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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

ビジネス・キャリアアップ

2021年1月26日 (火)

人相

 

 昨日の続きですが、たまたまYouTubeでホ●●モンのチャンネルを見てしまいました。30万円の効果的な投資先を教えて欲しいという視聴者の質問がテーマでしたが、例によって突き放したような素っ気ない回答は別として、大変に失礼ながら、人相がますます凶悪化しているように感じたのです。

 もちろん知り合いではなく、利害関係もまったくない他人様のことですから「ほっといてくれ!」と叱られるのは間違いありませんが、逮捕・収監されたとはいっても、会社を上場した時の莫大な資産が残っているはずですよね。YouTubeのチャンネルも人気が高く、多額の定期収入があると聞いたことがあります。だったら、もうちょっと余裕ある顔つきになってもおかしくないのになぁと、すごく残念に思うわけです。

 そういえば、アパレルで世界中に約3700店舗をチェーン展開する大会社の某社長も、テレビで見る限りですが、いつもつまらなそうな表情をしております。事業を大成功させたのですから、もう少し面白そうな顔をしたほうがいいんじゃないかな。

 ヘラヘラ笑いながら会社や社員を率いることなんかできないにしても、社長になったらこんなにも不愉快な人相になるのかと失望する若者もいるのではないでしょうか。だったらお前はどうよ、と問われると、ボク自身も随分イヤな顔をしているかもしれません。30年以上も自営業をやっていれば、ホントいろいろありますから、こんな顔になっても仕方ねぇだろと居直りたい気持ちもあります。 

 けれども、成功や財産などと引き換えに、人相を悪くする時代はもう終わりにしようよ。折しもワークライフバランスが言われる時代ですけど、仕事を通してハッピーになれるなら、もうちょっと楽しく愉快そうな顔になるはずです。眉間に縦ジワを寄せれば真面目に考えているってわけでもないですよね。

 ボク自身ができなかったから敢えて指摘したいのですが、少なくともリーダーや管理職であるなら、たまにはじっくりと鏡を見るべきです。豊かな仕事は余裕のある顔つきから始まる。とは言わないまでも、リーダーが怖い顔をしていたら、スタッフも余計な緊張を強いられることになり、思いがけないミスにつながることもあるからです。 

 とにかくね、仕事は人生の愉しみのひとつであると考えたほうがいい。だからこそ真剣に取り組む価値があるってことではないでしょうか。

 

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2020年10月 9日 (金)

バランス

 

 今回の新型コロナ禍は大変な事態ではあるけど、これまでの生活の無理や無駄を炙り出したような気がします。 

 たとえば終電を早める問題にしても、夜中過ぎまで電車を走らせておく必要が本当にあったのでしょうか。ちょっとばかり繰り上げたからといって、居酒屋さんなどの売上げに影響するという論理も何だかおかしい。

 そんなに夜遅くまでみんなが残業しているというなら、こりゃもう過重労働ですよ。1か月あたり45時間を超える残業は労働基準法違反となります。週休2日なら月間の出勤日は約22日となり、1日あたりの残業時間は平均で2時間程度が限度。5時が退社時間とすれば毎日残業があっても7時には会社を出られます。よしんば1日に残業が5時間あったとすれば、その分だけ他の日は定時退社できるじゃないですか。いずれにしても、退社後に飲みに行く時間は十分にあります。 

 にもかかわらず、深夜の終電がどうしても必要というなら、タイムカード打刻後のサービス残業や隠れ残業といった長時間労働の改善を優先すべきです。もちろん業種業態によっては仕事の始まりが極端に遅いケースもないわけではありませんが、ボクの体験から率直に言わせていただければ、飲み始めて2軒目3軒目と流れていくことが少なくありませんでした。そんなグダグダ飲みのヨッパライのために電車を遅くまで動かしておくのは、鉄道員の皆さんにとって大いなる迷惑というべきでしょう。

 コンビニも同様で、24時間営業が本当に必要とはどうしても思えません。だってさ、昔はそんな店がなくても十分に生活できましたからね。けれども、他店が24時間営業を始めれば負けるわけにはいかない。 

