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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

音楽

2017年11月 7日 (火)

『愛人』

 

 歌というのは時々ウソをつきます。というか一方的な願望あるいは空想ともいえるのかな。ボクにとって、テレサ・テンの『愛人』は、そうした見果てぬ夢Impossible Dreamといえるでしょう。

 

あなたが好きだから それでいいのよ

たとえ一緒に街を 歩けなくても

 

 このフレーズを耳にするだけで「惚れてまうやろっ!」(ちょっと古いか)ではありませんか。さらにたたみかけるように続きます。

 

この部屋に いつも帰ってくれたら

わたしは待つ身の 女でいいの

 

 たった4行の言葉だけで、関係性と情況がまる分かりになる、実に優れた歌詞です。元吟遊詩人志望者のボクから見ても、昔の歌謡曲は現代とは比較にならないほどの表現力を備えているんですよね。

 作詞は荒木とよひさ、作曲は三木たかし。1984年の『つぐない』からコンビとなり、翌85年に15枚目のシングルとしてリリースされたのが、この曲です。さらに86年には3曲目として『時の流れに身をまかせ』を発表。いずれも大ヒットとなり、これでテレサ・テンのイメージが決定的に定着したといっていいでしょう。このためカバーする歌手も多いのですが、『愛人』だけは寡聞にして極端に少ないような気がします。あくまでも私見ですが、女性にとって共感しにくいシチュエーションだからではないでしょうか。要するに不倫の歌ですからね。

 

尽くして 泣きぬれて

そして愛されて

時がふたりを 離さぬように

 

見つめて 寄りそって

そしてだきしめて

このまま あなたの胸で暮らしたい

 

 つきあい始めの頃はそんな心意気だったにしても、深夜になると奥さんのもとに帰って行き、土日や祝日は連絡するにも気を使うということを数回も繰り返せば、若い女性ほど「もうやめよっかな」と思うのが普通ですよね、きっと。

 

 それ以前に、「結婚しない人とエッチはしない」という姿勢があたかも「真面目」で、そのほかのケースはすべて「遊び」または「倫理に反する行為」と断定する女性も実際にいました。結婚による法的地位、または生涯の財政保障とエッチを交換するというのは、ボクには娼婦より不真面目としか思えませんが、どうやら貞操っていうのは価格と長期契約が伴うみたいです。こんなの大昔と何も変わらないですよね。どこが女性の自立だよって、ボクは思うんですけど。

 

 そうした古典的な世界観を継承する女性から見れば、この『愛人』的な女性は紛れもなく「不道徳」「掟破り」「破戒」いや経済的には「価格破壊」といっていい。だからさ、奥様はみんな不倫と愛人を激しく敵視し、糾弾するんじゃないかな。その一方で、男たちは、いつになってもこういう無償の愛を求める生き物なのです。

 

めぐり逢い 少しだけ遅いだけなの

何も言わずにいてね わかっているわ

心だけ せめて残してくれたら

わたしは見送る 女でいいの

 

 こんな女性がホントにこの世にいるのでしょうか。銀座あたりのホステスクラブではフェイクラヴのセールストークであり、ヘタすりゃハニートラップの疑いも濃厚だったりして、とてもじゃないけど、ほぼ絶対的にあり得ません。にもかかわらず、それが現世に実在するかのように、テレサ・テンは儚く優しく哀しげに歌い上げるのです。死亡の原因にナゾが多いこともあって、歌手としての成功の陰で薄幸だったかもしれない一生を想いながら、ボクは聴くたびに心を揺さぶられて、惚れてしまうのでありますよ。

 

 そんな女なんていないに決まっているけど、ひょっとすると万々が一、どこかに生存しているかもしれない。そんな男の身勝手な願望を表現した歌に違いないでしょうが、ボクはこれこそが文字通り“掛け値なし”の「純愛」だと信じているのであります。

 

 なお、明日は早朝から取材がありますのでお休みさせていただき、翌9日木曜日から更新する予定です。

 

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2017年11月 2日 (木)

『ホンダラ行進曲』

 

 先週の土日はまるまる原稿制作に取り組み、一昨日から昨日にかけては、「どうしても」という厳しい締め切りがあったので、夜中から働いていました。ようやくホッとしたのも床の間、じゃなかった束の間で、今は面倒な校正処理に追われています。

 

 こういう時にふと思い出す、実にまったくバカバカしい歌があるんですよね。

 

ひとつ山越しゃホンダラダホイホイ

もひとつ越してもホンダラダホイホイ

越しても越してもホンダラホダラダホイホイ

 

 今では中高年以上の世代しか知らない、クレージーキャッツの『ホンダラ行進曲』です。1963年4月にシングルレコードで発表されたのですが、いくらクレージーキャッツが人気全盛の頃といっても、よくもまぁこれほど無意味な歌を出せたものだと、つくづく感心します。

 

 だってね、リフレインがこれですぜ。

 

ホンダラホラダラ ホンダラホダラダ

ホンダラホダラダホイホイ

ホンダララッタ ホンダララッタ

ホンダラホダラダ ホイホイ

ホンダラホダラダ ホイホイ

 

