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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

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福助くん その4

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福助くん その3

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福助くん その2

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    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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音楽

2017年9月19日 (火)

触媒型人材

 

 昨今はあまりにもカタカナが多過ぎるので、できるだけ日本語を使おうと考えていたら、こんなにご大層なタイトルになってしまいました。

 

 いえね、近頃は日本経済新聞の連載コラム『私の履歴書』を愛読しております。その前は国務大臣を歴任した某政治家の手前味噌な自慢話に辟易して敬遠していたのですが、筆者が湯川れい子に変わってから現実感のある逸話が続いており、ついつい引き込まれて愛読してきました。その感想を発展させると、「触媒型人材」という大仰なことになってしまうわけですね。

 

 彼女の肩書きは、コラムでは(音楽評論家・作詞家)となっていますが、時代がズレているせいか、ボクにはあまり馴染みのある人ではありません。ただ、このブログで以前に『恋に落ちて』を紹介した時に、作詞が彼女だったことにちょっと驚いた記憶があります。評論家の方面で大御所的な存在だったことくらいは知っていますが、作詞のセンスも並外れていたからです。

 

もしも願いが叶うなら

吐息を白いバラに変えて、

逢えない日には

部屋中に飾りましょう

あなたを想いながら

 

 ネガティブなためいきを白いバラに変えて部屋を飾るなんて、非才凡才のボクにはとてもじゃないけど思いつけません。どんな生き方をしてきた人なのかなと興味が惹かれるではありませんか。

 

 本日で連載は18回目になりますが、まだジャズ評論家としてデビューしたばかりの若き日々が綴られております。それまでに彼女には2人の男が関わってきました。1人は子供の頃から実家の2階に下宿していた許婚者の「進さん」、そして2~3日にせよ駆け落ちまでした「直也」です。この呼び方だけで、彼女が彼らにどんな距離感を持っていたか分かりますよね。「進さん」とは後に離婚しますが、親の言いつけを守って結婚しています。一方の直也は医者の息子ですが、勉強そっちのけでジャズ喫茶などに入り浸るプレイボーイでした。

 

 湯川れい子は、この「直也」から感化されてジャズの魅力を知り、やがて見込みのなかった女優をやめて音楽評論家に転進。その黎明期に、来日した外国人ジャズ・ミュージシャンの単独インタビューに成功していますが、これは「進さん」が陰で英語力を発揮して協力したおかげといっていい。つまり、2人の男が彼女の成長に大きく寄与しているということになるわけですな。

 

 言うまでもなく本人の才能や努力もありますよ。ただね、きっかけを作ったのは、やはり彼らだろうと。そして、彼女が有名になると同時に世界が変わり、次第に疎遠になっていくんですよね。そのあたりのことが本日は正直に書かれていたので抜粋します。

 

「直也にしてみれば、恋人の湯野川和子がいつの間にか湯川れい子になり、世間に名前があふれてきた。瞬く間に遠い存在になったことだろう。直也もまた何も言ってこなくなった」

 

 自分と周囲の見方をきちんと客観的に認識できる人だなぁとボクは感心しました。そして、渋谷の宮益坂あたりでタクシーの車内から偶然に彼を見かけて「『相変わらずカッコいいなあ』。一瞬そう思ったけれど、視線を前に戻して真っすぐ延びる道路を見つめた」とあります。実にクール、ですよね。過去を振り切って自立していく女性象というのは、この頃から定着していったのでしょうか。ボクは男のせいか、ちょいと直也に同情してしまいますが、男女がところかわった類似の別離なんて山のようにありますからねぇ。

 

 それはそれとして、この2人の男たちは、彼女にとっては「触媒」のような役割を果たしたと考えられます。つまり、化学変化を促進する物質なわけです。そして、この触媒は化学変化の影響をまったく受けず、その前と同じ状態で存在することも特徴とされています。

 

 でね、牽強付会と言われそうだけど、このように意識せずに他人に影響を与える「触媒型」の人材がいるような気がするのです。その影響を受けた人自身も、気がつかないうちに他者の触媒になっていたりする。どちらも最も肝腎なことは、そもそも他者に対する関心や興味がなければ、触媒効果を受けようがないってことです。だからといって、無批判に影響されて模倣したり、亜流になるということでもありません。そのままでも変わり得る土壌があることが大前提であり、それを刺激して変化を促進するのが触媒ですから、やはり素材というか、才能や感性や知識などの蓄積があって初めて化学反応できるってことです。

 

 というわけで「触媒型人材」がいれば、職場も変わると短絡的に言い切れないのですが、少なくともそうした人材がいるかも知れないという視点は大切なんじゃないかな。どうもね、近頃の世の中は「結果を出す」という造語が典型的ですが(こんな言い方を昔はしなかった気がします)、効率やら生産性ばかりが取り沙汰されているように思うので、ちょっとした変化球を投げてみようかなと思った次第です。

 

