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福助くん その6

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福助くん その1

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音楽

2017年3月21日 (火)

『初めての街で』

 

 観てきましたよ、映画『ラ・ラ・ランド』。ゴールデン・グローブやアカデミーで沢山のタイトルを受賞した話題作なので、ミュージカル評論家(自称)としてはレンタルDVDで済ますわけにはいかんなぁと、さっそく六本木のTOHOシネマズまで行きました。その感想ですが、明日から恒例のスイス出張となり、帰国予定の3月28日までは基本的にブログをお休みさせていたただくので、翌29日の水曜日にはまとめようと思っております。

 

 さて、先週にお約束した、目下のマイブーム爆進中の西田佐知子イチオシ曲についてであります。

 何度聴いても実にまったく素晴らしい歌手であり、「不世出」と形容しても決して大げさではないでしょう。特に低音から高音への伸びが群を抜いており、わずかな淀みすらなく、鼻を抜けきっていく歌声が実に色っぽいのです。声量も豊かな人ですが、それを敢えてためこんだ甘く可愛い囁きで始まる、彼女には珍しい歌から紹介しておこうかな。

 1969年に発表された、『くれないホテル』(作詞:橋本淳、作曲:筒美京平)です。

 

あなた知ってる くれないホテル

傷を背負った 女がひとり

そっとブルース 口ずさみ

深紅のベッドに涙をこぼす

ああ くれない くれない

誰が名付けた くれないホテル

 

 長くなるので詳しく解釈しませんが、以前のブログで「寸止め感」として触れた西田佐知子特有の微妙な距離感がこの歌にはありません。何かの事情でちょっと離れていた恋人が、再び隣に戻ってきたような親近感があるのです。「あーなーた、知ってる?」という問いかけから始まるので当然といえば当然の歌い方ですが、まるで彼女が耳もとで語りかけてくるような雰囲気になっています。当時はなぜかヒットしなかったみたいですが、ボクにとってはベスト5に入るほど好きな曲です。

 

 やはり1969年に発売された、同じく橋本淳、筒美京平コンビによる『星のナイトクラブ』も、そこはかとない哀愁の中で人生の「甘苦さ」みたいなものが表現されています。

 

星を飾った クラブのように

話し上手な女がひとり

夜の銀座に 夜の銀座に

いるという

 

 どうですか、このフレーズだけで銀座のクラブに出かけたくなるじゃないですか。ボクはほとんど経験ありませんが、虚実入り混じったホステスとの恋の駆け引きを思わせる内容になっています。中でもサビのリフレインが秀逸で、「あまくて あまくて とてもせつなぁーい」と伸び上がっていくところが西田節全開でありまして、胸が熱くなるほどの情感に満ちています。

 

 ただ、ごく一般的に彼女を代表する曲といえば、これまで紹介してきた、

『アカシアの雨がやむとき』(1960年、作詞:水木かおる、作曲:藤原秀行)

『赤坂の夜は更けて』(1965年、作詞・作曲;鈴木道明)

 それに「泣いた女がバカなのか だました男が悪いのか」というフレーズで知られる、

『東京ブルース』(1964年、作詞:水木かおる、作曲:藤原秀行)

 ということになるでしょう。

 

 このうち『赤坂の夜は更けて』は他の歌手との競作でしたが、ジャズっぽい都会的な曲想がみごとにマッチングして、西田バージョンが最もヒットしたそうです。

 

うつろなる心に

たえずして

なみだぐみ ひそかに

酔う酒よ

 

 と、歌詞は文語調でも、彼女が歌うと、都会の夜の巷で恋人を想う女の切ない心情が心に響いてくるんですよね。銀座の次は赤坂、行こうかなぁ。

 ちなみに、石川さゆりもまったく同じアレンジでカヴァーしており、しっとり感たっぷりの表現力はさすが『天城越え』と感心しますが、オリジナルと聴き比べると、声量が違うことに気づきます。肺活量といえば身も蓋もありませんが、それによる奥ゆきとタメ=余裕がね、やはり西田佐知子のほうがちょいと上手だなぁとボクは判断しました。

 

 ということで、ボクなりに、ああ堂々の西田佐知子ベスト1を選ぶとすれば、やっぱり『涙のかわくまで』(1967年、作詞:塚田茂、作曲:宮川泰)かな。さすがにアレンジは昔風でも、メロディラインとリズムが新しい。かつての演歌をひきずっている気配がまったくないので、この21世紀に聴いても新鮮に感じるのです。冗談抜きで、もう100回以上は聴いたでしょうか。それくらいクセになる魅力があると思います。

 

 しかしながら、ここで番外の特別賞としてイチオシでご紹介したかったのは、CMソングの『初めての街で』(作詞:永六輔、作曲:中村八大)です。この題名は知らなくても、「やぁっぱりぃ、おーれわぁあああ、きくまさぁむぅねぇ」という締めの「菊正宗」フレーズに聞き覚えのある人は多いんじゃないかな。

 

初めての街で

いつもの酒

これで

ひとりぼっちじゃない

 

初めての人と

いつもの酒

ちょっと

口説いてみたりする

 

 1975年からテレビなどで流れていたそうですから、彼女が35~36歳頃の歌です。悔しくてコメントする気にもなりませんが、例の2代目俳優の司会者と結婚したのは71年。確かに円熟したミセスの風情が感じられます。似たような出自の『ウィスキーが、お好きでしょ』(1990年、作詞:田口俊、作曲:杉真理)を石川さゆりが艶っぽく歌っていますが、あれをチーママとするなら、『初めての街で』の西田佐知子は若女将でしょうか。貫禄も色気もやさしさも人情も格別と言えば、石川さゆりファンに叱られるかな。

 

 時代が異なり、個人の趣味嗜好も様々なので比較しても仕方ありませんが、アレンジが上質なので、気品と華やかさがありながらも、心に暖かいものがじんわりと流れてくるのです。その人気から1979年に歌詞を一部変更したシングル盤が発売されています。