 スキャットの一種だよなと納得しつつも、こうやって書き写しているのがアホらしくなるほど意味がありません。でもね、じゃアンタは書けるのかと自問すると、おそらく、いや絶対に無理です。「ホンダラ」からして思いつけないのですから、「ホンダラッタホイホイ」も「ホンダラダ」にも至るわけがない。

 

 作詞は東京都知事になったこともある青島幸男。昔はタレントもどきとしてあまり評価しませんでしたが、この歌ひとつで天賦の才能を持っていた人だと再認識しました。カタカナばっかりで、漢字と平仮名の含有率が極めて低い歌詞ですけど、そこはかとない虚しさが底流にあるんですよね。

 

どうせこの世は ホンダラダホイホイ

だからみんなで ホンダラホイホイ

 

どうせ女は ホンダラダホイホイ

だから男は ホンダラダホイホイ

 

 ある種の諦念と言うべきか、現実に傷つき、絶望の淵に行きながらも、ギリギリのところでヒッヒッヒと笑い出すような、実は凄みのある歌詞なのです。それを萩原哲晶の曲がテンポよく展開していくんですよね。

 

 そしてエンディングに近くなると、哲学的ともいえるフレーズが用意されているのです。

 

あっちへ行っても ホンダラダホイホイ

こっちへ行っても ホンダラダホイホイ

 

行っても行っても ホンダラホダラダホイホイ

どうせどこでも ホンダラダホイホイ

だから行かずに ホンダラダホイホイ

 

 ほらね、人によって様々に読み解ける奥ゆきがあるじゃないですか。こうなると、スキャットというよりお経に近い雰囲気といって過言ではありません。そしてエンディングです。

 

何をやっても ホンダラダホイホイ

だからやらずに ホンダラダホイホイ

 

 あはははは、ちっともポジティブな歌ではないんですよね。停滞、いや後ろ向きとすら言えます。どこにも行かない、何もやらない。にもかかわらずタイトルは「行進曲」。世の中の矛盾、アンビバレンツを凄い圧力で凝縮し、ヤケクソをスパイスにして缶詰に入れたような歌ではありませんか。

 

 青島さんが生きていたら、最後の歌詞の意味を聞きたいところです。何もやらない人ではなく、人一倍やって直木賞まで受賞した人がなぜ「だからやらずに」なのでしょうか。

 名曲とはおよそいえませんが、1度聞いたら忘れられない迫力がある歌です。

 

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2017年10月 4日 (水)

『小雨降る径』

 

 ようやく涼しくなってきました。気温が下がると、何だか切なくなってもの思いにふけるようになるのはどうしてでしょうか。暑い夏には忘れたり無視できた過去の事々が、様々な想いとともに浮かび上がってきます。時には甘く、時には苦く、しっとりとした愁いが心の中を満たしていくような気がします。なんちゃってね、締め切りの谷間でヒマだからかなぁ。

 

 そんな秋は、食べ物もやたらに美味しいですけど、シャンソンとタンゴの季節でもあります。大声を競うようなカンツォーネは、ちょっと横に置いておきましょうね。

 

 さて、ボクが近頃になって好きになった歌が『小雨降る径』です。ちなみに「みち」は、道、路、途、そして径という4種類の漢字があります。道は「それが人の生きる道」といった概念も含む一般的な意味で、路はクルマなども往来できる広い「道路」。途は「途上」という言葉があるように、目的までの道筋や到達方法つまりルートを意味しているようです。

 

 では、小雨が降る「径」とは何か。デジタル大辞泉では「小道」「近道」とあるので、「路」よりも幅の狭い道のようですが、現代では土の匂いはあまり感じられません。そちらは前述といささか矛盾しますが「路地」という言葉がありますからね。

 そんなわけで、ボクは銀座の並木通りをイメージしています。中央通りは堂々たる大きな「路」ですけど、それと並行して走りながらも道幅は狭く、人通りは決して多くありません。この通りは衆知のように世界的な高級ブランドが立ち並んでおり、静謐な中にエクスクルーヴな気品が漂っています。『小雨降る径』の歌詞でも、いきなり「並木」が出てくるので、東京ならここしかないだろう、と。

 

 そんな「径」を行き来しながら秘かな逢瀬を重ねてきた男女が、何かの事情で別離を余儀なくされる。それからしばらく過ぎた秋の夜に、小雨降る中で失った恋人を想う歌だと思います。

 

静かな雨 並木の雨

あなたを待つ 胸に降る

 

流れる唄 懐かしい唄

夢をささやく、あのメロディー

 

 ウィキペディアによれば、ドイツ人のヘンリー・ヒンメルが1935年以前に作曲。もともとはタンゴの曲だったらしいのですが、後にフランス語の歌詞がつけられてシャンソンの名曲に仲間入りしました。日本語では坂口淳(1908〜1974年)が訳詞しており、1986年の紅白歌合戦で菅原洋一が歌っています。

 