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2017年9月11日 (月)

心に響く歌

 

 カンツォーネ、って好きですか。ボクはジャンルを問わず、古今東西をまったく気にすることなく歌をこよなく愛してきたつもりですが、聴き方がヘタクソなのか、カンツォーネだけは苦手なんですよね。

 

 とはいっても「カンツォーネって何ですか」という若い人も少なくないでしょうね。イタリア語で「歌」や「歌謡」の意味なので、フランスの歌をシャンソンと呼ぶのと同じように、イタリアの民謡やポップスをカンツォーネと呼んでいるみたいです。

 でね、シャンソンは好きなのに、なぜカンツォーネは苦手なのか。よく知られているのが『オー・ソレ・ミオ』(1898年)という歌だと思いますが、とにかく声がデカいんだよな。というより、カンツォーネそのものが人間の喉から発する音量を競うオペラもどきの要素があるのではないかと。それが正直いえば苦手をはるかに通り越して、嫌いに近い感想を持っているのであります。

 オオオオー、ソーレーィ、ミィーーーオーッ、ってあなたね。少なくともボクはそこんところからアウトなんだよな。ベニスに行ったことがありますが、あそこでゴンドラを操りながら船頭さんが歌う唄というなら、あれくらい大きな声でないと聞こえないのは事実ですけどね。

 

 カンツォーネでもきっと名曲はあると思うので、つまるところ愛嬌も情緒も感じられない、ひたすら声が大きいだけの歌い方が好きではないということになります。もっとはっきり言うなら、「俺って私ってこんなに声デカくて歌も上手だろ」と自らを誇示するような歌がね、聞いていられないのです。小さい声よりはマシだし、その大音量が良いという意見を否定する気はさらさらありません。歌というのは特定のコンセプトや理念で聞く必要などないので、いかなる理由にしても「ブラボー!」と声をかけて決していけないことはないですよね。ただし、ボク自身は、それが歌なのかなぁと疑問を感じてしまうのです。

 

 歌ってさ、何よりも鼓膜ではなく、心の奥底に響かなきゃいけないと思うからです。大きな声は耳が痛くなりますが、心まで痛くなったり、胸が熱くなったりするでしょうか。すっかり忘れていた人生のヒトコマのほろ苦さを思い出して涙を浮かべるのは、むしろ控え目な優しい声じゃないかなぁ。他人に自分の歌を自慢するのでなく、観客や聴衆が自然に感動せずにはいられなくなるのが本当に上手な歌だろうと思うのです。

 

 そのためには、メリハリのある歌唱テクニックは言うまでもなく、その歌の背景にある情感をドラマチックに聴衆に伝達しなきゃいけません。よく言われることかもしれませんが、歌手自身の人生経験などがそこに如実に反映されてくることになります。だからといって、いろいろと苦労を重ねた歌手の歌が上手いというわけでもないので念のため。

 

 うまく表現できなくてもどかしいのですが、喜怒哀楽を図々しく押しつけるような感性では聴衆には響かないでしょう。以前にもこのブログで書いたように、やはり「引き算」が大切だと思うんだけどな。押してもダメなら引いてみる。これは歌だけのことではありませんよね。

 

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2017年9月 4日 (月)

ハレルヤ(続)

 

 このところ、レナード・コーエンの『ハレルヤ』をヘビーローテーションで聴き続けています。ちょっとね、いろいろ心を痛めることがあったものですから。

 

 この『ハレルヤ』は、すでに昨年にジェフ・バックリィのバージョンで前後に分けて紹介しました。さらに今年8月4日と5日に『Dance Me to The End of Love』を書いた時にも触れていますが、それくらい魅力的な歌であると同時に、歌詞がナゾに満ちているのです。けれども、これまでに冗談抜きで100回近く聴いてくると、次第に意味が理解できるようになるんですよね。

 この歌は、間違いなくレナード・コーエンの最高傑作に位置する楽曲だと思います。

 

 すでに解説したように、この歌は表面的には恋を得た喜びと、それを失った哀しみが描かれています。ところが、いきなり1番から古代イスラエルの王であるダビデが登場。そのほかにも旧約聖書から得たと思われるモチーフが頻繁に織り込まれています。レナード・コーエンはユダヤ系のカナダ人ですから、旧約聖書に詳しいのは当然としても、そんな伝説やエピソードがどうして失恋に関連するのか、なかんずくハレルヤという主を讃える歌に結びつくのはいったいどうしてだろうと、自分の宿題として考えてきました。

 

 それで歌詞を見ながらYouTubeのライブを聴き続けてきたのですが、彼は自分で作詞作曲したせいか、歌詞の順番を一部替えているだけでなく、内容もアドリブで追加したりしているんですよね。ボクが視聴しているのは、最後の6番でcome here to Londonというフレーズをアレンジしていることで分かるようにロンドン公演らしいのですが、It's a cold and It's a broken Hallelujahという哀切な主題を表現したリフレインにも、歌詞にないIt's lonely Hallelujahが登場します。ジーサンらしくワガママ勝手に歌っていることにボクは好感が持てるのですが、いずれにせよどう聴いてもただの失恋の歌なんぞではないわけです。

