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福助くん その6

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    福助くん、9歳の秋です。 ちょっと長めの散歩をして、世田谷公園へ。 紅葉と福助をご覧くださいまし。

福助くん その5

  • 赤いサルビア♪
    2010年秋の福助くん。とある週末に埼玉県所沢市にある航空公園に行ってきました!

福助くん その4

  • 1 毎年恒例の・・・
    今さらですが、今年の花見の福助くん。ご近所の目黒川に行ってきました。

福助くん その3

  • 1 田舎に行ってきました!
    飼い主の田舎に行ってきた福助。うららかな春を迎えた大自然のなかで、いつもと違った表情に。

福助くん その2

  • 定位置
    平日は会社にいる福助。こんな感じの毎日です。

福助くん その1

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    笠木の飼い犬。甘えん坊でちゃっかり屋の8歳。雄。

就活

2019年2月25日 (月)

生き良くするヒント

 

 ほんの6〜7年前までは「就職氷河期」と言われていたのに、今では大学新卒者にとって圧倒的な「売り手市場」となり、コンビニなどを始めとする現場も深刻な人手不足と伝えられています。

 

 少子化による労働人口の減少、というのはあくまで公式の見解であって、そんなもん突然に勃発するはずがないと思うんですよね。2025年前から出生率がガクンと下がってきたのであれば納得できますが、実際にはそうではありません。厚生労働省「人口動態統計」によれば、出生数が顕著に減少したのは70年代から80年代初頭なんですよね。その結果として、89年には「合計特殊出生率」が1.57となって各方面にショックを与えましたが、全体として見れば90年代以降は緩やかに減少してきたのです。

 

 就職氷河期の最末期を東日本大震災直後の2012年とすれば、この年に22歳で大学を卒業したなら、1990年生まれとなります。前述したように7080年代は出生数の激減期なので、この時期に生まれた少子化世代が大卒年齢になる90年代後半〜2000年代に「就職氷河期」にぶち当たったのです。

 

 とすれば「就職氷河期」の本当の理由は明らかで、バブル崩壊による不景気が長引いたことから、企業の求人意欲が冷え込んだということに尽きるでしょう。さらに90年代には大学数が急増。進学率も急上昇して新卒者も増加したため、相対的に就職の門戸はますます狭くなったわけです。特に日本は横並び意識が強く、そこに情報革命ですから、隣の某銀行が求人数を減らしたらしいからウチでも、という調子で絞り込みが伝播していったのではないでしょうか。

 

 もとより、不景気になれば求人が減るのは道理なのですが、「就職氷河期」のあおりで心ならずも契約や派遣社員、アルバイトやパートなどの非正規雇用にならざるを得なかった大卒者が気にかかるのです。彼らが今の状況を見たら、もっと遅く生んでくれれば良かったのにと恨みたくなるんじゃないかな。

 

 だからといって、会社も雇用を増やせば固定費が増大するので、もっと採用しろとは言えません。バブル崩壊という急ブレーキを踏んだ奴には大いなる責任があり、その後の「失われた20年」も政府の無作為と糾弾はできます。けれども、それで現在の状況が変わるわけではないですよね。これをボクは「大状況」と呼んできましたが、子供が親を選べないのと同じく、時期を選んで生まれることもできません。

 

 それでは諦めるほかないのかといえば、ボクは悔しいからそう考えたくはない。大状況に正面から抵抗するのは困難でも、そうなった背景や原因は追求することができます。何も分からないから不安に陥るのであって、敵の正体が分かれば精神的には落ち着くではありませんか。

 

 次に、個人レベルで選択できることだけは、周囲や流行に左右されず、自分の意思を大切にして判断・決定する。自分が決めたことなら失敗しても諦めがつきますが、他人についていって崖から墜ちたら情けないではありませんか。

 

 ボクたちの大多数は、川の流れに浮かんだ小さな木の葉のような存在です。自分の好きなところに自由に行けるわけではありません。でもね、精神まで流されてはいけない。そのために何をすべきかと考えて、前述の2つを思いつきました。大状況の理由を常に探ると同時に、小状況では自分の意思を最優先する。

 

 どちらも、小さな木の葉にとって簡単なことではありませんが、少なくとも自分の力だけでできることですよね。それを大切にすることが、これからを生き良くする方法ではないでしょうか。

 

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2018年10月16日 (火)

就活ルール

 

