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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

音楽

2018年11月 1日 (木)

『お久しぶりね』

 

 男は最初の恋を忘れられないのに対して、女性はどんどんメモリーを上書きしていくといわれます。未練がましいのが男で、過去なんか忘れてどんどん前に進んでいくのが女性とも言いかえられるのかな。

 

 実際に、テレビなんかで「昔の恋なんて覚えていないわよ」と放言する女性タレントは多く、「だからね、再会してもいいことなんかないの」と念を押したりする。いや、たくましいかぎりで何よりでございます。

 

 そのほうが論理的で合理的かつ打算的なので、きっとそうなんだろうな、と長きにわたって思ってきたのですが、歌の世界は案外そうでもないんですよね。女性のほうから再会を望む歌はかなりあります。たとえば松尾和子も金子由香利も同じタイトルの『再会』を歌ってヒットしましたからね。

 

 このジャンルの歌はそれこそ山のようにありまして、やっぱ男も女性も昔の恋を忘れられない人は多く、そうした叶えられない情念こそが歌を歌うリビドーになっているんじゃないかな。てーのひらを、たいようにー、なんてポジティブシンキングでジェンダーレスな文部科学省推薦みたいな曲が大人のスタンダードになるなんてあんまりないですよね。

 

 そんな“再会系”の中でも最もポップでテンポが良くて、やがて哀しさが滲み出てくる名曲だと思うのが『お久しぶりね』です。

 

お久しぶりね

あなたに会うなんて

あれから何年 たったのかしら

 

少しは私も 大人になったでしょう

あなたはいい人 できたでしょうね

 

お茶だけのつもりが 時のたつのも忘れさせ

別れづらくなりそうで、

なんだかこわい

 

 このイントロダクションは、フランスと日本で場所こそ違っても、前述した金子由香利『再会』とまったく同じです。何しろ「あら、ボンジュール、久しぶりね」ですからね。1969年にフランスのポップ歌手、ニコレッタが歌って不発。これを矢田部道一の訳詞で再解釈して初めてレコーディングしたのが1981年(この時は『めぐりあい』がタイトルだったようです)

 小柳ルミ子の『お久しぶりね』は1983年と後発なので、金子由香利の歌にインスパイアされた可能性は否定できません。でもまぁ、街角でばったりと昔の男に出会うなんてことは、滅多にないようで、あり得ないとも断言できないので、パクりうんぬんは論議の埒外でしょう。

 

 それに曲想がまるきり違います。金子バージョンが「語り」を基本にしているのに対して、『お久しぶりね』はやたらにリズミカルでノリがいいのです。ちなみに作詞・作曲は杉本真人。シンガーソングライターですが、あいうえお順に列記されるほど沢山の歌手に曲を提供しています。それを梅垣達志がロケンロールぽい強めのドラムスを前面に出し、テンポアップで編曲したことで、独特の印象的な曲に仕上がっています。

 

 調べてみると、当初はカラオケ用として賑やかに歌うことを意識していたらしい。しかしながら、切り返しからリフレインが高音の結構な難物でありまして、YouTubeを視聴する限りでは、小柳ルミ子本人も後年はメロディに追いついていないように思います。よくある声の酒焼けもあるのかな。そのフレーズが以下です。

 

それじゃ さよなら 

元気でと

冷たく背中を向けたけど

今でもほんとは 好きなのと

つぶやいてみる

 

もう一度 もう一度 生まれ変わって

もう一度、もう一度 めぐり逢いたいね

 

 境遇によっては「今さらそんなことを言われてもなぁ」という人も少なくないはずなので、こんな内容をカラオケで面と向かって歌われても困るというのが、流行らなかった理由じゃないかな。

 

お久しぶりね こんな真夜中に

あなたから 電話をくれるなんて

おかしいくらい まじめな声で

私に せまるから 眠気もさめた

 

もしも今でも1人なら

映画みたいな恋をして

愛を育ててみたいねと

笑ってみせる

 