 

 決して自慢ではありませんが、やはりジェフ・バックリィの時に直感的に書いたことはほとんど正解だと思わざるを得ません。神に対して呪詛に近い恨みつらみを感じながも、それでもなお「冷たく壊れたハレルヤ」で救いを求めようとする人間の悲哀を慈しむ歌なのです。

 それはかつて坂口安吾が『堕落論』でいみじくも喝破した「人間は生き、墜ちる。それ以外の中に人間を救う便利な近道はない」と同義ではないでしょうか。さらには親鸞に師事した唯円が書いたとされる『歎異抄』の中に登場する「善人なおもて往生を遂ぐ。いわんや悪人をや」という有名な悪人正機説にも通じるとボクは考えています。

 

 神様ついでに、誓って無宗教であるボクの持論も紹介しておきましょう。

「神が本当にいるのかどうかはまったく問題じゃないってことです。自分が信じるかどうかなんだってね」(2016年12月6日のブログ『ハレルヤ』後)

 

 レナード・コーエンは、そうした神への問いかけと否定そして肯定を繰り返しながら、むしろ人間の愚かさを優しく包み込むように「冷たく壊れたハレルヤ」を歌い上げていくんですよね。だからこそ、7分以上にわたる長い楽曲にもかかわらず飽きることがなく、最後のほうでは涙が浮かぶほど感動してしまうのです。

 

I've done my best, I know it wasn't much

I couldn't feel, so I tried to touch

I've told the truth, I didn't come to fool you

And even though it all went wrong

I'll stand before the lord of Song

With nothing on my tongue but Hallelujah

Hallelujah

Hallelujah

 

ボクは全力を尽くしてきたつもりだけど、

それで十分といえないことは分かっている。

(神を)感じることができなかったので、

触れてみようともした。

ボクは本当のことを話してきただけで、

決してあなたを(神を)馬鹿にしようとしているわけではない。

だから、たとえそれらのすべてが間違っていたとしても

ボクは歌の神の前に立つだろう。

その時に口から流れてくる歌は、ハレルヤのほかにあるだろうか。

ハレルヤ

ハレルヤ

 

 

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2017年8月17日 (木)

Sweet, Sweet Smile(後)

 

 カーペンターズは1970年代から80年代初頭まで活躍しましたが、その当時のボクはほとんど興味がありませんでした。ビートルズ世代にかなり遅れて生まれたので、音楽的なファンとしてはサイモン&ガーファンクルやイーグルスくらいかなぁ。それよりも小説の活字ばかり追いかけていたような気もします。

 

 そんなボクにとって、カーペンターズというのは何を聴いても同じに聞こえてしまうということで印象的な存在ではありました。もちろん曲想はすべて違うのですが、カレン・カーペンターの声があまりにも耳馴染みが良過ぎて、際立った個性を感じることができなかったのです。実際に、この当時は「イージー・リスニング」という呼び方もあって、まるで壁紙のようにBGMとして頻繁に使われても、彼らの音楽性に対する評価はどうだったのでしょうか。

 

 ボクなんかは、この時代で忘れられない歌は『悲しき鉄道員』なんですけどね。『ヴィーナス』で当てたショッキング・ブルーというバンドが2枚目に作ったシングルだと記憶していますが、世界的には不発で日本だけでヒットしたそうです。後に知ったのですが、オリジナル盤はスローだったので日本発売のレコードだけスピードアップしたというから、凄いというか荒っぽいやり方です。

 

 しかも歌詞が「鉄道員とは結婚するな」で始まる相当に意味不明の歌ですけど、ギターソロの哀愁あるイントロは今でも細かいところを思い出せます。ところが、こうした個性的、ある意味では不器用で稚拙ともいえるサウンドに比べて、カーペンターズは前述したようにあまりにも耳馴染みが良かった。だから生意気盛りのボクなんかは無個性としてスルーしてしまったのです。

 けれども、今になって「Sweet, Sweet Smile」を何度も聴いてみると、その音楽的な完成度の高さに改めて驚かされます。違和感を覚える箇所がどこにもなく、歌詞も含めてすべてが極めて合理的につながっているように感じられるのです。このあたりが「尻尾までアンコがつまった鯛焼き」のようだという所以です。

 

 ただ、その当時も今も、こうした音楽性に対する評論はあまりなされていなかったように思うのです。そのかわりに、カレンの激痩せとかブラザーコンプレックスとかプライベートなことばかりではなかったでしょうか。現在でもインターネットで「カレン・カーペンター」と検索すると、摂食障害などの話題がゾロゾロ出てきます。それでは彼女が可哀想ですよね。

 