 ボクがいつも聴いているのは金子由香利バージョンで、控え目に表現された大人の情緒が、忘れようとしても決して消えることのない恋心をむしろ強く感じさせるんですよね。

 

いつの日にか また逢い見ん

あふれ来るは 涙

 

静かな雨 並木の雨

痛む心に しのび泣く

 

 この文語調の歌詞が、規則正しく刻まれるタンゴのリズムとメロディにみごとに呼応しています。いつも思うんだけど、歌詞は言葉でいくらでも評論できますが、リズムとメロディは実際に聴いてもらわない限り共有することができません。言葉で表現できることには限界があり、音楽の持つ感性的、いや霊的ともいえる精神への影響力にはまるで及ばないのです。

 

 ただし、リフレインとして繰り返される「いつの日にか、また逢い見ん」というフレーズが、いつ聴いても素晴らしいと感心させられます。続いて「あふれ来るは 涙」ですもんね。男と女、どちらの側にも共通する内容ですが、捨てきれない恋慕がありありと感じられます。

 

 オマケですけど、『小雨降る径』というタイトルにもかかわらず、日本語の歌詞には「みち」という言葉は一切出てきません。フランス語では冒頭からIl pleut sur la route……とあって、「径に雨は降り……」となっていますが、訳詞では省略されたようです。しかしながら、日本語の歌詞は原詩に負けず劣らず完成度が高いとボクは思います。文章はすべてそうですが、単純に分かりやすく感じるものほど、作るのは難しいんですよね。

 

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2017年9月28日 (木)

エレキサウンド

 

 昨日は銀座のライブハウスで久々にエレキサウンドを楽しんできました。いつもはシャンソンなのですが、正直言って、このジャンルには明るい楽曲が少ないんですよね。たまにアップテンポで賑やかなカントリー&ウェスタンを聴きたいと思っても、ナッシュビルがクローズした今では心あたりの店がなくなってしまったのです。

 

 それで、たまたまオールディーズの銀座TACTをチェックしたら、エド山口と東京ベンチャーズが出演すると分かったので、軽快なエレキサウンドで自分を元気づけようと思ったわけですね。

 

 本日は午前中に締め切りが1本あって詳しく紹介できないのが残念ですが、エド山口はビジーフォーのモト冬樹の実兄で、テレビなど芸能界で幅広く活躍してきた有名人のせいか、開演30分前に行ったら、とっくに満員御礼状態。それでも店員にお願いして何とか椅子を追加してもらい、ようやく着席することができました。

 

 バンド名から分かるように、彼はベンチャーズに強い影響を受けて、高校時代からすでにセミプロだったとされています。そうした故事来歴はウィキペディアを参照していただくとして、予想通りに実に素晴らしいエレキサウンドを堪能できました。ベンチャーズの曲はもちろん指使いも真似るというのは、ファンにとっては彼らが初来日してからの普通であって、さらにエド山口は「ちょっと割れた音」そのものをコピーしようと試みたというのですから、ハンパなマニアではありません。

 

 というわけでベンチャーズの往年の名曲の数々に加えて、彼が自作したオリジナルもいくつか演奏。ボクもギターを弾いたことがあるのでよく分かるのですが、素晴らしいテクニックに聞き惚れてしまいました。エレキの音がね、早引きなんかの技巧を「どうだ上手だろ」と観客に押しつけてくるのでなく、溜めと余韻に満ちた奥深いサウンドとして大人の甘辛い情緒を感じさせるんですよね。

 

 加えてMCがホントに傑作で笑えました。ボクも久々に大口を開けたくらいです。ギターもうまいけど、冗談もうまい。有名歌手の物真似も上手なので驚きました。観客をとにかく楽しませようとするプロフェッショナルな精神を感じさせる、これほど芸達者なエンタテイナーは希有じゃないかな。それでいて2部構成でショーチャージは4800円。いやぁすごく得した気分になりました。

 

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2017年9月27日 (水)

『それで自由になったのかい』(後)

 

いくらブタ箱の臭いまずい飯がうまくなったところで

それで自由になったのかい

それで自由になったのかよ

 

 1968年に『山谷ブルース』でデビューした岡林信康が1970年3月に発表した2枚目のシングルが『それで自由になったのかい』です。ボブ・ディランに強く影響された、いわゆるモロ出しのプロテストソングでございまして、申し訳ないけど何度も聞きたくなるような叙情は一切ありません。

 

 むしろ、そのシングルB面の『手紙』にボクは感動しました。「私の好きなみつるさんが……」で始まる悲恋を女性の一人称で描いており、差別問題を逃げずに真正面で捉えながらも、切ない心情が胸に迫ってくる素晴らしい歌に仕上がっています。歌詞が自殺した女性の遺書による実話にもとづいていると知れば、さらに目頭が熱くなるはずです。ところがその中に出てくる「部落」という言葉が差別用語だったため、すぐに放送禁止になってしまいました。日本民間放送連盟では1959年に「要注意歌謡曲制度」を内規で取り決めており、これに該当すると判断された楽曲は、A=放送しない、B=旋律(メロディ)は使用可能、C=不適切な表現を修正することで放送可能、ただし著作権者の了承を取ること、という3段階の処置が取られることになっていました。『手紙』はそのうち堂々の最上位A指定。以後はテレビやラジオからこの曲が流れてくることは一切なくなったのです。