 おいおい、夜中に電話なんかしてどうすんだよと、他人ごとながら心配になりますが、そこでハッとボクはすべてを理解したのであります。もしかすると、こうした“再会系”の楽曲はあくまでも作詞・作曲した男の願望であって、歌う女性は歌だから歌うのであって、未練の度合いは男の1割程度ではないのかなぁ。ヘタすりゃ「男なんてアホか」と思っているかもしれません。

 

それじゃ さよなら これっきりと

冷たく受話器を置いたけど

涙が知らずにあふれ出す

どうかしてるね

 

 とはいえ、そうはいっても、何がなんでも、この最後のフレーズがボクのいちばん好きなパートです。いつも書くことですが、昔の歌は情景が見えるんですよね。事実や真実や統計がどうであれ、昔の恋を決して忘れられない女性は、男と同じように存在するとボクは信じます。そういう人たちが、再び出会える日が来るといいんだけどね。はぁ。

 

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2018年10月26日 (金)

『セント・ジェームス病院』

 

 音楽ならクラシックから演歌までノンジャンルでたいていの曲は好きですが、苦手な歌もあります。その中でもダントツ、というのもおかしいかな、最も好きではないというか、要するに嫌いな歌が『セント・ジェームス病院 St.James Infirmary Blues』です。

 

 嫌いな歌をわざわざ紹介する必要はないだろうと思うのですが、ジャズまたはブルースのスタンダードとして超有名なせいか、ライブハウスでの遭遇率もかなり高いんですよね。どんな演奏であれ、それを聞くたびに身体がズーンと重くなるので、思わず耳を塞ぎたくなります。インストルメンタルも少なくないので、つまりは曲想がボクに合わないようです。

 

 もともとはアメリカの伝承曲で、作詞・作曲者は不明。ジョー・プリムローズが作詞、作曲の登録を行ったとされています。数多くのアーティストがカバーしていますが、1926年にルイ・アームストロングがレコーディングしたものが有名なようですね。

 

 とにかく体重がいきなり2倍になったのかなと感じるほど暗くて重い歌でありまして、ちょっと調べてみると、「亡くなった子供に会いに行く」という内容になっています。日本で言えば「逆縁」ですから、ヘビーな曲想なのは当然なのですが、ジャズ系のミュージシャンはどうして好んで演奏したがるのかなぁ。原曲をたどっていくと、売春による性病で死んだことを歌った内容もあるくらいなので、どうにもボクにはついていけません。明るいよりも暗いほうがリアルな人生だからこそ、ボクは音楽に希望を感じたいのでありますよ。

 

 ちなみに、浅川マキが訳詞して歌っているので、それを紹介しておきます。

 

今日はあの娘の亡骸に

逢いにきたのさ セント・ジェームス病院

 

ここは貧しい病院の

白く冷たいテーブルの上

 

あの娘の顔は 青黒い

貧弱 静か 美しい

 

いまは あの娘も 世界中

何処へでも 自由に行ける身さ

 

だけど あの娘に聞いてみな

おれのような だめな男には出会わないだろう

 

そうさ あの娘も運がない

こんな 貧しいセント・ジェームス病院

 

 はーぁ。ほらね、救いがまるでありません。だから何なんだといわれても、そういう楽曲もあるんだってことです。おれたちは、こんな悲惨な人生をどうして生きなきゃいけないんだと問われても、誰も答えることはできませんよね。神様だって、ちゃっかりと沈黙を続けている。耐えることに慣れるのが人生の唯一の秘訣としたら、こんなに悲しいことはないじゃないですか。だからね、ボクはこの歌が大嫌いなのです。

 

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2018年9月18日 (火)

『明日は月の上で』(後)

 

 サルヴァトール・アダモが“A demain sur la lune”、まさに「明日は月の上で」というタイトルのシングル盤をレコーディングしたのは1969年でした。ただし、ネットをいろいろ検索してみたのですが、発表された月が分かりません。普通に考えれば、アポロ11号の月面到達にインスパイアされたはずですが、ニール・アームストロングが「偉大な一歩」を踏み出したのは7月20日なので、その直後からアダモが作詞作曲したとすると、5か月にも満たない期間でレコード発売までにこぎつけたことになります。こうした早技は音楽業界では常識的なのでしょうか。

 