 今さらで恐縮ですが、経団連が就活ルールを廃止しました。1953年以来とはいっても、そもそも罰則が伴わない「紳士協定」に過ぎないだけでなく、経団連非加盟の企業まで縛るものではありませんでした。要するにルール破りは「外聞が悪い」からみんなが守っているフリをしてきただけで、実際にテレビ局などはアナウンススクールなどと称する青田刈りを隠れてやってきましたもんね。

 

 そうしたタテマエが取っ払われて現実が露わになるのは歓迎できても、ホンネ丸出しの原始的な競争原理はちょっと勘弁して欲しいなぁと感じている学生が大半だろうとボクは推定しています。

 

 この推測が当たっていようがいまいが、同時期一括採用にもとづく横並びの「就活」なんて、およそグローバル・スタンダードとはいえません。必ずしもグローバルがエラいとは言えないにしても、学校じゃあるまいし、何万とある企業を一斉に同じように目指すなんて、もうやめていいんじゃないかな。みんなと横並びなら確かに安心ではあるけど、大学のブランド格差はそれだけ際立つことになるので、偏差値や知名度で劣る大学出身者は決して有利とはいえないはずです。それに、社会に出たら横並びなんてもはや定年くらいしかないんじゃないかな。それすら撤廃されつつあることから分かるように、自由な市場競争を基本とする資本主義社会で、こんなにも長期間にわたって横並びが続けられてきたことのほうが、むしろ不思議です。

 

 そんなわけで、ボクは今回の決定に反対はしません。政府主導である程度のルールを設けるとも報道されていますが、基本的には自由競争に移行するのですから、各大学の就職課やキャリアセンターの指導力が以前よりも問われるようになるでしょう。好景気で売り手市場になった途端に、彼らのこれまでの努力がなかったかのように無視される風潮を感じていたので、揺り戻しの契機になるんじゃないかな。

 

 いずれにしても、画一的に大きな会社を目指すことだけが就活ではないことを、学生諸君がより強く意識するようになると思います。そこから始めるためにも、就活ルールなんかないほうがいい。この決定は、ボクにはあまりにも遅すぎたように思えますが、それでも存続させるよりはマシです。なんでもかんでも横並びなんて、ものすごく薄気味の悪い習慣ではありませんか。

 

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2017年9月25日 (月)

大社接続改革

 

 高等教育の業界では「高大接続改革」が大きな話題となっています。一般的には受験生の利害に直結する新しい大学共通テストに関心が集まっていますが、これも実は「高大接続改革」の一環と位置付けられており、大学入試が変わらなければ高校教育も変わるはずないよね、という理屈なのです。

 

 それで何をするかといえば、日本の新しい未来を創るための本格的な教育改革を、高校と大学入試、そして大学教育をまとめた三位一体で推進していくということです。これまで日本は「先進国に追いつけ追い越せ」で成功してきたけど、気が付いたらGDPはとっくに世界2位だか3位となり、目標=模倣すべき国家&社会モデルが世界のどこにもなくなってしまった。となれば、これまでのように知識やノウハウやスキルを覚えるばっかりではもうダメだから、抜本的に高等教育を改革しようじゃないかということです。

 

 いささか遅すぎではないかとボクは思うのですが、拙速を嫌って異様に変化に時間をかけるのも、模倣と横並びをコアとする旧教育の弊害なので仕方ないとして、高等教育で「高大接続改革」が言われるのなら、どうして大学と社会の接続も考えないのでしょうか。

 大学と就職活動と社会での生き方を、日本の新しい未来に向けて三位一体で改革していく「大社接続改革」を、今こそワタクシは提唱したいのであります。

 

 これをきちんと説明すると恐ろしく長くなるので、要点だけをまとめれば、大学卒業直前の(入試偏差値に基づく)「短期一括採用」が義務教育から高等教育を通して強力な影響を及ぼしているのではないかってことです。これを改革しなきゃ、大学も含めた高等教育はもちろん、会社組織を中心とする社会も変わりようがないって、これは「高大接続改革」のまるパクリですけど、求められていることはまったく同じですよね。

 

 さもなきゃ、大卒新入社員の3分の1が3年以内に退職するという事態は今後も続くでしょう。早期の離職・転職が決していけないことだとボクは思っていませんが、就職のミスマッチが解消されていないことに問題があるわけです。「大学は就職予備校ではない」という指摘も納得できなくはありませんが、若者に実りある豊かな将来を提供する教育機関であることは額面だけにしても事実ですよね。その将来は、所属する組織がどうであれ、どうしたって仕事から生み出されてくるものですから、就職のミスマッチはすなわち「学生が希望した人生とのミスマッチ」とも言い換えられるではありませんか。