 

 日本民間放送連盟は民間の放送事業者を会員とする一般社団法人ですから、法律で定められたわけではなく、自主的な規制に過ぎないはずですが、その支配力は相当に強かったようです。このバカバカしい内規は1983年に廃止されていますが、現在も影響が残っているらしく、指定曲の放送を自粛することが少なくないとされています。

 ちなみに『手紙』で問題となったフレーズは、「部落に生まれたそのことのどこが悪い何が違う」です。放送関係者にもかかわらず、部落という文言だけで放送禁止にしてしまう貧弱な日本語読解能力しかなかったことに驚きを禁じ得ません。そんな反発から、ボクはギターで弾き語りできるくらい好きな歌になりました。

 

 こうした顛末をまるで暗示するかのように、『手紙』のA面に『それで自由になったのかい』があったわけです。

 

そりゃよかったね 

給料が上がったのかい

組合のおかげだね 

上がった給料で何を買う

テレビでいつも言ってるクルマを買うのかい

それで自由になったのかい 

それで自由になれたのかよ

 

 あまりにも歌詞が未加工なナマ過ぎで、粗雑とすら思えるメロディも含めて、楽曲としての完成度は高くありません。それでも熱さだけはあり余るほど感じることができます。その背景として本来は学生運動を論じなきゃいけないところですが、この頃の「自由」というのは今よりもはるかに分かりやすくて、輝きに満ちていたんですよね。ジーサンたちが作り上げた旧体制による社会的な抑圧からの自由ですから、当時は若くて元気だった団塊世代が雄叫びを上げたのは当然といっていい。戦いの相手は目の前にいたのです。

 

 ところが、年老いて彼らもまた体制の一員となってしまえば、あれほど叫んでいた自由があたかも身勝手でワガママな野放図のように感じるわけです。自由に制限なんてあっていいはずがないのに、「自由にもホドがある」とワケの分からないことを言い出したりする。もしも仮に彼らが望んだ自由が実現したとしても、やがて新しい体制という不自由を育んでいったはずです。さもなきゃ社会は維持できませんから。

 

 そうした社会という視認できる外側だけでなく、人間の内側にしても、昨日に指摘したように自らを縛る規制やルールがいろいろあります。これに疑問を感じて破ったとしても、それがまた新しい決め事やプロトコルなんかを生み出していくんですよね。いちいち自分ですべてを判断して決めたり選択するというのは面倒という実利的な理由も見逃せないのですが、人間というのはどうやら自由を希求しながらも、不自由にならざるを得ない生き物らしい。でなければ精神的な安寧を得られないとも言い換えられるでしょう。

 

 そうした矛盾をうまく回避していくためには、ファッションでいえば「モード」のように変わり続けるしかない。簡単にいえば「転がる石に苔は生えない」ってことです。政治も同じで、1966年に始まって70年代後半まで中国全土を巻き込んだ文化大革命は、毛沢東の権力維持のための政治闘争とするのが一般的な解釈ですが、この騒乱がなかったら共産中国はとっくに崩壊していたとボクは思います。そんなわけで、目まぐるしく感じる流行やトレンドにも大きな意味があるわけですね。

 

 それと同じように、ボクたちは絶えず「それで自由になったのかい」と問い続けなければ、せっかく得た自由を再び手放すことになってしまうでしょう。それがよしんば不自由を選ぶ自由だとしても、自分が望んだものを得るための唯一の方法なのです。

 

オレたちが欲しいのは 

ブタ箱の中での

より良い生活なんかじゃないのさ

新しい世界さ 新しいお前さ

 

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2017年9月26日 (火)

『それで自由になったのかい』(前)

 

 9月21日のブログ「コート」で、およそ15年にもわたって愛用してきたコートをリフォームに出したと報告しました。実はこの時に、ズボンというかパンツというかスラックスというか、それともトラウザーズ? のウエストもツメてもらうように依頼しました。子供の頃はズボンという呼び名しかなかったのに、いつの間にかいろいろな言い方が追加されてきたようです。中でもパンツですけど、アクセントの置き方によって下着と誤認される危険な名称にもかかわらず、これを使いたがるファッション関係者が少なくないみたい。ボクのようなオッサンが口に出したら、アクセントがどこにあろうが下着のことになっちゃいそうですけどね。

 

 さて、これらのズボンがコートより1週間早く昨日にリフォームが完了しました。腰の背後をツメるだけなので、肩を外して補修するコートやジャケットより手間がかからないのは納得できます。

 