 わが日本のコーちゃんこと越路吹雪も負けてはいません。翌1970年11月にシングル盤をリリースしています。ところが、この時のA面はトワ・エ・モアとの競作(同日発売)による『誰もいない海』(作曲:内藤法美、作詞:山口洋子)でした。衆知のようにトワ・エ・モアの歌のほうがヒットしたのですが、この歌の作曲者は越路吹雪のご亭主なんですよね。

 

 確かに当時は『誰もいない海』のほうが社会的なメンタリティにシンクロしたのかもしれません。何しろ1969年はいろいろ忙しくて、たとえば年初から東大安田砦が機動隊によって陥落。全共闘運動が崩壊していく始まりとなりました。『イージーライダー』や『真夜中のカーボーイ』などアメリカン・ニュー・シネマも話題になりました。ボクはまだ幼い子供だったので同時代ではありませんけど(ホントかよ)。

 トレンドの変わり目というのか、ドサクサと慌ただしく過ぎた年の翌年は、宴の後にふさわしいバラードのほうが落ち着くような気がします。

 

 『明日は月の上で』はB面になったこともあって、少しばかりタイミングを逸したのかもしれません。ボク自身としては、「今はもう秋、誰もいない海……」なんていうしんみり歌謡はあまり好きではなくて、月の上から2人で地球を眺めるという荒唐無稽なシチュエーションのほうが心踊るんですけどね。

 

 オリジナルは作詞もアダモですが、越路吹雪は海外の楽曲でも日本語でしか歌わないことを約束事にしていたので、それまでのように岩谷時子が訳詞しています。

 

明日 月の上で 神様のそばで

明日 月の上で 大空のすみで

 

2人は馬車に乗り 幼い時

夢に見たものを 探しに行こう

私たちには 風はマジシャン 

星のシンフォニー 奏でるミュージシャン

明日 月の上で

 

 喉にかかった鼻声とでも言うのかな、何ともいえない色気と、人の心をくすぐるような茶目っけを感じさせる声で、この歌詞を伸びやかで美しいメロディにのせています。宝塚出身なので熱心な女性ファンが数多くいたと思いますが、その気持ちは分かるなぁ。要するに性別を超えた恋愛感情を抱かせる人なのです。

 

月の空から クリスマスの 

かざりみたいな 地球を見よう 

赤い屋根も見えて 夢のように 

2人の髪は 風にゆれる

明日 月の上で

 

 月の重力は地球の6分の1ですから、「風」をもたらす大気なんて存在しないと突っ込みを入れることも可能ですが、それは不粋ってものですよね。月面に突き刺した星条旗も揺れていたし。これは旗がピンと張るように針金の芯みたいなものが縫い込まれており、それではためいているように波打ったというのが公式の説明になっています。

 

美しい晩 風のベールに 

つつまれながら 眠るあなたよ

私は歌うよ 子守歌を

目覚めを待って 抱きしめよう

明日 月の上で

 

 風のベール、というのはいかにも涼しそうな表現ですが、月面の歌なのに、なぜだか風にこだわりがあるようです。小さな星の上に立っている『星の王子様』をイメージしたのでしょうか。全体に見直してみると、原詩をうまく訳しているとは思うものの、岩谷時子らしい精彩にいささか欠けるというのが、彼女の大ファンであるボクの偽らざる印象です。それでも、この歌は構成観とメロディが優れているんですよね。

 

 そして「明日、月の上で」というフレーズそのものが魅力的ではありませんか。「今夜はボクと一緒に月の上に行ってみない?」なんて口説き文句を使ったことは一度もありませんが、いつかチャンスがあれば誰かに言ってみたいなぁ。などと思わせる大変にロマンチックな歌なのであります。

 

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2018年9月14日 (金)

『明日は月の上で』(前)

 

 中学の頃にギターを独学で弾くようになり、和音の切れ端をあちこちにアレンジしながら、どうにかまとまったメロディとして他人に聴かせられるようになったのは、『夜霧のしのび逢い』(作曲:.ヴァン・ヴェッター)でした。1964年にフランス人ギタリストのクロード・チアリが演奏して世界的に大ヒット。それを受けて、越路吹雪が例によって岩谷時子訳詞で翌年にシングル盤をリリースしています。