 さて、「Sweet, Sweet Smile」です。1977年に発表された8枚目のアルバム『パッセージ(Passage)』に収録されました。彼らのデビューが69年なので、サウンド的には円熟した時期といえそうです。前回のブログで触れたように、カントリー&ウェスタンの軽快なノリのいいサウンドなので、雨天続きの憂鬱な日の特効薬になるのですが、カレンの声がね、実は低音域で素晴らしい奥ゆきと魅力を感じさせることがよく分かるのです。

 

 女性の美声といえば高音域が常識的であり、カレンも3オクターブの声量を持っていたそうです。だからクラシックやオペラのように高い音で勝負することもできたはずですが、リチャードもカレンも早期から低音域に特別な魅力があることを自覚していたらしい。だから、カーペンターズの楽曲はすべてカレンの低音域を引き立てるように構成されていたと考えられるんじゃないかな。ボーカルのカレンに対して兄のリチャードは刺身のツマみたいに思われていたかもしれませんが、プロデューサーとして、このあたりを明確に意識して制作を管理してきたようです。こんなことに今頃気づくのも遅すぎですけどね。

 

 「Sweet, Sweet Smile」でもカレンの低音域の魅力が遺憾なく発揮されています。ボクが特に好きなのは、メロディを切り換えしたサビの部分です。

 

I gotta know that you love me

And that you want me

And that you'll always be there

I've gotta know that you care

 

And I gotta feel your arms around me

And that you need me

And that you'll always be there

I've gotta know that you care

 

 この最後のI've gotta know that you careがね、本当に伸びのある素晴らしい美声でコーラスになっており、思わず心が引き込まれそうになります。このサビのワンフレーズを聴きたいからこそ、最初から聴くという感じなんですよね。

 

 そんなわけで、本日も「Sweet, Sweet Smile」を愛聴しております。だからといって、カーペンターズのほかの楽曲も好きになるかといえばそうでもないから、音楽って本当に難しいですよね。

 

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2017年8月16日 (水)

Sweet, Sweet Smile(前)

 

 毎日毎日、暗い曇天に雨ばっかり。夏なんだから暑さは覚悟の上だけど、これほど長く青空と白い雲が見られないと、さすがに心が滅入ってきます。こんな時に暗い歌や悲しい歌を聴くと、ますますおかしくなりそうなので、何か快適なテンポでノリのいい歌はないかと探していたら、偶然にカーペンターズの「Sweet, Sweet Smile」に出会いました。ボクはバラードよりも、こうした能天気で楽観的な歌のほうが好きみたい。それまでは落ち込むとイーグルスの「Take it easy」を聴いていたといえば、共感する人もいるんじゃないかな。

 

 そんなボクにとって「Sweet, Sweet Smile」は、カントリー&ウェスタンのアップテンポなメロディとリズムもさることながら、尻尾までアンコがつまった鯛焼きのような歌詞のおかげで、ヘビーローテーションで聴けてしまうのです。「尻尾までアンコ」というのは、メロディに歌詞がみっちりとつまっているという意味。英語の歌詞とその語感にメロディとリズムが隙間なくピタリと一致しているということです。こういう歌を英語ネイティブでない人が歌うのは、かなり苦労するんじゃないかな。アメリカ英語特有のI gottaなんてフレーズもあるしね。

 

You're always in my heart

From early in the mornin' till it's dark

I gotta see your sweet, sweet smile everyday

 

 ただ、歌詞としてはレナード・コーエンと大違いで、すごく分かりやすい文章です。上記のイントロにしても、敢えて訳す必要なんてないくらいでしょう。

 

あなたはいつだって私の心の中、

朝早くから暗くなるまで

あなたのやさしい笑顔を見なきゃダメ、それも毎日ね

 

 この内容をいろいろと言い換えているだけですが、歌詞が曲にみごとに溶け込んでいるので、ボクたちには歌うのはもちろん、慣れないと言葉も聞き取れないわけです。

 

 そんな早口言葉になりかねない歌を、カレン・カーペンターは実に明瞭に発音しているので、改めて感心せざるを得ません。1969年、19歳の時に兄のリチャードと共にカーペンターズとしてデビュー。14年間の活動で11枚のアルバムと31枚のシングルを出しています。

 彼女を苦しめた拒食症と過食症については、日本はもとより世界中でかなり報道されたので、カーペンターズの歌が好きな人は誰でも知っているはずです。彼女のおかげで、過度なダイエットが病気の一種であると認識されるようになったといっても過言ではありません。それにしても、1983年に32歳という若さで心不全で亡くなっていたとは知りませんでした。

 

 ただね、こんなことは歌とまったく関係ないゴシップに過ぎないとボクは思うのです。芸能人の結婚や離婚や不倫沙汰もそうですけど、実際の活動に直接的な影響を与えない限りは「余談」に過ぎないですよね。