 ウィキペディアによれば、90年には別の歌手によるカヴァーバージョンが広告代理店から提案されたようですが、あっさりと見送られたそうです。そりゃそうでしょうよ。いくら引退して知名度が下がったとしても、この歌を彼女以上に歌える人なんているのでしょうか。2007年から菊正宗のラベルなどが一新されたことを契機として、このCMソングも復活。さらに2009年からジェロという歌手がカヴァーしているらしいのですが、個人的にはとても賛同できません。

 

初めての別れに

いつもの酒

またどこかで

逢おうじゃないか

 

 酒にまつわる人情をこんなにも懐深く歌えるのは西田佐知子しかないといって過言ではないと思うので、この楽曲は彼女だけの永久欠番にして欲しいなぁ。なんてことを書いているうちに、酒が無性に飲みたくなってきました。ヨーロッパに向かう機内で、この曲を聴きながら久々に良い酒を飲みたいな。

 

 ということで、1週間ほどブログをご無沙汰させていただきます。

 

 

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2017年3月15日 (水)

『アカシアの雨がやむとき』(3月14日ブログ修正版)

 

 すいません、昨日の続きですが、西田佐知子の『アカシアの雨がやむとき』はボクの完全な誤読だったようです。これまでの流れから、てっきり失恋の歌かと思い込んで解釈してしまったのですが、これは間違っていました。ああお恥ずかしい。そんなわけで、昨日のブログは削除させていだきました。

 

 というのも、同名の映画が日活製作で1963年に公開されており、失恋ではなく、悲恋が描かれていたらしいのであります。つまり、すれ違いやら不幸の連続で、人生に絶望しつつ、「あの人」を想うという内容なんですよね。だからこそ当時はデモで女子大生が亡くなった「60年安保闘争」が背景にあると言われていたようです。恋愛がテーマであることは確かでも、「捨てられたら私は死んじゃうわ」なんて内容ではありません。そりゃそうです、そんな歌がヒットしてレコード大賞特別賞が授与されるはずがないですよね。

 

 そんなわけで、気を取り直してもう一度再構成したブログをお届けします。

 

 決して美声ではありませんが、これほど大人の雰囲気を感じさせる歌声はほかにちょっと聴いたことがありません。西田佐知子。今では近所のオバサンみたいな名前に思えますが、1960年代に一世を風靡した歌手です。

 

 当時は国民こぞって視聴していたNHK紅白歌合戦に61年から10回連続で出場したといえば、人気のほどが分かると思います。

 ところが声の質は、しばしば比喩にされるシルクのような滑らかさとは真逆で、貴金属の表面処理でいうならヘアライン仕上げかな。ただし、筋が整った、というと矛盾を感じるかもしれませんが、心地良いかすれ感を伴った個性的な声であり、それが綺麗に鼻を抜けていき、高音部の伸びも素晴らしいのです。

 ごく簡単に表現すれば、色っぽい鼻声なのですが、それに頼った過度な感情移入をしないクールな歌い方も特長。それらが相まって、エロス寸前のエレガントな艶っぽさを感じさせるのです。それに比べて近年は若い女の子が集まった黄色い声のユニゾンばっかり。楽曲も直線的で実につまらんというのは、オッサンの繰り言でしょうか。というわけで、西田佐知子が近頃のボクのマイブームとなっております。

 

 そんな彼女の代表作は、1962年にレコード大賞特別賞を授与された『アカシアの雨がやむとき』。20歳を過ぎたばかりの若い女性が、こんな歌を歌ってヒットしました(作詞:水木かおる、作曲:藤原秀行)。

 

アカシアの雨にうたれて

このまま死んでしまいたい

夜が明ける 日がのぼる

朝の光の その中で

冷たくなった私を見つけて

あの人は 

涙を流してくれるでしょうか

 

 私が死んだら、という状況を想定した悲恋を表現しているらしいので、歌い方次第で重量級の演歌になりかねませんが、彼女はそうなる寸前でサラリと切り上げています。だからこそ歌を聴く限りでは、この詞のハードな内容に気づきにくいんですよね。かといって情感がないわけでは決してないところが、彼女の真骨頂といえそうです。エロス寸前で、濃厚な演歌になる寸前。この良い意味での寸止め感がもたらす情緒が、彼女独特の都会的な雰囲気を醸成しており、ボクが好きになった理由なのかな。

 でもって、アカシアの雨がやんだら、果たしてどうなるか。3番の歌詞はこうなっています。

 

アカシアの雨がやむとき

青空さして鳩が飛ぶ

むらさきの はねのいろ

それはベンチの片隅で

冷たくなった私の脱けがら

あのひとを

探して遙かに 飛び立つ影よ

 

 公園だろうと思われますが、1番の歌詞で予告したように「ベンチの片隅で」亡くなっているわけですから、うーむ、やっぱり悲惨な歌ではありませんか。メロディばかりを覚えていて、実はこんなにものすごい歌詞だとはまるで知りませんでした。もしも西田佐知子でなければ、とてもじゃないけどヒットしなかったんじゃないかな。だからこそ代表作になり得たのでしょう。有名な歌手は必ずそうした奇跡的な出会いがあるんですよね。

 

 こんな内容の歌ばかりでなく、『赤坂の夜は更けて』(1965年、作詞・作曲:鈴木道明)という典型的な別離を描いたラヴソングもあります。それでも彼女が歌うと、やはりどこかふっきれたオシャレな感じに聞こえるんですよね。

 

今ごろ どうして 

いるのかしら

せつない想いに ゆれる灯かげ

むなしい未練と知りながら

恋しい人の名を ささやけば

逢いたい気持ちはつのるばかり

赤坂の夜は 更けゆく

 

 ただし、前回のブログ『涙のかわくまで』でも指摘しましたが、惚れて惚れて惚れ抜いた恋を失ったら、別れをいつまでも引きずるのではなく、さっさと気持ちを整理して毅然として前を向くというのが、彼女の歌のキーモチーフなのかもしれません。ご本人も気に入っていたという『女の意地』(1965年、作詞・作曲:鈴木道明)が、そうした心境をシンボリックに表現しているように思います。

 

こんなに別れが 苦しいものなら

二度と恋など したくはないわ

忘れられない あの人だけど

別れにゃならない

女の意地なの

 