 

雨に濡れながら 夜ごとに

心求め合う 街角

せつなくひと夜の 夢むすぶ

はかない恋よ

 

ふり注ぐ雨 てのひらに

唇をつけて 吸おうよ

静かに微笑み 浮かべては

かわそう愛を

 

 いつものことですが、岩谷時子の並外れた詩才につくづく感心させられます。イントロの数行だけで、小雨が霧のように街を濡らす深夜に、街灯の届かないビルの陰で抱き合う男女のシルエットが見えてくるではありませんか。しかも、おそらくつらい別れが待っているのか、瞬時を惜しむように熱いキスを交わす。こんなにも濃厚な内容を、メロディで限定された語数の中で表現するなんて、誰でもできることじゃありません。ボクが早口言葉みたいな無理目の歌詞を詰め込んだ歌を評価しないのは、彼女のように工夫し尽くした「芸」を感じないからです。

 

 それにしても、中坊にはいささか早いんじゃないかと思う歌詞ですが、ボクはそれまで文科省推薦みたいなクラシックの名曲ばっかりを弾いてきたので、その反動があったのかな。それとも思春期の始まりであったせいか、大人になったらこんな恋ができるんだと憧れたのかもしれません。

 秋の長雨によく似合う、しっとりした素敵な曲ですが、では実際に越路吹雪はどう歌ったのかとYouTubeをチェックしてみました。豊かな声量を持つ人なので、スローなテンポでもタメが活きており、上手というだけでなく、切ない感情がみごとに表現されています。しかしながら、彼女はもっと明るい歌のほうが、色気もあって元気になれるんじゃないかな。『ろくでなし』なんか典型的ですよね。

 

 そこでオススメしたいのが『明日は月の上で』なのであります。

 

 実は前述した『夜霧のしのび逢い』の次にギターでこなせるようになったのが、“Fly Me To The Moon”でした。1954年にバート・ハワーズが作詞作曲。ニューヨークのキャバレーで歌われたのですが、この時のタイトルは“In Other Words”であり、その後もペギー・リーなどがカヴァーしたのですが、人気は低迷。1964年にフランク・シナトラが現在のようなアレンジで歌ってから、爆発的にヒットしました。エロティックな鼻声で語りかけるようなシナトラの歌唱スタイルもさることながら、「言い換えれば」なんていう不粋なタイトルよりも、「私を月につれて行って」のほうがよほどロマンチックですもんね。

 

 この曲をボクはボサノヴァで弾いていたのですが、やがてアポロ11号が本当に人間を月につれて行ってしまいました。1969年7月20日、宇宙飛行士のニール・アームストロングが人類で初めて月面に降り立ったのです。この快挙は世界に同時中継されて地球規模の興奮を巻き起こしたのですが、長らくお待たせいたました、この年に発表された楽曲が『明日は月の上で』なのです。「ゆーきっっっ、がぁ、、、ふーーーーーるーーー」で知られるサルヴァトール・アダモの作詞作曲で、本人が歌っています。島崎俊郎の“アダモちゃん”ではないのでご注意ください。

 

 あまりにもタイミングが良過ぎという印象を免れませんが、明るくて未来を感じさせる曲想と内容の歌です。アダモも決して悪い仕上がりではないのですが、声質的にちょっと重いんですよね。こういう歌はやはり越路吹雪の独壇場ではないでしょうか。あららら、また長くなってしまったので、この続きは休み明けの火曜日に。

 

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2018年8月30日 (木)

このろくでもない世界

 

 ルイ・アームストロングが歌ってスタンダードになったWhat a wonderful worldという楽曲がありますが、ボクはあまり好きではありません。G・ダグラスとジョージ・デヴィッド・ワイスが作詞・作曲して1967年にシングル盤をリリース。翌年に同名のアルバムも発表されましたが、この歌を世界的に有名にしたのは、やはりロビン・ウィリアムスが主演した映画『グッドモーニング、ベトナム』(1987年)じゃないかな。

 

木々は緑に、赤いバラもまた咲いている、私とあなたのために

(中略)

私は思う、何と素晴らしい世界なんだろう。

 