 ましてや、あることないことを勝手に「憶測」してはいけない。ボクはもともとカーペンターズのファンではなかったので詳しいことは知りませんが、今となってみれば、マスコミの過剰な報道が彼女の病気をさらに昂進させることになったのではないでしょうか。

 

 おっと、こんなことを紹介していたら、気分がまた暗くなってきたので、明日は「尻尾までアンコ」と彼女の魅力をもうちょっと紹介させてください。

 

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2017年8月10日 (木)

『モン・メッカ・モワ』

 

 月に2~3回はライブハウスに行くようになりましたが、つくづく歌というのは難しいと感じます。譜面通りに歌うというのは、カラオケの採点マシンを相手にするのと同じで、必ずしも難しいことではありません。音程とリズムが外れなきゃいいので、耳がメロディに慣れれば必然的に声音もコントロールできるようになるはずです。

 

 次に声の質。これがなかなかの曲者で、大昔はカレン・カーペンターみたいな濁りのない美声が評価されました。世紀の一発屋ともいえるシャーリーンなんかもそうですよね。しかし、ジャズの影響なのか、1970年代あたりから、サザンの桑田佳祐のようなハスキーで破れたような声質がロングセラーを続出するようになり、単純な美声はBGMになりかねない時代になっています。

 

 つまり、ごく簡単にいえば、誰でも訓練次第で歌を「上手に」歌うことはできるわけです。歌唱スクールに行けば、プロ並みのテクニックも身につけることができるでしょう。けれども、それだけでなく、個性、しかもみんなが魅力的だと感じられる個性がなければいけない。逆にそれさえあれば、綺麗な声でなくてもいいし、むしろ人と違った声質こそが個性に直結するともいえますよね。

 

 では、個性的な声で音程を外すことなく上手く歌えたらいいかというと、それだけでもありません。その声と歌い手の個性が魅力的だと認識できる感性を持つ人は限られているからです。その認識が一般に広がるためには、その個性に合致するのはもちろん、魅力を増幅するような楽曲が必要となります。それがヒットして初めて、ボクたちはその歌手の歌が魅力的であるとようやく分かるようになるのですが、ここのところがね、奇跡に遭遇するくらい難しいわけです。

 

 パトリシア・カースのヒット曲『モン・メッカ・モワ』は、そんな奇跡のひとつだろうと思います。1966年生まれなので、シャンソンというよりフレンチポップスの歌手ですけど、ボクは彼女をこの歌で知りました。1987年に発表されたファーストアルバムに収録され、世界的にヒットした曲だそうです。これは後から知った背景であって、ライブハウスで聴いてなかなかいい歌だなと思った程度でした。

 

 しばらくして、たまたまYouTubeで聴いたら、彼女のハスキーで太めの声がものすごく似合う曲だったんですよね。『モン・メッカ・モワ』は正確にはMon mec a moiで、mecとは俗語で「彼氏」とか「亭主」という意味らしい。それがaとつながって「メッカ」となるので、「私のカレシ」または「アタシのあいつ」みたいな意味のようです。

 

 その彼氏が嘘つきで、いつもしょうもないことばかり言う奴だけど、私は分かっていてもすべて信じるわ、というような他愛のない内容の歌詞が延々と続く歌です。ただし、メロディとリズムが実に絶妙で、歌の流れの中に山や谷がきっちりと仕掛けられています。

 シャンソン風味の軽い哀愁もあって、なかなかの名曲だとボクは思うのですが、カースが歌うと迫力あるドスがきいてるんですよね。つくづくしょーもない男だけどさ、それでもアタシは惚れちゃったんだから仕方ない。そうなったら信じるほかないじゃないか。というようなニュアンスが、フランス語をまるで知らなくても感じ取ることができます。

 

 だから、ああこの楽曲でカースはデビューしたんだということがね、よく理解できるのです。こういう楽曲との出会いが、歌手にとっての登竜門なのですが、前述したように奇跡に近い。関係者が最初からヒットを予想した楽曲もあれば、まるで期待していなかったのに大ヒットになったとか。10年がかりでジワジワと認知されるというケースだってありますよね。

 

 だからどうの、というのでなく、やはり歌手はまぎれもなくアーティスト=芸術家なんだよなと。才能があっても、それだけではダメで、神様がくれる運とか奇跡がなきゃいけない。カラオケのおかげで誰でも歌を上手に歌えるようになったと思うかもしれないけど、本当に上手な人は少なく、しかもヒット曲を持つ歌手となれば希有なんですよね。素人全盛のおかげでというと叱られそうだけど、そうしたアーティストに対するリスペクトが世間的にちょっと欠けてきたように思ったりするわけです。

 

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2017年8月 7日 (月)

Dance Me to The End of Love(下)

 

 この稿のためにYouTubeで様々なバリエーションを試聴しましたが、レナード・コーエンはミスター・スポックというより、俳優のダスティン・ホフマンに激似です。

 