二度と逢うまい 別れた人に

逢えば未練の なみだをさそう

夜風つためく まぶたにしみて

女心ははかなく 哀しい

 

 「別れにゃならない 女の意地なの」だもんね。こういう問題になると、女より男のほうがどう考えてもヘタレで未練がましい。つまり、彼女が活躍した60年代あたりから女性の地位が向上するとともに、男からの独立心も次第に高まってきたといえそうです。

 そんな分かったふうな社会学なんかより、何度YouTubeを視聴しても、細面の美人で実に素敵な歌声だなぁと感心させられます。そんな彼女がね、なななな何と、あの司会者の奥様というのですからコノヤローじゃないですか。おかげで70年代から活動をセーブして、80年代から専業主婦になったとウィキペディアで紹介されております。

 

 幸せだったらいいけどよぉ、と、つい時空を超えた嫉妬に走ってしまうほど魅力的な歌手なので、ぜひYouTubeで聴いてみてください。

 

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2017年3月 6日 (月)

『エロティカ・セブン』

 

 威勢のいいことを言う奴ほど小心な卑怯者で、愛国心を声高に語る人ほど裏側で国を利用するのかと疑ってしまう報道が続いています。

 

 中でも元都知事は記者会見に向かう心境を「果たし合いに向かう昔の侍」と語ったにもかかわらず、ひたすら「私は知らない」「議会で決めた」とか何とか他人のせいにしてばっかり。昔の侍はこんなにも往生際が悪かったのかなぁ。幼児に教育勅語を暗唱させといて、自分は国会議員にカネだか商品券を渡して役所への裏工作を依頼した人もいましたからね。

 

 さて、そんな不愉快な気分をさっくりと一新して、今回の音楽ブログのテーマは『エロティカ・セブン』です。

 サザンオールスターズは事務所の管理が厳しいのか、YouTubeではオリジナルはもちろんステージの録画などもアップされていません。このためいろいろなコピーバンドが席巻しており、ちょっと聴いてみましたが、まるで上手とはいえないので、サザンの曲から久しく遠ざかっていました。

 

 ところが、たまたま「宅録」なる注釈付きでアップされた『エロティカ・セブン』を見つけて聴いてみると、かなりイケるんですよね。視聴回数もおよそ40万回なので、ボクと同じように評価している人が少なくないようです。この「宅録」というのは自宅録音の略らしいのですが、どこまで編曲や演奏処理をしているのか分かりません。けれども、あの事務所が差し止め措置を行っていないということは、著作権をちゃんとクリアしているのかな。

 

 いずれにしても、それがきっかけになって、サザンを5曲ほどiTuneで購入しました。昔は好きな曲があってもシングルカットされていなければアルバムを買うほかなかったので、まったく便利な時代になったものです。って、いつの話だよって嘲笑が聞こえてきそうですけど。

 

 そんなわけでサザンオールスターズですが、桑田佳祐はやはり天才だと断言します。歌声や曲ばかりでなく、歌詞も独創的な語彙とセンスが炸裂しているからです。『勝手にシンドバッド』を初めて聴いた時は早口言葉が得意なコミックバンドかと思いましたが、実は音楽性が高く、演奏もブラスが入ってゴージャスに仕上がっているんですよね。

 サザンといえば湘南サウンド、ロマンチックな語り口の『いとしのエリー』が代表作と思われているようですが、1990年代はなぜだかセクシーでエロスもろ出しの曲が目立ちます。その皮切りとなったのが、93年に発表された『エロティカ・セブン』ではないでしょうか。

 

 桑田佳祐の曲は、メロディとリズムが最優先。歌詞はそれに合わせて載せているだけで、深い意味なんてないと思い込んでいたのですが、決してそんなことはないんですよね。

 

夢の中身は風まかせ

魚眼レンズで君を覗いて

熱い乳房を抱き寄せりゃ

自分勝手に空を飛ぶ

 

 このようにぶっ飛んだフレーズはボクにはとても発想できません。ダメな国語の先生は入試問題に対応して詩を個別の言葉に分解して教えようとしますが、詩も歌詞も全体の手触り、肌触りこそが生命であって、個々のフレーズなんて、実はどうにでも理解できるんですよね。宮沢賢治の詩が典型的で、『雨ニモマケズ』は例外として、宇宙などの深淵な美を詠った詩には科学関連の専門用語がちりばめられていますが、その意味を調べていったらキリがありません。

 つまり、壁紙のような絵柄あるいは色彩というべきか、詩を構成する「雰囲気」として難解な理系用語が使用されているわけで、そこに執拗に意味を求めるのは作者の本意ではないと思うのです。

 

 このイントロの歌詞も、「魚眼レンズ」が水中メガネだの何だのと憶測するよりも、夏の海辺で出会って恋に落ちた水着姿の若い男女が、江ノ島あたりの岩礁の陰で抱き合っていることを想像すれば十分。女性の肉感的な身体を抱き寄せて、心臓はバクバク。心もここにあらずという性的に興奮した心境を、桑田佳祐はこのように表現したのです。

 となれば、その後にすることはもはや決まったも同然ではありませんか。

 

濡れた性ほど妖しげに

五臓六腑を駆けていく

 

恋人同士だから飲む

ロマンチックなあのジュース

 

 ほらね、敢えて説明しませんが、ものすごくエロいことになってきました。このあたりを突きつめていった結果、『マンピーのGスポット』(95年発表)が生まれたのかな。とはいえ、みんなが聴く歌ですから、それ以上に大変なことにはなりません。

 

抱きしめて私は私、喉がカラカラ

そんな愛こそすべて

女は女、夜もバラバラ

我はエロティカ・セブン

 

 カラカラとバラバラは淫、じゃなかった韻を踏んでいることは分かっても、子供に「じゃ夜もバラバラってどういう意味ですかぁ」と訊かれた国語の先生は絶句するでしょうね。そりゃもうご自身の体験をベースに、「先生はこう思うぞ」と言えばいい。夜になると女性の何がバラバラになるかは個人の解釈に任されています。それ以前に、こんな艶っぽい歌を子供に教える先生はいないかな。

 