(中略)とした途中の歌詞は、空に虹がかかったり、友達が握手したり、赤ん坊が元気だったり、とにかく「素晴らしき世界」がひたすら描写されています。好きな歌ではないので詳しく紹介しませんが、そんな楽曲をベトナム戦争の惨状を描いた映画でBGMに使うなんて、明らかに強烈な皮肉です。そもそもベトナム戦争を嘆いて作られた歌らしいのですが、にもかかわらず、だからこそ、あれほど前向きで美しい曲と内容になったんですよね。

 

 おそらく今ではそうした暗い背景が脱色されて、タイトル通りの「賛歌」として解釈する人も多くなってきたんじゃないかな。でもねぇ、この歌を希望に満ちて堂々と朗唱されると「ちょっと違うんじゃないか?」とボクは感じるわけです。秘められた怒りや悲しみという陰が感じられなければ、ただの能天気な歌になってしまう。

 

 現実の世界は、「素晴らしい」どころか、缶コーヒーのテレビCM「このろくでもない世界」のほうが圧倒的に正しい。この制作者は間違いなく原曲を知っているはずですが、宇宙人ジョーンズの剽軽な行動のおかげで、やはり意味が逆転。こちらは「ろくでもなさ」を愛すべき人間らしさとして肯定的に表現しています。誰が作ったか知りませんが、裏返しの裏返しですから、大した才能というほかありません。

 

 あ、本題を忘れていました。「このろくでもない世界」に対する絶望をグダグダと書きつけるつもりでしたが、もういいや。不愉快なことを書いても、いよいよ不愉快になるばかりだもんね。

 

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2018年8月 2日 (木)

Feelin' Groovy(後)

 

 いやあ、さすがは戦後73年。あちこちの業界に鵺みたいな権力者が寄生しているようです。日大アメフトに続いて日本ボクシング連盟ですかぁ。真偽はまだ不明なので何とも言いようがありませんが、どちらも責任者というか権力者がさっさと裏に隠れてしまい、表に出てきて釈明するつもりは金輪際なさそうなところが不愉快です。民主主義の世の中なのですから、権力者ならびに責任者は説明責任があるはずなんですけどね。

 

 さて、“Feelin' Groovy”の続きです。ボクがサイモンとガーファンクルの楽曲を初めて知ったのは、1968年公開の映画『卒業』でした。巷間言われるほど大した内容の映画とは思えませんが、主題歌の『サウンド・オブ・サイレンス』を始めとして『ミセス・ロビンソン』『スカボロー・フェア』などの音楽が、まったく新しい時代の到来を感じさせたのです。彼らのおかげでスリーフィンガー・ピッキングを練習したんじゃないかな。『ボクサー』のイントロとかね。

 

 そして、アート・ガーファンクルの澄み切った高音とポール・サイモンとのハーモニーが絶品だったんですよね。こういう男声コーラス手法もあるのかと、やたらにびっくり仰天。ボクの古くさい音楽観に対して、江戸末期の黒船のような強烈なインパクトを与えたのです。

 

 それだけでなく、彼らの歌詞によって、英語の詩には「韻」というものがあることを初めて知りました。

 

Hello Lamppost,

What cha knowin' ?

I've come to watch your flowers growin'

Ain't cha got no rhymes for me?

Doot-in' doo-doo,

Feelin' groovy

 

 これは“Feelin' groovy”の2番ですけど、knowin' growin'が韻を踏んでいます。日本の現代詩では韻を踏むことなんてほとんどなく、というより日本語で韻を踏むというのは、とても分かりにくい概念です。ダジャレならいくらだってありますけどね。そんなわけでボクは学校で韻というものをほとんど教えられませんでした。けれども、彼らの歌を通して、詩といえば韻を踏むほうが世界的な常識であることを知ったわけです。もちろん漢詩もそうですよね。

 

 ちなみに、後のヒット曲『コンドルは飛んでいく』(1970年)なんかはよく例に出されますが、snail(かたつむり)とnail(クギ)、street(通り)とfeet(足)が韻を踏んでいます。

 