 シンガーソングライターなんだから顔なんかどうだっていいのですが、かなりの高齢になっても、実にいい雰囲気を醸し出しているジーサンだと感心させられます。

 もうひとつ気づいたのは、晩年は若い頃より素晴らしい声になっているんですよね。身体が老化するなら声帯も老化しますから、たいていの歌手は声が枯れるなど、あまり好ましくないほうに変化していきます。そこに酒や煙草などが加わると、美声がどんどん崩れていく。ボクは昭和の大歌手といわれる人を子供の頃から晩年まで続けて聴いたことがありますが、敢えて率直に言わせていただけば、亡くなる直前の歌声は悲惨というほかありませんでした。きっとファンは否定するでしょうけどね。

 

 ところが、レナード・コーエンはどんどん渋くなり、特に低音はスピーカーの振動が分かるほどビリビリと響くのです。もちろん枯れてはいるんだけど、その分だけ低音の迫力が増していると感じるのはボクだけかな。こういうケースは珍しいのではないでしょうか。だからもしYouTubeで彼の歌を聴くなら、若い頃より近年のライブ録画のほうをオススメします。

 

 さて、『Dance Me to The End of Love』です。この曲は1984年の『Various Position』というアルバムで発表されました。このアルバムには『ハレルヤ』も収録されているので、レナード・コーエン畢竟の傑作といえそうです。

 

 『ハレルヤ』については以前にジェフ・バックリィで詳しく紹介したので興味のある人は読んでいただきたいのですが、こちらは「哀しみのダンス」という邦題もあるようです。タイトルをそのまま訳せば「愛が終わるその時まで、私を踊らせてくれ」ということになるので、ちょっと要約し過ぎかなとも思うのですが、ライターとして言わせていただけば、短い日本語タイトルを考えるのは、長い文章を書くよりはるかにホネが折れるはずです。特にこういう含みのある文章は、何をどう書いても原題を上回ることなんて不可能ですからね。

 

 さて、楽曲ですが、もの悲しい短調の単純なリズムの繰り返しの中で、バイオリンが心の琴線を奏でるかのように流れてきます。ところがボクがダウンロードしたオリジナルではバイオリンが入ってくるのは後のほうなので、YouTubeで聴ける方が奥深いサウンドになっています。

 

Dance me to your beauty with a burning violin
Dance me through the panic till I'm gathered safely in
Lift me like an olive branch and be my homeward dove
Dance me to the end of love
Dance me to the end of love

 

 燃えるようなバイオリンで、美しいきみと踊らせてくれ。パニックを過ぎて落ち着けるようになる、その時まで私を踊らせてくれ。オリーブの枝のように私を咥えて、巣に戻る鳩のようになってくれ。愛が終わるその時まで、私を踊らせてくれ。

 

 直訳すると、こんな感じかな。彼の歌詞は構文的には決して難しくないのですが、日本語訳として理解できても意味不明というフレーズがいろいろ仕掛けられています。この曲も、「パニック…」とか「オリーブの枝…」がどんな暗喩なのか、ボクにはよく分かりません。そんな分からないことの団体様が『ハレルヤ』なのですが、そもそも文化&宗教的な背景が違うのですから、すべてを完璧に理解する必要はないとボクは思っています。雰囲気を味わい、その楽曲に自分の個人的な想いをのせることができるのが名曲なんじゃないかな。それこそが「普遍的」と呼ばれる要件なのだろうと。

 

 ちなみに、英語のウィキペディアでは彼のインタビュー記事を抜粋しており、その中でホロコーストにインスパイヤされたと語っています。あるDeath Campで、ユダヤ人がガス室で虐殺される時に、クラシックを演奏させられていたString Quartetカルテットがいたそうです。それを知ると、単純な恋の歌ではないと分かるでしょ。でも、そのことをそのまま歌ったのでは音楽にはなりません。それを昇華させて、みんなが共感できるものにすることが芸術なわけでね。現代の日本の歌がそこまでの完成度を持つかというと、希有だなとボクは思っちゃうんだよな。むしろ1960年代から80年代までの歌謡曲のほうがよほど優れているように思えます。

 

Dance me to the wedding now, Dance me on and on

Dance me very tenderly and dance me very long

We're both us beneath our love, We're both of us above

Dance me to the end of love
Dance me to the end of love

 

 やはり途中で、「ボクたちは愛の下にいて、愛を越えている」という謎のフレーズが出てきます。まだ私たち2人は愛には値しないかもしれないけど、それを越えたもので結びついている。だから、愛の終わる時まで私を踊らせてくれ、ということになるのかな。

 

 歌詞を探っていくと難解なのですが、Dance Me to The End of Loveと願う瞬間は、誰にでも一度はあったはずだし、これからもあると思うのです。

 

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2017年8月 4日 (金)

Dance Me to The End of Love(上)

 