 ちなみに、エロティカ・セブンを「ウルトラマンセブンを意味する」と解釈したウェブサイトがありました。ということは、3分しか保たなかったのね。なんて早合点しそうになりますが、全体を通して見れば、戦い終えてシュワッチと宇宙へ帰る直前に、腰に手をあててすっくと立つ「どやポーズ」のことを言っているのではないでしょうか。

 

もう1度だけ二人して、

殺し文句のフルコース

奥歯も凍るようなキスをしたいだけさ

 

 複数のブラスも従えたフルバンドに近い豪華な編成で、こうしたきわどい歌をアップテンポの快適なリズムで展開するところが、サザンの真骨頂ではないかと思います。

 

魅せられて地獄の果ては

恋路の都

墜ちたアダムとイヴか

刃を剥いた 夏のけだもの(淫獣)

マジと狂気のへヴン

 

 どうです、素晴らしい語彙列ではありませんか。甘美なエロスと、痛みと破滅を伴うような劣情がみごとに描かれております。

 こんな解釈をするより、やっぱメロディ自体のノリがいいですよね。25年近く前の歌とはとてもじゃないけど思えません。サザンでは『TSUNAMI』に次ぐ第2位のヒット曲であり、シングルは累計で約190万枚を記録したそうです。大学の文学部は、今こそ桑田の歌詞に真摯に向き合うべきではないでしょうか。

 

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2017年3月 3日 (金)

『涙のかわくまで』

 

 近頃は恋愛のもつれによる刃傷沙汰がやたら多いような気がします。そんなのは昔からあったといえば否定できませんが、16歳の女子が浮気にむかついて交際相手の腹を刺したり、同年齢の男子がフラれた腹いせで首を絞めるなんてことは滅多になかったように思います。

 

 芸能活動を行っていた女子大生に惚れ込んだ挙げ句に悲惨な刺傷事件を起こしたバカヤローがいる一方で、高齢者同士の恋愛を原因とするトラブルやら痴漢も目立ちますよね。認知症の気配もきっとあるとボクは睨んでいますが、これからは老人ホームなんかで惚れた腫れたにまつわる暴力的な事件も増加するんじゃないかな。

 

 それもこれも、皆さん「愛」と「恋」をきちんと教えられていないからだと、自称・恋愛評論家のワタクシは分析しております。

 では「愛」とはいったい何か。いろいろ言う人は様々にいますが、その本質は「思い込み」にほかならないとボクは断言します。だから「オレはお前を愛している。お前もオレを愛しなさい」なんて強制できる資格は誰にもありません。いわば「自分勝手に」愛したのですから、男女ともにどんなに惚れ込んで尽くしたとしても、その熱い想いに相手が応えてくれることを絶対に期待してはいけないのです。

 

 つまり、「愛」というのは、ひたすらに一方的な感情なのです。

 ただし、ごく稀に、双方が愛し合う幸福な瞬間があります。この状態を「恋」と呼ぶわけですね。けれども、愛は一方的な感情であると同時に「熱狂」という期間限定のビョーキでもあるので、いつかは治癒=醒めたり、他の異性に心が向かうようになります。その変化が同時期にやってこないからこそ、気持ちをうまく整理できないために、殺し殺されという悲惨な事態にも陥るのです。

 

 このように言ってみれば実に簡単なことでも、なかなか割り切ることはできません。ボクの好きな歌謡の世界でも、別れを悲しみ、それに伴う愛憎を表現した歌は膨大にあります。演歌が典型的ですが、歌というのはもともとそれが本筋ですもんね。

 けれども、西田佐知子の『涙のかわくまで』ほど不思議な雰囲気の歌はちょっとないのではないでしょうか。

 

ひきとめはしないけど

何もかも夢なのね

 

 この諦めというか、悟りきったようなイントロダクションが、すべてを象徴しているといって過言ではありません。

 

誰よりも愛してた

あなたは憎い人

 

 そんなわけで、愛はまだまだ燃え残っているので、

 

それが私のせいならば

別れるなんて できないわ

あなたがそばに いなければ

私は歩けない

 

 というフレーズが1番のクライマックスになっています。ところが、2番では、同じメロディなのに心境がすっぱりと一転してしまうのです。

 

それがあなたのためならば

悲しいけれど これっきりね

なぐさめはもう いわないで

私は大丈夫

 

 作詞は塚田茂、作曲が宮川泰。ボクが大好きな『銀色の道』コンビであり、1967年12月にシングルが発表され、翌年のオリコンでは第27位にランクインしました。これを歌った西田佐知子は『アカシアの雨がやむとき』(1960年)や『コーヒールンバ』(1961年)が代表作とされていますが、こっちのほうが彼女の艶っぽい大人の声質に似合っているんじゃないかな。

 

 いささか気だるい雰囲気の中で、恋人を想う切ない愛を盛り込みながらも、別れを引きずることのない都会的な曲想は、彼女が歌ったからこそ感じられるものでしょう。その証拠に、藤圭子もカヴァーしていますが、こちらは迫力ある低音でドのつくような演歌調。歌い方ひとつでイメージがガラリと変わる歌だということが分かります。

 

 いずれにしても、男に依存しない精神的に自立した女性像は、とても半世紀前の歌とは思えません。そのほうが男にとって都合がいいという意見もあるようですが、ボクはむしろ男のほうが圧倒的に未練がましいと思いますよ。

 

 だからといって、ただ強いだけでなく、ものすごくウェットな心情が隠されているんですよね。それを表現したリフレインが、この歌の最大の魅力なのではないでしょうか。

 

もうすこしいて欲しい

あきらめる約束の

涙のかわくまで

かわくまで

 

 

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2017年1月27日 (金)

カラオケ

 

 みんなで行くカラオケって、本当に楽しいですか?

 

 いや、ボクだって昔は頻繁に利用したので、カラオケをアタマから否定するわけではありません。歌を歌うというのは一種の有酸素運動ですから、健康にいいだけでなく、ストレス解消にもなるんじゃないかな。

 

 ただ、これらはあくまでも「歌う側」の理屈であることを忘れてはいけません。つまり「聴かされる側」の感想や意見では決してないのです。率直な意見をぶっちゃけて言えば、他人のヘタクソな歌をそんなに聴きたいですか?

