冬はブリ丼
大人になって初めて食べた旨いものは、いつまでも心の中に残ります。今は子供の頃から何でも揃っているので、逆に可哀想な気もするんだよな。豊かで便利なことは必ずしも万能ではないのです。
このブログでは、ボクが感動した食べ物としてチーズたっぷりピザとマクドナルドのフィレオフィッシュを紹介したことがありますが、ブリ丼はまだでしたよね。
これには前段がありまして、20歳そこそこの頃に初めて食べた鉄火丼が始まりです。何とか正社員として就職できた夏休みに、実家に帰省するために東京駅に行ったのですが、たまたま昼にかかったので何かを食べなきゃいけない。地下街で店を探している時に、深紅のバラの花が咲いたような食品サンプルをディスプレイの中に見つけたのです。鉄火丼。早い話がマグロの刺身丼であります。子供の頃は貧乏暮らしだったので、マグロの刺身なんて贅沢のひとつでした。そんなものを、こんなにも惜しげもなくご飯の上に並べている。もちろん安くはありませんが、ようやく月給を貰える身分になれたという安心感が後押しして店に入り、エイヤッと注文したわけです。
味を説明するのは難しく、形容に苦労しても、世代や生活経験によって通じないこともしばしばですから、ごく簡単に言ってしまえば、ものすごぉく、メチャクチャにうまかったんですよね。ご飯とマグロが握り寿司のように密着しているわけではなく、その間にきざみ海苔が敷き詰められていることがポイントだとすぐに分かりました。おかげで醤油がご飯に直接に浸み込むことが少なく、海苔の乾いたうまみがマグロの脂と絶妙に調和するのであります。これは大発明といえるんじゃないかな。
後で知ったのですが、鉄火とは鉄火場すなわち博打場の意味だそうです。そこで出されたファストフードだから鉄火丼。ボクはマグロの赤黒い色が理由かと思っていたのですが、昔の博徒はこんな贅沢なものを丁半を賭ける真っ最中にかっ込んでいたんですよね。それともマグロが取れ放題だったのでしょうか。
それから鉄火丼の大ファンになったものの、店によって味や食感がかなり違うので、失望することもしばしばでした。この理由は、冷凍と解凍方法によるようです。冷凍マグロをヘタに解凍すると細胞が壊れて本来の旨味を損ねてしまいます。値段の関係でそんな鉄火丼を数回食べたおかげで、敬遠するようになりました。
それから1~2年後かな。新橋駅前の寿司屋のランチでたまたま出会ったのがブリ丼なのです。これもまた初めての鉄火丼に負けず劣らず美味でした。マグロをブリにかえただけの丼なのですが、マグロよりも締まった身を噛みしめる時の感触が素晴らしい。ブリの脂と醤油との相性も抜群です。聞いてみると、これは年中食べられるものではなく、「寒ブリ」が出回る冬に限られるというのです。
冷凍と解凍技術が発達した今はどうか知りませんが、まさに「旬」だけが放つ迫力を味わせてくれる丼だったのでありますよ。こういう食べ物に近頃、いやここ十数年出会ったことがありません。ああ、つまらん。食がつまらなければ、人生もつまらなくなってしまう。どこかに旨いものはないかなぁ。
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