 そうした加速度的な利便性の追求が現代のサービス業のテーゼとなっていたのですが、新型コロナ禍のおかげで、ようやくスローダウンすることができたんじゃないかな。

 企業経営も同じで、利益の最大化を追究するあまりに、綱渡り的なギリギリのバランスで業務を続けてきたように思います。ごく簡単にいえば、より働き、より売り上げることで多額の利益を得て、そのカネをどんどん使うってことです。このビジネスモデルが、新型コロナで壊れてしまった。そして、元に戻る気配もまったくありません。だからこそ銀行は週休3日制あるいは4日制を導入しようとしているわけです。給与もそれなりに減少するので、副業も解禁されていますが、これはもう働き方改革のレベルではなく、ビジネスモデルとライフスタイルの革命的な変化と見なすべきでしょう。

  これまでは目標レベルを上限近くにセットして必死に頑張ってきましたが、これからは無理のないレベルでビジネスを回そうということです。それでは発展が望めないと言われそうですけど、そうした発展や拡張、増加・増大を無際限に目指す姿勢こそがサスティナブルに反するということが、ようやく分かりかけてきたんですよね。そんなことを続けていたら、いずれ持続できなくなり、新型コロナがなくても破綻していたのではないか。

 だから、もっと休んでいいのです。もっと楽に仕事をしようよ。それで収入が少なくなるというなら、生活の無駄をなくそうじゃないですか。どうしてもカネが足りないというなら副業を持てばいい。そのための能力を若いうちから身に付けておくことも必要となります。今さら遅いという人は、厳しい言い方をすれば、それまで会社という組織にぶら下がるだけだったといえるでしょう。

 すべてはバランスなんですよね。ビジネスや生活のバランスをひと回り小さくすれば、その分だけみんなが楽になります。これまでは逆で、ひと回りもふた回りも大きくしようとする拡大再生産に血道を上げていたということになります。豊かさも結構ですが、その臨界点を超えたら疲労するばかりですよ。

 新型コロナは大変に不幸な災厄というほかありませんが、ボクたちの社会を見直す機会を与えてくれました。少なくともそのように認識しなければ、亡くなった沢山の人たちに申し訳ないじゃないですか。

 

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2020年9月30日 (水)

満点主義の減速

 

 およそ試験と名が付くもののほとんどは、点数によって評価されます。小論文でも「よくできました」なんていう曖昧な評価はなく、細分化された各項目で点数が与えられますよね。 

 試験だけでなく、時には身体の痛みすら「10を満点とするといくつくらい?」などと医師から訊かれることもあります。痛みに点数なんか付けられないと素人は思うのですが、それによって診断が変わってくることもあるらしい。 

 いずれにしても、こうした点数評価に慣れてくると、優秀な人ほど最上位の満点を目指すようになります。ボクみたいな凡人は死んでも無理ですが、彼らは子供の頃から好成績が当たり前で、勉強には途方もない自信を持っていますから、どんなことでも満点を取ろうと、より一層の努力をするわけです。 

 学校を卒業して社会に出てからも、この満点を目指す人は案外いるんですよね。仮に満点を100点とすると、95点ではどうにも満足できないわけです。獲得した点数よりも、取り損なった5点のほうが不愉快で仕方がない。70〜80点なら「よくできました」というハナマル感覚で納得できても、90点台ともなれば100点は目前ですから、余計に欲求不満に陥ってしまう。

 このため、部下や関係者を叱咤激励するのですが、やはり満点は取れません。
 こうした満点主義者はおしなべて高学歴であり、学校の試験でも満点ばかりだったはずなので、周囲の人たちに責任があると考えがちです。それでマネジメントの手法やら、仕事の手順などを必死でチェックする。もちろん自分自身も徹夜を辞さず一生懸命に努力しますよね。ところが、残念ながら満点は取ることができません。 

 その理由はまったく簡単でありまして、社会には学校の試験のように点数で厳密に評価できる仕事なんてほとんどないのです。もしあったとしても便宜上の数字であって、学校での点数とは意味がかなり違います。仮に「おめでとう満点です」と言われたにしても、それで満足したら終わりですよね。常に次の課題や改善点を見つけることがプロフェッショナルの本質とすれば、満点はやはり陽炎のごとく先へ先へと遠ざかっていくものなのです。

 さらに、現代の仕事は自分1人で完結することはできません。運動会のリレーのように、あるいは組み体操のように、他者と密接にかかわっています。当然のことながら、自分が追い求める満点と、他者の持つ世界観とは必ずしも一致しません。そんなこんなで焦燥が募り、神経を病むことだってあり得るでしょうね。