 

 その証拠に、カラオケの室内では、ほかの人が歌っている最中に自分が次に歌う歌を探しまくるというのが普通です。まるで聴いちゃいないけど、終われば取りあえず儀礼的に拍手して「次はオレオレ!」って感じですよね。

 会社や上司の愚痴を話しながら、ひたすら酒を飲み続けるより芸があるにしても、思わず聞き惚れるほど歌がうまい素人なんて、0.1%もいないはずです。

 

 だったら、プロまたはプロの卵が歌っているライブハウスなどに行って聴いたほうがいいんじゃないかなぁ。そうした直接的・間接的な支援が少なくなったおかげで、テレビの歌謡番組が著しく衰退したのではないかとボクは考えています。ごく簡単に言えば、素人のカラオケがプロフェッショナルな音楽マーケットを大きく浸食したのではないでしょうか。

 

 それに「点数」が、歌の聴き方を歪めてしまいました。メロディラインに忠実で、リズムも音程も正しければ、歌は上手ってものではありません。いくら機械の採点が100点に近くても、「味」や「個性」そして「人生」が感じられない歌は、つまらなくて聴いていられないのです。

 

 文章だって実は同じで、近頃は論理性をやかましく言う人が少なくありませんが、感動できる文章というのは、そんな素人の理屈や理論を超越しているのが普通なんですよね。その意味では、ネットのブログもカラオケに似たところがないわけではありません。ここのところ意味深ですが、敢えて解説はしません。

 

 要するに、歌は誰でも上手に歌えるものだと錯覚させたことが、カラオケの尋常ならざる罪ではないでしょうか。歌は誰でも歌えますが、心に届くほど上手に歌える人は本当に希有です。だったら、それをきちんと「才能」としてリスペクトしてあげないと、いずれ良い歌が聴けなくなってしまいます。

 そうした意味で、産業としての歌謡界を大切にしなきゃいけません。具体的には、いい歌を聴くためにみんながオカネを遣い、新しい才能に期待を寄せながらも、厳しく批評すること。そのサイクルが、カラオケのせいとは断定しませんが、どうも機能不全に陥っているような気がするのです。

 

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2017年1月24日 (火)

『ごめんね…』

 

 初めて聴いた時は、何とまぁ身勝手な歌だろうかと呆れました。だってさ、いきなりこれですから。

 

好きだったの

それなのに あなたを傷つけた

ごめんねの言葉 涙で言えないけど

少しここにいて

 

 昨年の紅白歌合戦で高橋真梨子が歌った『ごめんね…』です。とはいっても、地上波の番組を見なくなって久しいので、ボクは知りません。勝手に贔屓にさせていただいている若い女性のシャンソン歌手が好きな歌らしいので、ちょっと調べてみたわけですな。ちなみに、黒木瞳に激似の美人でございまして、当然ながら和服も素晴らしく似合うせいか、中高年男性のファンが沢山いるみたいです。

 

 でもって話を戻すと、「あなたを傷つけた」のは以下の理由によります。

 

悪ふざけで 他の人 身を任せた夜に

一晩中 待ち続けた

あなたの姿 目に浮かぶ

 

 うーむ、もしかしてワンナイトスタンドですかぁ。「悪ふざけ」と自ら呼んでしまう状況がどうも見えないのですが、そこかしこでありがちなことではありますよね。むしろ、そういうことがなければ人生は恐ろしくつまらない。誰が夜の街にわざわざ出かけてカネを遣うでしょうか。

 ただし、その次のフレーズに突っ込みを入れる男は相当数にのぼると思われます。

 

消えない過ちの 言い訳する前に

あなたにもっと尽くせたはずね

連れて行って、別離(わかれ)のない国に

 

 ほかの男に「悪ふざけ」か何か知らんけど身を任せたくせに、別れのない国に連れて行ってと願うなんて、どういう料簡なんだろうと思いますよね。しかも、追い打ちをかけるように次のフレーズが続きます。

 

せめて今夜 眠るまで 私を抱きしめて

いつもわがままを 

許してくれた場所まで戻りたい

 

 いやぁ、実にまったく感動的なくらいに自分勝手な内容ではありませんか。にもかかわらず、カラオケでは40代~50代の女性の定番人気になっているそうです。もしかすると皆さん、身に覚えでもあるのかな。

 もともとは日本テレビ系『火曜サスペンス劇場』の主題歌で、同じく『聖母たちのララバイ』に次ぐヒット曲だったようです。高橋真梨子といえば、ボクはペドロ&カプリシャスで『ジョニィへの伝言』『5番街のマリー』、独立後も『桃色吐息』が精一杯で、こんな歌がロングセラーになっていたなんて知りませんでした。ちなみに昨年の紅白歌合戦に出場した時、彼女は67歳で、紅組の史上最年長を記録したそうです。

 

 しかも、この『ごめんね…』の作詞は高橋真梨子自身なのです。それでちょいとウィキペディアを調べてみたら、前述してきたような印象がガラリとひっくり返ってしまいました。身勝手の許しを請うような薄っぺらい歌ではなく、むしろ深い意味が隠されていたのです。

 

 彼女の父は広島で国鉄に勤務していたのですが、戦後は一転してジャズクラリネット奏者を目指しました。おそらく悲惨な原爆に遭遇したことで人生観が大きく変わったのではないでしょうか。やりたいことをやらないで何のための人生かと。そこでジャズが盛んだった福岡に移り住みますが、うまくいかなかったらしく、5歳の時に両親は別居。父は広島に戻ってクラブのジャズプレイヤーとして働き、彼女は母と一緒に福岡に残りました。10歳の時に正式な離婚が成立しますが、それ以前に母の不倫を知ったらしく、彼女はそれが許せなかったようです。父が被爆の後遺症に苦しみ続け、39歳という若さで亡くなったことへの同情も強かったんじゃないかな。

 

 彼女が歌手になったのも、そんな父の影響ですから、貞節な母親像が不倫によって崩れてしまったことの失望は大きかったに違いありません。ウィキペディアによれば、父が亡くなった時に「母は真梨子に泣きながら抱きついたらしいがそれも振り切った」と紹介されています。

