いますが、ストーリーがまるで役所と政治家のパブリシティ。中でも石原さとみの役柄がとりわけステレオタイプで、彼女の英語や小賢しさも何だかなぁ。それに比べて西田佐知子はいいよね、って女優と歌手を時空を超えて比べるのも意味のないことではありますが。

 

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