 実はボクもそんな1人でした。けれども、どんなに頑張っても誤植やミスを完全に一掃することができなかったんですよね。文章構成や表現だって、もっと良くすることができるじゃないかと後悔ばかりが残りました。そんな徒労を繰り返すうちに、果たして仕事に満点なんてあるのかと強い疑問を持つようになったのです。やがて、そもそも満点は仮想の存在であって、追いかけるべきものではあっても、たどり着くことが許される終着点ではないと気づいたのです。ごく簡単にいえば、永遠の目標ってことですよね。

 そのように認識することで、他者にイライラしたり、怒りを感じることが激減しました。人間は完璧ではなく間違いを常に繰り返す。それに基づく改善こそが満点に至るための唯一のプロセスですから、100点満点で90点なら良しとしよう。いや80点なら上等じゃないか、と。 

 もちろん今でも満点主義がぶり返すことがあるので、こんな文章を書き付けているのですが、世の中は自分1人だけで回っているわけではありません。諦めることなく、粘り強く挑戦する目標として、満点を追究し続けるつもりです。でも、満点でなきゃダメという絶対主義は大幅に減速しました。決して失速ではないので、誤解のないように。

 

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2020年7月30日 (木)

もう「パイプ」は不要


 テレワークやリモートワークがもたらしたものはいろいろあるはずですが、使える人材と使えない人材が、より鮮明になったのではないかと思います。

 厳しい言い方をすれば、それまでは主体的・自主的な仕事を何ひとつしないで、会社の机の列の中に埋没して生き延びてきた連中があぶり出されたのではないでしょうか。テレワークでは、業務を分担したグループワークとなるとしても、個人の能力が常に問われるからです。

 ただでさえ新型コロナで大不況の真っ盛りですから、テレワークでなくても、会議などで沈黙を続ける人たちは重荷だと判断されるでしょうね。いわゆる「ぶら下がり族」ですが、昨今の大学では、そうした人材を生み出さないように、アクティブ・ラーニングなど自主性や創造性を発揮させる授業が浸透してきました。けれども、企業にはまだまだ授業を座して聴いてきただけの「ぶら下がり族」は少なくありません。特に大手の場合、ボクの長い経験に照らして言わせていただければ、「パイプ」のような人が存在します。

 業種別では圧倒的に公務員が目立つのですが、「こう言われたから」「こうなっているから」と自分の判断を完全に放棄して、指示されたことを無批判に他人に押しつけるだけの役割と言い換えられます。まるで「パイプ」のように、上からの指示を伝令するだけ。こちらから異議を唱えても、まったく聞く耳を持ちません。常に一方向に指示が通り過ぎていくだけなのです。

 情報技術が今ほど発達していなかった昔は、こうした伝令役が必要だったかもしれません。しかしながら、この「パイプ」役がいつの間にか権力を握り、幻の院政を敷くことがままあるんですよね。本当の権力者はお飾りとなってしまい、そいつを通さないと何事も進まない。本人は「パイプ」以外にロクな能力もないくせに、やたらに権勢を振るおうとする。10年以上の社会経験がある人なら、「ああ、あいつのことか」と思いあたることが少なくないんじゃないかな。

 ところが、今では電子メールやLINE、そして最近ではZoomといった直接的なコミュニケーションツールが発達。こうした「パイプ」的な役割は不要になってきました。というより、日本の改革の足を引っ張ってきたのは、こいつらじゃないかと。少なくとも「パイプ」が多い会社ほど、情報の目詰まりや誤解・曲解が発生しやすく、結果として仕事が遅延したり、品質の低下を招くことにもつながります。

 爆発的に普及したテレワークによって、個人の能力が明確に表現されるようになったので、こうした「パイプ」人材は排除されていくことになるとボクは見ています。

 効率化がすべて望ましいとは思いませんが、新型コロナで業績不振が続く環境下では、こうした何も生まない「パイプ」役に高額の給与を支払う余裕はないはずです。そして、テレワークやリモートワークが完全になくなることもあり得ません。なぜなら、企業にとっては、そのほうが高効率だからです。都心部の高額な賃貸オフィスを縮小することも常識になっていくんじゃないかな。指示の流れの中間に存在する「パイプ」も、同じような設備負担としてどんどんカットされることになるでしょう。逆に、創意工夫に優れた人は頭角を現すチャンスといえるわけです。