 で、ね、それによって歌はどうなるか。メロディとの馴染みが抜群に良くなるのです。近頃の日本の歌は主義や主張、考えをそのまま表現しているので、詩として未完成というだけでなく、メロディへのノリが悪いこと夥しいのですが、これも韻を踏んでいないからなのです。韻を踏んだ歌詞はスムースに、かつリズミカルに呼応しながらメロディに乗せることができます。面倒なので紹介はしませんが、カーペンターズのカントリー&ウェスタンは、歌詞とメロディが不可分な記憶となって自然に心の中に染みこんできますよね。

 

 日本語の歌でも、正確な意味での韻ではありませんが、同じような効果を持たせた『横浜たそがれ』という歌があります。「横浜、たそがれ、ホテルの小部屋、くちづけ、残り香、煙草のけむり、ブルース、口笛、女の涙」と、詩はすべて名詞だけで構成。サビのところではじめて「あの人は行って行ってしまった」ですからね。この名詞の連なりが韻のようにたたみかけてくるように感じられるのです。山口洋子の最高傑作ではないでしょうか。

 

 いつものように遠回りしてしまいましたが、2番の歌詞を訳しておくと、以下のようになります。

 

こんにちわ、街灯さん。調子はどうかな?

花が咲いているかどうかを見に来たんだけど、

返事はないのかな?

ああ、いい気分だ

 

 こんな歌をくちずさみながら、みんなが軽いステップで街を歩いていくような社会がボクの望む「生き良い世の中」なんだけど、そんなにも簡単なことすらできていないって、どういうことなんだろうか。

 

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2018年8月 1日 (水)

Feelin' Groovy(前)

 

 このブログのサブタイトルは、「生きにくい世の中を、何とか生き良くする方法」です。2009年10月に初めてブログを書いてから9年を経過しており、すでに2000本近くですから、まさに塵も積もれば山ですな。

 

 でね、このサブタイトルはどこから着想したかというと、その当時に取材した立命館大学の「生存学」研究センターです。ごく簡単に説明すれば、「治らない」病気や障害を抱えた人たちがどうやって生きてきたのか、そしてどうやって生きていくのかを研究する学問なんですよね。このため、研究センターでは難病の患者会などと連携していますが、某女性国会議員の超差別的な評論を借用すれば、「生産性」に乏しい、あるいはないといっていい人たちが、どうしたら生き良くなるかを研究しているわけです。

 

 某女性国会議員は夢にも思っていないかもしれませんが、人間なんていつだって治療法のない難病に罹患したり、寝たきりになってしまう弱い生き物です。今のところは健康で「生産性」が高くても、交通事故などのアクシデントで半身不随になる可能性は否定できないじゃないですか。にもかかわらず、重ね重ねで恐縮ですが、某女性国会議員が指摘したように、「生産性」のない人たちに税金を使うのは無駄だということになれば、性的マイノリティだけでなく、障害を持った人は死ねと言うのに等しいことになります。

 

 そうした人たちが生きにくい社会は、つまりボクたちも生きにくい社会ということになりますよね。そんなことから「生きにくい世の中を、何とか生き良くする方法」を探し求めることを、ボク自身の遠大なる目標にしたのです。

 

 ああ、それなのに、世の中は当時よりも逆行しており、パワハラやセクハラが蔓延。苛烈な残業や職場いじめによって、「生産性」が高いはずの人たちですら自ら死を選ぶような事態が頻発しております。こんなつまらない、生きにくい世の中でいいんでしょうか。ボクたち1人1人が、自分のこととして、より良い生存、あるいは共存のあり方を考えていきましょうよ。

 

 そんな難しいことでなくても、すでに科学技術は相当なところまで発展してきたので、そろそろ本気でスローダウンしたほうがいいのではないでしょうか。

 

Slow down, you move too fast

You got to make the morning last

Just kicking down the cobblestones

Looking for fun and feeling groovy

Ba da da da da da da, feeling groovy

 

ゆっくり行こうよ、そんなに急がないで

朝食も終えたんだから、

石ころでも蹴りながら

楽しいことを探そうよ、ああ、いい気分だ

気分がいいね

 