 ボクの体重は5年ほど前から75~76㎏前後で安定して推移しており、データ的には決して痩せてはいないのですが、下腹が引っ込んだせいか、以前に購入したスーツのズボンなどがいささか緩い感じになってきました。そうなると一種のオブセッション=強迫観念のようになってしまい、物理的にではなく、心理的に着用を忌避するようになるんですよね。ボクがカネ持ちで浪費家なら新しく買えば済むことでも、「もったいない」をくどいほど教えられてきた世代なので、そうしたことに抵抗があるわけです。それでグズグズと放置しておいたズボンを、コートのついでにリフォームすることにしたのです。

 

 とはいっても、補正した幅を知ったらきっと笑われるだろうなぁ。個人情報なので取扱いにはくれぐれも注意していただきたいのですが、最も古いコットンパンツの2㎝が修正の最大幅で、スーツのスラックスは1.6㎝、一昨年に購入した黒のスラックスが1㎝です。コットンパンツを除けば、ベルトの穴をひとつズラして締めれば済むような幅ですが、その時にできるシワやたるみがね、これまたボクのオブセッションになってしまうのです。

 

 誓って言いますが、ボクはオシャレではありません。ただ、前述した強迫観念、いや敢えて「美学」と言い直しておきたいことが日常生活のあちこちにございまして、洋服もその一環ということなのです。だから、たった1㎝にしても、自分が想定したフィット感が得られれば、気分が晴れ晴れとして嬉しいわけですな。

 

 思えば若い頃に一世を風靡していたVANジャケットによって、原初的なオブセッションを身に付けたのかもしれません。シャツはボタンダウンでズボンは折り返しが何㎝といった決まりがいろいろあり、それに従うことが当時の流行になっていました。細かいことをいちいち自分で考えて選択する必要がなくなるので、ボクたちにとっても大変に都合が良くて便利でもあったのです。

 

 このため、ボクは5年ほど前まで慶弔用のワイシャツを除いてボタンダウンしか持っていませんでした。その頃にたまたま業界の大先輩の紹介記事を読んだのですが、彼もまたボクのように昔はアメリカントラッドを信奉していたらしい。ところが突然に、そうした決め事にこだわるのはつまらないと感じるようになったというのです。かくて今では相当にぶっ飛んだファッションを着用されていますが、実に個性的で斬新であり、それゆえに非言語のコミュニケーション機能を十全に果たすスタイルなんですよね。

 

 この大先輩の談話記事に強い影響を受けて、ボクも長きにわたるトラッドのお約束という呪縛が一気に解けました。さすがに大先輩ほど極端ではないにしても、流行に囚われることなく、自分が本当に着たい服を自分自身の意思で選ぼうじゃないかと。そのためにはファッションをある程度は知悉しておかなきゃいけない。でね、調べてみると、特にスーツは社会人の制服でもあるので、言外の制約やルールがいろいろとあるわけです。たとえば赤いジャケットはビジネスではNGと明文化されていないものの、戦後の日本で植木等以外に着用したサラリーマンをボクは知りません。逆にネイビーはオールマイティのカラーであり、「ブラックタイ」よりランクの低いドレスコードにすべて対応できます。

 

 こうしたファッションにおける常識は、社会生活を混乱なく円滑に営むために必要な決めごと=ルールともいえるのですが、それに過度に縛られると、信仰に近い排他的な状態にもなりかねません。ちなみに、今に至る様々な服飾の常識を創ってきたのは、逆に「掟破り」な貴族たちだったのです。

 

 ただし、常識を分かっていて敢えて破るのと、無知によって不作法になるのは大違いです。そんなもろもろに思いをめぐらす時にいつも聞こえてくるのが、かの岡林信康が1970年に歌った『それで自由になったのかい』なのです。テーマが拡散した上に長くなってしまったので、明日も続けます。

 

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2017年9月19日 (火)

触媒型人材

 

 昨今はあまりにもカタカナが多過ぎるので、できるだけ日本語を使おうと考えていたら、こんなにご大層なタイトルになってしまいました。

 

 いえね、近頃は日本経済新聞の連載コラム『私の履歴書』を愛読しております。その前は国務大臣を歴任した某政治家の手前味噌な自慢話に辟易して敬遠していたのですが、筆者が湯川れい子に変わってから現実感のある逸話が続いており、ついつい引き込まれて愛読してきました。その感想を発展させると、「触媒型人材」という大仰なことになってしまうわけですね。

 

 彼女の肩書きは、コラムでは(音楽評論家・作詞家)となっていますが、時代がズレているせいか、ボクにはあまり馴染みのある人ではありません。ただ、このブログで以前に『恋に落ちて』を紹介した時に、作詞が彼女だったことにちょっと驚いた記憶があります。評論家の方面で大御所的な存在だったことくらいは知っていますが、作詞のセンスも並外れていたからです。

 

もしも願いが叶うなら

吐息を白いバラに変えて、

逢えない日には

部屋中に飾りましょう

あなたを想いながら

 

 ネガティブなためいきを白いバラに変えて部屋を飾るなんて、非才凡才のボクにはとてもじゃないけど思いつけません。どんな生き方をしてきた人なのかなと興味が惹かれるではありませんか。

 