 もうちょっとだけ過激なことをいえば、日本が太平洋戦争に敗北して75年。そろそろガラガラポンですべてを変えたほうがいい。再び蔓延する新型コロナに茫然自失。当事者能力を完全に喪失している政治家や官僚をテレビで見るにつけ、誰がこんな連中をトップに据えたんだよと怒りが沸いてきます。

 そろそろ税金の使途をボクたちの手に取り戻す革命を起こすべき時期じゃないかな。あの舌足らずの首相の手元に予備費として10兆円があるなんて、憲政史上初の異常事態にほかならないとボクは思うんだけどな。あ、かつての大政翼賛会も似たようなものだったかな。


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2019年12月27日 (金)

行動経済学

 

 近所の和装古着屋さんがとうとう閉店しました。売り場が狭小かつ変形で、何度も入居・撤退を繰り返してきた縁起の良くない場所なのですが、この古着屋さんはうまく行かないだろうと最初から思っていました。

 ブランドものの中古や古着はいいんですよ。実際に、渋谷あたりの店は買い入れや販売を問わず人が集まっています。和装の古着屋さんも、帯やら和服を驚くほどの安値で並べていたのですが、こちらは悪い言い方ですが閑古鳥状態。同じ古着や中古品なのに、どうしてこんなに違うのだろう、と不思議に思いませんか、

 考えてみれば実に簡単なことで、和服は普通の人にとって特別な装いなんですよね。着付けが必要という面倒もさることながら、特別な時の特別な装いを古着で間に合わせることには抵抗があります。特別な時だからこそ、パリッとした新しい装いを身に付けたいと思うじゃないですか。成人式しか着ないような振り袖でも、娘のためならエイヤっと大金を費やす親は珍しくありません。借りるという方法もあるのですが、それだって古着という範疇ではないですよね。加えて詐欺まがいの大変な被害を与えた会社があるので、レンタルは下火になっているんじゃないかな。

 それに対して、ブランドものは一般に普及しており、まだ収入が乏しいはずの若いお嬢さんでも、見慣れたロゴのバッグを常識的にぶら下げています。こんな状況であれば、見た目は大して変わりないんだから、高価な新品より中古のほうが安くてコスパに優れているという判断も納得できます。

 つまり、人間は必ずしも経済的な合理性だけで購買行動するわけではないということを、この事例は如実に示しているのです。こうした人間心理を加味した経済学を「行動経済学」と呼びます。決して思いつきレベルの話ではなく、これを理論化したプリンストン大学のダニエル・カールマン教授はノーベル経済学賞を授与されています。ごく簡単に説明すれば、『行動経済学』(光文社新書、友野典男・著)のサブタイトルに掲げられている「経済は『感情』で動いている」ということです。あるいは同書の「はじめに」の中で語られる「勘定より感情」も的を射たシャレではないでしょうか。

 ただ、こんなことは商売人の皆さんは体験的に熟知しております。安ければ売れるわけではないからこそ商売は難しい。その反面で、勘所を押さえれば必ず成功する。この勘所が、紛れもなく消費者の心理・感情ということなんですよね。それを見込み違いしたビジネスは絶対に失敗します。また、それをちゃんと理解していない分析は、いかに詳細であっても的外れなんですよね。
 そんな教訓を、ボクは和装の古着屋さんの閉店で感じたのであります。

 なお、明日から正月休みをいただくので、このブログもお休みさせていただきます。再開は1月6日(月曜日)の予定。それでは皆さま、良いお年をお迎えください。

 

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2019年9月27日 (金)

年俸制

 

 社会に出た直後は出版社に在籍していましたが、5年目に思い切ってエイヤっと退職。半年ほどの失業期間を経て、ある週刊誌の創刊に伴う編集スタッフに応募。幸いに採用されたのですが、給与はそれまでの月給制から年俸制となりました。

 その週刊誌は大手新聞社の発行でしたが、編集も含めた制作スタッフは専属の広告代理店が派遣することになっていたらしく、ボクはその1人だったんですよね。いま思えば、いつ廃刊になっても親会社に雇用リスクなどが及ばないように、テンポラリーな体制になっていたのです。誰が考えたか知りませんが、これは実に慧眼というか用意周到、あるいは深謀遠慮であり、イザという時にはトカゲの尻尾にするつもりだったのかな。