 

 それから幾星霜の時を経て、『ごめんね…』が26枚目のシングルとして発表されたのは1996年6月。彼女が47歳の時です。こうした背景を漠然とでも知ると、歌の理解がかなり変わってきます。この歌は彼女の作詞ではあっても、自分のことでは決してなく、かつての母の心情を歌ったのではないでしょうか。

 

 父を裏切って不倫をした母を許せないまでも、その気持ちや事情が分かるような経験と年齢を重ねてきた。人間というのは、どうしたって過ちを犯してしまう生き物であり、その過ちを消すことができないのであれば、苦い後悔と共に、それを認めるほかないじゃないですか。

 だからこそ、あるはずのない「別離のない国に」連れて行ってと願うのです。

 

消えない過ちを 後悔する前に

あなたをもっと 愛したかった

どこにあるの 悲しまない国

 

 

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2016年12月29日 (木)

『スタンド・バイ・ミー』(後)

 

 昨日の歌謡大会の続きですが、すでに賞金を手に入れた気分で高揚していたボクに思いっ切り冷や水を浴びせたのが、ズン、チャ、ズズズンと響く、ベースの乾いた重低音でした。次の人が歌う曲のイントロですが、音楽好きなら即座に『スタンド・バイ・ミー』と分かったはずです。

 

 この歌謡大会に「選曲の部」があったら、それだけでボクは敗北でしょう。この曲に比べたら『ダイアナ』なんて小学校低学年の片想い。というのはあまりにも個人的な言い過ぎですが、メロディラインも編曲も、そして歌詞もまるで大人なのです。

 スティーヴン・キング原作の同名映画の主題歌として知った人も少なくないと思いますが、この映画が日本で公開されたのは1987年。歌謡大会はそれ以前の話なので、当時はかなりプロフェッショナルで渋い選曲だったのです。

 

 オリジナルは1961年にベン・E・キングが作詞・作曲して歌ったシングル盤で、黒人霊歌にインスパイアされたそうです。75年にはジョン・レノンがカヴァー。ボクはビートルズ世代ではありませんが、この曲は彼のヴァージョンを通して知りました。エレキギターがシャリシャリと刻む軽快なリズムとレノンのハイトーンな歌声によって独自の世界観が表現されています。

 それに対して、オリジナルは前述したようにベースの重低音を基調とした本格派のリズム&ブルース。人によって好みは違いますが、いざ自分が歌おうとするなら、ベン・E・キングのほうがはるかに難しい。歌詞と歌詞との間を埋める表現力が必要になるからです。

 

 それが分かっていたので、ボクはアップテンポで歌い通せる『ダイアナ』に逃げたのですが、まさかあの会社で『スタンド・バイ・ミー』を歌う人がいるとは思いもしませんでした。選曲は確かに負けたけど、これを上手に歌うのは無理だろうというのがボクに残された唯一の希望だったのですが、それもあっさりと覆されてしまいました。

 

When the night has come

And the land is dark

And the moon is the only light we’ll see

No, I won’t be afraid

No, I won’t be afraid

Just as long as you stand

Stand by me, so

 

Darling, darling

Stand by me,

Oh stand by me

Oh stand now, stand by me

Stand by me

 

 難しい単語も意味深なフレーズもなく、「夜がやってきて周囲が暗くなり、ボクたちが目にできる唯一の明かりが月だけになっても、ボクは怖れないよ。キミがそばにいてくれる限り」「だからいつもそばにいて欲しい」という願いを込めたシンプルな内容でも、これを英語でオリジナルのように歌うなんて素人には無理です。ところが彼は、押しつけがましい表情や仕種もなく、クセのない英語で実にナチュラルに歌いました。「歌は語れ、セリフは歌え」としばしば言われますが、そんなこと簡単にできるはずがない。けれども彼は、大切な話を誰かに打ち明けるかのように、静かに歌い始めたのです。

 

 彼は広告の営業部に属しており、ボクより10歳ほど年上の30代前半。後で聞いてみたら、学生時代はプロを目指したバンドを組んでおり、しかもボーカルだったそうです。「それ、早く言ってよ!」じゃないですか。

 

 そんな先輩に勝てるはずもなく、結果は彼がダントツのトップで、ボクは2位。自己採点では2〜3周遅れという印象です。それでも半額の賞金を貰いましたが、社会人をナメてはいけないという、良い経験になりました。

 

 というわけで、ジョン・レノンがあんなアレンジでカヴァーした心境も分かるんだよなぁ。ベン・E・キングのオリジナルを超えるのはどうしたって無理ですから、素直に自分なりに原曲をなぞるか、方向を変えるしかありません。

 その方向がね、友達の乏しいボクには見当もつかないのです。おかげで今も彷徨を続けているということになるのかな。

 

 なお、冬季休暇ということで、このブログも明日から来年1月3日までお休みさせていただきます。4日から仕事始めで更新する予定ですが、思い付いたことがあれば随時アップするので、たまにチェックしてみてください。

 

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2016年12月28日 (水)

『スタンド・バイ・ミー』(前)

 

 今から振り返れば途方もなくのどかで平和極まりない時代だったと思いますが、最初に入った会社は年末に歌謡大会を行っていました。希望者がカラオケで好きな曲を歌い、それを審査員が採点して上位入賞者に会社から賞金が授与されるという催事です。

 

 この会社は春と秋の年2回、律儀に社員旅行も実施。それで生まれて初めてタケノコ掘りを経験しましたが、ボクは生来こうした集団行動に馴染めず、というより会社というのは学校生活の延長なのかよと怒りすら感じました。朝から観光バスの中でビールをくらって昼過ぎにはすっかり出来上がり。夕方になったらムクムクと元気になって、上司や同僚と麻雀に興じたり、温泉地のストリップや酒場なんかに連れ立って出かけることが仕事の役に立つとは思えませんよね。

 

 歌謡大会にしても、まったく子供じみているので普通なら辞退するところですが、この時は賞金がボクにとっての強烈なインセンティヴになりました。おそらく当時の新入社員はみんな不満だったはずですが、学生時代のバイトのほうがよほど高収入だったんですよね。