 本日で連載は18回目になりますが、まだジャズ評論家としてデビューしたばかりの若き日々が綴られております。それまでに彼女には2人の男が関わってきました。1人は子供の頃から実家の2階に下宿していた許婚者の「進さん」、そして2~3日にせよ駆け落ちまでした「直也」です。この呼び方だけで、彼女が彼らにどんな距離感を持っていたか分かりますよね。「進さん」とは後に離婚しますが、親の言いつけを守って結婚しています。一方の直也は医者の息子ですが、勉強そっちのけでジャズ喫茶などに入り浸るプレイボーイでした。

 

 湯川れい子は、この「直也」から感化されてジャズの魅力を知り、やがて見込みのなかった女優をやめて音楽評論家に転進。その黎明期に、来日した外国人ジャズ・ミュージシャンの単独インタビューに成功していますが、これは「進さん」が陰で英語力を発揮して協力したおかげといっていい。つまり、2人の男が彼女の成長に大きく寄与しているということになるわけですな。

 

 言うまでもなく本人の才能や努力もありますよ。ただね、きっかけを作ったのは、やはり彼らだろうと。そして、彼女が有名になると同時に世界が変わり、次第に疎遠になっていくんですよね。そのあたりのことが本日は正直に書かれていたので抜粋します。

 

「直也にしてみれば、恋人の湯野川和子がいつの間にか湯川れい子になり、世間に名前があふれてきた。瞬く間に遠い存在になったことだろう。直也もまた何も言ってこなくなった」

 

 自分と周囲の見方をきちんと客観的に認識できる人だなぁとボクは感心しました。そして、渋谷の宮益坂あたりでタクシーの車内から偶然に彼を見かけて「『相変わらずカッコいいなあ』。一瞬そう思ったけれど、視線を前に戻して真っすぐ延びる道路を見つめた」とあります。実にクール、ですよね。過去を振り切って自立していく女性象というのは、この頃から定着していったのでしょうか。ボクは男のせいか、ちょいと直也に同情してしまいますが、男女がところかわった類似の別離なんて山のようにありますからねぇ。

 

 それはそれとして、この2人の男たちは、彼女にとっては「触媒」のような役割を果たしたと考えられます。つまり、化学変化を促進する物質なわけです。そして、この触媒は化学変化の影響をまったく受けず、その前と同じ状態で存在することも特徴とされています。

 

 でね、牽強付会と言われそうだけど、このように意識せずに他人に影響を与える「触媒型」の人材がいるような気がするのです。その影響を受けた人自身も、気がつかないうちに他者の触媒になっていたりする。どちらも最も肝腎なことは、そもそも他者に対する関心や興味がなければ、触媒効果を受けようがないってことです。だからといって、無批判に影響されて模倣したり、亜流になるということでもありません。そのままでも変わり得る土壌があることが大前提であり、それを刺激して変化を促進するのが触媒ですから、やはり素材というか、才能や感性や知識などの蓄積があって初めて化学反応できるってことです。

 

 というわけで「触媒型人材」がいれば、職場も変わると短絡的に言い切れないのですが、少なくともそうした人材がいるかも知れないという視点は大切なんじゃないかな。どうもね、近頃の世の中は「結果を出す」という造語が典型的ですが(こんな言い方を昔はしなかった気がします)、効率やら生産性ばかりが取り沙汰されているように思うので、ちょっとした変化球を投げてみようかなと思った次第です。

 

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2017年9月11日 (月)

心に響く歌

 

 カンツォーネ、って好きですか。ボクはジャンルを問わず、古今東西をまったく気にすることなく歌をこよなく愛してきたつもりですが、聴き方がヘタクソなのか、カンツォーネだけは苦手なんですよね。

 

 とはいっても「カンツォーネって何ですか」という若い人も少なくないでしょうね。イタリア語で「歌」や「歌謡」の意味なので、フランスの歌をシャンソンと呼ぶのと同じように、イタリアの民謡やポップスをカンツォーネと呼んでいるみたいです。

 でね、シャンソンは好きなのに、なぜカンツォーネは苦手なのか。よく知られているのが『オー・ソレ・ミオ』(1898年)という歌だと思いますが、とにかく声がデカいんだよな。というより、カンツォーネそのものが人間の喉から発する音量を競うオペラもどきの要素があるのではないかと。それが正直いえば苦手をはるかに通り越して、嫌いに近い感想を持っているのであります。

 オオオオー、ソーレーィ、ミィーーーオーッ、ってあなたね。少なくともボクはそこんところからアウトなんだよな。ベニスに行ったことがありますが、あそこでゴンドラを操りながら船頭さんが歌う唄というなら、あれくらい大きな声でないと聞こえないのは事実ですけどね。

 

 カンツォーネでもきっと名曲はあると思うので、つまるところ愛嬌も情緒も感じられない、ひたすら声が大きいだけの歌い方が好きではないということになります。もっとはっきり言うなら、「俺って私ってこんなに声デカくて歌も上手だろ」と自らを誇示するような歌がね、聞いていられないのです。小さい声よりはマシだし、その大音量が良いという意見を否定する気はさらさらありません。歌というのは特定のコンセプトや理念で聞く必要などないので、いかなる理由にしても「ブラボー!」と声をかけて決していけないことはないですよね。ただし、ボク自身は、それが歌なのかなぁと疑問を感じてしまうのです。