 

 そうした学生個々人による「希望した人生とのミスマッチ」を避けることが「キャリア教育」の本質にもかかわらず、これを就職教育と短絡的に誤解する人が今も少なくないようです。だからこそ、昨今のように人手不足で目先の就職率が上がってしまうと、目的を終えたように感じられている気配があるんだよな。

 

 その一方で、もはや永年勤続は確かな将来を保障するものではなくなりました。情報革命によって企業の平均寿命は圧倒的に短期化しているほか、AI=人工知能の発達によって、機械が代替できる仕事分野もどんどん拡大しています。

 

 ということは、ですね。「石の上にも3年」という諺はもはや不要になってきたのですが、これ分かりますか? つまり、一定期間の習得や慣れが必要とされてきた業務なんて、AIが自動的に学習して人間の代わりをしてくれるということなのです。ならば早期の転職も、継続的な人間関係ということを除けば、特段の問題があるとは思えません。

 

 そうなると、人間に残された、いや人間だけができる仕事とは何でしょうか。そのために必要な学習・教育とは何でしょうか。それより以前に、人間は何のために生きて、何を為すべきなのか。

 

 だからといって知識の習得が必要なくなったというのではありません。しかしながら、単純な知識や情報はインターネットで調べて書物まで読めばすぐに分かるので、高校や大学の集合教育では違うことをやらなきゃ意味がありません。そのトライアルの1つが「アクティブ・ラーニング」であり、直近には主体的な問題発見・解決能力や人間関係構築能力などを学習できますが、理想とするのは深い想像力&高度な創造力の育成ではないかとボクは考えています。

 

 異論反論はいろいろあるでしょうが、いずれにしても会社や組織に人生を託すことはもはやできなくなりつつあるのですから、社会や制度も変わっていかなきゃいけないし、それに伴って就職活動や大学教育も改革されるべきです。

 

 だからこそ「大社接続改革」。まだ誰もこのように表現していないので、ここに最初の言い出しっぺとしてボクに不許複製の著作権が存在することを宣言しておきます。とはいっても著作権は登録なしで自然発生するので、「ちゃんと覚えておいてね」くらいの軽い意味なんですけどね。

 

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2016年3月14日 (月)

就活拒否(後)

 

 ボク自身は現行の短期一斉就活を肯定的に考えているわけではありません。手間はかかるかも知れませんが、やはり通年採用にすべきではないかと、このブログでもたびたび書いてきました。けれども、この短期一斉就活による切磋琢磨を通して、学生たちが大きく成長していくことは紛れのない事実です。「事後」の学生ばかり取材してきたので個別の比較はできませんが、就活以前と以後では人間性も精神力も大違いではないでしょうか。

 それがよく分かる事例として、先週は就活直前の学生の意見を紹介しました。それを要約すれば「一生懸命に仕事をしている社員を正しく評価しない会社という組織になんか就職したくない。だからアルバイトで生きていきたい」、あるいは「就職する必要性をどうしても納得できない。だから就活にも行かない」ということになるでしょうか。

 ボクはこうした学生の意見を「甘ちゃん」だとか「世の中を分かっていない」と簡単に片付けるのは間違いだと思います。むしろ無目的に流されていく学生よりよほど意識的ともいえるのではないでしょうか。だからこそボクたち社会人も、彼らの問いかけに真摯に向き合うべきだと思うのです。

 ただし、時間的には長く働いてきたにもかかわらず、ボクは彼らのような疑問を感じたことはありません。働かなきゃ食えないという貧しい理由で仕事を続けてきただけかもしれないと自省することもあります。だから、どのように彼らに答えるのが妥当なのかと、しばらく悩んでいました。

 そんな時に、内定を得た4年生女子にインタビューする機会がありました。彼女は自分の就活体験を3年生に伝えるティーチング・アシスタントの1人です。近頃はありがちですが、同学年の男子が子供に見えるくらい大人であり、指導的な役割も進んで引き受けるほどの積極性があったので、「こんなことを言う学生もいるようですが」と振ってみました。