 サイモンとガーファンクルが1966年に発表した“The 59th Street Bridge song”です。このタイトルよりも、歌詞の中に出てくる“Feelin' Groovy”で知られています。ボクは昔から最初のフレーズ“Slow down, you move too fast”が好きというか、ずっと忘れることができませんでした。

 

 ただ、それはいくらか余裕のある時であって、焦ったり、困ったり、追い詰められたり、死にたいと思う時には聞こえてきません。そして深い絶望が呼び込むのは、常に無音の闇なのです。

 

 あ、本日は締め切りが1本ありました。というわけで、この続きは明日ということで。

 

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2018年7月24日 (火)

Down by the Riverside

 

 いろいろあって精神が思い切りへこたれている時に、音楽に救われることがしばしばあります。最近は“Down by the Riverside”かな。賑やかでノリのいい明るいメロディで、歌詞も超簡単。でも、なかなかよくできているのです。

Gonna lay down my burden

Down by the riverside

Down by the riverside

Down by the riverside

 

I'm gonna lay down my burden

Down by the riverside

I ain't gonna study war no more

I ain't gonna study war no more

I ain't gonna study war no more

 

川辺に行って、重荷を捨てよう

川辺に行って

川辺に行って

重荷を捨てよう

もう戦争なんてうんざりだ

 

 様々な歌手がカバーしているアメリカでは超有名なスタンダードですけど、ボクはルイ・アームストロングが今のところの一番のお気に入りです。太いガラガラ声で素晴らしい迫力があるんですよね。でも、始まりの歌詞がちょっと違います。

 

I'm gonna lay down my sword and shield

Down by the riverside

川辺に行って、剣と盾を捨てよう

 

 「もう戦争なんてうんざりだ」からは同じ。二番も微妙に違います。

 

I'm gonna lay down my heavy load

Down by the riverside

川辺に行って、重い荷物を捨てよう

 

 英語のウィキペディアによれば、南北戦争の頃から歌われてきた黒人霊歌(ゴスペル)だそうです。最初の歌詞だけで、戦争に疲れ果てた黒人兵士がふらふらと川のほとりにやってきて、重い背嚢を放り出して寝転ぶ様子が想像できます。おそらく南軍の兵士も北軍の兵士も、川のほとりで同じように歌っていたんじゃないかな。

 それが次第に普及して、20世紀になると教会のコーラスだけでなく、ディキシーランドジャズの定番になり、面白いことにカントリー&ウェスタンとしても歌われています。

 

 ルイ・アームストロングの場合は、おそらくベトナム戦争を背景にしているのはないかと思いますが、その前の第2次世界大戦でも、その後の朝鮮戦争やイラクやアフガニスタンでもきっと歌われたに違いありません。その意味では、反戦あるいは厭戦歌ということになるのでしょうが、そうした重みはほとんど感じられなくて、前述したようにリズミカルで馴染みの良いメロディなので、次第に身体が揺れてくるんですよね。

 

 そして“Down by the riverside”という同じフレーズを合唱しながら繰り返していく中で、それぞれが様々な想いを込めていくわけです。

 

Gonna join hands with everyone

Down by the riverside

Down by the riverside

Down by the riverside

 

I'm gonna join hands with everyone

Down by the riverside

I ain't gonna study war no more

I ain't gonna study war no more

I ain't gonna study war no more

 

 こんな歌詞もあるほか、いろいろバージョンがあるようです。でも、疲弊した時には、Gonna lay down my burdenというフレーズは個人的になかなか効き目があります。辛いことや悲しいことを自分のせいだと引き受けてどんどん沈み込むのでなく、そんなものは川辺に捨ててしまえと聞こえるのです。

 これは浄土真宗の教えとも似たところがあります。畢竟、救いというのは、他律的な神事なんぞではなく、自分自身の中にしかないんですよね。

 

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2018年7月13日 (金)

ベニー・グッドマン

 

 ベニー・グッドマン(1909~986年)の『世界は日の出を待っているThe World is Waiting for the Sunrise』をずっと聴き続けています。もう100回近くは聴いたんじゃないかな。映画も作られたくらいのジャズ界の大御所なので、今さら説明は不要と思いますが、確かにそれだけの実力がある人だとつくづく思います。

 