 

 歌ってさ、何よりも鼓膜ではなく、心の奥底に響かなきゃいけないと思うからです。大きな声は耳が痛くなりますが、心まで痛くなったり、胸が熱くなったりするでしょうか。すっかり忘れていた人生のヒトコマのほろ苦さを思い出して涙を浮かべるのは、むしろ控え目な優しい声じゃないかなぁ。他人に自分の歌を自慢するのでなく、観客や聴衆が自然に感動せずにはいられなくなるのが本当に上手な歌だろうと思うのです。

 

 そのためには、メリハリのある歌唱テクニックは言うまでもなく、その歌の背景にある情感をドラマチックに聴衆に伝達しなきゃいけません。よく言われることかもしれませんが、歌手自身の人生経験などがそこに如実に反映されてくることになります。だからといって、いろいろと苦労を重ねた歌手の歌が上手いというわけでもないので念のため。

 

 うまく表現できなくてもどかしいのですが、喜怒哀楽を図々しく押しつけるような感性では聴衆には響かないでしょう。以前にもこのブログで書いたように、やはり「引き算」が大切だと思うんだけどな。押してもダメなら引いてみる。これは歌だけのことではありませんよね。

 

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2017年9月 4日 (月)

ハレルヤ(続)

 

 このところ、レナード・コーエンの『ハレルヤ』をヘビーローテーションで聴き続けています。ちょっとね、いろいろ心を痛めることがあったものですから。

 

 この『ハレルヤ』は、すでに昨年にジェフ・バックリィのバージョンで前後に分けて紹介しました。さらに今年8月4日と5日に『Dance Me to The End of Love』を書いた時にも触れていますが、それくらい魅力的な歌であると同時に、歌詞がナゾに満ちているのです。けれども、これまでに冗談抜きで100回近く聴いてくると、次第に意味が理解できるようになるんですよね。

 この歌は、間違いなくレナード・コーエンの最高傑作に位置する楽曲だと思います。

 

 すでに解説したように、この歌は表面的には恋を得た喜びと、それを失った哀しみが描かれています。ところが、いきなり1番から古代イスラエルの王であるダビデが登場。そのほかにも旧約聖書から得たと思われるモチーフが頻繁に織り込まれています。レナード・コーエンはユダヤ系のカナダ人ですから、旧約聖書に詳しいのは当然としても、そんな伝説やエピソードがどうして失恋に関連するのか、なかんずくハレルヤという主を讃える歌に結びつくのはいったいどうしてだろうと、自分の宿題として考えてきました。

 

 それで歌詞を見ながらYouTubeのライブを聴き続けてきたのですが、彼は自分で作詞作曲したせいか、歌詞の順番を一部替えているだけでなく、内容もアドリブで追加したりしているんですよね。ボクが視聴しているのは、最後の6番でcome here to Londonというフレーズをアレンジしていることで分かるようにロンドン公演らしいのですが、It's a cold and It's a broken Hallelujahという哀切な主題を表現したリフレインにも、歌詞にないIt's lonely Hallelujahが登場します。ジーサンらしくワガママ勝手に歌っていることにボクは好感が持てるのですが、いずれにせよどう聴いてもただの失恋の歌なんぞではないわけです。

 

 決して自慢ではありませんが、やはりジェフ・バックリィの時に直感的に書いたことはほとんど正解だと思わざるを得ません。神に対して呪詛に近い恨みつらみを感じながも、それでもなお「冷たく壊れたハレルヤ」で救いを求めようとする人間の悲哀を慈しむ歌なのです。

 それはかつて坂口安吾が『堕落論』でいみじくも喝破した「人間は生き、墜ちる。それ以外の中に人間を救う便利な近道はない」と同義ではないでしょうか。さらには親鸞に師事した唯円が書いたとされる『歎異抄』の中に登場する「善人なおもて往生を遂ぐ。いわんや悪人をや」という有名な悪人正機説にも通じるとボクは考えています。

 

 神様ついでに、誓って無宗教であるボクの持論も紹介しておきましょう。

「神が本当にいるのかどうかはまったく問題じゃないってことです。自分が信じるかどうかなんだってね」(2016年12月6日のブログ『ハレルヤ』後)

 

 レナード・コーエンは、そうした神への問いかけと否定そして肯定を繰り返しながら、むしろ人間の愚かさを優しく包み込むように「冷たく壊れたハレルヤ」を歌い上げていくんですよね。だからこそ、7分以上にわたる長い楽曲にもかかわらず飽きることがなく、最後のほうでは涙が浮かぶほど感動してしまうのです。

 

I've done my best, I know it wasn't much

I couldn't feel, so I tried to touch

I've told the truth, I didn't come to fool you

And even though it all went wrong

I'll stand before the lord of Song

With nothing on my tongue but Hallelujah

Hallelujah

Hallelujah

 