 すると、ほとんど秒速で「インターンシップに行けば良かったのに」と答えたのです。「もし行っていたなら何も見ようとしなかったのでしょうね」とも付け加えてくれました。
 ここからはボクの解説ですが、アルバイトで仕事や会社を見たというのはあくまで一面に過ぎない。インターンシップだって一面といえば一面ですが、やはり時間給で限定的な仕事を課されたアルバイトとは違います。もちろん企業や社員の対応、やり方などにもよりますが、アルバイトよりも広くて深い視野で職場なり会社が観察できるということです。

 実際に彼女は3年生の始め頃はぼんやりした意識で就職を考えていました。ところが夏のインターンシップでイキイキと意欲的に働く社会人を知って目が開いたそうです。就職して働く意味にしても、彼らを間近に見れば決して金銭的理由だけではないことがよく分かりますよね。

 こうしたことを青臭いと言う人もいるでしょうが、青臭くなければ若者とは呼べません。そうした青臭い頭の中や机の上の思考を現実と対峙させていくことが、就活の本質ではないでしょうか。その最初の格闘がインターンシップなのですから、これを避けていれば自縄自縛に陥って殻の中に閉じこもるだけだと彼女は言いたかったのです。

 一生懸命働く社員が無視されて、ゴマすり社員が昇進することも確かにあり得ますが、実力が正しく評価された抜擢人事だっていくらでもあります。そもそもゴマすり社員ばかりが経営幹部の会社が成長・発展するはずがないじゃないですか。
 就職する理由にしても、算数や科学のように人類共通の公式なんてありません。誰かが正解を教えてくれるようなものではなく、生きることと同じように、それそれが自分なりの理由を見つけていくしか方法はないのです。そのためにも、やはり就職してみなけりゃ分かることも分からなくなるじゃないですか。

 こういう当たり前のことをボクは言えなくなっていたようです。いろいろあって心が弱っていたのかなぁ。いずれにしても、ボクのような古手のオッサンが、20歳をちょっと過ぎたばかりの大学4年生の指摘に感銘を受けました。こういうことが普通にあるから、いまの就活を否定しきれないんですよね。

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2015年11月 2日 (月)

何をさせたいの?(後)

 やっとのことで、締め切りの大山を乗り切ることができました。いろいろと思うところはあるけど、やれることはやったかな。時間をかければいいものが出来上がるとは限らないしね。

 かのボブ・ディランは、不朽の名作『風に吹かれて』(1963年)の歌詞を、喫茶店で紙ナプキンに10分で書いたなんて伝えられております。当時の公民権運動なんかが予めその土壌を作っていたことは間違いないと思いますけどね。してみると、彼が書いたのではなく、何かが書かせたというべきなのかな。そういう奇跡的な天啓をボクにもくださいと、どこにいるか分からない神様にお願いしたいものです。

 さて、先週の続きになりますが、大学新卒予定者の就職選考開始を8月にして顰蹙をかったので、今度は6月に早めようと(時間に前倒しという表現は馴染めないんだよなぁ)画策されているようですが、大して変わりはないでしょうね。要するに、みんなが同じことを考えているのですから、遅らせれば遅らせるほど長期化するだけのことなのです。

 その理由は実に簡単で、2つの画一的な幻想が就活を支配しているわけです。

 まず学生の側ですが、彼らが目指しているのは、早い話が、どんな理屈を付けようが「有名な大企業」です。中小企業がいくら早期から内定を出そうが、そんなのはあくまで予選であって、大企業の選考が本番という意識ですから、何をどうしようが経団連の決めたルールがエンディングになってしまうのです。
 だったら、大企業の選考を先にやって、中小企業を後でやりゃいいのにと思いませんか。そうすると何だか敗者復活戦のようになって外聞が悪いとか、優秀な人材を採られてしまうってことでしょうか。

 次に企業の側ですが、こちらは「優秀な人材」であります。かつてボクは何度も「どういう学生が優秀だと判断されるのですか」と訊いたことがありますが、「協調心があって主体性があってコミュニケーション能力が優れており、かつ独創性もあって教養も……」などと、まったくワケが分からなかったので、とっくに質問することを諦めました。

 つまり、こちらも早い話が、どんな理屈を付けようが「入試偏差値の高い大学の学生」ってことですよね。だから、青田買いなんてことが起きるのです。

 そうした気持ちは日本に限らず世界中が似たようなものですけど、学生も企業も、この2つの画一的な幻想から醒めない限りは、スケジュールだけをどうやりくりしたって何も変わるはずがないというのがボクの意見です。