 実際に5年ほどしてからイザという時がやってきました。その週刊誌は隔週刊に変更されてしばらく後に休刊となり、もちろん編集部は解散です。本社からやってきた管理職の方々は元の職場に復帰したかといえば、そうはいきません。休刊の責任を取らされる格好で他部門に異動、あるいは子会社や関係会社などに転籍となり、早い話が散り散りでバラバラ。企業組織の非情さを30代初めに間近に見ることになったのです。

 どうもボクの文章は寄り道が多いのですが、本題は年俸のほうです。ボクはまだ20代後半で世間知らずのアホだったので、最初に年俸制と聞かされた時には、瞬間的に1年分の給料をまとめて貰えるのかなぁと考えてしまいました。アタマの中で新車の姿が浮かんでは消えて、そんなものをキャッシュで買ったら後の生活はどうすんだよ、とかね。

 はい。もろちん決められた年俸を12回に分けて毎月支給される制度です。見た目は月給と同じでも、ボーナスという楽しみはありません。けれども、自由で解放されたような気がしたんですよね。いちいち何時間の残業がどーのこーので、今年のボーナスは何か月分でナンボなどと気にする月給制より、はるかにボクの気質にあっていました。金額そのものはケタがいくつも違いますが、基本的にプロ野球選手と同じです。年に一度の契約更改が終われば、後は何も気にせず仕事に打ち込むだけ。どれだけ会社で残業しようが、とっとと帰ろうが、こちらの勝手ですもんね。

 発行サイクルの早い週刊誌であり、ボクはデスクだったので、さすがに自由気ままにも限度はありますが、それまでのサラリーマン生活で感じた束縛感はまったくありません。ボクはホントに偏屈な天の邪鬼なのか、とにかく縛られることが大嫌いでしたから、個人事業主として会社と契約して年俸を決めるというのは、とても素敵な関係に感じられたのです。

 にもかかわらず、それからかなりの歳月を経ても、年俸制があまり普及していないのはなぜなのでしょうか。「ナレッジワーカー」や「自己責任」あるいは「働き改革」と言うなら、年俸制にするのが最も早道だと思うんだけどなぁ。月給制にしても、年間の経営計画の中に人件費の総額は織り込まれているはずですから、実質的に年俸と大きな違いはないはずなんですけどね。それでも年俸といえば反対する人が少なくないようです。タイムカードがあれば、労働基準法に基づく従業者の勤務時間を守れるかといえば、そんなはずありません。隠れ残業などの過重労働で自殺する人が絶えないじゃないですか。

 だぁからさ、一昨日に紹介したナレッジマネジメントを本気でやろうとするなら、社員をプロ野球選手のような待遇にするほかないと思うのです。個人事業主としての年俸契約。変化の早いIT時代の経営は、それによる雇用の機動性が不可欠だと思うんだけどな。さらに、最も大切なのは従業者の自発性・自主性・主体性を促すということではないでしょうか。

 こんなことはおそらく誰だって気づいていることなのに、ちっとも変わらないんだよなぁ。ホントに不思議な国だとつくづく呆れてしまいます。

 

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2019年7月29日 (月)

人事部を独立させる理由

 

 独創的なアイデアで一世を風靡した会社があるとします。ホントにあるんだけど、あまり具体的にすると差し障りもあるので曖昧にしておきます。

 でね、この会社の社長が2代目になると、業績が低迷するようになりました。やがて3代目で別の会社に買収され、かろうじて生き延びたのは結構としても、その輝かしい名称も今や風前の灯火。こんな事例はいくらだってありますよね。
 問題は、どうしてそんなことになるのか、ってことです。

 ここからはボクの経験に基づいた仮説または憶測ですが、初代の成功にみんながぶら下がり過ぎて、創造的な人材を採用できなかったことが大きな原因ではないでしょうか。過度に儲かる会社は、相対的に仕事がヒマになるせいか、派閥争いに走るようになります。権力を狙うなら味方は多いほど有利なので、子飼いの社員を増やそうとします。そんな人が採用を担当すると、おそらく、いや絶対に、自分より賢そうな人間は選びません。わざわざ自分の足元をすくうような奴を入れてどうすんのって、無意識に保身に走るんだよな。

 小さな会社ほど、その傾向が強くなります。人事部なんて洒落た部署を持つ余裕はないので、採用関係は総務部あたりの兼務となりますよね。総務部だってそれなりに忙しいので、いざ採用となると「現場の人に面接してもらったほうが適切ですよね」なんてことを言い出すじゃないですか。