ボクは全力を尽くしてきたつもりだけど、

それで十分といえないことは分かっている。

(神を)感じることができなかったので、

触れてみようともした。

ボクは本当のことを話してきただけで、

決してあなたを(神を)馬鹿にしようとしているわけではない。

だから、たとえそれらのすべてが間違っていたとしても

ボクは歌の神の前に立つだろう。

その時に口から流れてくる歌は、ハレルヤのほかにあるだろうか。

ハレルヤ

ハレルヤ

 

 

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2017年8月17日 (木)

Sweet, Sweet Smile(後)

 

 カーペンターズは1970年代から80年代初頭まで活躍しましたが、その当時のボクはほとんど興味がありませんでした。ビートルズ世代にかなり遅れて生まれたので、音楽的なファンとしてはサイモン&ガーファンクルやイーグルスくらいかなぁ。それよりも小説の活字ばかり追いかけていたような気もします。

 

 そんなボクにとって、カーペンターズというのは何を聴いても同じに聞こえてしまうということで印象的な存在ではありました。もちろん曲想はすべて違うのですが、カレン・カーペンターの声があまりにも耳馴染みが良過ぎて、際立った個性を感じることができなかったのです。実際に、この当時は「イージー・リスニング」という呼び方もあって、まるで壁紙のようにBGMとして頻繁に使われても、彼らの音楽性に対する評価はどうだったのでしょうか。

 

 ボクなんかは、この時代で忘れられない歌は『悲しき鉄道員』なんですけどね。『ヴィーナス』で当てたショッキング・ブルーというバンドが2枚目に作ったシングルだと記憶していますが、世界的には不発で日本だけでヒットしたそうです。後に知ったのですが、オリジナル盤はスローだったので日本発売のレコードだけスピードアップしたというから、凄いというか荒っぽいやり方です。

 

 しかも歌詞が「鉄道員とは結婚するな」で始まる相当に意味不明の歌ですけど、ギターソロの哀愁あるイントロは今でも細かいところを思い出せます。ところが、こうした個性的、ある意味では不器用で稚拙ともいえるサウンドに比べて、カーペンターズは前述したようにあまりにも耳馴染みが良かった。だから生意気盛りのボクなんかは無個性としてスルーしてしまったのです。

 けれども、今になって「Sweet, Sweet Smile」を何度も聴いてみると、その音楽的な完成度の高さに改めて驚かされます。違和感を覚える箇所がどこにもなく、歌詞も含めてすべてが極めて合理的につながっているように感じられるのです。このあたりが「尻尾までアンコがつまった鯛焼き」のようだという所以です。

 

 ただ、その当時も今も、こうした音楽性に対する評論はあまりなされていなかったように思うのです。そのかわりに、カレンの激痩せとかブラザーコンプレックスとかプライベートなことばかりではなかったでしょうか。現在でもインターネットで「カレン・カーペンター」と検索すると、摂食障害などの話題がゾロゾロ出てきます。それでは彼女が可哀想ですよね。

 

 さて、「Sweet, Sweet Smile」です。1977年に発表された8枚目のアルバム『パッセージ(Passage)』に収録されました。彼らのデビューが69年なので、サウンド的には円熟した時期といえそうです。前回のブログで触れたように、カントリー&ウェスタンの軽快なノリのいいサウンドなので、雨天続きの憂鬱な日の特効薬になるのですが、カレンの声がね、実は低音域で素晴らしい奥ゆきと魅力を感じさせることがよく分かるのです。

 

 女性の美声といえば高音域が常識的であり、カレンも3オクターブの声量を持っていたそうです。だからクラシックやオペラのように高い音で勝負することもできたはずですが、リチャードもカレンも早期から低音域に特別な魅力があることを自覚していたらしい。だから、カーペンターズの楽曲はすべてカレンの低音域を引き立てるように構成されていたと考えられるんじゃないかな。ボーカルのカレンに対して兄のリチャードは刺身のツマみたいに思われていたかもしれませんが、プロデューサーとして、このあたりを明確に意識して制作を管理してきたようです。こんなことに今頃気づくのも遅すぎですけどね。

 

 「Sweet, Sweet Smile」でもカレンの低音域の魅力が遺憾なく発揮されています。ボクが特に好きなのは、メロディを切り換えしたサビの部分です。

 

I gotta know that you love me

And that you want me

And that you'll always be there

I've gotta know that you care

 

And I gotta feel your arms around me

And that you need me

And that you'll always be there

I've gotta know that you care

 

 この最後のI've gotta know that you careがね、本当に伸びのある素晴らしい美声でコーラスになっており、思わず心が引き込まれそうになります。このサビのワンフレーズを聴きたいからこそ、最初から聴くという感じなんですよね。

 

 そんなわけで、本日も「Sweet, Sweet Smile」を愛聴しております。だからといって、カーペンターズのほかの楽曲も好きになるかといえばそうでもないから、音楽って本当に難しいですよね。

 

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