 だからね、大手の食品産業に入社したにもかかわらず、2年くらいしてから「やはり編集者になりたかった」とボクのところのような超零細プロダクションに応募してくる人もいるわけです。だからといって本や雑誌を読んでいるかというとそうでもないんですよね。たとえばテレビなんか見ない人がテレビ局に入社したいってのは、どういう料簡なのでしょうか。

 卒業後も半年や1年は世界中を旅行するとか、いろいろなバイトをやってみるとか、そうした余裕を許すようにならないと「3年で3割」が退職する状況は変わらないと思います。そう考えると、昔の大学は「レジャーランド」なんて言われて遊んでばかりいたように言われますが、それはそれで悪くなかったのかもしれません。
 いずれにしても、大多数の行く方向が正解とは限らないことを、学生も大人ももっと自覚すべきではないでしょうか。

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2015年9月17日 (木)

働き方の多様化

 

 ちょっと話題としては古くなったかもしれませんが、ユニクロが「週休3日制」を導入すると発表しました。転勤のない地域正社員が対象ですが、1日の勤務時間を10時間にすることで、週に4日働いたら3日を休めるようになるとしています。

 

 大変にいいんじゃないですか、この制度。ボクの会社も、混み合うお盆にまとめて夏期休暇を取るのも結構だけど、バラで好きな時に合計5日間の休みを取って良いと決めたことがあります。すると、金曜日を休む3連休を続けたスタッフがいました。ボクなんかは休み自体が不要なほうですが、この3連休連続型夏期休暇はかなり好評だったみたいです。

 

 話題をユニクロに戻すと、毎日2時間程度の残業なんて普通にあるはずなので、それを毎日やれば1日休みが増えて楽になるという人はかなりいるような気がします。ユニクロがどんな労働環境かボクは体験したこともありませんが、こうした働き方の多様化はどんどん進めたほうがいいですよね。

 それによって、人間がそれぞれ違うことを互いに尊敬を込めて認識することができれば、マタハラやら鬱憤ばらしに等しい職場いじめもなくなるんじゃないかな。多様な人材で構成された組織ほど急な変化への対応力が高いことも、よく知られたことではありませんか。

 

 このブログで以前に紹介しましたが、特に女性の働き方も多彩なロールモデルがあることをアピールすべきだと思います。たとえば、ニューヨークで取材した港湾局の女性副局長(当時)は大学生の頃に結婚して卒業直後に出産。子供が10歳になって手がかからなくなった頃から大学院に入学して、行政学の博士号を取得して社会復帰しました。日本のように年齢制限付きの一括採用でない公務員制度だからこそできることですが、どうしてこういう柔軟な制度を真似しないのかなぁ。

 同じくヨーロッパでも、高校卒業直後に結婚して2人の子供を出産。下の子が10歳になってから大学に社会人入学してジャーナリズムを専攻。卒業後は念願の記者になったという女性も取材したことがあります。

 

 こうした女性はアメリカやヨーロッパでも一般的ではなく、むしろ希有なのですが、少ないといえども確かな実例があるわけです。みんながそのように生きる必要はまったくないにしても、こうしたライフスタイルや働き方だってあり得ることをもっと知るべきではないでしょうか。

 女性の生き方の選択肢が増えれば、男にも大きな影響を与えます。つまり、男の働き方も今よりはるかに多様になっていくわけです。

 

 ああ、にもかかわらず、この国は新卒採用時期を少しばかり後ろ倒しにしただけで、就活が長引いただの何だのといろいろ不満や批判が出ております。そんな些末な論争よりも、新卒一括採用自体に問題があるという根本的な論議をすべきではありませんか。

 ちなみに、某国の若者は大学を卒業した後に1年をかけて世界中を放浪するのが普通だそうです。それを真似て、就職にも「ギャップイヤー」があっていいんじゃないかってボクは思うのですが。

 

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2015年8月 5日 (水)

就活ファッション

 

 久しぶりに好物のフィレオ・フィッシュとアイスコーヒーをマクドナルドで購入。それを事務所にテイクアウトする途中で、企業の採用選考を終えて恵比寿駅に向かう多数の女子学生とすれ違いました。

 

 どうしてそれが断定できるかといえば、彼女たちのすべてが艶消しマットの黒いスーツに純白のシャツを着ていたからです。さらにバッグも黒で、髪型もほとんどがポニーテールというのでしょうか、後ろにまとめております。

 それまで就活ファッションを見たことがないわけではありませんが、これだけの人数を一度にまとめて見たのは初めてでした。経団連の新ルールでは8月から採用選考開始なので、面接帰りとしか考えられません。

 