 こうなると、採用を担当した人は、自分の隣に座る奴を選ぶことになるので、飛び抜けた才能がありそうな奴は難癖を付けてほとんど落としてしまうわけです。古手の大会社だって、すぐ隣の某国みたいに優秀な社員をどんどん左遷して、茶坊主みたいな連中で周りを固めるなんてことをやりますからね。小さな会社ならなおさらでありまして、大変に失礼な言い方ですが、自分よりバカな社員を採用し、そいつがまた自分よりバカを採用するという拡大再生産を2回もやれば、社内は無能なぶら下がりばかりになって、業績が傾くのも不思議ではありません。

 だからこそ、大手の企業は現場から余計な干渉を受けないよう人事部を独立または社長の直轄部門にしているわけです。とはいっても現実にはコネはありますよね。それでも全員ではないので、ひいき目に見て新入社員の1割、いや5%くらいは先輩を超えるような奴がいるんじゃないかな。それでようやく現状維持または発展が可能になるわけです。

 だから中小企業ほど、人材採用を現場に委ねてはいけません。人事部を独立できなければ、採用専門の会社にアウトソーシングしたほうがいいと思うのです。さもなきゃ会社は変わりませんぜ。

 

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2019年7月12日 (金)

時代遅れ

 

 仕事というものは、学校と違って教科書通りにはいきません。過去のことを体系的にまとめたものが教科書ですが、現実は常に未来に向けた現在進行形だからです。

「ここからここまでは試験に出るので勉強してね」なんて親切なことも、ビジネス社会ではあり得ません。自由競争のもとでは、みんなが学んだ教科書を裏切ることがライバル企業に勝つ秘訣であり、社会を進歩させていきます。たとえばコンビニエンスストアは昔の教科書には出てこない新業態ですが、それが急成長して商品流通そのものを革新していきました。教科書はそれを追認して歴史的かつ経営的に解釈するだけですから、次のビジネスモデルが示唆されることすらないのです。

 ところが学校では、この教科書にもとづいて勉強し、テストを受けて点数で評価されます。つまり、過去のことを知っている、あるいは過去の理論や理屈に詳しいというだけでのことなんですよね。要するに、学校時代の成績が良いからといってビジネスも優秀とは限らないわけです。大きな利権を持つ伝統的な大企業なら比較的に教科書に近いとはいえますが、そこに待遇がいいからという理由で学校優等生が集まってしまうと、いよいよ教科書的なことしかやれなくなってしまう。かくて時代の変化から取り残されたオールドビジネスとなり、恐竜のように滅びていくわけです。

 こうしたライフサイクルが、高度情報化によって圧倒的に短縮されています。企業の寿命がどんどん短かくなるだけでなく、利権のあり方も工場や鉱山、大型店舗といった重厚長大の装置型から、情報へと大きくシフトしてきました。文部科学省では「ソサエティ5.0」なんていう小洒落た言葉を提唱していますが、ビジネス社会から見た本質は、儲けを生み出す利権のあり方が、農作物から工業生産物に移り変わり、今では情報になったということなんですよね。主戦場が変わってきたと言い換えた方がいいかな。

 必要な武器だって変わってきますよね。狩猟社会なら刃物や弓矢でしたが、農業社会ならスキと鍬。工業社会は各種の工作機械と設備、そして情報社会はご存じパソコンであり、それを経た5番目の社会はネットワークと人工知能、いや、それを動かすプログラムということになるでしょうか。

 でね、上記の社会で常に重要なツールになってきたのは、やはり人間なわけですよ。それを戦力化するのは教育ですが、前述したようにコアとなっているのは教科書化された知識なので、教えられたことが片っ端から古びていく可能性が高い。学部卒なら3年程度、修士でもせいぜい5年と聞いたことがあります。となれば、よくいわれることですが、社会に出た後でも自分自身で学ぶスキルを身につけなければならない。

 そして、優等生のあり方も根本的に見直すべきだとボクは考えています。現状のままなら、囲碁や将棋のように人工知能に負けるのは間違いありません。学校教育を云々できるほどの知見はボクにはないので、前述してきたようなことを1人ひとりが意識するところから始めるほかないでしょう。それだけでも、今の日本には時代遅れがあまりにも目立つことに気づけるはずなんだけどなぁ。

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2019年3月 8日 (金)

何のために

 

 そろそろ価値観の軸を変えるべきでしょうね。

 