 日本のバンドの演奏と何度も聴き比べたのですが、クラリネットの音にパワーがあるんですよね。日本のバンドはピアノやベースなどとの調和を意識しているせいか、柔和で優しい印象。ところが、ベニー・グッドマンのクラリネットはほとんど喧嘩腰というか、かなり挑戦的なのです。

 

 クラリネットはもともと温和でふんわりした音質の楽器ですが、ベニー・グッドマンはまるでトランペットのように息を吹き込みます。だから最初は音が尖っているように感じたのですが、何度も聴き続けていると、彼の流儀なんだなと分かってきます。それが際立つのが早弾きのフレーズでありまして、音のひとつひとつが粒立っているように聴けるんですよね。

 

 ピアノやベースも、彼のクラリネットによるパンチの嵐をみごとに受け止めおり、スウェイバックしながらジャブで返すような弾みがあります。ジャズセッションというのは、こういうことなんだと感じさせてくれるみごとな演奏なので、何度も何度も聴き続けて飽きないのです。

 

 1度でいいからナマで聴いてみたかったなぁ。それにつけても、いつも思うのですが、ボクは生まれるのが遅すぎたんじゃないかな。できれば戦前の1930年代に40代くらいなら良かったのに。大恐慌や軍国主義の台頭で暗い時代に感じられますが、実は文化が相当に爛熟していたのではないかとボクは想像しています。スウィングジャズの代表曲である『シング・シング・シングSing, Sing, Sing』も1936年にトランペット奏者のルイ・プリマが作曲。1938年にベニー・グッドマン楽団がカーネギー・ホールで初演して大喝采を浴びました。

 

 ほらね、こう書くだけで、いい時代だよなと。昔を回顧するジジーになったら終わりと言われるけど、これくらい大昔なら許されるんじゃないかな。

 

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2018年6月 6日 (水)

Gentle Forest 5 & Gentle Forest Sisters

 

 締め切りの団体様を、品質はさておき、ようやくやり過ごしたお祝いとして、たまたまたま、じゃなかった、またまたまた浅草HUBに行ってきました。出演は「Gentle Forest 5 & Gentle Forest Sisters」。初めて聴くバンドですが、これがもう圧倒的な大正解でありまして、ようやくボクが大好きな都会的でモダンなノリのいいスウィングジャズに出会うことができたのです。

 

 アップテンポの曲では、夜の首都高速をスポーツカーで疾走していくような心地良いスピード感。スローなバラードは、昼間の暑さが消え始めた過ごしやすい夏の宵という雰囲気で、とにかくサウンドがメチャメチャに格好いいのです。トロンボーンとサキソフォンもとびきり上手というだけでなく、素晴らしく息が合っており、そのハーモニーは聴覚の快感といっていいんじゃないかな。ウッドベースもアコースティックギターも、そしてドラムも快適にスウィングしており、いっぺんにファンになってしまいました。ステージもあっという間で、気を抜くヒマがありません。

 

 しかも、Gentle Forest Sistersとネーミングされた3人の女性コーラスが、これまた抜群にボク好みなんだよな。1930年代から60年代にかけて活躍した3人姉妹のアンドリューシスターズを彷彿とさせます。以前にも書きましたが、初期の『バーン・ザ・フロアBurn the Floor』で歌われた『ブギウギ・ビューグル・ボーイBoogie Woogie Bugle Boy』で、この3人姉妹を知ったのですが、コーラスとしてのハモリの雰囲気はほとんどそっくり。メンバーの1人とちょっとだけ話をさせていただいたのですが、すぐにアンドリューシスターズの名前が出てきたので、随分勉強していると感じました。

 

 そして、Gentle Forest 5というのは、総勢21人のビッグバンドGentle Forest Jazz Bandからのピックアップユニットなんですよね。すでに4枚のアルバムをリリースしており、バイオグラフィでは「現在日本で最も多忙なビッグバンド」と紹介されています。そうなると、いよいよ聴きたいじゃないですか。8月に公演があるらしいので、これは是非モノとして Save the Dateしておこうと思います。

 

 その前の7月に浅草HUBに出演するので、そっちが先かな。いずれにしても、彼らのファンになるぞぉ、と決心した次第であります。

 

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