 

 ボクは決して歌がうまいわけではありませんが、中学の頃からギターを弾いており、高校では短期間にしてもバンドを組んだこともあるので、この賞金を何とかせしめてやろうと考えたのです。

 歌そのものに自信のない奴が、みんなに拍手されて高得点を取るためにはどうしたらいいか。そっくりな歌真似もひとつの方法ですが、それで笑いを取ったり感心されるほどの芸はありません。であるなら、選曲で勝負するほかないじゃないですか。

 

 いろいろ調べてみて、ボクが十分に歌える音域で、それなりのサビを効かせられる歌として選んだのは、ポール・アンカの『ダイアナ』でした。年上の女性への恋心を歌っているので、年長者ばかりの審査員の共感を得やすいという下心もありました。いわゆるロカビリー時代のヒット曲であり、ほどほどの懐メロ感を伴ったオールディーズだったので、誰が歌うにしても、その曲自体をまた聴きたいという時期だったことも大きな理由です。仮に途中で失敗したところで、「オー、プリーズ、ステイ、バイ・ミー、ダイアナ」というクライマックスで挽回も可能じゃないですか。

 

 だからといって酒場のカラオケなんかで熱心に練習したわけではありません。ボクは同じことを繰り返すと急激に興味を失うタチなので、いきなり本番のほうがうまくやれるという自信があったからです。ただし、日本語で歌えばロカビリー・オリジナルの山下敬二郎と比較されてしまいます。それでは逆効果ですから、敢えて英語を選び、歌詞はイメージトレーニングも含めて完璧に覚えました。実際に歌ってみたのは1~2回くらいかな。

 

 さて、当日。ボクの番が来るまでに歌った参加者はまるで敵とは思えませんでした。声の調子も自分ながら絶好調だったせいか、『ダイアナ』を歌い終えた後の大反響も予想通り。これなら1位に違いないと確信しました。ところが、その直後にものすごい強敵が登場したのであります。

 

 またもや長くなったので、冬休みに入る時期ですが、この続きは明日ということで。

 

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2016年12月16日 (金)

その後の四十七士

 

 元禄15年12月14日(1703年1月30日)に、赤穂浪士は主君の仇である吉良上野介の邸宅に討ち入りを敢行。みごとに本懐を遂げました。年末の風物詩という感じで、ちょっと前まではテレビドラマや映画になっていましたが、近頃はあまり流行らないみたいですね。

 

 この討ち入りに至るまでの赤穂浪士の動向は『忠臣蔵』の『義士銘々伝』として各人各様に物語が残されています。さらに、かの三波春夫は「『先生!』『おおっ、そば屋かぁ』」というセリフが印象的な『長編歌謡浪曲 元禄名槍譜 俵星玄蕃』(作詞・北村桃児、作曲・長津義司)を1964年にシングル盤でリリースしています。


 俵星玄蕃は赤穂浪士ではありませんが、彼らが死を賭して貫こうとする武士道に胸を打たれて、助太刀しようと吉良邸に向かうところから始まります。

 

槍は錆びても この名は錆びぬ

男玄蕃の 心意気

赤穂浪士の かげとなり

尽くす誠は 槍一筋に

香る誉れの 元禄桜

 

 駆けつけた吉良の屋敷はまさに討ち入りの真っ最中。どさくさの中で、夜鳴きそば屋に変装して内偵を続けていた杉野十兵次次房から、「先生!」と声をかけられるわけですね。

 

姿そば屋に やつしてまでも

忍ぶ杉野よ せつなかろ

今宵名残に 見ておけよ

俵崩しの 極意のひと手

これがはなむけ 男の心

 

 大石内蔵助から志は感謝されますが、助太刀は固辞されたので、玄蕃は両国橋で吉良の援軍を阻止することにします。

 そんなストーリーをメリハリある早口のセリフで語り上げていきながら歌につなげるという、いわば和風の1人ミュージカルともいえる仕立てを「長編歌謡浪曲」として三波春夫が創案。作詞の北村桃児も三波春夫のペンネームです。

 

 YouTube にフルバージョンがアップされているので、ぜひ視聴していただきたいのですが、8分を超える長い曲ながらも、張りのある力強い歌声で次第に盛り上がっていき、滑舌明瞭な語り口によって、深夜に「サクッ、サクッ、サクッ」と雪を踏みしめて杉野が俵星のところにやってくる様子がまるで見えるように感じられます。

 三波春夫といえば「こんにちは、こんにちは、世界の国から」という万博の歌でお馴染みでしょうが、そんな好々爺みたいな柔和な歌は臨時のアルバイトみたいもので、この『俵星玄蕃』こそが真骨頂だろうとボクは思います。そういえば年末になると、この歌を口ずさむ奴がいたなぁ。

 

 さて、本題です。この俵星玄蕃は江戸時代の講釈師による創作といわれていますが、「四十七士」の討ち入り後について克明に紹介した映画やテレビは、不勉強ながら、あまり見たことがありません。吉良の首を槍先に掲げて(ちょっと残酷ではありますが)、主君の墓に向かうあたりで終わっていますよね。

 

 そこで、ちょいと調べてみると、翌年の1月20日に徳川綱吉は天下の大法を破ったことから、全員に切腹を申しつけています。ただし、寺坂吉右衛門は大石の指示で途中から泣く泣く離脱したので、腹を切ったのは四十七士でなく、四十六士です。

 このあたりを丁寧に解説したウェブサイトがあり、それによれば切腹の所要時間は1人5~6分程度。驚くほどの短時間なので、しばらく逡巡して腹に刀が刺さってからすぐに、スッパリと首を介錯されたのではないでしょうか。ともあれ46人が自殺を宣告され、直後に刑が執行されたのですから、大変に凄惨な結末というほかありません。現代ではかなり衝撃的なので、年末にそんなことまで詳しく描くわけにはいかないですよね。何しろ最年少は内蔵助の息子の大石主税で、弱冠16歳ですから。

 

 さらに、彼らの子供も罪を背負って流刑となりました。15歳までは執行が猶予されるのですが、それでも4人が伊豆大島に。同地で1人は病没。残り3人は僧侶になることを条件に戻ることが許されたようです。