 セブンイレブンのフランチャイズ店が提起した「24時間営業中止」は、大手企業が相手のせいか、メディアの報道も何だか腰が引けたところがあります。契約書にきちんと「24時間営業」が明記されており、それを遵守する義務があるという意見が代表的なようですが、違法な条項や不当な契約を破棄する権利もあるはずなんですけどね。

 

 ちょっとネットを調べただけでも、細々とした法的論議がいろいろアップされていますが、そんなこたぁどうだっていいんだよ!(ここは田原総一郎をイメージしてください) つまりですね、経営や仕事の目的を、カネから解放できないのかなぁとボクは思うわけです。

 

 もちろんビジネスは慈善事業と違うので、儲からなければ関係者全員が不幸になります。ここのところに、改善すべきタネが潜んでいることがお分かりでしょうか。儲からなければ、確かに関係者全員が不幸になります。けれども、儲かったからといってみんなが幸せになれるわけではありません。儲けるためには前述の24時間経営も必要だろうし、商品のPB化を進めて利益率を上げる、あるいはバイトの給料を抑えるなんてことも考えられます。つまり「儲ける」を過度に推し進めてくと、みんなが不幸になる可能性が極めて高くなるのです。納入業者に対しても、完璧な時間厳守や過酷な値下げなどを要求すれば、どんどん不幸が連鎖していくではありませんか。

 

 これを解決するために、経営の軸を「儲ける」から「みんなが幸せになる」に変えたほうがいい。カネがなくても幸せになれる、なんてことは現実的にあり得ないけど、そのために不幸になることはないじゃないですか。これなんですな、ワタクシが言いたいのは。利益至上主義ではなく、幸福第一主義。このように目的と価値観をガラリとひっくり返せば、すべての発想が変わってきます。

 

 24時間営業は、確かに消費者に便利で、深夜の孤独を慰める明かりとして幸せだって感じさせる時がありますが、そのために誰かが不幸になってはいかんでしょ。とてもじゃないけど24時間やっていられないなら、さっさと営業時間を短縮すればいい。終夜営業できる店は遠慮せずやっていただいて「いい気分」を広めればいいのです。経営論やマーケティング論の奴隷になってはいけませんよ。

 

 とにかく、自分だけでなく、みんなが幸せに近づけるように考えていこうよ。そのように考えたら、無理して24時間を続けることの是非が分かるではありませんか。ところが、大企業の奥の院に隔離、じゃなかった鎮座されているおエライ皆さんは、数字やグラフしか見ないことがしばしばです。だからこそ、ボクは以前に提唱しましたが、年に1回くらいは職制を完全にひっくり返すべきじゃないかな。つまり、社長や取締役が店頭などの現場に出て接客や商談をする。客としては不気味な光景ですけど、それによって経営幹部は関係者が幸せかどうかをチェックできるじゃないですか。

 

 はぁーあ、こんなことは10年も前から言っているのに、誰も実行しません。さすがに温厚で粘り強いボクも絶望しているのであります。だから音楽に興味を持つようになったのかな。

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2019年1月 7日 (月)

おもしろおかしく人間主義

 

新年あけましておめでとうございます。

本年もご愛読よろしくお願いいたします。

 

 年が改まったので心身ともに新たな気分で、と言いたいところですが、昨年末から不愉快なことが2つほどありました。詳しく説明すると関係者を中傷することになるので控えますが、原則や規則、ルールなどを楯にして、自らの思考を完全に放棄する人が目立つような気がします。だったらさぁ、人間がそこにいるのではなくて、「オッケー、グーグル!」なんかの機械=AIに任せればいいじゃないですか。「浅草の名物は?」と訊くだけで、「浅草むぎとろ本店」なんかが出てきますからね。ジャズのライブで毎週のように浅草に行っていますが、とろろが名物なんてまったく知りませんでした。

 

 正月早々にも、有料契約のサポートセンターに(過去ログを読めばすぐに分かりますが)、あるセキュリティ・アプリについて問い合わせたんですよね。担当者の当たり外れが極端なところだとは薄々分かっていましたが、ベテランが正月休みのせいか、運悪く新人の女性に電話が回ったらしい。というのも、いちいち保留にされて長いこと待たされるわけです。それも一度や二度でなく何度も、それこそ「いちいち」なのであります。そこで、

 

「近くにサポートの人をサポートする人がいるみたいですね」

 