 それにしても、違うのは身長と体格くらいですよね。もともとボクはどういうわけだか人の顔を覚えられないタチなので、面接担当者がどうやって区別しているのか不思議で仕方ありません。中途採用の場合は、昼飯の時なんかに「ピンクのブラウスの子が元気ハツラツで良かった」「それよりグレースーツの彼女のほうがクールで賢い感じで我が社のイメージに合うよ」「課長はキャバクラでもツンデレが好きですからね」「コラコラ、わっははは(全員笑)」みたいな安手の東宝サラリーマン映画みたいな会話をしていたとボクは想像します。

 

 ところが、ですね。全員が黒のスーツにシャイニーなホワイトシャツということになると、こういう会話が成立しません。この個人情報保護の時代に履歴書片手に昼飯を食べるはずもないので、まさか「あの眉毛の太い子が好感を持てたよね」「いやいや足がものすごくキレイな子がいたじゃないか」「ちょっとキツめの化粧のせいか、くっきりした顔立ちの子がいたよね。彼女なら我が社のイメージに……」「課長はキャバクラでもツンデレが好きですからね」「コラコラ、わっははは(全員笑)」なんて最後はコピペのバカ話はしていないですよね。

 

 就活ファッションがいつの間にこれほど均質化したのかよく分かりませんが、しばしば言われる没個性というデメリットの反面で、服装で印象にドライブがかからないというメリットがなくもないでしょう。けれども実際問題として、面接後の選考会議で正確に個々の人柄や素質などを思い出せるものでしょうか。かなり絞り込まれた役員面接レベルは別として、最初の段階では履歴書などの書類を見直すことになり、結局は大学名のウェイトが重くなるのではないでしょうか。

 

 かといって、たとえばかつての演歌歌手みたいな紫色のスーツで面接に臨むというのは、勇気というより相当な恥知らずでないと無理です。ボクが若かったら、一度くらいはその格好で玉砕覚悟で丸の内に向かったかもしれませんけどね。ちなみに、ボクは学生の時に赤いジーンズとトレーナーを着ていた頃があり、それを「お前は3キロ先からでもお前だって分かるよ」と嘲笑した連中はみんな上場企業か公務員に就職しました。ボクはしがないフリーライターですもんね、ぐっすん()

 

 もしもボクに子供がいて就活学生だったとしたら、そのリベンジとして、特別なブラックスーツをオーダーで作ってやったかもしれません。生地は極細の羊毛にシルクを加えた艶々のゼニア・トロフェオ600と言いたいところですが、夏場にも着用しなきゃいけないので、輝きのあるブラックのクール・エフェクトかな。それでも、一目見れば生地の違いは明瞭に分かるはずなので、このあたりで個性化しておくわけです。

 デザインも、ブリティッシュな感じで肩からウェストまでのシルエットをクリアな細身にしておきたい。中に着るホワイトシャツはもちろんシルク。それだけでは柔らかすぎるのでコットンとの混紡でしょうか。

 

 そりゃ高価です。しかしながら、就活なんて一生に何度もやれるわけではありません。リクルートスーツは量販店なら2〜3万円で買えますが、それはそれだけの価値以上のものではないでしょう。だったら、思いきって靴まで含めて大金を「投資」して見た目から差別化を図ってもいいんじゃないかな。クレジットカードならリボルビングも可能ですもんね。少なくとも、就活に対する普通以上の意欲は表現できると思うのです。

 

 他人事だと思ってテキトーなことを言うオッサンだと思う人もいるでしょうが、人材を判定・選抜する面接にもかかわらず、みんなが同じ格好をしなきゃいけないというほうがヘンではないですか。それとも面接官は人間の内面をきちんと見抜ける優れた人ばかりなのかな。いずれにしても、昨今の状況で「暑いから半ズボンで行きなさい」とはとても言えません。だったら、ルール(かな?)に従いながらも個性を主張すりゃいいのです。その責任はボクには負えませんが、せっかく「売り手市場」になったんですから、少しくらいは冒険をしてもいいんじゃないかな。企業の中にもそうした人材を望んでいる人がいるように思うのです。

 

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2015年7月27日 (月)

沈黙

 

 3~4年くらい前になりますが、喉を痛めたせいか思うように発声できなくなり、黙って数日間を過ごしたことがあります。こんな状態でタクシーに乗ったりすると「あ、そこで降ります」と言うだけでも辛くて、実に不便なことを痛感しました。

 