 

 武器を使用した私怨による討ち入り=組織された集団による復讐は、小規模な軍事クーデターともいえるので、幕府としては甘い処分で済ますことはできません。まだ第5代に過ぎなかった綱吉が過酷な極刑を科したのは理解できます。かといって、そんなことを怖れていたら赤穂武士の名が廃るという心意気もよく分かるんだよなぁ。

 

 人間というのは何事かを為すために生まれてきた、というのがボクの信念なので、とにかく長生きすりゃいいってものでもありませんよね。けれども、離脱した寺坂吉右衛門の享年は83歳。どのように生きたかは知りませんが、彼も義に殉じたといえるのでしょうか。

 うーむ、知れば知るほどいろいろ考えさせられる、実は深い物語なのです。

 

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2016年12月 6日 (火)

『ハレルヤ』(後)

 

 子供の頃は、もし神様がいてもボクなんか視野に入っていないと思っていました。サンタクロースが入ってこられる煙突も暖炉もなかったしね。それでも1回や2回、プレゼントが枕元に置かれていたことがあります。

 

 社会に出て仕事をするようになると、神頼みをする奴を軽蔑するようになりました。神がいようがいまいが、これまで自分に何かをしてくれた気配はまったくなかった。だったら、仮にいたとしても、いないと同じじゃないか。

 

 それから、いろいろ辛いことや苦しいこと、ちょっとだけ幸せなことも経験して、自分の卑小さが分かるようになりました。そんなちっぽけな人間には想像もつかないけど、もしかすると、人智を超えたところに偉大な神がいるのかもしれない。

 

 けれども、やっぱり悲劇は喜劇を引き連れて、何度も何度も海の波のように繰り返しやってきました。そのたびに、神を呪ったり恨んだり、たまには祈ったりもしたけれど、効き目はまったくなかったよな。

 

 そんな過去をつらつらと思い返しながら、ようやく分かったのは、神が本当にいるのかどうかはまったく問題じゃないってことです。自分が信じるかどうかなんだってね。厳しい苦難にへこたれて、その信仰みたいなものを放棄しても、必ず神というのは復活します。なぜなら、存在ではなく、信じることが神を生かしておく根源にほかならないからです。何もかも失った絶望の淵に行けば行くほど、孤独に耐えられなくなり、すがりつくものを求めるようになります。その時に唯一残された希望が、神を信じるということなのかな、と。

 

 ボクはまったくの無宗教ですが、YouTubeでジェフ・バックリィの『ハレルヤ』を聴いて、そんなことを考えました。スタジオバージョンやコンサートの録画もありますが、Official Videoは現時点での視聴回数が何と8156万回に達しています。作詞作曲したレナード・コーエンのオリジナルも約6000万回で、年を経たオジサンの円熟した低音もボクは好きです。でも、内容的にはジェフ・バックリィの若さと、絞り出すような高音が実によく似合っている歌だなぁと感心せざるを得ません。だから彼が亡くなった今でもそれだけ愛されているんでしょうね。

 

 静かな哀切感が次第に敬虔な気分にまで盛り上がっていくドラマティックな歌なので、神のことを考えるようになりますが、内容的には失恋の歌に近いんですよね。昨日に少し紹介した「冷たくて壊れたハレルヤ」が初めて登場するのは3番の歌詞なのですが、これまたボクたちには分かりにくいのです。

 

Baby I've been here before

I've seen this room and I've walked this floor

You know, I used to live alone before I knew you

I've seen your flag on the marble arch

And love is not a victory march

It's a cold and it's a broken Hallelujah

 

Hallelujah, Hallelujah

Hallelujah, Hallelujah

 

 ボクごときには手に負えないので、昨日同様にウェブサイト『泳げ!対訳くん』から日本語訳を引用させていただきます。

 

ベイビイ,この前もこうだった

この部屋だって覚えてるし

この床も前に歩いた

わかってるだろ?

知り合う前までは

ひとりでも平気だったんだ

大理石で作った

戦いの勝利を祝うアーチの上に

お前の旗が見えてたよ

恋なんて華やかで景気のいいものじゃない

寂しくて悲しい「ハレルヤ」なんだ

 

 It's a cold and it's a broken Hallelujah=直訳では「冷たくて壊れたハレルヤ」となるところを、「寂しくて悲しい」と意訳していますが、いずれにしても自分の恋が終わったことを暗喩しています。

 

 かつて彼女と結ばれて「息をするたびにハレルヤという気持ちになった」こともあったけど、という幸福な思い出が4番目。そして、最後の歌詞に至ります。

 

Maybe there is a god above

But all I've ever learned from love

Was how to shoot somebody who outdrew you

And it's not a cry that you hear at night

It's not somebody who's seen the light

It's a cold and it's a broken Hallelujah

 

Hallelujah, Hallelujah

Hallelujah, Hallelujah

 

きっと天国ってところには

神様もいるのかもしれないけど

今まで誰かを好きになって

それで身についたことなんて

自分よりイケてるライヴァルを

つぶすやり方くらいのもの

夜になると聞えてくるのは

誰かの泣き声じゃない

悟りを開いたヤツの声でもない

寂しくて悲しい「ハレルヤ」なんだ

 

 ほら、この歌詞を読むだけなら、どう考えても失恋の歌としか思えないじゃないですか。にもかかわらず、どうしてあれほど哀切なメロディと歌唱なのかなぁ。もっと深く敬虔な、何かの思いが託されているとしか感じられないのです。まだまだ理解が足りないかもしれないので、これは継続的な宿題にしていくつもりです。

 

 ただ、今の時点で思うのは、「冷たくて壊れたハレルヤ」というのは「届かぬ祈り」なんじゃないかと。直接的には人間のはかなさや愚かさのことです。けれども、人間はそもそも聖なる生き方なんて到底できません。であるなら、毎夜の「届かぬ祈り」こそが、人間が生きていることの証ではないか。

 やはりネットで誰かが指摘していたのですが、この歌の「ハレルヤ」は神に向けたものでは決してなく、もしかすると、そうした人間の存在を憐れみながらも称えたものと解釈できるかもしれません。

 

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