 人間誰しも初めて年を取るわけで、その意味では毎年毎日毎時間がいつも初体験ということになります。ということは、自分の生き方の参考にする、あるいは真似したいモデルを持っていたほうが、迷ったり混乱しないので楽になりますよね。

 

 ボクもそろそろジジーになる準備をしておきたいということで、最初に目標としたのが映画俳優のトム・セレックです。トム・クルーズのお兄さんで、ってウソです、そもそも苗字が違うじゃないか! という冗談はさておき、『ミスター・ベースボール』という1992年公開の映画で高倉健と共演したこともあります。彼のようになりたいなと注目したのは、テレビ映画の『警察署長ジェッシィ・ストーン』というシリーズでした。ロバート・B・パーカーの原作で、なかなかいい雰囲気のテレビドラマなのでオススメしておきます。

 でね、トム・セレックですけど、鼻の下の分厚いヒゲがやたらに似合う男で、ギョロリとした大きな目玉の割に寡黙な役が大変によく似合っていました。ボクは状況にもよりますが、ものすごく饒舌になるのが自己嫌悪なので、こういう無口な人間に憧れてしまうのです。しかもワケありな感じがね、余韻あるじゃないですか。

 

 ただし、トム・セレックは大学時代にバスケットボールの選手だったことから分かるように、身長192㎝の巨漢です。顔の構造も違えば体格だって大違いなので、イメージだけ模倣するといってもかなり困難です。見える景色からしてボクの身長とは違うはずですから。

 

 それでずっと見本探しで彷徨していたのですが、つい最近になって、これならイケるかなという目標を見つけることができました。レナード・コーエン。昨年の11月に82歳で亡くなりましたが、カナダのシンガーソングライターで、詩人、小説家でもありました。才能は格段に開きがあるでしょうけど、ライターとして分野だけは共通しているじゃないですか。

 

 この人については、以前に不朽の名作『ハレルヤ』でご紹介しました。その時はジェフ・バックリィの歌にとても感動したのですが、近頃は私生活の方面でいろいろありまして、彼の歌を重く感じるようになってきたのです。年を取ると長く眠る体力すらなくなり、同じように悲しみや苦しみに耐えるエネルギーも乏しくなってきます。そんな人間にジェフ・バックリィの『ハレルヤ』はあまりにもヘビーで、どーんと憂鬱の底に突き落とされてしまうんですよね。

 

 ところが、作詞作曲した本家のレナード・コーエンは、どこかに遊びというか余裕というか、うまく枯れた色気があるんですよね。まず声がとびきりに渋くて素晴らしい響きがある。次に、ボクのように目が垂れている。率直にいえばミスター・スポックそっくりなのですが、容貌はトム・セレックよりはるかにボクに近いかなと。

 

 そんな彼が淡々とまるでご詠歌のように「ハレルヤ、ハレルヤ」と繰り返していく歌ですけど、ジェフ・バックリィの尖った悲哀よりも、人間の愚かさを優しく受けとめてくれるような気がします。瞳には哲学者のように深いものが漂うだけでなく、仲間を横目で見る時の表情に、実にまったく愛嬌と色気があるんだよな。

 

 よーし、こういうジジーになってやると、昨日午前10時頃に決心しました。それで早速に彼が歌う『ハレルヤ』を205円でダウンロード。次に『Dance Me to The End of Love』も205円で落として、ボクのiPodシャッフルに入れました。これで合計269曲となります。

 

 この『Dance Me to The End of Love』が泣かせる曲なので、来週月曜日に続けることにします。

 

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2017年7月31日 (月)

『メインテーマ』

 

 薬師丸ひろ子という女優さんがあまり好きになれなくて、あの大ヒット曲『セーラー服と機関銃』(1981年)はパス。そのかわりに、作曲者である来生たかおの『夢の途中』のほうを愛聴してきました。彼女のせいでは決してなくて、あの年齢=15~20歳くらいまでの女性がボクはすごく苦手なんですよね。

 

 世間知らずのくせに鼻っ柱が強くて、ワガママで自分勝手で、って同じ意味か、ついでにやたらと理屈っぽくてね。そうした他人に対するイマジネーションを欠いた精神性が、どうにもダメなんだよな。こういう傾向は子供の頃からチヤホヤされ、可愛いと言われ慣れて成長した美人に共通しており、早い話がブサイクなボクには取り付く島がないわけですね。世の中にはイケメンよりボクのようなブサメンが圧倒的に多いはずですから、そういう態度は交友関係を狭めてしまうと思うんですけど。

 

 長々と年甲斐もなく愚痴みたいなことを言ってしまいましたが、そんな薬師丸ひろ子の歌で最近気に入っているのが『メインテーマ』(1984年)です。計算してみたら、ゲッ33年も前かよとびっくりしました。彼女が出演した同名の角川映画の主題歌で、通算3枚目のシングルとして発売されています。

 こちらは作曲が南佳孝、作詞が松本隆。南佳孝は『モンロー・ウォーク』などでお馴染み。松本隆といえば松田聖子などのヒット曲をバンバン出してきた歌謡界の大御所です。

 