 と皮肉を言ったのですが、これがどうも彼女のプライドを傷つけたらしく、それからは「他社のアプリについては対応しかねます」の一辺倒。ボクが問い合わせたのは、そのアプリの内容なんぞではなく、本体システムの「設定」側で「強制終了」のボタンが復帰しないということです。明らかにスマホ側の問題ですから、サポートセンターが責任を持って答えるべき事柄なのですが、それを頑として認めない。ヘンなオジサンとでも誤認されのかなぁ。

 有料のサポートなので、オフィシャルにクレームをいれることも考えましたが、さすがに正月元旦からそれはないだろうと心中で自粛しながらも、ついついボクは余計なことを言ってしまうんだよな。

 

「こうした問い合わせが今後もあるかもしれないので、他社のアプリとはいっても、対処方法を蓄積しておいたほうがいいんじゃないですか」

 

 と、やさしく宥めるように言っても、もはや故・土井たか子さん並みのダメなものはダメ状態。あたかも「そんなつもりはまったくありません」と言わんばかりの応答だったので、さすがに温厚で篤実なボクも「もう結構です」と電話を切りました。このように紹介するだけで再び腹が立ってきました。やっぱクレーム入れようかなぁ。

 基礎的なことなら、コンシェルに聞いたり(案外役立たずですけど)、Q&Aを参照すれば分かるじゃないですか。応用問題に回答できなくてなぁにがサポートセンターだよ、カネ返せ! はぁはぁはぁ。

 

 ちょっとアタマに血がのぼったので、冷静になって本来のテーマに戻ると、どんな仕事にしても、機械でなくて人間をわざわざ配置している意味を考えるべき時代ではないかってことなのです。

 前述したように、たとえばグーグルの音声認識ならびに対応は目覚ましいものがあります。近所のレストランや鰻屋を探すとか、「〜って何?」なんていう単純な質問なら人間よりはるかに早く詳しく回答してくれます。昨年に書きましたが、「幸せって何?」という抽象的な疑問でも、ネットからそれなりのウェブサイトを探し出してきますからね。

 

 だーからさー、サポートセンターや保険などの相談窓口といった、およそ不特定多数の人に対応する仕事は、機械でも十分にできる時代なのです。にもかかわらず、あなたという人間が、なぜどうしてそこにいるのかを考えなきゃ。機械では決してできない人間的な対応が求められているからだとは思いませんか。

 

 にもかかわらず、自分のアタマで思考することがよほど面倒くさいのか、人間であることをさっさとやめてしまう人が多いんだよな。もちろん、感情的な軋轢もあるでしょうけど、それはそれでいいんです、だって人間だもの。ただ、その感情が、物事をますますつまらなくする方向に走ったら、それこそ機械に負けてしまいますぜ。何かを言われて悔しいと思ったら、ガシャンと建前のシャッターを下ろすのでなく、そいつを納得させるにはどうしたらいいかと前向きに考えたほうが、後々の役に立つではありませんか。

 

 仮に「今回の件は無理としても、今後の貴重な課題として受け止めさせていただきます」と言うだけでも、質問者は閉塞感から気分的に解放されます。その問題や課題が本当に組織の上層部に回って、経営幹部が「そだねー」と理解して改善されたら、会社のブランドイメージや業績はますます向上することになりますよね。

 原則や規則やルールや法律に、全員が納得するものなんてあり得ません。時代がちょっと変わるだけでもズレてしまって不具合が目立つようにもなります。そんな不完全なものを「最大多数の最大幸福」に近づけていくためには、現場の意見をくみ取り、常により良く改革していくほかありません。だからこそ、機械のように杓子定規な原理原則主義ではアカンのです。いや、機械ですらビッグデータから学んでいますぜ。

 

 要するに、既存のフレームに逃げ込むのでなく、自分のアタマで、自分の肌感覚で、それぞれの仕事に人間らしく対処しようじゃないかってことです。そのためには、仕事をメシ食うためだけの義務としてやってはいけない。では、どうするか。

 

 どんな仕事にも必ず興味を感じることはあるはずので、それを自分なりに探して、おもしろおかしくやったほうがいいじゃないですか。そもそもルーチンな仕事は機械にどんどん代替されているので、人間には人間にしかできない仕事が与えられているはずです。なのに、人間自身が機械になってどうすんだよ。負けるに決まっているじゃないか。

 

 というわけで、今年のテーマは「おもしろおかしく人間主義」。決して簡単なことではないからこそ、目指すべき価値があると思うんだけどなぁ。

 

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