 声が出ないという状態は、他人が見るだけですぐに感知できるものではありません。だから、ヘタすりゃ「メチャ不機嫌な奴だなぁ」と誤解されて横目で見られるということもあり得ます。あるいは朝の挨拶を手の仕種などで返したりすると、「何様?」や「友達?」と思われかねません。

 こうした経験から、手術などで声帯をなくした人の気持ちがよく分かりました。普段は気づきませんが、他人とかかわる日常生活で言語はかなり重要であり、文字を紙なんかに書けばOKというものではないのです。

 

 その一方で、話せないから話さない状態というのは、おそらく短期間だったせいか、ひどく楽に感じたことも事実なんですよね。ボクの仕事は他人に話を聞く、つまり質問することが始まりです。だから、書く前に話すことが重要であり、的確な質問が引き出した個性的な回答が良い原稿のネタになります。

 そんなことを繰り返しているうちに、次第に饒舌になってくるんですよね。当たりを出すために、できるだけ沢山のクジを引くって感じかな。そして、お相手のインタビュー時間にも限度があるので、沈黙が勿体なく感じるようになるのです。

 

 そんなわけで、ボクのことをオシャベリだと認識している人も多いのではないでしょうか。でも、様子を注意していただければ分かるように、近くに饒舌な人がいた場合は、むしろうなづく側に回っていると思います。そのほうが楽ですもんね。

 

 ボクが苦手なのは、沈黙に伴う不愉快なのです。2~3秒程度なら静寂でも、それ以上続くと空気が重苦しくなるじゃないですか。そんな時には「ああ、そういえば」と面白そうな話題を考えて振るのですが、いつも当たり外れがあるんですよね。

 

 話せない、という状態になってみて、そういうアタマの使い方が結構な負担になっていたことが分かったのです。話せないのだから、話題を無理に作る必要もない。他人の話を聞くだけって、すごく楽ではないかと。

 

 前述とは真逆になるようですが、話せないのは確かに不便でも、絶対に話せければダメということもあまりないんじゃないかな。今ではLINEだってありますから。

 

 さらに言えば、ボクたちは常に話さなきゃいけないことを話しているわけではないんですよね。そんな比率はもしかすると10%以下かもしれません。残りの90%は特段の意味がない無駄口が含有されているといっても過言ではないでしょう。人間のオーラル・コミュニケーションなんて、実はこの程度のことに過ぎませんから、ボクたちの会話は言葉だけで成立しているわけではないのです。仕種や口調といった非言語表現のやりとりの中で、相互交流しているのかもしれません。

 

 であるなら、就活の面接でも、会話の内容もさることながら、態度などにも注意を払っていないと悪印象を与えかねないわけです。ボク自身はそうした訓練を受けたことがないので、もしかするとこっち方面でも誤解されたりしているのかなぁと考えると、ちょっと戦慄しますけどね。

 

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2015年7月 8日 (水)

IT系と就活

 

 ごく一部しか知りませんが、IT系で活躍している人たちは本当にユニークで興味深く、これから社会が大きく変わっていく可能性を予感させてくれます。

 

 たとえば企業の役員や社長などの経営陣は、IR(インベスター・リレーションズ、投資家向け広報)の一環として、会社概要などにポートレート(肖像写真)が掲載されています。いわゆるオールドビジネスや大企業の場合は、ゼニアなんかの高級そうな生地で仕立てられたスーツをバリっと着込み、やや斜めに立って顔をカメラに向け、レンブラント・ライトで撮影するのが一般的です。レンブラント・ライトというのは一方向からのみライトを当てて、陰影を作ることで立体的に見せる撮り方です。もちろん背景はブラック。それで鼻がとりわけ高く見えるわけではありませんが、暗闇の中に役員や社長が浮かび上がったようにカッコ良く写るわけですな。

 

 ところが、IT系企業の場合は、ボクが知る限りですけど、撮影方法はそれとまったく同じでも、経営陣の格好がまるで違います。ダークスーツなんか着ないで、Gジャンに髪を逆立てたスタイルだったりするんですよね。これは明らかにビル・ゲイツではなく、スティーヴ・ジョブズの影響でしょう。「常識を疑え」「権威におもねるな」(そんなこと言いましたっけ?)というような反逆児の精神を継承しているってことじゃないかな。

 