 だからといって全部が名曲というわけではありませんが、『メインテーマ』はボクの好きな透明感のある哀愁に満ちており、なかなか良い歌に仕上がっていると思います。前述した乙女の強気と、恋に揺れ動く心情がメロディとしてもきちんと葛藤しているところに好感が持てます。

 

 ボクがとりわけ感心したのは、以下の歌詞です。

 

愛って よくわからないけど

傷つく 感じが素敵

笑っちゃう涙の 止め方も知らない

20年も生きて きたのにね

 

 ね、すごい感性でしょ。だからボクは詩人になれなかったのかとしみじみするくらいです。「傷つく感じが素敵」と強気になりながら、涙の止め方も知らない。けれども、それを笑ってしまう。こんな屈折しまくりが乙女の心なんですな。極めつけが「20年も生きてきたのにね」。はぁ、ワタクシ結構な年齢になるのですが、今もって「涙の止め方」なんて知りませんぜ。

 

愛って よくわからないけど

深呼吸 不思議な気分

わかってる 昨日の賢い 私より

少しだけ綺麗になったこと

 

 うーん、もうとにかく瑞々しいのであります。この歌は上手に歌えば歌うほど違和感が強くなってくるので、ある程度ブッキラボーな感じで歌唱しないと似合いません。その意味でも、やはり当時の薬師丸ひろ子が歌わなくて誰が歌うのという楽曲なんですよね。

 

 ヘビーローテーションにするほどではありませんが、たまに聴くとね、枯れ気味のオッサンにもしばし水分を供給してくれる歌です。

 

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2017年7月13日 (木)

クラシック

 

 ある歌手に聞いたのですが、日本でクラシックの音楽家はなかなか食えないそうです。特に声楽=歌手として自立できるのはほんのひと握りというから、ボクには意外でした。

 

 東京ではクラシックのコンサートがかなり多く、年末ともなればベートーベの交響曲第九番をあちこちでやっていて、どこも満員ですもんね。それでも全体として見れば、クラシックを好む人口は減っているようです。ボクなんかは好きな曲はバロックから西田佐知子にサザンにマンハッタン・トランスファーまでいろいろあるので、クラシックのヘビーユーザーではないけど、たまに聞きたい交響曲もあります。チャイコフスキーとかね。

 

 ただ、レコードとして売れる楽団や指揮者や演奏家は昔から限られていたように思います。かつては「カラヤン」というだけでブランドやトレンドみたいに無闇に信奉して、神棚にレコードを上げちゃうような人もいたんじゃないかな。ボクは天の邪鬼なので、そういう風潮には常に背を向けてきたのですが、いきなり人気のハシゴを外すのもこういう人たちのような気がします。

 

 いずれにしても、もはや音楽は一曲いくらでダウンロードできるため、人気歌手でもCDの売上げは年々低下。クラシックならなおさら売れない、ということになっているかもしれません。

 

 アーティストを目指すなら最高峰とされる東京芸術大学も同様で、二浪三浪しなきゃ合格できない最難関なのに、卒業後は大変みたい。ボク自身はそうした「高等遊民」的な分野があっていいし、あるべきだとも思いますが、好きなことをやって生きていくことのリスクは覚悟しなきゃいかんでしょう。

 

 にもかかわらず、クラシックのトレーニングは譜面通りが基本で、ジャズのようなアドリヴは完全に御法度。だから、そんな人がポップスやジャズの世界に入ると、自分の個性を出すのに一苦労となるようです。

 

 いや、実に興味深い世界ですね。だって、もしもクラシックを継承する人がいなくなったら、たとえばバッハから数えても400年以上にわたる積み重ねがプツンと途切れることになってしまいます。

 厄介なことに、音楽は絵のようにカタチとして残すことはできないんだよな。ハイレゾで記録するといっても、ライヴで演奏したり歌う人がいなければ、ラテン語みたいな骨董品になっちゃいますよね。

 

 何が言いたいのかオボロになってきたけど、そうしたクラシックをきちんと維持できるのが本当の文化ではないのかと。つまりさ、今になって多様性が喧伝されているけど、もともと音楽の世界は多様なわけです。それを「食える・食えない」の二元論で分けたら、どうしたって衰退していくジャンルを作ることにつながります。だから、そういうつまらないことを言わせないように下支えするのが政治の役割だとボクは思うのです。

 

 そのためには、政治家自身がコンサートなんかに足を運ばなきゃいけない。ウィーン古典派を語らせたら止まらないという政治家がいたら、ボクは尊敬してしまいます。そういえば、あの首相は不規則発言以外に何か趣味があるのかな。やっぱさ、少しはカネと関係ないことを身につけましょうよ、ということになるわけです。それが教養とかリベラルアーツと言うなら、日本はまだまだ途上国のような気がしてなりません。

 

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