 取材の際に「今日はメチャメチャ忙しくて」ということで、弁当を食べながらIT系企業の社長がインタビューに応じてくれたことがあります。失礼といえば失礼ですけど、不思議にそういう気持ちにはなりませんでした。弁当はみんなが食べているごく普通の千円以下で、語ってくれた内容も率直な感想や意見だったからです。むしろ、立派な社長室にふんぞり返って、上っ面だけのタテマエしか言わない社長よりよほどマシってものではありませんか。

 

 そんなラフというかカジュアルなスタイルで投資家への広報資料などにも登場するというのは、四角四面に凝り固まった保守的なオールドビジネスへの挑戦と理解することもできます。少なくとも従うつもりはないという表明ですよね。それでこそニュービジネス(この言葉も老朽化していますが)であり、理由や意味がほとんど不明な伝統的慣習に盲従するようなら、革新的な物事を創造するなんてことはできないでしょう。

 

 なのに、にもかかわらず、嗚呼、いつまで新卒の就活はブラックスーツにネクタイを着込まなきゃいけないのでしょうか。クソ暑いさなかに、あんな格好で我慢するというのも社会人になる洗礼という意見もないわけではないようですが、そんなアホらしいことを継承して、服屋以外にいったいどんな実質的な効果があるのか、教えてほしいくらいです。

 第一に、オヤジたちはノーネクタイのクールビズですぜ。なのに、そんな堅苦しい格好を就活者に強いていることに、もうちょっと批判的になるべきじゃないかなぁ。もっとも、面接でどんな格好をしようと企業が欲しがるような人材になればいいという理屈もありますけどね。

 

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2015年6月26日 (金)

オワハラ

 

 中学・高校では人権をいったいどのように教えているんでしょうか。およそ「ハラスメント」と呼ばれることのすべては「人権無視」にほかならないのに、新手の「ハラ」が毎年のように増産されているではありませんか。

 

 これまでは「マタハラ」がもっぱらの話題でした。マタニティ・ハラスメントの略で、妊娠・出産を理由とした嫌がらせや解雇の強要、雇い止めなどを意味します。随分前から少子高齢化が叫ばれているというのに、何で子供の誕生を素直に喜べないのか、ボクにはとても理解できません。

 

 そして、就活シーズンになってにわかに登場したのが「オワハラ」です。こちらは「就活終われハラスメント」の略で、就活をやめないと内定を出さないと脅したり、今後は就職活動をしないという誓約書にサインを強要させられるなど、いろいろな圧力があるようです。経団連の新しい倫理憲章によれば、本格的な選考開始は8月からのはずなんですけどね。

 

 2~3年前から新卒の就職環境は好転しており、特に今年は「売り手市場」といわれているので、中堅企業が8月の大手企業による選考開始を前にして内定者を囲い込みたい心境は分からなくもありませんが、こんなの明らかに人権無視でしょう。1980年代末のバブル期も今と同じ「売り手市場」で、内定者を事前研修の名目でまとめてハワイに連れていくといった拘束も行っていましたが、さすがに「オワハラ」なんて言葉は聞いたことがありません。

 

 下請け企業へのイジメに始まり、ブラック企業、ブラックバイト、そして各種のハラスメントが絶えないのは、心の根っ子に人権意識が欠如しているとしか思えないのです。だから、あっちのハラが問題になったら、すぐにこっちで新しいハラが生まれるというモグラ叩きを繰り返しているわけです。

 

 オワハラに戻れば、そんな人権無視を強要する会社から内定を貰っても、社員を大切にしない社風であることは明らかなので、辞めたほうがいい。それを指示した採用担当者だって「こんなことをさせる会社で働いていてオレは幸せになれるか」と懐疑的にならないのかなぁ。

 

 にもかかわらず、そんなオワハラを採用担当者がするということは、会社への「過剰適応」なのです。つまり、人間である前に会社員であることを選んだってことです。そんなバカなことがあってたまるかと思いますが、思考停止はむしろ楽チンな側面があるんですよね。「指示されたので」と責任を取らなくてもいいですから。

 ああ、またもやナチスのアイヒマンの超小型であり、ハンナ・アーレントの「悪の凡庸さ」「悪の陳腐さ」を拡大再生産しているようにボクには見えます。

 

 それを食い止める人権意識の徹底が教育の本来的な役割であって、どこぞの偉い思想家先生が言うようなコミュニティの維持だとか繁栄や豊かさなんていうのは二の次ではないでしょうか。

 だからこそ「ハラ」が出てくるたびに、全国の教育者は深く恥じ入るべきなのに、そうは思っていないんでしょうな、きっと。

 

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